ここは、○田空港。
言うまでもなく、日本の空の玄関口である。
そのロビーに、二人の女性が立っていた。
「遅いな……何をしておるのだ」
おっさんくさい言い方をするのは、見た目は20代半ばといったところか、切れ長の目に眼鏡とスーツが似合う、美しい女性である。
「そうですねぇ。計算では既に到着しているはずなんですが……」
そう言ったのは、深緑色のロングヘアーに群青色の瞳をたたえた、可愛らしい女子高生くらいの子だった。
二人は、それぞれハンター10号・半田燈子とハンター31号・石川美依という。
二人とも女性であるが、その実単なる女性というわけではない。
燈子は、人類の敵・真城華代により性転換させられてしまった男のなれの果て。
またみぃは、その真城華代に対抗すべくつくられたアンチ・カヨ・フォース(AKF)シリーズの31号機たる生体アンドロイドである。
……いずれにせよ、ぱっと見は分からないが、純粋な女とは言えない二人なのだった。
「ところで燈子さん」
「む?」
スポーツタイプの腕時計を見ていた燈子に、みぃが話し掛ける。
「今度帰ってこられる19号という方、どのような方なんですか?」
「うむ……」
そうして、燈子は顎に手をやる。
そう。
今日二人がこんな空港くんだりまでやってきていたのは、一人のハンターを迎える為だった。
「私は彼が入ると同時期にコロンビアに飛ばされたからな、詳しくは知らんのだ。――ただ、敬虔なクリスチャンだとは聞いておる」
「敬虔なクリスチャン……ですか」
燈子の言葉に、鸚鵡返しするみぃ。
「なんでも『本場の教会を見に行きたい』とか言って、自分から海外出張へ出たそうだ」
「はぁ…あ、あの人じゃないですか?」
「む?」
みぃが指差す方向に、燈子は目をやる。
「ッ!?」
瞬間、言葉を失った。
動く歩道を渡ってくる一人の男。
しかし、その姿は、
紛れも無く、キリスト教の聖職者であった。
そう、その男、この空港で堂々と神父の正装をして歩んでいるのだ!
「……」
暫し呆然とする燈子。
「あの〜、ハンター19号さん、ですか?」
そんな燈子をよそに、みぃが一人その男に話し掛ける。
「? そうだけど……もしかして、君がお迎えの?」
その男――ハンター19号は、やんわりとした口調でそう言った。
見た目、30代後半といったところか。とても優しい印象がある。
「はい! 私、ハンター31号です。そしてあちらがハンター10号さんです」
「ふぅん?」
19号は燈子を見てそう呟いた。
「初めまして。ハンター19号です」
そう、19号は燈子に言った。
「あ――は、ハンター10号です……」
引き攣った笑みを浮かべながら、燈子は彼の手を握った。
――な……何を考えとるんだこいつは!?
――神父の服装とは……ただでさえ巫女やら看護婦やらバニーやらチャイナやらと色々いるというのに……。
「どうかしましたか?」
硬直していた燈子に話し掛ける19号。
「はっ!? い、いや! さぁ、か、帰ろうか」
慌てて燈子は駐車場へと駆けて行く。
「……?」
不思議そうに19号は首をかしげた。
「――というように、主はいつでも貴方がたのことを見守っておられます……」
『……』
ハンター本部にて。
19号を歓迎するパーティが、ここ、広間(?)で開かれていた……んが。
「――そして、パウロは聞いたのです。『サウロ、なぜ私を迫害するのですか』と。それは紛れも無く――」
『……』
いつのまにかそれは、19号自身による朗読会のようなものになっていた。
「長いな……」
「長いわね」
そう呟くのはおなじみハンター1号・いちごと、ハンター28号・双葉。
「そもそもなんで俺達はこんなモン聞いてなきゃならんのだ?」
家は浄土真宗なんだが、と呟くいちご。
「大体、誰が『聖書の話してくれ』なんて頼んだんだよっ!?」
「あ、それ私ですー」
そう言ったのは、他でもない、みぃであった。
「……なんで?」
呆れ顔で問う双葉。
「えー? だって私興味あったんです。私、キリスト教のことはあまりインプットされてなかったんです」
「皆を巻き込むなよ……」
頭を抱えるいちご。
「うう……足が痺れたぁ……」
そう漏らしたのは、巫女服姿の少女、ハンター35号・半田みこ(本名:谷澤鋭吉)。
実は全員、正座で話を聞かされているのであった。
「巫女がそんなことで音を上げるな」
と、教官然とした口調で言う燈子。
「そんなこと言われても……。大体俺はなりたくて巫女になったわけじゃないんすよ」
そう、彼女もまた華代被害者である。
「――おや? どうやら少々話が長引いたようですね……。では、今日はこのくらいにしておきましょうか」
そのやり取りに気付いたのか、19号は聖書を閉じ、立ち上がる。
「ふぅ……やっと終わった――って、ちょっと待て、『今日は』?」
安堵しかけた瞬間、いちごの頭を嫌な予感がよぎる。
「ええ。続きはまた明日、ということで」
そう言って、19号は慈愛の笑みを浮かべ、深く礼をして会場を後にした。
「は……はははは……」
皆、ただ乾いた笑いをあげながら拍手を送るしかなかった。
数日後。
ハンター本部最上階・司令室。
「なんだか、皆気力が無くなっておるようだが」
「そうですね……」
ボスと部下Aは、お茶を飲みながら談笑(?)していた。
「なぜだろうな?」
10号によるシゴキはもう無くなったというのに、とボス。
「それは多分、19号の所為です」
「ふむ?」
部下Aの言葉に、顔をあげるボス。
「ここのところ、毎日のように奴が聖書朗読会みたいなものを開いていて、それに飽き飽きしているみたいですよ」
「……」
ボスは唖然とした。
「このままじゃ緊急時に差しさわりが出そうですね……」
「――うむ。いた仕方あるまい。19号を呼べ」
「はっ」
ボスの命令に、部下Aは直ちに壁の受話器を手に取った。
「――何故です!?」
19号は抗議の声をあげた。
「何度も言わせるな。お前のその行為の所為で色々な所に迷惑が掛かっておる」
「そんな……ただ私は皆に教えの素晴らしさを説こうと……」
「――では問おうハンター19号。貴様は宣教師か? それともハンターか?」
ボスは目を細め、19号をにらみつけた。
「……っ」
それに、彼は言葉を失った。
「とにかく、これ以上『布教』は禁止だ。まぁ、宗教の自由は束縛せんよ。それを他人に押し付けるのは明らかに間違っておるがな」
そう言って、ボスは背中を向けた。
「……分かり、ました」
悲しみのどん底といった表情で、19号は部屋を後にした。
「一体どうすれば……」
ハンター本部付近にある公園。
普段はハンター6号・半田りくがそこで哀愁に浸っているブランコに、19号は座っていた。
「ただ、私は主の教えの素晴らしさを皆にわかってもらいたいだけだ……。だが、それは理解されないのか……?」
そうして、うなだれる19号。
そんな時、
「おじさん、どうしたの?」
「えっ……」
話し掛けられて、思わず顔を上げる。
そこには、白い服をきた、小学生くらいの女の子が立っていた。
「――貴方は?」
不思議そうに彼は尋ねる。
「あ、私はこういう者です」
少女は鞄の中から、一枚の紙切れを取り出し、19号に手渡した。
”ココロとカラダのお悩み、お受けいたします――真城 華代”
そう、その名刺には書かれていた。
「真城華代、と言うのか君は」
そう尋ねる19号。
――10号(燈子)と同じく海外生活が長かった為か、すっかりと彼女のことを忘れているようである。
そんな人がハンターに多いような気もするけど、まぁ今に始まったことではない。
「はい、セールスレディやっています」
笑顔で華代ちゃんは言った。
「セールレディ……か。具体的にはどういう?」
興味を持ったのか、そう19号は問う。
「そうですね。皆さんのお悩みを解決して差し上げるのが最大のお仕事です」
「悩みを解決……」
その言葉を聞いて、思わず19号は彼女を「凝視」する。
「っ!?」
そして、言葉失う。
彼女から、光のようなオーラがほとばしっていたのだ。
――私には、ものごとの「神性」を見る能力がある。
――先ほどから彼女には、凄まじい「神性」を感じる……。
――まさか、彼女は主の遣わした天使なのか!?
「お願いします! 私の悩み、是非聞き届けてください!」
胸の十字架を握り締め、許しを乞う容で彼は華代ちゃんに言った。
「? は、はい」
少し戸惑った華代ちゃんだが、とりあえず彼を立たせる。
「ええ。実は――」
そうして、19号は先ほどのことを華代ちゃんに喋ってしまった。
「ふむふむ。要は、皆にもっとその教えを知ってもらいたいから、なんとか出来ないかってことですよね」
要約して華代ちゃんが聞く。
「ええ、そうです」
そう言うと、
「なら手があります。じっとしててくださいね」
「え――」
問う暇もあらばこそ。
「!?」
変化は、突然神父を襲った。
「な――!?」
急激に縮む身体。
そうして、次第に大きくなる胸と臀部、逆に細まる腰。
「っ!?」
奇妙な感触とともに、股間の存在感が消えてゆく。
「あ――う!?」
続いて、顔面が変化を始める。
大きくつぶらな瞳になり、鼻は小さく、口元は可愛らしくなってゆく。
そして、ばさりとのびる髪。
それは背中の中ごろまでいき、質感は男性のそれから変わる。
そして、その色は綺麗なピンク色に。
「な、何が……!?」
一通り、身体の変化が終わった後、今度は服が異変を起こす。
豪華にみえた神父服は、次第に黒く染まっていき、長袖ワンピースの形状を取る。
そして、肩口から首辺りが分離して白くなる。
つまりはカソック。
そのサイズは変化した19号の姿にぴったりになり、靴は(なぜか)編みブーツに変化する。
更に突然、頭を帽子が覆う。
――そして、ようやく変化は止まった。
「これでよしっと♪」
ぱんぱん、と手を払いながら華代ちゃんは言った。
「――あ、貴方は一体何を――っ!?」
そう言って、19号は自分の声に驚く。
「さ、鏡をどぞどぞ」
そう言って華代ちゃんは手鏡を19号に渡した。
「!?!?!?!?」
19号は愕然とした。
そこに映っていたのは、神父服を着た30代の男ではなく、
少し変わった帽子のカソックに身を包んだ、10台前半の少女だったのだから。
帽子の形状は、通常のシスターの被るヴェール状ではなく、よくファンタジーなどの女性神官が被るようなつばの無い円い形のものである。
「これ――が、私……?」
あまりのことに呆然とする19号。
「こんな可愛い娘になら、どんな人だって教えを説いてもらいたいはずですよっ♪それでは!」
「えっ、あ、ちょっと――」
その言葉はどこから聞こえたのか。
19号が振り返った所には、白き天使はいなかった。
どさっ。
「――なんだこの書類の山は」
「登録変更届ですな」
「ふむ――どこが変わっているというの……」
「――お気づきになられましたか」
「これは……みな、宗教か……」
「そのようですな。しかも――基督教です」
「まさか19号の奴の影響か!?」
「はぁ。そのようで」
「あいつ……まだ懲りてなかったのかっ!」
「い、いえ! 実は……あいつ、華代被害にあっておりまして……」
「何だと!?」
「その……可愛らしいシスターの姿になって帰ってきまして。それにうちの男共が集まって教えを乞いに……」
「……んなアホな……。――ったく、仕方ない。19号に伝えろ。宣教はほどほどにしろとな」
「了解しました。――そうだ、彼――女のネームはいかが致しましょう?」
「まぁ、あれだ。19号だし、郁美でいいだろ」
この日以来、ハンター本部には礼拝堂が設置されましたとさ。
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