休日の大都会。

 キイィィィ……ン

 「……来た」
 俺は小さくつぶやくとごった返す人々の間を縫うようにして走り始めた。
 やがて細い路地の奥にあった古ぼけたビルを見つけ中に入り込むとトイレに駆け込んだ!!
 ……別に用を足したかった訳じゃない。
 周りに誰もいないことを確認した俺は鏡の中に写る自分の姿を見た。
 Tシャツにジーンズとジャケット、長い髪を後ろで束ねたラフな格好をしているけど膨らんだ胸と腰が自分が「女の子」であることを示している。
 「……い、いかん!!」
 決意を込めて見つめる表情に思わず見とれてしまった俺は、思わずブルブルッと首を振ると背中に背負ってたリュックを脇に置いた。
 そしてポケットからカードデッキを取り出すと鏡の前にかざした。
 すると鏡の中から金属質のベルト状の物体が出現し、俺のウエストに巻きつく。
 「変身!!」
 叫びながらカードデッキをベルトのスリットに差し込むと俺の身体は鎧のような物質に包まれて戦士の姿に変身した。
 そして鏡の中に飛び込むと、そこには全ての物の左右が逆転した摩訶不思議な世界が広がっていた。
 そこがこれから始まる「ゲーム」の舞台だった。


ハンターシリーズ25
(いちごちゃんシリーズ)


『サバイバルゲーム』

作:ライターマン



 

 俺はハンターだ。
 不思議な能力で“依頼人”を性転換しまくる恐怖の存在、「真城 華代」の哀れな犠牲者を元に戻す仕事をしている。
 最終的な目標は「真城 華代」を無害化することにある。
 とある事件・・・というか華代被害・・・に巻き込まれた今の俺は15〜16歳くらいの娘になってしまっている。その上、ひょんなことから「半田 苺」(はんた・いちご)を名乗ることになってしまった。
 華代の後始末の傍ら、なんとか元に戻る手段も模索している。


 だが今の俺がやっているのは本来の仕事ではない。
 俺がその「ゲーム」に参加したのは3ヶ月ほど前、夜の町を歩いていた俺はショーウィンドウの中の人物に呼びかけられた。

 「戦え」

 ガラスの中に映し出されていた男はそう言ってカードデッキを俺に渡した。

 「お前が願いをかなえたいのならそのデッキを使って最後の一人になるまで戦え。そして俺と戦い勝ったとき、大いなる力がお前のものとなる」

 俺はその言葉を信じた。
 普通なら現実にあった事自体信じられないのかもしれない。
 しかし「真城 華代」という非現実そのものの存在を追いかけている俺にとっては多少の不思議は不思議ではなかった。
 鏡の中の世界では弁護士や大会社の社長、占い師などいろんな人間が変身して戦っていたが、一人また一人と倒されていった。
 そして誰もいない大通りに出てしばらくした頃、俺の前に最後の戦士が現れた。


 「さあ、最後の戦いだ。楽しもうぜ」
 そう言って紫色の鎧の戦士は「剣」のカードをデッキから抜きスロットに差し込むと、戦士の前に剣が現れて戦士はそれを手にした。
 俺も「剣」のカードを抜いてスロットに差し込むと紫色の戦士と剣を打ち合った。
 この男、実は脱獄犯で性格は凶暴そのもので力も強い。
 俺が本来の肉体だったらまともに打ち合っても負けないとは思うのだが今の身体ではそうもいかない。
 襲いくる剣に自分の剣を横から当て、軌道をそらせてから流れるような動作で身体をひねり勢いをつけてから相手を切りつける。
 相手は強いといっても戦闘に関しては所詮素人、本格的な訓練を受けている俺からすればその攻撃は読みやすい。
 だが一つ読み違えればそのときのダメージは致命傷になりかねず、また非力な自分ではなかなか相手に大きなダメージを与えられない。
 俺達は交差点の中でしばらく剣を打ち合っていた。


 「なかなかやるな……だがこれならどうだ!!」
 紫色の戦士が「召喚」のカードを差し込むと蛇の姿に似たモンスターが現れ俺に襲いかかって来た。
 さらに二体のモンスターを召喚した奴は「結合」のカードでモンスターを合体させた。
 俺は奴に向かってダッシュした。
 モンスターは俺に向かって炎を吐き出して襲い、俺はそれを紙一重で交わしながら戦士との距離を詰める。
 だが、そんな俺にモンスターは集中砲火を浴びせ俺は炎に包まれた。
 「フフフ、やったか……んっ!?」
 炎に飲み込まれた俺を見て笑い声を上げる紫色の戦士、しかし俺はその炎の勢いを利用して上空に舞い上がると剣を戦士に向ける。
 「いっけえぇぇぇぇ―――っ!!」
 炎の勢いと俺の全体重を乗せた俺の剣は戦士の胸に深々と突き刺さった。


 「フ……フハハハハハ」
 剣を突き立てられた戦士は笑い声を上げながらゆっくりと倒れていき、そしてその身体は蒸発し消えていった。

 「どうやらお前が最後の一人のようだな」

 佇んでいた俺の背後から声がした。
 振り返るとそこには黄金の鎧の戦士が立っていた。

 「俺と戦い勝利すればお前の望みが叶う。日を改めてもいいがどうする?」

 黄金の戦士の問いに俺はゆっくりと答える。
 「やろう……今、ここで」
 俺の言葉に黄金の戦士は頷き、戦闘が開始された。


 奴の力は圧倒的だった。
 俺が剣で切りつけるとその瞬間奴は姿を消し、俺の背後に現れる。
 俺はとっさに後ろを向くと剣を振り回すが、奴は再び姿を消すか剣が当たらない場所に出現して隙のできた俺に攻撃してくる。
 何とかして奴の不意をつかなければダメージを与えることができない。
 そう思った俺はその場を離れ、奴の方を向きながらその距離をとった。

 「逃がさん」

 奴はそう言うと姿を消した。
 「今だ!!」
 俺は逃げた先のビルのそばに置いてあった俺のリュックサックを拾うと中にあったスイッチを押し、急いでその場を離れた。

 ズズウゥゥゥゥゥ―――ン

 装備部からこっそり持ち出し鏡の中の世界に入った直後に仕掛けた超高性能爆薬によりビルは崩れ、その直後に黄金の戦士は崩れゆくビルの下に出現した。

 「何!?」

 ビルの崩壊に巻き込まれダメージを受けた戦士はそれでも立ち上がり、カードを取り出しとスロットに差し込もうとする。
 だが俺は予め抜いておいた「奪取」のカードを一瞬早く差し込むと黄金の戦士が差し込もうとしたカードを奪い取る。
 そしてこれも予め抜いておいた「必殺」のカードを差し込んだ。
 すると豹の形をしたモンスターが現れ、俺はモンスターの背中に飛び乗った。
 「はあぁぁぁぁ―――っ!!」
 超高速に加速したモンスターから飛び出した俺の必殺のキックは黄金の戦士の身体に命中した!!


 「……どうやら……お前の勝ちのようだな……受け取るがいい……これが……『力』だ……」

 黄金の戦士はそう言うと動かなくなった。
 するとその側に空中に光の塊が出現した。
 「これが……『力』なのか?」
 俺は恐る恐る手を伸ばし、その「光」に手を触れた。
 すると俺の身を包んでいた鎧が弾け飛び、続いて俺の身体が変わり始めた。
 強く…大きく…「少女」の身体から「男性」の身体に……
 「フ……ハハハ、やった、やったぞ!!」
 本来の自分の姿に戻った俺は歓喜の声を上げた。


 願いがかなった俺は元の世界に戻るべく歩き始めようとした。
 「ん?」
 右手に何かをつかんでいた俺はそれを見た。
 それは黄金の戦士が最後の攻撃で使おうとしていたカードだった。
 全てが終わった今、これだけが消えずに残っていたのだ。
 一体何のカードだったのだろう?と思ってカードを裏返した俺はそこに信じられないものを見た!!
 「ば…馬鹿な!!そんな……どうしてこれが!?」
 驚愕に目を見開き呆然として見つめた俺の目の前にあるカード、そこには

  『ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代』

 と書かれてあった。そして……

 「何か悩みがあるようですね。私が力になりましょうか?」

イラスト 出川鉄道さん

 誰もいないはずの鏡の中の世界でその少女はニッコリと微笑んでいた。


 「また引き篭もっとるのかあいつは」
 「はあ」
 「何があったんだ一体?」
 「それがどうにも……非番でどっかに出かけたみたいですけど帰ってきたときにはだいぶショックを受けてたみたいで同じ言葉をブツブツとつぶやいてます」
 「なんと言ってるんだ」
 「はあ、それが『やっぱり劇場版じゃないと真のエンディングは見れないのか?』って……」
 「なんだそりゃ?」


 ……その後、鏡の中で戦っていた戦士が全員女になって発見されたのだが、俺にはもうどうでもいい事だった。

(おわり)