ハンターシリーズ110
|
|||
ここは、毎度おなじみハンターカフェ。 その窓際の席で、いちごはほおづえをついていた。 じーっと外を見つめて、たまにため息を吐く。ポニーテイルもしおれて見えるし、まったくもって元気がない。その様子は、愁いを帯びた美少女にしか見えない。いや見えないも何も、いちごは女の子なのだから当然なのだが、彼女の事情を知るものからすれば、おやっと思うだろう。 「どうしたの?」 そんないちごに声をかける人がいた。ふわふわした雰囲気の女性だ。いちごもよく知る人、事務員の沢田だった。普段はよく相方と一緒に行動しているけれど、今は一人らしい。 「別に……」 なんでもないと言いたいのだろう。しかし、どうみてもなんでもなくなかったので、沢田はいちごのほっぺをつっついた。 「なにするんですか」 「いちごちゃん、悩み事?」 「だから、別に」 「あ、恋の悩み?」 「違う!」 いちごはそっぽを向いた。しかし沢田は気にせず、いちごの向かいに座った。 「どう見ても悩んでるじゃない。ほら、お姉さんに相談してみなさい」 ほらほらと手招きする沢田は、いちごと同年代にしか見えなかった。しかし年上の女性であるのは間違いなく、のんきそうに見えて結構しっかりして……いなくもない。 いちごは逡巡したが、わざわざ黙っているほどのことでもないと思い直し、口にすることにした。 「このままでいいのかって思ってただけですよ」 「このままって」 「男に戻るんだって言っても、実際は何も出来ないままだし……。最近はなんの努力もしてないし……。はあ……」 いちごは、男に戻ると言った。そう、彼女は元は男なのである。愁いを帯びた表情で溶けかけたパフェを突く姿は、彼氏とケンカした女子高生にしか見えないのだが。 「この先もずっとこうなのかと思うと」 「ふーん。なるほどなるほど」 沢田は腕を組んで、何度も頷いた。そして提案する。 「じゃあ、占ってもらう?」 「占いですか?」 いちごはうさんくさそうに眉をひそめた。 「そ。すぐそこに、良く当たる占い師さんがいるんだよ。相談してみたら?」 「はあ……」 「じゃ、案内するね」 沢田はいちごの手を引いて、カフェの奥のテーブルまでやって来た。 そこには女の子が一人、座っていた。何度か見かけたことがある。中学生だがなぜかハンターをしている少女だ。 「空奈ちゃん。お客様連れてきたよー」 「……。ごきげんよう」 少女はちゃんと顔を向けて丁寧に頭を下げたが、すぐに目線を元の位置に戻した。あまり、人付き合いが得意ではないらしい。 「この娘、いちごちゃん。知ってるよね?」 「ええ。有名だから」 少女が頷くのを確認して、沢田はいちごに向き直る。 「で、この子が影鳥空奈ちゃん。占いが得意なんだよ」 「はあ……」 「そんなわけで、早速占ってくれる?」 さっさと話を進めようとする沢田に、いちごはちょっと慌てた。 「いや、そんないきなり言われたら困るんじゃないか?」 「…………」 頼まれた空奈は、ひどく憂鬱そうな顔をした。これは気分を害してしまったのかなといちごは心配したが、空奈は首を振った。いちごの心配を見抜いたらしい。 「もったいぶっても一緒だからはっきり言うわ。無理よ」 空奈は断言した。憂鬱そうだったのは、このことを述べるのに気が重かったかららしい。 「ええっ!? あ、でもまだ何も聞いてないけど……」 一度吃驚して、すぐに小首をかしげる沢田。 「いちごさんが元の姿に戻れるかどうかでしょう?」 「そうだけど……無理なの?」 「ええ」 「でもなにかさ、ないのかな」 「じゃあ、試してみましょうか」 空奈は懐からカードを取り出した。タロットカードだ。彼女は、それをテーブルの上に広げて見せた。 「一枚どうぞ」 進められて、いちごは適当にカードを引いた。死神だった。 「…………」 空奈はカードを集めてよくカットし、もう一度テーブルの上に広げた。 「どうぞ」 また死神だった。そんなことがさらに10回続く。カードのカットをいちご自身がしても、沢田がしても、通りすがりの人がしても、必ず死神が出るのだ。最初は胡散臭く思っていたいちごも、これにはびびった。 「なんで?」 いちごが思った事を、沢田が尋ねた。 「そういう運命だから。いちごさんが元の姿に戻る方法はいくつか存在しているけれど、運命がそれを邪魔するのよ。だから戻れないし、一時的に戻れてもすぐにその姿になってしまう。もう、世界にとって見れば、その姿こそがいちごさんの本当の姿なのよ」 がーんという文字が、いちごの頭の上に落ちてきて、そのまま床に両手をついてしまった。 「お、俺は……一生このままなのか……」 「い、いちごちゃん……。ふぁいと! いちごちゃん可愛いから大丈夫だよ!」 落ち込むいちごを慰める沢田。 空奈はしばらく、いちごの姿を見ていたが、やがておずおずと口を開いた。 「あの……ね。方法は……無くもないわ」 「本当か!?」 いちごはがばっと立ち上がり、空奈に詰め寄った。 「ええ……まあ」 「教えてくれ! 頼む!」 「……りくさんよ」 「りく?」 りくというのは、小学生くらいの姿をしたうさ耳少女のことである。元は中年男性だったがいろいろあってそんな姿になってしまった。 「今日は皆既月食でしょう。赤く濁った月を、宝石を通してりくさんに覗かせるの。宝石はある程度の大きさ、親指と人差し指の先をくっつけて出来る円くらいの大きさ以上の物で、太陽の力も月の力も受けていない純真な物を使うこと。出来ればルビーがいいけれど、透き通っていれば他のでもかまわないわ。場所はここの屋上で。この通りに……」 空奈は白紙に奇妙な図を書き込んで、それをいちごに手渡した。 「これの通りに屋上に書き込んで。チョークでも何でも良いわ。図の中心が屋上の中心になること。図は多少ゆがんでもかまわないけど、中心位置だけは正確にね。月食の時間は……だから、そうね、7時から図を書き始めて、7時半に終わるようにするように。あと、書き始めからずっと、りくさんは中心に立ってもらうこと。そして書き終わったらすぐに、りくさんに月を覗かせること。別に難しいことは無いわ、これはいわゆる儀式魔法だから、条件さえそろえば発動できる」 「ぎ、儀式魔法?」 さすがに、いちごは半信半疑になった。でも空奈はいたってまじめな表情だ。 「りくさんは黒ウサギだから、月食の力を無理なく利用出来る。その力をハンター能力に注げば、一時的にだけど運命を変えるだけの力が出せるわ。もちろん貴女だけではなく、りくさんも自分自身に力を使えば良いし、他の被害者も望めば運命を変えられる。信じる信じないはご自由に」 いちごは考えた。一見、嘘みたいな話だ。しかし彼女が、占い師としての力を持っていることは確かだった。ならばそっち方面の知識を持っていても不思議ではない。それに彼女の瞳からは嘘は感じられないし、影鳥といえば、昔からオカルト方面でこの国を支えた一族の一つだと聞いた覚えがあった。 「……そうか。いや、信じるよ。なんだってやってやるさ」 いちごは力強く頷いた。 「そうだ。こんな気持ちだったんだ、この姿に変えられたばかりの頃は。とにかく元に戻りたい。そのためにはどんな努力も惜しまないと! ありがとう空奈! 俺、やってみる!」 そうしていちごは走り去っていった。ウェイトレスさんに走らないでと怒られたが、きっと聞こえていないだろう。 後に残された沢田が尋ねた。 「本当に大丈夫なの? 月食を利用するなんて話は聞いたことが無いけど……成功するのかな?」 「運命を変えられるかどうかは、時読みによると……やっぱり不確定要素が多いわね。でもいちごさんの意志が強く時に刻まれてるし、ここに至るまでの全体の流れも悪くない。必要なものはすべてそろってるし、邪魔もない。少なくとも儀式自体は確実に成功するでしょう。あとは間違えない事を祈るだけね」 「そうなんだ……って時読みってなあに?」 「……ちょっとした占いよ。じゃあ、私は失礼するわね。今は……3時か……昼寝でもしましょうか」 席を立つ空奈に、沢田は声をかける。 「おやすみなさいだね」 「おやすみなさい。叶うのならば、良い夢が見られると良いのだけど」 一時間ほど探し回ったいちごは、とぼとぼと廊下を歩くりくを見つけた。どうやら出かけていたらしい。 なんだか随分と元気がない様子でちょっと戸惑ったが、いつも通りに声をかけることにする。 「おい、りく」 「いちご」 りくはのろのろと顔を上げた。その顔は悲しみに沈んでいた。 「なに景気の悪い顔してるんだよ。なにかあったのか?」 「ああ……実はな……俺……もう駄目かもしれない」 「おいおいそりゃどういう事だよ」 いちごはしゃがみ込み、目線をりくに合わせた。 「この格好を見ろよ」 言われたとおり、りくの服装を観察してみる。いつも通りだった。ブラウスにロングスカート。可愛くそれでいて派手ではない、仕立ての良い洋服だ。りくは器量よしなので本当によく似合っている。 「俺……最近こんな服着ても……なんも感じないんだよ……ああ、いつも通りだなって思うだけなんだ」 「うっ」 いちごは言葉に詰まった。りくが言いたいことがよく分かったからだ。 りくは、自分は男なのに女性の服を着ることになんの違和感も感じないと言っているのだ。 「朝起きて、鏡を見るんだ。そうすると普通に女の子が映ってるんだ。そんなことは今更なのは解ってる。でもさ、なんか……格好いい男を見るとちょっとドキドキするし……仕草もさ……ふと気がついたら女の子っぽいことしてるし……可愛い小物とか見るとほしくなるし……まさか、第二次成長期が……」 そう言うりくは、両手で胸を押さえてうつむき加減で涙目だった。その手の人ならよだれを垂らすかわいらしさだ。 今、りくに何がおきているのか、いちごには解った。自分が女の子の体だと言うことを意識するあまり、頭の中にある女の子像を演じてしまっているのだ。 よくない傾向だった。 いちごはりくの小さな肩に両手を乗せた。 「落ち着けりく。自分の体を見ろ。まだ10才にも満たない体じゃないか。男だとか女だとかそんなことは大して関係ない年頃だぜ」 「でも、いちご」 「お前はちょっと弱気になってるだけなんだ。そんなもの、すぐに吹き飛ばせる」 「でもいちご、俺達が元に戻れる保証なんて無いじゃないか。俺は、きっとこのまま女の子として成長するしかないんだ。そのうちあの生理がやってくるんだ……」 「りく。落ち着くんだ。そして聞いてくれ」 いちごは力強く囁いた。 「俺達が男に戻れる方法が見つかった」 「なんだって」 りくの目が光った。 「もう一度言ってくれ。それは……本当なのか? 後生だから……冗談は止めてくれよ」 「戻れる方法が見つかったんだよ。お前が協力してくれるなら、運命を変えられるんだ! そう空奈が言っていた!」 いちごは、空奈に聞いた話をりくに聞かせた。 りくはどうやら空奈のことを、というより彼女の家のことをよく知っていたらしい、馬鹿にせず律儀に頷きながらも最後まで聞いてくれた。 「そうか……あの影鳥の……!」 りくはさっきとは違ってハイテンションだ。つられていちごもテンションが上がる。 「じゃあ行くぞ! 宝石を手に入れないといけない!」 「宝石……ならイルダさんだ! 彼女はコレクターだ、目的に叶った宝石を持っているに違いない!」 「よしっ、急ぐぞ!」 こうして二人は元気よくイルダを探しに出かけたのだった。 それから2時間後。 ロビーにて、仕事から戻ってきたイルダに遭遇した二人は、彼女をカフェへ連れて行き、協力を要請した。 「なるほど」 話を聞かされたイルダはこくりと頷いた。 「月食を利用した儀式魔法ですか。図を見る限り、私の知らない魔法のようですね」 「そんなわけだから、宝石を貸してもらえるとうれしいんだが」 いちごは、乱暴な口調と裏腹に、丁寧に頭を下げた。それに続いて、りくもぺこりとお辞儀する。 「ちょうどルビーの原石が手に入ったところですし、興味深い話でもあります。いいでしょう、お貸ししましょう。ただし私も立ち会わせてもらいますね」 「ああ、構わないぜ。時間は7時からだから」 「今は……もう6時じゃないか。じゃあ、ここで飯喰ってそれからにするか」 りくの提案に、いちごは乗った。 それからおのおの好きな食べ物を注文し、腹ごしらえする。 「おーい、いちごー」 脳天気な声が呼びかけてきた。確認するまでもない。5号である。彼もちょっと早い夕食に来たらしい。 「イルダさんと一緒なんて珍しいな」 「これから用があってな。協力してもらうんだよ」 カレーライスを口に運びながらいちごは言う。 「なにかするの?」 5号は、イルダに向き直って尋ねた。 「はい。これからお二方を男性に戻す儀式を執り行うのですよ」 「………………。おとこ?」 ぎぎぎっと首をきしませながら、5号はいちごに顔を向けた。 「じょうだんだろ?」 「いや、いたってまじめだが」 「嘘だと言ってよいちご!」 「本当だしな」 「まあ、そう言うなよ5号」 りくが助け船を出してくれた。 「りくちゃん!」 「元の戻るのは俺達の悲願なんだよ。解ってくれよ。な?」 「う……、うわーん! 男のいちごなんて嫌だー!」 5号は、りくの真摯な瞳に押されたのか、泣きながら去っていった。 「やれやれ。騒がしい奴だぜ」 肩をすくめるいちご。 イルダは5号が去っていった方向を、不思議そうに見ていた。脳天気でよく分からない行動を取るのは同じなのだが、普段の5号は、やはり彼は数学の天才なのだなと思わせるものを言葉の端に持っている。でもいちごがそばにいると、ただの脳天気馬鹿にしか見えないのだ。そのギャップが、イルダを戸惑わせているのだろう。 「いつものことさ」 「はあ……」 それでも、彼女は納得のいかない顔。 「ま、気にするなよ」 いちごはそう言うと、カレーライスを口にかき込んだ。 食事を終えた3人は屋上へ向かった。 途中、事務室によってチョークや他の道具を借りるのを忘れない。 「さて、時間だ。確か、屋上の真ん中にりくを立たせるんだったな」 「真ん中ね……ここら辺かな?」 適当に、りくが場所を見繕って立つが、イルダは首を横に振った。 「いけません。こういった儀式はちゃんと決められた通りにするものです。ここはちょうど長方形ですから……ここが中心ですね」 イルダがりくの手を取って、中心へ連れて行く。 時間はちょうど7時。空を見上げると、月がかけ始めていた。このまま行くと、月は隠れて、普段とは違う赤くて暗い色になる。 「よし。じゃあ描いていくか」 いちごは白いチョークを手にして、図を書き始めた。イルダは離れたところで見学している。 途中、何度も描いてはちょっと離れて見たりして、図の通りになっているかどうか確かめる。最初は容易いことだと思っていたいちごだが、しゃがみ込んで線を引くのは予想以上の重労働だった。 「あー……腰が痛てえ」 「手伝おうか?」 「おっと、りくは動くなよ。そう言うことになってるんだ。まあまかせろよ」 やがて、屋上に奇妙な図が書き上がった。空奈はゆがんでいても良いと言っていたが、いちごの性分だろうか、きっちり図と同じように出来ている。 いちごは図の外に出てイルダの隣に立つと、りくに声をかけた。 「よーし、時間もぴったりだな。じゃありく、早速やってみてくれ」 「ああ!」 りくは、イルダから借りたルビーの原石を月食ににかざした。そして、ルビーを通して月食を覗く。 「……」 「……」 「あれ、何も起きないな」 いちごは呟いてりくに近づこうとしたが、イルダはそれを押し止めた。 「待ってください。危険です!」 「へ?」 いちごが疑問符を浮かべたその時だった。 屋上に描かれた図が、一瞬だけ赤い光を放った。そしてその瞬間、異様な気配が生まれた。 「ふふ」 「どうしたりく!」 「ふはははは!」 高笑いと共に、りくの体が浮かび上がった。 「うわっ!」 いちごは思わず顔を背けた。赤い風がりくのからだから吹き出しているのが解る。これが月食の力という奴らしい。しかも風はどんどん強くなっている。 「すさまじい力です。際限なく力が増幅されていくのが解ります。正直これほどまでとは思っていませんでした……」 冷静そうなイルダだが、その声は僅かに震えていた。 「いちごっ!」 「なんだ!」 りくがこちらに顔を向けた。普段から赤い瞳が、月食と同じ濁った赤光を帯びている。普段と同じ幼女の姿なのに、おぞましいまでのすごみと美しさがあった。きっと伝説に出てくる大妖怪達はこんな感じなのだろう。もしこの場に妖怪ハンターみたいな人がいたならば、逃げ出すか、討ち死にする覚悟を持つ事だろう。 「まずいですね。これだけの力が暴走すれば、春さんでも……いえ、神でも止められないでしょう……」 暴走を心配するイルダの声。 彼女がこれまでのんきに見物していたのは、このハンター本部には強力な力がいくつか存在していることを知っていたからだ。儀式がでたらめならば何も起こらないし、成功すればそれで良し。自身の好奇心も満たされ、彼女たちは元の姿に戻れてめでたしだ。失敗したり暴走しても被害を食い止めるだけの力がこの組織にはある、そう踏んだからこそ見物に回ったのだ。しかしこれは予想外だった。 ……まあ、イルダの恐れは杞憂に終わるのだが。 「すごいぞこれは! なんだって出来る気がする! 今ならきっと宇宙だって滅ぼせるぞ!」 ものすごい告白をするりく。しかしいちごは汗の浮かぶ手を握りしめた。 「じ、じゃあ、俺達を元に戻すなんて簡単だよな!?」 「当然だ!」 そう。今のりくには、元の姿に戻ることしか頭にないのであった。 「よーし、聴け! 華代被害を受けたハンター達!」 りくの声が屋上に響いた。いや、屋上だけではなく頭の中にも直接響く。念話で語りかけているのだ。 「元に戻りたいと願う奴がいたらそう願え! そうすれば俺が元に戻してやる! 解ったな!? じゃあ行くぞ!」 りくの体から、膨大な力が放たれた。その気になれば人の運命を変え、真城華代を滅ぼし、世界を再構築できるほどの力を持った赤い光だ。 そして……。 ある居酒屋の大部屋にて。 いちごたちは飲めや歌えやの大宴会を行っていた。 「はははっ、ほら、飲めよ!」 「いや悪いなあ。あはは」 そう笑いながら酒を交わし、友愛を暖めているのは、ごっつい男に戻ったいちごとりくである。これがあの可憐な少女だったなど、誰も信じないだろう。 他にも、12号、32号、35号、57号、61号、そして63号がお祭り騒ぎをしていた。 「100号! お前まで元に戻るとはちょっと意外だったな!」 いちごは、隣で静かにお茶を飲む100号に声をかけた。 彼は、ちらりといちごを見ると、いつも通りの冷静な口調で語った。 「女より男の方が都合が良いというだけだ。女は生理がある以上、どうしても精神にぶれが起きてしまう。常に万全の体制で仕事に当たるためには男の方が良い」 「でもよくここまでついてきたな。こういう席は苦手そうに見えるが」 今度はりくが尋ねた。 「そうだな。正直、自分自身も驚いている。だが、どうにも行くべきだという直感に逆らえなくてな……」 「ふーん? まあせっかくだから楽しんでいけよ」 それからしばらく宴は続き、宴はたけなわとなったところで客がやってきた。 空奈である。付き添いなのか23号もついてきている。 「おお! 空奈じゃないか!」 いちごは笑顔で出迎えた。 「おかげで見てくれよ、すっかり元通りだ」 分厚くなった胸板を叩きつつ、野太い声で喜びを表現する。しかし空奈はひどく浮かない顔をしていた。 「それがいちごさんの姿なのね。向こうがりくさんかしら。写真では見たことがあったけれど、こうしてみるとやっぱり大きいのね」 「はっはっは、照れるなあ」 いちごは頭を掻きつつそう笑った。普段のいちごならしないだろう態度だ。よほど浮かれているらしい。 「でも残念だわ」 その声は、大部屋全体に響いた。当人は控えめに声を出したつもりだろう。でも、彼女の声は高く澄んでいてよく通るのだ。 「な、なんのことだ?」 不吉な物を感じたのか、りくが尋ねた。 空奈はため息をついて答えた。 「あなた達は……運命を変えられなかった」 「…………へ?」 「言ったはずよ。元に戻るだけならば方法はいくつかある。でも運命が邪魔をするって」 「ああ、だからこうして……」 「元の姿に戻った。それだけでしょう」 いちごの台詞を遮って、空奈は言った。 「……………………あ」 「とても残念だわ」 そう言って空奈は首を振る。それと同時だった。いちごの背丈が縮んだ。りくも縮む。他の男達もだ。そして服が変化していき……その場に男は23号だけになった。 「…………」 メイドになったいちごは声が出せない。うさ耳少女になったりくは固まっている。他の連中も茫然自失。 「ふむ。女に戻ってしまったな」 一人だけ冷静な100号が呟くと同時に、声が聞こえてきた。 「いちごおおおおおおお!」 凍り付いた大部屋に、もう一人、客が飛び込んで来る。 「いちご! 会いたかった!!」 5号がいちごに抱きついた。いちごはなんの反応も示さない。 「迎えの車は用意してあるわ。服は、持ってこようとも考えたけれど、着替える気力はないだろうから持ってこなかった。それじゃあ、ね。行きましょう、二岡さん」 「あ、うん。それじゃあ失礼します」 「……ふう、鬱だわ」 空奈は、23号を伴って出て行った。 大部屋は相変わらず凍っている。 「ああ、いちご! やっぱりいちごはこうじゃないと! 男のいちごなんていちごじゃない! 華代ちゃんに頼んだ甲斐があった!」 5号の叫びに、いちごはぎぎぎいっと動いた。 「貴様、真城華代にお願いしたのか」 「ああ!」 5号は、親指を立てて頷いた。良い笑顔をしている。しかし笑顔なのはいちごも同じだった。りくも笑ってるし、他の連中も。35号など、笑顔のまま袖から大太刀を抜き出している。ただ、100号だけはやれやれと肩をすくめていた。 「あれ? いちご、どうしたの?」 それが5号の本日最後の言葉になった。 「そうか。解った、戻ってきて良いぞ。ではな」 病院にいる部下からの電話を切ったボスは、目の前に立つイルダに向き直った。 「それで、彼の容態は?」 「なんとか峠は越したようだ。その場に100号と救急車がいたのがよかったな。5号は運が良い」 ボスは、やれやれと首を振りながら答えた。ちなみに、その場に救急車がいたのは、あらかじめ空奈が呼んでいたからである。 「まあ話は分かった。ちょっと変わってはいるが、結局いつも通りのことになったな」 「はあ……。しかしあの儀式はなんだったのでしょう? 恐ろしく強大な力を生んでいましたが」 「ああ、月兎の秘奥か。影鳥に伝わる儀式の一つだな。特殊な方陣の中、汚れのない兎の瞳に、無垢な宝石で集めた月食の魔力を注ぎ込む。そうすると魔力は兎の瞳の中で増幅されるから、あとは瞳から力を引き出しておのれの力に変えるんだ。だが、兎は月食の力に耐えられずにすぐ死んでしまうから、得られる力は大したほどではない。それに、月食が雲などで遮断された時点で力は消えるしな」 「まさか、生け贄を捧げて力を得る儀式だったのですか?」 「そうだ。だがりくは人であると同時に兎でもあるからな。自分自身を使えばいい。りくは黒兎、しかも華代の力を受けて変化した兎だから月食の力にも耐えられるし、ハンター能力を操る人間だからその応用で力の制御も出来る」 「しかし、万が一のことがあれば大惨事になるのでは」 「ならないさ。制御できることは解っている。空奈が大丈夫と言った以上、儀式自体は成功する。あいつはそのあたりは完璧な奴だからな。あとは力の悪用だが、それもない。実際あの時、りくは元に戻ることで頭が一杯だっただろう? 万が一のことがあっても、月食を覆い隠せばそれですむ。それをとっさに行うだけの知識と力を持つ者がここにはいる事を、君は知っているだろう」 「なるほど……」 イルダは納得したようだった。 「でも、よく知っていますね」 「こう見えて博識なのさ」 ボスはにやりと笑った。実に食えない笑顔である。それを見たイルダは一つ疑問に思った。そんな知識があるなら何故、真城華代対策に使用しないのだろうか。 ボスは、イルダの疑問に気がついたらしい、笑顔をちょっと苦いものに変えた。しかし、あえて答えを口にすることはなく、替わりに別のことを言った。 「それにしても、いちご達は例によって引きこもりか……。これもいつも通りだな。まあ今回ばかりは、3日くらいは休暇をくれてやるか」 「それが良いと思います」 イルダも疑問を胸にしまいこみ、賛同して頷く。 「まあ宝石も無事でしたし、今日はこれで良しとしましょうか。それでは、私は失礼しますね」 「ああ」 イルダが去っていき、部屋にはボスだけが残った。 「しかしうちの最強力の一つを使った結果が重傷者一名と引きこもり多数とはな。どうせ5号はすぐ復活するだろうし……。やれやれだな……」 ボスはそう呟くと、立ち上がって部屋を出た。 |
|||
|