「華代ちゃんシリーズ」



「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠


ハンターシリーズ65
『いちごちゃん、盗まれる!?』
作・あのよろし


 俺は「ハンター」だ。

 不思議な能力で“依頼人”を性転換しまくる恐怖の存在、「真城 華代」 の哀れな犠牲者を元に戻す仕事をしている。

 最終的な目標は、「真城 華代」 を無害化することにある。

 とある事件――というか「華代被害」――に巻き込まれた今の俺は、15〜6歳くらいの娘になってしまっている。

 華代の後始末の傍ら、なんとか元に戻る手段も模索している。

 

 さて、今回のミッションは……

 

 

「あ〜あ、今日も疲れたなぁ……」

 虫の声が静けさを乱す夏の夜。

 いつものように大量の仕事を終えていちごは寮に帰ってきた。その優秀さゆえにつらい任務を任せられる上に、最近は人手不足ゆえの負担が大きく、部屋にたどり着くまでの階段を上る事すら億劫になる今日この頃だ。エレベーターをつけてくれないかなと、無いものねだりな愚痴を言うが、組織の実情からしてそれが無理な事である事は重々承知している。いまはただ、つかれきった体を引き釣りながら自室へだらだらと歩いていくしかないのだ

 いちごは部屋の前にたどり着くと、かばんの中から鍵を取り出す。それを鍵穴に差し込み、半回転させる。ガチャリと音を立てて、ドアのロックが外れた。

「……ん?」

 その瞬間、いちごは部屋の中から物音が聞こえたような気がした。

 悪い予感に駆られたいちごは鍵を抜くのももどかしく、ドアを乱暴に開けた。目に入ってきたのはいつもどおりの玄関。しかし、漂う空気がいつもとどこか違う。なんだか他人の家に入り込んでしまったかのような居心地の悪さを感じる。いちごは靴を脱ぐのも忘れてリビングに躍り出た。すると、誰もいないはずのベランダに人影を発見した。窓越しで格好はよく分からないが、キャップをかぶった固太りの男が背中を覆い隠すほどの大きさのショルダーバックをパンパンに膨らませ今まさにベランダから脱出しようとしている。

「泥棒!?」

 いちごが叫ぶと、泥棒と思しき人物も家主の帰宅に気付いたようであわてて姿を消す。いちごから向かって右のほうに体を隠した。

「待てっ!」

 いちごはフローリングの床を駆け抜けレースのカーテンをどかすとベランダのフェンスに張り付いた。右方には雨どいがありそれを伝って下に降りていく泥棒の姿が確認できた。体つきのわりに身軽な奴のようで猿のようにするすると細い棒を下っていく。

「逃がすかよ!」

 いちごもすぐさま後を追う。さすがは肉体労働者だけあってこちらも危なげない。雨どいにつま先をかけ、一気に下まで降りていく。

 雨どいを下るスピードはいちごのほうが速かったが、最初の開きの分だけ泥棒のほうが有利であった。先に地面にたどり着いた泥棒は、鈍重そうな体に似合わぬスピードで寮の裏の空き地を一目散に駆け抜けてゆく。目指すは住宅街。夜に闇に紛れるつもりだろう。

 まもなく、いちごも大地に足をつけたが、生まれてしまった数秒のタイムラグが泥棒との間に数十メートルの距離を作る。いくら俊足のいちごでも、埋めるのが辛い間隔だ。

「クソッ!」

 悔しさを口に出す時間も惜しくいちごも泥棒の後を追いかけるが、二人の距離は縮まらない。このまま取り逃がしてしまうかと思ったそのとき、状況を一変させる人物が現れた。

 いちごの視界の向こうすなわち泥棒の進行方向に一つの人影が現れたのだ。その人影は、白い胴衣に赤い袴、足にはわらじと言うなんとも異質な服装をしていたが、いちごにはそれが誰であるかの見当がすぐについた。

「みこ、そいつを捕まえてくれ!」

 いちごが救援を求めた相手みこ――いちごに忘れ物を届けに着た――は突然の要請に驚いているのか、いまいち状況がつかめないようできょとんとした表情のまま固まっている。それを見た泥棒は自分の視界に現れた人物は無害なものと断定しその脇を通り過ぎようとした。

しかし。

「ふんぐっ!?」

 みこをすり抜けてから5メートルもしないところで、泥棒は足をもつれさせてすっ転び、本人には何が起きたか分からないほど突然に泥棒の体は地面にたたきつけられた。その足には注連縄が絡み付いており、泥棒の体は仰向けにうつぶせにとひっくり返されながら、もと来たほうへと引きずり戻されていく。泥棒が自分の体に何が起きさらに今現在何が起きているかを冷静に判断するのに数瞬かかった。そして、その数瞬の後に、残酷な未来は待ち受けていた。

 泥棒の体が引きずられるのが終わったとき、ちょうど彼の体は仰向けになった。一瞬だけクリアになった泥棒の視界に映ったのは、見目麗しい巫女さんと、どこから用意されてきたのかも分からない石燈籠が、自分の体の上に落ちてくる映像だった。

「ぐえっ!!」

 泥棒は、汚らしい悲鳴を上げて気絶した。まるで、車に轢かれたヒキガエルのようにだ。

 その無様な様を、まるで路上に捨てられたごみでも見るような目つきでみこは見ていた。

「はぁ〜あ……」

 みこは心底つまらなそうなため息をつくと、出しっ放しになっている注連縄を袖の中にしまいはじめた。

「みこ!」

 やっとたどり着いたいちごが、息を切らせながらみこに声をかける。そして不幸な姿をさらしている泥棒を見て一言。

「うわっ、派手にやったな……」

 今の今まで自分が追いかけていたことも忘れて同情したくなるほど、泥棒の姿は哀れだった。

 そんないちごと泥棒を見比べてみこは言う。

「これ、いちごさんの彼氏ですか?」

「馬鹿なこというんじゃねえ! そんなわけねえだろ!」

「じゃあ、何なんですかこの人」

「う、それは、その……泥棒だよ」

 いちごがしぶしぶといった感じで口を開く。

「泥棒、ですか」

 みこは泥棒といちごを交互に見やったあと、目を細めた。

「入られたんですか?」

「う、いや、その」

 みこの指摘に、いちごはシドロモドロだった。

「そ、それより、この石燈籠をどかしてくれ。盗まれたものを取り返したい」

「特殊公務員ともあろうものが……」

「ああ、もう、何でもいいだろ!」

 いちごはみこをせかす。

「ほら、早く」

「はいはい、分かりました」

 みこはふわりと跳躍しつつ、大きく開いた袖口を石燈籠にかぶせた。すると、石燈籠は袖の中に吸い込まれるように姿を消し、みこはそこに最初から何も無かったかのように、男の腹の上に袖をかぶせながら着地した。

「どかしましたよ」

 みこは袖を引きながら立ち上がった。

「よし」

 いちごは泥棒の体をひっくり返し、うつぶせにして、バッグを剥ぎ取ろうとした。

 しかし、この時、いちごにとって3つの悲劇が起きた。

 一つ、みこにひきずられた際に男のショルダーバッグが破損していた。

 二つ、男が盗んだものが下着類であった。

 三つ、突然に季節はずれの突風が吹いた。

 これらの要素が重なり合い、まるで神が用意したかのような奇跡体験がいちごに降りかかった。

「あ……」

 思わず、声を漏らすみこ。

「あーーーーーーっ!!」

 叫び声をあげるいちご。

 二人の視線の先にあるのは、ショルダーバッグからはみ出た下着たちが、風にあおられて空中へと舞い上がる姿だった。

 

 

 暗い夜道をハンター5号は走っていた。

「もう、どこまでいったんだよ……」

 キョロキョロと辺りを見回しながら走る姿は変質者以外の何者でもないが、彼は至ってまじめである。ただ、少しばかり彼に常識が欠けているのと、状況が彼にとって切羽詰ったものであるだけだ。

「あいつ、どんな速さで歩いてるんだよ。全然追いつけやしない」

 今、5号は焦っていた。そのために普段は自主的にはやらないマラソンという運動を全力で行っている。いったい何が、彼をそこまで駆り立てているのか。

「もう寮についちゃうじゃないか」

 実は、5号はいちごに忘れ物を届けようとしていたのだ。正確に言えばそれは口実で、本当の目的は仕事を終えた後のいちごを見ることである。

 部屋に入ることは無理でも、玄関先で顔を合わせることはできる。そのとき、どんな姿の彼女に遭遇できるだろう。自分の空間でくつろいで、いつもの張り詰めた空気が取り去られた姿か。シャワーの後で、ボディソープのにおいを漂わせながら髪を拭く姿か。それとも、半分寝ぼけて、パジャマが肩まで垂れ下がったムフフな姿か。想像するだけで楽しくなる。

 しかし、その届けるべき忘れ物は今彼の手には無い。忘れ物は、彼に先立ってハンター寮に出発した別の人物が持っている。

「みこ、もういちごに忘れ物を届けちゃったかな」

 いちごが忘れ物をしたという情報を仕入れた5号は、すぐさま、前述の計画を練り、実行に移そうとした。しかし、予想外の出来事が起きた。今日は珍しく遅くまで仕事をしていたみこが、ハンター寮まで忘れ物を届けに行ってしまったのだ。いちごの忘れ物が無ければこの計画は成功しない。したがって、いちごのプライベートショットも拝めない。

 みこの行動を聞いた後の5号の行動も早かった。すぐさまみこが通るであろう道を頭の中で描き、全速力で追いかけ始めたのだ。

 当初の計算では、すぐに追いつけると踏んでいた。しかし、道の半分を過ぎてもみこの姿をとらえられない。このままでは、自分がみこに追いつく前に、みこがいちごの家にたどり着いてしまう。

 こうして焦り始めた頃合が、今の5号だ。

「間に合わなかったのかなぁ……」

 じつは、みこは寮までの道をちゃんとは知らなかったので、途中で誤って私道に入り込んでしまい、そのまま他人の家の庭先や駐車場を突っ切りながら目的地まで行ってしまったのだ。おかげで、正規のルートを通るよりも遥かに早いスピードで、ハンター寮近くまでたどり着いてしまっていた。

「いやいや、あきらめるな。まだ間に合うはずだ。頑張れば、必ず何とかなる」

 プラス思考の5号。だが、頑張ってもできないことは当然存在するし、何より頑張りどころが間違っているのが悲しい。

「そう、頑張れば、その後は……ヌフフ」

 何を想像しているのかはにやけた顔を見れば大体分かるが、そんな妄想タイムは空から降ってきた突然の来訪者によってすぐに妨害された。

「ウワッ!?」

 5号の視界が突然、ホワイトアウトした。文字通り、一面真っ白だ。一瞬にしてパニックに陥る5号。その上、更なる追い討ちがやってくる。

「ウワワッ!?」

 目に何が起きたのかを確認すべく、顔のほうに伸ばした手に何かが絡まり、その動きを封じられる。体勢を立て直そうと踏ん張りかけた足にも何かが絡みつく。5号は転倒を余儀なくされた。

「ブワッ!!」

 5号は顔面から地面に墜落し鼻と額を強打してしまった。

「痛てて……な、何だぁ」

 両腕を拘束している何かを無理やり剥ぎ取り、顔面に張り付いているものを引っぺがした。確認すると、それはホワイトのブラジャーだった。手足に絡み付いているのはストッキングやパンティであった。他にも一通りの女性下着が体中にまとわりついている。

「何でこんなものが?」

 なぜ、下着が自分の体を拘束したのか。そもそも、この下着はどこからやってきたのか。神ならぬ身の5号には分からなかった。

 しかし、下界に住まう凡人にも、悟らねばならぬ状況はあったのだ。

「あーーーーーーー!!」

 突然、響き渡る叫び声。

 5号が声が聞こえたほうに振り返るとそこには二人の少女がいた。ひとりは自分のほうを指差しながら驚愕の表情を浮かべ、もうひとりは口元を扇子で隠しながら軽蔑のまなざしをこちらに向けている。前者はいちご、後者はみこ。いずれも、5号が会おうとしていた人物だった。

「え?」

 状況がいまいちよく分からず、5号は次にとるべき行動がわからなかった。

「え?」

 強打した鼻から、鼻血が垂れた。

「え?」

 思わず、鼻血の後を目で追う。

「え?」

 白いブラジャーに、真っ赤なしみができていた。

「え?」

 ふたたび、顔を上げる。

「え?」

 目の前に鬼の形相で迫ってくるいちごが見えた。

「え?」

 

 5号には、逃げる暇も、悲鳴を上げる暇も与えられなかった。

 

 

「で、引きこもってるのか」

「はい。泥棒が入った部屋は嫌だと言うので、りくの部屋に厄介になっているそうです」

「下着はどうしたんだ?」

「全部捨てるそうです」

「まあ、そうだろうな。泥棒はどうなったんだ?」

「みこが、近所の神社の石灯篭に縛り付けてきたそうです。明日には警察に通報があるでしょう」

「そうか。みこは帰ったのか」

「はい。36号が送っています。もうそろそろ着くころでしょう」

「36号には連絡をするように言っておけ。……で、5号はどうしている」

「全治三日です」

「ん? いちごの奴はずいぶん軽く済ませたな」

「いえ、全治三ヶ月を100号に治してもらったそうです。おかげて、夏のボーナスが飛んだとか」

「やれやれ、あいつも災難だな」

「それで、ボス。いちごはどうしますか?」

「すぐに引っ張り出せ。実地検証するから」

「おお、公務員っぽい理由ですね」