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ハンターシリーズ156
『金田逸意の報告』

作・匿名希望

 

 俺は金田逸意、探偵だ。
 一応、ハンターという組織の非常勤エージェントでもある。
 とはいえ殆ど緊急時の助っ人程度の立場なので、あまり向こうに顔を出す事も無い。
 ちなみに今、俺が居るのは俺が所属している『田神平次郎探偵社』の本社。
 もっとも、今日は何の仕事も無い。
 何もしないでいると、段々眠くなってくる。
 普段から虚弱体質なのが災いして、天気が悪いと体の調子も悪くなる。
 しかし今日は雲一つ無い快晴、寝不足も手伝ってついつい瞼が緩む。
 こんな恵まれた日に眠らないなどという勿体無い事は出来ない…。
 ゆっくりと…、安眠を貪る事にしよう…。


「金田君!
 起きなさい!!」
 俺の安眠は突然妨害された。
 顔を上げると、目の前に1人の女が立っていた。
 田神恭子、社長の娘でここの副社長でもある。
 コンピューター関係を得意としていて、ハッキング等はお手の物。
 黒髪長髪に眼鏡をかけた中々の美人なんだが、金に五月蝿いのが玉に瑕。
「朝から元気だねぇ」
「何言ってるの!
 もう1時過ぎよ!!」
「しゃあねえだろ。
 今朝の3時頃までずっと寝てなかったんだから」
「はいはい、ご盛んな事で」
「何なら今日の夜、一緒に飲みに行く?」
「遠慮しときます」
 俺がここに勤め始めてからざっと5年、ずっとこんなやり取りが続いている。
 俺としてはいい加減飽きてきたので、この前一度止めてみた。
 そうしたら何故か却って警戒されてしまったので、結局まだ続けている。
 ちなみに今朝の3時ごろまで寝ていなかった理由は、他のハンターに誘われて親睦会という名の宴会(未成年組参加不可)に参加していたからだ。
 途中から他のハンター同士による乱闘が始まって、飲むどころじゃ無くなってしまったが。
 こういう時、ザルは不便だ。
 後始末を全部押付けられるし、目が冴えてしまったからといって酒を飲んでも眠れない。
 もっとも前者は途中から、運良く通りかかったトイレ帰りらしき真城華代似の女の子ハンターに無理矢理手伝わせたのでまだ楽だったが。
「あっそう。
 それで何の用だ?
 聞き込みなら筋肉にでも任せておけば…」
「筋肉に頼むぐらいならミャー子に頼むわよ」
 ミャー子とは俺の同僚の1人、神戸 都(かみと・みやこ)の事だ。
 道楽で探偵社に入った大金持ちの御転婆娘、そのうえド天然。
 男運に恵まれないと自称しているが、最近同僚の大崎 光彦(おおざき・みつひこ)といい仲だって事は筋肉を除く全員にバレている。
 それに気づいてないぐらいだから、探偵としての才能は無いと言える。
 その都以下の烙印を押された筋肉(俺の相方。三沢智明という無駄に立派な名前の持ち主)も気の毒だが…、まあ当然といえば当然だろう。
 少なくとも都は『オーストリアとオーストラリア』や『アメリカとアフリカ』の区別を付けられるし、九九は九の段までだと言う事も知っている。
 探偵としての才能が足りないだけだ。
 人として最低限必要な何かが足りない筋肉と比べる方が失礼だろう。
「仕事はある組織の詳しい調査、何でも人員構成とかを知りたいらしいわよ」
 まあ、そんな事だろうとは思った。
 寝ている俺をわざわざ起こしてまでさせようなんて仕事は、警視庁の岩木警部からの依頼か何かの交渉が必要な仕事ぐらいしか無い。
 聞き込み等の体力の要る仕事は万年虚弱体質には辛いし、張り込みや尾行の最中にゲロを吐いてしまう訳にもいかないからだ。
 大方、俺をその組織と接触させて訊き出させようって魂胆だろう。
 そもそも俺がハンターに入る事になったのも、その手の仕事が切っ掛けだった。
「そんで、依頼人さんは誰なんだ?」
「さあ、わざわざボイスチェンジャー使ってたし。
 どっかのお偉いさんである事は確かだけど」
「たまに居るんだよな、そういう自分の名前教える事が出来ないへっぴり腰の奴」
「よっぽど世間体が関わってくる依頼なのかしらね。
 くそ〜…、もっと料金吹っ掛けときゃ良かった」
「で、何処の組織だって?」
「ハンター組織」
 一瞬、俺は自分の耳を疑った。
「ハンター組織?」
「ええ。
 貴方と筋肉がこの前調査に行ってきた組織。
 あの時、元に戻す方法教わってきたのと同じ要領でやればいいんじゃない?
 適役でしょ?」
 そうだった。
 恭子は、俺がハンターの一員だという事を知らないのだ。
 うちの会社は『人材派遣の仕事』も取り扱っている。
 経営が苦しかった時期の名残らしい(今も苦しくない訳では無いが)。
 まあ、だからこそ探偵に向いてない都や筋肉の居場所がある訳だが。
 そして、ハンター組織は人材派遣を表の稼業にしている。
 言い換えれば、ハンター組織とうちの会社はそっち方面での商売敵という訳だ。
 そんな所で非常勤とはいえ働き始めたという事を、その方面に厳しい恭子が知ったら話が拗れるに決まっている。
 だから説明していなかったんだが…。
「俺じゃなくてもいいだろ。
 今日は体調悪いし…」
「まーたそうやってサボろうとして…。
 金田君の考える事なんてお見通しなんだから」
 こうまであっさり引っかかる奴はそうはいないだろう。
 その分妙な所で厄介なんだが…。
「…ん?
 そういえば筋肉は何処行った?」
「くるみちゃんとデートだって」
 くるみちゃんとは筋肉の恋人で、うちの会社の事務担当。
 本名は「信濃 来未(しなの・くるみ)」というのだが、字面が可愛くないから平仮名で通しているらしい。
 俺と筋肉がまだ小学生だった頃、筋肉と部活の先輩後輩だったのが切っ掛けで付き合い出して13年。
 未だに馬鹿ップルを続けている、ある意味強者だ。
 …そういえば、ハンターの中に初めて会った時のくるみとそっくりな奴が居たな。
 番号は確か39号、半田未来といったはずだ(そういえば字面も似てる)。
 余談だが、あの筋肉に3歳年下の女が居たという事実は、都を筆頭に当時彼氏彼女居ない歴更新中だった他の探偵達に多大なショックを与えたらしい。
 そのせいかどうかは知らないが、あれ以来職場恋愛の割合が増えた様な気がする。
「まったく呑気な事で」
「ぐっすり眠ってた男に言われたくないんじゃない?」
「呑気じゃない時は眠れない。
 眠れる時に眠っとかないと」
「前に父さんが胃癌で入院した時にも眠りこけてたじゃない」
「結局誤診だったんだから良かったじゃないか」
「それ解ってたの?」
「ただの胃炎だって事は解ってた。
 一応その道のプロなんで」
「どの道よ」
「病人の道」
「嫌な道ね」
「俺もあんまり好きじゃない。
 とにかく話を元に戻そうぜ」
「誤魔化したわね」
「脱線した話を元に戻して何が悪い」
「脱線させたのは貴方じゃない」
「それを余計変な方向に持ってったのはお前だろ。
 お互い様。
 とにかく筋肉が戻らない事には話は進みそうにねえな」
「…もしかして、ハンター組織に触れられるのが嫌なの?」
 …相変わらずやり辛い。
 自分でも気づかない内に場の流れや空気を読めてしまうタイプだ。
 こういうタイプは、変な所で感づいたりするから性質が悪い。
「何でそう思う?」
「何でって…、もしかして凄く嫌な奴でも居た?」
 そして、肝心な所で外してくる。
 ハンターガイストみたいに気づいた上で心理戦を仕掛けてくる連中の方が、反応を予測出来る分よっぽど気が楽だ。
「そんな訳無いだろ」
「じゃあ、行けるわね」
 おまけに話の運び方が強引過ぎる。
 まあ、この辺が退き時だな。
 これ以上やりあっても疲れるだけで無意味だ。
 社長もそれを見越して恭子に任せているんだろう。
 それよりも、もっと大きな問題に取り掛かった方が良さそうだ。


 くるみに電話した所、筋肉が帰ってくるのは30分後ぐらいになるという答えが返ってきた。
 焼肉食い放題の店で昼食をとった後、最近流行っている熱血ロボットアニメの映画第2作を見ていたとの事。
 あの2人らしい、ロマンの欠片も無いデートコースだ。
 趣味嗜好が殆ど一致しているせいか、自分のやりたい事をやるだけでお互い満足出来るのだろう。
 まあそれは置いといて、30分も有れば十分だ。
「さーて、どうするか…」
 俺の今の立場を利用すれば、調査自体は簡単に終わるだろう。
 しかし、いくらなんでも素直に調査する訳には行くまい。
 組織の人員構成を外部に持ち出すとなったら、ガイストが黙っている訳が無い。
 かといって、何にも調査結果を出さなかったら、それこそ命に関わる。
 前に一度調査をサボったら、本社の扉を開けると同時に包丁が5本飛んできた。
 今度サボったら間違いなく恭子に殺される。
 何とか上手い具合に誤魔化す以外に方法は無さそうだ。
 問題はどういう形で誤魔化すか…。
 一度基地に行って情報を入手してる以上、『入手できなかった』という言い訳は通用しないだろう。
 一番簡単なのは、『依頼人に自ら手をひいてもらう』事。
 では、どうするか…。


 …とりあえず、シミュレーションはこんな所で十分だろう。
 想定されるパターンは全て出尽くしたはずだ。
 まあ、その場その場で考えても、多少会話のテンポが悪くなるだけなので別に問題は無いが。
 時計を見ると、筋肉が帰ってくるまで後25分程度。
 一応、ハンター本部に行く準備をしておくとしよう。
 といっても必要な準備は殆ど無い。
 これからする事といったら、向こうで資料を手に入れて、恭子を通じて依頼人に渡す。
 そうしたら、間違いなく依頼人は文句を言ってくる。
 それに俺が対応すればそれでいい。
 事前の準備が必要な物はまったくと言っていい程無い。
 強いて言えば、その資料をどうやって手に入れるか。
 これは地道に調べれば簡単に手に入るだろう。
「ふぅ〜…」
 時間はまだたっぷりある。
 今のうちに寝ておくとしよう…。


 俺はあれから筋肉の運転する車でハンター基地に行き、必要な資料をそろえた。
 紙に纏めたら1枚か2枚程度の簡単な資料、後はこれを依頼人に渡すだけ。
 それにしても携帯電話も使えない筋肉が、何故乗り物の操縦技術に精通しているのだろうか。
 『田上平次郎探偵社七不思議』の一つに数えられるぐらいだから、本当に誰も知らないのだろう。
 ちなみに、他には『金田逸意は何故死なないのか』ってのもあるらしい。
 余計なお世話だ、俺だってここまで長生き出来るとは思ってもいなかった。
 医者の見立てでは『色々な病気にかかっていた事が、却って生命力を鍛える事に繋がっていたのではないか?』との事。
 生命力の強い虚弱体質ってのも妙な上に厄介な取り合わせだ。
「でもよ、そんなデータ渡して依頼人が納得するのか?」
 ふいに筋肉が話しかけてきた。
「納得しないのなら納得させる。
 それだけの話だ。
 嘘を言わずに相手を騙す方法なんていくらでもある」
「大丈夫か?」
「俺が今までに、不可能な事を言い出した事があるか?」
「…そういやそうだ。
 それにしても俺、てっきり本当にハンターの人員構成情報を流すのかと思ったぜ」
「一応俺はガイストから警戒されてる立場だぜ?
 これ以上詳しいデータなんか、調べようとしても調べられねぇよ」
 実際はやろうと思えばやれない事も無いだろう。
 だが、あいつが俺の処世術に気づいている以上、バレたら話がややこしくなるのは目に見えている。
 なら最初から大人しくしといた方がよっぽど楽、長い物には巻かれろって奴だ。
「それに、俺は一度引き受けた仕事はきっちりこなす主義だ。
 それはハンターでも探偵でも変わらねぇよ」
「もし本当に裏切る気だったら、俺はアニキにどう顔向けしたらいいのか解らなかったぜ。
 やっぱり、相方がお前で良かったよ」
 俺は別に筋肉じゃなくても問題ないんだが。
 社長によると、俺と筋肉にコンビを組ませているのは『足して2で割ると丁度いいから』との事だった。
 もっとも、あいつの頭の悪さでは俺の頭脳じゃとても足りないだろう。
 …また気分が悪くなってきたので、新しいエチケット袋の中に思いっきり吐く。
 郊外に出るといつもこれだ。
 こいつ、運転技術自体はS級の癖に、普段が大雑把過ぎる。
 一応、町中では安全運転を心がけているそうだが、郊外に出ると途端に運転が荒っぽくなる。
 ただでさえ乗り物酔いに弱い俺にとっては、まさしく拷問だ。
 それさえ無ければこいつも結構(扱いやすくて都合の)いい奴なんだが…。


 次の日、予想していた通り依頼人から文句の電話がかかってきた。
 当然、対応するのは例の資料を用意した俺だ。
 恭子から電話を受け取ると、俺はその依頼人の話を聞き始めた。
 隣で筋肉が心配そうに俺を見ている。
 生憎、筋肉に心配されるほど俺は落魄れてはいない。
「それじゃ駄目何ですか?」
『当たり前だ!!
 誰が男女比のデータを持って来いと言った!!』
 予想通り、かなり興奮しているらしい。
 今日の午後は『何故か川辺で熟睡して、風邪をひいてしまった女の子ハンターの見舞いに行く』という予定を筋肉が勝手に入れてしまっている。
 俺にロリコンの趣味は無いし、こいつを延々と弄ぶのも悪くないが、今はとっとと終わらせて早めに行っておいた方がいいだろう。
「役職毎に分けられて、結構見易いでしょ」
『【管理】【実働】【事務】【その他】の4つだけじゃないか!!
 もっと詳細なデータが欲しいんだよ!!
 しかも【その他】って何だ!!』
「実際その程度ですよ。
 仕事もそんなにありませんし。
 ちなみに【その他】ってのは、店舗を経営してたり居候だったりする人達です」
 嘘は言っていない。
 “本来の”仕事の“種類”はそんなに多くない。
 元々華代対策のためだけに作られた組織なのだから、当然と言えば当然だ。
 そんな組織の人員構成を調べようという時点で、依頼人があの組織の“本業”が何なのかを知らないという事は容易に想像できる。
 確かに裏で何かやってそうな奴は何人か居たが、あくまで個人レベルの話らしく、組織はまったく関与していないようだ。
 大方、そいつらのやっている事か、裏でたまに頼まれる身辺警護とかその方面の仕事を本業と勘違いしたって所だろう。
『そんな訳無いだろ!!』
「ま、それ以上突っ込んだデータを求めたら、結構やばいかもしれませんよ」
『…どういう事だ?』
「この業界、たまに依頼人と探偵が、ある日突然行方不明になったって噂が結構多いんですよ。
 そいつらは決まってどっかの秘密組織の調査を行っていたとか…」
 ハンター組織を調べていた連中が行方不明になったという噂を聞いた事は一度も無いが。
 むしろ某少女を調べていた組織関係者が行方不明になったという噂の方が多いぐらいだ。
 もっとも、本業を知らない奴にそんな事が解るはずも無いだろう。
『…』
「その情報を手に入れるのも結構苦労したんですけどね」
 といっても往復の際に酷く車酔いしただけだが、苦労には違いない。
「まあ、これ以上詳しい情報が欲しいなら、それなりの覚悟を決めた方が…」
『…ガチャ!!』
 突然電話が切れた。
 軽いジャブの段階で逃げるとは、やはり相当なチキン野郎だったみたいだ。
 ボイスチェンジャーを使ってるだけの事はある。
 考えておいたアイディアはまだ残ってるんだが…、まあいいか。
 それはまたの機会に使うとしよう。
「どうしたの?」
「簡単に説明してたら、急に切れた。
 あの情報の価値、理解してくれたのかね?」
「本当にあんな男女比の円グラフに重要な価値があるの?
 割合だけで人数も書いてなかったけど…」
「お偉いさんも誰も知らない、正真正銘の激レア情報だぜ」
 実際、ハンター関係者の“本来の性別”を知っている奴は殆ど居ない。
 つまり、本来の男女比を知っている奴は殆ど居ない事になる。
 例え実際にそれを知ったとして、華代被害という物を知らなければ、華代被害者を女性側に換算して…。
 …まあ、そのためにあえて本来の人数を記入しなかったのだが。
「それにしても…、さっき言ってたこれ以上突っ込んだらやばいって本当?」
「さあな。
 この手の組織の傾向についてちょっと解説しただけで、ハンター組織に当てはまるかどうかは知らん。
 ただ、可能性が無い訳じゃないから忠告しといただけ。
 俺はチキンなんでね」
「…全然説得力が無いわね」
「誉め言葉として受け取っとく」
「で、結局依頼人は納得してくれたのか?」
 筋肉が空気を読めない質問してきた。
 こいつ、今まで何を聞いてたんだ?
「納得させたよ。
 ちょっと呆気無いぐらいだ」
 実際はちょっとおどかした感じだが。


 相手を騙すのに嘘をつく必要は無い。
 ただ、事実をちょっとだけ省略してやればいい。
 そうすりゃ相手が勝手に勘違いしてくれる。
 しかも、相手をある程度怖がらせておけば効果は倍増。
 有りもしない巨大組織からの刺客の影に怯える事になる。


「最近、うちの組織が妙に裏の方で妙に過大評価されてる様な気がするんだが…。
 何かあったのか?」
「なんでも、裏でうちの組織の規模の情報が出回ってるらしいです。
 しかも何故か人数が実際の2倍か3倍にもなったのが」
「データの出所は?」
「さあ…」
「まあ別に過大評価されて困る訳じゃなし、深く考えなくてもいいか」
「それはそうなんですが…、もう一つ凄い報告があるんです」
「何だ?」
「14号がハンター1人につき何人分の働きをするかってのを試しに計算してみたそうなんです。
 そしたら…」
「そしたら?」
「そのデータは過大評価じゃなくて過小評価だったんです」
「…確かに凄い報告だな、別の意味で…」


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