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ハンターシリーズ35
『ななちゃんレポート「体育大会」』

作・てぃーえむ

イラスト:高野透(旧名:ムクゲ)さん

 

 三町対抗体育大会。
 それは文字通り、三つの町が沽券をかけて争う戦の場である。
 会場は、五万もの観客を収容できるビックなドームだ。
 グラウンドでは選手達が全力でぶつかり合い、観客席では、応援団が声を張り上げていた。

 そんな熱いドームのVIP席に、一つの人影があった。
 年の頃なら二十歳過ぎ。鋭い顔立ちで、かなりのハンサム。しかし、瞳のない銀色の右目が違和感を発していた。
 七瀬銀河。秘密組織『ハンター』のエージェントであり、普段は七号と呼ばれている。
 ちなみに彼は今、仕事の最中という訳ではない。単に、体育大会に出場している同僚の写真を撮るために、最も見晴らしが良いVIP席にやって来ただけだ。

 そのVIP席には、彼以外は誰もいない。そもそも立ち入りは禁止され、扉には鍵がかかっているはずだったが、優秀なエージェントである彼にとっては障害になり得ない。 
 彼は、望遠レンズを同僚に向けてシャッターを切りまくった。

 途中、見知らぬ可愛い女の子や、組織のアイドルであるいちごを撮っているのは、当然である。もちろんこれは後で売りさばくのだ。間違っても写真を懐に入れたりはしない。万が一、妻にばれたら、殺られるからだ。

 と、彼は気配を感じた。誰かが近付いてくる。この部屋に入るつもりらしい。
 彼はとっさに身を隠した。

 数秒後、かかっていた鍵があっけなく外され、誰かが入室してきた。
 七瀬は銀の瞳が持つ力で、侵入者を視た。

「!?」  
 彼は驚いた。侵入者は知った人間だった。
 浅葱千景。組織のボスがどこからか連れてきた探偵少女で、今は『ハンター本部』に居候している。お嬢様みたいな容姿に違わずおっとりとしている彼女だが、銃を持つと性格が変わる。いや、豹変する。しかも普段から銃を携帯しているので、お嬢様バージョンの彼女に会うことは滅多に無い。今回はコートを着ておらず(つまり銃を携帯しておらず)、代わりにやけにごつい双眼鏡を肩に提げている。
 彼女は、向こうからは決して見える筈の無いこちらに、まっすぐ目を向けた。
「ごきげんよう。そんなところで何してるんです、ななちゃん」
 気配を断っているはずなのに、バレバレだ。
 彼女の能力、『感知』である。なぜ探偵にそんな能力が備わっているのかは分からない。
 七瀬は苦笑しながら姿を現した。
「あー、その。ななちゃんはやめてくれないかな」
「でも、そう呼ぶように言われていますし」
「・・・ボスだな」
「はい」
 千景はにっこりと微笑んだ後、七瀬の顔を見て小首をかしげた。
 七瀬はすぐ、理由に思い至った。
 目だ。普段はコンタクトレンズで隠している右目を視たのだ。
 失態だ。
「これはその・・・」
「ああ、なるほど」
 何かいい訳じみたことを言おうとしたが、それは千景の言葉で遮られた。
「水晶眼ですね」
「は?」
 七瀬は、何を言われたのか分からなかった。しかし、千景は言葉を続ける。
「やっぱりあれですか。その中にはウルトプライドが入ってるんですか?」
「いや、そんなのは」
「じゃあ、イシュカルリシア?」
「・・・・・・。よく分からないけど、これは、違うよ」
 首を振って否定する。
「これは、なんていうのかな。見えないはずのモノが見える、目なんだ」
「千里眼の類ですか」
「そうだね。でも・・・あまり驚かないんだね」
「そこまで驚くことですか?」

 千景は、また小首をかしげてみせた。
「魔眼の類って、特殊能力の類でもポピュラーな方でしょう。私だって、そういった目を持ってますし」
「そ、そうなの?」
 あっさりと言われて、七瀬は気が抜けた。もっと怖がられると思っていた・・・・・・。
「はい。あ、やっぱりここはいいですね。思った通り全部見渡せます」
 七瀬の心中などお構いなしに、千景は窓までやって来ると、双眼鏡を構えた。
「・・・・・・そうだね」
 怖がられることを恐れていた自分が馬鹿みたいだ。
 七瀬は肩をすくめると、カメラを構えなおした。 

 さて、グラウンドの片隅にて。
 見た目十七、八の美少女が柔軟体操を行っていた。
 長くつややかな髪をポニーテールに束ね、細身の肢体をスパッツとランニングシャツで包み込み、これが実に似合っている。
 半田いちご。秘密組織『ハンター』のエージェントでありアイドルでもある。
 他のエージェント同様、この体育大会に出場しているのだ。
「ううぅ」 
 いちごのそばには、美少女、いや美幼女が、恥ずかしげにたたずんでいる。
 なぜか黒いうさ耳とうさしっぽを付けていて、服装はブルマと体操着だった。ちなみにブルマの色は赤だ。
 半田りく。どう見ても小学生だが組織のエージェントだ。
「おいおい。今からそんなんじゃあ、話にならないぞ」
「だって! これ恥ずかしすぎるぞ!」
「そりゃ、気持ちは分かるがな。嫌なら、断れば良かったじゃないか」
「きっぱり断った! だけどな、安土の奴がブルマを無理矢理・・・・・・」 
「じゃあ、がまんしろ」
 先ほどから外見にはそぐわない、荒々しい言葉使いが続いているがさもありなん、二人は元・中年男性だ。 
「くううう」
 りくは、顔を赤らめたままうめいた。


「ふふ。りく先輩。いい表情です」
「確かにそうですね」
 七瀬のつぶやきに、千景は肯定した。
「ところでその双眼鏡。ただの双眼鏡じゃないみたいだけど」
「とっても高機能なデジカメ付きです。ちなみに倍率は十から百までです」
「ははあ。それで、どうするのかな? やっぱり売りさばくとか」
「いえ、情報収集です」
 断言したが、あまり信憑性がなかった。
「あら?」
 突然、千景は声を漏らした。
「そんな!?」
 あから様に動揺しながら、一点を見つめている。
「どうした・・・・・・。ん? あれは!!」
 七瀬も、千景が見つめている人物を見つけて声を上げる。
「真城華代!?」

「どうしたの、りくちゃん?」
 いきなり声をかけられて、りくは振り返った。
「か、華代ちゃん!」
 りくは驚愕した。いちごも固まった。
 歩く自然災害である彼女がなぜここに?
 いや、彼女に理屈を求めてはいけない。理不尽の代名詞、それが華代だ。
「なんか、ブルマが恥ずかしいって・・・・・・」
「いやいやいや、何でもないんだ」
「そう。今のところ華代ちゃんに頼るほどの事は無いんだ」
 いちごとりくは慌てて手を振って、そう言った。
 華代は当然、話を聞かなかった。
「またまたあ。遠慮しなくてもいいよ。りくちゃんは恥ずかしがり屋だね。でも大丈夫、あたしに任せて! あ、これ名刺ね」
「やめれええええ!」
 さりげなく名刺を手渡されてしまったいちごとりくは、もう、叫ぶことしかできなかった。

「やばい!」
 七瀬は叫ぶと、きびすを返した。
 隣の千景も同じくだ。
 二人は並んで部屋を飛び出ると、全力疾走した。
 押し寄せる力を背に感じながら、非常ドアを開き、外に出る。
「た、助かった、か?」
 いきも切れ切れに七瀬はつぶやいた。
「・・・ふう。大丈夫なようです」
 座り込んだ千景がそう答えた。
「それはよかった・・・・・・。って、あれ、君、華代ちゃんの事知ってたの?」
 七瀬はふと、千景の態度に疑問を感じた。真城華代の情報は極秘扱いされていて、組織内でも一握りの人間しか知らないはずだが。 
「知ってますよ。だから私は居候してるんです。それより、中、覗いてみませんか?」
「あ、うん」
 先行する千景を追い、ドームへ戻る。
 で、そこで見た物は。
 無数のブルマ少女だった。
 しかも集団ヒステリーを起こしているらしい。なんだか、物凄いとしか言いようがない光景だった。
「・・・・・・。ここ、何人ぐらい入ってたっけ?」
「大体、五万人ですね」
 ハンターが遭遇した『華代被害』の中では、間違いなくトップの被害者数である。
「これを戻すのか・・・・・・」
 姿を変えられた人たちを元に戻す。それは七瀬達エージェントの仕事の一つである。
 しかしエージェントの数は少なく、今回の被害者はあまりにも多い。
「一人当たり何千人だ・・・・・・?」 
 七瀬はため息をついて、応援を呼ぶために携帯電話を取り出した。
  
「あー・・・。うー」
 ブルマ姿になったいちごは、訳の分からないうめきを漏らした。
 体をほぐしていた選手の皆様も、観客席にいた人たちも、審判も、もれなくブルマ少女だ。
「これなら恥ずかしくないでしょ」
「・・・・・・。そうだね」
「喜んでもらってうれしいよ! それじゃあ、あたし、仕事があるからもう行くね!」
「うん。ばいばい」
 りくは機械的に手を振り、華代は満面の笑みを浮かべて虚空に消えた。  
「えー・・・、その。華代ちゃん・・・・・・話はちゃんと聞こうね・・・・・・」
 そんないちごのつぶやきは、恐慌をきたしているブルマ少女達の叫びにかき消されてしまった。
 

 かくして、三町対抗体育大会は狂乱の内に幕を閉じた。
 組織は総力をあげて四万六千三十二人を元に戻し、残り四千三十一人の戸籍を改ざんした。 
 すべてが終わった後、組織は一時的に活動停止状態に陥った。エージェントのほとんどが過労で倒れたためである。
「ふう。全く大変だったよ。それにしても静かだね」
 がらんとした食堂で、七瀬は向かいに座っている千景に肩をすくめて見せた。
 テーブルには体育大会で撮った写真がずらりと並んでいた。半分は七瀬が、もう半分は千景が撮ったモノである。
 七瀬は内心でほくそ笑んだ。思いがけないトラブルがあったおかげで、なかなか面白い写真がそろっている。これなら高値で売れるだろう。妻へのプレゼントも良い物が買えるだろう。ついでに組織は休みも同然だから、安心して妻の待つ家へ戻れる。
「まあ、みんな倒れてますから。おじ様なんて胃潰瘍で入院してますし。あ、ななちゃんもあわ雪たべます?」
 千景は小皿に乗っかった、豆腐みたいに真っ白な和菓子を切り分けて、口に放り込んだ。
「いや、遠慮しとく・・・・・・てか、僕は七号です」 
「相変わらず、無糖派ですね・・・・・・こんなにおいしいのに」
 千景はそう言いながらも、幸せそうに頬を緩ませてお茶をすすった。ここまでやられると、本当においしいのではないかと思えてくる。
 いやいや、今はそんなことはどうでもいい。 
「それじゃあ、トレードといこうか」
 七瀬は笑みを浮かべると、交渉を開始した。



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