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ハンターシリーズ20『第三の刺客』 作・真城 悠

ハンターシリーズ20
『第三の刺客』

作・真城 悠

イラスト:やまおさん
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 スライドが終わる。
「と、まあこの通り6号も犠牲になってしまった」
 ざわざわとする会場内。
「華代による被害は我が組織においても拡大する一方だ」
 ボスの表情が険しくなる。
「2号に至っては“寿退職”しおった・・・」


 くすくすと失笑が漏れる。
「おい!そこの馬鹿!笑ってるんじゃねえ!」
 すぐに静まり返る。
 こんな学級崩壊みたいな組織で大丈夫なのだろうか。
「・・・1号はどうした」
「いやあの・・・何だか部屋に閉じこもってるみたいで」
「ああ・・・もういい。放っておけ」


「ボス」
 と、手を上げる人物がいる。
「おお!3号!」
「私におまかせ下さい」
 ふたたびざわつく周囲。

「これまでの1号や2号の様なやりかたでは駄目です。何より“資格”がありません」
 なかなか不敵な言い草である。
「た、確かに・・・」
「私なら華代被害に遭っても全く問題ありません」
 何と言う自信だろうか。
「何しろ・・・生まれつき女ですから」
 髪をかきあげるハンター3号。
 美貌の刺客だった。




 肩で風を切って颯爽と廊下を歩いているハンター3号。
 「ハンター」組織で、事務員では無くエージェントで女性というのは珍しい。だが、彼女もまた選び抜かれた精鋭の1人なのだ。


 と、あるドアの前に小柄な少女が立っているでは無いか。
「あーら、1号。・・・じゃなくって今は“いちごちゃん”だったかしら」
 きっ!と厳しい目を向ける少女。
 そう、この少女はかつては屈強な大男だったのだが、「華代」と接触したことで性転換され、この様な姿になってしまったのである。
 実はこれまで華代被害にあったエージェントは歴代何人もいる。
 だが、そのまま働きつづけている例は珍しい。
「ふん・・・相変わらずだな3号」


「可愛らしい声だこと。今度一緒に下着でも選びに行きましょうか?」
 実はこの2人は犬猿の仲だったのだ。今は変わり果てたいちごこと元・1号の方が分が悪そうだ。
「立候補したそうだな」
「引きこもり娘でもそれくらいは知ってるみたいね」
 何かというと「女」であることを台詞に混ぜてくる。なかなか痛ぶってくれるじゃないか、といちごは思った。
「せいぜい頑張るんだな」

「とか言いつつ実は華代を応援してるんじゃないの?」
「何だと?」
「あんたにとっちゃ不倶戴天の敵だもんね。何しろK-1チャンピオンみたいだったあんたを小娘にした張本人だもの」
「だから何だ」
「分かってるクセに・・・あたしが華代の無害化に成功すればあんたは一生そのままかも知れないのよ。それに・・・」
「それに・・・何だ?」
「自らの手で仇を取りたいでしょ?」
「下らん」
「ま、そういうことにしといてあげるわ」
 いちごの脇を通り抜ける3号。
「忠告しておいてやる」
「・・・」
 そのまま歩みを進める3号。
「あいつを侮るな」
 返事は無かった。
「・・・優しい事・・・1号」
 3号以外には聞こえなかった。


「と、いう訳であんたにも協力して欲しいのよ」
「はあ・・・」
 5号と一緒にコーヒーを飲んでいる3号。
「今度と言う今度はあの華代を無効化してみせるわ」
「何か勝算でも?」
「・・・」
 黙ってコーヒーをかき混ぜる3号。

「引き受けてもらったのはいいが・・・分かってるよな」
「何をです?」
「とぼけるな。華代被害は元々女性だった人間もしょっちゅう巻き込まれてるんだ」
「まあ・・・」
「華代が言ってみれば“遠隔操作”が出来るのはもう良く知られている。決して「その場にいなければいい」というものではない」
「私もエージェントです。手に入る限りの報告書は熟読しています」
「最初から失敗する積りで任務に挑む者はいないと思うが・・・覚悟は出来ているのか?」
「はい」
「・・・そこまで言うのならこちらとしても言う事は無い・・・健闘を祈るぞ」
 ボスは立ち上がって窓の外を見た。

「あんたさあ・・・」
 馴れ馴れしく話し掛けてくる3号。
「何です?」
 ケーキを頬張りながら言う5号。・・・中々甘党らしい。
「考えた事無い?」
「何をです?」
「ウチの組織ってさあ、華代を『無害化する』って言い方をするでしょ?」
「・・・そうですね」
 今度はミルフィーユに手を付けている。
「ねえ・・・あたしの話ちゃんと聞いてる?」
「聞いてますよ・・・はい」
 ごくりと飲み込む。
「3号さん・・・」
「な、何よ?」
「アップルパイも追加していいですか?」
「・・・いいけど・・・」
 こいつは何なんだ?まあ、これから協力して貰おうと言うのだからそう邪険に扱う訳にもいかないのだが。



「普通に考えれば華代の被害は甚大だわ。性別が変わっちゃえば命に別状は無いとは言っても・・・明らかに人生は狂っちゃう「ハンター科学班」の中間報告を読んだけど、被害者のその後の事まで考えて変身させている場合もあるけど、そうでない場合もある。中にはわざと困らせるためにやってるんじゃないかと思われる場合すらあるわ」
「そうなんですか・・・」
 相変わらず上の空で目の前の菓子をぱくつく5号。
「場所変えようか」
 立ち上がる3号。

「どこに行くんです?」
 こうして一緒に歩くと5号は意外に背が高い。まあ、どうでもいいことだが。
「あんたさあ、不思議に思ったこと無い?」
「何をです?」
「うちの組織の華代に対する対処法よ」
「ああ、後始末をして回ってるっていう・・・」
「そうそうされよ。どうして事後処理しかしないのかとか考えたこと無い?」
「・・・そう言えば・・・」
 2人は移動しながら話していた。
 信号で立ち止まる。
「臭い物は元から絶て!よ。華代を何とかしちゃえばそれでいいと思わない?」
「まあ・・・だからいちごちゃんとか6号達が頑張ったわけでしょ?」
「・・・あんた“いちごちゃん”って何の違和感も無く言うのね・・・」
「え?そうですか?照れるなあ」
 長生きしそうな奴である。
「生ぬるいのよ」
「はあ・・・」
「いっそ、華代を亡き者にすればいいの」
「どういう意味です?」
「あの世に行ってもらうのよ」
「それってまさか・・・」
「そう・・・殺すってこと」

 急ブレーキを上げて巨大なダンプカーがそばを通り過ぎる。
「そりゃまた・・・物騒ですね」
 5号が肩をすくめた。
「意外に冷静ね」
「まあ・・・」
 どうにも張り合いが無い反応である。掴み所の無い奴だ。
「じゃあ逆に聞くけど、殺しちゃえば全て解決すると思わない?」
「華代ちゃんをですか?」
「そうよ」
「・・・言われてみれば確かに・・・」
「被害が小さな規模で済んでいればいいんだろうけど、これは由々しき問題だわ。これまでそういう提案が出なかった方が不思議よ」
 3号は得意げである。
「調べたわよあたし」
「調べた?」
「ええ」
「何を?華代ちゃんについてですか?」
「それは大前提ね。その先よ。どうしてこれまで華代を抹殺することが計画されなかったのかってこと」
「・・・聞きたいですね」
 にやりとした。

「高そうなレンタカーですね」
「まあ、組織の経費だし」
 あちこち触っている5号。子供みたいな奴だ。
「ちょっと話が長くなるけどいい?」
「構いませんよ」
 エンジンをスタートさせる。
 口ぶりとは裏腹になかなか話し始めない。
「基本的な問題を出すわね」
「はあ」
「日本で最も古い文字資料は?」
「へ?何ですかそれ?」
「古事記ね」
 答えを聞かずに続ける3号。
「マハバーラタとラーマーヤナは知ってる?」
「あの・・・何が言いたいんです?」
「インドの古文書にはどう読んでも核兵器を使用した風にしか読めない記述があるのね」
 突拍子も無い事を言い出す。
「他にも北欧神話の描く“世界の終わり”は核の冬(ニュークリア・ウィンター)に非常によく似てるの。グラハム・ハンコックじゃないけど、そうした“偶然の一致”ってのは世界中によくあるのよ」
「はあ・・・」
「日本書紀の次に書かれたのは?」
「万葉集?」
「惜しい。正解は「風土記(ふどき)」ね。これは各地の風俗の報告書なんだけど、当然あちこちの記述をまとめたものなんで版によってばらつきが激しいし、削除改訂されたと思われる部分も沢山あるの」
「・・・!」
 何か思いついた様子の5号。
「・・・まさか・・・」
「・・・そう。出てくるのよ。華代が」

「そんな馬鹿な」
 5号は苦笑した。
「明確に書いてある訳じゃないからね。でもまあ、間違い無いと思うわ」
「僕も学校で習いましたけど・・・本当なんですか?」
「風土記だけじゃないわよ。あたしの考えでは世界中に似たような話はあるわね。神話、伝承なんかに登場する性転換話はみんなこれね」
「・・・はあ」
 流石にうがちすぎ、と5号も思ったらしい。
「アメリカにも出現報告があるからね」
「あ、それは聞いたことがあります」
「中には明確に自己紹介した場合もあるらしいし」
 それは不思議ではあった。年端も行かない少女の行動範囲では無い。まあ、男を女に、女を男にしてしまう能力をしょっちゅう発現しているのである。この程度で不思議がっているのでは、ゴジラ映画の中で怪獣の存在を主張して学会を追われる様なものだろう。
「確実に名乗っているものだけ考えても、楽に10年は遡れるわ」
「そうだったんですか・・・」
「何よあんた・・・読んだこと無いの?」
「ええ。英語の報告書までは・・・」
「大学出てるんでしょ?センター試験に英語はあったでしょうに」
「はあ・・・」
「まあいいわ。ともかくこれだけでも華代の正体は不明と言うしかないわ」
「成長して無い・・・」
「ええ」
 急ブレーキを踏んだ。

 本当によく食う男である。
 目の前に並べられている皿を見て3号は思った。
 ま、とにかく華代を無力化するしか無いのである。
 5号は今はトイレに行っている。
 あんなに食えばそりゃ近くもなるだろう。

「でも・・・殺せないんじゃないですか?それなら」
「そこがつけ目でね」
 得意げに言う3号。
「“殺す”とは言う物の、多分死なないわ」
「はあ・・・」
「あちこちに出現している華代が同一人物だとも思えないしね。まあ、報告をそのまま信じればだけども」
「・・・で?」
「“で”?ってのは?」
「だからどうするんです?」
「精神的に殺すわ」

 2号の“最後の”報告を読むと、華代の精神構造は見た目の精神年齢と変わらないらしい。気まぐれで勘違いが多い。人の話を余り聞いていない。
 華代の最大の問題は、物事の優先順位の基準がデタラメなことだ。これは「第1次ハンター科学班」が解析した通りである。現在は第二次が存在している・・・らしいが、一般職員には詳しいことはそれほど伝わっていない。
 ・・・実は3号とてそこまでの勝算がある訳でもない。
 だが、注目したのは華代に直接自分のやっていることを理解させようとした事例が殆ど無いということである。
 何しろ“華代”という怪物の存在自体が殆ど知られていないのである。それも無理も無いことだった。
 2号の事例は確かに痛ましい。
 だが、一回やって駄目だったからと言ってそれが100%駄目ということにはなるまい。
 そもそも説得し様とした「女」はまだいないのである。
 きっと女として人生の先輩として雑談、世間話には持っていけるのではないか・・・。
 非常にフィーリングというか、行き当たりばったりに見える。
 だが、3号はこれまでこれで成功してきたのである。
 しかも・・・あの「5号」は別名「ラッキー・ボーイ」と呼ばれているほどの強運の持ち主だと言うではないか。
 そう、言ってみれば5号を「盾」に使おうというのである。
 さて、どうやってそれを説得し様か・・・。
 トイレから戻ってくる5号よりも先にそれを思いつかなくてはならない。
「あ、どーもお待たせしました」
 3号は、口に含んでいた紅茶を鼻から噴出しそうになった。
「こんにちは!お姉さん」
「あ、この子にハンカチ借りちゃいました。あはは」
 そこには小学校低学年位のかわいい女の子がいた。

「あ、あああ・・・」
 咄嗟に言葉が浮かんで来ない。
 こ、この・・・桁違いの馬鹿が・・・!
 怒鳴り散らしたいところだが、目の前にその華代がいるんではそれもままならない。本人を目の前に作戦会議も何も無いだろう。
 いっそこの場で・・・。
 3号の指先が動いた。
 いや、駄目だ。やはりそんなことは出来ない。
「お姉さん、何か困ったことはありませんか?」
 無茶苦茶困ってるわよ!
「そ、そうねえ・・・あはは・・・」
「お嬢ちゃん、何でも言いなよ。お兄ちゃんがおごってあげる」
「あ、有難うございます、あ、そうそうこれ」
 そごそごをポシェットを探っている華代。
 その間隙を縫って5号を睨みつける3号。
 ところがその視線に対して、無邪気に「?」と首を傾げる5号。
 ・・・ひょっとしてこいつ・・・気付いてないの?
 相棒を間違えた・・・激しく後悔する3号だった。
 くっ!2号は直接禁止行為として性転換を禁じた。それなら・・・身の上相談を装って間接的に禁止してやる!
 ・・・待てよ・・・。
 そうだ!
 3号の背筋に電流が走った。
「はいこれ」
 出た。これが噂の・・・
「へえ、名刺かあ」
 そうである。あの噂の名刺が登場したのだ。
「あ、ありがと」
 引きつった表情で受け取る3号。
 実はもう受け取るだけで危険なのだが、こうなりゃヤケである。
「あの・・・ご注文は・・・」
 ウェイターがやってくる。
「えーとね、何にする?」
 能天気なやり取りが続いているが、この時点でもう警報は最高レベルで鳴らされていていいのだ。ウェイターのあんた!わが身可愛かったらすぐに逃げなさい!ウェイトレスになりたいの!
 と、いいつつも3号は自らの妙案にほくそえんでいた。

「あ、あのさあ華代ちゃん」
「はい!」
 元気良く答える少女。
「えっ!?君華代ちゃんって言うんだ!?」
 この馬鹿!今ごろ気が付いたのか!
「偶然だねえ。お兄さんたちが探している女の子も華代ちゃんって言うんだよ」
 テーブルごとひっくり返してずっこけそうになった。
 5号・・・あんたハンターがどうこう言う以前に知能テストを受けたほうがいいよ・・・。
 3号が5号の方を向いて唇でサインを送る。
“余計な事は言うな”という意味である。
 とにかくここは何とかしなくてはなるまい。
 流石の5号もこのサインには気が付いたらしい。余計なことは言わなくなる。
「華代ちゃんってセールスレディなのよね」
「はい!そうです。あ、グレープフルーツジュースで」
 注文も忘れない。ちゃっかりした子だ。
「はい」
 そう言って去るウェイター。
「じゃあ、お姉さんのお悩みを聞いてくれるかしら」
「お安い御用ですぅ!」
 む・・・確かにちょっと可愛いかも知れない。これなら油断してぺらぺら喋ってしまう人間が後を絶たないのも分かる。だが、こちとらプロである。
「実はねえ・・・とある女の子の話なの」
 5号がギョッ!という表情になる。
“黙れ”というサインを繰り返す3号。
「はい・・・女の子ですね」
 真剣な表情になる華代。
「その子は・・・自分は善意の積りなんだろうけど、あることで非常に周囲に迷惑を掛けてるのよ」
「ふむふむ」
 頷いている華代。
 いいわ・・・話を聞いている。
 2号の失敗は依頼した後で禁止事項を発表したことだ。つまり依頼そのもので自らの能力を封印してもらうのである。
 アラジンの魔法のランプで「願い事の数を増やせ」と願うのと同じで、論理の穴・盲点を衝いたこれまでにない発想である。
「そこで・・・是非やめて欲しいのよ」


 3号はいきなり核心を衝いた。
「それは・・・何を止めるんですか?」
 成功である。華代は基本的に相手のお願いをそれほど詳しく聞き返したりしない。ある程度の情報が入った時点で勝手に判断してしまうのである。
 それがこれだけこちらに情報を求めてくる。
 これはもう成功したような物だ。
「つまりね・・・相手の願いを適えるという名目で性転換させたりしないで欲しいの」
 5号が息を呑む。
 分かっている。
 確かにここでそこまでの用語を発するのはリスクが大きすぎる。
 だが、ここで下手に回避しても仕方が無いだろう。
「・・・それが望みなの?」
 何とも言えない声色だった。
「ええ。そうよ」
 少々可哀想な気がしたが、彼女に性転換された被害者のことを思えば仕方が無い。
「お姉さんも・・・そうなの?」
「あたしが?」
「はい」
 これはどっちの意味で言っているのだろう。
 私も性転換を行使するのは辞めて欲しいと願っているという意味だろうか?
「そうね・・・辞めて欲しいわ」
「じゃあ・・・どうやって悩みを解決したら・・・」
「それは・・・考えるのね。少なくとも相談してきた人を直接性転換させるよりもよっぽどいい方法があるはずよ」
 がたん、と椅子から降りる華代。
「華代・・・ちゃん?」
「分かりました」
 観念した様に見えた。
 ぽん、と3号に触る。
「別の方法にします」
「それがいいわ」
 頷く3号。
「あの・・・ジュースご馳走になって良いですか?」
「払っとくわ」
「じゃあ・・・」
 頭を下げて去って行く華代。
「あ、あの・・・」
 テーブルの下で5号の脚を蹴る3号。
 姿が見えなくなる。
 うずくまる3号。その方がぴくぴく震えている。
「あ、あの・・・」
 すぐに勝利の高笑いが店中にこだました。
「やった・・・やったわ・・・」
 喜悦に満たされた表情だった。
「5号・・・みんな呼んで」
「はあ・・・」
「祝杯よ。今日はあたしのおごりだから。パアっと行きましょう」
 にやりと笑った。

「カンパーイ!」
 大きな声が上がる居酒屋。
「やったなあ」
「おめでとう」
「いやー、それほどでもあるけどねえ」
 既に赤ら顔になっている3号。
「それにしても凄いよなあ。今まで誰も成し遂げられなかった華代の無効化に成功したんだから」
「そうそう。一体どうやったんだよ」
「まあ、そうねえ・・・その内報告書にしてまとめるけどさあ・・・」
 冷静さを失わないキャラの3号だったが、今日ばかりはかなり酔っていい気分になっているみたいだ。
 祝宴に加わっている物の、隅のほうでちびちびやっている5号。
「よっ」
 声が掛けられた。
「あ、いちご・・・」
 「いちご」こと「半田 苺」だった。
 魅力的なこの思春期の少女は、かつての「ハンター1号」が華代被害にあったなれの果てなのだった。
 もっとも、その愛らしさで組織のマスコットの様に扱われていたのだが・・・。
 ぺたん、と座り込むいちご。
 いちごはいつもと同じ普段着だった。
 少年と変わらないそのスタイルが、却って少女の魅力を凝縮して発散しているのに本人は気付いているのか・・・。
「聞いたよ。華代を無効化したんだって?」
「まあ・・・そうだけど」
「何だよ?念願かなったんじゃねえか。何落ち込んでやがる」
 その返事を聞く前だった。
「あーら“いちごちゃん”じゃないの」
 宴の参加者の面々が一斉にはやし立てる。
「あなたが男になったり女になったりしてる内にあたしはやったわよ!ははは・・・」
 積年のライバルに対しての勝利宣言だった。
「らしいな。おめでとう」
「強がっちゃってもお」
「別に。素直に祝福してる」
「いいのかな〜?」
 どうも「からみ酒」らしい。
 そばにやってきてがばり!と肩を抱く。
 女同士なので問題無い・・・のだろう。
「いちごちゃん・・・もうこの可愛らしい姿から二度と元に戻れないかも知れないのよ〜」
「あい!3号!」
 珍しく5号の声が怒気を孕む。
「いいから」
 制止するいちご。
 そして冷静に3号を押しのける。
「俺は任務があるから帰る。お前らの顔見にきただけだ」
 立ち上がって靴を履いている。・・・どこから見ても女の子だなあ・・・。
「“負けました”っていいなさいよ〜」
 “やれやれ”とばかりに首を振るいちご。
「酔っ払いに構ってる暇はねえや。ま、素直に勝利の美酒に酔え」
「言われなくてもそうするわ!」
 また祝宴に戻って行く3号。
 だが、この後阿鼻叫喚の地獄絵図が展開することになろうとは、誰が予想できただろうか・・・。

「ふ・・・やったわ・・・」
 まだまだ独り言の止まない3号だった。
 周囲ではそろそろ組織とも華代とも全く関係の無い大人の雑談が展開されている。
「それにしても華代の無力化に成功したってことはウチの組織はどうなるのかなあ」
 とあるエージェントが言う。
「な〜に言ってんのよ!」
 3号がからむ。
「そうならない為に事業拡張してきたんでしょ?!」
 何だかちょっと大きくなったゲーム会社がトチ狂ってしいたけの栽培を始めるみたいな話である。
「そうそう!それこそ居酒屋でも始めればいいのさ」
 いかにも酒宴らしくすぐに混ぜっ返すのがいる。
「いいわねえ」
「俺が経営者だったら店員は全員可愛い女の子にするね」
「だったらお前なんか真っ先にクビじゃねーか」
 げらげら笑い声が起こる。
「その時は華代ちゃんに女の子の店員にでもしてもらうのね」
 ぽん、とそのエージェントの肩を叩く3号。
「ま、今となってはそれも無理なんだけどな」
 爆笑する一団。
 全くしょーがない酔っ払い集団である。
「ん?お前どうしたんだ?」
「何が?」
「髪が伸びてるぞ」
「何をまさか」
「酔っ払いすぎだよ」
「でも・・・胸も・・・」
「え?・・・」
 ・・・確かにおかしかった。
 エージェントが見る見る女性化し始めたのだ!
「あああっ!?こ、これは・・・」
 そうこう言う内にもそのエージェントのお尻がぐんぐん膨らみ、脚が内股になっていくではないか!
 周囲が騒然とする。
「おい!探知機!」
 流石はエージェント集団である。すぐに「華代探知機」を取り出す。
「そんな!だってちゃんと説得したのよ!」
 半狂乱で叫ぶ3号。
「反応しない!」
「ええっ!?」
「周囲に華代はいないんだ!」
「で、でも・・・だって・・・」
「いやああっ!だ、誰か・・・・助け・・・て・・・」
 顔の骨格まですっかり女性のものになったエージェントは、その服が居酒屋の店員のミニスカートになり、エプロンまでが施される。
「ああっ!」
 そこには“可愛い女の子”の“居酒屋の店員”がいたのだった。

 はあはあと肩で息をしながら3号はその場に倒れこんでいた。
「あ、おい!どうしたんだ!?」
 そこは組織「ハンター」本部内だった。
 命からがらたどり着いたのが傍目にも明らかだった。
「分からない・・・分からないわ・・・」
 その目はうつろだった。
「お前らって・・・飲みに行ってたんだよな?」
 立ち上がろうとした3号がバランスを崩す。
 思わず抱きしめてしまうその職員。
 その瞬間“ぼん!”と言う音がする。
「ああっ!」
 そこには長い髪にふくよかなボディを実らせた女性がいたのだ。

「何だか騒がしいな」
 そう思って自室のドアを開けて廊下に出る。
「いちごちゃあ〜ん」
 3号がよろよろと歩いてくる。
 廊下のあちこちから黄色い悲鳴が上がっている。
「・・・何事だ?」
「あんた・・・最初はメイドちゃんだったのよね・・・メイドちゃんにな〜れ!」
 ぽん、と肩を叩く。
「・・・?何のつもりだ?酔いすぎだぞ」
「・・・ふーん、女には効き目ないんだ」
「何の話だよ」
「おい!」
 そこにエージェントの1人がやってくる。
「組織中大混乱になってるぞ!一体どうなってるんだ?」
「あら、お久しぶり。あんたレースクイーンが好きって言ってたわよねえ」
「おい3号!しっかりしろよ!」
 3号の両肩をがっしりと掴んだ。
 その瞬間“ぼん!”という音と共に、そこにはハイレグもまぶしいレースクイーンがいたのだった。
「あああっ!?な、何だこれはぁ!?」
 何時の間にか出現した“傘”を背後に取り落とし、慣れないハイヒールでよろめく哀れな性転換者。
 いちごはそれをぽかーんと見つめるだけだった・・・。


「で・・・?結局どうなったんだ?」
「組織の人間で3号に直接触れたのは男子職員の1/4に昇ります。・・・勿論全員が性転換してしまいました」
「お前もその1人という訳か」
「はあ・・・まあ・・・」
 そこには淡いピンク色の白衣の上から紺色のカーディガンを羽織った可愛らしい看護婦さんがいた・・・。
「結局華代の説得には成功したのかしないのか?」
「どうもその・・・3号は“触れた男を女にする”能力が付与されてしまったみたいでして・・・」
「結局華代が新しい能力を発動させただけってことか・・・」
「みたいですね」
「本体の方はどうなってる?」
「“本体”と申しますと?」
「華代だ!華代本人に決まってるだろうが!」
「はあ・・・実はまた出現報告がありまして・・・」
「いいから言え」
「ラグビー選手と話して、股間を痛打した痛みに耐えかねてるところを女に・・・」
 ボスの身体がぷるぷると振るえている。
「れ、レベルも変わっとらんじゃないか!」
「はあ・・・」
「まあ、幸い3号の能力は時限性みたいで・・・今では多くの職員が元に戻っていますから」
「確実に戻れる保証はあるんだろうな」
「そりゃ・・・保証は分かりませんけど・・・」
 そこには眉間に皺をよせて難しい顔をしている・・・どう見ても女子中学生位の体操服にブルマ姿の・・・かつての「ボス」がいた。
 看護婦と体操服の組み合わせは・・・何だか分からなかった。
「結局今回も駄目だったってことか・・・」
 立ち上がるブルマ。
 すたすた窓のほうに歩いて行き、外を眺める。
「華代・・・みていろよ・・・次こそは・・・」
 ボスは可愛かった。



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