「華代ちゃんシリーズ」



「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠

ハンターシリーズ86
『二岡くん、運命の少女と出会う』
作・てぃーえむ

「壁じゃないか!」

 二岡は叫んだ。

 まぎれもない壁。行き止まりで先に進めない。手渡された基地内の地図を見間違えたのかとも考えて何度も見直したが、やはり場所はあっている。二岡はハンターとして新人ではあるものの、基地内の構造は熟知している。間違えるはずがなかった。

 しかし壁。

「どうなってるんだ?」

 いらだち紛れに手を振り上げて……壁を叩こうとした次の瞬間。

 かたん。

 と音を立てて壁が動いた。

「へ? 動いたっ!?」

 二岡はびびって左前中段の構えをとった。二岡は少林寺拳法4級の腕前だった。

 ほどなくして。

 壁に人が通れるほどの穴が開いて、中から女の子が出てきた。これからお葬式に向かうのかと勘違いしてしまうような、黒いツーピースの少女。見た目、中学生くらいだ。

 肩にかかるほどにのばした癖のない髪に、朱色の瞳。少しはお日様をあびようよと言いたくなるような白い肌色。お人形さんのような造形。

 二岡は、美女美少女を見慣れている。この組織には、半田姉妹を除いても、美人さんが多いからだ。だから解る。彼女は美少女だ。まぎれもない美少女だ。

 しかしどこかおかしい。

 目線はこちらを向いているのに、明後日の方を見ているような感じ。それと現実味のない得体の知れない雰囲気。どこかで感じた覚えがあるなと考えて、すぐに思い至った。

「貴方は、千景ちゃんに似ていると言う」

「そうだ、千景ちゃんに似てるんだ……。はっ!?」

 少女の第一声に、二岡は驚愕した。

「何で解ったんだていうか千景ちゃん知ってるの?」

「ええ。お友達よ。ところで貴方が23号の二岡さんね」

「え、あ。うんそうだけど」

「ふうん」

 うわあの子の友達かむちゃくちゃ納得だなあと思いつつ、こくこくと頷くと、少女はぼんやりと二岡を見つめてきた。彼の周りをてくてく歩き、あらゆる角度から観察する。

「ええと、なにかな?」

「極めて平凡ね」

「……」

 初めてあった女の子にずばっと言われて、二岡は思わずタコスと叫んだ。心の中で。

「さすがはおじさま。理想的だわ。さあ、行きましょうか」

「行くってどこへ?」

 少女は、二岡の手を引いて歩き出す。

「お仕事よ。貴方が連れ出してくれるのでしょう? お外へ」

「お仕事……。あっ、まさか君が97号!?」

「気がつくのが遅いわね」

「まじですか……」

 お澄ましさんな影鳥空奈に、二岡は顔を引きつらせた。

 子守って、こういうことかよ。

 

 

 

 事の始まりは、ボスの指令だった。

「子守をしてもらいたい」

 いつものボスの部屋で。

 ボスの言葉に、ハンター23号こと二岡光吉は耳を疑った。

 もちろん彼は、この組織がいろいろな活動をしていることを知っている。あの真城華代対策以外にも、行事の企画もするし警備もする。人捜しのみならず、猫探しすらする。実際、今までそうした仕事を多くこなしてきた。

 しかし、子守という任務を受けたのは初めてだった。

「俺が……ですか?」

「そうだ」

 ボスは頷き、名刺を一枚差し出した。

 二岡は、頭を軽く下げながらそれを受け取り、それに書かれた名前を見て吃驚した。

「ハンター97号の影鳥空奈……ってハンターですか!? なぜにハンターを子守り!?」

「ああ。正確には、君は今日から彼女と組んで仕事に当たってもらう」

「はあ」

 生返事を返す二岡の態度を気にもとめず、ボスは続ける。

「彼女はとある事情でこの組織にやってきた。ハンター能力を持っていたし、ほかにもいろいろあってハンターの号を持たせたのだが……彼女は引きこもりでしかも変わり者でね、今までまともにハンターとしての業務をこなしたことがないのだ。だがこのままと言うわけにも行かない。だから手を引き外へ連れ出す者が必要だった。外で問題なく活動できるようサポート出来る人間が必要だった」

「それが俺ですか……。でもなんで俺なんすか。お言葉ですが他に適任がいると思うんですけど。1号先輩とか6号先輩とか」

 そんな二岡の問いに、ボスは首を振った。

「いや、今回については君が最適だ。君のような平凡で地味で能力も容姿も平均的で目立つところは欠片もないがつきあいはいい青年が、彼女には向いているんだ。ちゃんとしてやれよ。全面的にだ」

 なんて評価をするんだ、そりゃ事実だけど。と、二岡は思った。

「さて話は以上だ。彼女はこの部屋にいるから、早速迎えに行ってやれ」

「はあ。では失礼します」

 基地内の地図を手に、二岡はさえない返事を返しながらボスの部屋を後にして……そして現在に至る。

 

 

 

 二岡は緊張しながら少女と共に車に乗り込んだ。

 何故緊張かというと、女子が隣に座る事態など、小学生の教室以来だったからだ。女性にあまり免疫がないので、相手が子供とはいえドキドキするのは仕方がない。もちろんデートするわけではなく、ハンターとしての業務を全うするためだ。

 ちなみに車はステップワゴン。二岡が36回払いで購入した新車であるが、装備はハンター仕様になっている。

 GPSはもちろん、広域通話システム、華代と華代出現予兆と華代被害者を探知するシステム、テレビ、ラジオ、DVD・MDプレイヤー、5,1サラウンドシステム、小型冷蔵庫、寝袋、救急治療セット、低反発マット、緊急脱出用ハンマー、大工セットなどなど。二岡の車は特別仕様で、他にも高々度の機材が積まれている。だがそれは彼が凄腕ハンターだからと言うわけではなく、単に車を改造した人物の趣味である。よって新人である二岡には宝の持ち腐れとなっているが、とりあえず3年後には使いこなせるようになっている予定ではある。

「乗り心地のいい車ね」

 助手席の少女が言った。

「まあね。燃費もやたらと良いんだ。装備も充実してるし」

「無駄にお金がかかっているのね」

「……」

 言葉に詰まった。

 しかし、装備にお金をかけるのは当然のことなのだ。

 日本は結構広く、その割にハンター能力者は少ない。技能だけでなく、装備を充実させねば華代被害の抑制は出来ないのだ。

 まあ、莫大な開発費の1割くらいは給料に充ててくれてもいい気がする二岡だが、この不景気の中ではお金が稼げるだけでもマシなのだろう。

「マシどころか、優遇されてるわね。一応、公務員だし比較的自由に動けるし」

「……」

 空奈はぽけーっと前方を眺めながら言った。

 きみ、心が読めるのかい?

 と聞こうとしたが、肯定されたら怖いので止めておく。そして話を変えた。

「ええと。これからのことなんだけど」

「ええ」

「俺達の仕事は基本的に華代被害者の救済なのは知っての通りだけど。被害は何時起こるか解らない。だからハンター達は普段、本部で待機しているか、あるいはパトロールをしている。今日のおれ達は後者だね。あ、ずっと車に乗ってる訳じゃないよ。3時間くらいまわったら、本部に戻るよ」

「まあ。猫探しはしないのかしら」

「いやよくするけどさ、今日はしないよ。そういった任務が与えられる場合は、朝、ボスに呼ばれるのが普通かな。待機してる時は、突然呼ばれることもあるけど」

「ふうん」

 頷く空奈をちらりと見て、二岡は僅かに首をかしげた。

 引きこもりと聞いていたから、内気なのかと考えていたが、そうでもない。今もこうやって普通に話をするし、本部を出るまでにすれ違った人たちにはちゃんと会釈を返していた。どちらかというと社交的な性格をしているように思えた。

「あらら?」

 突然、空奈がへんてこな声を出した。

「どうしたのかな」

「変わったみたいね。流れが速くなった。あと10、9……」

 カウントダウンが始まった。

 訳が分からず、二岡はうろたえた。

「ええとなんなんだ?」

「3、2、1」

 0。と同時に警報が鳴った。華代探知機が反応したのだ。

 ナビによれば、現地点から2キロメートルほど南の自然公園あたりらしい。

「えええっ!?」

「さあお仕事ね。がんばりましょう」

「そりゃがんばるけどさ!」

 疑問はあったが、ともかく二岡はアクセルを踏み込んでスピードを上げた。時速13キロくらい。今まで50キロ道路を50キロで走っていたので、ただいま63キロ。よほど仕事熱心なおまわりさんがいない限り、捕まることは無い。と信じたい。

「ねえ。今日の貴方のラッキーカラーは黒よ。そこの看板で曲がると良いことがあると思うわよ」

 空奈が指さした先には、黒の看板と細い道路。ナビを見ると、確かにその中道は目的地につながっているようだ。初心者に毛が生えたようなドライバーである二岡にとって、細い道はちょっと怖い。人がうろうろしている可能性が高いからだ。また、対向車が来たらとてもはらはらすることにもなる。しかし近道になりそうなのは確かだが。

「へえ、具体的には?」

「事故に巻き込まれないって、良い事よね」

「…………。はい?」

 二岡は耳を疑いつつも、指示に従った。そのまままっすぐ行っても良かったが、生憎、彼はお人好しなので従ってしまったのだ。

「ほら」

 もくもくもく。

 見ると、これまで走っていた道路の方で、煙が上がっていた。

「……」

「次に貴方は、何故解ったんだと言う」

「なんでそんなこと解ったんだ……はっ!?」

「どうでもいいけど、対向車と人が。スピード落としたら?」

「え? ぎゃー!」

 

 

 それからしばらくして、車は公園にたどり着いた。

 二岡は路上駐車などせずに、公園の駐車場に止めた。駐車料金500円。もちろん、必要経費である。

「貴方がのろのろするから遅れてしまったわ。ちょっとだけ深刻な事態よ。まあ、まだ大丈夫そうだけど」

「だ、だってさ、人がさ、あぶないじゃん!」

 等と会話をしつつ、二人は被害者を捜す。反応からして、近場にいるのは確かだが、携帯華代被害者探知機はちょいとばかりアバウトなのだ。この公園は結構広いので探し出すが大変だ。

「あれじゃないかしら。間に合ったわね」

「ん?」

 と思ったら、ほぼ同時に見つけたようだ。フリルの一杯ついた服装の少女。色と形状からして、甘ロリだ。間違いない。ハンター本部にはいろいろなマニアがいるので、彼らの影響から二岡も変な方向の知識を蓄えていた。彼女はものすごく困った顔で半べそ書いている。足下には雑誌やらパンやらが散らばっていた。

「ってなんで囲まれてるんだー!?」

 二岡は大仰に叫んだ。

 少女は少年グループに囲まれていたのだ。多分、高校生だ。どう言った関係かは解らないが、やばそうだ。いろんな意味で。

 ぶっちゃけ、こんなシーンは初めてだった。二岡は平凡なキャラクター故か、その人生も平凡で平穏だったのだ。ゆえに、トラブルにはなれていなかった。

「う、うろたえないで! ハンターはうろたえない!」

「そういう貴方がうろたえていると思うわ」

「あうあう。ああと、君たち。そこの子と知り合いなのかな?」

 二岡が話しかけると、少年達はすっこんでろ的目を向けてきた。逆に甘ロリ少女は、助けてくださいと訴えてきた。

「とりあえずその子と話がしたいんだけど。いいかなあ……」

「うっせんだよタコ」

「帰れよ」

「ぶっ殺すぞ」

「みてんじゃねえぞおい」

 素敵な返答が帰ってきた。とりつく島もないようだ。

「ねえ、二岡さん。私、あの子は彼らのパシリだと思うの。買い物の帰りに真城華代に出会って、こうなったんじゃないかしら」

 空奈は、空気を読まずに推理を披露した。

「いじめられてるから何とかしてほしいって言ったら、この姿なら誰もいじめないでしょうと、あの姿に変えられたと?」

 甘ロリ少女ががっくんがっくんと首を振っているところを見ると、事実らしい。

「あーうー。ねえ君。君は彼らに見られたのかな?」

 変身するところを、という台詞は抜けているが、そこは眼力で何とかしてみる。

 じーっ。

 2秒ほどして意味が伝わったのか、少女はこくこくと肯定してみせた。

「じゃあ、とりあえず、戻すね」

 ぱちんと指を鳴らすと、みるみるうちに、甘ロリ少女から学生服を着た小柄な少年へと姿が変わった。見るからにいじめられっ子であった。

「えっとだね、君たち。今見たことは内密にね。まあ、誰かに言ってまともに受け取ってもらえないだろうけど。てかそんなことしたら消すけどね。あと、いじめも駄目だよ。そういう奴はいつかお仕置きされちゃうから」

 ちょっとだけオーバーに注意すると、空奈がそれに乗ってきた。

「ふふ。彼等はとってもすごいの。逆らうと怖いわよ。特に彼は剣道6段で柔道4段、合気道7段に少林寺拳法師範なの。総合格闘のコーチもしてるし、部下もいっぱいよ。悪い子はしばってから、弾を一発込めたリボルバーをこめかみに突きつけて、6回引き金を引くわよ。実は今もお葬式の帰りなのよ。誰のとは言わないけれど」

 どれもこれも大嘘だ。特にリボルバー。そんなことをする奴はハンターには多分いない……いやいるかもしれない。花さんとか。居候なら確実に一人いるけど。

「……ちっ……」

 しかし、はったりには効果があったようだ。少年達は動揺をみせた。

 目の前で少女を少年に戻したのが効いたのかもしれないし、上等な黒スーツも良かったのかもしれない。なにせ黒スーツはヤクザを連想させるのだ。話によれば、上等な黒スーツは兄貴分のさらに上、幹部クラスの印らしい。ホントかどうかは解らない。

「まあそういうわけだからさ。解散してくれないかなあ」

 二岡が調子に乗ってネクタイをゆるめつつ前に出ると、少年達は逃げていった。賢明な判断だ。長生きできる。

「ふう。さて君。小さな女の子から名刺もらっただろ? 渡してくれないかな」

 少年は、おずおずと名刺を差し出した。受け取ってみると確かに真城華代の名刺だ。

「結構。じゃあ、もう帰っていいよ。これからは気を付けなよ。君子危うきに近寄らずだ」

 他、注意事項を述べて少年を開放する。彼はぺこぺこ頭を下げながら去っていった。

 

「あの子、助かって良かったわね」

 駐車場へと向かう道すがら。

 空奈は空を眺めつつ言った。

「ん? ああ、そうだね。不良に囲まれるって考えただけでも嫌だなあ」

「事故に捕まっていたら、大変だったわ。乙女としては具体的には言えないけれど」

 まるで、あの後どんな事になっていたかを知っているかのような口ぶりだ。

「しかし今までこんなトラブル、無かったんだけどなあ……」

 二岡は、ぽつりと愚痴を言った。

 ただ被害者が少年グループに囲まれていただけではある。この程度のことなら、他のハンターにとっては茶飯事だろう。しかし、なんのイベントもなく生きてきた二岡には十分にトラブルだった。

「これからも増えるわよ、トラブル。今日は軽かったけれど、これからどんどん大変になるんじゃないかしら」

「なんでだい?」

「私がいるから」

「……。なんで?」

 空奈は足を止めて、くすりと笑った。そして朱色の瞳で見つめてくる。

「貴方が平穏に暮らせたのはね、運命が安定しているからよ。だから今まで無事に任務を遂行できた。平凡な能力に平凡な容姿、そして平凡な運命。でも今日からは私がいるから。私の運命は荒れているの。とても。とてもね」

「ええと。意味が分からないんだけど」

 つられて止まった二岡は首をかしげる。

「貴方が、私の『子守り』に抜擢された理由よ。私が今まで引きこもっていたのは、外に出ると何かしらのトラブルが発生するから。でも今日からは貴方がいる。貴方の凪いだ運命は、私の荒れた運命をいくらか静めてくれるでしょう。変わりに貴方の運命が少し荒れてしまうけど……人生にはほどほどならば刺激があっても良いと思うわ」

 二岡は訳が分からなかった。ただ、この子はとても変わっているという確信だけが心にあった。

「君、何者なんだ?」

「何者と言われても」

「華代の出現タイミング解ってたみたいだし。事故の事も事前に解ってたろ」

「うーん。ただの中学生よ。占い好きな」

「……」

 占い好き。どう見ても尋常じゃない能力を持っているのに、それですませるつもりらしい。

 そもそも本当に中学生だったのか。そんな子供をハンターとして雇うとは、ハンター組織恐るべしだ。いろんな意味で。

「ハンター組織にいるのは、そこの居心地が良いのと、もう一つは安全だから」

「安全?」

「ええ。貴方は千景とも結構仲が良いのよね? なら解ると思うけど」

 確かに。自分はハンター組織の男性の中ではかなり千景としゃべる方だ。突然やってきて和菓子買いに行くから車に乗せろと言われたことは一度や二度ではない。なぜ千景がハンター組織に引きこもっているのか、その理由を聞いたこともある。理由は、今、空奈が述べたのと同じだった。居心地が良く、安全。二岡は、組織のことはよく知らない。新人なので、たいした情報を持っていないのだ。何故、安全なのか見当がつかない。

 だから今、確かに解るのは一つだけだ。

「君と千景ちゃんは、よく似ているよ。よく分からないところが」

「貴方は鈴代さんにちょっと似ているわ。お人好しそうなところが」

「……」

「……」

「戻ろうか」

「そうね」

 二人は再び、駐車場へと歩き出した。

 

 かくして。

 名も無き新人ハンターの二岡光吉と、占い少女の影鳥空奈。

 二人の平穏じゃない毎日の火ぶたは切って落とされたのだった。