「華代ちゃんシリーズ」



「華代ちゃんシリーズ・番外編」
「ハンターシリーズ」
「いちごちゃんシリーズ」

作・真城 悠

――華代ちゃんシリーズ・番外編――

ハンターシリーズ17
(いちごちゃんシリーズ)
いちごちゃん・シリーズ17

『感動の、いちごちゃん』

作:真城 悠

*この小説は「さようなら、いちごちゃん」の後日談となっておりますので、「必ず」読んでからお読みください。


 いちごこと「半田 苺」が組織を飛び出してから、一週間が経った。
 組織の総力を駆使すれば見つけることは難しくないのかも知れない。……だが、何故か上層部はその判断を保留したままだった。


「うい〜っひっく…………い、いちごぉぉ〜っ……」
 ハンター5号が、居酒屋でくだを巻いていた。
「…………おめーはどこで何をしてんだよ〜っ……」
 ビール瓶がテーブルから転がって床に落ち、鈍い音をたてた。
「もう……しっかりしなさいよ……」
 そう言いながら、沢田さんも落胆の色を隠さない。
 自分のフォローが足りなかったのではないか……そんな意識にさいなまれているのだ。
「……何だよ、みんなみっともねえなあ」
 エージェントの一人が、暖簾をくぐって入ってきた。
「あ……いらっしゃい」
 椅子をすすめられ、そこに座るエージェント。
「みんないちごがいなくなって、寂しいのかい?」
「……そうみたいね」
 沢田さんが気の無い返事。
「……ところで、伊藤博士のことは知ってるか?」
「ああ、行方不明になったっていう――」
「そうだ。変人として知られてた……だが、その研究成果はかなりのものだ。それにいち早く目をつけたわが組織が、無人の屋敷を接収したんだ」
「……それで?」
「こんなものが出てきた」
 ……と言いながらエージェントはポケットから一本の瓶を取り出し、机の上に置いた。
「……何よこれ?」
「USO・800(ユーエスーオー・はちまるまる)と名付けられているらしいが――」
「どんな薬なの?」
「何でも……これを飲んで喋ると、それが実現するらしい」
 なるほど……そんな研究ばっかりやってるから、学会じゃなくて「ハンター」に目をつけられる訳か。
 その瞬間、その瓶を酔っ払っていた5号がひったくった。
「あっ!」
 ……もう飲み干した後だった。

「いちご〜っ! 帰ってきてくれよ〜っ!」
 だみ声と共に伸びてしまう、ハンター5号。
「あーあ……」
 沢田さんがあきれる。
「……ちっくしょう…………やれやれだな全く――」
「残ってる?」
 エージェントは瓶を再び取り上げて、目の前にかざした。「……駄目だな。全部飲みやがった」
「あなたも迂闊よ。そんな大事な物をこんなところに――」
「でもまあ、伊藤博士の発明品だからなあ……」

 その言い方から、世間で伊藤博士がどう思われていたのか分かろうと言うものだ。


 少女は仁王立ちしていた。
 ……少なくともそう見えた。
 目の前に建物がある。
 ……なんて目立つ建物だろうか。
 髪を後ろで縛り上げたスレンダーな背格好の少女は、野球帽にジーンズのジャケット、背中からかつぐ荷物……と、実にワイルドないでたちであった。

 全く……一応秘密組織なんだからよ。

 少女はそう思った。
 一説には、「ウルトラセブン」という二十年以上前の特撮ドラマに登場する「ウルトラ警備隊」基地の外観そっくりに作られているらしい。
 確かにスパイ組織だからといって地味な建物だったり、地下に作られていたりする訳では無い。
 スパイ組織の親玉みたいな存在のCIAは、バージニア州ラングレーに本部を置き、「別名」がついている程だ。
 その形からペンタゴンという異称を持つアメリカ国防総省は、チャウシェスクの私邸を除けば世界最大の床面積を持つ建造物である。
 しかしなあ……。
 いちごはコントで「秘密基地」という看板を掲げている馬鹿兄弟を見たことがあるが、それを思い出していた。
 あれだけ偉そうな事を言って出てきたのに、ものの一週間でとんぼ返りというのはいかにも格好悪い。

 ……てゆーか別に寂しくなったとかじゃないぞ! そんなんじゃないからな! ……わ、忘れ物をしただけなんだ!

 ……って誰に言い訳をしているのか。
 まあ、秘密基地のクセに警備もざるみたいなところだ。
 ボスの部屋で出前のドンブリを見たなんて噂もあるし、民間の警備会社の方がまだ警戒厳重な気がする……。
 まあ、大丈夫だろう。
 いちごはその建物に向かって歩き出した。


 予想通り、自分の部屋の前まで来れた。
 一体この組織のセキュリティはどうなっているんだ。
 まあ、いちご自身も……今は女子高生みたいな肉体に身をやつしてはいるが……一応組織のエージェントである。
 隠密行動は経験がある。皮肉な事に、なまじのプロレスラーどころでは無かった以前の肉体よりも、今の方がまだ目立たない。

 まさか……部屋のドアがいきなり開くってことは無いよな。

 いちごはドアノブに、その可愛らしい手を掛けた……


「……誰か侵入したようだな」
「みたいですね……」
「……だったら早く行け!」
「は、はいっ!」
 ボスに怒鳴られて、エージェントの一人が走り出した。


「…………………………………………」
 いちごは言葉を失っていた。
 これは一体何事なのか……。
 いちごことハンター1号は、部屋の内装などに興味のある方では無かった。
 アホの5号と違ってオタクでも無いので、物も少ない。
 実はちょっとだけ料理に凝った時期もあったので、調理器具は多めに置いてあるが、後は本当に素っ気無い部屋だ……った。
 少なくともいちごが出発する前には。……そしてそれはたった一週間前のことである。
 だが……部屋はすっかり変わり果てていた。
 念のため一旦外に出て確認してみたが、場所の配置からしても、そこは自分の部屋に間違い無かった。
 あったか無かったかも憶えていない壁紙は暖色系の柔らかいものになり、窓には可愛らしいカーテンが掛かっている。
 ベッドの上には何だか知らないが可愛らしい人形が鎮座しているし、手ごろな大きさの鏡台が据え付けられている。
 そこにはひらひら飾りのついたクッションが……

 とにかく部屋のあらゆる要素が、パステル調の少女趣味な部屋に一変していたのだっ!

 ま、まさか……
 箪笥に飛びついて、引き出しを思いっきり引っぱる。
「ああっ!」
 そこにあった私服は、全て女子高生ぐらいの年頃の女の子のものに入れ替えられていたっ!!
 慌てて全ての引き出しを次々に開けていくいちご。
 ……壊滅状態だった。下着の類までもが、全て取り替えられていた。
 しかも……壁にはご丁寧なことに、明日学校に着ていくみたいに制服が掛けられているっ!
 クローゼットに飛びつく。
「わわわっ!」
 ……目を疑った。
 そこには一人前の女性が持っているであろうかと思われる量の衣装が陳列されていた。
 溢れる生活感に、本当に一人の女性が長いこと住んでいた部屋のようである。
 が……。

「何だこれは……」

 いちごは決して独り言の多い方ではない。だが小さく漏れてしまった。
 リクルートスーツのような服やコートなどは、まあいいとして…………どうしてスチュワーデスの制服とか婦警の制服とかあるんだ!
 普通の女はこんなもの持たんぞ! ……ってこれ看護婦の白衣じゃねーか! そのうえまたバニーかよ!
 ああっ! バレリーナのチュチュまである! しかもこっちは名前は知らないが、どこかのゲームキャラの衣装じゃないのか?
 俺はコスプレマニアかっ!?
「あっ! いちごじゃないか!」
 部屋の外で声がした。
「……そうだそうだいちごだ!」 「……帰ってきたんだ!」
 ちっ、見つかっちまったか。
「よ、よく帰ってきてくれた〜、いちご〜っ!」
 5号が駆け寄ってくる。こいつ……。
 何も無ければちょっとした “感動の再会” なのだが、いちごは眉間がぴくぴくしていた。
「……でもさあ、随分早かったな」
「ま、まあ、その……」
 次々に声が掛かる。
「で? どうだったんだ? モロッコは……」
「モロッコ?」
「え? 諦めて性転換手術受けにいったんだろ?」
「えっ!? 俺は新宿二丁目で働いてるって聞いたぞ」
「何ぃ!? 京都で舞妓をやって女らしいたしなみを身に付けるまで二年は帰らないってのはありゃ嘘か?」
 いちごの頬がぴくぴくとひきつる。
「ハンター組織の拡販でアフリカに行ったって聞いてたけど……」
「お、お前らなあ……」
「ま、とにかくだ」
 五号が胸を張って言った。
「この部屋最高だろ? 花嫁修業も終わったから帰ってきたってことだし」
 そして、ポン! といちごの肩を叩いた。


「で、帰ってきて草々五人ほど病院送りにしたと……」
「……はあ」
「しかも模様替えの終わった部屋に引き篭もりか。忙しいこった」
「まあ、戻ってきてくれたことですし……」
「そろそろあいつの給料から差し引いとけ。ウチも苦しいんだ」
「どこから部屋の模様替えの予算出たんですか?」


 ……そんなこんなで、またいつも通りのハンター稼業に戻ったいちごたちだった。
 ちなみに伊藤博士の発明が効いたのかどうかは、定かではない……