「華代ちゃんシリーズ・番外編」 「ハンターシリーズ」 「いちごちゃんシリーズ」 ![]() 作・真城 悠 |
ハンターシリーズ13 (いちごちゃんシリーズ) 『いちごちゃん戻れたっ!?』 (前編) 作:真城 悠 |
俺は「ハンター」だ。 不思議な能力で “依頼人” を性転換しまくる恐怖の存在、「真城 華代」の哀れな犠牲者を元に戻す仕事をしている。 最終的な目標は、「真城 華代」を無害化することにある。 とある事件――というか「華代被害」――に巻き込まれた今の俺は、15〜6歳くらいの娘になってしまっている。その上、ひょんなことから「半田 苺(はんた・いちご)」を名乗ることになってしまった。 華代の後始末の傍ら、なんとか元に戻る手段も模索している。 さて、今回のミッションは…… カツカツ……と黒板に書かれる文字。 「はい静かに! 今日から転校してきた半田 苺さんです。……さあ、自己紹介して」 「あ、あの……半田……いちご……です――」 消え入りそうな声で言ういちご。その姿はすっかり女子高生であった。 ブラウスに真っ赤なリボン、膝下までの長さのプリーツスカート。紺色のブレザーに校章がまぶしい。 教室のあちこちから、「可愛い名前〜」といった女生徒たちの声が上がる。 ち、畜生……どうしてオレがこんな任務を……。 この潜入ミッションが下されてから、組織のOL水野さんと沢田さんのハシャギっぷりといったらなかった。 ずっと縛ってまとめていた髪はほどかれ、上半身全体を包み込んで美しくなびいている。 “一応” 任務であるから、いちごには合法的に逆らう大義名分が無い。普段は拒否している下着の類もすべて完璧に身に付けさせられている。おまけにこの学校はストッキング禁止なので、いちごの素足はスカートを通して空気にさらされている。 うう……こんなに完全に、パンティまで履いた……というか履かされたのは、あのデザイナーカップルを助けた時以来じゃないのか……? 実はあの時のドレスアップした写真集は、他の連中に見つからないよう、こっそり机の中にしまってあったりするのだが。 ……べ、別に自分のウェディングドレス姿に見とれてたりする訳じゃないぞ! そ、その……折角の機会だったし……捨てるのも勿体無いし……って、何を考えているんだオレはっ!! 「……はい、じゃああの空いている席に座ってね」 「は、はい……」 女になってそこそこの時間が経ってしまったとはいえ、努めて女装を避けてきたいちごはスカートが不慣れだった。 一応水野さんから、「椅子に座るときはお尻を上からなでつけてスカートを揃えて座るのよ」と、レクチャーを受けている。 なんとかそれに従って、座ってみるいちご。……ひとつひとつのしぐさがいちいち初々しい。 「よろしくね! “いちごちゃん” っ!」 隣の席の女子生徒が声を掛けてきた。 「あ……ははは――」 引きつり気味の笑いが出る。 女子高に余りにも可愛らしすぎる新規加入者は歓迎されないかと思いきや、いちごはその名前と風貌で、早くもクラスのアイドルとなっていたのだった…… 潜入工作の目的も知らされないまま、二週間が過ぎた。 任務通り何人かの友人も作ったし、クラスには溶け込めていると思う。 生真面目な仕事人間だったので、クラスの委員など面倒な仕事は積極的に引き受けた。その結果、何かと頼りになる存在になりつつある。 そんなある日、いちごはデジタル式携帯電話をようやく入手して、電話ボックスの中にいた。 「あ、もしもし……沢田さん?」 『その声はいちごちゃんね? ……どう? “女の園” は?』 ……相変わらず楽しんでいる。「別にどうでもありませんよ。仕事です」 『あらら。つまんないのね。……で、何?』 「枝はついていませんか?」 「枝がつく」というのは、スパイのジャーゴン(隠語)で「盗聴される」という意味である。 『ええ。大丈夫だと思うわ』 「それじゃ、ちょっとその……尋ねたいんですけど――」 『あたしでいいのかしら?』 「ええ」 『あたしの答えられる範囲なら何なりと』 「その……私、いつまで潜伏していればいいんですか?」 『いちごちゃん、今、“私” って言わなかった?』 「真面目な話なんですっ!」 しばしの沈黙。 『正確なことは分からないわ。でも、休眠工作員(スリーパー)って、それこそ何年も潜伏しっ放しってこともあるんでしょ?』 「だから聞いてるんですよ。……その……他のケースならともかく、高校に三年以上潜伏は無理です」 『あはは、そりゃそうよね。留年しちゃうわ』 「……どうなんです?」 『いちごちゃん……いや、ハンター1号、……内規は知ってるわよね?』 「何も組織内でスパイ活動しろなんて言ってません。……その……不安で――」 『いちごちゃん……』 ハンター1号も人の子だったのか。その声には誰にも聞かせたことのない響きがあった。 組織には専門のカウンセラーがいて、徹底的に科学的な心理的フォローを行っている。だがそれも休眠工作員までは及ばないのだ。 『いちごちゃん……戻ってこれないのよね』 「全寮制みたいなんで……」 いかにデジタル信号式携帯電話といえども、盗聴の可能性はゼロでは無かった。これ以上電波を飛ばして話したくは無い。 だが、沢田は敢えてその危険を冒していちごと話し続けた。 毎日女として目覚め、ブラジャーにパンティ、スリップから始まって女子の制服を身につけ、髪をとかし、鏡に向かって身繕いをする。 昼は学園生活を送り、夜は友達と遊び、喋る。入浴もトイレも食事も全て “女として” である。 月に一度は不愉快な経験もするし、女同士の人間関係とも完全に無縁ではいられない。 校則が厳格なので外出時にも制服の着用が義務付けられ、門限も早い。私服は滅多に着る機会が無く、組織の不手際から部屋着すらスカートのままだった。 こんな生活を続けるうちに、いつか心理的にも完全に女になってしまうのではないか……そんな不安な思いにかられるのも無理はない。 ましてや真面目ないちごである。職務に忠実であるがゆえに、まだまだ硬いとはいえ、女の子の仕草や言葉使いもサマになってきているのだ。 『とにかく、軽はずみな事は私にはあまり言えないわ』 「ありがとうございます。聞いてもらっただけでも――」 沢田はそんな健気ないちごが、たまらなくいとおしく思えた。 『確かに連絡を取る方法なんて幾らでもありそうなのに、連絡ひとつよこさないのは不誠実だわね……その辺りなんとか掛け合ってみるわ』 「でも――」 下手をするとそれは、こうして潜伏任務中の工作員と無断で会話したことを示す証拠になってしまう。 いちごは自分のペナルティはともかく、沢田さんに迷惑を掛けたくなかった。 『大丈夫よ。あたしたちといちごちゃんが仲がよかったのは誰でも知っているし、任務に出かけるのも指南役は私たちだったのよ。忘れたの?』 「……」 『近日中になんとかするから、この電話は生かしておいてね。連絡をとる方法はこれしかないの』 更に一ヶ月が経過した。 いちごは “女として” 当たり前の生活をすることに違和感がなくなってきていた。 それは環境に適応するプロとしての発露ではあったが、同時に精神的な防御策でもあった。 沢田からの電話が掛かってきたのは、そんな時だった。 (後編に続く) |