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ハンターシリーズ124
『真城華代無力化作戦、成功!?』

作・ELIZA

 

「おい、お前のボーナス、どうだった?」
「そんなこと訊くなよ〜。」

今日はハンター組織が最も和やかになる日、つまり給料日。
それも年に2回の賞与が与えられる日だ。
そんな日にも心休まらない人はいるわけで…

「あ、イルダさんだ!」
「隠れろ! 高利貸しが来たぞ!」
「…誰が高利貸しですか! 利子は取っていません!
そんなことを言うなら、法定利息ぎりぎりで利子を取りましょうか?」
「いえ、滅相もない!」
「西さんには合計37万2000円、高荷さんには合計48万5000円貸していますね。
全部とは言いませんが、返せる範囲で返してください。」
「はい! 37万2000円返します!」
「…では、10万円返します。」

そう、イルダ・リンカーンの「恐怖のツケ回収」もやってくるのだ。
イルダ・リンカーンは、魔法サービスで料金を取っているので、平均的なハンターの5倍近くの収入がある。
半田百恵と違って暴利を取らないが、その分利用客が多いのだ。
そしてその資金を慢性的に金欠なハンター達に無利子で融資しているので、ハンター組織最大の債権者になっている。
この行為には、純粋な善意だという説と、盗られる心配がないタンス預金だという説の2つが存在している。
…何せツケを回収したその足で宝石店に向かうので。
ちなみに、37万2000円返したのが西良信、10万円返したのが高荷那智。

「…お二方とも、確かに頂きました。
それにしても、2人の性格は正反対ですね。
借りては返すを繰り返す西さんに対して、少しづつ少しづつ返していく高荷さん。」
「はい! 私は毎回きちんと返済するのが嬉しいです!」
「高荷さんは最近借金がかさんでいますから、そろそろ返済額を増やしてくださいね。」
「はい…努力します。」

他のハンター達からもツケを回収し、イルダ・リンカーンは部屋を出て行った。
緊張に包まれた空間が元に戻る。

「…やれやれ、やっと行ったよ。
それにしてもお前な、ちょっとは計画性を持てよ。
全額返したら、手元にはほとんど金が残らないだろ。」
「それでいいのだっ!
足りなくなればまた借りに行けばいい!」
「だから、そういうところが計画性がない、って言ってるの。」
「何を言う。イルダさんの笑顔が見られるだけいいではないか。」
「…正気か?」
「おうとも。
「イルダさんは俺の嫁」、ああ愛しのイルダさん!」
「…イルダさんがそういうことできないって、知ってて言ってるんだよな?」
「ああ。あの時には本気でクーゴを殺してやろうと思ったよ。」

イルダ・リンカーンは性的なものに極端な恐怖心を持っている。
以前に、クーゴ・ハンターに抱きつかれたショックで心臓停止したこともあるくらいだ。
その時は心臓マッサージで生き返ったが、それ以来その「弱点」は知る人ぞ知る事実になった。
そのため、イルダ・リンカーンはまさに「腫れ物に触るように」扱われている。

「で、返り討ちにあって全治3月だったな。」
「…思い出させるな。
イルダさんの『完全回復』ですぐに治ったんだから。
知ってるか? 回復魔法で回復しすぎると鼻血が出るんだ。」
「知らないよ、そんなの。」

ちなみに、魔法の反動で命が削れると耳から血が出るらしい。

「でも今のままじゃイルダさんとの関係は絶対に進展しないんだよな…
いっそ真城華代に頼むか。」
「おい! 洒落にならないことを言うな!」
「冗談冗談。
…そうか! その手があったか!」
「どうした?」
「新しい真城華代無力化作戦を思いついた。ボスに掛け合ってくる。」
「…僕は嫌だぞ!」
「お前に協力してもらう必要はない。必要なのは半田ケイだ。」

2時間後、ボスの部屋にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そしてボス。

「…これが提出書類です、局長。」
「…本当に無力化できるんだろうな?」
「今までの作戦は、永続的な無力化を考えていたから失敗したのです。
今回の作戦は、一時的な無力化かもしれませんが、確実に成功させます。」
「一時的といっても、1週間は無力化できないとほとんど意味がないぞ。」
「じゃあ、作戦開始時から数えて168時間後までの間に他に被害が出なければいいんだな?」
「ちょっ…」
「それよりもボス!
成功した場合、特別賞与はもちろんだが、俺をハンターの一員にしろよ!」
「分かった分かった。
分かったからそのニンニク臭い顔を近づけるのはやめてくれ。」
「契約だからな!」

前半で発言しているのが西良信、後半で畳み掛けているのが半田ケイ。
さりげなくかなり有利な条件を引き出している。
実はかなり頭の回る2人は、なるべく有利な条件を引き出すために結託したのだ。
半田ケイがニンニク臭いのもそのせいだったりする。
そして、2人が作戦準備の為に書類のカーボンコピーを持って出て行った後で。

「さて、あの2人の作戦は、どんな作戦なんだ?
…おい、何だよこれは!!!
ただでさえ財政難だというのに…いくらかかると思ってるんだ。
成功した場合、特別賞与が1人5万円だろ…」

費用:5万円×2=10万円
合計:10万円

1時間後、医務室にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そして半田百恵。

「では採血するな。」
「…なあケイ、この血液ドーピングって、意味あるのか?」
「持久力はできる限り高めておいた方がいい。
何せ下手をすると持久力勝負だからな。」
「しかし…あの100号が金を取らずにやってくれるとはな。」
「通常の医療措置だけからな。
料金は組織からもらうことになっている。」
「ところで…これって、通常はいくらかかるんだ?」
「1回5万円、って所かな。
1月持つから、必要ならば普段からやっておくのもいいだろう。」
「…それだけの金銭的余裕があればな。」
「…そうだな。」

費用:5万円×2=10万円
合計:20万円

2時間後、49号の部屋にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そしてイルダ・リンカーン。

「…今日は何の御用ですか?」
「は、はい!
さ、早急にけ、血液ドーピングをするひ、必要が生じたので、は、鼻血が出るまでい、癒していただきたく!」
「採血後のダメージを回復したいわけですね。
でもまたなぜ?」
「近く真城華代無力化作戦を決行するんだ。その都合。」
「本当ですか!?」
「本当です! 1週間は被害を止めて見せますよ!」
「それは…頑張ってください。」
「はい!」

費用:1万2500円×2=2万5000円
合計:22万5000円

2時間後、63号の部屋にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そして半田睦美。

「…63号、次に真城華代が遊びに来るのはいつだ?」
「明後日の午前9時らしいです」
「お前は参加するのか」
「はい。
でも、何でそんなことを訊くんですか?」
「その時間に待ち伏せて真城華代無力化作戦を決行するんだ。」
「ええ、正気ですか!?」
「正気も正気。1週間は被害を止めて見せる。
というわけで、63号に頼みたいことがある。」
「何です?」
「ごにょごにょ…」
「…それは、僕らにも特別賞与が欲しいです。」
「大丈夫だ、その辺は作戦の成功失敗に拘らず報酬が出る。」
「でも、そういう話なら、僕だけじゃなくて全員に知らせておいたほうがいいんじゃないですか。」
「余計なことを考えられて、みんなの行動が不自然になると困る。
この役回りは、直接の親友でないお前がちょうどいいんだ。」
「なるほど。」

費用:合計20万5000円
合計:43万円

翌日、開発部門にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そして石川恭介。

「頼んでおいたもの、できてますか?」
「ああ、アレですか、できてますよ。
これが頼まれた極小多次元発生装置ね。」
「…なんだこれ?」
「要は*次元ポケットですね。」
「…これなら袖の中にもポケットの底にも隠せる。素晴らしい。」
「あ、そうだ。
真城華代無力化作戦を実行している間は、31号を停止させてもらえませんか?」
「みぃちゃんを停止させたくはないのですが…
無力化作戦のためならば仕方がないですね。」
「あとは100号に血液を戻してもらえば準備は完了だな!」
「ああ! 明日が楽しみだ!」

費用:57万円
合計:ちょうど100万円

これらの費用が、全てハンター組織持ちになっていた。

その翌日、ハンター組織の玄関にて。
柱の陰に隠れているのは西良信と半田ケイ。

「今何時だ?」
「9時まで…後10秒。」
「奴は時間に正確だからな。間に合ってよかった。」
「5、4、3、2、1…」
「こんにちわー!」

約束通り、9時きっかりに現れた真城華代。
すかさず西良信が飛び出して話しかける。

「おはよう、華代ちゃん。」
「おはようございます。遊びに来ました!」
「お目当ての人はこっちにいるよ。
案内するからついてきて」
「ありがとうございます!」

1時間後、玄関に戻ってきて。

「全く! 皆どこに行っちゃったのよ!」
「本当、どこ行っちゃったんだろうね。」
「もうおこ…」
「あ、そうだ! 思い出した!
華代ちゃんにお願いしたいことがあったんだ!」
「はい! 何でしょう?」

これが作戦その1。
子どもハンターズに隠れてもらって、実際の行動に移るまでの時間をなるべく引き延ばす。
無力化作戦は「作戦開始時から数えて168時間」抑えれば成功ということになるので、作戦を引き伸ばせるだけ引き伸ばせば、その分成功率は上がる。
ただし、真城華代が怒り始めたらすかさず依頼したい旨を述べる。
…ほら、さっきまであんなに不機嫌だった顔がキラキラと輝き始めた。

「その前に、名刺をくれるんだったよね?」
「あ、はい。どう…」
「はい、ありがとう!」
「はうぅ。名刺入れは返してくださ〜い!」
「ん、ああ、ごめんね。
…でも、名刺はちゃんともらったからね。」

凄い勢いで名刺入れごと名刺を奪った西良信は、1枚の名刺をひらひらと見せながら名刺入れを返した。
このとき、西良信の心はガッツポーズを決めていた。
そう、これが作戦その2。
真城華代は相手を性転換させる前に必ず名刺を渡す。
逆に言うと、名刺がなければ真城華代が性転換をすることはない。
そこで、何と大胆にも西良信は真城華代の名刺入れから名刺を全て抜き取ったのだ!
そして、抜き取った名刺は1枚を残し全て石川恭介謹製の極小多次元発生装置に放り込んだ。
西良信の手先の早業は本職レベルなので、気づかれることはまずない。
そして極小多次元発生装置のスイッチを切れば、どこを探されても名刺は出て来ない。
これで、真城華代が名刺を切らしたことに気付いて補充するまでの間は性転換の被害を抑えられるのだ。
…もちろん、真城華代に名刺を切らしたことを気づかせるのはできる限り遅らせなければならない。
そこで、間髪入れずに依頼内容を述べる。

「俺はハンターの中でも平凡ズと呼ばれてるんだ。
でも、俺はもう平凡ズと呼ばれるのは嫌なんだ。
俺はイルダさんのように皆に注目される存在になりたーい!
そして、イルダさんと一緒にハァハァしたーい!」

この辺は適当。
どうせ何を言っても、真城華代にまともに伝わることはないのだから。
だからといって、ここまで煩悩大爆発な発言はどうなのだろうか。
ちょうどその時、二岡組と女子高生ハンターズが偶々通りかかっていたのだが…
慌てて影鳥空奈を押さえ込む二岡光吉、解ってるんだけど解ってないふりをして暴れる影鳥空奈、やっぱり無視される臼井黒影。
眼をらんらんと輝かせる畑江散、顔を隠しているように見えて実はしっかり見ている藤野双葉、真っ赤な顔をしっかり覆って蹲る飯田あんず、他は悪いがそれほど目立たない。
あの3人の性格がこれほどはっきり出る状況は他にないだろう。

「はい、解りました!
では、行きますよ、そおれっ!」

真城華代から白い光が放たれる。
もうこの場にいる全員がその状況に注目していた。
同時進行だった。角刈りの髪が金麦色になったと思いきや爆発的に伸びていく。
しかしそれは垂れることなく、複雑な動きをして頭にまとまっていく。
全体的に縮んでいく。筋肉も脂肪もその他も、極限まで削れて行く。
肌の色もずっと白くなって輝き始める。
鼻は高く大きくなり瞳は澄んだ青に。
この時点で身長176センチ、体重75キロあった体は身長165センチ、体重39キロ弱になっていた。
続いて衣服だ。だぶだぶのスーツが脈動を開始した。
脚に触れていた衣服の感触がなくなったかと思うと、すぐに別の衣服が柔らかく包み込む。
ネクタイで締められた感触がなくなったかと思うと、すぐに別の素材で締められた。
腕は丸く大きく、鶏の脚のように膨らみ、踵がぐっと持ち上げられる。
既に外観はウォーキングドレスになっているのだが、ここで最後の変化が。
ウエストが万力にかけられたように締め上げられる。
内側は柔らかい綿になっているので、まさに「真綿で締め上げられる」状態だ。

覚悟していたとはいえ、西良信にはこれは衝撃だった。
しかし今はそんなことを考えられる状況ではない。
コルセットによる締め上げは、それほど強烈なものなのだ。

「はい、イルダさんいっちょあがりぃ!!」
「…」
「ご利用、ありがとうございました!」
「…」

得意満面に宣言する真城華代。
締め上げに苦しむ西良信は、何も言うことができない。

「あ、華代ちゃん!」
「あ〜! 睦美ちゃん!
まったく! どこで何してたの!?」
「ごめん。ちょっと遅れちゃったんだ。
来た時にはいなかったから、皆であちこち探してたんだ。」

「依頼」が終わった時点ですかさず半田睦美が声をかける。
半田睦美は後ろからついてきており、「依頼」が行われた時点で現場に現れたのだ。
言い訳の全ては真城華代を欺くための半田睦美の演技。
そしてその隙に、同じく後をつけてきた半田ケイが性転換された西良信に近づく。

「よし、今助けてやるからな。」
「…ありがとう、助かったよ。」

これが作戦その3。
ハンター能力者が性転換された場合、通常のハンター能力では元に戻せないが半田ケイの能力ならば元に戻せるのだ!
時間が経つと“ハンターシリーズ規定”や“暗黙のルール”、“ハンター運営委員”という神々の邪魔が入ることがあるらしいが、性転換された直後なら何の問題もない。
そう、西良信は、自分が一時的に性転換される代わりに、真城華代の名刺を全て奪い取るという快挙を成し遂げたのだ!
…しかし、この直後に起こったことが状況を大きく変える事になる。

「…! 睦美ちゃん、ちょっと待ってて。
こら! 何で戻すのよ!」
「…何でって、あの締め上げのままだと死んじゃうところだったぞ。」
「もう…やり直しじゃない!」
(やり直してもらわなくて結構です!)
「…そおれっ!」
「…華代ちゃん! 今度はスカートが短すぎるよ!
これを本物のイルダさんが見たら卒倒しちゃうよ!」
「はぅ! またやり直し!?」

しかしこれも想定内、別名作戦その4。
再び性転換されたらまたすぐに戻せばよい。
この時にいきなり戻すと真城華代の機嫌を損ねかねないので、「難癖をつける」ことを忘れてはならない。
これは下手をすると無限に続く性転換合戦になりかねない諸刃の剣なのだが…
…そしてやはり、事態は「イルダさんのファッションショー」の様相を呈していった。

1時間後

真城華代が性転換をする度に警報が鳴るので、周りにはほとんどのハンターが集まってきていた。
こうなると二岡光吉の解説癖がフルに発揮されるわけで…

「おおっと! これは1900年頃のデイドレス!」
「腕の膨らみがない、却下!」
「これじゃあどう?」
「今度は1890年代後半のベルベットドレスだー!」
「生地がベルベットだと跡筋がつくでしょ!」
「ケイさん、『頑張って!』」

…実は二岡光吉の解説が半田ケイの「難癖」に大いに役立っている。
当のイルダ・リンカーンもやってきて、こっそりと疲労回復の魔法を飛ばしている。

2時間後

「さあ! 違う階級の衣服が出てきました!
これはヴィクトリア期の売…」
「それ以上言うな! 却下!」
「それはごめんなさい。やり直します。」
(見ない見ない…)

3時間後

「何時の間にか現代の衣服になっています!
これはうちの組織の女子事務員の制服だー!」
「おおー!」
「イルダさんは事務員じゃなくてハンターだから!」
「うう…これでどうだ!」
「こ、これは、ホワイトロリータです!!!」
(こ、これは恥ずかしい…)

何時の間にか、取り巻きの中の男性の鼻の下が、通常比で2倍近くに伸びていた。
イルダ・リンカーンの顔も真っ赤だ。

4時間後

「今度は民族衣装です!
これは…回族のものだー!」
「中国の少数民族かよ!
イルダさんはイギリス人だ!」
「はぅ。これでどうだ!」
「これはスペイン! イギリスじゃない!」

5時間後

「さあ、次は別時代の衣装です!
これは…十二単だー!」
「素晴らしい…」
「こんな服ではまともに出歩けないでしょ!」
「じゃあ、これは?」
「…これは! 14世紀ヨーロッパのプレートアーマーです!」
「もっと重いわ!」
「もっと露出度を上げろー!」
(…誰ですか! そんなことを言うのは!)

これが原因で、後に取り巻きの中の何人かが「処刑」されることになるのだが、それはまた別の話。

6時間後

「さあ、ファンタジーの衣装になってきました!
これは…いわゆる「魔法少女」だー!」
「おおー!」
「イルダさんは魔女であって魔法少女ではない!」
「これでどうでしょう?」
「…イルダさんは見ないで! これは、び、ビキニアーマーです!」
「大丈夫です。先程から『ソナー』に切り替えていますから。」

ここで取り巻きの中の男性のほとんどが気絶、脱落した。
もしイルダ・リンカーンが『ソナー』を使っていなかったら、彼女も失神していただろう。

7時間後

「何かコスプレに近くなってきました!
これは…**病院の看護士の服だー!」
「イルダさんは医師であって看護士ではない!」
「じゃあ、これは?」
「…イルダさんは聞かないで! 「女王様」です!」
「???」

もしイルダ・リンカーンが「女王様」の意味に気が付いたら、それだけで彼女は卒倒していただろう。

8時間後

「さてそろそろ終盤、冠婚葬祭の衣装です!」
「終盤って判るのかよ!
とにかく、死装束は却下!」
「そうですね。これは?」
「今度は、「本場の」サンバカーニバルの衣装だー!」

この辺りで取り巻きの中の女性のほとんども気絶、脱落した。
その他大勢の中で残っているのは飯田あんずと、何も見ずに待機していた半田睦美だけだ。
その飯田あんずももうふらふらになっている。
それでも気絶しないのは、非日常を見たいという執念のなせる業だろう。
そして…

「これは言われなくても却下!
結婚もしていないのにウェディングドレスを着せてはいけません!」
「ケイさん、西さん、『頑張って!』…」
「あ、イルダさん!」

ずっと回復魔法を飛ばし続けてきたイルダ・リンカーンが、ここへ来て累積した疲労の為に気絶した。
ここから先は2人の持久力のみが頼りだ。
真城華代、恐るべし…

9時間後

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
「何が何だか…解らなくなってきた。」
「…同じくです。」
「これは…男子ハンターの制服をイルダさんが着た格好になってますね。」
「華代ちゃん。肉体の性別を服に合わせて欲しいな…」

連続性転換が終わり、やっと喋れるようになった西良信。
しかし、この一言が思いがけない結果を生む。

「あ、はい、解りました。それっ!」
「…華代ちゃん! これでいいんだよ! ありがとう!」
「はぁ、はぁ。
…ご利用、ありがとうございました!」

何と真城華代が性転換能力を用い、西良信を元に戻したのだ!
ここで、ずっと待機してきた半田睦美が声をかける。

「華代ちゃん…」
「あ、睦美ちゃん!
ごめ〜ん、すっかり忘れちゃってた!」
「「ちょっと待ってて」って言うから、ず〜っと待ってたんだけどな…」
「ごめんなさい。
今日はもう疲れたし眠いし、遊ぶのは明日にしてくれない?」
「え〜!? ずっと待ってたのに!」
「もう夜も遅いよ。
明日一杯遊ぼう、ね?」
「本当?
じゃあ、明日は朝からいつもの3倍遊ぼうね!」
「うん!
じゃあ、待ち合わせの時間は明日の朝9時、場所は今日と同じね!」
「約束だよ!」

流石は自身も真城華代なだけのことはある。
真城華代がいなくなった後、西良信と半田ケイは半田睦美の誘導に惜しみない拍手を送った。
そして…

「た、楽しかった…」
「や、やっと、解説が終わった…」
「燃え尽きた…能力が、燃え尽きたぜ…」
「ふぅ、疲れた…」
「ふぁ、眠い…」

最後まで残った5人は、累々と積み上がった他のハンター達の上に倒れこむのだった。

翌朝

「あーそーぼー!」

この日、子どもハンターズは総員体制で真城華代と遊び倒した。
昼食は半田ケイが作った「30分でできるフルコース弁当、名前入り海苔巻き付き」。
なぜ名前入り海苔巻きが入っているかというと、真城華代以外の弁当にはイルダ・リンカーンの回復魔法が封じられているから。
夜も一緒に食事をし、お泊り会を開いて枕投げ。
でも文句を言う人はいない。
昨日の奮闘もあり、他のハンター達も非常に協力的になっていたのだ。

さらにその3日後、事務室にて。
話し合っているのは西良信と高荷那智。

「…暇だな。
あれから1回も警報が出ないもんな。」
「こっちは忙しいんだ。無力化計画の報告書を書かなきゃならん。」
「それにしても、本当に1週間無力化できるのかねぇ。」
「…514枚もの名刺を奪ったんだ。それだけの性転換を未然に防いだことになる。」
「あれ、処理班に回すと1枚100円の報奨金が出るよな。
…子どもの小遣いって思ってたが、あれだけあると違うな。」
「まあな。おかげでイルダさんにお金を借りに行けない。」
「…余裕があるなら、少し貸してくれないか?
無力化計画が成功したら、また5万円貰えるんだろ?」
「…利子は取るぞ。」

他愛もない話をしている2人。
そして、気合を入れるために西良信が100円均一で買った鉢巻を締めたその時!

「…どうした?」
「お、おい、お前…
あそこに鏡があるから、ちょっと自分の顔を見て来い!」

西良信が鏡の中に見たのは、和の装いに身を包んだイルダ・リンカーンの姿だった。
…着ている着物がどう見ても安物の辺りに少し違和感があるが。

「これが…俺?
こ、この声は…イルダさん、イルダさんだ!」

西良信の手は咄嗟に「自分」の体に伸びていた。
「確認」のためである。
しかしその手は何にも触れることなく止まった。
もう1人の「自分」が鏡の中にいたからである。

「え…私が、もう1人?」
「イルダさん、俺です! 西良信です!」
「に、西さん!? どうしたんですか!?」
「俺にも、さっぱり解らないです。」
「そうだ! この華代探知機で…
やっぱりそうですね、真城華代の被害を受けた「波動」が出ています。」
「…何で今頃!?
ケイだ、半田ケイを探せ!」

2時間後、ボスの部屋にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そしてボス。

「…で、結局西良信が性転換された、と。」
「結論から言うとそうなります、局長。」
「で、半田ケイの能力でも戻せなかったんだよな?」
「戻せることは戻せるのだが、10秒ほどでまたこの姿に戻るんだ。」

そう言って精神を集中させる半田ケイ。
すると西良信の本来の姿が現れたが、またすぐにイルダ・リンカーンの和服姿に戻る。

「…なるほど。
じゃあ、これからは半田縁(はんたえにし)と名乗れ。
戸籍は後で準備する。」
「…はい、局長。」
「ふう…
結局、今回の真城華代無力化作戦も失敗に終わったわけだな。」
「それは違う! 契約書をよく読んで!
「作戦開始時から数えて168時間後までの間に、西良信と半田ケイの2人以外に真城華代の被害が出ないこと」が今回の真城華代無力化作戦の成功条件だから!
被害に遭ったのは西良信だから、まだ真城華代無力化作戦は失敗したとは言えない!」

半田ケイの必死の反論に黙り込むボス。
確かに、契約書の文言に従えば、まだ真城華代無力化作戦が失敗したことにはなっていない。
そして、真城華代の被害がこれほど長い間確認されないのは、最近の兆候からして絶対にありえないことだ。
…これは賭けてみてもいいかもな。
ボスの口元が不敵に緩んだ。

その日の夜、真城華代被害者用浴場にて。
話し合っているのは半田いちごと半田縁。

「いや、1号先輩と一緒に入浴なんて、本当に久しぶりです。」
「俺は長いこと「女」をやってるから解るが、「女」ってのも色々と大変だぞ。
まあ、24号、お前も「俺達の仲間」になっちまったんだから、きちんと教えるが。」
「はい! 1号先輩は女の鑑です!」
「…その言い方はやめろ。」
「それにしても…1号先輩は、肉付きがいいですねぇ。」
「これまで「実物」をそれほど見てないからそう思うのかもしれないが、そっちが細すぎるだけだから。」
「…そうですか?」
「…この痩せ方、どう考えても病的だぞ。
あと、肋骨も少し圧迫されて歪んでるんじゃないのか?」
「まあ、気にしないことにします。
イルダさんの肉体ですし、イルダさんにも「変なことはしないように」って言われましたし。」
「…イルダさんへの思いは変わらないんだな。」
「ええ。
今の体になって、俺がイルダさんに求めていたのはその精神なんだ、ってはっきり解りましたよ。」

入浴を終えて脱衣場に上がってくる2人。
それぞれに自分の脱衣篭を探す。

「ええと、俺のはトランクスが入っている奴だから…
…あれ? これは俺のじゃない?」
「…ああ、それは俺のだ。」
「…1号先輩、トランクスを履いてらしたのですか!?」
「どうもこれだけは女物になじめなくてな。
…そういうお前も、男物のままじゃないか。」
「これしかなかったから、仕方がないのですよ。
イルダさんに下着を少し分けてくれるように頼んだのですが、断られてしまいまして。」
「当然だ。
…まあ、今日は仕方がないとして、早めに女物の下着を一通り買い揃えた方がいいな。」
「はい…」

2人は話し合いながら体を拭き、下着を着込み始める。
すると…

「…あれ、1号先輩、背が縮みましたか?」
「…本当はな、ここは「おめでとう!」と言うべき所なんだろう。
だがな…下を見て自分の体を見てみろ。」

半田縁が下を見ると…そこには「男」がいた。

「…次に、俺を見てみろ。」

目の前にいるのは「女」の半田いちご。

「…どういうことか、解るな?」

指を鳴らし始める半田いちご。
西良信の顔は、笑っているかのように引きつっていた。

一方その頃、浴場の外の廊下では。

「…この「真城華代被害者用浴場」って、どんな人が使ってるのかな?」
「…出てけー!!!!」
「す、すみません!!!!!」

飯田あんずの目の前に、色々なものを投げつけられながら人影が転がり込んできた。
そして飯田あんずがその人影に眼をやると…

「き、きゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

この後、飯田あんずはハンター組織中に奇怪な文様を描いて回った。

その翌日、ボスの部屋にて。
部屋の中にいるのは畑江一郎とボス。

「…で、事の真相は判ったか?」
「はい。
…24号には「自分が着ている物が対象とする性別に肉体が変化する」体質が与えられてしまったようです。」
「…要は、「女装すると女になる」ということだな。」
「それは正確ではありません。
24号は男女兼用のものをたった1つ身につけるだけで全体がそれに見合った女性の姿に変化してしまいます。
最初に確認された和服姿への変身も、男女兼用の鉢巻をしたことが原因でした。」
「「男装すると男に戻る」なのか。」
「はい。
それまで着ていた女物も、24号が男に戻った時に元に戻るようです。」
「…でも、なぜ49号の姿になるんだ?」
「これには真城華代の意思がはたらいているものと推測されます。
報告書によると、24号は「49号のように皆に注目される存在になりたい」と言ったそうですから。
後、24号には別に新たな能力が与えられたようなのですが…詳細はこちらに。」
「そうか…ん、これは!
…下がっていいぞ。」
「…失礼します。」

その次の日、事務室にて。
話し合っているのは西良信と高荷那智。

「…それにしても難儀な体質だよな、それ。」
「意識してみて初めて気が付いたんだが、男女兼用のものって、結構多いぞ。
タオルだってそうだし。」
「タオルで変わるのかよ!」
「今朝自室でシャワーを浴びてから頭を拭いている時に突然変わったよ。」
「…何に変わったんだ?」
「バスローブ姿。タオルは綺麗に頭に巻きつけられてた。」
「それって、日常生活でも突然性転換しないか?」
「…可能性はある。」
「やれやれだな。
…でも、どうせあんなことやこんなこと、やってるんだろ?」
「やれるわけないだろ!
あ〜んなことやこ〜んなことなんて!」

一々大仰な西良信。
大きなジェスチャーを交えながら力説しているのだが、この部分に挿絵はどうか入れないで頂きたい。

「あら、何をしているのですか?」
「い、イルダさん!」
「い、いつから、いらしたのですか?」
「西さんが「あ〜んなことやこ〜んなこと」と言っている辺りからですね。
あの動作は…「生」の魔法と「体」の魔法ですか?」
「は、はい、そうです!」
「…それを教えるには幾つかの「試験」に合格してもらう必要があります。
今日は忙しいからできませんが、後日私の部屋に来てもらえませんか?
あ、私も都合を合わせますから、事前に連絡をお願いしますね。」
「は、はい!」

この後、西良信は「試験」に合格し、ハァハァと息を切らすような魔法修行を受けることになるのだが、それはまた別の話。

さらにその次の日、ボスの部屋にて。
部屋の中にいるのは西良信、半田ケイ、そしてボス。

「今何時だ?」
「9時まで…後10秒。」
「長かった…いよいよだな。」
「5、4、3、2、1…」
「やったぜ! 真城華代無力化作戦、成功!」

9時になるのと同時に「特別賞与」と書かれた封筒をボスの机から奪い取る西良信と半田ケイ。
そう、たった今、作戦開始時から数えて168時間が華代被害が無いまま経過したのだ!
喜びに湧く2人にボスが声をかける。

「2人とも、よくやった。
その封筒の中にあるのが真城華代無力化作戦の成功報酬だ。」
「おおー! ま、万札が5枚もあるよ!」
「…それはそうとしてだ。
契約通り、俺をハンターの一員にしろよ!」
「ああ、今回は特別だ。昇進させよう。
本日より、半田ケイをハンター補欠に任命しよう!」
「…補欠?」
「姓が半田なのにハンターじゃないのが嫌だったんだろう?
大丈夫、今日からお前はれっきとしたハンター補欠だ。
補欠だから給料は出せないが、今まで居候していた部屋を使い続けていいから。」
「それじゃあ、実質的に何も変わってないじゃないか!」
「さて、何のことかな?
契約書にはそんなことは何も書いてないぞ?」
「やられた…」

ふぃーおんふぃーおんふぃーおんふぃーおん。

「おい、真城華代無力化作戦成功と言っておいてすぐにこれか!
お前ら、出動だ! 行って来い!」
「「了解!」」

喜びの余韻を残したまま、勢いよく飛び出して行く西良信と半田ケイ。
2人が出て行った後、ボスはやれやれと言った感じで溜息をついた。

「まったく、たった1週間真城華代の被害を抑えるだけでこれか。
これでは、我々の仕事は当分なくならないな…」



あとがき

ELIZAです。
『真城華代無力化作戦、成功!?』はいかがだったでしょうか。
私は特別なことがないとあとがきを書かないのですが、今回は守って欲しい追加設定があるのであとがきで説明します。
(これらは24号の提唱者である城弾さんの了承を得ています。)

24号の名前

男性時は西良信、女性時は半田縁となります。
(これは私が命名権を譲渡した城弾さんがつけた名前なので、私には変えられません。)

24号と49号の関係

24号は49号に恋(片思い)をしています。
しかし、49号が持つ性的なものへの恐怖を十分解っているため、自分から49号に対して「行動」を起こすことはありません。
(「イルダさん、結婚してください!」などという言葉も、今の24号は決して言い出しません。)
もちろん、できるならば49号と「恋人としてのふれあい」などもしたいのでしょうが、現在の24号は純粋に精神的な恋愛で満足しています。
(「自分の思いに気づいて欲しい」と思うことはあるでしょうが。)

49号は24号のことを「いつもオーバーアクションな弟子(候補)」だと思っています。
24号が自分に好意を寄せていることは理解していますが、24号の言動は「オーバーアクション」だと思っているので「8割程度は割り引いて」捉えています。
そしてその好意も、「師弟愛」に属するものだと誤解しています。
(49号は性的なものをあまりにも恐れているので、自分が恋愛の対象になるなど思いも寄らないことなのです。)


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