「華代ちゃんシリーズ」


 あたしは「ハンター」。コードネーム「3号」で呼ばれている。

 不思議な能力で “依頼人” を性転換しまくる恐怖の存在、「真城華代」の哀れな犠牲者を元に戻す仕事をしているの。

 あたしたちの組織の最終的な目標は、「真城華代」を無害化することなんだけど……とある事件――というか「華代被害」に巻き込まれた今のあたしは、「触った男を一時的に女性に変えてしまう」という、ありがたくもない特殊能力の持ち主になってしまった。

 華代の後始末の傍ら、なんとか元に戻る手段も模索している。

 さて、今回のミッションは……













ハンターシリーズ23『さんごさん奮戦記(笑)』 作・真城 悠

ハンターシリーズ23

『さんごさん奮戦記(笑)』

作:真城 悠

イラスト:麻希乃さん (URL

 ※ この作品については特に「いちごちゃんシリーズ」を読破した上に、ハンターシリーズ20「第三の刺客」まで読んでおくことをオススメいたします(^^
 



―― そのいち 「さんごさん、困る」 ――


 こっち、だな……。

 今日は「華代」は現れていないらしい。
 だが、ウチの組織は最近ヒマらしく、色々便利屋的に仕事を増やしている。
 全く……人類にとって貴重な人材であるところの我々「ハンター」に、近所のお使いみたいなことをさせてどうしようというのか。
 だがそこは、一応政府にも組み込まれた秘密組織である。
 そのエージェントである「3号」は、職業柄身についた “カン” で、その場の不穏な雰囲気を感じ取っていた。


「……ん? 何だ、お前は!?」

 部室の扉を開けると、暗闇の中、屈強な男たちが集団で蠢いていた。
「……あんたたちが、最近評判のラグビー部ね――」「あんだとぉ?」
 男たちの一人が凄んだ。岩のような筋肉の持ち主だ。
 だが彼女――ハンター3号は、そいつを無視して部屋の奥へ声をかけた。「……いるんでしょ? ……早く出てらっしゃい」
 その言葉に反応して、一人の女の子が泣きながら飛び出してきた。
 あわてて追いかけようとする男たちの前に3号が立ち塞がる。

「おいねえちゃん! 邪魔すんじゃねえよっ!」
「やめときな。こちとら人助けも仕事のうちでね……」

 某大学のラグビー部……名門であることを鼻にかけ、OBに政界の大物が多数いるのをいいことに、目をつけた女子大生を部室に連れ込んではイメクラまがいの行為を強要していたらしい。
 格好よく見栄を切る3号に、指をポキポキとならして迫るラグビー部員たち。女一人だと思って、ナメてかかっているようだ。
「……あんたたち、目一杯後悔するわよ」
 これでもエージェントである。格闘技はお手のものだ。力任せの素人など、ものの数ではない。
 そして、それに加えて今の3号には、まさしく “最強の武器” があった。
 襟元につかみかかってきたゴツイ腕を、ぽん――と軽く押さえる。
 それだけで充分だった。
 次の瞬間、筋肉の固まりだったそのラグビー部員は……………………髪の長い気弱そうな女子高生に変わった。

「んふふふ……学生時代を思い出すわね〜♪」

 唖然とする周囲を見回し、勝ち誇ったように胸をそらす3号。
 ほどなくして、部室の中に黄色い悲鳴がこだました……


「……で、また家出したと」
「はあ……例によってまた、『探さないでください』という置き手紙がありまして……」
「今回のはどういうことだ?」
「それがその……実は3号、女子高出身なんですけど――」
「それと何の関係があるんだ?」
「その……くだんのラグビー部員たちをセーラー服の女の子にした上に、後輩の女の子にやってたみたいに、『おっぱいもみもみお尻なでなで脇の下こちょこちょ攻撃』でひ〜ひ〜言わせたらしいんですよ……」
「…………ま、まあ、そんなもんだろう――」
「そしたらその連中、それが病み付きになっちゃったらしくて……」
「…………」
「『またやってくれえ〜』って、3号のことストーカーみたいに追いかけまわすようになっちゃったんですよ――」
「…………」
「今もそいつら、建物の前にいますよ」
「思いっきり組織のことバレてるじゃないか…………いいから3号探して連れてこい。身体計測だ」



―― そのに 「さんごさん大迷惑」 ――


「どうしてあたしだけ最後なのよ……」「うるせえ、お前が遅いからだろうが」

 目の前にいる無闇に若い小娘は、「いちご」の愛称で呼ばれているかつての「ハンター1号」である。
 今は女子高生くらいの女の子に姿を変えられてしまっているのだが……まあ、お互い「華代」被害者というわけだ。
 ミッションで外出気味だった3号は、組織の身体測定に大幅に遅刻することになってしまった。
 それだけならともかく……最悪なことに、とっくに事務職員の身体測定は終わっていて、今はこのいちごと自分しか女子は残っていなかった。
「全く……このついたての向こうに男どもが裸でいると思うと――」
「俺はいいのかよ?」
 丸っきり男言葉なのが、却って可愛いいちごだった。
「あら、いいに決まってるじゃん」
「――先に行くぜ」


 すぐに彼女の番が回ってきた。
 身長、体重、胸囲、座高などなどを順調に測っていく。
 そして、目の前には組織の指定医がいた。
「はい、じゃあ前を開けて――」
 初老と言ってもいいその男は、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけ、聴診器を取り上げていた。
「まあ……いいですけど、慎重によろしく」
「あ、ああ」
 3号は医師に触らないよう手を背中に回して、胸を突き出す。
 だが、その胸に聴診器が当てられた次の瞬間――

「ぬおおおおおっ、わ・・・わしの身体があああああああああああああ・・・・・・あ、ああ〜んっ♪♪」

 ……当然ながら、目の前の椅子に座っていたのは若い看護婦だった。


「……で、また家出したと」
「はあ、それがその……目の前で3号の能力に気がついたエージェントやら一般職員たちが、『俺にも触ってくれ』と押しかけまして――」
「で……このデータは何だ?」
「いや、それは……身体測定の――」
「なんで男子職員の平均が89、58、90とかになってんだ!?」
「それはその、みんな女になっちゃってたもので……」
「身体測定の意味がないだろうが! そのまま測ってんじゃないっ! ……アホかお前らは」
「いやその……スケジュールの関係で――」
「……いいから3号探してこいっ。どーせまたその辺にいるだろ――」



―― そのさん 「さんごさん間違う」 ――


 ふう……。

 3号は一人寂しくグラスを傾けていた。
 なんて因果な体質だろう……と思う。
 「華代被害」に遭った男どもは、大抵みんな女になってしまっている。生まれつき女である3号に、その衝撃を実感するのは難しいが……それはそれで大変なことに違いない。
 それに比べたら、自分はまだマシな方だろう。男になってしまったわけでもなく、元々女なので “女になってしまう” 恐怖とも無縁である。
 だが、それにしても寂しく思うことはある。
 何しろ、この因果な体質のお陰で、まともに男性と交際出来そうにないからである。
 ……それはそうだ。触るだけで男性が女性になってしまうのである。キスの一つもすればいきなり「女同士」だ。
 それ以上の関係に発展するべくもない。
 これはある意味、女にされてしまった男連中よりもたちが悪いかもしれない。
 向こうは性転換してしまったとはいえ、永続的に特異体質である訳ではない。只の女であるだけだ。
 環境に順応さえ出来れば、そこには女としての幸せが待っている…………かもしれない。
 実際、先代のハンター2号は女として結婚し、今は幸せに暮らしているというではないか。


 ふう……。

 また溜め息が漏れた。
 しかしまあ、くよくよ悩んでも仕方がない。
 幸い、あたしに触れられて女になっても、一昼夜もすれば元に戻れるのだ。致命的という訳ではない。
 日常生活で、いい年をした大人はそれほど身体を接触させたりはしない。……まあ何とかなるだろう。

 ……とは言うものの、悩みは幾らでも湧いてくる。
 最初は女にして貰って面白がっていた周囲の人間だが、ほとんどが “女になる” ことにすぐ飽きてしまう。「もうたくさんだ」と言うことなのだろう。
 中には周囲の人間と軋轢でもこしらえたのか、翌日には青い顔になっているのまでいたりする。
 うーん、女も悪くないんだけどな――
 さもなければ、女にして貰うのにハマってしつこく言い寄ってくるおかしなのばかりだ。
 結局、覚悟なく性転換されては適わないということなのだろう。今では廊下で会ってもほとんどの男がよけて通る。こちらも無差別に襲う(?)訳にもいかないので、どうしても気を遣ってしまう。
 そんな生活が始まって少し経ってきた。
 とにかく今は、何とか再び「華代」にめぐり会って、この因果な体質を元に戻して貰うしかない。
 帰るか……。
 やけ酒気味だったが、気を取り直した3号は立ち上がった。
 だがその時だった。

「あっ!」

 飲み過ぎたのか、足元がぐらっとふらついた。
 地面が目の前に迫ってくる。
 思わず目をつぶる。

 ……!? 「……大丈夫ですか?」

 3号の身体が、がしっと力強く受け止められた。
 親切にも、助けてくれた男性がいるらしい。……だが、きっとこの瞬間には女に変わってしまっているに違いない。
 しかも組織外の、一般人の男性に触ってしまった! どう謝っていいやら想像もつかない。
 3号は混乱した。
 胸元に二つの膨らみがぐぐぐっ……と迫り出し――
 そして背丈と肩幅が、ぎゅぎゅっ……と縮んでいく。
 髪の毛がさらさらと腰のあたりまで伸び、腰がくびれ、腕や脚が細くしなやかになっていく。
 男物のワイシャツとズボンがブラウスとスカートに変わって、中の下着もブラジャーとショーツになって、もちろんその中身も…………あ、あれれ??

「……!!??」

 その人の姿は全く変わらなかった。
 姿勢を立て直す3号。呆然となる。
「あ、あの……」
 何と言っていいか分からない。確かに自分は触っているはずなのに、目の前のハンサムは丸っきり性転換する気配も見せないのである。
「良かったら、僕と飲みなおしませんか?」
 とろけそうな笑顔だった。

 そうか! この人、あたしの能力に対して “耐性” があるんだ!

 ぱあっ――と、目の前が晴れ渡ったような気がした……




















「だからどうして行方不明になってるんだ」
「はあ、それがその……」
「理想の相手を見つけたんじゃないのか?」
「どうもその……その方は男装してた女性だったらしくて――」
「…………まあ、確かにそれじゃ性転換せんわな……」
「それでまた、『探さないでください』と……」
「いいから探してこい。……近所の仮装大会で出動要請だ」
「……何でも屋ですかうちの組織は――」