![]() ハンターシリーズ098
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平凡な毎日。 平凡な生活。 平凡な暮らし。 ――言い方を変えても何も変わらない。 そんな日々を送っていたあたしだが、 ある日を境にそれは変わっていく――。
「――ん」 窓から入る朝の日差し。 それに促されるように、あたしの意識は覚醒する。 「んー……っく」 布団から上体を起こし、屈伸する。 目覚ましにならない、壊れたあたしの時計は7:30を指していた。 うん、いつもながら早起きだわ。 天気もいいみたいだし。 「あんずー、起きてるー? 朝ご飯よー」 制服に着替え終わったところで、下からお母さんの声が聞こえた。 「うん、今行くー!」 そう言ってあたし――飯田(いいだ)あんずは、肩口まで伸びた自慢の黒髪を櫛で梳いていった。
「行ってきまーす!」 大きく言って、あたしは我が家を飛び出した。 今日も今日とて登校なのである。 「――はぁ」 ものの数分もしないうちに気持ちがうなだれてきた。 ――変わり映えしない、生活サイクル。 こんな日常に、あたしは正直飽き飽きしている。 たまにはこう、劇的なくらいに変わったことがおきないもんかねぇ。 「――お姉さん、何かお困りごとですか?」 「はぇ?」 突然呼びかけられ、あたしは振り返る。 そこにいたのは、白い衣装に身を包んだ一人の女の子。 小学生くらいだろうか。でもランドセルは背負ってないなぁ。 ここいらじゃ見かけない顔だし、引っ越してきたばかりなのかな? 「え――と。何か用かナ……。まさか迷子とか」 「いいえ、私はこういう者です」 そういうなり女の子は、ポーチから一枚の紙切れを取り出し、あたしに手渡した。 「”ココロとカラダの悩み、お受けいたします。 ――まじょう、かよ?”」 「ましろかよです。 私、セールスレディなんです」 ちょっと怒りながら女の子は言う。 せーるすれでぃですか。 遊びにしては珍しい設定だと思った。 ――ははん、この子あたしに遊んで欲しいのか。 「悪いね、あたし今から学校なんだ。遊んであげる暇ないよ」 「遊んで欲しいんじゃないんです。何かお困りごとがあるんじゃないかなって」 何なんだこの子わ。 ――時間もあるし、しょうがない。つきあってあげますか。 「そうだねー。強いて言うなら……今の学校生活が退屈で退屈で仕方ないことかな。もっとこう、普通にはありえない出来事があればねー」 本音を漏らしてみる。 ――実のところ、あたしはどこかにこの不満を吐き出したかったのだ。 「――ふむふむ。わかりました! 今日から学校生活が凄いことになっちゃいますよー! それでは!」 「へ? あ、ちょっと!」 そう言うなり女の子はどこかへと走っていっちゃった。 一体何だったんだろう……。 「――うわやっば、もうこんな時間じゃん!? いっそげー!!」 腕時計を見て、あたしは慌てて駆け出した。
「おはよう、あんず!」 どん、と背中から押される。 「うわわっ! っと、おはよう双葉。朝から元気だね、いつも」 苦笑しながらあたしは言った。 ロングヘアのこの子は、半田 双葉。 あたしが数ヶ月前にこちらに引っ越してきて、初めて出来た高校の友達である。 小鼻のかわいらしい子だけど、なんと言うか……ぶりっ子? というか、変なくらいに女の子っぽい。 だけど、相談事などにとても親身になってくれたりする、いい子なのだ。 ――舌がややぶっ壊れ気味なのがワンポイント。 「そういえばさ、今日までだったわよね? 進路希望調査」 「え? ああ、そういえばそうだね……。双葉は何処に?」 「んー……ちょっと、言えないかな。ごめんねぇ」 苦笑いを浮かべる双葉。 そういえば、この子の家ってどこなんだろ? いっしょに帰ろうとすると絶対断られるんだよねー……。 「そう言うあんずはどうなのよ?」 「へっ? いや……あたしはまだ……。大学へ行くつもりもないし。どこかに就職とかなんだろうなぁ……まぁ、まだまだ先の話だしね」 低学年から希望調査があるのはいかがなもんだろーか。 って言っても、大抵の高校はそうみたいだけど。 「そっかぁ……」 言いつつ天井を見上げる双葉。 それっきり会話は終わってしまった。 ――まぁ、もう教室の真ん前だしね。 「おっはよー!」 「おはよ」 双葉が教室のドアを開け、二人で挨拶する。 「あ、双葉とあんずだー。おはよー!」 「おはよー双葉、あんず。今日はちょっと遅刻気味?」 「おはよー! 昨日楽しかったねー!」 そう、三人の女の子が返してくれる。 双葉の友達で、双葉といっしょに友達になってくれた由美子・瞳・沙織である。 双葉ほどは親密になってないけれど、それでも私の大切な友達なのだ。 と、唐突にあることを思い出した。 「あー、そういえば今日テストじゃん! ねぇ、みんなやってきた?」 「もっち。――もしかして忘れてたとか、あんず?」 ジト目で言う沙織。 いえーすざっつらいと。 ――まずい。本格的にまずい。ただでさえ苦手な数学だっつーのに……一つも勉強してなぁぁぁぁい!! (嗚呼、何かでテストつぶれないかナ……) なんてことを思った、その瞬間。
ひゅ~~~~~~~ん……どっかぁぁぁぁぁぁん!!
「うわあああああ!?」 「きゃあぁぁぁっ!!」 巨大な衝撃があたし達をゆさぶる。 な……何!? 何なの!? 暫くして衝撃は収まる。だけど教室はしっちゃかめっちゃかになってしまっていた。 「くっ……! みんな大丈夫!?」 「うん……なんとかね……」 「一体何なのさぁ……」 「うえーん、恐かったよぉ……」 どうやら瞳たちに怪我はないみたい。 「な、何これぇぇぇぇ!?」 双葉の悲鳴。 「どしたの、双葉!?」 「そ……外! 外!!」 窓の外――あたし達の席は窓側なのだ――を指差して震える双葉。 それにしたがってあたし達は窓からグランドを見た。 「ほ……ほえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」 そこに広がってたのは、想像を絶する光景だった。 何せ――でっけぇ隕石が墜落してたのだから!
学校は今、騒然となっていた。 無理もないさ、隕石が落っこちてきたんだもん。 赤銅色に輝くそれは、色々な意味でこの世のものとは思えなかった。 「何だ何だ! 何かの撮影してたのか!?」 「何言ってんだよ! 撮影でグランドつぶすバカがいるかよ!」 「皆さん、危険ですから下がってください! そこ、潜って入らない!」 既に校門の外には野次馬+警察が山のように。 隕石の周りにはあのキープアウトのテープが貼られている。 それにしても……あたしは夢でもみてんじゃないだろうか? こんな平凡な学校に巨大隕石が落ちてきた。 そんな話、誰が信じるとゆーのだろうか? ――って待てよ? 「そういえばあの子…」 今朝、道端でであった女の子。 あの子、今日から学校生活が凄いことになるとか言ってたっけ。 ――てことは何? あの子がこれ引き起こしたっての!? 「……まさか、ね……」 そうさ、こんなのは偶然に決まってる。偶然に―― と、何やら外が急に騒がしくなってきた。 「――な!?」 再び外を見てあたしは驚愕した。 緑色のガスが隕石から噴出し始めたのだ!! 「な、何だぁ!? 煙が……」 「うわぁぁぁ、何だこれ!? ごほっ、ごほっ……」 またたく間に煙は野次馬・警察の方へ広がっていく。 ――そこであたしは、みたび信じられないことを目撃してしまった。 「か、身体が……!?」 「ひ、ひええぇぇぇ、すね毛が抜けていくぅぅぅぅ!?」 「うあっ、ふ、服がでっかくなってく!? どうなってんだぁぁぁぁぁ!?」 遠くからでもわかる。 野次馬の――男の人だけが、身体がどんどん変化していってるのだ! それもみな一様に、髪の毛が伸び、背が縮み、胸が膨らんで腰が大きくなっていく。 「これは……!?」 双葉が目を見張って叫んだ。 「どうしたの!? 何が起きてるか分かるの!?」 「――ううん。ごめん、ちょっと出てくるね!」 そう言うなり双葉は、いきなり教室を飛び出していった。 「ちょっと!? バカ、危ないって!」 「あんず!? 何処行くのよ!?」 慌ててあたしも、双葉のあとを追う。 瞳たちは流石に動かなかったが、それでも双葉やあたしの心配をしてくれてるみたいだ。 教室を飛び出したけど、もう双葉の姿は見えなかった。 「ったく、あの子どこに……いつもとろいのに何で……ん?」 耳を澄ますと、何か聞こえる。 ――トイレ、かな? あたしはこっそりと、声のする方へ行ってみた。 (ここね……この個室) トイレの中は、ひび割れや散らかったペーパー以外はまだ平静だった。 声のする個室に、あたしは耳をそばだててみる。 「――ハンター本部、応答してください! こちらハンター28号、半田双葉です! ――ああよかった、恭介さん? 今、学校に隕石が落ちてきたの! そして、その隕石からガスが出て、男の人たちが女の子に――性転換現象が起きてるのよ! ――そう、やっぱり警報でたのね。分かった、すぐ来てね! ガスだからかなり――もしかしたら、校舎まで広がってくるかもしれないわ。――分かった、何とかしてみる! じゃぁ、また!」 ――あたしは呆然としていた。 ハンター? 現象? 警報? 双葉……一体何を……。 ごん! 「ぐふぇっ!」 「きゃっ!?」 突然開いた個室のドアに頭をぶつけた。 「あだだだ……」 「え――あんず!? ……聞いてたの!?」 口元を手で押さえて驚く双葉。 「ご、ごめん……聞くつもりじゃなかったんだけど……」 頭をさすりながらあたしは立ち上がった。 「――あの、ハンターって何なの? 現象とか警報とか……」 「……」 うつむく双葉。 ――聞いちゃいけないことだったのかな……。 「――あたし達、友達だよね? 隠し事なんてして欲しくないな……」 「っ……」 あたしの言葉に、双葉は震えた。 「――ごめんね、あんず…… 私、実は――」 双葉がそこまで言いかけた時、 「た、大変だぁ~! ガスが校舎にまで入ってきたぞぉぉぉー!!」 「うわぁぁぁ、か、身体が……声まで……!?」 校内に悲鳴が木霊する。 「! ――仕方ない、あんず! ついてきて! 話は後で!」 「へ? きゃっ!? ちょっと!?」 そう言うなり、双葉はあたしの袖を引っ張って階段を降り始めた。
「あ、双葉! 遅いぞ!」 階段を下りだ先、そこにいたのは10人ほどの人たち。 みんな個性が強そうだった。 「その子は?」 その中の一人、あたし達と同い年くらいのポニーテールの子が尋ねる。 「みんなごめんなさい! 私がハンターだってばれちゃったの!!」 双葉がぐっと腰を曲げて謝る。 「くあーっ、貴様なんて馬鹿を! ええい、仕方がない! そのことは後だ! みんな、作業にかかるぞ! 恭介、煙は頼む!!」 「ほいさ、了解ー。じゃぁみぃちゃん、装置の運搬よろしく」 「はい、お父様ぁー♪」 何だか色々な人が散り散りになっていく。 ――一体、何が起こってるの? 「双葉……この人達は……」 「――秘密組織ハンター。私たちはそのエージェント。私たちは、ある一人の少女によって引き起こされる『現象』から人々を守るために戦っているの」 眉唾ものの返事が返ってきた。 でも、これは多分本当。双葉は嘘を言うような子じゃないもの。 「そんなことが……。でも、その少女って?」 嫌な予感がしつつ、あたしは尋ねる。 「真城華代。白い服を来た小さな女の子なの。私にとっては――いえ、それはともかく。あの子は願いを聞いて、それをかなえるのが目的なの――ゆがんだ形で、だけど」 「真城……華代……」 間違いない。 あたしが今朝会ったあの女の子。 やっぱり、あの子がこれを引き起こしたっていうの……。 『学校生活が凄いことに』。 ――確かに、凄いことになっちゃった。 こんな……こんな面白いことって……。 日常が壊れて非日常になる。 あたし、こういうの楽しみにしてたんだ……。 「――なんだよぉこれ……。何で女なんかにならなきゃいけないんだよぉ……」 「え……」 振り向いた先にいたのは、泣き崩れる男子学生の服を来た女の子。 「なくなよ……俺もなっちまったし……」 「だってよぉ……俺、野球部なんだぜ? せっかく甲子園行けると思ってたのによぉ……。これあんまりだよぉ……」 泣き続けるその子を見て、あたしははっとした。 ――確かに平凡な日常は嫌だ。 でも、他の人が悲しむような出来事は起きて欲しくない! こんなの、あたしは望んでない――! カッ! 「!?」 「な、何!?」 突然、あたしの身体から光が噴出す。 その光はどんどん広がっていって、学校を、町を包んでいく……。
光が収まって。 「う……」 急に身体が重くなり、立ってられなくなる。 「あんず、大丈夫!?」 双葉が駆け寄ってきて、あたしを引っ張り上げてくれた。 「あたし……どうしたんだろ……何でこんなに疲れてるの……?」 「一体、何が……? ――あれ、ガスが晴れてる……?」 白髪の男の人がつぶやいた。 「あ、れ? 俺の身体……元に戻ってる!」 さっきまでないていた子。でもその姿は男にしか見えなかった。 一体、何が起きたんだろう……? あの光は何だったの? 「――双葉、あたし……」 「あんず……もしかしたら、貴女も私達と同じなのかもしれないわ」 「へ?」 双葉の言ってることが、ちょっと分からなかった。 えっと……双葉たちと同じって……。 「――今の光は、おそらく君の能力だ。ハンターとしての、な」 そう言うのは、紫の髪をした大人の女の人。 「ハンターの……能力?」 頷く女の人。 「私たちハンターには、真城華代によって性転換させられてしまった者を元に戻す能力がある。――君の先程の光も、おそらくはそれに準ずるものだと思う。だが……あそこまで一瞬にしてこの規模を元に戻すとは……。君は特殊なのかもしれんな」 何が何だかわからない。 あたし自身気付かなかったけど、もしかしてあたし自身が普通じゃなかったのだろうか。 それに気付く機会がなかっただけで。 もしかして、あの子はそれを気付かせるために……? 「――ねぇ、あんず。よかったら……私達といっしょにハンターにならない? あんずが求めてる非日常的なことがしょっちゅう起こってるよ」 「そ、そうなの? てゆーか入っていいのそんなとこ?」 いくらなんでも安直じゃなかろーか。 だが、さっきのポニーテールの子が言う。 「いちおー能力検査はするけどな。――多分、あんたなら入れるさ。どうするんだ?」 「えっと……」 急にそういわれても。 な、なんだかなぁ……。 「あんずー! 双葉ー! 大丈夫ー!?」 「あ、瞳、沙織、それに由美子!」 三人が上から下りてきたみたいだ。 「――さて、俺達も撤収するか」 「そぅですねぇ、早く帰ってジュース飲みたいですぅ」 「よっしゃ、帰るか。――っと、あんず、だっけ。ほれ、受け取れ」 「ほえ? ――これは?」 「うちの住所。今度の日曜日にここにきな。歓迎するぜ」 そう言って、ポニーテールの子やその他のハンター達はみな引き上げていった。 「ハンター、か……」 あたしは、一つの決意を胸に秘めて、撤収する彼女達を見つめていた。
ハンター本部・ミーティングルーム。 「えー、今日から新しいメンバーが入る。28号らといっしょの非常勤だが。退職したハンター11号の代わりに入ってもらうことになった。――飯田君、入りたまえ」 ボスの言葉に促されて、あたしはルームのドアを開けた。 「ハンター11号・飯田あんずです! これからよろしくお願いしますっ!」
かくしてあたしは「ハンター11号」となり、親にも内緒で双葉たちといっしょに、影のお仕事をすることになったのだ。 く~~~っ! 退屈しないことほど幸せなことはないわっ!!
ハンター適性検査 責任者:ハンター14号・石川恭介
候補者名:飯田 あんず 1○歳 高校生 身長:160cm 体重その他:本人の希望により秘匿、ただしプロポーションは良好 検査結果:ハンター能力有 ただし、限られた状況でのみ発動。条件は本人の精神が非常に昂ぶり非常に強い思いがある場合。 その効果範囲は非常に大きく、都市全体に効果が及ぶ模様。ただし、効果発動後の体力消耗が激しく、非常に不安定。 異常な範囲で「現象」が起こらない限りは出動させないほうが健康のためと判断する。 それ以外での注意点はなし。強いて言えば退屈に弱いことである。 |
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