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ハンターシリーズ021『第四報告書』 作 ・真城 悠

ハンターシリーズ021
『第四報告書』

作・真城 悠

イラスト:岩澄さん (URL

 

『マイノリティ・リポート』上映記念。

当作品を、現実と非現実の境界を描き続けた、敬愛する作家フィリップ・キンドレッド・ディック氏に捧げます。

真城 悠



「…………で、結局どうなったんだって?」

 グラスを傾けながらその男は尋ねた。
「ああ……3号も駄目だった。あいつは二度と他人に触れない身体になっちまった」
「……どういうことだ?」
「言っても信じて貰えるか分からんが、……その “華代” と接触し、本人がめったやたらに発現させまくっている『他人を性転換させる』能力を使わせなかった――まではよかったんだが、今度は自分自身が『手を触れた人間を性転換させてしまう』能力を授かっちまったのさ……」
「ふ……」
 手にしたグラスを揺すり、カラカラと氷を鳴らすその男 ―― ハンター4号。「……確かに信じたくもないね」
「……だろ?」
「馬鹿馬鹿しい……うちの『組織』はそんな怪しげなことをやってたのか?」
「まあ……そういうことだ――」


「なあ、いちごさあ……」「……何だよ」

 事務室に来ていたいちごに、5号が話しかけた。
 いちご……というのは「ハンター1号」の愛称である。筋肉の塊のようだった大男も、今や「華代被害」の犠牲者――可愛らしい女子高生程度の少女として、それでもしぶとく活躍している。
「うちの組織、『4号』っていないよな。……やっぱ縁起とか気にしてるのかな」
「何だお前、そんな事も知らないのか?」
「無理もないわよいちごちゃん。この5号くんはまだ新米なんだし――」
 そう言ってフォローしてくれるのは、事務員の沢田さんである。
 「ハンター」組織のナンバリングは “固有名詞” ではない。代々受け継がれて行くものなのである。
「うちの組織は別に縁起なんて気にしねーよ。単に管轄が違うってだけだ」
「じゃあ……どこにいるんだ? おいらは会ったことがない」
「俺らは “華代” の専従班みたいなもんだけど、あっちは一般の情報工作員らしい」
「ふーん」
「……ま、俺たちには関係のない話さ」


「……という訳だ。ぜひ君に頼みたい」
「はあ……」
 地味な出で立ちのその男は、ボスの前でも特に緊張するでもなかった。
「失礼ですが――」
「何だ?」
「……本当なのですか? その……」
「“華代” のことか?」
 静かに頷く、「4号」。
「疑うのも無理はない…………『極秘』扱いだからな」
「確かに、聞いたことがありません」
「知っとるよ。うちが取っている予算分が問題になっていることもな――」
「はあ……」
「この後にレクチャーを受けて貰うが……手強い相手だぞ。“華代” は」
「ひとつだけ質問をさせてください」
「何だ」
「あの……局長も、その――」
「3号のことか?」
 先日、「自分に触れた男を漏れなく一時的に性転換させてしまう」という能力を得てしまった3号に、このボスもまた触れられていたのだった。
「まあその……の、ノーコメントだ……健闘を祈る」
「了解しました」
 敬礼する4号。警察組織にいた名残であろうか。
 そのポケットには、「ハンター」組織内で撮影された謎のブルマ美少女の写真があったりする……


 コンコン――と、事務室のドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
 沢田さんの返事に、ひとりの男が入ってきた。……特にこれといって特徴のない、その容姿。
 あわてて姿勢を正す5号。座っていた机から飛び降りるいちご。
「……お願いします」
 差し出された書類に、ざっと目を通す沢田さん。「はい……『4号』さんですね――」
 “噂をすれば影” だった。
「……あなたが、『1号』さんですか」
「はい」
 小さく答えるいちご。
 悪気はないのだろうが、「4号」は彼女の立ち姿を上から下までまじまじと見つめると、
「何でもこちらのグループでは、“華代” とかいう女の子に手を焼いているとか――」
「……!」
 一瞬、その場に緊張が走った。
「……ええ、まあ、そうですね」
「失礼ですが――」「はい、私は “そう” ですよ」
 機先を制するように、いちごは答えた。
「そう――ですか……」
 信じていない……というよりも、“呆れている” といった風。
 もうひとりの事務員、水野さんは、「何よこのぶしつけ男は?」 とばかりに嫌な顔をする。
「夢でも見たんじゃないか……とでも思ってます?」
 はっきりと言い切るいちご。ここは躊躇していても仕方がない――ということなのだろう。
「まあ……はっきり言えばそう思ってますね」
 遠慮のない言葉の応酬に、トゲトゲしい空気が充満する。
「いちご……3号呼んで来ようか?」
「……それで私を “女性” にしようとでも?」
 4号の台詞には、小馬鹿にしたような響きがある。5号の意図は明白だった。
「あなたがどう考えているか知りませんけど……請け負ったんですよね?」
 と、いちご。
「はい」
「……注意して当たった方がいいですよ」
「せいぜい気をつけます」
 沢田さんから事務印を貰った書類を受け取ると、4号はそのまま部屋を出ていった。
 しばし沈黙。
「何よあいつ……」「失礼な奴だな!」
「ふん……」
 憤慨する二人をよそに、ぽりぽりと頭を掻くいちご。
「いちご……どう思う? あいつのこと」
 4号とは初対面の5号が、その印象を尋ねる。
「あいつ ――って、4号のことか?」
「他に何がある」
「別に……俺たちゃ仲良しクラブじゃねーんだ。仕事ができさえすればいいんだよ」
「だって、それにしても――」
「そーよ! 華代ちゃんのことも全然知らないみたいじゃない!」
「それが狙いなんだろ」
「……ロクに知らないことが?」
「ああ」
「何のために? だってみんながあんなにがんばっても駄目なのに……」
 水野さんが必死のフォローを入れてくれる。
「だからさあ……『新鮮な感覚』ってやつを狙ったんだろ? ちょっと違うかも知れないけど、その分野について素人みたいなの人間が、斬新な意見を出したりすることもあるとか言うじゃないか」
「でも……華代ちゃんにそれが通じるかなあ?」
「俺の予想では、あれは公安警察か特殊部隊……さもなきゃフリーの特殊工作員の出向組だろうな――」
「……何それ?」
「うちの組織もヤキが回ったかな?」
「きっと上手く行かないね」
 5号が断言した。
「根拠は?」
 からかうように尋ねるいちご。
「嫌な奴だからだ」
「……根拠ねーな」
「きっと華代ちゃんはあーゆー面白みのない男は嫌いだよ。うん」
 そう言う5号は何度も “華代” とニアミスをしているくせに、不思議と「性転換現象」に巻き込まれない。
 先日の3号騒動の際も、一緒にあの飲み会に参加していたのに被害に遭っていないのだ。
「“上手く行かない” 程度なら、いいんだけどな……」
「それ以上悪いことが何かあるのか?」
「お前も最近の “華代” の行動論理、知ってるだろうが」
 また水野さんの机の脇に直接座るいちご。はしたないぞ!
「……話しかけ方が悪ければ、依頼者の所属するこの組織そのものを女子高にしちゃったりするかもしれんぜ……」
 まあ、俺は別にそれでもいいけどな――と付け加えて自分で自分のおっぱいを、わざともみもみする。
 笑えない “自虐” ギャグであった……


 4号は、手の中の機械をもてあそんでいた。
 やれやれ……これが “華代探知機” だと? まるで大掛かりな「冗談」に付き合わされている気分だ。
 4号は仕事柄、子供と接することがほとんどがない。私生活でも子宝に恵まれていないだけに、尚更である。
 話を聞く限りでは、“華代” の被害は甚大である。……しかも彼女を「消す」ことはできないという。
 どうも良く分からない。
 これまでの “説得工作” の事後報告を読んでいて、4号にはある不満をおぼえた。
 どうしてみんなこのガキにそんなに優しいのか。もっとビシビシ言ってやればいいではないか。
 それにしても……ごく最近の報告書を読む限り、少し気になる点があった。……もちろん、「華代被害」が現実にあるものだと仮定しての話だが。
 その少女は、「困っている」人の元に出現するという。
 しかし、前回の「3号」の事件では、「いかに華代に対処するか」と悩んでいる人間の元に現われている。
 自分に関する事件に現われるのは、妙な言い方だが、「越境行為」ではないだろうか?
 まあ、その後の対処は結局何も解決していないのだが。
 そもそも、“華代” の周囲で「一番困っている」人といえば、何といっても「彼女に性転換された人」に決まっている。
 何故その人々の前には出現しないのか?
 まあ、結局のところ、“華代” の行動を曲げることは出来ないということなんだろう。
 ……よく考えられた冗談だ。設定が細かいところでイマイチだが。
 アメリカの組織では、“新入り” に対してなされるジョークがかなり辛酸を極める。
 メジャーリーグに行った投手は、「新人の仕事だ」と言われて近所の銅像を全身青色のペンキで塗っていたところを警官に注意されたらしい。
 宿舎に帰ると全員に笑われたというのだが、ちょっとシャレがきつすぎる。
 もっと凄いのがあって、ロッカールームに帰ってみると着替えが隠されており、地元に帰るまでそこに残されていた服で女装したまま過ごさなくてはならない “儀式” もあったりするという。近所のファーストフードの女子店員の服とか、ヒドイのになるとドレスなんかの場合もあるという。
 ……まあ、その手の冗談だろう。
 4号はそう思った。


 ……ふと気が付いた。「いかんなあ……」

 周囲を見渡すと、雑踏があたりを支配している。
 意識が飛んでいたようだ。
 まわりを見回すと、さっきまでいた喫茶店のままである。
 疲れていたのだろうか。
 ともかくこの “華代” とやらをどうにかしなくてはなるまい。
 やれやれ、早く終わらせて帰りたいもんだ。

「おじさん!」

 突然声をかけられた。「……ん?」
 そちらを向くと、小学校低学年位の女の子が、テーブルをはさんだ反対側にちょこんと座っている。
「何かお悩み事はありませんか?」

 ……ほう、これか……

 ほんの少しだけ考え込んだが、4号は当初の予定通りに遂行することにした。「あー、……君が華代ちゃん?」
「はい、そうです!」
 初対面の人間にいきなり名指しされたであろうに、特に動揺する様子も見せない。
「はい、これ」
 少女は名刺を渡してきた。
「ふん……」
 手にとって見ると、そこには確かに、「ココロとカラダの悩み お受けいたします 真城 華代」とある。
「華代ちゃんねえ……単刀直入に言うけども――」
「はい?」
 ニコニコしながら対応してくる。
「こんな遊びは止めなさい」
「……?」
 実に堅物らしいものの言いようだった。まるで風俗で働く女子高生を諭しているおっさんみたいである。
「いや、だからお悩みを――」


「いい加減にしなさいっ!!」


 周囲が振り返るほどの大声だった。少女はその剣幕に、ビクっ! と身を縮める。
「……君が誰に頼まれてやっているのか知らんが、迷惑だ。すぐに止めなさい」
「だって……その――」
 少女の目に涙がたまってきている。
「ふん……しょせんガキだな」
 露骨に口に出していた。
 普通の大人なら、子供に目の前で泣き出されたらそれなりに動揺もするだろうが……子供嫌いの4号は、却ってイラつくのだ。
 4号は目の前の少女をにらみつけ、彼女の差し出した名刺を両の指でつまんだ。

「あっ!」

 悲鳴をあげる少女。
 名刺はその目の前で、びりびりと音を立てて引き裂かれた。
「あ……あ……」
 更に二つ折りにされ、これでもかとばかりに細かく破かれる。
「あ……」
 4号は手のひらを開いて、紙屑をパラパラとテーブルの上に撒いた。
「下らない遊びは止めて、さっさとおうちに帰りなさい」
 その言葉に少女はがっくりと肩を落とし、肩をプルプルと振るわせた。

「……ない……」

「ん? 何だって?」
「…………せない……ぶった……ね――」
 うつむいたまま、なにやらぶつぶつとつぶやいている。
 4号はそんな少女に向かって、吐き捨てるように言い放った。
「……いいから帰りたまえ。何だか知らないけど、もう終わりだ」
 あらゆる意味で彼女――華代にこれほどの仕打ちをした人間はそうはいないだろう。
 その時だった。
 ガバッ! と華代は一気に顔を上げた。
「破ったわね……許せない……」
 その目はランランと見開かれ、髪の毛が逆立ち始めていた。
 どこからともなくゴゴゴゴゴゴゴゴ……と不気味な音が、地響きのように響き渡る。
 な、何だ?
 さすがの4号もうろたえる。
 次の瞬間、華代の目から強烈な閃光が放たれ、周囲が真っ白に染まっていった。

「う……うわああああああっ!!??」

















 ……ふと気が付いた。「いかんなあ……」

 周囲を見渡すと、雑踏があたりを支配している。
 意識が飛んでいたようだ。
 まわりを見回すと、さっきまでいた教室のままである。
 疲れていたのだろうか。
 ともかく昨日の宿題をどうにかしなくてはなるまい。
 やれやれ、早く終わらせて帰りたいもんだ。

「よっこ!」

 突然声を掛けられた。「……ん?」
 そちらを向くと、女子高生位の女の子が、机をはさんだ反対側にちょこんと座っている。
「何かお悩み事はありませんか?」

 ……何のことだろう……?

 ほんの少しだけ考え込んだが、彼女はいつもの通りに笑みを浮かべた。「あー、……ひとみちゃん?」
「あんたはいつも宿題忘れるんだから……今日は大丈夫なの?」
「あ……ごめ〜ん、また忘れちゃった」
 我に返った彼女は、可愛らしく舌を出した。「う〜ん……でも何か変な感じがするわ」
「どんな?」
「夢見たのよね……」
「どんなよ?」
「……何かその……あたしが秘密機関の工作員で、聞いたこともない任務を任されるの――」
「何よそれ?」
 相手の女子高生は笑い出す。
 そうだ、そんなことがあるはずがない。あたしは生まれた時から女子高生だ。
 ……それにしても、随分現実感のある夢だったな。
 彼女は眠っている間に乱れたスカートを直し、ノートを借りて宿題を写し始めた。
 すぐに午後の授業時間がやってくる。

「教科書を開いて……」

 その日の授業は漢文だった。
「今日はこれをやるぞー。……教科書44ページ、『胡蝶の夢』――」

















「なあ、いちごさあ……」「……何だよ」

 事務室に来ていたいちごに、5号が話しかけた。
 いちご……というのは「ハンター1号」の愛称である。筋肉の塊のようだった大男も、今や「華代被害」の犠牲者――可愛らしい女子高生程度の少女として、それでもしぶとく活躍している。
「うちの組織、『4号』っていないよな。……やっぱ縁起とか気にしてるのかな」
「何だお前、そんな事も知らないのか?」
「無理もないわよいちごちゃん。この5号くんはまだ新米なんだし――」
 そう言ってフォローしてくれるのは、事務員の沢田さんである。
 「ハンター」組織のナンバリングは “固有名詞” ではない。代々受け継がれて行くものなのである。
「うちの組織は特に縁起を気にするのさ。“4号” ってのは欠番なんだよ。……ほら、歯医者とかでもよく “4番” だけなかったりするだろ? あれと同じさ」
「じゃあ……そうか」
「俺らは “華代” の専従班みたいなもんだけど、一般の情報工作部門みたいなのもあることはあるらしい。でも “4号” なんてコードネームは存在しないのさ」
「ふーん」
「……ま、俺たちには関係のない話さ」
「でもなあ……なんかひっかかるんだよなあ――」
「何だよ?」
「最近4号の話を聞いた気がするんだけど……気のせいかなあ」
「気のせいだよ気のせい――」



















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