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ハンターシリーズ108
『いけるかケイちゃんの就職活動』

作・ELIZA

 

俺の名前は新野……いや、いまは半田ケイだ。
俺は確かに半田だがハンターではない。
ただいま仕事捜索中だ。
しかし俺にはさまざまな技術と比類のない能力がある。
今日も一日就職活動がんばろう。

さて、今日の仕事は……

「…ここだな、49号の部屋は。」

ドアの前に立っているのは10歳くらいの少女。
そう、われらがケイちゃんです。

「仕事が欲しいのなら、黒のワンピースを着て17時に来てくれと言っていたはずなのだが…」

「黒のワンピース」としか指定されていないにも拘らず、ヴィクトリア風の使用人の衣装を完璧に着こなして来るあたりがやっぱりケイちゃんです。
現在は16時59分ですが、ドアには鍵がかけられていて、ノックをしても呼んでも49号は出てきません。

「無理にでも開けるか…?」

ガチャリ

ドアはひとりでに開きました。
おそらく魔法なのでしょう。

「…おじゃまします。」

部屋の中には誰もいません。
ヴィクトリア風の家具調度が揃えられている中、山のように積み上げられたバッテリーだけが浮いています。

「これは…ハーキマーダイアモンドか?」
「あー、最初に言っておきますけど、宝石はいじらないでくださいね。」

慌ててテーブルの上、もとあった場所に宝石を戻します。
よく見るとテーブルには魔方陣のようなものが描かれており、不思議な光を放っています。

「イルダさん、どこですか?」
「現在私は留守にしていますので、そちらの質問には答えることができません。
魔方陣の上の宝石にメッセージを封じてあるので、その指示に従ってください。」
「…どういうつもりだ?」
「ケイさんには今後女中として働けるようになるか試すため、少しお手伝いをしてもらいます。
お手伝いの時間の合計は1時間、終わったら千円をお小遣いとしてあげます。」
「時給千円のバイトで採用テストか、面白い。」
「何か買う必要がある場合は、台所にある五千円を適宜使ってください。
なお、どんな理由があれ、会計をごまかしたり泥棒をするような人にはお手伝いをしてもらわなくて結構です。」
「俺はそんな事で折角の仕事を不意にしたりはしない。」
「まず最初にお掃除をしてもらいます。
台所にエプロンがありますから、それを着けて行ってください。
12分後に次の指示を出すので、時間内にやれるだけやってください。
最後にアドバイス、ポケットにライ麦を。
では、よーい、ドン!」

「ポケットにライ麦を、か。
マザーグース……ミス・マープルか!」

ケイちゃんはエプロンを着けながら呟いています。
何か思いついたのか、覚悟を決めた様子で上を見上げます。
部屋の天井は、煤で真っ黒になってしまっています。

「ええと…はたきはこれで…踏み台がない!?」

そう、ケイちゃんの身長では天井まではたきが届きません。
仕方がないので、山積みのバッテリーを動かして踏み台にしつつ掃除を始めました。

「…時間がないからな、最低限にしておかないと。」

そう言いながら、あっという間に煤を落としていきます。
「最低限」と言っていますが、壁紙を張り替えたかのような仕上がりです。

「よし、これで天井と壁は…」

ドン、ガラガラ、ドスッ

最後の最後で気が抜けたのか、踏み台から転げ落ちてしまいました。
しかも運が悪いことに、電極の側が下になったバッテリーの下敷きになっています。

「ギャッ!
…感電や打撲程度で倒れるわけにはいかない、あと9分だ。
…ありがたい、バッテリーの液漏れも床の傷もない。」

そう、この程度でへこたれるケイちゃんではありません。
すぐに起き上がると、掃除の続きに取り掛かります。

「…オイルランプに獣脂蝋燭、蜜蝋蝋燭にパラフィン蝋燭、和蝋燭まであるのか。
これは煤がたまるわけだ、こいつらも補充して磨いておかないと。
…下駄箱に石灰とテレピン油があったな、よし。」

あっという間に一通り掃き終えたケイちゃんは、ゴミ箱をあさり始めました。
一体何をしているのでしょう?

「はーい、ここまで!」
「…はぁ、はぁ。
何とか間に合ったぞ。」
「では次は、お買い物に行ってもらいます。
欲しいのは「ローストロース」の最新号と「エマRPG:デボン」です。
駅前の書文本店に置いてあるはずですから、12分で買って来て下さい。
では、よーい、ドン!」

ケイちゃんは台所の五千円を掴むと、部屋の窓に向けて走り出しました。
それもそのはず、書文本店には普通に歩くと20分かかります。
普通に進んでいては絶対に間に合わないのです。

「それ!」

ケイちゃんは3階の窓から飛び出すと、30mほど離れた家の塀に向かって飛び降りていきます。
力が変わっていないのに体重が激減しているからできる業ですが、それでも素晴らしい跳躍力です。
ケイちゃんはそのまま家の屋根や塀を跳び伝っていきます。

「…しまった、大通りだ。
これでは間に…あれは、よし!」

「なずなちゃん、ありがとう!」
「これでOK。じゃあね。
なずな、飛びまぁ〜す!」

ドスッ

キキィィーッ!
バン!
ドスン!

後ろに急ブレーキや何かの衝突音を聞きながら、ケイちゃんは書文本店に入っていきました。

「ええと、TRPGのコーナーは…2階か。
なるほど、なぜ俺に頼んだのかよく解ったよ。」
「ケイちゃん、そっちに行っちゃダメだよ。」
「…伊奈か。「行っちゃダメ」って、どういうことだ?」
「とーこせんせーがねー、子どもは上に行っちゃいけない、行ったらおしおきだってー。」

伊奈ちゃんは有無を言わずに刺してきます…
が、次の瞬間、伊奈ちゃんは倒れ伏しました。

「…悪いな、伊奈、今日はゆっくり相手をしている暇はないんだ。
俺は君よりも強くなりすぎてしまったのだ。」
「おい。」

後ろの声の主を確認することもなく、ケイちゃんは三角跳びを仕掛けました。
相手が誰か既に判っているようです。

「待て!
お前、自分が何歳か解っているのか?」

すかさず声の主…燈子さんはケイちゃんの右足首を掴みます。
ケイちゃんはそれに答えず、ぶら下がった状態で伊奈ちゃんのナイフを取ると燈子さんに投げつけました!

「くっ!
…ナイフは布石か!」

ケイちゃんはナイフをよけた燈子さんの頭に蹴りを放ちます。
そう、この体勢だと長いスカートを気にせずに済むのです。
しかし、燈子さんは凄い勢いで振り上げられたケイちゃんの左足をがっしりと掴みます。

「やるな…」
「いけませんねぇ、足元がお留守になっていますよ。」

次の瞬間、燈子さんはケイちゃんを離して倒れ込みました。

「…何、命に別状はない。
それに、俺が買おうとしている本は全年齢対象…のはずだ。」

目的の本はすぐに見つかりました。
税込みで945円と3990円、ぎりぎりです。
年齢制限がないことを確認してすぐに買います。
残り5分、急がないと間に合いません。

「…は、衣類の汚れ取りと補修をやってもらいます。」
「はー、はー、何とか間に合ったか。」
「北側の壁にある隠し扉の先に洗濯室がありますので、作業はそこで行ってください。」
「…まだ続くのかよ。」
「そろそろ疲れてくるかもしれませんが、仕事はまだ半分以上残っていますよ。
この仕事も12分でできる限りやってもらいます。
では、よーい、ドン!」

ケイちゃんは休む間もなくクローゼットに歩いていきます。

「…うわ、これは虫食いの補修、こっちは染み抜きが必要だな。
他は…埃を落として帽子を整えれば大丈夫だな。
いや、これにはアイロンがけが必要だ。」

そう言いながらケイちゃんは東側の壁を箒の柄で撫で回しています。

「…!
やっぱりな、隠し扉は他にもあったか。
これは…冷蔵庫か。
それはそうと、牛乳と調味料、氷しか入っていないのか!?」

ここで時間を無駄にするわけには行きません。
衣類を持って北側の隠し扉に入ると、一通りの設備が整った洗濯室が現れました。

「…よし、染み抜きと補修は終わった、あとはアイロンがけだ。
さてと、これはどうやって使うんだ?」

火で熱して使うアイロンは問題ありません。
ケイちゃんが見ているのはランドリーストーブです。
宝石が嵌め込まれて不思議な文様が描いてあるところからすると、魔法の品のようです。

「…ここに使い方が書いてあるな。
ええと、ストーブの中の線まで石炭を入れ、下のつまみを4に合わせて合言葉を言う、と。
…肝心の石炭が足りないのだが。」

ケイちゃんは石炭入れの底にあった石炭の粉とゴミ箱のゴミを足して、書いてあった合言葉を唱えます。

ボンッ!

ランドリーストーブはいきなり火を噴きました。
とっさにかわしましたが、ケイちゃんの前髪はちりちりになっています。

「うわぁ!
…こりゃ後で切り直さないとな。
…他のものに被害はなし、石炭に火は入った、作業続行だ。」

「…よし! これで完了!」
「はーい、ここまで!
では次は、お料理をしてもらいます。
私は5時48分にお客さんを連れて帰る予定なので、それまでに私とお客さんの分、合わせて5人分の夕食を作ってください。
あ、ケイさんも食べるのでしたら6人分ですね。
メニューは問いませんが、常識的な食べ物にしてくださいね。」
「メニュー選びのセンスも問う、と言うわけか。」
「冷蔵庫は隠し扉の奥にあるので、材料はそこから取ってください。」
「…っておい、あそこにはほとんど何も入っていなかったぞ!」
「あ、そうそう。
後の12分ではケイさんの接客の仕方とこれまでの仕事をチェックします。
メッセージはこれで終わりなので、このテーブルを食卓にしてください。
魔方陣は消して、宝石はブロンズ像の足元にある宝石箱に入れておいてください。
では、よーい、ドン!」

魔方陣の光は消えました、魔法が切れたのでしょう。
ケイちゃんは言われた通りにテーブルを拭き、宝石を戻します。

「これは石炭を使うレンジだな…って、石炭は切れてるよ!
しょうがない、ランドリーストーブの残りを持って来るか。
…量は少ないが、しばらく入れておけばそれなりに温まるだろ。
さて、材料を探さないとな…男爵とニンジン、タマネギだけか。
冷蔵庫にないものとなるとそうだよな。
するとあれしかない!」

何を思ったのか、ケイちゃんはお使いのお釣りを持って窓から飛び出しました。
65円で何を買うつもりなのでしょうか?

「…よし、10人で豆腐20丁、無事に確保!」
「しかしなぜ我々が食材の買い出しなど…」
「仕方ないだろう、組織は常に財政難なんだ。
ここの1丁16円の豆腐は貴重なんだぞ。」

話しているのはガイストの人たちです。
5時半から始まるスーパーのタイムサービスの為に駆り出されていたのでした。

「遅かったか、売り切れだ!
…ガイスト連中がまだかごに入れているか。
1人2丁までだな…今入ってきたのは猫、よし!」

「お、ケイ、どうした?」
「頼むから黙って俺に着いて来てくれ!」
「お、おい、そんなに引っ張るなよ。」

「よし、買い出す物はこれだけだな。
…どうした、ケイ?」

ケイちゃんは何も言わずにガイストたちのかごを蹴り上げます。
するとどうでしょう、一番上の豆腐が4丁、宙を舞ってケイちゃんのかごに入っていくではありませんか!

「!?」
「よし、レジへ行くぞ!」
「おい、ちょっと待て!」

「…ありがとうございました。」
「ありがとよ、猫!」
「待てぃ、そりゃ横取りだぞ!」
「…お客様、そちらのお会計を。」

いつ持たされたのか、44号の手にはガムが1個入った買い物かごがありました。
こうして、追っ手が清算に手間取っている間にケイちゃんは組織に戻っていきました。

「はぁ、はぁ。
残り時間は…3分!」

「ただいま〜。」
「「邪魔するな。」」
「「お邪魔します。」」
「お邪魔致します。」
「お帰りなさいませ。」

イルダさんと一緒に入ってきたのはいちご、あんず、双葉、そして64号でした。
ケイちゃんは早速出迎えます。

「どうですか、仕事は?」
「どうにか一通り終わらせました。」

中に入ってまずイルダさんが訊きました。
ケイちゃんの答えを聞いてイルダさんの顔色が変わったような気がしましたが、気のせいでしょう。

「イルダさん、ちょっとお願いします。」

おや、別のお客さんが来たようですね。
どうしたのでしょう、ケイちゃんの顔色がどんどん変わっていきます。

「…はい、何でしょう?」
「…の魔法をかけて欲しいのですが。
料金はこちらに。」
「ええと、帯封って、100枚でしたっけ?
なら料金通りですが、ちょっと待って下さいね。
そこまで一度に言われるとストックを使わないといけないので。」

お客さんは魔法をかけてもらいに来たようです。
イルダさんが札束を手に戻って来ました。

「イルダさん、その札束は…?」
「『ドジ封じ』『馬鹿力』『機動力倍化』などの料金です。」
「あー、思い出した。
イルダさん、今日のとは別に『元の姿に』をかけて下さい。
…これでお願いします。」
「料金を払ってくださるのでしたら、それはいいですけど。」

いちごさんまで魔法をかけてもらって、どうするつもりでしょう。
イルダさんは宝石箱を持って、本来の姿に戻った1号と一緒に出て行きました。
ケイちゃんは今にも泣き出しそうな顔で震えています。

「…ありがとうございました。
え、ケイさんですか、今中に居ますけど。
ケイさん、みなさんが呼んでますよ。」

ケイちゃんが死人のような顔をして出てきました。
きっと何か心当たりがあるのでしょう。

「それでは、ごゆっくりどうぞ。
ケイさん、お客様に粗相をしたらどうなるか解っていますね。」

イルダさんは1人部屋に戻って扉を閉めました。
とたんにケイちゃんの周りの人々の顔色が変わります。

「ケイちゃん、あなたのせいであたしがどれだけ痛い思いをしたのか解ってる?」
「かってに上に行ったから、おしおきだね、ねー、とーこせんせー。」
「ああ、伊奈、今日は思いっきりやっていいぞ。
今回のは私も堪忍袋の緒が切れているからな。」
「あたしをダシにしようたぁ、いい根性してるじゃないの。」
「半田ケイ、今回の行為は度を超えている。
お前はハンターではないが、少し懲らしめなければならぬ。」
「この前サブマシンガンとロケットランチャーを持ち出して裏山で撃ちまくったのはてめぇだな?
さぁ、機嫌よくウタってもらおうじゃねぇか。
…1号、これを使いな!」
「…ありがとよ、お花さん!
ケイ、この前のことを忘れたとは言わせないぜ。」

声の主は順番になずな、伊奈、燈子、祢子、ガイスト、お花さん、1号です。
どうもケイちゃんはあちこちで恨みを買うような行為をしていたようです。

「ち、ちょっと待て!
少なくとも最後の2つは濡れ衣だ!」
「「「「「「「問答無用!」」」」」」」

「…なんか揺れませんか?」
「持続時間の短い魔法をあれだけ頼まれたからおそらくとは思いましたけど、派手にやっていますね。
入口に『防音壁』と『障壁』を張っておいて正解でした。」
「ねぇ、見に行って…」
「やめろ!
あの臭いはC4だ、行ったら死ぬぞ!」
「おい、マジかよ!
ということは、お花さんが動いているのか?」
「お花さんでしたら確かにお客様の中に居ましたけど。」

部屋の中は至って平和です。
部屋の外の状況は見えも聞こえもしませんが、状況分析は非常に的確です。

「そういえば、さっきから少し臭うのですよね、64号さん、判りますか?」
「…石炭か炭が燃えているのと、繊維くずと女性の体毛が焼ける匂いが混じっているな。」
「「「…体毛?」」」
「流石に、臭いだけから髪の毛か眉毛かなどは区別できない。」
「そういえば、さっき見たときに、ケイさんの前髪が焦げていましたね。」
「…よくそんな臭いが判るな。」
「ボクの専門は女性の匂いなんだ。
例えば1km風上にいる真城華代の匂いを判別することもできる。
だからこそボクはここにこうしていられる。」

いつの間にか話題が64号の嗅覚の話に移ったようです。

「…さて、まだ戻ってこないようだし、説明を始めましょうか。
お2人はTRPGの経験は?」
「「言葉を聞いたこともないで〜す。」」
「一言で言うと、TRPGはマスター、今回はボクですね、の話にその話の登場人物になって参加してもらう、というゲームです。 ゲームですからそれなりのルールがあるのですが、順番に説明していきますね。」

どうも今夜TRPGをやるようですね。

「(ところで、64号さんって、かなりまともに見えるのですが。)」
「(これはイルダさんの前だから。
イルダさんの制止力がないと、恐ろしいことになるのよ。)」
「(ああ、以前女性課員に対するセクハラで懲罰房に閉じ込められたこともある奴だからな。)」

小声で何を話し合っているのでしょうか。

ギィ

「ケイ…お前はなんて奴なんだ。
あれを全部避け続けるとは…」
「…お客様に手を挙げるわけには行かないので。」

いちごさんとケイちゃんが戻ってきました。
さらりと恐ろしいことを言われたような気がしますが…

「おい、いちご、大丈夫か?」
「ああ、俺と猫は辛うじてな。
他の連中は魔法の反動と疲労で全員倒れたんで、猫が連れてった。」

ケイちゃんは顔色が元に戻ったこと以外に変わったところはありません。
イルダさんの顔が普段よりも更に白くなりました。

「ケ、ケイさん、では仕事のチェックをしましょう。」
「…そういえば、この部屋はどこもかしこもピカピカだけど、ケイちゃんが掃除したの?」
「はい、メイ…
「ケイさん、その言葉はタブーです、64号さんを止められなくなります。」
「…あ、はい。」
「ケイさんは女中志望なので、少しお手伝いをしてもらいました。」
「…女中?
春さんみたいですね、メ…」
「バカッ! 言うな!
イルダさんが止められなくなるということはこの中の誰も止められないということだぞ!」

失言による危機は、とりあえず回避されました。

「…とりあえず、掃除のできは申し分ないですね。
ところで、下駄箱のブーツは何で磨きましたか?」
「靴墨が昔のものだったので、牛乳を少しだけ使いました。」
「へぇー、牛乳を使うといいんだー。」
「…本当は現代の靴クリームを使った方がいいのですが。」

あんずさんはイルダさんと一緒に回って感心しています。
ケイちゃんの言葉遣いが丁寧なのは、接客の仕方を問われているからでしょう。

「あのブロンズ像は?」
「石灰とオイルランプのオイルを使って磨き上げました。」
「え、これ、金じゃないの?」
「…これがブロンズ本来の色です。
普段見かけるあの色は、鉄が錆び付いているのと同じようなものです。」

「床は?」
「テレピン油と、蜜蝋蝋燭とパラフィン蝋燭の燃え残りを使いました。」

「レンジは?」
「黒鉛が無かったので、ゴミの中にあったシャープペンの芯を集めて磨きました。」







ケイちゃんの仕事の出来は完璧でした。
いつもはやり過ぎでとんでもないことになるのに、どうしたのでしょう?
そう、制限時間が非常に短いのでやり過ぎることがないのです。

「…では、食事にしましょう。
ケイさん、お願いします。」
「…ではこちら、「豆腐ハンバーグとニョッキ風」です。」

今は午後6時、夕食が始まりました。
ケイちゃんもエプロンを外して食卓を囲みます。

「…おいしいですね、このお豆腐!」
「そお?
私はもっと甘い方がいいと思うけど。」
「双葉、そう思うのはあんただけだと思う。」
「ケイ、これはどこの豆腐だ?」
「例の「1丁16円」だが。
…思い出した、イルダさん、これがレシートとお釣りの1円です。」
「…私も忘れていました。
ケイさん、これがお小遣いの千円です。」

「ところで何で「ニョッキ風」なんだ?」
「時間と材料が無かったので、ジャガイモ澱粉と牛乳で作ったニョッキもどきを使ったからです。」
「ちょっと待ってください、材料は冷蔵庫の中にあったはずですが…
あとお手伝いはもう終わりですから、普段の言葉でいいですよ。」
「ええと、冷蔵庫の中には牛乳と調味料、氷しか入っていなかったのだが。」
「…それは第2冷蔵庫のことですね。
なぜ台所の隠し扉を探さなかったのですか?」
「(この部屋の構造からして隠し扉なんか作れないはずなのだが…)」
「(師匠の魔法ですよ、いちごさん。)」
「…全く気が付かなかった。」
「おかしいですね、ちゃんとメモを貼っておいたのに…
あらら、落ちてしまったのですね。
…ということは、同じ場所にあった予備の石炭のことも知らないのですか?」
「…え?」
「…なるほど、だからゴミ箱と洗濯室の石炭入れが空でケイさんの前髪が焦げているわけですね。
あの4は石炭の塊に火を入れるための火力なので、もっと燃えやすいものに使うと暴走します。」
「え、イルダさんって、石炭を使っているのですか?」
「(あんず、ツッコミを入れる場所が違うから。)」

「ケイちゃん、お手伝いはどうだった?」
「まったく、散々な目にあったよ。」
「それはそうでしょうね、この呪いのエプロンをつけていたのですから。」
「え?」
「ケイさんがやり過ぎないように、と思って用意したのですが、これでもダメみたいですね。
今見たら、呪いが焼き切れていました。」
「じゃあ、俺があの時あれをケイのせいだと思ったのも…」
「多分、呪いのせいだと思います。」
「そのせいで俺はこんな苦労を…
ここまでやったんだから、もちろん雇ってくれるよな?」
「いえ、ケイさんを雇うと年齢的に法律に触れますので雇えません。」
「そんな…」
「…でも、また「お手伝い」を頼んだときにはお願いしますね。
「お小遣い」はあげますので。」
「よかったな、ケイ!」
「あ、ああ!」

「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」
「あ、ケイさん、後片付けは『自動化』させるのでしなくていいです。」
「魔法って、便利ですね。」
「ところで、これからTRPGをやるのですが…」
「おう、やるぞ、何だ?」
「「エマRPG」ですが、ご存知ですか?」
「ああ、あれか、恋のキューピッドになって複雑な多角関係を解消しつつ自分の恋愛を成就させるという。
これはやったことはないが、TRPG自体はやったことがあるから何とかなるだろ。」
「そうですか、それならば話は早いですね。」

「では、男性キャラクターで参加したいか女性キャラクターで参加したいかを訊きましょう。」
「「もちろん男で。」」
「私は女。」
「…よく解らないから、とりあえず女でお願いします。」
「私はどちらでもいいのですが…ケイさんは?」
「どちらでもいいが…男かな?」
「では私は女性で。それ!」

この後、イルダさんの魔法でそれぞれのキャラクターの姿になった状態でのTRPGが始まりました。
いちごさんはこれが目当てだったようです。
ただ、なぜか女性→男性の描写は人気がないようなので、ここでは割愛します。

「「どうも、お邪魔しましたー。」」
「気をつけて帰ってくださいね。」

「TRPGって、楽しかったね、双葉。」
「うん、でもちょっとアレを買うのは勇気がいるみたいよ。」
「それに、あんな台詞、普通には絶対言えないよねー。」

「…ケイちゃん、言いたいことがある。」
「何だ?」
「やり過ぎ。」
「…私もそう思いました。」
「…どこがどうやり過ぎなんだ?
ちゃんと全ての縺れを解いて全ての恋を成就させたじゃないか!」
「問題は、他の人の出る幕が無かった、という点だ。
皆が参加できてこそのTRPGなんだから。」
「ええ、後半のあんずさんと双葉さんはただ聞き惚れているだけでしたし。」

…ケイちゃんのやり過ぎ癖は直らないようですね。




「で、なんでまだケイは仕事を探してるんだ?」

イルダさんの「お手伝い」の依頼が本当にお手伝い並みで、月に1時間、千円しか稼げないからみたいですね。
イルダさんは自分から法律を破るようなことを絶対にしませんから、雇いたくても雇えないのでしょう。

「しかし、そんなに魔法で稼いでいるなら49号の給料を下げてもいいよな。」

ダメですよ、ボス。
むしろこの前の約束が果たされたので、職員全員の給料を上げなければなりません。

「何!? あの49号がウチの女子職員の制服を着て組織中を練り歩いたというのか!?」

ええ、『不可視』をかけた状態で。
更に皆に言って、ベルを鳴らしながら練り歩く間その方を見ないようにさせたそうですよ。
ベアは皆の悲願ですから、すんなりと受け入れられたようです。

「この前のベルの音はそれだったのか…考えたな、49号。」

ゴダイヴァ夫人のエピソードを基にしたそうですよ。

「いかにしてベアを回避するかが問題だ。」

…そんなことを言っていいのですか?
私を作ったイルダさんには、この話が全て筒抜けなのですが。

「え!?
しまった、安いからと言って人間の部下から切り替えるべきじゃなかった!」

ウフフフフ…

注:
ポケットにライ麦を…アガサ・クリスティー作の推理小説。「それにしても、若い娘というものは、天井なんか、見ようともしないものなのかしら?」という台詞がある。
ローストロース…TRPG月刊誌の1つ。
エマRPG:デボン…TRPG「エマRPG」のサプリメントの1つ。
ランドリーストーブ…アイロンを熱するために洗濯室に置くストーブ。
レンジ…ここでは、オーブンと焜炉が一体となった箱型レンジを指す。
C4…高性能の火薬。軍や特殊部隊でよく使われる。



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