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ハンターシリーズ100『ハンター0号』 作・真城 悠

ハンターシリーズ100
『ハンター0号』

作・真城 悠

イラスト:松園さん

 

「ねえねえいちごちゃん、0号のことって聞いた事ある?」
「あんだよ鬱陶しい。知らねーよ」
 いつもの通り事務室でしょーもない話をしていると、突然5号が言い出した。
「そういえば0号の話って聞かないわね」
 おせんべいをつまみながら水野さんが受ける。
「あ、あたしもー」
 お団子をほおばりながら沢田さんが更に受ける。もはや事務室というより休憩室である。
「いないんじゃねえの?数字は1から始まるもんだ」
 素っ気無いいちご。
「でもウチの組織のことだからねえ。何があってもおかしくないよ」
 水野さんが妙に煽った。
「お前はどう思うんだよ?」
「僕?!…そうだなあ。いるかもしれないけどイレギュラーってところかな」
「また訳の分からん数学用語を持ち出す気じゃ無いだろうな」
 普段はとてもそうは見えないが実はこの5号は10年に一人とも呼ばれる数学の天才なのである。運悪くハンター体質であった為に引き抜かれてこうして無駄に才能を眠らせている。
 ま、本人はいちごのそばにいられて幸せなようであるが…。
「いや、そういう訳じゃないけど…そういえばボスって0号じゃないの?」
「違うよ」
 可愛い声で沢田さんが否定する。
「ボスはボス。0号じゃないわ」
 その時に館内放送が流れた。
『華代出現!華代出現!深夜特急バスの運転手から乗務員、お客の全員をバスガイドに変えた模様。至急現場に急行せよ!』
「行くぞほら!」
 バン!と5号の背中を叩いて飛び出していくいちご。
「そらきた!」
 その後を追う5号。
「「行ってらっしゃ〜い」」
 事務員二人が手を振っていた。

 いちごが部屋の電気を付けた。
「ふう…全くかなわんぜ…」
 思わず独り言を言ってしまう。
 今日も重労働だったなぁ…。毎度のこととは言え、よくもあんなに勘違いを続けられるものだ華代の奴…。学習能力が全く無いのだろうか。
 そんな事を考えていても仕方が無い。
 余りにも疲れていたのでシャワーを浴びることもなくその場で倒れこむ様に寝てしまった。


 ばちっ!と目が覚めた。
「……」
 いかんいかん。思わず爆睡してしまったらしい。
 いちごは周囲を見渡す。
 何も変わらない。いつもの部屋だ。
 思わずベッドの上にあぐらをかく。
 やれやれ、こうなってしまうと簡単には眠りに付けなくなるんだよな。
 いちごは二度目の青春時代なのでその当たりの「人生経験」は豊富なのである。
 読みかけのミステリもあったし…一気に朝まで読書としゃれこむか。
 いちごはハンター局内の廊下に設置してある自動販売機を求めてふらりと部屋を出た。


 毒々しい色の付いた炭酸飲料がゴトン!と勢い良くぶつかりながら排出される。
 たまにはこういう刺激の強い飲み物もいいものだ。いつもスポーツ飲料だのお茶だのではつまらない。
 それにしても誰もいないな…。
 組織の性質から考えて24時間体制で無いと困ると思うんだが…余り深いことも考えていないのだろう。
 静まり返った薄暗い廊下に自動販売機の唸るような音だけが響いているというのは何とも気味が悪い。
 いちごは外見はともかく精神は決して小娘ではないので多少のことにはたじろがないが何やら不気味ではある。
 その時だった。
「…?」
 廊下に何かが落ちている。
 ジュースのペットボトル片手にそれを摘み上げた。
「…っ!?」
 その紙片は“あれ”だった。シンプル極まりない二行の自己紹介だけが書きつけてある。
 何てこった…またあいつが本部に侵入してやがるのか…。
 それにしてもこんな最深部に入られたならば警報機が鳴り響いても不可解(おか)しくないのだが…どうなっているのだろう。
 その時、更に恐ろしいものがいちごの目に入ってきた。
 廊下の先には転々と紙片が落ちていたのである。


 いちごはハンターの習性で、下手に被害が拡大しないように名刺を全て拾いながら歩き続けた。
 …ったく…何なんだよ一体…。
 いちご本人はまごう事なき華代被害者で、直る見込みも全く無い。
 逆に言えばこれ以上華代被害に遭うことも無い。
 あるとしたらまた性転換される…つまり男にされる…ということだが、それならば上等だ。
 そう、「失うものが無い」のである。
 名刺の列が途切れた。
 そしてそこにはドアがあった。
「…これは…」
 誰も聞いていないのに思わず声を出してしまった。
 もしもいちごが英語のネイティブならばこう言ったかも知れない。「ジーザス(畜生)」と…。
 いちごの目に飛び込んできたその部屋の名札にはこうあった。

『ハンター0号』


 …こりゃ一体どうなってやがる…。
 昼間にこんな看板があったか?
 というかこんな廊下そのものが無かった気がする。
 暗くなって感覚が狂っているので今自分が建物のどこにいるのかも分からない。
 何か恐ろしいことになりそうではあるが…こちとらもう失うものなんかありゃしないのだ。
 ノックもせずにいきなりドアノブに手をかけた。

 …鍵が掛かってない。

 開いているのだ。
 音がし無い様にゆっくりと回してみる。
 微(かす)かに明かりが漏れてくる。中には電気がついているらしい。

 流石に叩きつけるように開いて踏み込む勇気までは無かった。
 ゆっくりと隙間を開いて中を覗き込んだ。

 いちごは息を呑んだ。
 そこには小学校低学年程度の小さな女の子の背中があったのだ。
 何やらごそごそと作業をしている様に見える。

 そんな!
 まさかそんな!
 こいつが…こいつがハンターの0号だってのか!?
 そんな馬鹿な!

 いちごの目の前が真っ暗になりかけた。
 その瞬間、気配を察したのか女の子が振り返る。
 可愛らしい笑顔だった。

「…見たね…?」


 バチッ!と目が覚めた。
 絶叫は上げなかったらしい。
 全身に脂汗をかいている。
 激しい動悸が止まらず、喘息の様に呼吸が乱れている。

 畜生!何て夢だ…。
 小さく呟(つぶや)くいちご。しかし同時に大いなる安堵感にも包まれていた。
 精神的疲労から一気に解き放たれたいちごは、またそこから倒れこむ様に眠りの世界に落ちていった。


「ん?いちごちゃん何か今日はいい匂いだね」
 可愛らしい声で沢田さんが言う。
「そうか…?普通だけど」
 実は散々嫌な汗をかいたのにその都度倒れこむ様に「爆睡」してしまったので、今朝はかなり念入りに朝風呂に入って「これでもか」と言うほどシャンプーだのボディシャンプーだのを掛けまくったのである。
 少々流し残した洗剤が残っているかも知れない。
「…沢田さん。ちょっと聞きたいんだけど」
「だーめ!」
「へ?」
「“愛ちゃん”って呼んでくんなきゃ何も教えない!」
「…じゃ、愛ちゃん」
「うん!分かった」
 沢田さんは可愛いんだけど、この頃富に幼児化が進んできた様な気がする。
「自動販売機の先の廊下だけどさ」
「…?」
「あそこって誰の割り当ての部屋だっけ」
「どしたのいちごちゃん」
「“どしたの”って…」
「そんなところに廊下は無いよ」
「え…」
「いちごちゃんの部屋の前の自販機でしょ?」
「そうだけど…」
「行き止まりじゃない。何も無いよ」
「そうか…そうだよな。うん」
 その時、また館内放送が鳴り響く。
「やれやれ、また出やがったな」
「みたいね。行ってらっしゃい!」
「おう!」
 ハイタッチして分かれる美女二人。
 今日もまた「ハンター」の任務が始まるのだ。

 

 

 

あとがき

 私は余り自分のところの小説にあとがきは付けないのですが、今回は記念すべきハンターシリーズ100作品を記念してとうことで。

 さて、今回の作品についてですが「ハンター0号」です。
 原案者特権として「1桁台」のハンターについては自動的にお手つきを貰っているので、100作品記念ということで使わせてもらいました。
 今回「実はハンター0号は『あの人』だった!?」という趣向にしていますが、「ハンター0号」の正体については「永遠の謎」にしようと思っています。
 それこそハンター組織の創設者とかもしも私がクリスチャンだったら「あの人」(お分かりですね?)とかにしちゃうのかも知れませんが、もう「謎」一辺倒で。
 今回も「夢オチ」ということで明言を避けています。
 これを言っちゃったら全てが終わってしまいますからね。

 ちなみにモデルとした物語があります。
 それがイギリスの傑作ドラマ「プリズナーNo.6」です。ちなみにこれは邦題で、原題は単なる「プリズナー(囚人)」みたいですね。
 主演のパトリック・マクグーハン自らの企画で、スパイ組織のエージェントだった主人公が引退を申し出るものの受け入れられず、無理に脱走しようとしたところ謎の村に押し込められてしまいます。
 そこでは人格も何もかも否定され、彼は単なる番号「6号」と呼ばれ、管理されてしまいます。

 こう聞くと「脱獄ものかな?」と思われるかもしれませんが、イギリスって国は本当に一筋縄では行きません。
 毎回脱出を試みる6号ですが、とにかくことごとく上手く行かないんですよ。どうにか海岸線まで辿りついて見ても謎の飛行物体(?)みたいなのが押し寄せてきてまた村に逆戻り。
 村そのものものどかな集落といった趣きで、陽気な村祭りみたいなのをやってたりするんですが「どこか普通じゃない」感じが漂っている薄気味悪さ。
 とにかく「不思議なドラマ」と形容するしかない奇妙な連続ドラマです。そもそもこの村は一体何なのか?

 で、この村には組織から送り込まれてきたらしい「2号(ナンバーツー)」が必ずいます。当然主人公の「ナンバーシックス」はナンバーツーに「ここから出せ!」と迫ったり色々やるわけです。
 ちなみにナンバーツーは毎回違う俳優さんが演じるのがパターン(同じ人が出てくる場合も少ないですがあります)。
 そして、シリーズ全体を通した「謎」として「ナンバーワンは一体誰なのか!?」というものがあるわけです。
 これを毎週リアルタイムで観ることが出来ていたイギリス人ってのは興奮したでしょうねぇ。「この村のからくりは?ナンバーワンとは一体誰なのか!?」とクラスでの話題も持ちきりですよ!(想像)

 そんなこんなで「ハンター0号」とは誰なのか?というネタをちょっとだけ考えてみました、という訳。
 ちなみに「あちら」のドラマってのはそもそも「最終回を作る」という発想が無い場合も少なくない上に、新シリーズを作らせようと区切りの回で主人公が絶体絶命のピンチになったまま終わるなんてのは日常茶飯事で、しかも次のシーズンが作られなかったものだから未だに宙ぶらりんなんて作品も沢山。
 しかし、「プリズナーNo.6」は一応完結し、噂の「ナンバーワン」も画面に登場します。
 私も最終回見ましたが…ここは感想まで含めて秘密にしましょう(^^。

 「ゴルゴ13」で何年かに一度の定番ネタとして「ゴルゴの出生の秘密」「ゴルゴの正体を探る」お話があるでしょ?それと似た路線も狙ったりしたのですよ。ゴルゴの場合は大抵秘密に迫った哀れな登場人物はゴルゴによって葬り去られる訳ですが…。

 くれぐれも「ハンターシリーズ」を「0号の正体を探るシリーズ」とかにはなさいませんように(^^;;。これはごくたまにやるからいいスパイスみたいなもので、スパイスだけを食べても美味しくありません。

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 ということで、長いあとがきに付き合い頂いてありがとう御座いました。
 これからもハンターシリーズをよろしくお願いいたします!
2007.06.01.Fri.



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