「華代ちゃんシリーズ」

「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠

ハンターシリーズ95
『そして三竦みへ…』
作・ ELIZA

「あら、ここにあったはずなのに…」

春はあせっていた。
ここは追跡者御用達茶店の一室、例の「部屋」。
その中の金庫に入れてあったはずの「粉」が全てなくなっていたのだ。
「市」は2週間後なのですぐに困ることはないが、見つからないと困ることに変わりはない。

「いるださん、お願いがあるのですが…」
「あ、はい、少し待ってくださいね。
 この用事を先に済ませますので。」
「お願いがあるのですが…」

時間が惜しいので「気」を放ったが、全く効いていないようだ。
なぜだろうか、少し時を止めて調べてみることにした。
これが春の能力の1つ、『時間停止』。
自分の動きを極限にまで速めることにより、周囲の時間が実質的に止まってしまう能力だ。

「…なるほど、防壁を張っているのですね。
 これでは「気」も攻撃も全く通りませんね。」

春自身の攻撃力はそれほど高くないが、同じ場所に何度も攻撃を当てることで攻撃力を上げている。
周りには「強烈な一撃」と思われているようだが、実際には完全防護の相手を傷つけることはできない。
ただ、情報を得るだけならば防壁を簡単に突破できるので、幾つか気になっていたことを調べることにした。

「まずは挨拶のときの記憶がちゃんと消えているかどうかですが…」
「…ドレスさんドレスさん、今日山本春さんに会ったときのことについて教えてください。」
「…失敗しましたね、衣服などの記憶も消すべきでした。」

「なぜ私の能力が見切られたのでしょう?」
「…どうですか?」
「うーん、美依に残ったデータでは一瞬で衝撃が加えられたことになっている。
 けど、美依の首にできたひびは局所的に加えられた小さな衝撃による金属疲労を示唆している。
 それにしても、どうしてカフェでこんなことが起こるんだ?」
「美依さんの記録を後から調べたのですね、今度からはもっと気をつけましょ…!」

慌てて「気」を読むのをやめる春。

「主観の流れから「真の名」を探られていましたね、これは気をつけないと。」

「真の名」を知られてしまえば、如何に春といえども術に抵抗できなくなる。
仕方がないので、素直に待つことにした。

「…ごめんなさい、今終わりました。
 で、お願いとは何でしょう?」
「少し言いにくいのですが…紛失してしまった阿片の場所を魔法で探して欲しいのです。」
「阿片…? ああ、モルヒネのことですね。
 そういえば、春さんは麻酔科の医師でしたね。
 では、『モルヒネはどこ?』」

正規の料金を払い、いるだに訊いた場所に向かう。
先程「粉」がなくなっていた金庫を開けると…確かに阿片はあった。
しかし、それは「粉」ではなく、さっき見たときには無かった医療用の溶液だった。
麻酔科の医師が常備するには少し多いくらいの量だが、本来の「粉」の量と比べればはるかに少ない。

「誰がこんなことを…知っている人はそうそういないはずなのに。」
「おばさん、なにかお困りですか?」

刹那に振り下ろされる手刀、しかしそれは相手に触る寸前で止まる。
声の主が鉈をあてがっていたからではない。

「何か言いましたか?」
「みぃ、“春”さま、ごめんなさいなのです。」

そのまま姿を消す真城里華。

「あの娘は…“真城”の「影」でしたね。
 …「影」? なるほど…」

組織の一角、「時間のない場所」。
その虚空の中で話す声が2人。

「…“黒”が「代理」を出すとは、どういう風の吹き回しですか?」
「“春”よ、お前は神々の協定を破った。」
「…協定? 私が誰かを傷つけましたか?」
「忘れたとは言わせないぞ、“春”よ。」

ハンターシリーズ89「ハンターカフェ繁盛記」
episode 25 鶴の一声っていうかなんていうか より

華代「何かお困りなんですか?」



黒子(96号)「初めからいたのに誰も注文取りに来てくれない……」



はる(86号)「あらあら、お店を壊すのはいけませんね。そして、皆さんも。」
全員「え?……(ばた)」

「つまり、お前は“真城”の「代理」と“黒”の「影」の両方を手にかけた。」
「…!」
「“真城”はお怒りだ。
 私が代わりに成敗する、と言わなければ神格を剥奪されて抹消されていただろう。
 私ならば問題あるまい、せいぜい100年ほど仮の眠りにつくだけだ。」
「…では、協定上、あなたを倒せばいいわけですね。」
「その通り、しかし格下のお前にそのようなことができるかな?」
「私は「本体」ですよ、能力に劣る「代理」に言われたくないですね。」

春は両手に簪を構える。
無を司る“黒”が相手である以上、時間が止まっていても気休めにしかならないのだが…

『…そこに在れ!』
『消えよ!』

簪が突き刺さる形で現れる腕、帯枕を抜かれて型崩れする帯。
腕はすぐに虚空へと掻き消える。

「…やるな。」
「…「粉」を消して溶液を置いたのはあなたですね。
 「市」の人間はこの件に無関係です、戻しなさい。」
「隙あり! 『消えよ!』」

戻る時間、崩れ落ちる春。
その首は胴から離れていた。

「…隙を作るつもりだったのだろうが、それが命取りになったな。
 まあ、お前も神の端くれ、この程度では死なないはずだ。」
「質問に答えなさい。」
「その通りだ。」

虚空から現れる「粉」の袋。

「…最初は人間としての顔だけを貶めるつもりだったからな。
 これでその必要がなくなったわけだ、次の「市」は成立させる。」
「(あの娘が気づいてくれればいいけど…)」

一方、その頃…

「モルヒネの反応が少し動いて元の場所に戻りましたから、見つかったようですね。
 そろそろ魔法を切り…この反応は何?
 この感じだと粉末ね、とてもたくさん…急に現れたわ。
 場所は…向こうね。」

『幻よ』
「春さん! 大変! 『瞬間接着』…」
「…これが狙いだったか、“春”。」

時間を止め、起き上がる春。
実際に出血したわけではないので、首が繋がれば平然と動ける。
脇に立っているように見えるいるだは、既に“黒”の当て身で気絶していた。

『在れ!』

春から光がほとばしる。
刹那、虚空の一部が崩れ、96号の姿が現れた。

「…荒業ですな。
 しかしこうすれば手の出しようがない。」

いるだに重なるようにして消えていく96号。

「…『憑依』して『虚無の瞳』を使う気ね!」

一瞬で帯を解き、黒留袖を49号に投げ掛ける春。
しかしそれは49号にかぶさる前に虚空へと消え去った。

「…どこへいった?
 この状態では、逃げ隠れしても無駄だぞ。」

49号は虚ろな瞳で辺りを見回す。
その視野は、壁や床が「削られて」いくことで確認できる。
春は襦袢姿で柱の陰に隠れている。

「(あと少し…あれが発動したら、一撃で決めないと…)」
「出て来い! …何だ?」
「(発動した!)」

柱から飛び出し、一瞬で間合いを詰める春。
しかしその後の展開は、春も予測していないことだった。

「…『真の名は?』発動完了。
 …『連結』により、『印字』を発動します。
 …『印字』発動完了。
 …『連結』により、『封印』を発動します。」

通常、『連結』は魔法を一瞬で繋げる。
『連結』の発動過程を見るのは春も初めてだ。
春が間合いを詰める前に『連結』は発動を終えていた。

「『封印』? こんなものが仕掛けてあったとは!」
「いるださんに触ると『真の名は?』が発動するようになっていましたから、「真の名」を知って攻撃しようと思っていましたが…
 このような魔法の組み合わせをしていたのですね、下手をすれば私も封印されていました。」
「しかし並の物体には神の封印などできるはずもない!」
「あら、「真の名」が『印字』されたのは私が「気」を込めた珊瑚の簪ですよ。
 これならば“黒”の「本体」でも封印できます。」
「…吸い込まれる! 『消えよ』!」
「簪を消して逃げ出しましたか…」

まだ時間は止まっている。
春は一度部屋に戻り、全く同じ黒留袖と帯を整える。
わざと帯枕を抜いて帯の型を崩すことも忘れない。
いるだに渡したのと同じ珊瑚の簪に「気」を入れて粉砕し、破片を纏めておく。
さらにいるだを『記憶操作』して、念のために気絶させる。

「…あれ、何で気絶していたのでしょう?
 そうです、『瞬間接着』の後に『大回復』をかけて『掃除』したのでした。
 何か変なような…『最後にかかった魔法は?』…『記憶操作』ですか。
 では、事を荒らげないように春さんをカフェに運んでおきましょう。」



「それにしても、あの簪でも『封印』し切れなかったのですね、ああ恐ろしい。
 96号さんの「真の名」を探ることには成功しているので、春さんにもできたはずなのですが…
 手の内を知られた上、『記憶操作』で「真の名」を忘れさせられたのでは、手の打ちようがありません。」

「49号に「真の名」を知られてしまった以上、気をつけて関わらないといけないな。
 以前「こちらから話しかけても無視する」と言っていたから、そうは問題にならないと思うが…」

「“黒”の「真の名」を知りたかったのですが、それは贅沢というものですね。
 それにしても、いるださんが“黒”の「真の名」を知ったとなると、三竦みになりますね。」

*「本体」:神の本体。力のある神は普通「本来いる場所」から動かない。
 「代理」:力のある神が外界とやりとりするために作る自分の分身。「本体」より劣るが神の力を持つ。
 「影」 :神の性質から自然発生的に現れた分身。神の力を持たない。