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ハンターシリーズ185
『騒乱の慰安旅行』

作・makikakudayama

 

 ハンター本部から数台のマイクロバスが列を成しながら出て来る。これよりハンターの保養所である「雪華荘」に向かうのである。そう、一週間延期された慰安旅行の始まりである。

 ハンター本部にも数台ものマイクロバスが有る訳では無く、バスの半分はバス会社からチャーターした物である。
 バスの車列の中で先頭を走る1号車には、ボスやいちご等の主立ったハンター達が乗車していた。

 「やっと始まったな。」

 1号車の中で前の方の座席に座るいちごが呟いた。

 「しっかし、1週間延期に成ったのは華代被害のせいだから仕方無いとしても、日付がずれたのにキャンセル料として80%を徴収するって言うのは酷いよな。ボスの考えそうな事だけど……あのけちけち大王め。」

 慰安旅行はいちごの言う様に当初の予定より1週間遅れの今日から始まったのである。準備の為の先遣隊として当初予定日の1週間前から雪華荘に入り、用意に当たっていた43号が、ハンターの宿敵、歩く自然災害こと真城 華代に遭遇してしまい、あろうことか雪女にさせられ、ショックのあまり倒れた為に1週間延期となったのである。

 (詳しくは、ハンターシリーズ184話『困惑の雪山』を御覧下さい。)

 いちごは事前に慰安旅行には申し込んでいたが、当初出発予定日の1週間後である今日は別の予定が有った為、本当は慰安旅行をキャンセルしたかったのであるが、旅行代の80%というキャンセル料はさすがに勿体無いと思い、結局こちらに参加したのである。その為、キャンセル料を決めたボスを先程の様に、少々怨んでいるのである。

 この慰安旅行はハンター組織の慰安旅行であるが、ハンターや職員達だけではなく、その家族達等も同伴可能なのである。
 実際、7号は奥さんの七瀬 紫鶴を、黄路 疾風は妹の黄路 美風を、(元)2号は夫と3人の子供達を連れて来ている。まあ、(元)2号の夫も(元)ハンターなのではあるが。
 また、家族ではないが37号は付き人の瀬場 虎を連れて来ている。37号曰く「身の回りの世話をする者がいない等有り得ぬ。」とのことである。

 因みに一応一人暮らしのいちごは、一人での参加である。ひめは赤ん坊なので、慣れない雪山に連れてくるべきではないと考え、今回の慰安旅行には不参加の職員に預け、面倒を御願いしたのである。

 「まあ、7号も奥さんが一緒にいる以上、滅多な事は出来無いな。」

 いちごが呟く。

 「皆さ〜ん。いよいよ始まりましたね。」

 そうこうしている内に、運転席の後ろに座っていた人物が立ち上がり通路に出て来て、高く澄んだ声で喋り出す。
 其の姿は、雪の様な白肌と白髪を持った、スリムながらも巨乳な、白地に水色の模様の描かれた和服を着た、見た目女子高生位に見える美人の雪女の様であった。そう、誰あろう先週華代ちゃんに雪女にさせられてしまった、この慰安旅行の立役者43号である。頭にはバスガイドが被る帽子を被り、ある意味破壊力抜群の格好である。

 「これより、2泊3日の雪花荘慰安旅行の始まりです。案内役は本慰安旅行の先遣隊を仕りました、ハンター43号、半田 白美が務めさせて頂きます。」

 和服バスガイド姿の43号が明るく楽しげに案内を始める。

 「白美…って呼ぶのも何だけど43号、みんなも事情は知っているし、このバスには俺の様に同類も多いのだから、無理しなくても良いんだぞ。」

 いちごが43号の事を気遣う。

 「いえ、明るくしていないと心が折れてしまいそうなので……。」

 43号が悲痛な本音を漏らし、車内がどんよりとした空気に包まれる。

 「こらこら、始まりから暗くなってどうすんの。」

 「白美ちゃんその和服バスガイドとっても似合ってるよ。」

 と、いつも通り、明るく無責任な水野&沢田の事務員コンビから突っ込みが入る。

 「……そうですね。それでは、改めて本慰安旅行の日程説明を始めたいと思います。」

 43号が無理に気を取り直して説明を再開する。



 車内各所では43号の日程説明をながらで聞きつつ、おしゃべりが始まる。

 「ようやく始まったな。」

 「翠碧の名探偵」こと浅葱 千景が楽しそうに呟く。

 「ええ、そうね。」

 ハンター97号こと影鳥 空奈が気怠そうに返す。

 「私は空奈、君や疾風と一緒に慰安旅行に来れてとても嬉しいぞ。」

 と、千景が空奈の方を向きながら答える。

 「全て貴様のせいだがな。」

 「白銀の風」こと黄路 疾風が千景を、恨めしそうに眺めながら語る。

 「自分の参加申し込み書を出す際に、俺達に何の断りも無く、俺と空奈の分の参加申し込み書も捏造して、一緒に提出してくれたからな、お前が!。」

 疾風が少々語気を強める。そうなのだ、空奈と疾風はこの慰安旅行には参加するつもりは無かったのだが、千景が空奈と疾風の分の参加申し込み書も捏造して自分の分と一緒に提出した為に、やむを得ず参加する事となったのである。疾風達は、ボスには自分達の参加申し込み書は千景が捏造したものであると訴えたが、聞き入れて貰えず、キャンセル料の徴収は不可避と言われたので、いちご同様、しぶしぶこの慰安旅行に参加したのである。

 「しかも、こっそり美風にまでこの慰安旅行の事を知らせて、参加させるとは、一体お前の思考はどう成っているんだ。」

 更に、疾風が憤る。

 「あら、私は兄さ…疾風ちゃんと久し振りに一緒に旅行に行けて、嬉しいですよ。教えてくれて有り難う御座います、千景さん。」

 黄路 美風が頬笑みながら語る。

 疾風は少し顔を赤くしながら、まだぷりぷり怒っている。

 千景も美風と同様に頬笑んでいる。

 「はあ……寒そうね、鬱だわ。」

 と、空奈は溜息を付く。内心では少し楽しみにしているのではあるが、内緒である。



 「何とか始まったみたいだね。」

 車内の別の場所では、「普通の人」ことハンター23号、二岡 光吉がしゃべり出す。

 「そうっすね。ここみたいに、行き先もちゃんと曇ってくれると良いんすけど。」

 と答えるのは、霧奏エミルネーゼ。

 「一応スキー旅行だから晴れた方が良いんじゃ……。」

 と返した23号に対して、

 「何言ってんの、それじゃあ私達が滑れないじゃん。」

 と突っ込んだのは、紅舞リシェリアリエス。

 「雪山のスキー旅行、そうだ、二岡さん、着るとすぐに雪だるまに成れるダウンジャケットを前に発明したんですけど、着てみないですか?。」

 全く以て用途不明の物を23号に勧めるのは、月編シチリ。

 「え、遠慮しておくよ…。」

 シチリの発明品では一度ならず大変な目に合っている23号は即座に遠慮する。

 「ふわーー、眠いですわ…。」

 と眠そうに呟くのは、夢織フェルミラータ。

 そう、魔界の重鎮である最源四姫の4人全員がこの慰安旅行に参加するのである。そして、4人とも23号の席の近くの席に座っているのである。

 「へえー、二岡君って、人気者なのね。」

 と涼やかに、そして冷たく刺す様に話すのは、23号の隣りの席に座る、綾瀬 凛。情報課長であり、23号の幼馴染である。

 「そ、そんな事無いから…。」

 綾瀬課長の語気から冷たいものを感じ、慌てて返答をする23号であった。



 後ろの方の席から、誰からか23号に向かって、

 「リア充は雪に埋まれ。」

 という黒いものを含んだ言葉が投げ掛けられていたのは、本人には秘密である。



 「スキー旅行、楽しみ。早く着っかないかなあ。」

 と、子供の様にはしゃぐのは、ハンター11号、飯田 あんずである。

 「あんず、はしゃぎ過ぎると雪花荘に着く前に、疲れちゃうよ。」

 とたしなめるのは、いちごとそっくりの容姿をしているハンター15号、半田 ヒイツ。

 「あんず、ヒイツ、お菓子持って来たんだけど、どう?。」

 と言いながら、リュックをがさがさ探るのは、ハンター28号、半田 双葉。

 「ありがとう。」

 と礼を言うあんず。

 「まずは、チョコをどうぞ。」

 とリュックから板チョコを3つ取り出し、あんずとヒイツにも1個ずつ渡す双葉。ただし、その大きさは算盤かと突っ込みたく成る様な大きさであった。

 「何、この大きさ…。」

 呆れるヒイツ。

 「そうだね。もう少し大きいのにしようかと思ったんだけど、リュックに入らないと悪いから、この大きさにしたんだ。小さかった?。」

 明後日な返答をする双葉。

 「あはは、あんたらしいわ…。」

 苦笑いするあんずとヒイツであった。



 バスの前方では43号が一通りの日程説明を終えた所であった。

 とここでいちごから質問が、

 「おい、43号。何であいつらが参加してるんだよ。」

 と言いながら、車内の一箇所を指差すいちご、指差された先では、

 「早く着かないかなあ、バス旅行楽しみだね。里華ちゃん。」

 「スキーも温泉も有って、みいーも楽しみなのですー。誘ってくれてありがとうなのですー。」

 と凄い存在達が楽しげに会話しているのであった。

 どうやら前に、ハンター本部内に貼ってあった「慰安旅行参加者募集」の貼り紙を見たらしく、いつの間にか参加者名簿に名前が記載されていたのである。

 「私に彼女達に、参加不可を言い渡す勇気が有れば、私もこの様な身に成らなかったのかも、しれませんけどもね。」

 溜息を付く43号。

 「そうだな。済まん。」

 謝るいちご。

 こんな風に賑やかに慰安旅行は進行するのであった。



 ほぼ世界一の長さの陸上トンネルを越えるとそこは雪国であった。今年は20年に一度の少雪の年であり、例年に比べると雪はずっと少ないのであるが、気温や湿度から、寒さや冬の雰囲気が漂って来るのが車内からでも感じられる。

 バスは観光地として有名な町のインターを降りると、賑わう町から離れ、山道をずんずん上って行く。町から大分離れたなと思い始めた頃に、雪花荘が見えてくる。

 周りの山々は雪がかなり薄かったり、剥げていたりするのに、雪花荘の有る所だけは十分に雪が積っており、これなら存分にスキーが滑れそうである。

 「1週間前に来た時は全然だったのに、十分積ってるじゃないか。頑張ったな、43号。」

 43号を褒めるいちご。

 「はい、ボスの命で叩き起され、実証実験をさせられましたから…。」

 と、43号は座席に座るボスを恨めしそうに見詰める。

 「43号、良い仕事してるな。ナイス!。」

 そう語り、親指を立てるボス。

 いちごと43号は首を振るのであった。



 雪花荘にバスの車列が到着すると、各々自分の荷物をバスから降ろし、雪花荘の中に入って行く。そして、43号から渡された部屋割り表を見ながら自分の部屋に向かうのであった。ちなみに、部屋は事前の希望に応じ、1人部屋から4人部屋までの中から、割り振られているのである。

 部屋に荷物を置くと、「早速滑ろう。」と元気に飛び出す女子高生トリオも居れば、バス移動の疲れを取る為、部屋の中でゆっくり過ごす者もおり、各々くつろぎ始めたのであった。



 その頃雪華荘内の用具倉庫では、「天才科学者」ことハンター14号、石川 恭介博士が、故障してしまっている、自己が開発した「スーパー人工降雪機」の点検をしていた。

 「あー、成る程。前回稼働させた時に操作方法を間違えちゃった事が、故障の原因みたいだね。これならすぐに、今日中に直せるよ。」

 簡単に故障原因を突き止める石川博士。故障原因も簡単な事であった様だ。

 「そんな簡単な事が原因だったなんて……。その操作ミスさえ無ければ、私も華代ちゃんの被害に遭わなかったかもしれないのに……。」

 肩を落す43号。

 「白美さん。折角の慰安旅行なんですから、楽しまないと損ですよ。」

 と43号を慰めるのは、石川博士が開発したアンドロイド、ハンター31号こと石川 美依である。

 「うん、有り難う。」

 少し気を持ち直す43号。

 成る程、確かに「慰安」旅行である様である。



 一方同時刻、準備時間中であるはずの大浴場で蠢く男達の姿が有った。

 ちなみに、雪華荘の各室には浴室も付いているが、雪華荘には温泉である大浴場も整備されている。元々は当然に「男湯」と「女湯」だけであったが、「半田姉妹」の増加に伴い増設改装され、現在では「男湯」と「女湯」、「半田湯」の3つが設置されている。

 公営保養所としては贅沢過ぎるという批判はこの際スルーする。

 「この前は43号のせいで、減給にされた上に、懲罰房に入れられましたけども、思惑通り43号が面倒な先遣隊を押し付けられ、その上、予想外ではあったが、43号が華代被害に遭うというおまけ付きで、傑作でしたわ。」

 とほくそ笑むのは、ハンター21号。ハンター組織の職員を相手に野球賭博の胴元をやっていたのを43号に告発され、この前処分されたのである。

 「確かにあれは良い気味って感じでした。」

 と応えるのは、ハンター組織の職員である黒浜。

 「ところで、21号さん、減給された分を取り返す儲け話が有るっていう話でしたが、どんな内容ですか?。」

 と21号に質問するのは、同じくハンター組織の職員である海崎。この二人共21号の行っていた野球賭博の参加者であり、この前21号同様に減給処分等を受けた者達である。

 二人共、21号から減給された分を取り返す儲け話が有ると聞き、指定されたこの準備時間中の大浴場に集合したのである。

 「そや、そや、その儲け話に使うのがこれですわ。」

 と旅行鞄から、観葉植物が植えられている白い植木鉢を3つ取り出す21号。どうやら浴室内でも生育可能な種類の観葉植物の様で、似た様な物が既に元々この大浴場内には置かれている。

 「これをどうするんですか?。」

 更に質問を続ける海崎。

 「これにはこういう細工がされているんや。」

 と植木鉢の下部に手を廻し下部を取り外す21号。更に側面にも手を廻し側面をも取り外す。どうやらこの植木鉢は下部、側面共取り外せる構造に成っている様である。
 黒浜と海崎が側面も取り外された観葉植物を良く見てみると、土と一緒に小型カメラが根に絡まっているのであった。

 「あっっ!。」

 驚きの声を上げる黒浜と海崎。
 更に取り外された植木鉢の側面を見ると、一箇所穴が空いているのであった。

 「し、声が大きい。そやけど、もう分かったやろ。これは隠しカメラなんや。」

 胸を張る21号。

 「この隠しカメラを男湯、女湯、半田湯に1個ずつ、元々有る観葉植物に紛れさせる様に設置するんや。ぎょうさん人が泊まりに来てるさかい、雪華荘の職員のもんも、てんやわんやで、1個位観葉植物が増えても、だーれも気付かへんわ。」

 悪そうに笑う21号。

 「それでこの隠しカメラを最終日に回収すれば、一丁上がりや。後は撮れた映像を闇ビデオにして、闇で売るだけや。手伝ってくれたら、分け前はやるで。」

 にやつく21号。

 「そういう事でしたか。是非参加させてもらいます。でも、何で男湯にも設置するのですか?。」

 参加意思表明と共に、疑問を呈する黒浜。

 「あんたも分かって無いなあ。男湯の隠しカメラ映像も闇では売れるんやで。」

 再びにやつく21号。

 「さすがは闇に詳しい21号さん。私も参加させて下さい。」

 と自分も参加の意思表明をする海崎。

 この後3人は男湯、女湯、半田湯に1つずつ隠しカメラを設置したのであった。



 また一方でロビーでは、

 「じーー、」

 と、「怪獣っ娘」ことハンター25号、半田 ニコが錦鯉が泳ぐ水槽の縁に手を掛け上から水槽の中を覗いていた。

 「ニコちゃん。錦鯉さんを見ているのかな。」

 声を掛けるのは、「妹事務員」ことハンター48号、半田 四葉。

 すると突然ニコが身を乗り出し、

 「がうっ、がうっ。」

 と言いながら、水槽の中の錦鯉を捕まえ様とし始めた。

 「あ、ニコちゃん。水槽に落ちちゃうから、危ないから駄目だよ。誰か来て下さい。」

 慌てて必死にニコを取り抑える四葉であった。

 傍目には何か楽しそうに見えるから、 ○。

 「○じゃなーい。」



 とまあ、慰安旅行1日目は思惑やら○やらが入り乱れながら過ぎて行くのであった。
 そして、夕食である。今日の献立は鍋物であった。

 「この鍋おいしそうだね。一滑り滑ったからお腹空いたね。早速食べよう。」

 と鍋を突き始めるあんず。

 「確かにおいしそうだね。でもあんず、『戴きます。』がまだだよ。」

 あんずを注意するヒイツ。

 「それに隠し味も入れないとだね。」

 と言いながら、徐にチョコレートムースを取り出す双葉。

 「それは駄目―!。」

 慌てて二人掛かりで抑え込む、あんずとヒイツであった。

 それが聞こえていた近くの席では、

 「隠し味っすか。そうだ兄さん、隠し味って言ったら、やっぱ血っすよ。兄さん早速っすけど、兄さんの血を隠し味として、鍋に入れさせて下さいよ。」

 と言いつつ23号に顔を近づけ様とするエミルネーゼ。

 「わあ!、エミルネーゼさん、みんなも見ている事だし、それで明日体調が悪く成ってスキーが出来無くなったら困るから、勘弁して!。」

 エミルネーゼに懇願する23号。

 「そうっすか、それなら仕方無いっすね。」

 としぶしぶ諦めるエミルネーゼ。

 23号がほっとしていると、

 「じーーーー。」

 23号の事を凝視する綾瀬課長。

 「いや、あの…あはは…。」

 乾いた苦笑いをする23号であった。

 「なあ、鰒の毒と鳥兜の毒ってどっちが効くと思う。」

 この一件を眺めていたハンター24号こと西 良信は、隣に座る、ハンター27号こと高荷 那智に坦々と話し掛ける。

 「……両方一気に使うと、相殺するらしいぞ。」

 と応える27号。

 こうして、微妙な会話と、23号への黒ずんだ視線が続くのであった。



 夕食が終り、各々が部屋に引き上げて同室の者とトランプや花札に興じたり、部屋から着替えや用具を持って来て大浴場に向かったりしていた。

 いちごも部屋から着替えと用具を持って来て、大浴場に向かっていた。勿論目指す先は「半田湯」である。

 いちごが大浴場の入り口に到達すると目の前に43号がいた。

 43号は大浴場の入り口で一瞬立ち止まった後に、「半田湯」の黄色い暖簾ではなく、「男湯」の青い暖簾を潜ろうとした。

 「って、おい!!。」

 驚いて43号の服を掴んで止めるいちご。

 「気持ちは分かるが、俺達がこの姿で『男湯』に入るのは無理だ、43号。」

 43号に言い聞かせるいちご。

 「頭では分かっていますが、やっぱり気持ちの踏ん切りがつかないのです。でも、ここはハンター組織の保養所で、今日泊まっている人達はみんな、職員か其の関係者だから、皆さん事情は知ってらっしゃるから、何とか成ると思います。」

 いちごの方に振り返った43号は涙目で哀願する様にいちごに言った。

 いちごは首を横に振る。

 「例え事情は知ってくれていても、俺達が『男湯』に入ったら他の人の迷惑に成るから、それは駄目だ43号。」

 いちごは慰める様にそう言うと優しく43号の頭を撫でた。

 「いつの日にか俺達も元の姿に必ず戻って、一緒に『男湯』に入ろうな、43号。」

 「はい…うぐ…うぐ…。」

 いちごの胸の中で泣く43号。

 するとこの一連の流れを見ていたらしく、

 「よっ、いちごちゃん優しいね。」

 水野さんが声を掛ける。

 「さすがいちごちゃん。良いお姉さんしてるね。」

 沢田さんも声を掛ける。

 「え、お姉さん…。」

 その言葉を聞き、43号と同様にうなだれるいちご。

 「あちゃー。」

 「地雷踏んじゃったかな。」

 顔を見合わせる水野さんと沢田さん。

 「かわいそうに見えるけど、やっぱりここはおさえとかないとだね。」

 と言い、この光景を「パシャッ」と撮影するのは、ハンター60号こと、広報部長代理である武藤 文香。

 まあ、「彼女」の言葉通り、外から見たら、美少女二人がうなだれて慰め合っている様にしか見えないのだが。

 成る程、確かに「慰安」旅行である様である。

 因みに文香部長代理が撮ったこの写真は、後にハンター組織内で男女問わずの人気写真となったのである。

 いちご達が入り口でうなだれている頃大浴場内では、

 『男湯』

 「はあ〜、今頃壁一枚隣の『半田湯』ではいちごがお湯に漬かっているかと思うと、ドキドキするなあー。」

 と一人で勝手に惚気ているのはいちごちゃん大好き、「天才数学者」ことハンター5号、五代 秀作である。日頃の言動を見ていると今一馬鹿なのか秀才なのか分からない人物である。

 すると、「バシャッ」と5号の顔にお湯が掛かる。

 「ゴメン、テガスベッタ。」

 と棒読みに言うのはボスの右腕である部下Aであった。

 『女湯』

 「良いお湯だね、あんず。」

 「本当、あったまるわ〜。」

 あんずとヒイツが湯船に漬かっていた。

 「それにしても、一緒に大浴場に来たはずなのに、双葉はどこ行っちゃったんだろ?。」

 ヒイツが首を傾げる。

 「そうだね。トイレでも行ってんのかな?。」

 あんずも首を傾げるのであった。

 其の隣では、

 「やっぱり千景さんって大きいですね。」

 と美風が感想を述べていた。

 「いやいや、君だって中々の大きさじゃないか。兄である疾風よりずっと大きいよ。」

 と答える千景。

 「むうーー。」

 この会話を聞いて、空奈はむすーっと剥れていた。

 『半田湯』

 「へっくしょん。」

 湯船の中で疾風が嚏をする。

 「くそー、また千景が私の事をからかっているのだな。」

 「女湯」側の壁を睨む疾風。

 「何でそんな事が分かんのよ。って言うか、あんた達本当に仲良いわね。」

 そう呟く双葉であった。



 この様に各々が思い思いに過す内に、慰安旅行1日目の夜は更けるのであった。

 三悪人が仕掛けた隠しカメラには誰も気付かない内に……。





 慰安旅行の2日目の天気は灰色の雲が空を覆っていた。しかし雪が降るでもなく、雨が降るでもなく、風もほとんど無く、このまま1日曇りの天気が続くとの天気予報からしても、スキー日和の日であった。

 「へえー、こんなに曇っているのに雨も雪も降らないって言うけど、本当かなあ?。」

 リフトから降りた所で、少し疑問に思う23号。

 「これは雪国名物の鉛雲って言ってね、雪国の冬の風物詩で、日常の風景でもあるんだ。このまま雨も雪も降らず曇ったままの日も多いんだよ。雪焼けしにくい分、スキーには向いた天気とも言えると思うよ。」

 と部下Aが23号の疑問に答えてくれる。

 「へえー、そうなんですか。教えてくれて有り難う御座います。」

 礼を言う23号。手を振る部下A。

 「そういう訳っすよ、兄さん。私達にとっても日が出てない分、最高のスキー日和っすよ。っと言う訳で兄さん、景気付けに、この真っ白なゲレンデには紅白って言う位だから赤がとっても似合うと思っすから、兄さんの血を私達に振舞うって事で。」

 そう言いながら、エミルネーゼが23号に接近する。

 「まだ言ってんのエミルネーゼさん。」

 慌てて23号はスキーで滑り逃げる。

 「本当っ、二岡君は元気ね…。」

 綾瀬課長が溜息混りに愚痴る。

 部下Aは苦笑いをしていた。

 そのすぐ近くではお子様軍団が雪だるまや雪兎を作って遊んでいた。

 「わあー、りくちゃん凄い、雪兎を作るの上手だね。」

 真城 華代が「黒兎っ娘」ことハンター6号、半田 りくを褒める。

 「はは、兎繋がりだからね…。」

 りくが自嘲気味に答える。

 「ゲレンデの黒兎、りくちゃんかわい過ぎ。これはすぐにでもゲットしなくては。」

 「くノ一事務員」こと安土 桃香が目を輝かせながらりくに近づいて来る。

 「わあー、よせー。」

 りくもまた子供用スキーで滑り逃げる。

 「こっちも元気だね。」

 と部下Aが感想を述べるのであった。

 少し離れた所では、「熱血女性教官」ことハンター10号、半田 燈子による御待ち兼ねの「スキー教室」が行われていた。

 「スキーの滑り方には、初心者向きのボーゲン、中級者向けのシュテム、上級者向けのパラレルの3つが有る。今日は諸君にボーゲンをマスターしてもらった上で、シュテムが出来る位に成ってもらいたいと思う。」

 燈子ファンが大勢参加している為、スキー教室は大盛況である。

 「ねえーねえー、西のお兄ちゃん知ってる?。スキーのスティックって、刃物みたいに刺す事も出来るんだよ。」

 スキー教室に参加している「お子様元殺人鬼」ことハンター7号、半田 伊奈がスティックを掲げて、同じくスキー教室に参加している24号に近寄って来る。

 「伊奈ちゃん、それはスティックの正しい使い方じゃないよ!。」

 24号が大慌てでスキーで滑り逃げる。

 「スキー場では追っ掛けっこが流行ってるんだな。」

 同じくスキー教室に参加している27号がぼそっと語った。

 また一方では、

 「この慰安旅行に参加する事になったのは不本意だが、参加した以上は温泉と共にこの雪華荘の売りである、スキーも楽しまないとだな。」

 疾風が実は張り切りつつ喋る。

 「とっても寒いけど、そうね。」

 空奈も本当は楽しみにしながら返す。

 そこに「バシャッ」っと、疾風の顔に雪玉が当たる。

 疾風が顔の雪を振り払って辺りを見回すと、千景が小型バズーカの様な物を持って立って居た。どうやらどこからか仕入れて来た、水鉄砲ならぬ雪鉄砲の様である。

 「貴様―、やったなあー!。」

 疾風が顔を赤くして、千景に迫ろうとする。

 「ははは。」

 千景は笑いながら、スキーで滑り始めると、振り返ってまた一発雪玉を発射する。

 「バシャッ」と再び疾風に当たる。

 「貴様、またしても!。」

 とスキー場でも二人の日常は繰り広げられるのである。

 「まあ、追っ掛けっこって言ったら、あの二人の名人芸ね。」

 空奈は呟くのであった。

 ゲレンデの中腹でペットボトルの御茶を飲んでいたいちごはみんなの様子を眺めつつ、

 「みんな元気だなあ。さて、俺ももう一滑りするか。」

 とスキーを再開し様とする。そこに、

 「いちご〜、この滑りの様に一直線の、僕の愛を受け止めてくれー。」

 5号がスキーで直角向に滑って来る。もっとも、曲がり方を知らないので、曲がれないだけにも見える。

 「お前は滑り降りてるんじゃなくて、滑り落ちてるんだろ。」

 と言ったいちごは迫る5号をぴょいっと避ける。

 「わあー、酷いよいちご〜。あっ!。」

 いちごに受け止めてもらえなかった5号は、同じくゲレンデの中腹で鯛焼きを食べていた、「オタダルマ」ことハンター64号の背中に激突してやっと止まる。

 「うわっ!。」

 反対に激突された64号はゲレンデを転げ落ちる。

 「あちゃー。」

 いちごは溜息を付く。

 「おーー、正に人工天然雪だるまだねー。」

 と橇で遊んでいた「手乗り妖精」ことハンター20号、ジオーネ・ハンターベルは転げ落ちる64号を評する。



 この様にみんな追っ掛けっこをしたりしながらスキーを楽しんだのであった。

 そして、2日目の夕食。今日の献立は山海の食材をふんだんに使った御膳料理である。雪国は山の幸にも、海の幸にも恵まれた所である。

 見ると5号が半べそをかいている。5号の御膳だけ空に成っているのである。これが昼間5号に激突されて、雪だるまにされた64号の復讐に依るものである事は言うまでも無い。



 夕食が終るとやっぱり多くの人にとっては「温泉タイム」である。

 『男湯』

 「ぐう〜」、湯船の中で御中の虫の鳴く音がする。

 「はあー、御中空いたなあー。」

 5号が嘆く。

 「完全に自業自得でしょ。」

 部下Aが5号に突っ込みを入れるのであった。

 『女湯』

 「それにしても、やっぱり良いお湯だよねー。」

 水野さんが呟く。

 「冬はやっぱりこれだよねえー。」

 沢田さんが応える。

 「今日はゲレンデで目一杯りくちゃんも堪能出来て、本当に楽しい慰安旅行でーす。」

 桃香も慰安旅行を満喫出来ている様である。

 「上がったら、部屋でみんなでUNO貧民でもしよう。」

 水野さんが提案する。

 「賛成〜。」

 沢田さんも桃香も賛成する。

 女性事務員の皆さんには大満足の慰安旅行の様である。

 『半田湯』

 「ふうー、今日も楽しんだなあ。」

 いちごが湯船に漬かりながら言う。ふと何気に近くを見回すと、「ズルっ」っと湯船の中で滑りそうに成る。

 「24号、何でお前がここに居るんだよ。って言うか、何でその姿なんだよ。」

 いちごが指摘した通り24号が、今は半田 縁の姿で半田湯の湯船に入浴していたのである。

 「はい、実は夕食中に酔っ払ったボスが、『お前は華代被害者なんだから、半田湯に入れ。』って言って、私の手首に女物のブレスレットを巻き付けて来たので、この姿に変身しちゃったのです。しかも、『半田湯に入るのは絶対命令だ。』って言うものですから、ブレスレットを取る事も出来ず、ここにこうして居るのです。」

 湯船の中で俯く24号。

 「災難だったな。しかし何考えてんのかあのおっさんは。って言うか何で女物のブレスレットを持ってんだよ。」

 24号に同情するいちごであった。

 こうしてみんなが楽しく過す中で、慰安旅行2日目の夜も過ぎて行くのであった。

 やはり三悪人が仕掛けた隠しカメラには未だ誰も気付かない内に……。





 慰安旅行も3日目である。「最後の一滑りをしよう。」とやっぱり元気な女子高生トリオも居れば、帰りの荷支度をする者も居る中で、準備時間中の大浴場の女湯では蠢動する3人の男の影が有った。

 「これは思ったより良いものが撮れましたわー。」

 と、21号が植木鉢から隠しカメラを取り外して撮影した映像を確認しながら下衆に笑う。

 「高く売れますかねー。」

 同じく笑みを浮かべつつ黒浜が尋ねる。

 「そらそやで。任しとき。」

 21号が胸を張る。

 「ばれませんでしたし、これで万事OKですね。」

 海崎も小さく高笑いをする。

 するとその時、

 「成る程、成る程、皆さんは撮影した映像をみんなに見てもらいたいのですね。」

 突如かわいらしい声が聞こえて来て、3人は凍り付く。

 後ろを恐る恐る振り返ると、そこには華代ちゃんがかわいらしく立って居たのであった。

 「改めまして、私はこう言う者です。」

 華代ちゃんが名刺を差し出す。その名刺にはやはり言うまでも無いが、

「 ココロとカラダの御悩み、御受け致します。 
              真城 華代         」

 と書かれていた。

 三悪人は恐怖に駆られる。華代ちゃんの姿はこの慰安旅行中何度か見て来たが、名刺を渡して来たという事は、華代ちゃんはこれまでの遊びモードではなく、「仕事」モードにあるという事である。

 「それでは皆さんの御悩みを解決しまーす。」

 張り切る華代ちゃん。三悪人は震えが止まらない。

 「ここで皆さんが撮影した映像の上映会を行えば、わざわざ色々しなくても、すぐにたくさんの人に見てもらえますね。」

 と言うと、前に出した華代ちゃんの手から白い光が溢れ出し、女湯中を包むのであった。



 雪華荘内には研修の際に使用する為の投影用スクリーンを備えた研修室が存在する。

 その研修室の中に白い光が溢れ出す。白い光が消えると、華代ちゃんや三悪人と共に、いちごや燈子達といったこの旅行の参加者達が姿を現す。

 「お客さんもいっぱい連れて来ました。」

 華代ちゃんが胸を張ってみせる。

 実際、研修室内は「満員御礼」である。もっとも、さすがに屋外にいた人達までは、華代ちゃんも連れて来てはいない様である。

 「だからね、華代ちゃん。こういう物の上映はTPOが大事でね……。」

 黒浜が恐怖に耐えながら、悪あがきを述べる。

 「それじゃあー、上映会を始めまーす。」

 勿論、黒浜の悪あがき等聞いていない華代ちゃん。

 「何を上映するの、華代ちゃん。」

 連れて来られた双葉が華代ちゃんに尋ねる。

 「そこの3人の方が撮影した、この旅行の映像です。」

 華代ちゃんが三悪人を指差す。

 「華代はん、せやから考え直して……。」

 顔面蒼白の21号が懇願する様にしゃべるが、やはり華代ちゃんは聞いていない。

 「よいっしょ。これで良いかなあ。」

 いつの間にか隠しカメラを手にしながら、機器のセットを行う華代ちゃん、意外と詳しいらしい。どうやらこの前、たまたま千景にこの手の機器について教えてもらったらしい。その千景も疾風や空奈と一緒に、この研修室に連れて来られている。

 「終りだあー。」

 海崎が叫ぶ。

 「いえいえ、これから始まりですよ。それではスタート。」

 華代ちゃんが機器の再生ボタンを押し、隠しカメラの映像の上映が始まる。

 「きゃあーーーーー。」

 其の日、雪華荘の研修室から、大勢の悲鳴が響いたのである。



 「中々良い物を撮ってるじゃん、お前達。なあ。」

 いちごが三悪人を壁際に追い詰めつつ、燈子に促す。

 「いちごの言う通り、本当に良く撮れてるよなあ。」

 いちご同様、指を鳴らしながら燈子が答える。

 千景がエルたんに弾を装填する。疾風がかねしげの鞘を払う。その他の「観客」の人々も続々と後に続く。

 「ぎゃあーーーーー。」

 其の日、雪華荘の研修室から、3人の断末魔が轟いたのである。





 「結局、真城 華代に盗撮が発覚して、あの馬鹿共は地獄を見たと。」

 ボスが慰安旅行から帰って来た後のハンター本部で、部下Aに尋ねる。

 「はい、その様です。」

 部下Aが答える。

 あの後三悪人はみんなから、ボロ雑巾になるまでフルボッコにされた上、雪華荘近くの山中に打ち捨てられたのである。因みにその際に隠しカメラは3台共破壊されたのである。

 「全く、『隠し砦の三悪人』ならぬ『隠しカメラの三悪人』だった訳だな。」

 ボスが感想を述べる。

 「古いネタですね。」

 部下Aが応じる。

 ボスが「コホンッ」と咳払いする。

 部下Aは話を再開して、

 「あの3人の始末は如何されますか?。」

 とボスに尋ねる。

 「そうだな。全員再犯だし、まずは雪華荘で慰安旅行の後始末に従事させる。それが終ったら、本部で拘留1ヶ月に処するとする。」

 ボスが言い切る。

 「それでは3人共、懲罰房1ヶ月という事で宜しいですか?」

 部下Aが確認する。

 「そうだな、黒浜と海崎の二人はそれで良いが、主犯の21号については、」

 ボスが一旦区切る。

 「元の牢ではない、土牢に入れておけ。」

 「依りに依って道薫ですか。」





 後書き

 どうも皆様御久し振りです。makikakudayamaです。前作「困惑の雪山」の後書きで、慰安旅行本体の話を近々作成したいと申しておきながら、あれから早2年半近く、完全にやるやる詐欺と成っておりました。
 今回、何とか完成させる事が出来てほっとしています。そして、遅く成りました事、皆様に御詫び申し上げます。
 またしても拙い文章でありましたが、最後まで御読み戴き有り難う御座いました。
 それでは皆様、これからもどうか宜しく御願い致します。



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