ハンターシリーズ18(いちごちゃんシリーズ)



『いちごちゃん・
     アナザーワールド』

Zyuka



 俺は「ハンター」だ。
 不思議な能力で "依頼人" を性転換しまくる恐怖の存在、「真城 華代」の哀れな犠牲者を元に戻す仕事をしている。
 最終的な目標は、「真城 華代」を無害化することにある。
 とある事件――というか「華代被害」――に巻き込まれた今の俺は、15〜6歳くらいの娘になってしまっている。その上、ひょんなことから「半田 苺(はんた・いちご)」を名乗ることになってしまった。
 華代の後始末の傍ら、なんとか元に戻る手段も模索している。

 さて、今回のミッションは……

「あーあ、何で男子校なんかに入っちゃったんだろ?おかげでまったく女っけのない文化祭……」
「つまり、女の子がいたらいいわけですね」
「うーん、できれば女子高の文化祭なんかに行きたいな」
「そうですか…まかせてください!!」
 それが、すべての始まりだった。

『スクランブル!!スクランブル!!ハンターメンバー全員に告ぐ!!集団性転換現象発生!!直ちに相殺機を準備し、待機せよ!!情報を確認次第、出動する!!繰り返す!!』
 組織内にそんな放送が響き渡る。

 バァン!!

「ボス!!」
「来たか!!」
 4人のハンターが、司令室に集合する。一人は男性、あと三人は女性……
 ハンター1号…いちごちゃん。女子高生ぐらいのとってもかわいい女の子。
 ハンター3号…体に触れた男性を女性に変える能力者。
 ハンター5号…いつも能天気なハンター。
 ハンター6号…りくちゃん。ウサギの耳と尻尾を持つ女子小学生。
 ハンター7号……
「おい……7号はどうした?」
「え…?」
「そういえば…」
「まさか、引き篭りか?家出か?警察に保護されているのか?それとも公園のブランコに乗ってたそがれているのか……!?」
「いえ、まだ組織内にいますよ……でも……」

「この!!銀河の浮気者!!」
「落ち着け紫鶴!!それは誤解だ!!」
 ハンター組織の入り口付近でなぜか修羅場が展開されていた。
 相対しているのはハンター7号こと七瀬銀河とその愛妻、七瀬紫鶴……普段は見ているほうがいらいらするほどのラブラブぶりなのだが……
「だったらこの写真はなんなのよ!!」
「僕だって知らないんだ!!」
 喧嘩……じゃなくて決闘だろうな。紫鶴はその華奢な体からは考えられないほど強烈な一撃を連発してくる。7号の話を信じるなら、元暗殺者らしい……

「何でこんなことになっているんだ?」
「7号が浮気したって言っているけど……」
「違うわ」
 物陰からその戦いを見ていたハンター+ボスの後ろから声をかけた人物がいた。
「安土君……」
 安土桃香。ハンターの事務員の一人。
「りくちゃん、今日もかわいいね!」
 そう言って安土はハンター6号を抱きしめる。
「そんなことはいいから説明しろ!!どうしてこうなった」
「あのね・・・こないだ、7号さんに聞きたくもない与太話を聞かされたの」
「は?」
 わけもわからずに目を点にするハンターメンバー。
「ま、奥さんの自慢話だったんだけどね。ちょっとむかついたから、にやけた表情を写真にとって、パソコンで美女の写真と合成したの。そして、それを紫鶴さんに見せたら……」
「おい……君が原因か!!」
「アハハハハハ」

「許さないからね!!銀河!!」
「そんなぁ!!紫鶴ゥ……!!」

「終わったら引っ張ってこい。手加減などするな」
 7号は子供でも女性でもない。多少手荒なことをしても大丈夫だろう……



 "女の花園" 白亜の城。どこまでも手入れが行き届き、塵一つありえない。
 ここに住まうは麗しきハイティーンの乙女達。
 そう……ここは女子校……

「地図によると、ここは男子校があるはずなんだけどねぇ」
 運転席の7号がナビゲーションシステムを見ながら言う。
 顔の所々にある青いあざがいたいたしい……
「誰がどう見ても女子校だぞ、おい」
 きれいな校舎、そこに通うきれいな女子高生、それに美人の女教師……しかも、文化祭の真っ最中。
「変えられたんでしょ。華代に……」
「相変わらず、すごい力だな……」
 組織所有のミニバンからいちご、3号、5号が降りる。
「うん……ついたのか……?」
 りくが眠たそうな目をこすりながら車から降りる。
「……気をつけてください。祭は終わっているから大丈夫だとは思いますが、下手をすれば僕達だって女子高生にされてしまいますよ」
「俺には関係ないな…」
「俺はそっちのほうがいい。こんな体じゃ満足に動けないし」
 いちごは自嘲気味に、りくもから笑いをしながらながらいう。
「しっかし、今回は何人ぐらい性転換させられたのかしら?」
「資料によると、この学校の全生徒は312人、教職員は60名ほどで、あと文化祭に遊びにきていた父兄、他の学校の生徒を合わせると500人近くになると思われます」
「え……?」
 ハンター仲間が硬直する。
「今まで我々がつかんでいる華代被害の中じゃトップ10にはいりますね。いやあ、多い、多い……しかも、かつての女子校のように全員が気絶しているってわけでもないんで、手間取りますよ、これ……」
「…一人頭、100人って所ね……がんばろうね、皆……」

 なにやら、いやーな空気が流れる。

「大変そうだしさ、戻りたくないやつは戻さなくていいんじゃないか?」
「却下!!」
 5号の提案は、いちごによってすぐに却下される。
「全員、元に戻す!!必ずな!!」

 無理でした♪


「145名ですか……この資料、情報工作班のほうに送っておきますね」
「頼むよ桃香…あーあ、疲れた」
 ここはハンター組織の事務室…ではない。先ほどの、女子校の前の道路である。ただし、校舎はもう元の無骨な建物に戻り、生徒達も大半は男に戻っている。
 しかし、約500人中、145人が元に戻るのを拒否した。
 断固拒否した。
 徹底的に拒否した。
 身も心も、女になる道を選んだ。
「だから僕達のほうで戸籍やら何やらを書き替えなきゃいけないんだよなぁ……」
「大丈夫ですよ。私は元々情報工作班の出身だから保証しますけど、結構優秀ですよ。彼ら……」
 7号の連絡を受けてやってきた、ハンター事務の安土桃香が笑ってそういう。
「ハッハッハ!!そりゃ頼もしいや」
 5号が大声をあげて笑う。他のハンター達に疲労の色が濃いのに対して(りくなど車の中で寝息を立てている)、5号だけはいつもの調子だ。
「で、どうします?これから……?」
「僕はこのままいく。紫鶴と仲なおりのディナーにいくんだ」
 そう言って、立ち上がる7号。
「あるいて?」
「まさか。さっき連絡を入れたから、もうすぐ紫鶴が来てくれる」
「じゃあ、私はこの資料と、りくちゃんを本部に持っていきますね」
 安土は、いまだ車の中で眠りこけているりくことハンター6号を見る……その瞳に、なにやら危険な物が宿っているようにも見えるのだが……7号はあえて突っ込まなかった。
「フフフ…りくちゃんたらかわいい寝顔しちゃって……本部に戻ったらこないだバーゲンセールで手に入れた、かわいい寝巻きを着せてあげますからね……いいえ、その前にお風呂に入れてあげなきゃ……」
 危険なのは、瞳だけではなかったようだ……

「あ、私も一緒にいっていい?」
 疲労しきっていた3号が立ち上がる。彼女も、今回の集団性転換の還元には、体力を使いきっていた。ふらふらと、ミニバンの助手席に座る。
「…いちごさんと、5号さんは?」
 その声に、へたり込んでいたいちごが反応する。
「俺も乗せ……」
「いや、おいらといちごちゃんは、デートしながら帰るよ!」
「え……!!」
「そう……がんばってね……」
 3号が、特に興味なさそうにいう。
「……ファイトです、いちごさん」
 安土が言う。何がファイトなんだろう?
 ブルルルルル……!!
 爆音と共に、一台のバイクが彼らの元へやってくる。
「銀河!!」
「紫鶴!!早かったね!!」
 フルフェイスのヘルメットの下から現れたのは、7号こと七瀬銀河の妻、七瀬紫鶴だった。
「ごめんなさい、銀河……あれ、合成写真だったのね。私、冷静だったら気づいていたのに……」
「大丈夫だよ紫鶴。悪いのは全部桃香だ」
「ちょっと、7号さん……」
 二人の話を聞いていた安土が突っ込みを入れる。しかし、七瀬夫妻は聞いていない。喧嘩するほど仲が良いと言うか、単なるバカップルというか……

「お、おい!!」
 いちごが叫ぶが、誰も聞いていない。
 りくはもとよりお休み中。
 安土はそのりくの顔を幸せそうに眺めている。
 3号は、助手席の背もたれを倒し、こちらも夢の中へ行こうとしている。
 7号、および紫鶴は自分達しか見ていない……バカップルなんだろうなやっぱり……

「さあ、いちご、行こうか!!」
 5号がいちごの手をやさしく取った。
「フ、フ、フ……」
「いちご?」
「ふざけるなーーーーー!!」

 バキィ!!

「あう!!」
 いちごの強烈な右アッパーが5号のテンプルにヒットする!!

 そしていちごはもうダッシュで走り出した……

 ひゅ……

「え!?」

 突然、いちごの足元の地面がなくなる。
 ……彼女は、ごく普通の道路を走っていたはずである。
「いちご!!」
 5号の声が遠くから聞こえる。
「どうしたの?」
「いちごさん!?」
「いちご先輩」
 遠くから、3号、安土、7号の声も聞こえる……なぜ、遠い?
 そんなに走ったわけじゃない!!
「ど、どうなっているんだ!!」
 いちごは、わけもわからず、落ちた…………


「……!?……ここは……?」
 いちごはきょろきょろとあたりを見渡す。
 知った場所だった。というか、さっきと同じ場所である。男子校の前の道……
「皆は……?」
 きょろきょろとあたりを見渡すが、誰もいない。3号も、5号も、7号に紫鶴、りくに安土も……ミニバンすら、姿を消していた……
「……こんなに暗かったっけ……?」
 不信に思い、学校を見上げる。
「え、10時……!?」
 いちごはバッと自分の腕時計を見る。それはデジタル式で、18:28となっていた。
「三時間半も、時間が飛んだ?」
 いちごの頭に、バ○ク・トゥ・ザ・フィー○ャーのワンシーンがよみがえる。
 博士が犬と時計をタイムマシンに入れ、機械を作動させる……すると一分後の未来に送られた時計は、一分前の時間をさしているのだ。
「ま、華代みたいのがいる世の中、タイム・スキップぐらいで驚いていちゃいけないよな。それにしても、あいつら先に帰ってしまったみたいだ……!」
 いちごは、ジャケットのポケットから、携帯電話を取り出す。組織の事務室のナンバーをプッシュして…この時間なら、まだ水野さんか沢田さん位はいてくれるはずだ。しかし…
『おかけになった電話番号はただいま使われておりません。もう一度お確かめの上、おかけ直しください』
 数回呼び出し音がなった後、そんな言葉が返ってきた……
「あれ…間違えたか?」
 もう一度、かけなおす。……答えは同じ。
「ちっ……仕方がない。自力で帰るか」
 あいつら……帰ったら覚えていろよ……心の中でそういいながら歩き出すいちご。
 とはいっても女一人でかなり距離のある本部まで帰るのは難しい。
 仕方なく、いちごは財布の中身と相談して、電車を使うことにした。
(うう、満員電車は痴漢が多くていやなんだよな……)
 もちろんそんな不埒なやつらは徹底的にぶちのめしてやるのだが……

「本部がない!?」
 3時間後……やっとの思いで本部まで戻ってきたいちご……しかしそこに、見慣れた派手な建物はなかった。
 閑散とした空き地……

 確かに、組織の建物は派手だった。しかし、まあ、曲りなりとも"秘密"組織である。一般人にはそう簡単には入れないところに、組織はあった。
 それが今はない。
「……ど、どういうことだ……?」
 ふと……いちごは何かのけはいをとらえた。
 人……無意識下でそう感じ取る。しかしこれは……
「殺気!?」
 ザッ!!
 しまった……!!
 叫んだのがいけなかった。
 いちごに対し、ほんの一瞬だけ殺気を見せた相手は、その一瞬でいちごが危険な存在だと感じ取ったようだ。

 拳銃の銃口が、いちごに向けられる。
 いちごは見た目女子高校生だが、戦闘能力はグリンベレー並……しかし、相手も同レベルの力を持っていそうだ……さらに、相手の手には拳銃……
「貴様……何者だ?」
 いちごに対峙している男は、静かにそういった。
「え……」
 男から向けられる、紛れもない殺気……尋常な人間なら、これだけで動けないだろう。しかし、いちごが動けないのは別の理由があった。
(7…号……?)
 そう、着ている服装こそ違うが、その男はハンター7号…しかし、いつもとはまったく感じが違う。
 今の7号は、全身から殺気を立ち上がらせながら、静かに……いちごに対して、感情をまったっく見せない瞳を向けている。
「あの女の、仲間か……?」
 7号は、再び問い掛けてくる。
「あの女……?」
「……」
 見つめる瞳に、感情の色は見えない。右の銀色の目が、よりいっそうメタリックに輝く。その色、その形状……およそ人間の物とは思えない。
「……うん、異界の者か……」
(異界?)
「小娘が、何を迷ってこの世界に来た?」
(小娘……)
 その言葉にカチンとくる、が、今この相手の言葉のほうが気になる。
「おい、異界って何だ?」
「……ふん……」
 7号は拳銃をろす。
「この世界に存在しない者……それがお前だ」
「存在しない、だって……」
「行け……あちらの方に行けば街がある」
「え……」
「……お前は、気づかないのか?この異質なけはいに……」
(あ……)
 気が付かなかった。
 あたりから、いくつもの殺気がただよっているのだ。しかも、複数の人間のものではない。ただ一人の人間の殺気が、全空間からひしひしと伝わってくる。
「このけはいを感じられないようなら、お前はここでは生きてはいけない。行くんだ。元の世界の戻る方法を探すんだな……」
 そう言った後、7号は再び拳銃を構えてあたりを見渡す。
「おい……」
「行けと言ったはずだ……行け……」
 恐くなって、いちごは逃げた……


 ザワザワザワ……

(おなかすいたな……)

 組織の近くに存在した空き家が、こちらにもあったのが幸いした。
 とりあえずそこで仮眠をとることができたのだ。
 腕時計は7:12をさしており、ここの時間帯では10時半を少し回ったぐらいと推測された。
 もう一度組織のあった場所に行って、7号に事情を聞くという手もあったが、いちごはそれをしなかった。
 ここの7号はいちごの事を知らない……それが理由だった。

 パラレルワールド。

 それが一晩考えて出したいちごの結論だった。
 ここは自分置いた世界とは違う。異世界なのだ。それは昨夜の7号の言葉からもうすうす感じていたことだ。
 普通の人間なら慌てふためき、戸惑いまくる所だが、いちごは歴戦の勇士。それに華代のような非常識な存在がある世の中、こんなことが起こっても不思議じゃない。
 そう結論付けたのだ。

 では、どのような世界なのか?

 ハンター組織がない世界?
 組織がないのなら、7号がいちごを知らないのもうなずける。
 いや……もしかしたら……組織の存在理由がない世界なのかもしれない。
 ……存在理由……

 すぐそこへ結論付けるのは早計だ。
 いちごは、とりあえず街へ出て情報を集めることにした。

『日本の五代博士が、"ノーベル物理学賞"の受賞がほぼ、確定したそうです』
「5号……?」
イラスト 神木亨太さん
 電器店のテレビが、お昼のニュースを映している。
『五代博士は現在ドイツに在住。来月、受賞の報告のため、帰国するそうです。では次のニュース』
 テレビに映っていた5号の顔が消える。次のニュースは、いちごの知っているニュースの続報だった。
「ハンター組織以外は、俺の世界と変わりないのか……」
 いや……そこら中を探しまくれば、自分の世界との相違をみつけられるかもしれない。
「君、ちょっと!」
「?」
 考えながら歩いていたいちごに、声をかけてきた男がいた。警官だ。
「学校はどうしたのだね?なぜ、こんな所をうろうろしているのだ?」
「ああ…あの……」
 しまった……いちごの今の姿は誰がどう見ても女子高校生。平日のこの時間に街でうろついているなんて、普通はおかしいと思うだろう。
「うちはどこだい?ちょっといっしょに来てもらおうか!」
「いや!離せ!!」
 警官の手を振り解き、走り出す!!

 太陽が天高く上がる時間帯。お昼。二人のOLが楽しく会話しながら歩いていく。
「ねえ、お昼どうする?」
「スパでいいのじゃない?」
(何で隠れているのだ、俺……?)
 その二人は、いちごの知った顔だった。
 水野さんと沢田さん……しかし彼女達は紺色のハンター事務員の制服ではなく、別の会社の制服を着ている。するとそこに、
「あら、まだ決めてないならちょっと付き合ってくれない?こないだいい店を見つけたの」
 同じ制服を着た女性が二人の肩を抱く。
 3号だった。
 もちろん、いちごの知る3号とは別人であろう……

 もう、結論は出ていた。

 ここは、華代ちゃんがいない世界。

 だからハンター組織もない。
 だから、3号や5号も、もしかしたら寿退職した2号も、違う道を歩いている。
 だから、7号も……
「あいつは元々闇の住人だったか……」
 いちごは組織にいた7号と昨夜会った7号をそれぞれ思い出し、比べる。
「もしかしたら、まったく別のキャラクターなのかな…?」
 だから、あんなに恐かった……
「ボスや……秘書の人なんかは、どうしてるんだろうな……組織がないんだから、ごく普通の会社に入社してたりして……8号も……行方不明なんかにならずにスカウトやってんのかなあ……」

 だけど……自分は?


「ここも、変わらないのに、やっぱり違うのか……」
 組織の近くの街にある公園……子供たちが元気に遊んでいる。
 男のときはあまりこなかった(来たら恐がって逃げられていた)が、今の姿になってからはちょくちょく来ていた。もちろん、むこうの世界での話だが……

 パタパタパタ……

 何をするともなしにベンチに座っていたいちごに、一人の少女が駆け寄ってくる…
「ろ、6号!?」
「……?」
 その少女は、いちごの同僚、ハンター6号…愛称半田りく……つまり、ウサ耳尻尾つきの女子小学生……に、そっくりだった。
 もちろん、ウサ耳と尻尾はない。ついでに、瞳の色も黒い……他人?
「おねーたん……そこ、あたしの席」
「へ…?」
「そこ、あたしの席!!」
 ウサ耳尻尾なしのりくが、いちごの手を引っ張る。

「おい、宇佐美」
 いちごの手を引っ張っていたウサ耳尻尾なし少女を誰かが抱き上げる。
「あ……」
 それは、6号、だった。……いちごの記憶にある、6号だった。
 かつて、華代によってウサ耳尻尾つきの女子小学生になる前…のバニーガールの前の、元の姿……
 2メートルを超えるかつてのいちごにはかなわないものの、198センチの立派な体格の男……

 かつての6号が、今の6号を抱き上げている……いちごはそう錯覚してしまう。

「おとうたん、うさみを持ち上げないでって、いつもいっているです!」
「え、親子なの!?」
「はい、娘が御迷惑をかけました」
 旧6号がぺこりと頭を下げる。
「……だって、あたしの席だもん、ここ」
「おいおい、宇佐美……」
「だって、あたし、ここに隠れるんだもん、逃げてるんだもん」
 逃げる?隠れる?
「宇佐美ちゃん、見つけた!」

 ビクッ!!

 その声に、いちごは凍り付いた。

(華代!?)

 この世界は、華代がいない世界じゃなかったのか!?

「華代ちゃん!」

 宇佐美と呼ばれていた少女が旧6号の手から逃れ、地面に降りる。そして……
「宇佐美ちゃん、捕まえた。こんどは宇佐美ちゃんが鬼だよ!」
「もう、おとーたんのせいだからね!」
 宇佐美は、プリプリ怒っている。それよりも!!
「君は……華代ちゃん?」
「うん、そうだよ!こんにちわ、お姉ちゃん!」

 華代ちゃんがいない世界、じゃない。

 ここは、華代ちゃんが普通の女の子の世界……

 あの男を女に変える。いろんな場所に現れる。

 そんな能力を、華代ちゃんが持っていない世界。

「ねえ、華代ちゃん……」
「なんですか?」
「あなたは今……」

 いちごは、それ以上聞けなかった。

「お姉ちゃん、何か悩み事でもあるんですか?」

「え……?」

「だって、笑わないんだもん。お姉ちゃんかわいいんだからさ、もっと笑おうよ!」

「笑うか……そうだね」

 いちごは、異世界の華代ちゃんに向かって、やさしく微笑んだ。

「うん、そのほうがいいよ!!」

 そういって、華代ちゃんもアハハと笑った。

「じゃあ、20数えるからね。とうたん、今度は邪魔しないでよ!」
「ハイハイ」
 どうやら、鬼ごっこをしていたらしい。
 宇佐美が数を数え始め、華代が逃げる。そして、
「……15、16、17、18、19、20!!」
 数を数え終わった宇佐美は……きょろきょろとあたりを見渡し……
 トコトコトコと、いちごに近づいた。
「はい、お姉ちゃん捕まえた」
「え?」
「おいおい、宇佐美……」
「お姉ちゃんがそこに座っていたからあたし、隠れなかったんですから次はお姉ちゃんが鬼です」
「すいません、うちの娘は自分勝手で……」
「いいですよ、別に……」
「じゃあ、お姉ちゃんが鬼です。20数えてください」
「って、おい宇佐美!!」
 こいつ、現6号そっくりだけど、キャラはまったく違うな……
「まったくもう。お姉さんが迷惑しているだろ、宇佐美!!」
「迷惑しているのは宇佐美です!」
「アハハ……」
 結局いちごは、この世界の華代と宇佐美……そしてその友達達と共に、日暮れまで鬼ごっこをしてしまった。


 ……そして……


 日が暮れた街……家路を急ぐ人々……その中に……

 かつての、いちごがいた。

 ……まるで運命に導かれたかのように、いちごはついに…この世界のいちごに出会った。


「……!!」

 いちごの目が大きく開かれる。

 目の前にいたのはいちご……ではなく、ハンター1号…かつて、男だった時のいちごその人だ……

 かつて……華代の力によってこの姿にされる前の……

 この世界は、華代ちゃんが不思議な力を持たないごく普通の少女の世界……

 だからハンター組織もない。自分もこの姿になってはいない……

 理屈はわかる……だが、だが!!

「お前は……」
 男が口を開く……その声、そのしゃべり方……

 それはかつてのいちごの物だった……!!

 何を話せというのか……

 わからない。

 それは、かつての自分でありながら、今のいちごとはまったく違う自分……

 華代ちゃんがいなかったら……華代ちゃんにあの不条理な能力がなかったら・・・今自分は目の前にいる自分になっていた。

 それは、どういう自分なんだろう……?

 ……知りたくない、知りたい、知りたくない、知りたい……




 ピシッ!ピシッ!!

 どこかで、何かが砕ける音がした。







「いちごーーーーーー!!」
 5号は大騒ぎであっちへ行ったりこっちへ行ったり……
「落ち着いてください。騒いでも、問題が解決するわけじゃないでしょ」
 7号は右目のカラーコンタクトを外し、銀色の瞳であたりを見渡す。
「……やっぱり……時空の穴がある」
「何それ?」
「……簡単に言えば、異世界に通じる落とし穴みたいな物です。神隠しとか、人が突然消え別の場所に現れるとか言う現象は、この穴に落ちた可能性があるんですよ」
「つまり、その穴をとおればいちごの所へいけるんだな!?」
「いいえ」
 5号の言葉を、7号は即座に否定する。
「異世界に通じるといっても、同じ世界に通じているという可能性は低いです。それに、いちご先輩が落ちた時は人が通れるぐらいの大きさでしたが、今はだいぶ閉じかけています」
「いつも思うんだけど、銀河の目って不思議よね……どんな風に見えてるの?」
「いや、言葉で説明するのって、結構難しいんだよ、これ」
「何のんきな会話してんだ!!」
 5号は、普段の彼からは考えられないくらいの声で騒ぎまくる。
「……騒いだって仕方ないじゃない!!帰ってくる可能性だってないわけじゃないんだから、少しは落ち着きなさい!!」
 3号がたしなめる。
「うるさいよ……寝かせて……」
 事情を知らないりくが寝ぼけてそういう。
「うおーーーーーー!!」
 中間達の薄情な言葉が、5号をますます激昂させる。
「いちごはおいらが助ける!7号!!その穴に場所はどこだ!?」
「……いちご先輩が消えたところにまだ存在していますけど、もうだいぶ小さくなっていますよ」
 7号がそういい終わる前に、5号はダッシュでその穴に手を入れる。
「ちょっと……5号先輩」
 7号には、5号の行為が無意味なあがきに見えた。
 だが……!!
「ウオオオオオオオオオオ!!」
「な………」

 バチバチバチ!!

 空間がねじれ、穴が開く。
「お、おい……ちょっと待てえ」
「ウオオオオオオオオオオ!!」

 パキーン!!

 空間が砕け、中からかわいらしい少女が出現する。
「い・ち・ごーーーーーーーーーー!!!!!」
 そう、その少女は半田いちごだった。
「いちご……」
 5号は少女を優しく抱きとめた。

「あ、ありえない。ありえないぞこんなこと!!」
 普通の人からは、何もない所からいちごが出現したようにしか見えなかっただろう。しかし、7号の目には、空間が砕けるところ、そこからいちごが出てくるところがはっきり見えただろう。
「って、空間が砕けたらやばいじゃないか!!」
 砕けた空間をそのままにしておくと、異世界にこの世界が押しつぶされ、とても大変なことになる!!
「お兄ちゃん、何か悩み事でもありますか?」
 のんびりした女の子の声が聞こえるが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「あの砕けた空間をどうにかもどさないと、大変なことになる!!」
「わかりました、おまかせください!」
「……って、誰……!?」
「7号!!」
 3号の叫び声が上がる。
「探査機が反応している!!華代が近くにいるわ!!」
「え……!?」

 ピキピキピキ……

 砕けた空間が音を立てて、もとに戻っていく。
「……一体、どういうことだ……?」
 あっさりと、もとに戻った空間。そんなことがおこるなんて考えられない。
「ボーっとしてないでお前も華代を探せ!7号!!」
 飛び起きたりくがあたりを見渡す。
「……華代ちゃんに、助けられたのか……?」
「大丈夫、銀河?」
 呆然とする7号の顔を、紫鶴が覗き込む。
「……あ……」
「それ、何?」
 いつの間にか。本当にいつの間にか、7号の手の中に一枚の紙切れが握られていた。
「これは……」
 灯り始めた街灯に照らして見てみる。そこに書かれていたのは……

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 

               真城 華代」




「いちご、大丈夫か…?」
 5号は、いちごの体を優しく抱く。
「うう……」
 いちごは、ゆっくりと目を覚ました。
「いちご……」
「5号……」
 いちごはゆっくりとその表情を変えていく。
「てめえどこ触ってやがる!!」
「え……」
 5号の右手は、いちごのかわいいヒップに添えられていた。


 ドガ!!バギ!!ドゴ!!

「……?」
 緊張した空気の中に、そんな音が響き渡る。
 見ると、いちごにぼこぼこにされた5号が、力なく倒れる所だった。
「いちごさん?」
「いちご」
「おーい、いちご…?」
「いちご先輩……?」
 中間達が、何があったのかと様子を見る。
「俺は先に帰る!!お前ら、こいつをどっかやっとけ!!」

 異世界の自分にあった影響か、いちごの中から異世界の記憶の大半が消えていた。
 断片的に覚えていることもあるが、それもやがてなくなるだろう。
 それに今のいちごには、なぜか5号に抱きかかえられていたという屈辱しかなかった。
 その後、時計が狂っていることに気づくが、理由を解明することはできなかった……

 ちなみに、華代探査機は、いつの間にか止まっていた。


「で、走って帰ってくるなり引き篭もりか。しかし、今回の現場はかなり遠かったよな?」
「はい。だから最初は車で行ったのですが……」
「それを走って帰ってきたか……すっごい体力だな……」
 ボスはあきれを通り越して、ある意味感心していた。
「そんなに体力が有り余っているなら引っ張り出せ。雑用があるんだ」

おしまい