![]() ハンターシリーズ101
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あっ、あたし、逸呉 緋稜(いちご ひいつ)と言います。 幼稚園から大学まで一貫のマンモス校・半田学園に通っている女子高生16歳で趣味は……って、今はそんな事関係ないですよね。てへっ。 あれは学校帰り、夕暮れ時のことでした。 沈みゆく太陽にひとり考え事をしている、かわいらしい声を掛けられたんです。 それは、いつの間にか私の目の前に現れた少女の物でした。 『う〜ん、どうしたらいいんだろう……』 そう、確かそうつぶやいたときでした。 その女の子が声を掛けてきたんです。 『おねーちゃん、お悩み事ですか?』 白いワンピースとそれとお揃いの幅広の帽子を身に着けていたのがとても印象的でした。 最初、学園の初等部の子かなとも思ったんですけど、どうもそれは違う様で……。 『えっ?』 『あっ、わたし、こういう者です。よろしければ悩み承りますよ?』 その子はあたしに一枚の紙切れを手渡して来たんです。 それが、えっと、あっ、あった。この名刺です。 「……。“ココロとカラダの悩み、お受けいたします”か。正しく真城華代の名刺だな」 はい。 で、この子になら打ち明けてもいいかな、と思ったんです 『んじゃあ……、って、やっぱ、やめ。』 けど、やっぱり思い直しました。 『えっ?』 すると華代ちゃんは目をまん丸にして聞き返してきたんです。 『どうしてですか』 『やっぱり人に聞くの恥かしいし、自分でなんとかしないといけない問題だと思うの。だから、ごめんね』 あたしがそう言うと、華代ちゃんは途端にしょんぼりとして…… 『わかりました。しょうがないですね。今日はあきらめます。また悩み事があれば相談してくださいね』 って、寂しそうに言うんです。 だから、あたしもなんて声を掛けたらいいのか分からなくなってしまって。 だからでしょうか。 不意に、ホントに何の脈絡もなくですよ? 不意にその言葉が出てしまったんです。 『もう一人あたしがいれば、そのあたしになら気兼ねなく相談できるんだろうけど……』 あたしがそう呟いた途端、華代ちゃんの瞳が輝いたんです。 探していた何かをやっと見つけた、そんな感じでした。 『よかった、それなら何とかできます』 『えっ?』 『いまから、もう一人のおねーちゃんに会いに行きましょう♪』 そう言って華代ちゃんはあたしの手を引いて歩き出したんです。 『えっ? えっ?』 そして、あたしもよく分からないまま、手を引かれるに任せて一歩踏み出してしまいました。 すると一瞬にして周りの風景が、見たことのない、なんというか、そう正に異次元空間って感じの風景に変わりました。 その時は気が動転していて気か付かなかったんですけど、今思えば既にその時、身体に違和感が有ったように思います。 混乱していたあたしは、そのまま華代ちゃんに引っ張られて、歩いていきました。 そして暫くそのまま歩いたら、また不意に景色が変わったんです。 そこは見たことないんだけど見たことある、知らないけど知っているような……、そんな場所でした。 これがデジャヴと言う奴なのかなぁって一瞬思ったんですけど、なんて事はない。 元々あたしがいた場所から数歩歩いた場所だったんですよ? 今だから異世界だったからと分かるんですけど、その時は同じ場所なのに違う場所にいる様な気がしてとても不思議でした。 『この先にもう一人のおねーちゃんがいるから』 そう言って、華代ちゃんは学校があったほうを指差しました。その言葉に思わず答えるあたし。 『うん』 『じゃあ、あたし、時間潰しに他の人の悩みを解決してくるね♪』 あたしはその声に違和感を感じたんですが、華代ちゃんはそれを気にしていないみたいでした。 なので、あたしの気のせいなんだと思い直し返事を返しました。 『わかった』 ……やっぱり違和感を感じました。 なんか、あたしの言葉を、あたし以外の人、それも男の人が喋っている様なそんな感じ。 『じゃあ、また、あとでねっ、おにーちゃん』 『えっ? おにーちゃんって……?』 そう言って、華代ちゃんは走り去って行ってしまいました。 取り残されたあたしは、暫く茫然と立ちすくんでいました。 でもやっぱり華代ちゃんの言葉が気になって自分の体を調べたんです。 「え゛っ!?」 あっ、いえ、別に体中触った訳じゃなくて、公衆トイレの鏡に姿を移してみただけですよ!? 「……」 ……ごめんなさい。 嘘つきました……てへっ。 「『てへっ』、じゃない! 『てへっ』じゃ!!」 だ、だってホントにあるか気になるじゃないですか、やっぱり…… 「じとっ……」 あう〜。いちごさんの視線がイタヒ…… 「はぁ、それは、まあいい。で、その後はどうしたんだ?」 あっ、はい。 取り敢えず、ブランコに腰掛けてどうしようか考えてました。 「あぁ、そこで、りくがやってきたんだな?」 はい。そうなんです。 ブランコに乗って考え込んでたあたしに、ある声が掛けられたんです。 『兄さん……そこ、俺の席……』 最初『兄さん』というのがあたしの事とは気付かなかったのですが、聞き覚えある声なのに気付いて顔を上げたんです。 『……。えっ? 宇佐美ちゃん?』 そこには確かに見知った顔、半田学園初等部の女の子・宇佐美(うさみ)ちゃんが居たんです。 でも、あたしの顔を見た宇佐美ちゃんも目を丸くしました。 あっそういえば今の姿じゃ、あたしとは分からないんだろうなぁって思ったんですが……。 『い、いちご? おまえ、戻れたのか?』 でも、なぜかあたしの事が分かった様でした。 『宇佐美ちゃん、呼捨てはメッよ? ――って、あれ? なんであたしの事わかるの?』 『はぁ? なに言ってんだ? おまえ、一号だろ? その姿を見るのは久しぶりだがお前と俺の付き合いだ、見間違うはずも無い』 『久しぶりって……? そう言えば、宇佐美ちゃん何時もと話し方、違う……?』 『お前のほうこそ変だぞ? 長いこと女をしてきた所為で癖になったか? ……あっ、いや、違うか。何時もとも違う……』 宇佐美ちゃんは首をひねって考え出しました。 あたしはそんな宇佐美ちゃんを見ているうちにある衝動に駆られたんです。 恐る恐る、目の前でぴょこぴょこ動くそれを……ぎゅっ……ってしちゃいました。 『いてっ、イタイイタイ』 あたしの突然の行動に宇佐美ちゃんが思わず声をあげました。 『な、何するんだ。いきなり!?』 そう文句を言いつつ耳を擦っている。 ……でも……やっぱり本物らしい。 『あっ、ごめん。いや、なんか自然に動いてるようだから、さっきから気になっちゃって』 『はぁ? この耳が本物だっつう事はお前もよく知ってるだろ!?』 『……その耳、どうしたの? 宇佐美ちゃん』 『話し聞けよ、つか、華代の所為だって知ってるだろ。……ん? 宇佐美って誰のことだ?』 『あなた。半田学園初等部1年の宇佐美ちゃん。趣味はかくれんぼ。あと、あたしの事はいつも「おねーたん」って呼んでる』 『……それ俺じゃないな』 『えっ……? と言うことは何ですか、あたしはあの子に連れられて人類みんなにウサ耳が生えてるラヴリーな世界に連れて来られたとか?』 『んな訳あるか、俺の耳は特別だ! って、あの子? もしかして華代!? おまえ、真城華代にあったのか!?』 『えっ、うん。そうだけど……。えっ、えっと、もしかして、宇佐美ちゃんも華代ちゃんに会ったこと?』 『……おれは半田りくだ。と言うかそもそも、俺たちは華代を追っているハンターだろ。って、……もしかとは思うが、おまえ、いちご、半田いちごじゃなかったりするか?』 『えっ? 違うけど……』 あたしの答えを聞いて、宇佐美ちゃん、もとい、りくちゃんは額に指を当て、ひとつため息をつきました。 『未来や狩生いち子でもないんだな』 『あったりまえです。あたしはひいつ、逸呉緋稜(いちご ひいつ)っていうの』 『そうか、緋稜。と言うことは女か』 『むう。何よ、どこをどう見たら……ってどこをどう見ても男か、あははは、はぁ。あのね、信じて貰えないかもしれないけど、あたしホントは女の子で……』 『華代に男にされたと。……まあ、めずらしいが、ありえん話じゃないな』 『ほへ?』 『いや、こちらの話。まあ取り敢えずハンター能力もある様だし、俺には元に戻せそうに無いから基地に行くか。……ほら、こっちだ。いくぞ』 そう言って、りくちゃんは来た道――学校があった方――つまり、華代ちゃんが指差したほうへ早足で戻っていきました。 『……ウサギさんを追いかけて、って』 不思議の国のアリス? 『違う!』 目的地に着くまで、華代ちゃんに会ってからの経緯について聞かれました。 なぜ、そんなこと聞かれるのかと思ったけど、りくちゃん――あっ、ホントは年上なんだからちゃん付けって失礼ですね――から、りくさん自身のこととハンターと言う組織のこと聞いて、少し納得しました。 で、目的地に着いてすぐにいちごさん、あなたに会ったんです。 もうびっくりしちゃいました。 だって、あたし――あっ、今のじゃないですよ?―― そっくりっだったんだもん。 思わず指差しちゃいました。 『あ、あたしがいる!?』 『お、俺がいる!?』 いちごさんもでしたけど。……くすっ 「わ、笑うんじゃねぇ!」 「と、言うわけで今に至ります」 「……」 これまでの経緯を話終わったあたしに、相対しているいちごさんは黙ったままでした。 と言うより、さっきから何やら沈痛な面持ちをしてる。 ……あたし、何か悪いことしたっけ? 「いちごさん? どうしました?」 「いや、俺の(元の)格好で『あたし』とか言われると違和感が……」 「あたしの姿で、『俺』って言われるのも違和感ありますよ?」 「まあ、そうだろな」 その頃、ボス達は……。 「おい、ななちゃん、それは本当なのか?」 「僕はななちゃんじゃありません!」 「で、どうなんだ。ななちゃん」 「無視ですか。……まあ間違いないでしょう。少ししか見てませんが、ちょうど魔眼を開放していたんで気付きました」 「そうか。じゃあ、その彼(?)といちご、それにりく……ついでに14号を呼んでくれ」 「……という訳だが、どうだ14号?」 ボスと呼ばれる、おじさんって言うにはちょっと若いけど、そのボスさん――なぜかあたしの学校の学園長にそっくり――が、白衣を着たひょろっこい男の人――こっちはマッドサイエンティストと有名な科学の石川先生にそっくり――に声をかけた。 かく言うあたしは、知人にそっくりな人に会いすぎて混乱状態。 もう何が『という訳』なのかぜんぜん分かってなかったり。 「確かに彼、じゃなくて彼女の“今の”遺伝子は、いちご先輩の男だった時の物と完全に一致してますね」 「はあ? それはどういう意味だ?」 「華代に、俺――男だった時の俺に変身させられたとかか?」 宇佐美ちゃんにそっくりなりくさんの言葉を、あたしにそっくりないちごさんが継ぐ。 「結果的にそうですが、正確には違う様です」 そう答えたのが、ななちゃん先生じゃ無くて、七瀬先生にそっくりな7号さん。 「と言うと?」 未だ混乱状態のあたしをよそに、りくさんが続きを促しました。 「彼女はいちご先輩なんです」 「はあ?」 いちごさんが聞き返す。ちなみにあたしは、ちょっと混乱から覚めた所。 って考えるのやめただけだけど。あはは。 「正確に言うと、別の位相世界、まあ、別の言い方でパラレルワールドのいちご先輩です。僕の魔眼で見る限り、彼女の元の姿は今のいちご先輩にそっくりですし、彼女の話から考えてもそれしかないと思います」 へえ〜、そうなんだ。 って事は、りくさんがあたしの世界での宇佐美ちゃんで、ボスさんが学園長で、14号さんが石川先生で、7号さんがななちゃん先生だったりするのかな? 「おい、ちょっと、待て。俺はもともと、男だぞ!?」 「だから、いちご先輩が生まれたときから女だった世界とかそういう世界なんですよ。たぶん……」 「名前が違うのは? 苗字からしていちごの本名と違うが?」 「まあ、パラレルワールドってのはあくまで可能性の世界ですからそこまでは……」 えと、ちょっと頭の中を整理。 あたしが別の世界の人間で、何らかの影響――いちごさん達は華代ちゃんの所為って言ってるけど――で男になってるって事だよね。うん。 とすると…… 「あ、あの。あたしは元に戻れるんですよね」 「「……」」 えっ、えっと……。 その沈黙は……、もしかして? 「「……」」 「な、何で無言なんですか?」 「「……」」 「……目を逸らさないでよぉ」 「「……」」 「……も、もしかして戻れないとか、言いませんよね」 「……残念ながらその通りだ。華代被害にあった君自身にハンター能力がある以上は、ね」 そっ、そんなぁ〜。 あたしはいちごさんに眼をやった。 でも、頼みの杖のいちごさんは静かに首を横に振るだけで……。 「……逃げたな」 「……逃げましたね」 「まあ、中身は女の子ですからしたかないでしょ」 「引き篭るかな」 「引き篭るだろうな」 「いちご先輩ですからね」 「だな」 「そうか。って、おい待てっ! その姿で引き篭るんじゃねぇ!!」 「「「「……………………」」」」 「追い駆けて行ったな」 「行きましたね」 「……」 「しかし本当にハンター能力があるのか?」 「まあ、住む世界は違っても、いちご先輩と同一人物ですから」 「そうか……」 「戻れないなら、せめてこっちでの戸籍を用意してあげるべきでしょうね」 「まあ、ちょうど15号が空いてるし、半田壱吾でいいか」 「おい、ひいつ、入るぞ」 「は、はい、空いてます。どうぞ」 「つうか、ここ俺の部屋なんだが……?」 「だって他に行くところがないですもん……」 「まあ、いいけど……」 ぎぃ、ばたん。 「……」 「……」 「はぁ〜。で、何を悩んでたんだ?」 「えっ?」 「だから、もう一人のお前、つまり、俺にしか相談できない事を聞きに来たんだろ?」 「そうですけど、元の世界に戻れないんじゃ、もう意味無いですし」 「はぁ〜。面倒だな」 そう言っていちごさんは、あたしの前に腰を下ろしました。 「……『あとでねっ』そう言ったんだろ?」 確かにそう言ったけど…… 「俺の知る限り、華代が再開の約束をした話を聞いたことが無い。――遊びの約束は除いてな」 「えっ?」 「つまり、お前の世界の真城華代と俺の世界の真城華代。どこか違うのかもしれないという事だ。果報は寝て待て、まあ、解決すべき事を解決して後は運を天に任せるしかないだろ」 「……そうですよね」 「うん、さすが俺だ。物分りがよくて助かる」 「それって自画自賛ですか? あはははは」 「あはは。で、聞きたい事ってのは?」 う゛っ。 「何、苦虫を噛み潰したような顔をしている。さっさと言え」 「うぅ〜。」 「唸ってないでさっさと言う」 やっぱ、言わなきゃ駄目? 「あのぅ、笑ったり怒ったりしません?」 「あ〜、しないしない」 うそだ、目が怒ってる。……気がする。 「でもぉ〜」 「『でもぉ〜』でもない。男らしくないぞ」 「……あたし、女の子だもん」 「あっ、すまん」 「……」 「……」 あぁ、沈黙は沈黙で辛いんですけどっ!? 「……」 「……」 うぅ、もういいです。 観念します。 「えと、これ何ですけど……」 そう言ってあたしは、カバンから数枚の紙切れを取り出した。 「これは……、宿題?」 あ、蝶々が飛んでる。 「……。目線をそらすな」 あう、じと目で見ないでぇ。 分かってます、分かってますよ! そりゃ誰だって、散々焦らしといて、その理由が『宿題出来ないけど人に聞くのは恥ずかしい』って言う事だったら、怒る筈。 あたしだって怒るもん。 「だってぇ、いちごさん怒ってるし」 「怒っていない。呆れているだけだ。」 あっ、訂正。あたしも呆れると思う。 「ふぅ〜、これで最後か?」 「あっ、はい」 結局、あたしは、というかあたし達は、というかほとんどいちごさんがだけど、宿題として出されたプリントを片付けました。 あっ、さっきの『ほとんどいちごさんが……』ってオフレコね。 ちょうど、その時いちごさんの部屋のドアがノックされました。 ――トントントン 「ん? 客か?」 そう呟いていちごさんはドアの向こうの人物に声を掛けました。 「誰か知らんか、今、来客中だ。すまんがあとにしてくれ」 「えっ、あの、その、そのお客さんに様があるんです」 あたしといちごさんは思わず目を合わせました。 そう、その声の主は、あたしをこの世界に連れて来た少女、華代ちゃんだったんです。 「どうぞ」 そう一言だけ言ったいちごさんの顔には緊張の色が見えました。 えと、そんなに危険なの? 「あの、おにーさん、迎えに来ました♪」 「あっ、うん」 別れた時と同じ明るさで話しかけてくる華代ちゃんと、それに答えるあたし。 いちごさんは、そんなあたしたちをやり取りの様子を見ていました。 「あの、華代ちゃん?」 「なんですか?」 「あたし元に戻れるの?」 「えと、確実には言えないんですけど、元の世界に帰れば戻れるかと」 「ホントに!?」 「はい。今の姿になったのって、こちらに来る際に別の世界に接触した所為なんです。だから、より影響力が強い本来の世界に戻れば……。あっ、ちなみに今その姿のままなのは、この世界が両方の姿に対応しているからなんです」 「えと、よく分からないんだけど、取り敢えず帰れば戻れるのね」 「あっ、はい」 その時、それまで黙っていたいちごさんが、華代ちゃんに質問しました。 「おい。おまえがこいつを男にしたんじゃないのか!?」 いちごさん、『こいつ』はなんかちょっとちょっとひどい気がします。 「え〜、違いますよ? だってそんな必要ないじゃないですか」 その答えを聞き、いちごさんが少し硬直しました。 「……。おまえ、ホントに真城華代か!?」 「はい、そうですけど……。あっ、なんなら名刺見ます?」 「あっ、いやいい」 それは残念です。 と途中まで出しかけていた名刺をカバンに仕舞いました。 「いや、まてよ……。俺を戻せたりするか?」 「えっ、えっと……、すみません。それは無理なんです。あたし、こちらの世界の『真城華代』に願いを解決して貰った人に重複して力を使うことが出来ないようで……」 華代ちゃんは、お役に立てなくてすみません。 とばかりにうな垂れてしまいました。 「そうか……」 いちごさんも残念そうに肩を落としました。 やっぱり、いちごさんも元の姿に戻りたいんだ……。 え、えと……、あたしはどうすれば……? ……。沈黙の中、時計だけがカチコチと時を刻む。 ……って、あれ? 「あっ、あぁ〜!! もう八時半?!」 あたしの突然の叫びに二人が顔をあげました。 「ど、どうしたんだ?!」 「ふぇ? どうしました?」 「ドラマですよ、ドラマ! 九時から新番組のドラマがあるんですよ!! お気に入りのタレントが出る話題作なんです!!!」 「そ、そうか」 あたしの剣幕にいちごさん、ちょっと引き気味。 でも、あたしはそんなこと気にしていられない。 「華代ちゃん、早くあたしを元の世界に戻して! 早くしないとドラマが始まっちゃう!」 「あっ、はい!」 華代ちゃんを急かし、さっさと元の世界に戻ることにしました。 今からなら何とか間に合うはず。 「じゃ、いちごさん。お世話になりました。また――」 「――今度……ってあれ?」 気付いたら、あたしは華代ちゃんと出会った公園に居ました。 しかもなぜか空もまだ明るい……。 「えと、お急ぎの様でしたので、大急ぎで元の場所、元の時間にお連れしましたけど……」 華代ちゃんが、あたしの疑問に気付いたのか答えてくれました。 「あっ、そうなんだ……」 って、ことは、あれ? 「もしかして、あたしの急ぎ損?」 「……そうですね」 思わず、肩を落とすあたし。 「それなら、もっといちごさんと話したかった……」 そう呟いた、あたしの声は、本来のあたしの声でした…… その頃、いちごは…… 別れの台詞途中で消えた人物が立っていた場所を、呆然と眺めていた。 「何だったんだ? ……夢だったのか」 しかし、机の上に目を下ろすと、そこにはそれを否定する列記とした証拠が…… 「……お〜い、宿題忘れてるぞ〜」 後日、忘れた宿題を取りに、緋稜がいちごの世界に現れるのだが、それはまた別の話…… |
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