「華代ちゃんシリーズ」

「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠

ハンターシリーズ97
『二岡くん、今度は影の人と
出会う』

作・てぃーえむ

「はじめはネコ探しだったんですよ」
 ハンター本部の武器倉庫にて、二岡は隣の花魁に力説していた。
 花魁と言っても、女性ではない。
 いかめしい顔、鋭い瞳、鉄筋のような腕、雄牛のごとき足。たくましい体には無数のキズが走っている。誰がどのように見ようとも、百戦錬磨のタフガイである。それが花魁の衣装をまとっていた。
 彼は、二岡の話をいちいち頷きながら聞いていた。
「それが何故か殺し屋に狙われて。挙げ句の果てに胸に一発ぶち込まれましたよ。空奈ちゃんが渡してくれたラッキーアイテムのおかげで助かりましたけどね。もうちびりそうでしたよ」
 ちなみにラッキーアイテムは鉄板を挟んだ手帳であった。
「ひどい話だと思いませんか花さん!」
「なるほど。てめぇさんがご機嫌な一日を過ごしたのはよお〜くわかった。だがな」
 ばきっ!
「ぐは!」
「俺のことはお花さんと呼べと言っただろうが!」
「す、すいません!」
 殴り飛ばされた二岡は、ぺこぺこ謝った。
 武器倉庫の主ことお花さんは、始め花さんと呼ばれていた。しかし華という女性がやって来て、このままではややこしいからと、呼び名をちょっとだけ変更したのだった。
「でよお、二岡。こうなっちゃあやっぱお前も武器って奴を持った方が良いと思うんだがな」
「で、でも俺その、武器はちょっと……」
 二岡は顔を引きつらせた。お花さんはとても親切で、どんな相談事も親身になって応えてくれるが、ことあるごとにこうして武器の所持を勧めて来るのだ。もちろん、実際に持つわけにはいかない。
 なぜなら……。
「おめえみたいな若い奴はよ、派手なのが良いんだろ? スパスあたりではどうだ?」
「ショットガンじゃないですか!」
 そう、銃器を勧めてくるのである。二岡は公務員ではあるが、警察でもなければ自衛隊でもないのだ。
 ちなみに、千景に重火器を手配したのも彼である。
「ちっ。じゃあ、パイナップルはどうだ」
「え、おいしそうだな……って手榴弾じゃないですか! そんな危ないものいりません!」
 などとやっていると、何者かが近寄ってくる足音が聞こえた。
 かつんかつん。軽い音。
 二岡が音の方を見てみれば、喪服みたいなツーピース姿の少女、影鳥空奈だった。二岡のアシスト的存在、ということになっているが、その実態はトラブル専門の招き猫である。
 彼女は礼儀ただしくお花さんにお辞儀をすると、二岡の方を向いて、にんまりと笑った。
「さあ二岡さん、お仕事の時間よ」
「……へーい」
 二岡は仕事をする前から疲れた顔をしてよろよろと歩き出し、空奈がそれに続く。
 後に残されたお花さんは実に楽しそうな笑みを浮かべて呟いた。
「ありゃだめだ。手綱取られてらあ」


 さて。本部の最寄りの町を、二岡と空奈はうろうろしていた。パトロールのためである。
 車ではなく徒歩なのは、そこら中で道路工事が行われているからだ。天気も良く、そんな日はのんびり散歩するのも悪くない。もちろん、仕事を忘れない程度でではあるが。
 年の初めなだけあってか、町は結構なにぎわいである。しかしこんな所に華代が出てきたらもう、考えただけでも大変だ。もしも百人規模で被害が出たらどうしようなどと、二岡は今から胃を痛めていた。もちろんそんな大きな事件が起きるのは希なのだが。
 ちなみに空奈は、何か小物を見つけては、二岡に「あれ買って。貴方のおごりで」などと言っていた。
「あーもう。何事もなくすぎてくれよ……」
 二岡が休憩がてら、自販機で購入したカフェオレを飲みつつそういうと、
「無理だと思うわ」
 空奈はやはり自販機で購入したお汁粉ドリンクを飲みつつさらりと断定した。
「そうなんだよきっとなんか起こるんだようわーん!」
 空になった缶をかごに投げ込みつつ、二岡はやけくそ気味に叫んだ。
 親子連れがひそひそ話しながら側を通過していったが、恥ずかしがる余裕もない。
「ううっ……」
 腹を押さえながら道を行く。
 なんとなく裏通りに入ってみると、そこは表通りとは違って閑散としていた。
「ここは静かだなあ」
「そうね」
 空奈が、ほっとした様子で頷いた。どうやら彼女は人混みが苦手らしい。
 ほどなく、信号機に捕まって立ち止まる。
 車は通らないし、人もいない。
 二岡は赤信号を見つめながら考える。
(信号無視しても咎められないな)
 すぐに首を振って考え直した。子供の前で不正をするなと。
 我ながらまじめだなあなどと思いながら向かいを見て、気がついた。
「あれ?」
 向かいに、人がいた。
 誰もいなかったはずなのに、その人は立っていた。
 線の細い人だ。年の頃は、二十歳前後か、あるいは三十路前後にも見える。背はそこそこ高く、自分と同じくらい。男性のようにも女性のようにも見える中性的な顔立ちで、見た目の丸みからおそらくは女性だろう。黒い衣装に身を包み、黒いトランクを右手に下げていた。 しかし、二岡は訝しんだ。この希薄さはなんだろう。ホログラムを見ているかのようだ。
 あの人は本当に存在しているのだろうか。
 やがて信号は青になり、その人は歩道を渡りだした。
 慌てて二岡も歩き出し……、エンジン音を聞いた。
「え?」
 どん。
 次の瞬間、向かいの女性は信号を無視して突っ込んできた車にはねられた。車は何事もなかったかのように去っていってしまった。逃げたと言うより気がついていないと言った感じ……いや、そんな馬鹿な。
「あ。あわ。わわわわ!」
 二岡は慌てて駆けよろうとして、空奈に袖を掴まれていることに気がついた。
 彼女は、倒れた女性を凝視していた。僅かに震えている。
「空奈ちゃん?」
 呼びかけると、彼女ははっとして、手を放した。
「ごめんなさい」
 二岡は逡巡したが、空奈を励ますように肩をぽんと叩いて、女性の所へ駆け寄った。
「あああのだいじょぶでぃすか」
 ろれつが回っていなかった。
「ああ……うん。大丈夫。怪我は……無いみたいだよ」
 女性は、身を起こしながら服に付いた埃を払い、ハスキーボイスでそう言った。
「え、車にはねられたのに……」
「まあ、馴れてるからね……。自然に受け身とかうまくなるんだよ」
 女性は遠い目をしている。
 しかも馴れているときた。もしかして、こういうのが日常茶飯事なのだろうか。
 だとしたら、なんてデンジャラスなんだ。
「それはともかく、心配してくれてありがとう。同僚にこんなに心配されるなんて初めてかもしれないなあ……」
 なにやら感激しているらしい女性に、二岡は首をかしげた。
「だってきみ、23号だろう? 二岡くんって言った方が良いのかな」
「な、なんで俺の名を!?」
「なんでって……。ああ……やっぱり知らないんだ僕のこと……」
 いじける女性を見て、二岡は慌てて記憶を探った。こんな人知り合いにいたっけ?


「それじゃあ、俺はカルボナーラで」
「私はオムライスにしようかしら」
「僕は……カレーライスにしようかな」
 ファミレスの端っこの席にて。
 ウエイトレスさんに注文をすませた後に、二岡は話を切り出した。
「本当に、警察に届け出さなくて良いんですか臼井さん?」
 二岡は、珍しくぷりぷり怒っている。
「いいよ。今更だし」
 しかし車にひかれた当人である、ハンター96号こと臼井黒影……今は半田黒子……は、肩をすくめてそう言った。
 あの後、二岡は体をねじりながら臼井のことを思い出そうとしたが、ついに自力で思い出すことはなかった。しかし空奈は知っていたらしく、彼女の名前を教えてくれた。なんでも、千景が独自に情報収集してまとめたハンター名簿に載っていたらしい。
 二岡が入社した当時にもらったハンター名簿には、臼井の名前は載っていない。編集者は臼井の存在を忘れていたようだ。
 臼井はとても影が薄く、ハンターの中でも古株にもかかわらず、知らないと言う人が多いそうだ。冗談みたいな話だが、こうして目の前に座っているのを見ても立体映像を相手にしているかのような存在感のなさなので、ついつい納得してしまう。
 臼井は中性的な美人さんで、これは美人そろいのハンターの中では珍しいタイプだから、もう少し目立っても良さそうなものだ。それでも目立たないのはきっと、そういう星の下に生まれてしまったせいなのだろう。
 ちなみに二岡が、彼女のことを黒子さんではなく臼井さんと呼んでいるのは、彼女が「僕ってよく性別変わるから」と言ったからである。常人からすればとんでもない台詞だが、そういうのが専門のハンターである二岡は、すんなり受け入れた。細かいことを気にする人は、とてもハンターをやってはいけないのである。
 それはともかく、あの車だ。
 まったくひどい奴もいたものだと、改めて憤っていると。
「大丈夫よ。あの運転手はそのうち報いを受けるから」
「へっ?」
 そんなつぶやきが聞こえて、二岡は隣に座る空奈を見た。彼女はちらりと此方を見ると、すぐに目をそらした。
「?」
「世の中そういうものでしょう」
 此方の疑問を察したか、彼女は僅かに首を振った。普段から愛想のある子ではないが、今はとても素っ気ない。
 そんな彼女の態度に、二岡は、不思議に思った。
 考えてみれば彼女は、ここへ来てずっと同じ方を向いている気がする。
 何か面白いものでも見つけたのだろうかと考えたが、平凡な風景が広がっているだけだった。あるいは、彼女にしか見えない幽霊みたいなのがいてそれを観察しているのだろうか。いや、それはないだろう。無いと信じたい。
 今度は臼井に目を向ける。彼女は此方を見ていたが、すぐに目をそらした。空奈が目を向けている方とは別の方へと。
 それで二岡は気がついた。二人が今、醸し出している雰囲気はよく似ていた。それは学生だった頃に、教室の片隅で感じた覚えのあるものだった。
 そうだ、クラスに一人はそういった人がいたものだった。
(この子……ホントは人見知りする子だったんだな)
 挨拶をしっかりする子だったので、今まで気がつかなかったのだ。
 そして臼井もまた内向的な性格らしい。
 やれやれ、ここは俺が何とかしなくっちゃな……と正義感に燃えていると、ウエイトレスさんが料理を持ってやってきた。
「お待たせいたしました。カルボナーラのお客様」
「あ、はい」
 二岡は皿を受け取って、自分の前に置く。
「オムライスのお客様」
「はいはい」
 やっぱり二岡が皿を受け取って、空奈の目の前に置いた。
「以上でよろしかったでしょうか」
「え、いや僕のカレー……」
 一人だけ注文が届かなかった臼井が声を上げた。しかしその言葉は聞こえなかったらしい。
「ではごゆっくりどうぞー」
「あのその。おーい」
 ウエイトレスさんは無情にも背を向けて去っていった。
 失礼ではあるけれど、本当に影の薄い人だなと二岡は感心してしまった。


「ありがとう二岡くん。いつもさえない顔してるななんて思ってて悪かったよ」
「……。いやまあいいんだけどね……」
 涙ぐみながらカレーをぱくぱく食べてる臼井を半眼で眺めつつ、二岡はカルボナーラを突っついた。
 空奈は黙ったままオムライスを口に運んでいる。
 それからしばらく、誰もしゃべることなく、ただ食べるだけの時間が流れた。
 ぱくぱく。ごくん。ずるずる。もぐもぐ。
「…………」
 なんとなく。
 なんとなく話がしづらい。なんとかしないとなと思った矢先なのに、我ながら情けないことだ。
 結局そのまま食べ終わり、店を出る。
 別にそうする必要はないのだが、3人はまとまって行動していた。
 なるべく人通りの少なそうな道を選んで進みつつ、二岡は意を決して行動を起こした。二人の共通の話題を引き出し、それを元に会話をさせる作戦だ。
「二人は好きな音楽って何かな。俺、実はギター弾くんだけど」
「えっと……なんだろう……」
「……」
 臼井は首をひねり、空奈は何故今そんなこと聞くの的目線を飛ばしてきた。二岡はめげずに次の質問に移る。
「そういえば昨日の愛の狩人、聴いた?」
「うん。でもちょっと昨日のはいまいちキレが甘かったよね」
「……私は聴いてないわ」
 臼井の反応は良かったが、空奈の一言で会話が途切れてしまった。
 しかし二岡はくじけない。
 それからいろいろと話題を振ったものの、すべてが空振りに終わった。
「き、今日は良い天気だね」
「そうだね」
「そうね」
 そして今日最大の沈黙が降りたところで、二岡は頭を抱えた。正確には心の中で頭を抱えた。
 始めてまだ数分も経っていないのに、すでに二岡は自信を喪失していた。彼はちょっとばかし、ネガティブ思考に陥りやすいキャラだった。
 二岡にとって気まずい雰囲気が続く。
 そんな空気を破ったのは、空奈だった。
「あそこで事故が」
「えっ」
 空奈が、向かっている先にある交差点を指さした。
 でも、そこには何もない。いや、交差点の向こうに若者二人がいるが、ごく普通に信号待ちをしているだけだ。
「あっ」
「なななんだい?」
「あの二人……止めないと」
 空奈は走り出した。
 二岡と臼井も、訳が分からないまま後に続く。
 信号が変わって、若者二人が歩き出す。
「そこを渡っちゃ駄目!」
 空奈は叫ぶ。
 しかしその声は届かず、若者二人は横断歩道を半ばまで渡って……その後に続く光景に、二岡は絶句した。
 対向車線を逆走する車があった。見覚えがある。そうだあの車だ。臼井をはねた車だ。信号待ちをしている車を追い抜いて、交差点に突っ込んでいく。音はよく聞こえなかった。ただ、若者の一人が跳ねて飛んで道路上を転がった。人をはねた車はハンドル操作を誤って、電信柱に激突した。
 それを見た空奈は立ち止まった。二岡はすぐに追いついて……、彼女の異常に気がついた。
「あう……あ……かはっ……ううっ」
「空奈ちゃん? ちょっと……空奈ちゃん!?」
 空奈は、地面に血の池を作っている若者を凝視しながら震えていた。息を吸おうとして、それが出来ず、しゃがみ込んで喉に手をやって、それでも呼吸が出来ていない。
「二岡くんこれを。使い方は解るよね」
 臼井が手にしたトランクから何かを取り出して手渡してきた。小さなビニール袋だった。そして脇目もふらず倒れた若者の元へと駆けていく。二岡は一瞬だけ彼女の言葉の意味を考え、すぐに思い至った。過呼吸だ。
「ゆっくり。ゆっくり息を吸って、はくんだ」
 袋の口を当てられた空奈は、涙を流しながら喘ぐように細く空気を袋にはき出して、ほんの少しだけ袋の中の空気を吸い込んだ。それを何度も繰り返して、ようやく正常に呼吸を行えるようになった。
「……ありがとう」
「ううん、その、大丈夫?」
「ええ」
 呼吸は元に戻っても未だ顔色は蒼白で、立ち上がることも出来そうにない。それでも空奈は大丈夫と答えた。
 男としては、大丈夫じゃない女の子を放ってはおけない。しかし今回は重傷の人がいて、電信柱に衝突してくしゃっとなった車には運転手がいるのだ。
 二岡はたっぷり5秒間悩んだが、
「よかった、じゃあここでじっとしてるんだよ。良い子にしてたらあとでなにかおごってあげるから!」
 そういって、臼井の元へと駆け寄った。
「臼井さん、救急車……って、えっ!?」
 開かれたトランクの中身を見て驚いた。そこには、ハンターに支給されている救急治療セットを遙かに上回る量と質の医療品が詰まっていたからだ。臼井はそれを使用して危なげない手つきで青年の手当を行っている。
「もう彼が呼んだよ」
 臼井は手当を続けながら言った。重傷者の側に立つもう一人の青年は、青い顔をしながらもその手に携帯電話を握りしめている。
「こっちは大丈夫。出血はひどいけど、病院でちゃんと治療すれば命は助かるよ。それより車へ行って」
「あ、ああ! うん!」
 その指示に頷き、車へと急ぐ。
 さすがは国産車、鼻はぺちゃんこでも車内は大丈夫のようだと安心した二岡だが、その考えは甘かった。
「これは……」
 フロントガラスが染まっていた。
 運転手はシートベルトを着用していなかった。
「こ……こいつ救いがねえ……!」
 ほとんど涙声になりながら、ドアを引っ張る。しかし開かない。力任せに引っ張っても開かない。
 二岡は懐からスラッパーを取り出すと、フロントガラスにたたきつけた。すでに運転手と激突してヒビを生やしていたガラスは木っ端みじんになった。
 上半身を車内につっこんで、全く動かない運転手をつかみ、外に引きずり出す。頭を強く打った人間は動かさないのが定石だが、さすがに大破した車の側に置いておく事は出来ない。担ぎ上げ、臼井の元へと運び、寝かしつける。こちらが救出作業をしている間に青年の手当は終わったらしい、臼井はすぐに運転手の容態の確認に移った……と思ったら、すぐに顔を背けた。
「頭を強打か。やりようがないね」
「そそそれってもう手遅れという?」
 まさか、最悪の事態になってしまったのか。
 しかし臼井は首を振った。
「ううん。ここじゃ怪我の程度を調べようがないってだけだよ。まあたぶん大丈夫じゃないかな。でも一応、血は止めておくかな」
 どうしようもない馬鹿人間とは言え、目の前で人が死ぬのは気分の良いものではないから、これは不幸中の幸いというやつだろう。
「そうですか……よかった。ところで臼井さん、実はお医者さんだったんですか? なんか手際とかすごかったんですけど」
「医師免許を持ってる訳じゃないんだけどね。医療品一式そろえているのは、自分が怪我したとき自分で治すためだよ。実は……病院行っても気づいてもらえないんだ……」
「そ……そうなんですか……」
 それからすぐ、遠くからぴーぽーとサイレンの音が聞こえてきた。二岡はようやくほっとして、壁により掛かって休んでいた空奈の元へと戻った。


「というわけなんですよボス」
「そうか……」
 報告を聞き終えたボスは重々しく頷いて、それから二岡とその隣に立つ二人を見てにやりと笑った。
「なんです?」
「いいや、なかなか面白い組み合わせだなと思ってな」
「面白いって……」
「96号は実力あるハンターではあるが、なにぶん影が薄くてな。それが君がいることで今回目立つ働きをした。カーニバルのコスチュームで電車に乗ってもまるで目立たなかった奴なのに」
「いや俺はただ居ただけなんですけどつうかなんでそんな姿で」
「ああ。そういえばお前は先日、荒事に巻き込まれて銃で撃たれたりもしていたな……。ふむ……。よし、明日からお前達組んで動け」
「えっ。な、なぜにですか!?」
 二岡はうろたえた。ハンターは基本的には個人で動くのだ。大規模な華代被害が起こらない限りはチームを組むことはない。それなのに常時チームを組んで行動しろと命じられるのは、絶無とは言わないが希有な事だった。
 そこまで自分の任務遂行能力を疑われているのだろうか。まあ、争いごとが苦手なのは確かではあるが。
「あら。私はとても良いことだと思うわ」
 これまで黙っていた空奈が口を挟んだ。
「え、でもその」
 あわあわしていると、臼井がしゃがんで床にのの字を書き始めた。
「……僕って嫌われてるのかな」
「そんなことないわ。そうでしょう、二岡さん」
 落ち込みモードな臼井を慰めつつ、空奈は期待するような目を向けてきた。
「や、もちろんそんなわけじゃ……あ、あれ?」
 あわてて否定しようとして、あることに気がついた。
「君たちなんか仲良さそうだね?」
「何故そんなことを聴くのかしら」
「だって昼は一言もしゃべらなかったし目も合わせなかったし……」
「しゃべってみたらいい人だったのよ」
「……」
 どうやら、知らないところで何かあったらしい。いや、そういえば臼井は、空奈の体調が良くなるまでずっと付き添っていたから、きっとその時に仲良くなったのだろう。
 つまるところ昼間の苦労は台無しだった。
「決まりだな。まあ96号はベテランだ。お前の車の装備も活用できるだろうし、ハンターのイロハも学べるだろう」
「あ、はいっ」
 二岡は返事をしつつ思う。なるほど、ただ面白そうだからって理由だけじゃなくボスもちゃんと考えているんだな、と。
「ではそういうことだ。行って良いぞ」
「はいっ。失礼します」
 二岡達はぺこりとお辞儀をして部屋を出た。
 てくてくてく。
 廊下を歩きながら二岡は考える。
 昼間の空奈の事だ。
 事故を目の当たりにして恐怖に身を震わせる。不思議な力を持っているとはいえ、空奈はただの少女だ。当然のことだろう。しかし腑に落ちない部分もある。
 隣を歩く空奈をちらりと見やった。
 いつもの通りしゃんとして、いつもの通りどこか遠くを見ているような曖昧な目線。今はなんとなく、ご機嫌に見える。
 二岡は息を吐いた。何かがあるのだろう。でもきっと探索はしない方が良い。それに、そういったことにまるで向いていないのは、自分でもよく分かっている。
 もう一度、空奈に目を向けると、ちょうど彼女も此方を見たところだった。普段はぼんやりとした朱色の瞳の焦点が合った。
 なんだか嫌な予感だ。
「それじゃあ、チーム結成を記念して回転寿司を食べに行きましょう」
 彼女はいきなりそんな提案した。
「いいね。注文しなくても食べられるところがとっても良いよ」
 臼井もそれに乗ってくる。
「え、なんで寿司? しかも回転寿司?」
「私ね、回転寿司のお店行ったことがないの。それに、だって二岡さん、おごってくれるって言ったじゃない」
 二岡の問いかけに空奈がしれっと答えた。
「そんなこといった覚えが…………。あるー!?」
「へえ、二岡くんおごってくれるんだ。助かるよ」
 顔をほころばせる臼井に、二岡は抗議する。
「えっ、普通こういう時って先輩がおごるもんじゃ……」
 もちろん聞き入れてはくれなかった。
 その後、知り合いのハンター数人が飛び入り参加して来て、結局二岡の財布から20824円が飛んでいき、次回の給料日までの19日間大変やり繰りに苦労することになったが……。
 みんな楽しそうだったので、二岡はそれでよしとした。