「華代ちゃんシリーズ」



「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠


ハンター・シリーズ31
『今宵、貴方に人形を』
作・てぃーえむ


「ほわわゎゎ」 
 ハンター組織本部。その食堂の一席で、いちごはあくびを漏らした。それから目をこすって、頭を振るったが、まぶたは半分閉じている。普段は輝きを放つポニーテールも、今はしおれ気味だ。よく見れば少しお肌が荒れていた。
「もぐもぐ・・・いちご、夜更かしは美容の大敵だぞ・・・むきゅむきゅ、ずるる」
 隣の席に座る五号が、ミートスパゲッティを頬張りながら言う。
「しゃあないだろ・・・・・・、仕事なんだから」
「だからって徹夜すること無いだろ」
 いちごの仕事熱心さに、五号は少々あきれ気味のようだった。
「そうだな。人には安息が必要だ。それは戦士であろうと変わりはない」
「ふわあ・・・それもそうだが・・・ってあれ?」
 突然割り込んできた声に、いちごは首をかしげた。涼やかで耳に心地よい声色と、それに似つかわしくない男っぽい口調。それに関しては何も言えないいちごだが、聞き覚えのない声ではあった。
「君は・・・」
 いちごは初めて、向かいの席に座っている少女に気が付いた。十四、五歳ほどの、ショートカットの美少女。室内なのに、なぜかコートを羽織っている。青みかかった緑の瞳が印象的で、それで彼女が誰か思い出した。ボスが連れてきた幼い名探偵。いつか新聞の写真で見たときは長髪で、深窓の令嬢然としたやわらかな雰囲気だったが、目の前の少女は真逆の気配をまとっていた。
「ええと、浅葱ちゃんだったっけ? いつの間に?」
「あなた達が来る前からいたぞ。ところで私は千景でいい。ちゃんは入らない。断じて入らない」
 その少女、浅葱千景は頷いて、天ぷらそばをすすった。
「わ、わかった。俺はいちごと呼んでくれ。こっちは五号」
「あいわかった」
 自己紹介を終えたところで、五号がいちごの腕を突っついた。
「知り合いか? こんな子うちにいたっけ?」
「なんだ、お前知らないのか。ほれ、最近まで紙面を騒がしてた探偵だよ」
 その言葉で、五号は手をぽんと鳴らした。
「探偵。知ってるぞ。捜し物したり、浮気調査したり、謎の美女の依頼を受けて大事件に巻き込まれる職業だ。それがなんでうちにいるんだ?」
「ボスが連れてきたんだよ・・・ふわああ」
 いちごは見るまでもなく眠そうだ。
「私のことなどどうでも良い。今の君に必要なのは睡眠だ。眠ることを勧める」
「ああ、そうだな・・・。それじゃあ俺は失礼するよ・・・じゃあな五号。それと千景」
 千景に促されたいちごは、今までで一番大きなあくびをすると、食器を持って立ち上がった。そして、危ない足取りで去っていった。 

「おっ! おおおおっ! おおおおおおお!!」
 夕食を終え、本部内をぶらついていた千景は、突然その咆哮を耳にした。 
 取り敢えず振り返ってみる。するとつっこんでくる五号の姿が。目が血走っている。
「どええ!?」  
 そのすさまじい形相に、たまたま近くにいたハンター二十三号がびっくり声をあげた。
 千景はぶつかる直前、後ろに倒れつつ五号の懐をつかむと、巴投げの要領で投げ飛ば・・・・・・さずに、ころりと回転。一瞬後、千景は五号を片足で踏みしめて立っていた。
「おおっ」
 鮮やかな手並みに二十三号は感動した。
 五号は抑えられたタコみたくじたばたしている。
「のおおおおおおう!!」
「落ち着け」
 千景は懐から青柳の『一口ういろう』(さくら)を一個取り出して、五号の口につっこんだ。千景は和菓子を常に携帯しているのだ。もちろん運動時のエネルギー補給のためである。
「ぐにゅぐにゅ・・・ごくん。あ、あんたはさっきの探偵!? たいへんなんだ!」
「なにが」
「盗まれたんだよ、宝物が!! ちょっと飯喰ってた隙に!!」
「そうか。災難だったな」
 明瞭を得た千景は、五号から足をどけるとその場を去ろうとした。が、足を捕まれた。
「見つけ出してよ探偵さん」
「いやだ」
「中松屋の『水まんじゅう』(栗餡)あげるから」
「話を聞こう」
 千景は未だ寝ころんでいる五号の手を取った。
「な、なんて現金なんだ・・・!!」
 千景の変わり身の早さに、二十三号は人知れず戦慄していた。


「随分と荒らされているな」
 それが、五号の部屋を見た千景の第一声だった。
「いや、これで普通だけど」
「・・・・・・。で?」
「これを見てくれ」
 五号は部屋の隅にある開かれたままの金庫を示した。
 早速、千景は金庫を調べる。
 とてつもなく強固である事は見れば分かった。アルファベットのボタンが付いているが、デジタル方式ではなく、カラクリによる鍵になっているようだ。よくよく調べると、複雑な機構になっていて、短期間で無力化するのはまず不可能だろう。
 次に、その周辺。証拠探しより、部屋の真ん中に立つ『もったいないお化けトーテムポール』や寝ころんでいる『腰蓑付きモアイ像』が気になったが、なんとか自制する。
 証拠探しは後回しにして、千景は感覚を広げた。こうすることで千景は、最大半径二十五メートル内の気配を読むことが出来るのだ。探偵と呼ばれる前、暗殺者時代のさらに以前、傭兵時代に身につけた技術だった。
「ほう・・・」
 室内に異質な気配が残っていることに気が付く。それだけで十分な収穫だ。
「ちなみに、何が入っていた?」
 すぐに探知を終えて、千景は尋ねた。
「いちごの・・・人形だ!」
 五号は声を絞り出すかのように答えた。

「・・・・・・。いちごとは・・・あの少女の名だったな」
「ああ。あれは手作りなんだ。布地はいちごのシャツを使ったし、綿は、いちごの下着をほぐして作ったし。目の部分なんて、いちごのメイド服のカフスボタンを使ったんだ・・・・・・!」 
 五号は涙を流してそう宣った。
 こいつ、そのうちいちごに殺されるぞ。そう千景は思ったが、口には出さない。
「今日の夕方、やっと完成して・・・。ちゃんと金庫にしまったのに・・・。あの金庫が破られるなんて!」
「随分信頼してたんだな」
「だって、開発部の奴らが保証したし」
「ふむ」
 千景も、ここの開発部の優秀さは聞かされている。彼らが保証するほどの金庫。鍵穴もなく、通常のツールでは対応出来まい。まず開けられないだろう金庫をたやすく開いたのなら、方法はただ一つだ。
「この金庫のパスワードだが。何桁だ?」
「え。ええと・・・11桁」
「いちごのフルネームは?」
「半田いちご」
「・・・・・・」
 ものすごくわかりやすかった。
 千景はしゃがみ、一度金庫を閉めると、ボタンを操作した。ちーんと音が鳴って、金庫が開く。
「な、なんで開けられるんだ!?」
 驚愕する五号を尻目に、千景は次の質問をした。
「人形と、金庫についてどれだけの人が知っている?」
「え? あー、うーん・・・。ひとりだけ、かなあ。じつは飯前に自慢したんだ」
「誰だ」
「七号だけど」
 聞き覚えがあった。
「確認するが、夕食前には、人形はあったのだな?」
「うん、てか、仕舞ったのは食堂に出かける前だし」
「ふむ。いちごの人形・・・か。同僚ならいちごが徹夜していたことは知っている筈だな。・・・なるほど、そういうことか」
「どういう事だ?」
「つまり、七号が犯人だ」
 千景は、なんの物的証拠も見つけないまま断言した。
 

「うおおおおおおおっ!!」
 雄叫びをあげて突っ走る五号の後を追いかけていくと、本部内にいくつかある広間の一つにたどり着いた。
 そこに置かれたテレビの前で、男性一人と女性二人が談笑しているのが見える。
「なあああなああああごおぅおおおお!!!!」
 五号は男性の胸ぐらをつかむと、激しくシェイクした。
「落ち着け五号」
 千景は五号の首をつかむと、足払いした。
「ぐほう!!?」
 背中からたたき付けられた五号に、千景はすかさず懐から大須の『ないろっ子』(白)を十コ取り出して、口につっこむ。 
 五号は沈黙した。
「失礼。貴方が七号?」
「うん、そうだよお嬢さん。ところで君、見かけない顔だけど・・・?」
 七号は、おっかなびっくりな表情で訊ねてきた。それでも笑顔なのは、千景がかわいらしい少女だからだろう。
「ふむ・・・。私は・・・」
 千景はじっと七号を見つめて、彼の気配が部屋に残っていた気配と同じであることを確認する。
「私は浅葱千景という。以後お見知りおきを。後、これを」
「はあ」
 千景は、懐から川上屋の『膝栗毛』を取り出すと、七号に手渡した。
「・・・・僕、甘い物はあんまり」
 七号は申し訳なさそうにつぶやいた。
「何だと!?」
 甘い物好きの千景は衝撃を受けた。
「甘い物が嫌いとは・・・・・・信じられん。ま、まさか貴方は無糖派か? まずいコーヒーにも砂糖を入れず『やっぱコーヒーはブラックだよね』などと抜かすのか! この愚か者め!?」
 千景の激しい物言いに、七号は取り敢えず頭を下げた。
「あーいやその。ごめん。僕が悪かった。ゆるして」
「・・・・・・。すまない、私としたことが年甲斐もなく取り乱してしまったようだ」
 千景は少々乱れた息を整えると、七号から『膝栗毛』を取り返し、一口で食べた。
「もぐもぐ。さて、慣用句に満ちた挨拶はこれまでにして、次に進もうか」
「もはやどこからどうつっこめば良いんだか分からないから、先に進むのは賛成するけど」
「うむ。では質問の時間だ。私は間怠っこしいのが嫌いだから単刀直入に言う。五号が所有していた人形が奪われた」
「ぎくり」
 途端、七号が言葉を漏らした。
「君だろう」
「な、何のことかな。全く分からないなあ。ねえ? 水野さん、沢田さん」
「そうかな」
「さあ?」
「ほほら見ろ。そそそそれに、証拠はあるのかい?」
 七号は露骨に怪しかった。

「物的証拠は探していないが・・・」
 千景はため息を吐き、答えた。
「私の直感がそう言っている」
「それだけー!?」
「いや、君の気配がはっきり残っていたし。さて、これが何か分かるな?」
 懐から銃を取り出した。そして、七号の額に照準する。
「モデルガンだろ? BB弾が飛び出るヤツ」
「違う。これはザウエルP230カスタムのエルたんだ。チタン製でな、渋い色合いだろう。それにおしゃまなフォルムが愛らしい」
「そ、そうなのかな」
「それと、このエルたんに詰まっているのはゴム弾だ。私は人殺しは卒業したからな」
「なんだか恐ろしいことを言ってる気がするけど・・・・・・」
「雰囲気の問題だ。まあ、喰らっても死にはしないが、痛いぞ。なにせ暴徒を無力化するための物だからな」
「うう、やだな・・・」
 そんな二人のやりとりの合間、女性二人はこそこそ話し合っていた。
「そう言えばあの女の子・・・見たことあるわ」
「ボスが連れてきた子でしょ。確か、有名な探偵さんだったと思うけど」
「うん。そうね。でもなんだか評判と違うわねえ・・・」
「それ以前に、やり方が根本的に探偵じゃないような」
 水野さんと沢田さんは、いつの間にやら手を挙げて跪いている大人な七号と、彼の頭に銃口を押しつけている子供な千景をまじまじと見た。
「そもそも君、何でそんなの持っているんだ?」
「武器倉庫の主にもらったのだ。武器を持つのは乙女のたしなみ、そう諭されてな。なるほどなと思った」
「思うなよ!」
「まあ良いじゃないか。たかがゴム弾だ。見ろ」
 千景は証拠と言わんばかりに、テレビのそばに置いてあった鉢植えを撃った。
 ばん! ぼかん!!
 鉢植えは、派手な音を立てて砕け散った。
「あれ?」
 千景は、小首をかしげた。
「あれじゃねえー!?」
 七号は絶叫した。
「どうやら弾を間違えたらしい。まあ気にするな」
「気にするわ! てか、その物騒な物を向けるな!」
 七号は硝煙を放つエルたんを払おうとしたが、その前に千景は一歩下がった。もちろん銃口は七号を向いている。
「撃たれたくないなら、人形の在処を吐くことだ」
「ああ、もう! 君は探偵だろう!? 気配だなんて不確かなこと言わないで、探偵らしく推理してみせろよ!」
 もはや彼は逆ギレ気味だ。しかし千景は至って冷静だ。
「なぜ私が探偵をしていたと知っている」
「新聞で読んだ!」
「ふむ。だが今はどうでもいいことだ。この事件に推理など必要ないからな。君が犯人なのは事実だろう?」
「そりゃそうだけど・・・なんだかなあ・・・」
 とうとう七号は、肩を落として自白した。あらゆる期待を外された、そんな感じだ。だが千景は気にしない。
「そらみたか。さあ、人形はどこだ」
「いちご先輩に渡しましたよ・・・。いや実は人形を手にいれてすぐ、いちご先輩が現れて。いろいろ言い訳したその結果・・・」
「なるほど」
 千景は七号のやる気のない説明を一言で断つと、倒れてる五号を見下ろした。
「だそうだ、五号」
「ひぃいいいやっほうううううぅ!!」
 途端、五号は『ないろっ子』(白)をすべて飲み干して、けったいな歓声を上げて走り去った。
「あ、ちょっと!? いちご先輩今きっと寝てますって、ねえ!?」
 そんなことを言いながら七号は立ち上がり、五号の後を追いかける。
 刹那、彼の唇は笑みの形を取っていた。にやり。
「・・・・・・。まあ、事件のことは水に流そう。お二方、これはお近づきの印に受け取ってくれ」
千景は、沢田さんと水野さんに両口屋の『荒磯』を三個ずつ手渡すと、七号の後を追ってかけだした。
 後は、和菓子を手にした事務員が二人。
「一体なんだったんだか。それにしてもこれ、しらないお菓子だけど・・・あ、おいし」
「どれ・・・ほんとだ。これって黒砂糖?」
 それから三十秒後。
「っ! きゃあああああああ!」
「ぐごはあああああああああああ!?」
 という二つの悲鳴が寮内にこだました。


「話はわかったが。それといちごの引きこもりはどうつながる?」   
『水まんじゅう』(栗餡)を食べながら、ボスは予想はしつつも、千景に疑問を投げかけた。テーブルの箸に、さりげなく鉢植えの請求書が置いてある。
「はい。五号がいちごの部屋へ進入した時、彼女は睡眠中でした」
 請求書を無視しつつ、やはり『水まんじゅう』(栗餡)を食べている千景は、ほうじ茶をすすりつつ説明を始めた。普段とは違い、表情が年相応なのはボスの前からだ。
「これがその時の写真です」
 取りだした写真には、Tシャツとトランクス一枚で眠る十七、八の美少女が写っていた。しかもかわいらしい人形を抱き抱えている。布団に広がる長髪がまた、良い雰囲気を演出していた。
 まさにベストショット。
「これは誰が撮った」
「七号です。初めからこれが目的だったようですね」
「・・・・・・。ななちゃんめ」
「直後、五号はいちごに抱きつきました。その結果・・・・・・五号は目を覚ました彼女の攻撃を受けて沈みました。全治三週間だそうですが、すでに動けるようです。ちなみに七号はすぐに部屋を出たので助かったのですが。しかる後に、私が人形について説明したところ・・・・・・」
「引きこもった訳か。それにしても、迷わずに七号が犯人だと即断したのは?」
「単に、状況からして彼しかあり得なかった、と言うことです。それに彼はわざと、分かるよう仕組んでいたようです。後で調べなおしたら、証拠がいくつか出てきましたし」
 つまり七号は、茶番劇を仕組んでいた、ということだ。本当の目的を達成するために。その成果が、この写真なわけだ。
「そうそう、実は先日、何者かから逃亡しているうさぎ耳少女をかくまいまして。その時に七号について聞きました。そうでなければ、さすがに写真のことまでは分からなかったでしょうね」
 千景は写真を懐に戻した。ボスは密かに残念がった。
「まあ、君が部下達と親睦を深めるのはうれしいことだが・・・」
 ボスはほうじ茶をすすり、
「取り敢えずいちごを引っ張り出してくれないか。今日は体力測定なんだ」
「・・・はい」    
 

 ちなみに。
 いちご人形は無事、五号の元へ返された。

「ここが何もない心の中として。耳を澄ませたら、何が聞こえると思う?」
 小さなバーの片隅で、翠碧の瞳の少女へ投げかける、意味のない質問。
 聞くまでもなく、答えなど分かっていた。
 何も、聞こえはしないだろう。
 それでも。
 そこには響いている声がある。
 声があるのだと。藤美珊瑚は信じていた。
 次回 『誰にも届かない、その歌を』
 おたのしみに。