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ハンターシリーズ152『ふみかちゃんねる その3』 作 ・てぃーえむ

ハンターシリーズ152
『ふみかちゃんねる その3』

作・てぃーえむ

ホームページ“奏天六花(そうてんりっか)”はこちらからイラスト:とうこさん

 

 その集団の中に彼女を見つけた時,いちごは一瞬,目を疑った.
 彼女は,その中で明らかに異質だった.
 上等なスーツを着た中年男性,この組織の幹部達に混ざって,女性が一人.それも見目麗しい少女なのだから,目立たないわけがない.
 昔の英国記者のような服を着た彼女は,見た感じでは十代半ばから後半あたりと推測できる.しかし,すみれ色の瞳に宿る輝きと落ち着きは,社会人と紹介しても十分に通用するだろう.実際,書類には22歳と記されている.組織にとって彼女は,成人である必要があった.
 武藤文香.
 このハンター組織に置いて,唯一の広報部員であると同時に,新米ハンターでもある.
 彼女は,幹部の一人と会話をしながら廊下を歩いていたが,立ち止まっているいちごに気が付いたらしい,笑みを向けてくれた.そして今まで話していた幹部に頭を下げると,ぱたぱた足音を立てて此方へやって来た.
「お久しぶりです」
「ああ.まあ,ほんの1週間ぶりだけどな」
「別に大した仕事じゃないさ.それより,なんでまた,幹部連中と一緒にいたんだ?」
 尋ねてみると,文香は微笑みながら答えてくれた.
「今,会議が終わった所なんですよ.やっぱりああ言う場は肩が凝りますねえ」
「会議? 何でお前が出てるんだ?」
 小首をかしげてみせると,彼女はきょとんとして,一瞬後にはまた元の笑みに戻った.
「あ,言ってませんでしたっけ? ぼく,これでも広報部部長なんですよ.まあ,正確には代理ですけどね」
「お,おまえ管理職だったのか」
 驚くいちごに,文香は困ったように頭を掻いて見せた.
「単に,広報部にはぼく以外にはいないと言うだけですよ.一人だから,自動的に部長になるって訳です」
「あ.そうか.なるほど……」
「名前だけですから,会議に出てると言っても,発言している訳じゃないんですけどね」
「ただ座ってるだけってか?」
「いえ.書記してます.広報には会議の結果も記すことになってますからね,そのついでです.あとはお茶くみでしょうか.これは最近やることになったんですけど」
「おいおい」
 いちごは顔をしかめた.あの幹部連中は,女性だからと言う理由で文香にお茶くみをさせているのか.そんないちごの考えが伝わったのか,文香は苦い笑みを浮かべた.
  「まあ,幹部の皆さんにより近づけるというのは,広報を制作する上で有意義ですから.それに情報も集めやすい」
 そう言う彼女を,いちごはよく観察してみた.立ち振る舞いは,1週間前と比べて女性らしいものとなっている.よく見れば,誰に習ったのやらナチュラルメイクをしているが,目の下だけは少し化粧が濃くなっているようだった.
 それだけで,彼女がこの一週間,どれだけ努力してきたかがよく解った.
「そうか……」
 だからいちごは,こう提案することにする.
「ところでそろそろ夕メシ時だな.どうだ,一緒に食うか」
「えっと……そうですね……」
 文香は一瞬悩むそぶりを見せたが,すぐに頷いた.
「じゃあ,ご一緒させて頂きますか」
「きまりだ」
 いちごは,文香の肩をぽんと叩くと,カフェレストランへ向かって歩き出した.
 


 このカフェレストランには指定席というものがある.
 もちろん,店が定めたものではない.組織内のカフェなので,どうしても利用者が限定されてしまい,それで自然と,部署ごとに席割りみたいなものが生まれてしまうのだ.もっとも厳密なものではなく,大体この辺りはあの部署の人が多い,そんな感じだ.
 いちご達が座ったのは,最奥の席だった.どういうわけか,この席に座る人間は限られている.ある意味で特等席と呼ばれるような場所だ.なにか不吉ないわれでもあるのか,それとも『占い師』がその席に座っていることが多いせいなのか.ともあれ,この店で最も静かに落ち着いて食事できる席がそこであった.
「えへへ.実はぼく,オムライス大好きなんですよ〜」
 文香は,運ばれてきたオムライスを早速スプーンで突きながら,そう言った.実にうれしそうだ.
 対するいちごは,カツカレー.最近,ボリュームが1.2倍になったらしく,結構な大盛りだ.
「この卵がいいっ! ん〜」
「おいおい.そうがっつくなよ」
 頬を一杯にしている文香を,いちごはやんわりとたしなめた.
「んぐっ.ごめんなさい.だって10日ぶりに食べますし」
「オムライスを?」
「いえ.ここのところずっとバランス栄養食でしたから」
「………………」
 苦労がにじみ出るコメントだった.
「ま,まあ,落ち着いて食べろよ.そんなんじゃお腹がびっくりするぞ」
「はーい」
 それからしばらく食事に集中する.女性二人が集まっての食事なら,普通は食べながらも止まることなくおしゃべりしているだろう.しかし,二人は生粋の女性とは言い難かった.だから,食事は食事,おしゃべりはおしゃべりと分けて考えることが出来た.
 大体食べ終わったところで,いちごはふと思いついたように口を開いた.
「そういや,大丈夫だったか?」
「はい?」
「華代のことだ.千景と一緒に調べただろう.忘れがちになるが,一応,あいつは部外者だからなあ.うちはちゃらんぽらんだから多少のことはおとがめなしだが,お前は仮にも部長なんだろ?」
「あ.なるほどそういうことですか」
 文香は納得した.
 ハンター組織は,確かにいい加減な組織だ.よほどおかしな事をやらない限り,責任を追及されたりはしない.せいぜい始末書か,ボランティア活動に送り込まれるくらいのものだ.しかし,肩書きを持つ者となると,さすがに独断専行は咎められても仕方ないだろう.そこを,いちごは心配したのだ.
「大丈夫でしたよ.これから千景ちゃんと一緒に,真城華代のことを率先して調べるということを改めて伝えましたけど,直接の返答はありませんでした.代わりに,部長権限で機密情報にアクセスする権利を貰えましたけど」
「…………なんだと」
 それは,わざわざ『暗黙に』認めたと言うことだ.組織の意義から考えると,ここは普通に命令すれば良いところだというのに.
「なんでそんな……」
 そこまで言って,気が付いた.
「そうか.千景か」
「はい」
 文香は頷いた.
「これはきっと,あの子に何かあった場合,すべての責任をぼくに取らせるってことでしょうね」
「そりゃ,預かってる子供を危険にさらしたとあっちゃ,責任の追及は免れないだろうが……」
「いえ.千景ちゃんは,預かってる子供なんてものじゃないですよ」
 ここで文香は,初めて真剣な色を瞳に映した.それにつられて,いちごも佇まいを直す.
「やっぱり,なにかあるんだな」
 組織に子供が居候しているのだ.当然,相応の理由が存在しているはずだった.
「これは別に機密というわけではないので話しますけど.あの子の一族はみな,警察に貢献してきた人達ばかりなんですよ.表でも裏でもです.特に千景ちゃんのおじいさんは,今の警察のトップ達と懇意だったそうで.その関係で,小さな頃から千景ちゃん,すごく可愛がられていたそうです.特にあの事件以降は,目に入れても痛くないってほどに良くして貰っていたようですよ」
「あれ,か」
 いちごは,天井を見上げながら,その事件について思い出した.
 有名な事件だ.今から4年前になる.千景の家族が乗った飛行機が墜落し,乗客が全滅した.初めは事故ですまされようとしていたが,不審な点が見つかり,それで事件と事故の両面から捜査されることになった.
 それを事件と断定し,隠された謎を紐解き真実を暴いたのが,当時10歳そこそこの千景だった.その日以来,彼女は天才少女としてメディアの注目を浴びることとなる.
「あの子は警察のマスコットガールであり,切り札です.それが今,ここにいる」
 なぜだか解りますかと問いかけるように,文香は一旦言葉を切った.
 いちごはすぐに答えた.
「華代だな」
「はい」
 文香は満足げに頷く.
「あんな子が堂々と日本を渡り歩いているんです.警察としては捨て置けないでしょうね.もっとも,真城華代のことを知っているのは,トップ連中とごく一握りの人だけのようですが」
「千景は,真城華代を知っている.おそらく,ここに来る前に会ったことがあるんだろうな」
「そうでしょうね」
「あいつは華代のことを調べたいと思っている.警察としても華代についての情報を得たい.双方の意見が一致したな」
「真城華代に対して何かしらのアクションがとれる組織は,ここだけです.データも世界の何処よりも豊富だし,何より同じ国に仕える組織だ.ここに来るのは当然でしょうね.まあ……」
 ここで文香は苦笑した.
「千景ちゃんがここに来た理由は,それだけじゃないでしょうけど……」
 そして,言葉を閉ざす.いちごは,先を促すべきか迷った.その理由とやらは,きっとあまり楽しくない事なのだろうなと悟ったからだ.
 それに,千景がここへ来るまでにどれほどの思惑と,政治的な取引があったことか.想像に難くない.だから結局,尋ねるのは止めることにした.
「まあとにかく,あの子は名実ともに,警察の代表としてここに留まってますからね.下手なことはさせられません.厄介な客ととるか,それとも利用価値を見いだすかは人次第です.ボスは後者のようですが」
「けっ」
 たぬきめ,と,いちごは心中でボスを罵った.
「実は,この辺りは千景ちゃんだけじゃなく,空奈ちゃんにも言えることなんですよ」
 空奈というのは,中学生でありながらハンターをしている少女のことだ.千景とは親友であり,よくつるんでいる.
「あいつも実は,ってか?」
「はい.空奈ちゃんの場合は文化庁,もう少し正確に言うと陰陽寮みたいなところなんですけど」
「まさか,疾風の奴もそうなのか?」
 千景と張り合うことが生き甲斐みたいな少女を思い浮かべながら,いちごは問いかける.
「あの子の場合は,二人の護衛みたいなものですね.もともとSPの一族ですし.依頼を受けたのでしょう.だからお咎め無くここに居座っていられる」
「……やれやれ,聞くほどに面倒な話だな.出来れば関わりたくないもんだ.しかしお前,よく知ってるな」
「実は,ここ1週間でいろいろ勉強させて頂きました」
「いろいろって,大変だったろう」
 いちごは感心した.
 文香が速急に学ぶべき事は多い.女性としての立ち振るまい,ハンターとしての心構えと装備の使用法,真城華代に関する知識.それにくわえて,広報部としての業務もこなさねばならないし,挨拶回りをする必要もあっただろうに.
「大変と言えば大変でしたけど,がんばった甲斐はありましたよ.おかげで,大抵のことは把握できました」
「そいつはごくろうだったな……」
 文香を労おうとして,ふと,彼女の言葉に違和感を感じた.
 今,彼女は大抵のことは把握できたと言った.いくら部長権限で情報にアクセスできるとはいえ,少し知りすぎではないだろうか.千景の事情は,ちょっと調べたくらいで解るようなことではないはずだ.
 いちごは,文香を見た.
 先ほどからずっと同じ微笑みを浮かべたままだ.しかしその瞳を見て,ぞっとした.
 透き通った瞳だった.しかしそこに温度はない.端整な顔立ちもあって,ちょっと目を離した隙に人形と置き換わってしまったのかと錯覚してしまったほどだ.
 それに,彼女は今,『何処』に居て『何処』を見ている?
 異質な視点を持った,ひどく美しい人形のような彼女は続ける.
「千景ちゃんほどの分析力があれば良かったのですが…….まあ,ぼくは『記者』ですしね」
「……おい」
「はい?」
 固い声で呼びかけると,文香はきょとんとした.瞬き一つで瞳に色が戻った.
「もう,なんですか.いきなりそんな怖い顔して」
「……お前,今,凄い目してたぞ」
「へ? あはは,なんですかそれ.眼力って奴ですか? ぼくにも少しはこう,ジャーナリスト的な貫禄みたいなものが付いたって事でしょうか」
 そう言って笑う文香は,自覚していないようだった.
「まあ,いいんだけどな……」
 曖昧に笑いつつ,右手を軽く挙げて,この話題はこれで終わりだと示す.あの様子について今は深く追求すべきではないと,直感がささやいていたからだ.
「で.今後の,華代に関する捜査だが……具体的にどうしようってんだ?」
「うーん.そこが問題ですよねえ」
 話題を最初に戻してみる.すると,文香は腕を組み,困り顔で首をかしげた.
「追跡調査しようにも,突然消えたりしますしね.ついこの間まで,組織は現代科学と常識のみであの子を追ってきましたが,そういった現実的な力では,あの子を追うのは無理ですし」
「そりゃそうだろうな」
 いちごは頷いた.
 もちろん組織もそれは解っているし,だからこそ,常識を越えた力でもって華代に対抗するための装備を開発してきた.華代探知機などのAKFは,その代表といえる.
   「幸いなことに,今,ハンターにはいくつもの力があります.本物の巫女さんもいますし,魔女もいる.アンドロイドを制作できる脅威の科学力を持った人までいます.これはつまり,多方面からアプローチできると言うことです」
「お友達や,華代本人までいるしな」
 いちごは肩をすくめてそう言った.お友達というのは6号で,本人というのは63号のことだ.
「あはは」
「それに,情報をまとめる奴と,分析する奴をくわえれば……」
 それが文香であり,千景なのだろう.
「やれそうな気がしてきたでしょう?」
 文香は不敵に笑って見せた.
「まあな.でも,千景で大丈夫なのか? はっきり言って,あいつが情報分析してるところ見たこと無いんだが」
「大丈夫.ぼくも見たこと無いです」
「駄目じゃねえか!?」
 脳天気に言われて,いちごは思わず突っ込んだ.
「でも,影でちゃんとやってるんですよ.毎日,警察からデータが送られてくるんですけど,それを分析するのが彼女の仕事なんです.あ,情報元は空奈ちゃんです」
「あいつ,ただの引きこもりじゃなかったんだな」
「出来れば空奈ちゃんの協力もほしいところですが……」
「確かに,あの占いは凄いよな」
 そういいながら,いちごは思い出す.良く当たる占いだと,女性職員の間で評判なのだ.
「ていうか,正確には時読みなんですけどね.さすがにこれはお願いは出来ません」
「なんでだ?」
「彼女にあの能力の行使を強要できるのは,彼女の一族の長というかお父さんだけですから.それほどの最秘奥なんですよ,実は」
「その割に,ばんばん使用してないか? ここで」
 いちごは,自分の座る席を指さした.この席こそ,空奈が居座って占いを行っている場所なのだ.それに,彼女のおもりを言い渡されている23号によると,華代探知にその能力を使用しているらしい.
 それほど気軽に使っている能力なのだ,華代の捜査にその力を役立てて貰えるようお願いしても,問題なく頷いてくれそうなものだと,いちごは思う.しかし文香は首を横に振った.
「いえ,それは彼女の力の末端です.それとぼくの調べた限り,時読みはほとんど反則的な能力ですよ」
「よくわからんな……」
「すいません.一応これ,機密事項なので……」
 詳しい説明を求めると,文香は申し訳なさそうに頭を下げた.
「とにかく,彼女自身が,他人のお願いで能力を使うことを禁じられてるんですよ.あくまで,自分の判断のみで能力を使用できるんです」
「じゃあ,あいつが協力したいって言い出せば良いんだな」
「ま,そうなりますね」
 文香は一つ頷くと,また一口水を飲み,まとめに入った.
「此方から真城華代に接触することは不可能です.だから,当分の間は今まで通りに活動するしかありません.幸い仕事上,彼女と遭遇する確率は高いですしね.そのたびにデータを取ったりインタビューしたりする事にしますよ」
「結局そうなるか.ま,しゃーない」 
「いちごさんも,なにかあったら連絡よろしくです」
「ああ」
 話が一区切り付いたところで,いちごは時計を見た.結構な時間が経っていた.引き上げ時だろう.
 二人は同時に立ち上がった.
「さて.これからもう一仕事です」
 んっ〜,と伸びをしながら言う文香に,いちごは呆れ半分同情半分の視線を送る.
「お前,そっちの方も誰か手伝いを頼んだ方が良いんじゃないか?」
「そうですねえ…….募集かけてみようかな」
 そろってレジに向かう途中,文香はぽんと手を打った.
「あ,そうだ.いちごさん,何か書いてみません?」
「え? お,俺がか?」
 いちごはたじろいだ.
「歴史というか武将に関して詳しかったですよね.その当たりをちょちょいと」
「しかし,俺なんかでいいのか?」
 遠慮するような口調だが,顔を見ると迷っているのが解る.機会があるなら自分の趣味に関してなにか一筆記してみたいという思いが,心のどこかにあるのだろう.
「組織のナンバー1アイドルが書いてくれれば,広報の評価も上がるってもんです」
「…………その言い方は止めろ」
 いちごは頭痛を堪える仕草をした.
「客観的な事実ですよう.あ,怒らないでくださいよ」
「……ったく」
「でも,お願いは本気で言ってるんですよ」
「…………まあ,気が向いたらな」
「じゃあ,その時が来たらお願いしますね〜.それじゃあ,また」
 文香は勘定を済ますと,笑顔を残して去っていった.あの寂しい編集室で,一人で仕事を再開するのだろう.
 いちごは自室へ戻る道すがら考えた.
 華代捜査は,協力した方が良いだろう.組織としても有益だし,うまくいけば自分が元に戻るきっかけが得られるかもしれない.
 文香の様子も気になる.彼女は明らかにがんばりすぎで,適度に息抜きをさせる必要がある.同じ華代被害者であり,自分よりも困難な生活を強いられている彼女を,いちごは見捨てられなかった.
 それにあの瞳の中には,彼女自身も気が付いていない何かが潜んでいるように思えてならない.それはきっと,何らかの意味において化け物であり,生半可な力では対抗できないものなのだろう.この辺りに関しては誰かに相談する必要があるだろう.
 いちごは小さく舌打ちした.
「………….まあ,今は考えても無駄か.それより」
 まずはどの武将を紹介するかが問題だな.
 そんなことを考えながら歩くいちごは,あんなつれない態度を見せながらも,結局は文香の提案に乗る気なのであった.


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