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 みんな知ってるか?
 執事とは、メイドの男性版と思われがちだけど、実際はもう少し上の階級で、主の補佐や世話をする人のことを言うんだぜ。
 別に超人をさすわけではないが、いろんなスキルが要求される職業なんだ。

ハンターシリーズ149
『可憐バトラーセバ』

作・城弾

 

 【過去】

 西園寺家の屋敷。その日も朝から段取りをしていた瀬場勝也45歳。職業・執事。
 使用人の中では古株に入り、既に仕切る立場になっていた。
「瀬場さん」
「どうしました?」
「すいません。ちょっときてください」
 困ったようなメイドの呼びかけに応じて勝也は門へと急ぐ。
 そこには困り果てたメイドたちが。しかし不似合いな明るい声をあげるものも。
「いったい何が……これは?」
 ひとり目のメイドの腕の中に生まれたばかりと思しき赤ん坊が。
 収まっていたらしいバスケットとが傍らに。だが手紙とかはなかった。

 【現代】

「それじゃトラ。頼んだぞ」
「はい。お任せください。お坊ちゃま」
 身なりのいい若者が傍らの執事に命ずる。
 命じた彼は黒髪をオールバックにしていたので実年齢より上に見えたが、まだ二十歳の若者である。
 アイボリーのスリーピースに身を包んだ彼の名は西園寺良磨。
 この屋敷の当主の息子であり跡継ぎである。
 次男・勇人は跡目争いに興味はなく、むしろ兄にすべて押し付けて申し訳ないと言う思いを抱きつつも高校を卒業したら海外へと飛び出した。
 だから円満に世代交代が進んでいる。

 命ぜられた執事。瀬場虎は21歳。良磨よりひとつだけ年上。
 それゆえ子供のころから兄弟のように育った。
 実質的に専属である。

「坊ちゃま」
「じいか。入れ」
 じいと呼ばれた通り老齢の人物。
 まだ66だが髪はすべて白く、たくわえた口髭も真っ白である。
 典型的な「じいや」の風貌である。
 この人物が現代の瀬場勝也であった。

 【過去】

「今の時代に捨て子とはな」
 この屋敷の当主。西園寺孝盛。26歳。はきすてる用に言う。
「はい。まだ生まれたばかりのようで」
 もう少し前なら「コインロッカーベイビー」となっていたであろう。
「まったく。もう寒い時期だぞ。なんて非常識な親だ」
 彼自身多忙な親と交流が取れないでいた。
 元々の性格か「そういうものだ」と割り切れ、道を踏み外すことなく育った。
 ちなみに祖父。そして彼の両親は未だにあちこちを飛び回り事業に忙しい。
 やがては彼もそうなるだろう。
 しかし今は多忙な親たちに代わりこの屋敷の主として収まっているだけである。

「警察に……届けますか?」
 言外にそれを望んでないのが見て取れる。
「育てる気か?」
「できれば」
 勝也の妻は不妊症でここまで二人は子宝に恵まれていない。
「忙しいからと子育てを投げ出したりしないだろうな?」
「妻はお暇をいただくことになるかと思いますが」
「俺だって鬼じゃねぇよ。屋敷にもおいといてやる」
 これでもう認めたも同然である。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 何度も礼をする勝也。望んでいたのは彼のほうだったようだ。
「それで、その子は男の子か。女の子か?」
「男の子のようです。これも何かの縁。執事に育て上げたいと思います。瀬場とあわせて『Butler』となるように『虎』と名づけようかと」
「おいおい。もう名前まで決めてたのかよ。気が早いな」
 呆れているが咎めてはいない。高らかに笑う。
 可愛い新参者を歓迎していたのは執事だけでなかった。


 【現代】

「坊ちゃま。虎に何を命じたので?」
「おう。俺の新しいスーツが出来たというから取りに行かせた」
「スーツだけでしょうな?」
 恭しくあるがどこか探る目つき。
「それだけだよ。シルバーアクセはもう卒業した」
 高校時代。やがては跡目を継ぐということで「今のうちに」といろいろ羽目を外していた。
 特にシルバーアクセサリーには目がなく、今はほとんどふさがったがピアス穴まで開けていた。
「それを聞いて安心しました。じいももう長くありません。坊ちゃまがお嫁さんをもらうまでは安心して隠居も出来ませんがな」
「俺はまだ二十歳だぞ? 結婚なんざまだ先だ。それに親の決めた相手とじゃつまらん」
「坊ちゃま。そのようなことを。家内も坊ちゃまの花婿姿を楽しみにしてたといいますのに」
 勝也の妻。そして虎の義母は四年前に他界している。
 そのころから勝也の老け込み具合が激しくなった。
「わかったわかった。まったく。じいにはかなわんな」
 やかましく思いはするが煙たがっているわけではない。
 口の悪い良磨だがそれでも世話をしてくれる「じいや」には格別の信頼を置いている。
 そして親子二代で面倒を見てくれている、兄弟同然に育った虎に対しても。


 【過去】

 虎と命名された赤ん坊は性格も素直で可愛らしく育った。
 子供に恵まれなかった瀬場夫妻は愛情を注いで育てた。
 その様子が屋敷でも微笑ましくうつり、屋敷の空気を柔らかくするのに役立っていた。

 しばらくすると孝盛の妻が妊娠していると判明。
 瀬場一家の様子を羨んでいたのか、子供が出来たと判明した時の孝盛の浮かれ方は凄まじかった。
「おい。瀬場。その子を生まれてくる子の執事にしたいがいいか?」
「光栄でございます」
 まるで子供が出来たら結婚させようというノリである。

 程なくして元気な男の子が生まれた。
 跡継ぎ誕生に喜ぶ孝盛。それ以前に男の子を望んでいた節がある。
 涙を流して喜んでいた。

 赤ん坊は良磨と名づけられた。


 【現代】

 西園寺家では多数の使用人が働いている。
 執事は瀬場勝也を筆頭にして6人。
 ただし勝也以外はすべて20代。まだ『執事』ではなく『フットマン』と呼ばれる者たちだ。
 こうも若手ばかりになったのは、それぞれ先代が老齢で引退してしまったのである。
 そのため六十代後半でありながらやめるにやめられない勝也である。

 女子の使用人は7名。
 力仕事などは男たちがまかなうが、彼女たちは家事一般である。
 清掃。洗濯などが主である。
 料理は専属の調理人がいるが、その補佐もしている。
 そしてそれぞれの専属メイドとして世話係も。
 元々は10人がいたのだが寿退社で3人減り、ちょっとローテーションがきつい状態である。
「うーん。何人かメイドを補充せんといかんなぁ」
 思わず声に出してしまった孝盛(47)である。
 その背後から声がする。
「お困りですか?」
 振り返ると小学と思しき少女が立っていた。
「君は?」
「申し遅れました。わたし、こういうものです」
 彼女が差し出す名刺には「ココロとカラダの悩み 解決します 真城華代」と記されていた。


 【過去】

 すくすくと育つ虎と良磨。
 素直な性格の虎は良磨と衝突することもなくいい遊び相手になっていた。
 勝也も歳が行ってからの子供は甘やかしてしまうと考え、あえて厳しく育てた。
 それもあり大人びた少年に育った。
 虎が間違った場合は殴り飛ばし、虎が上手く出来たときは抱き締めて褒めた。
 実の親子以上に親子だった。
 そしてその期待に沿うように子供時代から執事としての才を開花させていた。
 これには良磨という一つ年下の存在も大きい。
 そう。「お兄ちゃん」だからしっかりしないとという思いが。

 屋敷の庭で元気に遊ぶ五歳の虎と四歳の良磨。三歳の勇人は母親と共にいる。
 その様子を目を細めてみている勝也。既に五十。
(お坊ちゃまはいい子に育っている。虎も。この二人の成長を見届けたい。しかし……私ももうこの歳だ。それが叶うかどうか…)
 その背後から声がする。
「お困りですか?」
 振り返ると小学と思しき少女が立っていた。
「君は?」
「申し遅れました。わたし、こういうものです」
 彼女が差し出す名刺には「ココロとカラダの悩み 解決します 真城華代」と記されていた。


 【現代】

 突然どこからか現れた少女。最初に孝盛が考えたのは一つ。
「どこから来たんだ」
 しかしその微笑を見ていたらなんとも癒されてどうでもよくなってきた。
 善意しか感じさせないいい笑みだ。
 そう感じて警戒心をなくした。
「ましろ……かよちゃんかな?」
「はい」
 どうやらよく読み違えされるらしく、普通に読んだだけで嬉しそうに笑顔を返してきた。
「おおそうか。それで何をしてくれるんだっけ?」
「お悩み、解決して差し上げます」
「悩みか……仕事は上手く行っている。借金があるわけでもない。健康も問題ない。子供たちも……ちょっと世間知らずだが大丈夫だ。あえて言うならメイドたちがな」
「どうなさったんですか?」
「ああ。少々人数が足りない」
「執事の皆さんではダメですか?」
「うむ。彼らも若いなりに良くやってくれている。だがやはり女性ならではの気配りがな。それにやはり女性の方が華やかでいいしな」
 ジョークめかしてあるが本音であった。やはりひとりの『男』ということらしい。
 下手したら男女差別と取られかねないその発言にも華代は別段不快感を示さず、明るく笑って宣言する。
「わかりました。それではその悩み。解決して差し上げます」


 【過去】

 突然現れた少女。セキュリティを突破したというのか?
 しかし勝也の仕事から行けば追求すべきところを、その笑顔に忘れさせられた。
「お嬢様。私でよければお相手いたしましょう」
 侵入者は考えにくい。
 来客予定はなかったが、もしかしたら突然の来客が連れてきた子供かと思いそれなりの対応に出た。
「違いますよ。お客さんじゃないくてセールスレディーです」
「はい?」
 これはまた突飛な設定もあったものだ。勝也はそう思った。
「おじさんのお悩み。解決して差し上げますよ」
「はは。悩みですか」
 ないわけではない。しかし相談してもどうしようもない。
 生きていれば歳を取る。
「悩みではなくて願いですね。あの子達が大きくなった時に健康でいられたらと。できればあの子たちが結婚するまで見守っていたいですよ」
 それは心からの言葉だった。老いてしまった身としては養子の虎。そして子供同然の良磨。勇人の行く末を見届けたい。
 それだけが願いだった。
「そしてもしお坊ちゃまが絶望のふちに立たされたときは、私もそばで支えてあげたい」
 世間知らずになるのは目に見えていた。
 温室育ち。それが社会の厳しい風にさらされたときのことを思うと。
 そのころ自分はさらに老いているだろう。しかし支えにくらいはなりたい。
「わかりました。ですがその願いでは今じゃないですね。でもお約束いたします。そのときには必ずお悩みを解決して差し上げます」
 風が吹いた。
 勝也が思わず顔を背け、視線を戻すと少女は消えていた。
(疲れているのかな……だか幻覚としてもなかなか粋じゃないか。あの子達が今の女の子くらいになるのはそんな先でもないだろうなぁ)
 勝也はそれきりそのことを忘れていたのだが……


 【現代】

 たまたま休憩中。一堂に会していた。良磨もたまには一人になりたく、誰もついていない。
 その場で異変が起きる。青年たちが蹲る。
「ど……どうした!? お前たち?」
 ワケがわからなかった。若きフットマンたちが次々と変貌していく。
 浅黒い肌が白く輝き、筋張った顔が優しげに。
 まつげが伸びて目が大きく見開かれる。
 髪が一気に伸びて美しい艶を放つ。
 ウエストが執事服の上からでもわかるほどにくびれていく。
 反対にヒップが張り出していく。
 肩幅が狭くなり腕が細くなる。
 その分が寄せ集められたかのように胸元をせり出していく。
 服の変化も始まる。地味な執事服が色とりどりのメイド服に。
 ご丁寧にヘッドドレスと呼ばれる飾りまでが。
「セ……瀬場さぁん」
 涙声は既にか細い女のもの。
 彼らはことごとく若いメイドへと変えられて行った。
「こ……これはいったい? はっ!?」
 勝也は気をしっかり持つようにメイドたちに言うと、良磨の部屋へと走った。

 部屋の前で胸騒ぎがひどくなる。
 自分は無事なのに若い男子だけが変貌していく。
 まさか、まさかお坊ちゃまが……
「お坊ちゃま。失礼いたします!」
 長年の習性で一声かけるのだけは忘れない。
 半ば破るようにしてドアを開けた。
 そして勝也は蹲る良磨を見た。
「お坊ちゃま。しっかりなさってください」
「じ……じいや」
 苦しそうな声を絞り出す。
 無情にも若き跡継ぎが爺やの目の前で、メイドへと変貌していく。
 短いオールバックの髪が爆発的に伸びる。
 元々大柄だったが立派な体格の女性へと。
 胸が女のシンボルとして二つの丘を。
 いかにも安産体形なヒップライン。
「お……お坊ちゃま」
 赤ん坊のころから見てきた良磨が、彼の目の前で女へと変わってしまった。


 【過去】

 四年前。今まさに瀬場の妻。そして虎の義母が死に瀕していた。
「蓮華……」
「あなた、お願いがあります。どうか…どうか虎とお坊ちゃまを」
 彼女は自分の人生には納得している。
 昔かたぎだがよい夫。
 一度は諦めた子供を授かり充実した日々。
 しかしその虎や良磨たちが嫁を取るのを見届けられなかったのが心残りだった。
「弱気になるな。しっかりしろ」
「……わたしはもういいのです。しかし虎たちが心配で。どうか…どうか私の代りに」

 程なくして蓮華は鬼籍に入った。
 弔いもすみ落ち着いたころ勝也は墓の前で誓う。
(一人で先に行くなんて…だが安心しろ。俺がそっちに行くまでこれからはお前の代わりにあの子達の母代わりにもなってやる。だから安らかに)
 その誓いがとんでもない形となって現実のものに。


 【現代】

「りょ……良磨なのか?」
 謎の「セールスレディー」が帰った後で、正体不明のメイドたちに詰め寄られた孝盛が部屋に飛び込んできた。
 もちろんこのメイドたちはフットマンたち。
 最初は変身したことを訴えられるがワケがわからない。
 しかしそのリアリティに信じて見る気になった。
 その途端に息子のことが気になってきた。
 着いたときはちょうど変身が済んだところだ。
「お…オヤジ…」
 傲岸不遜な青年。目つきのきつさは女になってもそのままだった。

「お坊ちゃま……」
 自分同様に変貌した主。こうなると互いに哀れむ心が。
 執事だったものと跡継ぎだった二人のメイドは抱き合って泣いた。
 ところがそこで奇跡が起きた。
 哀れむことで相手を元に戻してあげたい気持ちが作用して、執事に戻ったのだ。
「こ……これは?」
 自分に眠る意外な力に驚く跡継ぎだった女性。
「お・・・・・・お坊ちゃま。私もお願いします!」
 何がおきたか理解できない状態の面々の中で、理解できた次のメイドが願い出た。
「う……うむ」
 直せるかもしれない。思いを込めてひとりずつ戻して行った。
 歓喜の涙を流す執事たち。全員を元に戻した。
「よ……よし。最後は俺自身」
 だがダメだ。自分だけは戻せない。
 これがこの力のルールとはこのときは知るよしもない。

 力を使いすぎた可能性を考慮して休む。その間に使いに出ていた虎が戻ってきた。
「そんなことが……」
 さすがに平静ではいられない。だがそれはこの異常事態だけではない。
 良磨だった女性を見てその美しさに我を忘れた。
「ヴィーナス……」
 虎が連想したのは美の女神の名前。
「俺を女扱いするな!」
 神経質になっているところにこの一言で「切れた」が、怒鳴る声すら美しい。
「なんでだ? 何で自分は戻せないんだ」
 怒りを通り越して笑いが出てきた。目からこみ上げてくるものがあふれ出る。
「俺だけ……俺一人だけこんな思いを……」
 深い絶望に囚われていた。
(坊ちゃま……この老いぼれにはどうやってあなたを支えたら)
(はーい。今こそ約束の時ですね)
 頭の中に存在すら忘れていた少女の声が響く。
(君は……あの時の?)
 不思議と鮮明に思い出せた。
(それでは約束どおり、ご主人様を支えられるようにして差し上げます)

「う……ううっ」
 胸を押さえて蹲る勝也。その様子にその場の全員が注目する。
「じ……爺?」
「父さん?」
「瀬場さん!?」
 ヴィーナスのような娘。育てた息子。鍛えた部下たち。そして仕えた主の前で勝也は疲れきった肉体を捨てようとしていた。
 口ひげがぽろぽろと落ちていく。
 眉毛も細くなっていく。同時に黒さを取り戻す。
 白髪頭がつむじから波紋が広がるように黒くなっていく。
 同時にそれが伸びていく。
 刻まれた皺が消え、肌にはりが蘇えり健康的な白さへと。そしてそれは頬の赤みを強調した。
 小さくなった顔。反比例して大きくなった目元。
 生え際も円形になりすっかり女の顔である。

 がっしりした肉体が細くなっていく。
 痛めていた腰も細く華奢に。だが臀部は大きくなる。
 ウエストがくびれてズボンが落ちる。
 逆に胸元は大きくせりあがる。

 外からは見えなかったがランニングシャツが縮まり、二つの胸のふくらみを優しく包み込む。
 ワイシャツが下着へと変化する。
 下半身も既にフラットになった股間にフィットするように変形。
 紳士用の靴下がどんどんとと巨大化して足を覆い隠していく。
 どこからか出現したガーターベルトがストッキングを釣り上げる。
 
 執事服が縮んでいく。
 上着はかってに前が合わさり、そしてズボンと「ツナギ」のように融合する。
 袖口にフリルが。
 ズボンのトンネルが合わさり、どんどんと融合していく。
 それはスカートへと変化した。
 形状はすっかりワンピースのメイド服に。色が一気にクリムゾンレッドに。
「な……何が?」
 なんとかパニックを起こさないようにしている勝也だったメイド。
 その声は既に少女のものに。
 そして頬に触れて見ると化粧されているのがわかる。

 ヘッドドレスが頭に乗る。そして老眼鏡が可愛らしい丸メガネへと変化して、勝手に「彼女」の顔を覆ったところで完了した。
「じ……爺や。お前まで俺と一緒……」
 その言葉で気がついた。
(そうか。これならば)
「待ってろ。今すぐ元に戻してやる」
「いいえ。けっこうです」
 一瞬その場の誰もが理解できなかった発言。
「何を言ってんだ。そのままで」
「はい。けっこうです。主を差し置いて元になんて戻れません」
 にっこりと微笑む。顔立ちのせいかいきなり女性的な印象。
「……いや……忠誠心はありがたいが」
「お坊ちゃま。お坊ちゃまが元に戻ったら私も元に戻ります。もっともこのままの方が若返って得な気もしますけどね」
 本音だった。
 性転換こそしてしまったが若返ったのだ。しかも肉体的な不安がかなり消えた。
 あとで判明するがおよそ17歳くらいの肉体年齢だった。
 これなら良磨。勇人。そして虎をまだ見守れる。
 そして良磨と同じ立場。女の肉体の「良磨」の世話を男がするのは問題がある。
 しかし本当の女でもその痛みはわからない。
 自分ならできる。同じように男から女になった自分なら。
 むしろ自分しかいない。良磨を支えられるのは。
 そう思うとこの肉体がむしろ誇らしい。

 変身や復帰の現場を目の当たりにしてさすがに理解できた孝盛。
 そして現実的な対処を考える。
「よしわかった。瀬場。良磨が元に戻れないというなら世話係を頼む。その姿では男である執事ではまずいし、かといって生粋の女でも理解は出来まい。同じ立場のお前である勝也……その姿で勝也ではまずいな。その可憐な姿で男の名前も無粋というもの……ふむ。『可憐』か。いいかもな」
 勝手に話しを進めている西園寺孝盛。
「よし。元に戻るまでは『可憐』という名でよいか?」
「畏まりました」
 男は男らしく。女は女らしくという教育を受けてきた世代である。
 スカートを持ち上げ、いきなり女性的な振る舞いに出た「可憐」。
「うん。可愛いよ父さん。可憐なバトラーがいてもいいよね」
 本気で言っている虎である。
 例え姿かたちが変わっても捨てられていた自分を育ててくれた優しい父には違いない。
 だからその意思を尊重して女性化を否定しない。
「ありがとう。虎。ふむ。中途半端はいけないな。いや。いけないわね」
 姿に合わせて心から女になろうとしていた。まずは言葉遣いを改めに掛かる。
「これからは私はあなたの母代わりです。いいですね? トラちゃん」
 極力柔らかく女性的な言葉遣いをしようとしていた。

「な……なんでそんなに順応性があるんだ?」
 良磨だった女性は驚いている。
「お坊ちゃまもメイドがおじいさんのような言葉遣いじゃ嫌だと思いまして」
 そこでふと考えた。
「あの…今後お坊ちゃまと呼んだ方が良いのでしょうか? それともお嬢様が」
「オレを女扱い……」
「おう。戻れるまでは『お嬢様』でいいぞ」
 またもや勝手に話しを進める孝盛。
 しかし確かにこの美しい女性を「お坊ちゃま」と呼ぶのは抵抗がある。
「でしたら孝盛様。お嬢様の名前ですが」
「誰がお嬢様だ!?」
 抗議を聞き流す虎。
 実は初めて良磨の女姿を見たときに「惚れて」しまったのだ。
 できることならこのまま女でいて欲しい。そんな思いが言わせた言葉だ。
 まずは「名前」から改めようと。
「そうだな。虎。お前がヴィーナスと言ってたからそれをもらって『美奈子』ではどうだ?」
「ふざけんな」
「とても美しい名前だと思います」
「良かったですね。美奈子お嬢様」
「よし。明日から忙しくなるぞ。とりあえず勝也……じゃなくて可憐か。『美奈子』のために服を調達してくれ。いつまでもメイド服じゃいられんしな」
「かしこまりましたぁ」
 にっこりと女性的な笑みで了承をする『可憐』
 急展開に『美奈子』が切れて叫ぶ。
「どいつもコイツもふざけんなぁ!」


 そして……現在。朝のひとコマ。
 バスルームにいる美奈子と可憐。
「可憐。お前ピアス穴あけたのか?」
「はい〜〜。やはり形から入らないと女にはなりきれませんし」
 七十近い執事の瀬場勝也はもういない。
 今ここにいるのは戸籍の上でも17才の少女。そしてメイドの瀬場可憐。
 ポジティブに新しい肉体を楽しんでいた。
 髪を茶色に染めソバージュをかけている。
 ただし仕事のときは三つ編み。
 メガネは伊達なのだが愛らしくて好評のためすっかり顔の一部と化している。
 爪の保護としての意味合いもあるがピンクのマニキュア。
 両耳にはシルバーのピアスが光る。
「まったく。すっかり女だな。お前も」
「お嬢様も美しいですよぉ。綺麗な肌ですし」
「お嬢様って言うな」
 背中を流しているところである。
 共に男から女に変わった同士。ここまでの距離感を持てる。  風呂から上がると可憐が丹念に水滴をふき取る。
 美奈子が腕を上げると胸にブラジャーをあてがう。
 胸の大きな美奈子は留めるのが一苦労である。だから手伝っている。

 着替えも手伝い鏡台の前に。未だに女性服にはなれず手伝いがいるのだ。
 そして「仕事」に出るので化粧がいる。
 猛勉強してメイクをこなせるようになった可憐は、男の感覚と女の感覚をあわせて美奈子の顔を彩る。
「はいお嬢様。唇を上に向けてくださいね」
 丁寧に筆で口紅を塗っていく。
 どうやら美奈子も化粧で自分の顔が変わるのには興味を持ったらしく、それだけは大人しくしている。

「あら? お嬢様。今日はサファイアのピアスですか?」
「ああ。昨日届いたんだ。アクセサリーつけていても身だしなみで済むのだけは女になってよかったと思うぞ」
 本気らしく嬉しそうにアクセサリーをつけていく。
 男時代は出来なかったが、この姿でなら多少は許される。
 むしろいいものを選ぶように言われてコレクションが増えていく。  ノックの音が響く。外から虎の声が響く。
「失礼します。そろそろお時間になります」
「ああ。今行くぞ。」
「トラちゃん。開いているから入っていいわよ」
 可憐の許可を受けて入室する虎。

 屋敷の前。車の扉を明けて出発準備。
「それじゃトラちゃん。お嬢様をよろしくね」
「うん。いってくるよ。父さん」
「お嬢様とか言うな! 大体トラの親なのにトラより年下になってどうすんだよ」
 ぶつくさ言いながらも出て行く美奈子。付き従うトラ。
 それを見送る可憐の表情は厳しい父ではなく優しい母。いや、姉のようであった。


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