ハンターシリーズ144
|
|||
平凡な毎日。 平凡な生活。 平凡な暮らし。 ――言い方を変えても何も変わらない。 そんな日々を送っていたあたしだが、 ある日を境にそれは変わっていく――。 授業が終わってあたしがハンター組織に行くと、玄関に見慣れない人がいた。 ブロンドの髪でゴシックロリータなファッションの女の子。 「こんにちは。どなた?」 「エミルネーゼ・フルーゲンハイム。 ネーゼ、って呼んで欲しいっす。」 「ネーゼちゃんね。 あたしはあんず。飯田 あんず。」 挨拶をしている間も、ネーゼちゃんは心ここにあらず、って感じでそわそわしてる。 …どうしたのかな? 「いきなりで悪いんっすけど、頼まれごとをしてくれないっすか?」 「何?」 「この手紙を、入田利康さんに渡して欲しいっす。 ついさっき玄関を出て右に曲がっていったから、走っていけば間に合うっす。」 入田利康。 ハンター組織の食堂で時々見かけるんだけど、他の場所では全く見かけない謎の紳士。 ハンターの関係者だということは間違いないんだけど、他は何も知らない。 話しかけようとしても巧みに避けられるんで、まともに話をしたことは一度もないし。 事務の水野さんに訊かなかったら、名前さえ知らなかった人だ。 これは…「気になる人」と話す絶好のチャーンスっ! でも、なんであたしに頼むのかな? 「ネーゼちゃんが自分で行っちゃダメなの?」 「あっしの足じゃ、追いつけないっす。 それに…燃え尽きてしまうっすから。」 「…まあいいわ。あたしに任せて!」 ネーゼちゃんから手紙を受け取ると、あたしは玄関を飛び出した。 あれは…本当だ、入田さんだ! 「いーりーだーさーーん!!」 「…? どうしました?」 「…こ、これを、受け取って、ください。 はぁ、はぁ…」 結構な距離を全力疾走したので、あたしはしばらく息を整えなければならなかった。 その間に入田さんは手紙の封を破って読んでたんだけど… 「…あなたの気持ちはとてもよく解りました。 しかし、いきなり結婚というのはいけません。 まずは、結婚を前提としたお付き合い、で我慢していただけませんか?」 「…ちょっと待って、何でそうなるの!?」 「え、このラブレターはあなたが書かれたものではないのですか?」 ネーゼちゃんのバカ〜!!! ラブレターならラブレターと、最初に言いなさいよ! 「燃え尽きる」って、こういうことだったのね! 「あ、これは、ネーゼちゃんが書いたものです! あたしはただ、頼まれて手紙を届けただけですから!」 「それは大変失礼致しました。 …ところで、その方のフルネームは判りませんか?」 「エミルネーゼ・フルーゲンハイム、って言ってました。」 「彼女か…でも、彼女ならなぜ今渡そうとしたんだ? もう少しで日も暮れるというのに。」 入田さんは空を見上げている。 雲1つない空。夕焼けがとっても綺麗だ。 「…! 符丁か! だとすれば!」 「どういうこと?」 「この手紙は一見ラブレターのように見えますが、実は全く別のことを伝えるものなのですよ。」 入田さんは単眼鏡を取り出すと、それを使って手紙を読み直し始めた。 …こうして見ていると、入田さんってとっても不思議な人だ。 着ているスーツ、かぶっている帽子も含めて、持っているもの全てが普通じゃない。 少しデザインが違うってのもあるけど、それだけじゃなくて何か変な感じが漂っている。 …ある意味でイルダさんに似ているかもしれない。 「…なるほど、なぜ今の時間に渡そうとしたかが解りましたよ。」 「何だったの?」 「救援要請です。それも一刻を争う。」 きたーっ!!!! あたしはこういうのを待ってたのよ! 「任務」とか言っておきながら逃げたペットを探すだけの日々はもう飽きた! …一緒に行っていいよね? 「ダメで…ちょっと待てよ。 …ちょっとお尋ねします、飯田さんは生粋の女性ですか?」 「あたしのどこを見たら男に見えるの!?」 「いえ…ハンター組織には真城華代の被害者がたくさんいますから。」 「そういうことですか… あたしは生まれた時から女の子です。」 「…女性にこのようなことを訊くのは大変失礼なのですが、あなたの体重を教えてください。」 「何で教えなきゃならないのよ!」 「重量制限に引っかかるかどうかの問題がありまして。 これが解らないと、連れて行くことはできません。」 「…**kg。」 「ということは、***ポンドになるから…大丈夫ですね。 最後に伺いますが…あなたの信仰する神格を教えてください。」 「…しんかく?」 「すみません、訂正します。 あなたの宗教を教えてください。」 「そんなこと言われても…特にないです。」 「これはこれで問題があるが…まあ大丈夫だろう。 …あんずさん、覚悟ができているなら、是非着いて来てください。」 「覚悟って…どこへ行くの?」 「…神話の世界です。」 あたしは自分の耳が信じられなかった。 神話の世界…どう考えてもあたしが知らない世界だ。 行きたい。…何としても行きたい。 「そうですか、ではお願いしたいことがあります。」 「何ですか?」 「まず、あなたの保護者と藤野さんに連絡を取って、今夜は藤野さんの家に泊ることにしておいてください。 恐らく帰ってくるのは明日の朝になると思われるので、心配をかけてはいけません。」 「解りました、じゃあ双葉と一緒に行けるのですか?」 「2つの理由で無理です。 1つは確実に重量制限を越えてしまうこと。 2人を連れて行けるのならば、あなたの体重を訊くようなことはしません。 もう1つの理由は、今回神話の世界に行くのはあくまで救援要請があるからです。 一刻を争います。連絡を早くお願いします。」 あたしの突然のお願いを、双葉は聞き入れてくれた。 少し訝っていたけど、うまく説明できないんだからしょうがない。 あたしが連絡を取っている間、入田さんは何かの準備を行っていたんだけど… 「…これ、何?」 「神話の世界に向かうために使う魔方陣です。 さあ、手をしっかりと握って。決して離さないで下さいね。 魔方陣が傷つくとアウトです。一気に飛び込みますよ。」 「はい。」 「「…1、2、ジャンプッ!」」 男の人とこんなにしっかりと手を握り合ったのは初めてのような気がする。 それはともかく、魔方陣に飛び込んだ直後に辺りが真っ黒になった。 あれ? 今は夜? …入田さん、どうなってるの? 「ここが…はぁ、はぁ、神話の、はぁ、世界です。 常夜の国、はぁ、はぁ、夜に住まわれる四柱の女神様が、はぁ、しろしめす大地です。」 「入田さん、大丈夫ですか?」 「重量制限が、はぁ、あると言ったときに、体重で、はぁ、はぁ、鯖を、読まないでください。」 「え、あたし、嘘ついてないよ!」 「…それは、大変失礼しました。」 入田さんはそう言うと黙ってしまった。 …ここから導かれる結論はただ1つ、あたしはこの前体重を量ったときからみて太った、ってこと。 原因の心当たりもあるし、薄々感じてはいたんだけど… この時、あたしは双葉と一緒にスイーツを食べに行くのは止めると心に誓った。 「…少し、休みたいですね。 安心して休める場所を探さないと。 飯田さん、しっかりと手を握っていてくださいね。」 「あ、あたし、懐中電灯を持ってます。」 「懐中電灯はいけません。この世界の「住人」を刺激することになります。 俺のこの明かりなら大丈夫なのですが。」 そう言って入田さんが取り出したのは、ピンク色に輝く小瓶。 よく見ると、ガラスの小瓶の中でピンク色の透き通った炎が、何もないのに燃え続けている。 …本当に不思議だ。 「入田さん、この炎は何で何もないのに燃えていられるの?」 「え!? 『魔女の灯』が見えるのですか!?」 「「まじょのひ」って、何ですか?」 「『魔女の灯』というのは、魔法使いの才能がある人にのみ見える魔法の炎です。 …詳しい話は後で。早くここから離れた方がよさそうです。」 入田さんの目の先を見ると、遠くの茂みがざわざわと動いていた。 何がいるのかは気になるけど、猛獣とかがいると怖いのでここは素直に従うことにした。 『魔女の灯』の明かりを頼りにゆっくりとこの場を離れる。 少し歩くと見えてきたのは…淡く輝く緑の輪。 直径は3mくらいかな。 「…助かった! 「妖精の輪」だ! さあ、飯田さんもこの中へ。」 「これは…何?」 「これは「妖精の輪」と言って、今この内側には害をなす生き物がいないのですよ。 神話の中では、安心して踊れる場所として妖精たちが使っていました。 実物を見て気が付いたのですが、これは一種の粘菌ですね。 これほど大きな変形体を作るとは、驚きました。」 あたし達はこの「妖精の輪」で休憩することにした。 でもあたしは全然疲れていないので、この時間に色々と話を訊くことにした。 まずは『魔女の灯』について。 これは魔法使いにしか見えない特殊な炎で、得意な魔法の種類によって色が変わって見えるらしい。 超能力でもその存在を感じることはできるかもしれないけど、決して炎には見えないんだって。 ということは、あたしも魔法使いになれるはずなんだけど、入田さんはピンク色に見える人を全く知らないと言う。 得意な魔法が判らないと魔法を覚えることはできないんだって。 むぅ…残念。 次に魔法や超能力について。 入田さんは魔法を使うけど、それはあらかじめ宝石などに封じてある魔法を解放するだけのものなんだって。 宝石の数には限りがあるから、魔法を使える数にも必然的に制限が生じる。 色々訊いてみたけど、実はハンター組織には様々な超能力や魔法を使う人がいるらしい。 ハンターの能力も超能力といえば超能力だから、ハンター全員が超能力者、という話はあるけど。 最後に訊いたのが、「救援」の内容と行き先、そしてなぜあたしを連れて行く気になったのか、ということ。 これを訊き出すのが一番大変だった。 だって入田さんは本当に「遠まわしな」表現しか使わないから。 あたしの言葉で簡単にまとめるとこうなる。 向こうに見える高い山の向こう側にダークエルフの村があるんだけど、そこの女性達が「お嫁に行けなくされた」から「対処」して欲しいんだって。 …これは確かに言いにくいよね。 入田さんは医師の技能を持っていて、その専門は産婦人科らしい。 でも入田さんは男だから、女性達を落ち着かせるために生粋の女性であるあたしに手伝って欲しい、って話だった。 一緒に手伝ってくれれば入田さんも安心できるから…って、別に変な話じゃないからね! あっさりと流しているようだけど、この時あたしの胸はずっと高鳴り続けていた。 魔法に異世界、人間以外の「人々」…どれもあたしが今までほとんど知らなかった存在だ。 楽しい…そして、すごく幸せ。 「さて…疲れも取れましたし、行きましょう。」 「うわ〜、あそこまで山登りか。」 「その点は大丈夫です。 飯田さん、この裾の部分に座ってください。」 そう言うと、入田さんはそれまで着ていたコートを脱ぐと地面に敷いた。 それで気が付いたけど、入田さんは本当に細い! 今あたしとシーソーをしたら、ほぼ間違いなくあたしの方に傾いてしまうだろう。 「はい、座ったら少し動かないでくださいね。」 「…ち、ちょっと! 何で縛られなきゃならないの!?」 「命綱です。我慢してください。」 「じゃあ何で腕も縛り上げられるの?」 「…2つの理由があります。 1つは女性のデリケートな体を傷つけずに支えるため、縄を堅い部分にかけなければならないこと。 もう1つは飛んでいるときに暴れてもらっては困るからです。 精神の集中が乱れると、『魔法の絨毯』ごと墜落してしまいます。」 「まほうのじゅうたん?」 「はい。今回は急な話だったので、このコートを絨毯の代わりにします。 操縦が難しいので、決して騒いだり動いたりしないでください。」 入田さんは喋りながらも、てきぱきとあたしと入田さんの体を結び付けていく。 入田さんはあたしの体を縛る時、ロープ以外をあたしに触れさせることは一切なかった。 これできっちりと縛れるのだから、本当に信じられない。 「では行きますよ、『魔法の絨毯』!」 入田さんがそう叫ぶと、あたしのお尻がぐいと持ち上げられた。 コートが浮かび上がって、あたしの体が持ち上げられたのだ。 そして入田さんが襟の部分に腰掛けると、コートは急速に舞い上がり、そのまままっすぐに山の頂に向けて飛び始めた。 あたしは興奮で叫びたい気持ちで一杯だったけど、墜落は嫌なのでぐっとこらえた。 空から見た景色は、これまで見たどんなものよりも素晴らしいものだった。 どこまでも続く森や川、はるか向こうに見える湖。 それらが全て満月と星だけに照らし出されている。 後ろ向きだから判り難いけど、飛んでいる速度は原付と同じくらいだったと思う。 そう、実はあたし、この前原付の免許を取ったのだ! 前は自転車で十分だと思っていたけど、疲れずに行動半径が広がる原付は確かに便利だ。 ハンターの任務でも使うからと、双葉やいちごさんが勧めたのも今ではよく解る。 …ごめん、話がずれたね。 コートに乗っての空の旅は数時間は続いたと思う。 …いくら素晴らしい景色でも、ずっと似たような景色しかないと飽きるよね。 縛られていたし墜落は嫌だったから、それでもあたしはずっと大人しくしていたんだけど… …人間、我慢できないものってあるよね。 え、その… …空腹であたしのお腹が盛大に鳴っちゃったの。 で、次の瞬間、とんでもないことになっちゃったのよ。 「うわぁ! 飯田さん!」 「ごめんなさい!」 あたしの腹の虫のせいで、入田さんの集中が乱れちゃったの。 つまり、あたし達は地面に向けて命綱なしバンジージャンプをやっちゃったわけ。 「う…う、ん。」 「痛た… 飯田さん、大丈夫ですか?」 「うん…何とか。」 気が付いた時には、あたし達は茂みの中にいた。 それほど高い所を飛んでいなかったから無事だったみたい。 でもこの茂みがなかったらひどいことになっていたのは間違いないだろう。 …何!? このうなるような声は? 下…足元からだ。 入田さんが反応して何か言葉を返している。 日本語じゃない。 「飯田さん、すぐにこの茂みを出ますよ。 事態は思ったよりも深刻です。」 茂みから出てはっきりしたけど、あの声は茂みそのものから発せられている。 英語…なのかな? 違う気もする。 ただ、入田さんも同じ言葉で会話しているのは間違いない。 会話の内容が解らないから表情で判断するしかないんだけど、とりあえず何とかなったみたい。 緊迫していた入田さんの表情が和らいだから。 「飯田さん、よかったです。 相手は自分が傷ついた分、それぞれから少しづつ体液をすすらせてもらうだけでいい、と言っています。」 「たいえき?」 「はい。要は血液ですね。」 入田さんはそう言うと、左手の手袋を外して左腕の袖をまくった。 そして入田さんが一言声をかけると、茂みの中から長いものが伸びてきた。 蒼い触手のような蔦で、その先には耳のない猫の頭のようなものが付いている。 で、その蔦は入田さんの手に近づき、噛み付いて血を吸い始めたの。 「…はい、次は飯田さんの番ですよ。」 「うん… ってちょっと待った! そこはやめて! 噛み付くのは傷が見えない場所にして!」 「え…!? 解りました、伝えます。」 入田さんは例の言葉で蔦にあたしの言葉を伝えてくれた。 って、入田さん!? どこへ行くの!? 待って! え、あたしの足に別の蔦が絡み付いてる! …ちょっと! 何するのよ! このスケベ蔦! 「入田さん、なぜ逃げ出したの!?」 「…女性のはしたない姿を見るわけにはいかないじゃないですか。 「傷が見えない場所」というのは「服で隠された場所」なのですから。」 「それは…そうだけど。」 入田さんは少し離れた場所でコートを頭からかぶって座っていた。 あたしに気を使ってくれているのは解るけど、ちょっと潔癖すぎるかな。 …悪い気はしないんだけどね。 「…そうだ、どこから血液を吸われましたか? 大体でいいので教えてください。」 「…ここら辺。」 「解りました。では、『小回復』!」 入田さんがあたしの傷の近くに手を近づけると、その指先から白く輝くものが噴き出し始めた。 その白いものがあたしの体にかかると、あたしの体に吸い込まれるように消えていく。 あったかくて…気持ちいい。 さっきの傷の痛みが薄れていく。これが回復魔法なんだ… イルダさんが回復魔法を使うところを遠くから見たことはあるけど、自分に回復魔法がかけられることになるなんて思ってもいなかった。 う、鼻血が… 「…しまった、「生」の魔力を注ぎすぎたか。」 「いや、あたしは、変なことを考えていたわけじゃなくて…」 「解っていますよ。 俺が回復魔法で回復させすぎたのが悪いのですから。 …回復魔法で回復させすぎると、オーバーした分が鼻血となって出てしまうのです。」 入田さんが近くに誰もいない「妖精の輪」を見つけたので、あたし達はそこで休憩することにした。 入田さんによると、これはとても運がよいことらしい。 「ねぇ…」 「何ですか?」 「…お腹が空いたの。何か食べるものある?」 「そうですね… 携帯食料が1本、4オンス分ありますから、これを2人で分けましょう。」 「…それだけ?」 「これだけしかありませんが、これでも合計600キロカロリーはありますよ。 これでしばらくは大丈夫でしょう。」 入田さんと分け合って食べた携帯食料は、決して美味しいとはいえないものだった。 とてもぼそぼそしていて、水なしではとても食べられない。 水は入田さんの魔法で出てきたものを入田さんが用意した皮袋に入れて、それを分けて飲んだ。 あ、2人とも袋に口をつけてはいないから。間接キスとかじゃ決してないから! 「ところで…さっきのあれ、何だったの?」 「…正確には知りませんが、この世界の植物ですよ。」 「何で植物が動いてたの?」 「え? 飯田さんは植物が動かないと思っているのですか?」 「そんなの、当たり前じゃない。」 「当たり前ではないですよ。植物だってちゃんと動きます。 ただ、ほとんどの植物はとてものんびりさんなので、動いていることに気が付かないだけです。 さっきの植物は、とてもせっかちさんでしたね。」 「じゃあ、血を吸ってきたのは?」 「ここは常夜の国です。植物にしてみれば満足に食事が取れないわけですから、体力を回復させるには体液が必要だと言うのもよく解ります。」 話をしていて解った。 入田さんは、植物を動物、もしくは人間のように捉えているんだ。 今まであたしはこのような発想をする人に出合ったことがなかった。 多分、この人とお喋りをしていたら、しばらくは退屈しないんじゃないかな。 「じゃあ、喋ったのは?」 「あれには本当に驚きました。 ただ、相手が話したのが(ピー)ングリッシュだったのは本当によかったです。 そうでなければ話し合うことができませんでしたからね。」 「ピーングリッシュ?」 「(ピー)ングリッシュですね。常夜の国の住人が使う言語の1つです。 15〜16世紀頃に英語と分かれた言葉なので、英語をマスターしていれば話をすることは可能です。」 そっか、ここは異世界だから、言葉が通じないのが普通なんだ。 『魔法の絨毯』の魔法は切れてしまったので、ここから先は『魔女の灯』の明かりを頼りにした山歩きになった。 入田さんは周囲の木々や茂みに声をかけながら進むので、あたしもそれに倣って植物に挨拶しながら進んだ。 …もうあんなのは絶対に嫌だからね。 持久力には自信があるけど、こんな所を長く歩きたくはない。 ずっと後ろを向いていたから判らなかったのだけど、実は山頂近くにまで飛んで来れていたのは幸いだった。 「飯田さん! あれが目的地です!」 1時間くらいは歩いただろうか、入田さんが声を上げた。 その指の先には…本当だ、あれは火の明かりだ! あたしたちが辿り着いた「目的地」は、周りの自然と溶け合うように存在している小さな村だった。 辺りにいる人は…人間じゃない!? 赤、青、緑…人間ではありえない肌の色がとってもきれいだ。 「…入田さん、あの人たちは?」 「あれ、ダークエルフの村って言いませんでしたっけ?」 「あの人たちの肌はとってもきれいだよ。」 「…それは「ダーク」の意味を取り違えていますね。 ダークエルフの「ダーク」は「色が深く濃い」と言う意味です。 だから「原色エルフ」と呼んだほうがいいと言う話はありますが。」 その「原色エルフ」の人たちが3人、あたし達のほうに近づいてきた。 あたしは「原色エルフ」のことはよく知らないけど、男性…だと思う。 全員が褌一丁で、胸から腋にかけて体毛が…いや、この密度、このふわふわ感からして毛皮と言った方がいいね。 顔を沈めるととっても気持ちよさそう。 褌の色が毛や肌の色の補色なので、明るい白色光の下で見たら目がチカチカすることは間違いない。 入田さんは「原色エルフ」の人たちと話している。 ピーングリッシュ、あたしにはあの発音は無理、を使っているみたい。 …何!? 入田さん、突然笑い出したり謝ったりして、どうしたの!? 「…飯田さん、事態は簡単に解決できそうです。 先程「お嫁に行けなくされた」と言いましたよね? どうも実はあの前に「男性にされて」という言葉が隠れていたのを読み落としてしまったらしく…」 えええぇっ!? あ、あはははは。そりゃ「お嫁には」行けなくなるよね。 「俺は名刺の回収に向かうので、その間に飯田さんは「還元作業」をお願いします。 …いえ、(ピー)ングリッシュが話せない飯田さんでは名刺の回収はできないでしょう。 「還元」するのは目の前の3人、今日花嫁になる予定の人です。」 入田さんは「原色エルフ」の人に二言三言声をかけると、そのまま歩いて行ってしまった。 で、あたしの目の前には「原色エルフ」の男性が3人、期待に目を潤ませて立っている。 どうしよう…あたし、まだハンター能力をうまく使いこなせないんだよぅ… …燈子さんの「猛特訓」があたしの頭の中でリフレインする。 燈子さん、容赦なく持ってる竹刀を振ってくるからなぁ… 「あれ、飯田さん! まだ終わっていないのですか!?」 あたしがぐずぐずしている間に、入田さんが戻ってきてしまった。 うぅ…覚悟してはいたけど、やっぱり怒られた。 「もういいです、俺がやるから下がってい…!」 入田さんが3人のうちの1人に触れると、女性への変化が始まった。 直後に上がる悲鳴、崩れ落ちる入田さん。 横を見て何が起こったのかが解った。 肉体は変化したのだが、衣服は変化しなかったのだ。 パッと見た感じ「原色エルフ」も人間も女性の姿は同じみたいだから、入田さんには「刺激が強すぎた」のだろう。 …ってあれ? 入田さんじゃない? い、イルダさん!? しかも顔色が真っ青!? まさか…み、脈がない! どうしよう…助けなきゃ。でもどうやって? そうだ、入田さんなら医師の技能を持っている! 入田さん、どこへ行っちゃったの? …お願い! 入田さん、戻ってきて! カッ! 突然、あたしの身体から光が噴き出した。 その光はどんどん広がっていって、村を、森を、山を包んでいった。 光が収まって。 急に身体が重くなり、自分の体を支えられなくなる。 あたしはそのまま意識を失った。 「…飯田さん、気がついたようですね。」 あたしは入田さんの声で目を覚ました。 ここは…小屋の中? ところであたし、何してたんだっけ? イルダさんが倒れて光が出てとても疲れて…そのまま入田さんの上に倒れこんだんだった。 …! 入田さん、無事だったんだ! よかった… 「飯田さんのおかげで助かりました、ありがとうございます。 …え? あれは飯田さんの魔法ですよね? あんな強力な魔法、どこで使いこなせるようになったのですか?」 強力な魔法? なにそれ? 「…全く意識していない? 似非呪文なのか? 村全体を白い光に包んで性転換を一気に元に戻すと言うのは『大干渉』しか考えられないが… 飯田さん、性転換された残りの2人は飯田さんが元に戻したのですよね?」 …それで解った。入田さんが「強力な魔法」と言っているのは、多分あたしのハンター能力のことだ。 あたし、あの能力をうまく使いこなせないんだけど… 「…そういうことか。 これで『魔女の灯』が見える理由もはっきりしたが、制御できないとなると…」 入田さんの呟きは小屋に入ってきた人の声で掻き消された。 「原色エルフ」の人々が入ってきて声をかけてきたからだ。 女性と男性が3人づつ入ってきたんだけど、色からして女性は多分さっきの3人だと思う。 言葉は解らないけど、何となくあたしに感謝していることは見当がついた。 入田さんにも色々と話しかけている。 そういえば、あの綺麗な白い服、白い腰巻は…もしかして、結婚式の衣装かな? 「飯田さん、もう動いても大丈夫ですか? …でしたら、これからこの3組のカップルの結婚式を行いますので、あそこに置いてある服に着替えてください。 俺は先に行っていますので、着替え終わったら村外れの広場に来てください。 「原色エルフ」の人々が集まっているから、場所はすぐに解るはずです。 あ、そうそう。『魔女の灯』はここに置いておきますね。 他の人たちが出て行ってから、あたしは『魔女の灯』の明かりを頼りに服を着替えた。 そう言えば、「今日花嫁になる予定」って言ってたっけ。ちゃんとお祝いしないとね。 …? お尻の辺りがすぅすぅする? 着替え終わって小屋の外に出ると、入田さんが待っていてくれた。 …あれ、入田さん? 何で白の腰巻一丁なの? 何で剣を履いてステッキを持っているの? 「これから結婚式の進行を務める事になりましてね。 …ええ、正式に任命された聖職者ではないのですが、儀式を執り行うことはできるので。」 …何で入田さんがそのような儀式を行うことができるのだろう? 訊こうとしたけど、入田さんはそのまま行ってしまったので理由を知ることはできなかった。 あたしたちが広場に着いた頃には、もう「原色エルフ」の人々がたくさん集まっていた。 広場の中央は大きな木が倒れていて、なぜか緑色に光っている。 そこにいるのはさっきお礼を言いに来た3組のカップル。 花嫁からは10〜30センチくらいの黒い…尻尾? 「ええ。「原色エルフ」の女性には尻尾が生えているんですよ。」 確かに周りの女性を見てみると、数センチ〜30センチと長さに差はあるけど、皆黒い尻尾があるみたい。 うぅ…お尻の辺りがすぅすぅすると思ったら、そういうことか。 ここまで来たらしょうがない。そんなに大きくはないみたいだし、我慢しよう。 「…皆さん、お静かに。 望月は天に昇り、月夜茸も輝き始めました。」 入田さんは1人で広場の中央に出て行くと、広場に集まった全員に声をかけた。 違う、声じゃなくて心に直接響いている。多分魔法を使ったんだ。 「全員」だって解ったのは、直後に辺りが静まり返ったから。 でも、「言われて」解ったけど、倒れた木が光っているように見えたのはそこに生えているキノコが光っているんだ。 これはとても幻想的で綺麗だ。 さらにそこに真上からの満月の光が合わさって、とても神秘的な雰囲気になっている。 「今より、“霧”“月”“紅”“夢”の名の下に花嫁と花婿の婚姻の儀を行います。 ドラウとウィズ、ドロウとアード、ドローとリック、各御両人はそれぞれ前へ。」 “霧”“月”“紅”“夢”って何だろう? そうか、結婚を誓う神様の名前なんだ。 イメージ付きでフォローしてくれるなんて、魔法は本当に便利だ。 とにかく、3組のカップルは何も言わずに静かに入田さんの前に歩み出た。 遠くからだから様子はよく解らないけど、皆とても幸せそうだ。 皆、お幸せに。“霧”“月”“紅”“夢”の祝福がありますように。 そんなことを思った、その瞬間。 あたしの目の前にふすまが現れた。 和室があれば必ず見かけるようなごく普通のふすま。 ただこれが普通じゃないのは、何もないところにいきなり現れた、ってところ。 「な…何なんですか? ここは、どこですか? 何で私、こんな所に呼び出されたのですか?」 「ったく…誰だよ、こんな時に正法で呼び出したのは?」 「月編シチリ、はせ参じました!」 「…あ。ごきげんよう。」 ふすまから出てきたのは、4人の色白の女の人。 さっきイメージに出てきた3人と…あ、ネーゼちゃんだ! 周りの「原色エルフ」の人たちも皆驚いているようだ。 そりゃそうだよね。いきなりこんな所にふすまが出てきて女の人が出てきたんだから。 …あれ? 何で皆こっち向いて土下座してるの? 唖然としているあたしの横を通って、入田さんが恭しく歩み寄って日本語で話しかけた。 「“月”さま、“紅”さま、“夢”さま、そしてフルーゲンハイムさん…」 「ちょっと待った。何で霧の字だけ名前なんだ?」 「霧の字? まさか、フルーゲンハイムさんが“霧”さまなのですか?」 「…うん。今まで隠してたけど、実はそうだったの。」 「え!? そうなのですか!? …もっと成長された御姿を考えていたのですが。」 「以前はそうだったのですけどね…」 入田さんの話を聞いて、あたしにも事態が飲み込めてきた。 この4人がそれぞれ、“霧”“月”“紅”“夢”の神様なんだ。 それにしても、面影は少し似ていたかもしれないけど、あのイメージの体形からは絶対にネーゼちゃんを連想することはできない。 入田さんが驚くのはよく解る。 「で…少し伺いたいのでありますが、よろしくありますか? なぜわたくし達を呼び出されたのですか?」 え? あたし? あたしは何もしてないよ。ただ「原色エルフ」の結婚式に参列してただけ。 「わたくし達はあなたに呼ばれてここに来たのでありますが…」 「月ちゃま、これはもしかして…」 「夢ちゃん、そうでありますか? …少し訊きたいのでありますが、そのポケットの中にある小瓶は何色に見えますか?」 それって、『魔女の灯』のことだよね? ピンク色だけど。 「…やはりそうですよ、月ちゃま。」 「霧ちゃん、どうしましょう?」 「そうだとしたらやることは1つよ。 入田さん、貴方の聖職者としての階級は何ですか?」 「「むこう」では「巫女」でしたが、「こちら」に来てからは皆様はいらっしゃらないと思っていたので、実は資格がありません。 しかしその存在を知り、このように出会えた以上、「巫女」に任じていただきたいのですが。」 「ダメ。代わりに「代行者」になりなさい。「代行者」なら文句はないでしょ?」 「…そんな! 畏れ多い!」 「…あんたの言う「むこう」でおれらがどうしてたかは知らねぇが、あんたには伴侶が持てる「代行者」になってもらわなきゃ困るんだ。 神格には色々と面倒な取り決めがあって理由は言えないがな。」 「いえ、そう言われましてもやはり…」 「いいからはいと言え!」 「はい!」 何かよく解らない話が続いている。 解ったのは入田さんがかつて「巫女」という聖職者だったけど、今度からは「代行者」という聖職者になるってことくらい。 …だから結婚式を取り仕切れるのか。 それにしても、シチリさんって、ある意味とっても怖いよね。 入田さんと“霧”“月”“紅”“夢”の4人は中央の広場に進んでいった。 入田さんがピーングリッシュで声をかけると、「原色エルフ」の人たちもようやく顔を上げた。 その後、入田さんが跪くと4人がそれぞれ入田さんに軽く口づけをした。 口づけの後に少し血がにじんでいたから、それが何を意味していたかはすぐに解った。 …そして4人が何なのかも。 そしてその直後、「原色エルフ」の人たちから歓声が上がった。 儀式の意味は解らないけど、これはとても素晴らしいことなんだろうな。 入田さん、おめでとう。 「ふぅ、やっと一息つけます。」 「入田さん、ご苦労様でした。」 「…これが勤めですからね。」 入田さんが戻ってきたのは、結婚式が終わって宴会に突入してからだった。 本当は結婚式についても言いたいんだけど、どうしても言葉にできない。 素晴らしいものだったのは間違いないんだけど、あたしはそれを表現できる言葉を知らないから。 後で聞いた話では、シチリさんが満月の夜にのみ使える能力を使って「演出」していたんだそうだ。 「イリダさま、お疲れ様でした。 …これをどうぞ。」 「あ、ありがとうございます。」 「じゃあ、ちょっといただきます。」 今あたしたちに料理を勧めているのは「原色エルフ」のクレさん。 褐色の肌の美人さんで、この村で唯一日本語が使える人なんだって。 例の「ラブレター」は、この人が知り合いだったネーゼちゃんに相談して書いたらしい。 彼女もネーゼちゃんが実は神様だとは思ってもいなかったんだそうだ。 …そりゃそうだよね。 「…それにしても、満月の日に間に合って、本当によかったです。」 「婚姻の儀は満月の日、と決まっていますからね。」 「それって、結婚式が来月に延びちゃうところだった、ってこと?」 「今回はよい月夜茸が見つかりましたからね、それを逃したくはありませんでした。」 「あのキノコ?」 「…俺達の世界で言う「ジューンブライド」と同じような意味があるんですよ。」 そっか。新婚さんには幸せになってもらいたいもんね。 あたしもあの立場だったら…何てこと考えてるんだろ、あたし。 「ところで…ドラウさんたちを元に戻したのは魔法ですよね?」 「そうみたい。うちの組織では「ハンター能力」と呼んでるけど。」 「それは(ピー)ングリッシュでいう****の応用ですか?」 「いえ、クレさん、それは違うと思います。」 「でも、あの時イイダさんはイリダさまの上で…」 「いえ、それ以上は言わなくて結構です。 …飯田さん、俺が気を失っている間に何をしていたのですか?」 え、あたし、何もしてないよ? 入田さんがいなくなってイルダさんが倒れてたから、入田さんを探そうとして… …え? 「…そう言えば、飯田さんにはまだ言っていませんでしたね。 実は俺、入田利康はハンター49号、イルダ・リンカーンの別形態です。 元々は俺が本体だったのですが、真城華代の力で「こちら」に呼び出されたイルダ・リンカーンが「外付け」されました。」 「…それって、入田さんが華代ちゃんにイルダさんにされて、イルダさんが変身能力を使って入田さんに戻る、ってこと?」 「簡単に言えばそうなりますね。」 そういうことだったのか。納得。 確かに、ハンター組織の食堂でイルダさんの姿を見かけたことはない。 …? 入田さん、どうしたの? 「…言い忘れていましたが、飯田さんにお願いしたいことがあります。」 「何?」 「飯田さんが先程使った「魔法」についてですが… どうなっているのか知りたいので、今後「二人で様々なミッションに対処する」ことになると思うのですが、いいですか?」 「それは別にいいけど。」 その時、脇で話を聞いていたクレさんが突然立ち上がってピーングリッシュで何かを叫んだ。 それを聞いて、他の「原色エルフ」の人たちが静まり返った。 向こうでコンサーティーナを演奏していたネーゼちゃんも、それに合わせて踊っていたリシェちゃんも動きを止めた。 そしてその直後に大拍手。スタンディングオベーションだ。 入田さんが慌てている。…一体何がどうしたの? 「クレさんが俺のプロポーズを飯田さんが受けた、と言ったのですよ!」 「え!? ちょっと待って! あたし、そんなつもりは全然ないよ!」 「俺だってそんなつもりで言ったわけじゃない!」 「まあまあ、そんなに照れなくてもいいじゃないっすか。」 「おめでとうであります!」 「やはり結婚できる「代行者」にして正解でしたね。」 「ひゅーひゅー、よっ、色男!」 「「ちょっと待って、話を聞いて!」」 もうその後は騒ぎを鎮めるので大変だった。 何とか納得してもらえたからよかったものの、後もう少しであたしたちも新婚さんにされてしまう所だった。 でも、考えてみると「そういう目」で男性を見たことはなかったな… 「では、飯田さん、そろそろ帰りましょうか。」 「もう?」 「既に満月は沈んでいますから、心配をかけてしまいます。」 そうか、ここはずっと夜だから判りにくいけど、満月が沈むということは時間的には朝だ。 言われると少し眠くなってきた。 「霧ちゃん、夢ちゃん、紅ちゃん、わたくし達も帰りましょう。」 「ねーちゃん、楽しい時間をありがとうな!」 「お家に帰って眠りたいですね…」 「じゃ、話の続きはまた今度、ハンター組織に遊びに行ったときにでも。」 「さようなら。お休みなさい。」 入田さんが帰りの魔方陣を描いている間に、ネーゼちゃんたちはふすまに入って帰っていった。 次はあたしたちが帰る時だ。 …クレさん? 「先程は大変申し訳ありませんでした。」 「いいのいいの。解ってくれればそれでいいから。」 「…これらは心ばかりのお詫びです。持って行ってください。」 そう言ってクレさんが出したのは様々な小物や道具。 うわ、見たことないものばかりでとっても面白そう。じゃあ遠慮なくもらうね。 「…飯田さん、重量制限に引っかかるので、どれか1つにしてください。」 「むぅ、どれにしよう…」 「あまり迷っている時間はありませんよ。魔法の効果が切れてしまいます。」 「じゃあこれ!」 「それでは皆さん、ありがとうございました。」 「さよーならー!」 「またいつか、会えるといいですね。」 魔方陣に飛び込んだ直後には、あたし達は路地裏にいた。 日陰なんだけど、夜の暗さに慣れた目にはとっても眩しく見えた。 ここはどこだろう…あ、駅のすぐそばだ。 「…それでは、飯田さんとはここでお別れですね。」 「何で? 送ってくれないの?」 「…研究のために大学に行かなければいけないのですよ。 飯田さんが帰るのとは逆方向の電車に乗ります。」 「そっか…それじゃあ!」 「それではまた!」 駅のプラットホームで入田さんと別れたあたしは、1人で電車に乗って家に帰った。 ところで、この「お土産」は何だろう? …バーナー? 何でこんなものを持ってきたんだろう、あたし。 この「バーナー」がどんなものなのか、その時のあたしには知る由もなかった。 後日、ボスの部屋にて。 「…49号か、入れ。」 「…失礼します。」 「…で、報告書はできたか?」 「はい、こちらに。」 「ふむ…何、11号に『魔女の灯』が見えたと言うのか!?」 「はい。ピンク色に見えるそうですが…私にはその正体が解りません。」 「そうか…ならば今度からは11号と組んで動け。」 「はい、私もそれをお願いしようと思っていました。」 「…確認するが、11号の得意な魔法は判らないんだな?」 「はい、そうです。」 「そうか…下がっていいぞ。」 「…失礼しました。」 49号が部屋を出てから、ボスは報告書を脇に置いて机の引き出しを開けた。 そこにぎっしりと入っているのは全てTRPGのルールブック。 ボスはその中から1冊を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。 そしてある項目を確認すると、そのまま本を閉じた。 「なるほど…49号はこのサプリメントを持っていないわけだな。 これは49号が持っていないとしても至極自然だし…多分49号は11号の能力を『大干渉』だと判断したんだろうな。 …これは前途多難だな。」 |
|||
|