「華代ちゃんシリーズ・番外編」 「ハンターシリーズ」 「いちごちゃんシリーズ」 ![]() 作・真城 悠 |
ハンターシリーズ45 「白銀の風」 作・マコト |
月の夜。 一人の男が、草原にいた。 容姿は、現代風の若者そのもので、なおかつ20代前半の美青年といえるだろう。 月明かりに、その美しい銀髪が映えていた。 その男の前方には、藁で編まれた人型があった。 そして、男の手には、長く、銀(しろがね)に光る日本刀。 「――ふぅぅぅぅぅぅぅ……」 男が長く息を吐く。 そして琥珀色の瞳を閉じ、意識を集中させてゆく。 「――――」 辺りは静寂に包まれる。 刹那、 「――覇ッ!!」 ザンッ!! 藁人形は瞬く間に袈裟に斬られ、地面に崩れた。 「――」 無言のまま、剣士は刀を鞘に納める。 そして頭上の月を仰ぎ見て、一人呟くのだった。 「待っていろ。必ず貴様の首をいただく――浅葱、千景」
都内某所。 和菓子屋にて一人の少女が買い物をしていた。 その瞳は翠碧、そして美しい黒のショートヘア。 見た目は14、5歳といった所か。 その少女の名は浅葱千景。 かつて謎の少女・真城華代に挑み、逆にこの姿にされてしまった暗殺者である。 なおかつ、その「暗殺者」という肩書きすらも、「名探偵」というものに変えられてしまっていた。 「ありがとうございましたー」 ガー。 店員の声を後ろに、千景は店外へと出た。 そして道中で、先ほど買った和菓子の箱をひとつ開ける。 中にはとても美味しそうな水まんじゅうが入っていた。 その6つのうちのひとつを、千景は串でさして口に運んだ。 もくもくもく……こくん。 「ふむ。やっぱりこの中松屋のは美味だな」 食べながら一人うなずく千景。 彼女は、大の甘党だった。 「さて……そろそろ戻るか」 彼女は現在、とある組織に居候の身であった。 和菓子を大量に買い込んだ千景は、家路についた。 「今度は浅野四十二万石の和菓子を買いにいくべきか……」 なんて考えながら、角を曲がると。 ドンッ。 「うあっ!」 「おっと……」 偶然人とぶつかってしまい、千景は尻餅をついた。 「たた……」 「すまない、大丈夫か?」 上から男の声がする。 「はい、大丈夫で――」 顔を上げ、そいつを見た瞬間、千景は硬直した。 「あ――――」 銀色の髪に、琥珀色の瞳。 肩に背負うは長い刀袋。 「――――」 それは、紛れもなく。 自分と、命の駆け引きを幾度となくした男。 「……? どうした、お嬢さん。俺の顔に何かついているか?」 などと、そいつは言った。 ――私に気付いていないのか。 それもそのはずだ。あいつとはあれ以来逢っていないのだから。 「――いえ、なんでもありません」 千景は立ち上がり、埃を払う。 「……まぁ、いいか。時にお嬢さん、こんな男を見なかったか?」 そう言って銀髪の男はズボンのポケットから一枚の紙を取り出し、千景にみせた。 「!?」 それを見て千景は驚愕した。 なぜならば、そこに描かれていたのは、 かつて「翠碧の暗殺者」と呼ばれた者――即ち、かつての自分だったのだから――。
千景は心の中で呟く。 現在の「浅葱千景」は、「美少女の名探偵」である。 かつての自分の姿を覚えている者がいるはずがない。 「彼女」の書き換えが失敗していたのだろうか? 否である。 現に、自分は少女の姿となり、こうしてのんびりと街を歩いていたではないか――――!! 「――ひとつ、お尋ねしてもよいですか」 「ん? なんだ」 小さな声で千景は聞く。 「その男を捜し出して、どうするのです」 そう。 この男は、「浅葱千景」を捜し、そして見つけてどうするつもりなのか。 すると、男の目が急に細まる。 いや、睨み、だろうか。 「……アイツだけは、許さん」 「……!!」 銀髪の男からは、 凄まじい怨念や殺気とともに、そんな答えが返って来た。 「――――」 千景は戦慄した。 今まで闘ってきた者の中でも、この男ほど自分に対し怨みを持った者はいないのではないだろうか。 「……すまない」 「え……?」 男から殺気が霧散した。 「お嬢さんには関係のないことだ。……それに、この男は裏の者だ、お嬢さんのような人が知るはずもないか」 そう言って男は絵をしまい、クルリと背中を向ける。 「邪魔をした。それじゃぁな」 そう言って男は去っていった。 「――黄路、疾風」 去り行く背中を見て。 千景はその男の名を口にした。
路地裏にて。 黄路疾風は空を眺めていた。 「浅葱千景……貴様は何処へ行ったというのだ」 彼は今日一日、「翠碧の暗殺者」の情報を集める為に東奔西走していた。 しかし、その返事のほぼ全てが「不知」であった。 もともと闇の人間であるから知っている人間も少ないのは仕方ないだろうが、それにしても彼にとって奇妙な回答が多かった。 『「浅葱千景」という「美少女名探偵」なら知っている』というものである。 「――冗談じゃない」 疾風は呟いた。 「――あいつは、生粋の暗殺者だ。探偵という副業、ましてや美少女でなどあるはずがない。一体何があったというのだ……」 ――彼の中では、未だ「浅葱千景」は「翠碧の暗殺者」である以外何者でもないのであった。 「……寝るか」 まどろみが彼を襲う。 そして、剣士は眠りについた。
「はぁっ!!」 ギィン!! 撃たれた銃弾は、しかし刀によって斬りおとされる。 「ちっ――!」 ズザザザザザザザ。ドゥン! ドゥン! 暗殺者は素早く移動しつつも、拳銃を連射する。 「遅い――!」 ダダダダダダダッ。ギィン! キィン! その銃弾を刀で弾きつつ、暗殺者に走り行く白銀の風。 「とったぞ、浅葱千景――――!!」 一気に千景の懐まで詰め寄り、横一文字に刀を振る。 しかし、 フッ。 「なっ――!?」 突如として千景の姿が消え、刀が空しく宙を斬る。 瞬間、 ドドゥッ!! 「ぐああぁっ!?」 両足に激痛。 立つことが出来なくなり、疾風は崩れ落ちる。 チャキ……。 「く……」 見上げると、疾風の額に拳銃を当てた千景の姿があった。 「大振りし過ぎたな、黄路疾風」 そう、なんのことはない。単にしゃがんだだけなのだ。 「――っ! 殺せ!!」 「む?」 突然疾風が叫ぶ。 「用心棒すら満足に出来ず、今また貴様に敗れた! こんな恥をさらしてまで生きてゆけるか!!」 そう叫ぶ疾風の後方には、血の海に沈む一人の男がいた。 疾風が用心棒をしていた男である。 そのこめかみには、銃創があった。 「――――」 千景は銃を降ろす。 「っ!? ……情けをかけるつもりか! 翠碧の暗殺者!」 「冗談じゃない」 そう言って千景はくるりと背を向け、歩き出す。 「単に仕事がおしてるだけなんだよ」 そう言って、暗殺者は去っていった。 「ぐっ……!」 なんとか立ち上がろうとする疾風。 しかし、 ズキン!! 「――――!」 両足の激痛のせいで立つこともできない。 「――くっそぉぉぉぉぉぉ!!」 跪いて声を上げる疾風。 「浅葱千景ぇぇぇぇぇぇぇ!! 俺は、必ず貴様の首をとってやるからなぁぁぁぁぁぁ!!」 冷たい雨が降りしきる中。 銀髪の剣士の叫びは、雨音に消されていった。
淡い日差しが窓から差し込む。 「ふあ……」 千景はベッドから身を起こし、んーっと屈伸する。 ここは秘密組織「ハンター」本部の一室。 真城華代の被害に対して活動する(というのが名目の)ハンター達の所属するところである。 彼女はここに居候しているのだ。 ベッドから降り、いつもの身支度を済ませる。 「……懐かしい夢を見たな」 ぽつりと呟く千景。 ……あれは、まだ彼女が男であった頃のものだ。 「……恐らくは、あいつに逢ったからだろう」 黄路疾風(おうじ はやて)。 裏の世界でも指折りの用心棒として名を馳せる、若き大剣豪。 かつて、千景はその仕事柄、何度も彼と戦っていた。 「しかし……分からないな」 千景は考え込む。 なぜ、あの男には「真城華代」の書き換えが現れていないのだろうか。 黄路疾風は明らかに、「浅葱千景」を「裏の人間」と呼んだ。 即ちそれはかつての「翠碧の暗殺者」のことを指し、現在の浅葱千景ではない。 「……私への恨みか」 千景は、彼が一瞬発した凄まじい怨念・憎悪・憤怒を感じ取った。 それが精神的な防御壁となり、華代の能力すら弾いたのかもしれない。 「――しかし、それだと世界と矛盾するな」 そう。 現在世界での「浅葱千景」の存在は、「失踪した美少女名探偵」である。 疾風にとっての「浅葱千景」の存在と矛盾してしまうのだ。 「いつか世界から”修正”がかかるか……? いや、『勘違い』で済まされるような気もするな」 その場合、既に修正が行われていることになる。 例えば、「浅葱千景」でない暗殺者に恨みを持っているが、そいつを「浅葱千景」と名前を勘違いしている、という具合にである。 「……まぁ、いずれにせよ決着はつけねばなるまいか……」 そう言って、千景は自分の部屋を後にした。
ドアをノックする千景。 その部屋には、「開発主任室」と書かれていた。 「ほ〜い、誰だい?」 ノックに、間の抜けた声が返ってくる。 ドタドタドタ……ガチャ。 「おや、千景ちゃ……おっと、千景さんじゃないか。どーしたんだい?」 出てきたのは、白髪赤眼、白衣を着た美青年。 ハンターの中にある、「開発部門」の主任研究員を務める若き科学者、ハンター14号こと石川恭介だ。 「君がいいパソコンを持っていると聞いてね。少々貸していただきたいんだが」 「ああ、そりゃ持ってるさ。これでも科学者のはしくれだからね。うん、いいよ」 そう言って、恭介は千景を部屋に招きいれた。 「何に使うんだい?」 恭介が尋ねる。 「別に変なことに使うわけじゃないさ」 そう言って千景はネットにつなげ、ブラウザにURLを入力する。 「さて、ちょっとディスプレイを見るのはやめてくれ、14号」 「ほいよ〜」 千景がそう言うと、恭介はくるりと後ろを向いた。 そして千景は、とあるサイトを映し出す。 「……変わっていないな」 そこは、裏の人間がよく利用するサイトであった。 会員制で、PWが間違うとそのPCを攻撃するという危険なサイトである。 ここにて様々な裏の情報の入手、配布などが可能になっているのだ。 彼女はそのページのBBSを呼び出す。 「ここに書き込むのも久しぶりだな」 そう言いながら彼女は文字を打ち込んでいく。 「……」 そろ〜り。 ジャキッ!! 「うわっ!?」 こっそり覗きこもうとした恭介に、ディスプレイの方を向きながら千景は銃を突きつけた。 「覗き込みはよくないぞ」 そう言って器用に片手で入力していく。 「あ……ああ、ごめん。わかったから、下げてくれるかな」 「いいだろう」 千景は銃を下げ、再び両手で書き込みだした。 「――――」 恭介は苦笑いを浮かべながら、冷や汗だらだらだった。 「これでよし、と。――あいつがまだここのサイトを利用していれば、明日にも来るだろうな」 そう言って書き込み内容の確認をする千景。 そこにはただの普通の書き込みにしか見えない文章が打たれていた。 しかし、これは暗号でつくられた文章なのだ。 「よし、送信。――14号、もういいぞ。使わせてくれてありがとう」 サイトの履歴を消し、席を立つ千景。 「あ……もういいの? ま、また利用してね」 少しギクシャクしながら恭介は言った。 「……? まぁいいか」 そう言って千景は部屋をあとにした。 「……ふぅ、吃驚したぁ。にしても千景ちゃん、裏のサイトなんか使ってたんだなぁ」 腕時計を見て恭介は呟いた。 その腕時計からは、千景が繋げていたサイトが空間ディスプレイされていた。
ダダダダダダダダッ、バン!! 「ボ、ボス! 大変です!」 足をもつれさせながら司令室に駆け込んできた部下A。 「今度はどうしたというのだ……またいちごが引き篭もったか?」 以前も同じ展開があったためか、ボスはあまり動じていない。 「違います! 外に妙な男が来て、浅葱千景を出せと言っているのです!」 「何……?」 ボスはすぐさまデスク後ろの窓から下を見る。 そこには、銀色の髪、肩に長い刀袋を背負った若い男がいた。 「あれは――」 誰だ、と言おうとするとき、 「あれは……”白銀(しろがね)の風”じゃないか!!」 ボスの横でハンター7号・七瀬銀河が叫んだ。 「ぬおっ!? ななちゃんいつの間に!?」 「いや、何か面白そうなことが起きそうなもので来てみたんですけど」 「……」 恐らくは、何かまた悪知恵を働かそうと思ってたのだろう。 「――で、そのしろがねのなんちゃらは一体何者だ?」 ボスが尋ねると、銀河は一筋の汗をたらし、言った。 「裏で有名な用心棒です。持っている刀は銘刀四代兼重、その刀捌きは通り名の如く疾風。彼と対峙したが最後、一瞬にして不審者は袈裟に斬られるといいます」 「な――」 ボスは驚愕した。 そんな奴がこんなところに来ていることにもだが、何より銀河がそこまで詳しいということに驚いたのには秘密である。 「――っ、ななちゃん、他のハンターと一緒にあれを追い出して来い!」 「いやぁ、そうしたいのはやまやまなんですが……」 ボスの言葉に、苦笑いを浮かべる銀河。 「? どうした?」 「実はですね……、ここに来る途中、写真を千景ちゃんに盗られちゃいまして」 「は……?」 「1号先輩と燈子さんの、それぞれのベストショットなんですけど……千景ちゃんが『邪魔したらこれを二人に渡します』なんて言っちゃって……」 いつのまにそんなものを撮ったのか知らないが、見つかればあとで二人になぶり殺しにされそうである。 「……ちょっと待て、つまり、それは」 ボスは少し眩暈を感じながら言った。 「千景の方からアレを呼んだのか!?」 「そうなんじゃないですか?」 あっさりと言う銀河。 「一人で闘うつもりなのか……」 そう呟いてボスは椅子に座り込んだ。
「まだか……浅葱千景」 少々苛つきながら、黄路疾風は待っていた。 「……慣らすか」 そう言って疾風は刀袋の紐を解く。 すると、一振りの刀が姿を現した。 黒い鞘、独特の鍔。 かつて二刀流の大剣豪・宮本武蔵が初代を使用したと云う、稀代の銘刀。 その名を、四代兼重という。 彼はこの刀とともに、裏の世界を生きてきたのだ。 「……ん?」 彼が抜こうしたその時、ガーと本部の自動ドアが開く。 「来たか、浅葱ちか……げ?」 疾風は目を疑った。 なぜならば、そこに現れたのは、 二日前に偶然出遭ったあの少女だったのだから。
淡々とした口調で言う千景。 「お……お前、お前が……浅葱千景なのか!?」 驚愕の顔で問う疾風。 「そうだ。――色々と事情があってな、今はこの様な姿になってしまっている。……さて、ごたくはもういいから、始めようか」 そう言って千景は愛用の銃二丁を取り出す。 「まっ、まままままま待てっ!!」 「む?」 慌てふためく疾風。 「どうしたというのだ?」 怪訝な顔をして問う千景。 「そ、その姿は卑怯だぞっ!! 俺は対等な勝負がしたいのだ! そんな姿では対等には出きんではないか!!」 疾風はかなり困っているようだ。 「……この姿だからといってなめてもらっては困る。それに、暗殺者に対等な勝負を期待するな」 そう言って、千景は戦闘態勢に入る。 「ほ、本気か!? くそっ――」 「む!?」 ダッ! 突然、疾風は外に駆け出した。 「逃がすか!」 千景も走り出す。
遂に千景は疾風を見失っていた。 「決着をつけねば、のちのち面倒だというのに……」 そう言って千景は別の方面に捜しに行った。 暫くして。 「行ったか……」 ひょっこりと顔を出す疾風。 完全に気配を殺し、じっと隠れていたのである。 「くそ、参ったな……よもや聞いていたことが現実となろうとは……あれでは戦えん」 実は疾風、過去一度も子供、ましてや女の子なぞ斬ったことがない。 対等でない、というのが最大の理由である。 ……裏の人間としてそれはどうかと思うが、実際のところそういう信念なのだから仕方ない。 「ええい、せめて対等にさえなれば……」 などと呟いている、その時。 「お困りですか?おにーさん」 と、背後から可愛らしい声がした。 「――!?」 思わず疾風はその場を飛びのき、刀を構える。 しかしそこにいたのは、 「こ……子供?」 真っ白な可愛らしい服と帽子に身を包んだ、8歳くらいの女の子。 「俺に気配を感じさせないとは……」 何者なんだ、と、心で呟く疾風。 「あ、自己紹介がまだでした。私はこういうものです」 そう言って、少女は一枚の紙を取り出した。 「……名刺?」 怪しく思いつつも疾風はそれを取り、書かれた文字を読んでみる。 ”ココロとカラダの悩み、お受けいたします。真城 華代” と書いてある。 「ましろ、かよというのか? 君は」 そう疾風が尋ねると、「おお!」と感嘆の声を上げて頷く華代ちゃん。 「そうだよ。――にしても凄いね、おにーちゃん。私の名前を間違わずに言えるなんて! 殆どの人が間違っちゃうんだよねー……」 「……で、何の用かな?」 疾風はやわらかい口調で聞いた。 彼は基本的に、仕事のとき以外は普通の人間でいっている。 「ああ、すみません! えっと、何かお困りのようでしたので、それを解決して差し上げようかと思いまして」 「ほう……」 華代ちゃんの言葉に、疾風は少し興味を持った。 千景には復讐したい。しかし女の子は斬れない。 これら双方を解決してくれるならば、どんなものにでもすがりたいものだ。 「……戦いたい相手がいるんだが。そいつは女の子になっちゃっててね、対等に戦えないんだ。それをどうにかできないものか……なんてな」 叶うはずもないであろう希望を、疾風は華代ちゃんに聞かせた。 「ふぅん……それって、どんな子なんですか?」 「ああ……こういう子だ」 どこからかペンと紙を取り出し、さらさらと絵を描いていく。 そして、一人の少女を描き上げ、それを華代ちゃんにみせた。 「ふむふむ……どこかで見たような気もするけど、まぁいいや。――要はこの子と対等になりたいんですよね?」 「ん? なんか微妙にニュアンスが違う気もするが……まぁ、そういうことだ」 「分かりました! この依頼、お受けいたします!」 そう言って、突然両手を天にかざす華代ちゃん。 「えーい!」 その一言で、疾風に変化が始まった。 「!?」 みるみるうちに目線が低くなってゆく。 「な、何だ!?」 すると今度は、シュルシュルと言う音とともに髪の毛がどんどんと伸びてゆき、やがて腰ほどの長さになる。 そしてどんどんと胸が……いや、やや小ぶりに膨らんでゆく。 ウェストも細くなり、ヒップもそれなりの張り出し方をする。 「うあっ!?」 今度は顔面を突然奇妙な感触が襲う。 切れ長の目はくりくりとした可愛らしい少女のものとなり、鼻が小さくなってゆく。 口も小型化していき、さらには輪郭が整えられていく感覚。 まつ毛が少し伸び、眉毛が脱落して細くなる。 「こ……これは……? ――っ!」 疾風が驚愕するまもなく、次は下腹部が変化を始める。 股間のふくらみが徐々に小さくなり、遂には消えてしまう。 「はうっ!?」 代わりに、何かが形成されてゆく。 そう、男性でなく、女性のものが。 「あぅ!」 そして、自らが纏っていた衣服が全て現在の自分とぴったりのサイズになる。 ジーパンに黒いノースリーブ。 なぜだか臍がでていた。 「うわぁっ!?」 最後の変化として、下着がどんどんと変わっていく感覚。 中に何も着ていなかったはずの上半身にはきゅっと胸をしめつけるものが、そして下半身の下着は薄く、小さくなっていくような感じがした。 そして、ようやく変化は終わった。 「い……一体何が起きたんだ!?」 疾風は、自分のものとは思えない高い声でそう言った。 「はいコレ、鏡」 「あ、どうも。……な、なななななななな!?」 華代ちゃんから渡された鏡には。 何処からどう見ても、14,5歳にしか見えない、 長い銀髪の可愛らしい少女が映っていた。 「馬鹿な……これが、俺?」 愕然とする疾風。 ――でも、なぜ!? ――俺は、浅葱千景と対等に戦いたいと…… 「……まさか」 そこで疾風は気付いた。 「あ、あの、華代……ちゃん?」 「? 何かご不満でしょうか。ちゃんとその女の子にあわせてみたんですけど」 ――や……やっぱしぃぃぃぃぃぃ!! 頭を抱え込む疾風。 華代ちゃんは、どちらをベースとして対等とするか、というところで、疾風でなく千景の方を選んだのだ。 華代ちゃんが言う。 「よかったですね♪これでその女の子と対等に戦えますよ」 「対等に……?」 ――確かに。 自分が少女となれば、おたがい対等に渡り合える。 「ありがとう、真城華代ちゃん」 「いえいえ、いいんです。お役に立ててこちらこそ嬉しいですよ♪それではっ」 そう言うなり、華代ちゃんは何処ともなく消えていった。 「ふっふっふ……。これで最早何の気兼ねもいらぬ!覚悟しろよ……!」 そう言って、少女となった疾風は外に飛び出した。 「どこだ……浅葱!? ――いたっ!」 低くなった疾風の目線は、しかしそれでも目ざとく千景を見つけ出した。 「あぁぁぁさぁぁぁぎぃぃぃちぃぃぃかぁぁぁげぇぇぇ!!」 ズダダダダダダダダダダダダダダダダッ!! 「!?」 突然の叫び声と突進する足音に驚く千景。 すると、見覚えのない、今の自分と同年齢くらいの少女が、刀を振りかぶってこちらへ走ってきていた。 「なっ!?」 「でぃやぁぁぁぁっ!!」 ガッキィィィィン!! 疾風の一閃を、千景は両方の拳銃で受け止める。 「その刀の鍔の形……まさか、黄路疾風か!?」 バッとお互い距離をとったところで千景は問うた。 「その通りだ! 魔術師なのか知らんが、先ほど妙な女の子に逢ってな。お前と対等になるように、この姿にしてくれたのだ!」 対等になったのがよほど嬉しいのか、笑いながら疾風は言った。 「……真城華代か」 千景はそう呟いた。 ――毎度毎度、おかしなことをする子だ……。 「――と、いうわけで!覚悟ぉぉぉぉぉぉ!!」 意外と可愛らしい声で突進してくる疾風。 (なんて執念なんだっ!……今のままじゃ、確実にやられる!!) そう思うと、千景は一目散に駆け出した。 「逃げるなぁーーー!!」 「くっ――!!」 必死に走る千景、追いかける疾風。 両者はともに、ハンター本部へと戻る道に進んでいた。 「そこだぁっ!!」 「っ、しまった!?」 しかし、遂に追いつかれ、疾風は刀を振るう。 「でぇぇぇぇぇい!!」 「――!!」 しかし。 ベチッ。 『――へ?』 二人の声がハモる 刀は確かに千景の後ろ首にあたった。 しかし、その刀は彼女の首を斬ることはなく、ただ殴りつけただけのようになった。 「―――な、ななななな、なんだこれは!?」 思わず疾風は刀をみる。 「な!?」 そして驚愕する。 なんと、刀はサイズこそそのままだが、刃が全くついていない。 つまりは模擬刀。 「……」 「……」 恐る恐る千景は自分の弾を、疾風は鞘を見る。 「む……間違えていつものゴム弾をいれていたか」 と、千景。 「なんだ……これは……」 「む?」 疾風が持つ鞘には、「めいとうかねしげ。」と書かれていた。 「……」 恐らくは、千景が間違えてゴム弾、つまり模擬弾を装てんしていた為、華代ちゃんは「対等」に、疾風の兼重の存在もそういった模擬刀にかえてしまったのだろう。 「――――」 わなわなと肩を震わせる疾風。 「お、おい、黄路……」 千景が声をかけようとした瞬間。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「ぬぁっ!?」 ブォン!! とっさに千景は横にそれ、その直後、その場所を「かねしげ。」が薙いでゆく。 「得物が変わろうと知ったことかぁぁぁぁぁ!! 覚悟しろ浅葱千景ぇぇぇぇぇ!!」 「くっ!!」 再び始まる逃追劇。 しかし、今度は千景がハンター内に逃げ込んだ。 直後、本部のシャッターが閉じる。 「浅葱千景ぇぇぇぇぇぇぇ!! 俺は、絶対逃がさんからなぁぁぁぁぁ!!」 閉じられた施設の前で。 そう、銀髪の少女は叫んでいた。
「はい、何でしょうか」 「ハンター敷地にある、あのテントは何だ?」 「ああ……あれは、浅葱千景を出せと言っていた奴が寝床にしているんですよ」 「何だと!? そんなもん早く追い出せ!」 「いえ……実は、ハンターガイストにも言われたのですが、華代による性転換被害者をハンターが邪険にしてはならない、とか……」 「被害者? つまり、あのしろがねのなんちゃらが今女になっているというのか」 「千景からの報告では、そのようです。それに、彼――いや、彼女ですか――黄路疾風は、千景がいる限りずっと動かないつもりみたいですよ」 「……ふむ、そうか……。だがまもなく冬がくるというのに……この辺りは寒いぞ……」 「そうですね。……如何なさるおつもりで?」 「……仕方ない、うちに入れてやれ。どうせ奴の持っている刀も人が殺せまい」 「分かりました。……しかし、あれと千景に、どんな関係あるのでしょうかね?」 「さぁ、な……」
「しつこいぞ!」 ズダダダダダダダダ。 以来、ハンター本部では毎日のようにおいかけっこが続くのだった。 なお、銀河のあの写真は返してもらえたかどうかは、定かではない。
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