「華代ちゃんシリーズ」
華代ちゃんシリーズ『追跡者』 作 ・真城 悠

「追跡者」

作・真城 悠

タイトルイラスト:やまおさん (URL

イラスト(Flash画像):あやさん

*この作品は「少年少女文庫」さま内、原田聖也さん作・華代ちゃんシリーズ「固茹」の続編となっております。
まず「固茹」をお読みになる事をお勧めします。



 深夜の部屋で途方に暮れるメイド少女となってしまった「猛獣」。
 これから一体…どうすればいいんだ?どうしてこんなことになっちまったんだ?
 何度考えても分からない。敢えて原因を求めるとすればあの少女だ。彼女に話し掛けたせいで?…いや、そんなはずは無い。そんな馬鹿なことがあってたまるか。
 ぶるん、と首を振る「猛獣」。
 それによって美しい黒髪が揺れ、「猛獣」の柔肌をくすぐる。
 そうだ…今は俺は…
 自分の身体を見下ろす。
 そこには少女の身体と、清楚なエプロンドレスがある。
 するり、と両脚をこすりあわせる。
 ぞくっとした。
 この生活に慣れなきゃな…
 多くのサバイバル術を身に付けた「猛獣」の思考回路は既に新しい生活に向けて回転を始めていた。落ち込んでいても仕方が無い。新しい生活に順応するのだ。このメイド、使用人のなすべき仕事を覚え、確実にこなす。恐らく使用人の仕事の大半は雑事だろう。それも掃除だ。
 「猛獣」はスカートをひるがえして立ちあがると、部屋を見まわし始めた。
 …とにかくこのスカートの感覚が落ち着かない。こんなぞろっとした格好で仕事しろってのか?合理的思考をよしとする「猛獣」は納得がいかなかった。その時だった。
 バタン!
「きゃっ!」
 突然開いた扉に思わず声を上げてしまう。しかし、次の瞬間にはその声は押し殺されることになる。
 そこには身長2メートルはあろうかという大男が立っていたのだ。
「あ…」
 全身を黒いコートですっぽりと覆っている。そこに黒い帽子、サングラスとまさに黒尽くめだ。身長百五十センチ程度になってしまっている「猛獣」にはその強靭な体躯と相俟ってのしかかってくる様な迫力である。
「ふむ…メイドか…」
 地の底から響いてくるような声だった。
 後ろ手にドアを閉める。
 その慣れた手つきに「猛獣」はある判断を下す。
 このお屋敷の人間に違いない。つまり、雇い主側の人間だ。
「どちらさま…ですか?」
 必死の演技だった。
 その慣れない声の響きに自信が揺らぐ。
「あー、…気持ちは分かるが無理せんでもいい」
 あらゆる想定の外の答えだった。
「え?」
 何やらごそごそと探っている大男。
「まあ待て。おおよそ予想は付くが一応調べんとな」
 何やら計測器の様な物を取り出し、それを「猛獣」に向ける。
 ガリガリ、と嫌な音がする。「猛獣」がその機械に反応している様である。
「ふむ…どうやら間違いないか…災難だったな」
「だ…誰なんです?あなたは?」
 その問いには答えず、つかつかと歩いてきてベッドにどっかと腰を下ろす大男。
「単刀直入に聞こう。あんた、7、8歳位の女の子供に会わなかったか?」
 はっとする「猛獣」。一体そう答えたものだろう?この男はあの少女の何を知っていると言うのか?
 しかし、今の自分はこの通りのメイド少女になってしまっている。こんな突飛な話を信じてもらおうとする方がどうかしているでは無いか。
「まあ、話しにくいのも分かる。自分がついさっきまで男だったなんてな」
「え?」
「心配するな。俺はお前さんの味方さ」
「本当に…誰なんです?」
「名乗るほどのものじゃない。まあ「追跡者」だな」
「追跡者?」
「「ハンター」と呼んでくれ」
 
 「猛獣」はこの屋敷に侵入してからの経緯を事細かに話した。謎の少女とのやりとり。気が付くと自分の身体が女性化していたのみならずメイドの衣装まで着せられていたこと、などなどを一気にまくしたてた。
 話しているうち、どこか夢うつつだったその「現実」に改めてショックを受けたのだろう。その可愛らしい瞳にぽろぽろと大粒の涙が溢れてくる。
「あ…くそ…こんな…」
 黙ってハンカチを差し出す大男。
 身体ばかりか心まで女性化して涙腺が緩んだのだろうか。
「まあそう泣くな。戻してやるから」
「え?」
 と、なにやら全身に違和感が走る。身体を見てみると、その服が変形を始めているではないか!
 スカートがぴたりと脚に張りつき、包み込む様に二本に分かれる。白いエプロンは消滅し、服のサイズが大きく、だぶだぶになる。フリルが無くなり、無骨なスーツへと変わっていく。
「あ…ああ…」
「すまんな。服からやらんとえらく窮屈な思いをさせることになるんでな」
 子供が大人の服を来ている様なものである。髪飾りから開放されたその少女は、だぶだぶのスーツの中できょとんとしている。
 しかしそれも長くは続かない。
 その流れるような黒髪がすすす…と短くなっていく。身長が見る見る伸び、スーツのサイズに符号していく。
「あ…これは…」
 か細かった手が目の前で節くれだった、逞しいそれに成長していく。
 狭かった肩幅が広がり、身体全体が逞しく筋肉質に変貌して行く。
 すっかりかつての「猛獣」の姿に戻ることが出来た。
「どうだ?どこか不具合は無いか?」
 自分の身体を触りまくる「猛獣」。誰に気兼ねすることも無い。
「ああ、大丈…夫…だ」
 自分の声が戻ってきた!少女となっていた時間は僅かだが、その感動は何物にも代えがたいものがあった。
「ふむ…今回も成功だな」
「あなたはあの少女とどういう関係なんです?」
「さっきも言ったが俺は「ハンター」だ。だからあいつは「獲物」さ」
「「あいつ」ってのはあの少女のことか?」
「そうだ」
「彼女は一体何物なんだ?」
「正確なことは誰にも分からない。が、あれの正体は今は問題ではない」
「…」
「とにかくあいつの「被害」をこれ以上増やすわけにはいかない」
「「被害」…か」
「あいつは善意の積りなんだから手におえない」
「じゃあ、あんたは彼女の後をついて回って「被害者」を救済…っていうか俺みたいに元に戻して歩いてるってことかい?」
「まあ、そうだ。だからこの程度の混乱で済んでいるのさ。冷静に考えて見ろ。あいつが気の向くまま「依頼人」を性転換し続ければこの国の男女比率が崩れるばかりか大きな社会的混乱が巻き起こる」
「しかし…」
「言いたいことは分かる。何故元から絶たないのか、と言いたいんだろ?」
「…」
「もっともな疑問だ。俺があんたでも同じに思うだろう。だが、ことはそう簡単ではない。なにしろ迂闊に近付くことも出来ん」
「もう一度聞きたいんだが、彼女は一体何者なんだ?大体あんただって俺をこうして元に戻して…あんたこそ何者なんだよ?」
「…あいつが…こんな妙な「セールスレディ」みたいな真似を始めたのか、それは分かっていない」
 大男は「猛獣」の問いに直接答えることをせずに語り始めた。
「恐らくおたくはもう大丈夫だとは思うが注意事項を話す。よく聞いてくれ」
「…あ、ああ」
「まず、ああいうのに出会ったら“忙しい”とか何とか言ってとにかく逃げることだ。道端なんかで出会えたら幸運だ。大抵自分の部屋だの個室の中だの袋小路で話し掛けられる場合が多いからな。逃げられる様なら相手にもするな。顔も見ずに走り抜けろ」
「日常に潜む恐怖…だな」
「ひやかしてる場合じゃない。真面目な話だ。あいつは「名刺」を持っている。大したことは書いてないが、なるべく受け取るな。受け取ること自体は何の意味も無いが、その文面を見たり、意味を知ったりすればそれこそ第2種接近遭遇に相当する。ここまで至ればほぼ悲劇は避けられない」
「俺は受け取っていないし、見てもいない」
「説明は受けなかったか?」
 「猛獣」の脳裏に狭いクローゼットの中の悪夢がフラッシュバックする。
「…いや…よく覚えていない」
「まあ、その幼い外見に騙されて話し相手になってやったりしないことだ」
「そうだな…」
 漠然とした話だ。それが本当なら街中で子供とすれ違うことも出来なくなってしまう。が、しかし…「猛獣」は安心していた。自分がこれまでと同じ生活に戻るのなら何の心配も無い。子供などとは縁の無い生活だ。
「一つ聞きたいんだが、彼女の能力で性転換されたらもう元には戻れないのか?」
「基本的にはそうだ。俺のような同類に戻してもらうか、本人…華代が戻さない限りな」
「そうか…で、あんたの話だと俺以外にも大勢いいる訳だよな」
「あれに悪意は無いのさ。「善意」と本人が心の底から信じているからこそ「能力」を起動できる。「心の底から」というのは表現がちょっとおかしいが、まあ軽く考えているのは確かだろう。無邪気といっても言い。そして…これまた「相手からの依頼」を引き出さないことには同様に能力を起動することは出来ない」
「まあそれはいいとしてもだ、どうしてその「善意」が相手を性転換することに繋がるんだ?それが解せん」
「あいつの能力は相手を性転換することだけじゃない。悪かった視力を回復したり不妊の女性を妊娠させたりすることも出来る。…理由は知らんが、あれは中でも相手を性転換させることで問題が解決すると思いこむ様な出来事でもあったんだろうな」
 と、「猛獣」は何やら全身に違和感を覚えた。
「…ん?…?」
「どうした?」
 猛獣の身体が、また縮小を始めていた。
「こ、これは?」 
 むくむくと成長するその乳房。流れるような黒髪…
「くそっ!どういうことだ?」
 機材をいじり始める大男。しかし「猛獣」は抵抗空しくまたもや可愛らしいメイド少女になってしまう。
「何て…ことだ…」
「おい!どうしてくれるんだよ!また女になっちまったじゃねえか!」
「何てこった…事態はここまで…」
「どういう意味だよ!」 
「これは間違い無く華代の能力だ。あいつ…進化しやがった!」
「進化?」
「そうだ。聞いたことがあるだろ?同じ種類の殺虫剤を撒き続けると、その内それに耐性のある種類の虫が発生する様になる。きっと一度くらい戻された位では平気なまでに進化したに違いない」
「そんな…」
「が、心配するな。ちょっと手間がかかるというだけだ。すぐに戻して…?」
 今度は大男が違和感に襲われる。
「ど、どうしたんだよ?」
「くそ…こ、こんな…」
 2メートルはあった大男の身長は見る見る縮んで行った。そして百五十センチしかない今の「猛獣」と同じにまでなってしまう。その間に岩の様な筋肉は柔らかい脂肪質の体つきになり、丸みを帯びてくる。
 胸を押さえつける大男。
「な、何て…こと…だ」
 ぱっ!とその手を離す大男。そこには小柄な身体に良く似合う形の言い乳房がふっくらと盛り上がっていた。
「ま、さ…か」
 「猛獣」だったメイド少女も固まっている。
 既に「服」とは言いがたい生地の中に埋もれたその美少女は大きく張り出していく臀部、引き締まっていく胴回りの「感覚」に襲われ続けた。
「や、やめろ!止めるんだ華代!」
 さらさらの髪が伸びる。その声の後半は高く、可愛らしいそれになっていた。サングラスがゆるくなって地面に落ちる。そこにはくりっとしたつぶらな瞳があった。

このイラスト(↑)はオーダーメイドCOMによって製作されました。クリエイターの小笠原空馬さんに感謝!

「あ…」
 ズボンの二本のトンネルの入り口でかろうじて引っかかっていた下着が突如、その下腹部をぴっちりと締め付けてくる。同時に薄手のシャツが乳房をむぎゅりと掴み、肩ひもを回して背中でかちり、と留まる。
「…ああ…」
 とっさに自分の胸を服の上から触ろうとする大男。しかし、長過ぎるその袖からは指先すら出ていない。
 その身体を動かしたせいだろう、大男は自分の胸から下を襲う柔らかい肌触りを実感する。
「あ…し、下着…まで…」
 遂に端から見ていても分かるほどに変化の段階が至る。
 その服のサイズが、中身の小柄な少女に合わせて縮んで行く。二本の脚を包んでいたズボンは一本にまとまり、大きく広がったスカートとなる。突如開放され、二本の脚の間に入り込んでくる空気。一気に下半身が裸にされてしまったかの様なその突然の変化に、思わずその脚をこすり合わせる大男。
「あっ…」
 その官能的な柔らかいすべすべの感触に一瞬心を奪われる。
 スカートはその長さを膝下まで上げて行き、その下からその幼い脚線美が白日の元に晒される。
 上半身は黒い色はそのままに服のサイズを変化させ、体型を露にする。肩が少し膨らんだその袖。スカートと繋がり、ワンピースとなる。遂にその長袖の先からか弱く、美しく変わった指先が見える。
「そ、そんな…」
 それを見ているうちにその服に純白のエプロンが現れ、フリルで彩られる。背中までのストレートのロングヘアの頂点には可愛らしい髪飾りが施される。
 屈強の大男は、清純なメイド少女になってしまった。
「何てことだ…あいつの能力は…直接会ってもいない人間まで…変えることが…」
 その部屋の中にはお揃いの衣装に身を包んだ美少女二人が恥ずかしそうにたたずんでいた。
 そしてそれはもう一つの事実を意味していた。
 そう、人類は「真城華代」を止める手段を失ってしまったのである。


「ハンター」シリーズ 「セカンド・チャンス」