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ハンターシリーズ34
『いちごちゃんレポート「秋祭り」』

作・てぃーえむ

イラスト:わたなべ紅茶さん

 

 秋。それは読書の季節であり、食欲の季節であり、運動の季節である。
 ついでに、祭りの季節でもある。
 ハンター本部の近くの町でもそれは例外ではなく、毎年恒例秋祭りが開催されている。御輿を担いだ男が飾られた町を練り歩き、公園には屋台が建ち並ぶ。
 そんな賑やかな町の中、ハンター達は活動していた。

 たとえば、三号は迷子のアナウンスをしている。
 六号は浴衣を着て月見団子を配っている。
 七号はフランクフルトの屋台で客の相手と言いながら、妻と愛を語らっている。
 他のハンターも御輿を担いだり、掃除係をしていたりと、大忙しだ。出不精で、しかもハンター職員ではない千景ですら、右手にデジタルビデオ、左手にリンゴ飴を持って、ゆったりと歩きまわっている。この町の広報誌『月刊たそがれ』とハンター組織の広報誌『月刊ハンターの友』に載せる絵を撮っているのだ。
 では、いちごはと言うと、蕎麦屋のイベントを手伝っていた。
 具体的には、蕎麦打ちのお披露目である。
「いいか、いくぞ!」
 はちまきをし、はっぴを着込んだいちごは、集まった親御さんや子供達に宣言すると、驚くべき早さで蕎麦を練り始めた。見事な菊練りである。
 続いて打ち粉を打った板の上で、ほどよく練られた蕎麦を麺棒で挽きのばし、それを折りたたんで出際良く切った。
 すととととん。
「おおー」
 鮮やかな手前に観衆がざわめく。
 いちごは蕎麦を湯がき、氷水で蕎麦に付いた打ち粉を洗い、あらかじめ用意してあったつゆ入りカップの中に放り込んだ。
「へいおまち!」
 いちごは観衆に蕎麦を振る舞った。
「ああ、いちごちゃんの手打ちだあ」
「俺も蕎麦になって打たれてえ」
「う、うめえぞおい」
「へくしゅん!」
「ほわっ、鼻から」
「わ、わさびが!」
「わーん、つゆがこぼれたよう」
 まさに好評。いちごはにこにこ笑顔で頷いた。
 この日のために一週間前から特訓していた甲斐があった。努力が報われた瞬間だ。
「いちごさん」
「ん?」
 突然声をかけられて振り向くと、蕎麦屋のせがれが微笑みを浮かべて立っていた。
 背が高くスタイルもいい、誰もが認めるハンサムボーイだ。
 しかも、優しく気さくな性格で、蕎麦に打ち込む姿がとっても凛々しい。いちごもその点に好感を持っていた。ちなみに大学生だそうだ。
「ああ、寛人さん。見てください」
 いちごは弾んだ声で、蕎麦を食べる観衆を示した。手料理を振る舞う幸せをかみしめているのだ。
「うん、大盛況だね。ありがとう、いちごさんのおかげだ。この蕎麦もおいしいし」
「はは、寛人さんにはかないませんよ」
 などと言うが、内心は褒められてうれしかった。
 それからいちごは彼と仲良く蕎麦打ちをし、時に、たわいのない話をした。
 しばらくして、寛人がぽつりと言った。
「ほんと、いちごさんって、いいですね」

「はい?」
 いちごは小首をかしげて見せた。その様子に寛人は顔を赤くする。
「その、一週間ずっと見てきたんですけど。元気だし、やさしいし。何より、ええと、蕎麦を打っている時の顔が魅力的です」 
「え。えええ?」
 突然の台詞。
 それが意味することを悟り、いちごも『いちご』の名に恥じないほど顔を赤くした。
(こ、これは!? 寛人さんが・・・俺に? そんなまさか? いやしかしこの展開は・・・あれに違いない! ああ、そんないきなり困る俺は男だ、でも今は女か、うーんだけど、寛人さんは優しいし格好いいし、この人なら・・・・・・って何考えてる、俺!?) と、こんないちごの胸中などお構いなしに、寛人は言葉を紡いでいく。
「これまでいろんな女性を見てきたけれど・・・いちごさんが、一番です。僕と・・・僕と!」
「そこまでェ!!!」
 寛人の告白を、突如、男の叫びが遮った。
 屋台の影から現れたその男は、いちごのよく知る人物だった。
「ご、五号!?」
「いかにも」
 五号は、重々しく頷いた。
「な、なんなんだ君は!?」 
 寛人の問いかけに五号は応じる。
「なんなんだ君はと聞かれたら、答えてあげるが(中略)おいらはハンター五号! 誰よりもいちごを愛する者だ!!」
「おまっ、何言って!」
 大胆な発言に、いちごは慌てて周りを見渡した。そして仰天する。
 いつの間にやら、ギャラリーが集まってきている。
 しかしそんなものどこ吹く風、寛人は五号を真っ向から睨み付けた。
「なにを! それは僕の台詞だぞ!」
「ふん。あんな腑抜けな蕎麦しか打てない男が、言いよるわ」
「ぼ、僕の蕎麦を侮辱するか!?」
「そうだ。あの蕎麦、蕎麦の実こそ良い物を使っているようだが、挽き方がまるでなっていない。蕎麦は香りが命だ。そしてそれは挽き方次第で生き死にする。お前のそば粉には命が無い! それに練りも今ひとつだ!!」
 五号は指を突きつけた。
 寛人は、憤怒に頬を引きつらす。
「なん・・・・・・だと? こもっている。こもっているぞ! 僕の蕎麦には命がある! そう、僕はいちごさんへの思いを込めて臼を回している。蕎麦を練っている! それが僕の蕎麦に命を与えているんだ!!」
「思い? 笑わせる。お前程度の思いでは蕎麦の香りは現れない。だいたい、おいらのいちごへの思いに比べたら、貴様のそれなど高級羽毛布団のような物だ」
「あり得ない!」
 ある意味褒め文句だったが、寛人は即座に否定した。これは純粋に重みの問題だからだ。
「ならば問う。お前はいちごが元男だったとしたらどうする? すぐに逃げ去るのだろう? だがおいらは違う。何故なら、おいらはいちごを愛しているからだ!!」
「!?」 
 五号の衝撃の告白が、いちごの胸にしみいる。

「五号・・・・・・お前。そこまで俺を?」
 寛人を見ると、彼は拳を振るわせていた。
「いちごさんが男だと? それがどうした!! 僕はいちごさんの心にひかれたんだ! 性別など関係ない・・・・・・関係ないんだ! 僕はいちごさんのために蕎麦を打つと決心した!!」
「ひ、寛人さん・・・!」
 いちごは彼の言葉を受けて、不覚にも涙が出た。 
「思いの深さを知らず、ただ、僕の『蕎麦』と『心』を貶す卑怯者め! 僕と勝負をしろ!! 貴様に、いちごさんへの愛を、見せつける!!!」
 寛人は咆哮した。それは衝撃となって五号を打ち抜いた!
「ぐおっ!」
 五号は数歩後退したが、瞳に宿る力はむしろ力を増した。
「いいだろう! 戦って・・・・・・、おいらのいちごへ対する愛の重さを、お前に知らしめる!!」
 激しく断言し、それにより発生したオーラを寛人にたたき付ける!
「むううう!」
 寛人はのけぞったが、すぐに体制を整えた。無論、気迫は衰えることがない。
「では行くぞ! まずは粉ひきからだ!!」
「おう!!」
 二人は、イベント用に用意してあった臼に向かって走り出した。
 いちごは、男、いやむしろ漢の熱き魂に触れて、感じ入った。
(ああ、なんてことだ。つまりこれは、俺を取り合っているのか? こんな、元々男の俺なんかを? それを知りながら、取り合うのか?)
 二人の男がいちごを手にするために戦う。
 そんな現実を目の前に、いちごの中で、罪悪感と優越感がせめぎ合った。
 そして。
(・・・・・・これは、駄目だ! よく分からないがこんなの駄目なんだ!! 俺はあの二人が争う姿を見たくない!!) 
「お願い止めてぇ!!!」
 気が付いたら、いちごは体を縮め、小さくいやいやをして叫んでいた。涙まであふれている。 
『!!?』
 いちごの叫びが、今まさに味バトルへ突入しようとしていた五号と寛人の動きを止める。
 沈黙が、この場を支配した。
「気持ちは伝わったから。だから、争わないで・・・・・・」
 いちごはうつむき、何度も首を振った。
「あの・・・いちごさん」
 寛人が、おずおずと声をかけた。
 いちごが顔を上げると、五号もまた、ばつの悪そうにあさっての方を向いている。
 何かを言うべきだ。
 いちごは何の根拠もなくそう思うと、口を開いて・・・・・・視界の隅にある物を見た。「?」
 そちらの方を向いてみると、ギャラリーに紛れて千景が立っていた。綿菓子を食べながら、デジタルビデオを作動している。リンゴ飴は食べ終えたらしいが、それはどうでもよかった。
「!?」
 千景はいちごの視線に気が付くと、綿菓子で「続けて良いですよ」と示した。そして、
「ニヤリ」
「・・・・・・」
 撮られた。一部始終。
 ではついでに聞いてみようか。あのデジタルビデオは何のため?
 答え 広報誌に載せるため。
 いちごはがたがたと震えながら、つい先ほどの言動を思い出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ!」
 一時凍結。
 十三秒後再起動。
「ぇ。おおおおおお!!!?」
 思い出し、完了。つづいて、ブースト・オン。ブーストポット作動。エンジン臨界点まで、カウントスタート。
「ちかげええええええ、そいつをよこせええええ!!!!」
 いちごは頭からブハーッと湯気を噴き出しながら、デジタルビデオを構えている千景に向かって、残像を残すほどの早さで突進した。   
 しかし、千景は慌てずに、
「い・や・です♪」
 普段の仏頂面とは正反対な、涼やかな笑顔でそう言うと、きびすを返して逃げていった。
 当然、いちごは追いかける。
 それをきっかけとし、イベントは終わりだと言わんばかりに、ギャラリーは去っていく。
 後には、事態に付いていけなかった五号と寛人だけが残った。  


「ボス。彼女の引きこもり、今日で四日目ですけど、どうしたのでしょうね・・・」
「それか。まあ、気持ちは分からんでもないが」
「何か知ってるんですか?」
「実は千景曰く、ごにょごにょごにょ」
「・・・五号って、蕎麦打てたのですか?」
「さあな。ていうか、つっこむところはそこか? どちらにせよ、寛人さんとやらは諦めていないらしい。いちごめ、罪な女だ」
「ご、ご苦労なことですね」
「ああ。それよりいい加減いちごを引っ張り出してこい。『第二十八回三町対抗体育会』の準備が大詰めを迎えている。手伝いが必要だ。かく言う私も今日、『今年の大会ルールに関する最終協議』に参加せねばならない。三町長の意見が見事に食い違っていてな。難航しそうだよ」
「・・・・・・。うちって、いつからイベント企画会社になったんです?」



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