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ハンターシリーズ096『助っ人』 作・Bシュウ

ハンターシリーズ096
『助っ人』

作・Bシュウ

イラスト:岩澄さん

 

「ボス、お呼びですか?」
半田苺はいつも通りのラフなTシャツにジーンズという格好で執務室に現れた。
ハンターは基本的に黒スーツだが割りとその辺りは自由なのだ。特に彼女のような性転換被害者は自由な服装でいることが多い。別にスカートでなくともパンツスーツでもいいのだが、その辺も華代の影響があるのかも知れない。
「ボス?」
「あぁすまん。」
不思議そうな顔をするいちごにボスは思考を中断させた。一枚の紙を彼女にさしだす。
「今回の任務はここに行ってもらいたい」
それを見たいちごは怪訝な顔で問い返してきた。
「全国ベストドッグフェスティバル?」
「最近は華代の出没件数が少なくてね。少々手詰まりな所がある。そこで集団性転換がおきそうな場所=(人の集まる場所)で待ち伏せしてみようというわけだ。ここ数日で大きなイベントはそれだけだ。華代が現れる可能性は高い」
「わかりました」
そこまで聞くと彼女はすぐに部屋を退出しようとした。が、ボスに呼び止められる。
「今回はパートナーと一緒に任務についてもらう」
「パートナー…ですか?」
「うむ…この催しは、犬をつれていないと会場の中には入れないんだ。だから今回は犬と一緒に行ってもらう」
苺が犬くらいで大げさな…という表情をしたのを見てボスはニヤリと笑った。
「犬といってもただの犬じゃないぞ。わざわざアメリカから呼び寄せた対真城華代用に訓練された犬だからな。まぁ言うなればハンター犬ということだ」
それを聞いて苺は、
(ほぅ…そんなものがいたとは。訓練された犬は下手な人間より役に立つからな。頼もしいな)
その時タイミングよくドアがノックされ程なくドアが半分ほど開く、
「ふむ…ちょうどいいタイミングだ。紹介しよう彼が今回君のパートナーとなる…」
そこには事務の水野さんがいた。右手には赤いリードを持っている。
(あれ?)
彼女は何故だか顔色がよくない。そして苺は異変に気づいた。

水野さんのリードが上向きに引っ張られていることに!

水野さんの身長とリードの角度から考えるとそこには二メートル近くの「モノ」がいることになる。そしてドアが完全に開いて現れたのは…
「アメリカ情報部所属対真城華代特別犬、ロッキー君だ」

どう見ても普通ではない人間だった!!

2メートルはあろうかという筋骨隆々の大男がぶち模様の全身タイツを着ている。顔にはご丁寧に鼻の形をしたマスクまでしている。そして何故かサングラスをかけている。
苺はすぐにボスに食って掛かった。
「なんですか『アレ』は!?」
「ロッキー君だが?」
「そうじゃなくて!」
「ビーグルなのが不満かね?」
「ボスーーーー!!!!!!?」
「待ちなお嬢ちゃん」
ボスをぐいぐい締め上げる苺をロッキーが無駄に渋い声で制止する。彼は煙草を一本加え火をつけるとうまそうに煙をはいて言った。
「もう決まったことにガタガタいってんじゃねぇよ…男らしくねぇぜ」
苺は眩暈をおぼえた。

 

「すごーい。この子よく躾けてありますね!」
「可愛いわー。うちの犬(こ)達とこんなに早く仲良くなるなんて珍しいのよ」
「おねーちゃーん。この子触ってもいい?あ…こら、くすぐったいてっば〜」
苺はコンテスト会場の前でぐったりと座り込んでいた。
(なんなんだ一体…)
さすがにコンテストだけあって犬の数もそうだが犬好きな人間も相当な数が集まっている。ロッキーは道行く人に声をかけられては愛想を振りまき…そして褒められているのだ。先ほどの少女に至ってはこの不気味な大男に顔をなめられて喜んでいるのである。
もはや苺の理解を超越していた。

昨日だってそうだ…

 

−ハンター本部廊下−
何度文句を言っても「任務だ」の一言で片付けられてしまった。仕方ないのでリードを持って廊下を歩いている。
(っていうか二足歩行の時点でリードなんていらないんじゃないか?)
と、そこに31号−石川美依が現れた。
「あ、いちごさ〜ん。これから任務ですかぁ?」
「あ・・・うん」
「そうですかぁ。がんばってくださぃ〜。あれぇこの子?」
その時、美依の目が光る。
(そうだ!31号がスキャンすれば!この馬鹿げた任務も無しにできるかも!?)
一通りスキャンが終わったようだ。そして美依はおもむろに、
「お手」
ロッキーが前足(右手)を乗せる。
「お変わり」
ロッキーが前足(左足)を乗せる。
「お座り」
ロッキーが体育座りをする。
「ちんちん」
ロッキーが中腰になる。
そこで満足したのか、美依は手をたたいて感心した。
「すごーい!毛並みはつやつやだし、ノミも一匹もみつからなかったし、完璧ですねぇ!これなら任務成功間違い無しですぅ!」
「???????」
「あ・・・そういえば私、お父様のお使いの途中でしたぁ。それでは失礼しますぅ」
呆然とする苺をおいて美依は行ってしまった。
(どういうことだ?31号はちゃんとスキャンしたはずだろう?)
訳のわからない苺はその場に立ち尽くしていた。すると向こうから白いスーツの大男が歩いてくる。ハンターであってハンターで無い者…ガイストだ。
ガイストは苺達の前で立ち止まると鋭い視線をロッキーに向ける。
(そうだ!こいつなら!)
二メートル近い男が一人と一匹(?)はにらみ合っている。その場から生まれる殺気と空気は苺が思わず二歩後ずさりしてしまうほど濃密なものだった。
「……」
「……」
一分ほどだろうかにらみ合っていた一人と一匹(?)はいきなり「ガシッ」と固い握手を結ぶと一言も交わすことなく別れた。

去り際にガイストは言った。
「やるなあいつ・・・犬にしておくのがもったいないくらいだ」
苺は本日二度目の眩暈を覚えた。

 

昨日の悪夢を思い出していた苺はロッキーの声で現実に引き戻された。
「おい…そろそろ行くぞ」
はっと気づくと、コンテストの受付が始まっていた。
「まったく…これは命がけの任務なんだぞ。もっと緊張感を持って欲しいものだな」
四つんばいになったロッキーはため息と共に言った。どうやらここからは二足歩行ではなく犬らしく(?)四足歩行で行くようだ。
「おまえ…本当に行けると思っているのか?」
だいぶどうでもよくなってきた苺は聞いてみた。
「無論だ」
もうどうにでもなれ…苺は会場に向かっていった。受付で登録をする。
「お名前は…ロッキー君ですか。元気がいいですね〜。ではこちらでメディカルチェックを受けてください」
「……」
無事に受付とメディカルチェックをパスして会場内に入った。苺は気力を振り絞ってロッキーに尋ねた。
「なぁ…なんでおまえ捕まらないんだ?」
「ふっ…俺の演技力をもってすれば。犬になりきることなんて造作も無いことだ。嬢ちゃん、世の中自分の尺度でばかり見てちゃいけないぜ」
苺は通算三度目の眩暈を覚えた。


―その少し前、会場の片隅で一人の青年が途方にくれていた。
「おーい頼むからコンテストに参加してくれよ」
精一杯の猫なで声で気を引くがふてぶてしい態度で頑として動こうとしない。諦めて青年は座り込んだ。
「まったく姉さんもひどいよなぁ。自分が熱出して行けないからって俺に押し付けて…しかも優勝しなかったらただじゃおかないって?無理だってば…」
頭をかかえる青年。その時、
「おにーちゃん」
顔を上げた青年の前にはフリフリのかわいらしい服の少女が立っていた。
迷子かな?と青年が思った瞬間
「きゃあっ」
少女にいきなり飛び掛ってじゃれつく犬を何とか引っ張って離してから謝る。
「あーびっくりした」
「ごめんね。それで、お嬢ちゃんどうしたの?迷子?」
「あ、私こういう者です」
居住まいを正した少女は名刺を差し出す。そこには、連絡先も住所も電話番号も無く、ただ「ココロとカラダの悩み、お受けいたします 真城 華代」と書かれているだけだった。
「さぁ悩みがあれば、何でも私に言ってみてください!」
「うーん…悩みって程でもないけど…あれかな?」
苦笑しながらそっぽを向いている犬を指差す。
「姉さんの犬なんだけどね…女の子にしか懐かないんだよ。今日は姉さんが来るはずだったんだけど熱出しちゃって。俺が代わりにきたんだけど…ね」
すると黙って話を聞いていた少女は目を輝かせてこういった。
「そんなの簡単よ!私に任せて!」
「え?」
いきなり青年を違和感が襲った。


「む?」
「ん…どうした?」
半分投げやりになっていた苺は急に立ち上がったロッキーの所へ近寄った。
「華代の反応だ」
「え?そんな反応…」
その時、苺の華代探知機にも反応があった。位置はちょうど苺達と反対側。
「ちっ」
二人同時に駆け出す。一気に会場を駆け抜けていく。
(こいつ…会場に入る時もそうだったが何で四足歩行で俺と同じ速度がでるんだ!?)
結構広い会場だったので目的地までは十分ほどかかった。
「華代は!?」
そこには元青年の可憐な少女が自分の犬にすごい勢いで懐かれていた。当然華代の姿は既に無い。
「くそ!また逃がしたか!」
とりあえず青年を『還元』して任務は終わった。既に気力を使い果たしていた苺はふらふらと出口に向かって歩き出した。
その時、

ぐらぐらっ

かなり強めの地震が会場を襲う。不意をつかれた苺はその場に倒れこんでしまった。
「ふぅ…地震か」
程なく揺れがおさまって、苺が起き上がろうとした時、
「危ない!!」
会場の柱の一つが苺に向かって倒れてきていた!
「!!?」


―数日後
「で…こうなっちゃったわけね」
ハンター本部の事務室で某ペット雑誌のグラビアページを開いた水野さんが気の毒そうに言った。そこには…

『グランプリ決定!主人の命を救ったスーパーわんちゃん』

の見出しと共に苺をお姫様抱っこして仁王立ちするロッキーの写真がでかでかと掲載されていた。
「………もー知らん」
机に突っ伏して投げやりにつぶやく苺に沢田さんも桃香も苦笑いをするしかなかった。

 

「苺はどうしてる?」
「ひきこもってます」
「またか?」
「はぁ…グランプリになった後、美少女飼い主として取材が殺到したそうで…」
「まったく次の任務があるというのに。連れ出してこい…次はヒマラヤンのアンドレ君だ」
「賞金…結構大きかったんですか?」

 



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