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ハンターシリーズ142
『君が主のごとく』

作・城弾

 

 ハンター組織.その朝.「朝礼」が行われている.
 出てきた全員を集めて二人の人物を紹介している「ボス」
「今日から我々の仲間になったハンター37号だ.彼女自身に自己紹介してもらう」
 彼女といわれた女性は歯噛みする.
 タイトなブラウスとスカートがそのプロポーションを浮き彫りにして,嫌味なほど『女』を強調していた.
 長い黒髪は真っ直ぐ素直に伸びて,僅かな風でふわりと舞い上がる.
 顔立ちは間違いなく美人だが,つり目がきつい印象.
 37号は拳を握りしめ,唇をきつくかみ締めている.
 何か屈辱に耐えているかのようだ.
(あれ? もしかして)
 いちごをはじめ多数の「お仲間」が彼女の身の上を察した.

「私がご紹介いたします」
 影のように付き従っていた青年が前に出る.
 第一印象は「執事」.何しろ服装からしてそれらしい.
 やや長めの髪.にこやかな笑みをたたえる表情は,本心を読ませそうになかった.
「ハンター37号こと,西園寺美奈子様です.西園寺家の嫡子であらせるお嬢様ですが,故あってこちらにお世話になることになりました」
 その言葉に耐えに耐えていたものが爆発する「美奈子」
「俺を女扱いするな」

(ああ.やっぱり)
 その場の大半が理解した.
 「彼女」もまた華代被害者だったのだ.

「なぜです.お嬢様.お嬢様は立派な女性ではありませんか.その胸といい顔といい声といい,それはもう美しい女性です」
「俺は女じゃねぇ.名前も美奈子なんてじゃなく,良磨(りょうま)と男らしい名前だったのに」
 外観の美しさと裏腹に,言葉遣いは荒い.
 しかしこれはいきなり女性化したため荒んだのだろうと,その場の面々は理解した.
 特に御曹司というなら逆境に弱そうと言う偏見もあったが.

「華代ちゃんに変えられたみたいだね.良かったらその時の状況を説明してくれる?」
 5号こと五代が話を促す.
 しかしそれも地雷だったらしい.女性化した時の「忌まわしい記憶」に触れた.
「全部親父が悪いんだ.後から聞いた話だが,突然現れた幼女に新しいメイドが欲しいと要求して」

(ん? どこかで聞いた話だな)
 ほぼ全員がそう思う.
 一名だけは胸を押さえて荒い息.「当事者」のいちごだ.
 彼女がこの姿になった経緯がまさしくこれと同じだったのだ.

「私は使いに出ていて難を逃れましたが,結果として屋敷の若い男がみんなメイドになってしまったようです」
 「執事」が説明する.
「しつもーん」
 学校の女子制服姿の双葉が可愛らしく手を挙げる.
「なんでしょう? お嬢さん」
 恭しく礼をする「執事」
「あの,執事さんのお名前は? やっぱり綾崎.それとも上杉? もしかしてオーソドックスにセバスチャン?」
「最後のは惜しいですね」
 にこやかに言う.そして一礼.
「お嬢様の後と思い,自己紹介が遅れたことをお詫び申し上げます.私は美奈子お嬢様の執事で,瀬場 虎と申します」
「セバ トラ…Butlerというのは執事の洒落?」
 ハンター3号.珊瑚が問う.
「私は21年前.西園寺家の門の前に捨てられていた赤ん坊だったそうです.執事を務めていた『養父』に引き取られて,執事として育てられました.だから名前にも執事を意味するButlerの言葉を組まれました」
 21歳と若いのに,まるでベテランのような落ち着きがあるのはそのためだった.

「あー.彼はハンターではないが,37号のサポートという形で同行となった」
 ボスが補足する.
「皆様.どうかお嬢様をよろしくお願いいたします」
「だから女扱いするなっていってんだろ.トラ」
「男がバニースーツを着用して,鏡の前でポーズを取ったりしますか?」

 ぐさあっ.
 いちごの脳裏に嫌な想い出が蘇り,胸に突き刺さった.

「あ…アレは…ちょっとした好奇心だ」
 頬を染めるお嬢様.しかしそれより「華代被害者」たちには「ちょっとした好奇心」が引っかかった.
 ほとんどが身に覚えがある.
 さらには今は男の肉体のハンターたちも,一時的に珊瑚によって性転換及び女装を余儀なくされたことがある.
 つまり生粋の女子以外は身に覚えあり.

「男がきゃあーっなんて悲鳴を上げますか?」
 これまたいちごにクリティカルヒット.
 この姿になった頃,トラックを運転しようとして誤動作させ悲鳴を上げたことがある.
 女そのものの悲鳴を.

 段々と立っているのが困難になってきたいちご.呼吸も荒い.
(嫌だ…メイド服はいやだ…嫌だ)
 精神的外傷に塩とカラシを塗りこんでいる状態.

「大体お嬢様.料理が上手ではありませんか」
「あれはもともとの趣味だ.味も変わってないはずなのに,どういうわけかこの姿で振舞うとやたら男どもが喜ぶ」

 どういうわけかじゃねーだろ…心中で突っ込みを入れる面々.いちごはとうとう蹲る.
(なんでここまで「身に覚え」のことばかり……)

「それでだが…1号.お前が面倒見てやれ」
 いちごは本名ではない.圧倒的に通りのいい名前であるが正式ではない.
 1号と呼んだのは「任務」を強調するボスの意図だった.
「わかりました」
 だからプロである「彼女」は瞬時に引き締まった表情になる.
 ただし美少女の顔立ちなので,凛々しいもののどうしても美しさが目立つ.
「ああ.どうもいろいろと似たような経験をしているようだからな.アドバイスが役に立つだろう」
「……ほっといてください」
 いちごにしたら出来れば記憶を改ざんしてこの少女の肉体もろとも,なかったことにしたい過去であった.

 対峙するいちごと「美奈子」.
「お前が俺の侍女か?」
「はぁ?」
 呆気にとられるいちご.一同も耳慣れない単語に戸惑う.
 そんな空気をまったく読まずに『美奈子』は偉そうに続ける.
「うむ.楽にしろ.世話係というなら多少の無礼は赦すぞ」
 世間知らずの元・御曹司.現・令嬢.態度が大きいのは予想していたが,まさか侍女扱いされるとは思わなかった.
「口の利き方を知らない与太公だな.どこの何様のつもりだ?」
 本人の趣味が反映されてか,いちごは切れると時代ががった言い回しが出る.
 まさに今がそれだ.
 だがちやほやされて育ったこの『お嬢様』はそんな機微が読めない.
 逆に自分の身分を強調しに来た.
「知らんのか.俺は西園寺家の嫡子.りょ……」
「美奈子お嬢様だ」
 尊大な態度で名乗ろうとしたが,男の名前を名乗る前に執事が女にの名前で紹介してしまった.
「トラ.おまえぇぇぇ」
「はははははっ.お嬢様.いちごさんのおっしゃる通り.女性がその言葉遣いははしたないですよ」
「誰が女だぁぁぁぁぁぁぁっ」
 笑いながら逃げる執事と,顔を赤くして怒るお嬢様.
 仲のよい二人のじゃれあいにしか見えない.
 どっと疲れて毒気が抜けて,もう突っ込む気も失せたいちごだった.

 いちごの運転で町へと出る.
 見た目こそ運転免許をぎりぎりで取得可能な年齢だが,もともとは超一流のエージェント.
 運転も一流だった.
 ただ以前は大男だったため運転席が窮屈なケースが多かったが,今は小柄な女の子姿のためシートの調整状態によっては足が届かないことも.
 後部座席には中央に美奈子.そして美奈子の右側に盾になるように瀬場が.
「庶民はせかせかしているな」
 窓から眺めていた美奈子の一声だった.
(「庶民は」って……どんだけ世間知らずなんだよ)
 傲慢な態度に好感が抱けないいちご.
「それに物騒だ.警察がやたらウロウロしている.庶民の町はそんなに悪い奴が多いのか?」
 その点はいちごも気がついていた.
 巡回というレベルではない.明らかに非常警戒という感じである.
 いちごは車を寄せて停車させる.そして携帯電話で本部に問い合わせる.
「ハンター1号だ.警察がやたら出ているが何か情報を掴んでいるか?」
『入ってます.その辺りに強盗が逃げ込んでますね』
「なんだ.ただの強盗か」
 さらっと言ういちご.彼女の戦闘力からしたら素人の強盗など物の数に入らない.
 それもあくまで遭遇しての話である.こうして車で流している以上,まずそれもない.
 いちごは急速にその件に関して興味を失って行った.
 むしろ別の感覚.いつものなじみのあの感覚.
 それはどうも同じハンターである美奈子も感じているらしい.
 新米とはいえど能力を持ち合わせている.
 ちなみに無表情なのが瀬場.どうやらハンターとしての能力は皆無らしい.

「ところでいちごさん.ちょうどその辺りで『華代反応』があったんですが」
「ああ.俺も感じていた.ちょうどいい.実技訓練といくか」
 通信を切り,車を出す.
 そして「現場」へと走る.

 うらぶれた教会.その前で「シスター」が跪いていた.
 懺悔をしているようにも見えなくはない.
 彼女以外に誰もいない.
(あれだな.しかしここはもう取り壊しが決まっていた気がしたが? まぁいい)
 長年の勘と状況から断定した.
「37号.初仕事だ.あの女を元に戻して来い」
「アレは『華代』の被害者なのか?」
「たぶんな」
 間違っていても実害はない.だから言い切った.
「すると華代もそばにいるのか?」
 ああ.といちごは納得した.
 この「お嬢様」が「労働」するのは華代にあうためかと.
 自分をこの姿にした華代に元に戻させる.
 そのためにハンターの仲間入りをしたのかと.

「お嬢様.屋敷のものたちを戻したようにすれば良いのです.大丈夫.出来ますよ」
「そうか……まぁあいつらも涙を流して喜んでいたからなぁ」
 顔が緩んでいる.「お嬢様」の一言にも怒らないほど「いい気分」だ.
 たしかに感謝されて悪い気はしない.
 突然女の姿に変えられた戸惑い.そして絶望から救ったのだ.
 感謝の言葉はそりゃあ心からのものだったろう.
 それをあび続けていれば,この仕事につく意欲も沸くか……いちごはそう推測した.

 車を停め,最初に瀬場が降りる.
 そして美奈子のために扉を開いておく.
 まるでどこかの王族のようにゆっくりと降りてくる『お嬢様』.
 もちろんいちごはとっくに降りている.
 ドアロックしたいのにもたもたもしているのがもどかしかった.

 降りたと思ったらずかずかと「シスター」に近寄る.
「安心しろ.元に戻してやるからな」
 それまでの尊大さと裏腹に優しい表情.
 美女だけになおさら天使のように見えた.
 シスターは涙に暮れた,そして戸惑った表情のまま顔を上げた.
 それはとても弱々しく見えた.
 その額にそっと手を当てる美奈子.
 シスターの逆変身が始まった.

 最初は微笑ましく見ていたいちごだが,違和感を覚え始めた.
(待てよ? 消えた強盗.うらぶれた教会.正体不明のシスター.華代……まさかっ?)
 これまた長年の経験と直感から感じ取った.
「37号! そいつから離れろ!」

「え?」
 突然妙な事を言われて反応できない美奈子.
 その首を突如として大男が背後から締め付ける.
「ぐっ」
「お嬢様っ!」
 それはなき濡れていたシスターだったもの.
 それが恩を仇で返す行為に出た.
「おっと動くなよ.こいつが見えないか?」
 反対の手で拳銃を取り出し,美奈子の頭に当てる.
 発射口を塞げば暴発する.しかし美奈子も当然ただではすまない.
 いちごの戦闘能力も人質をとられてはどうしようもない.

「くそっ.貴様が強盗か?」
「ああ.俺は図体がでかくてね.目立つから変そうも一苦労でな.どうしようかとここに隠れて考えていたらちっこい娘にこんな姿に変えられて途方にくれていたんだ.戻してくれてありがとよ」
 強盗が教会に逃げ込み,逃走プランを練っていたら華代が現れた.
 なんとなく話をしてしまったが(それもまた華代ちゃんのパワーの一種か?)それを
「性別からしてまったく違う姿になれば大丈夫」と場所からの判断で神に仕える身に性格ごと変えられていた.

 確かにこれでは警察とて追跡不能.
 性別.指紋.そして匂いも違うので警察犬もダメ.完全に別人.
 逃げようと外に出たが,性格も変えられていたため罪の意識が出て,懺悔していたところに美奈子たちがきたというわけである.

「へへへっ.さぁその車を渡せ.この女の命が惜しかったらな」
 ぐいと首を締め付ける.苦悶の表情になる美奈子.
「仕方ない」
 いちごが車のカギを投げようとする.だがそれを瀬場が止めた.
 彼は強盗に向き直ると,ぞっとするほど低い声で
「その薄汚い手をお嬢様からすぐに離せ」と言った.
「ああ.誰に命令してんだ? 一歩でも近寄ったら」
 その時の瀬場の行動は奇妙だった.
 右手の人差し指を真っ直ぐ突き出し,拳銃を象った.
 それを射撃するかのように突き出す.
 するとなんと指先から光の球がはじき出される.
 まさかそんなことが出来るとは思わないから強盗は油断していた.
 まともに拳銃を弾き飛ばされる.

「な……何しやがった?」
「気を収束した弾丸を打ち出す技.名づけて,タイガーシ○ット」
 CAPCOMに怒られるぞ.
「このやろう」
 強盗は逆上して美奈子の首をもっと強く締めにかかる.それだけ隙が大きくなる.
 今度は拳を突き出す形.そしてこぶし大の「気の砲弾」が強盗の顔面に直撃.
「タイガーバズ○カじゃ」
 データイーストに謝れ!

(今だ)
 いちごはダッシュで接近すると強盗の顎に一撃.
 非力な女でも顎をねじ上げることで効果的な一撃を加えられる.
 ここで完全に戒めを解かれる美奈子.
 それを連れ出して救出に成功した.

「ち…チクショウ」
 人質を失ったら今度は拳銃に頼るしかない.
 それを拾いに駆け出すが瀬場が飛んでいた.一気に強盗の前に.
「な…何? あの距離を」
「知らないのか? サブカルにおいては,執事とは超人と同義語と」
 それだけ言うとレバー一回転……じゃなくて強盗を抱え込む.頭は上のまま.
 そのまま跳躍して脳天から地面に叩きつける.その反動で跳ね,ふたたび叩きつける.そしてもう一回.
「タイガードライバー」
 いや.そんなの佐山も三沢も使ってないから.
「うっあぁぁぁーっっっ」
 妙なエコーを響かせて強盗は完全KO.
「ふっ.お嬢様に狼藉を働くとは許し難い.ギャグ補正で生き延びたことを感謝するんだな」
(おいおい)
 活躍に目を見張りつつも,苦笑して心中で突っ込むいちごであった.

 逆境になれていない美奈子はがたがたと震えていた.
「もう大丈夫ですよ.お嬢様」
「と……トラ……」
 涙を流しながら駆け寄る美奈子.両手を広げて受け入れ態勢の瀬場.その顎に強烈無比なアッパーカット.

「俺を女扱いするんじゃねぇぇぇぇぇっっっ」
「どっぎゃあああああん」
 天高く吹っ飛ばされる瀬場であった.
 落下してからもヒールの細い女物の靴で踏みつけられる.
「ああっ.いいっ.こういう愛の形もいいです.お嬢様っ」
「誰がお嬢様だ.この変態.俺は絶対に男に戻ってやるからなっ」
「お嬢様が嫌でしたら女王様でも」
「変態.この変態.ドへんたーいっ.とにかく俺は男に戻って,お前をがっかりさせてやるからなっ」
 いつまでも執事をどつくお嬢様であった.

(仲の良いこったな)
 これも一つのコミュニケーションなんだろうといちごは理解していた.
(しかし……新人時代か.俺もあんなへまはしてたな.それに,最近すっかり忘れていたよ.絶対男に戻るんだという強い気持ちを.この姿に慣れすぎたかな? 一つ初心に帰って)

 翌日.いつものボスたちの会話.
「37号はどうした?」
「疲れたので休むと執事の方から連絡が」
「……これだから温室育ちは……」
 バイトすらしたことのない美奈子は,いきなりの体験に疲れてしまった.
「まぁ強盗にまであったのだ.大目に見るが……なんでいちごは引きこもっているんだ? なにもなかっただろう」
「何でも『初心に帰る』とかで」
 確かに初期にはこの落ちが定番だった.

「いいから引っ張り出せ.町内会の催し物の打ち合わせに行かせろ」
「ボス.それってやはり」
「ああ」
 ボスはにやりと笑って言う.

「俺も初心にかえってみた」



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