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一人の少女が、夜空を見上げていた。
ぽっかりと天に浮く金色の円。
それが、薄暗い夜の街を照らしていた。
「満月はいいZE。魔力がどんどん沸いてくらぁ」
さびれた教会の屋根の上からそんなことを呟いて、少女は手にしていた西洋箒にまたがる。
そしてそのまま屋根から虚空へと飛び出し、
――宙を舞った。
「さぁて、そろそろ時間だZE!!!」

ハンターシリーズ158
『泥棒麻理奈と満月の夜』

作・マコト

 

10時間前、とある博物館。
「か、かかかかか館長!!」
どたどたと乱暴な足取りで、館長室とプレートが貼られたドアを男が開け放つ。
「どうしたね鷲宮。ハトが弾幕に突っ込んだような顔をして」
室内にいた初老の男性が顔をしかめる。
恐らくは館長なのであろう。
「それを言うなら豆鉄砲でしょう! ――じゃなくて! ついに、ついに来てしまいました!」
鷲宮と呼ばれたスーツ姿の中年男性――恐らく博物館の従業員だろう――は、身体を震わせていた。
「ほう、とうとう予約しておった地○殿が届いたか」
「違います! っていうか館長STGするんすか?!」
「わしの連射力は108連打/sあるぞ」
「へぇ、マジすか? 何かスゲー!」
館長とともにいた、別の若い男が言う。
スーツを着ているので彼も従業員なのかもしれない。
「聞いてないですって! 例の泥棒からの予告状です!」
そう言った男の手には、黒い封筒があった。
館長の顔が急に青ざめる。
「まさか――『魔法使い』かっ!? おのれ……! 見せてみろ!」
そう言って封筒を奪い取り、乱暴に中身を取り出した。



『今夜、あんたんとこにある古文書一式を借りてくZE☆ by魔法使い



ぐしゃりと、館長の手が封筒を握りつぶす。
「とうとううちにも来てしまったか……」
天井を見上げる館長。
「なんすか魔法使いって? 随分イタイ名前っすね」
へらへらと笑いながら若い従業員が言う。
溜息をつく館長。
「何も知らないのか……これだから若いモンは。――いいか? 『魔法使い』ってのは近頃、日本全国で様々な強盗事件を起こす怪盗のことだ」
「か、怪盗ぉ? こんな現代で怪盗っすか!? マジウケるんすけど」
馬鹿笑いを始めた従業員を尻目に、中年従業員は慌てふためいた様子で、
「け、警察に連絡を!」
「要らん」
「――は?」
ぽかんとする中年従業員。
「要らんと言ったのだ。近頃の警察などアテにできるか。我が博物館の警備部隊を出せばことは済む!」
よほどの自信があるのだろう、館長の顔には笑みすら浮かんでいた。
「さぁコソ泥め、来るなら来るがいい! こっちは最新鋭の装備で立ち向かってくれるわっ!!」
下品な笑いが館内に木霊した。



そして、今。
この日の博物館の営業時間が終わり、大きな建物から発せられていた明かりが次々と消えていく。
だが今夜は、その時間からこそがここに勤める者達の戦いの時間となるのだった。
「ん……?」
ライト片手に、闇に包まれた館を巡回していた警備員。
彼がふと見上げた空には、何かが光っていた。
星の光とは違う、鋭く強い光。
それがだんだん輝きをまして――

ちゅど〜ん!!

「あびょーっ!?」
警備員を吹っ飛ばし、博物館の壁に大きな穴を空けた。
「何事だ!」
「来たのか!?」
「一体何処だ! ――あ、あそこだ!」
怒号飛び交う中、駆けつけた警備員の一人が夜空のある点を指差す。
その先には、多くの人が我が目を疑うであろう光景があった。
少女が浮いている。
いや、厳密には箒の上に立って浮いていた。
巨大な黒いとんがり帽子。
長く真紅の髪と、帽子と同じ色のローブ――何故か袖が服と離れている――を風に流した少女が、緑の瞳で警備員達を空から、笑みをもってにらみつけていた。
「出迎えごくろーさんだZE。約束どおり、古文書を借りに来たZE!」
そう言うなり少女は箒にまたがりなおし、
「九麗麻理奈、ただいま参上だZE!」
ギュンッ!!

叫びと共に急激に博物館へ迫ってきた。
『うわあぁああぁぁあぁあ!?』
蜘蛛の子を散らすように離れていく警備員達。
ニヤリと顔を歪め、麻理奈はそこへ突っ込んでいく。
ドガシャアァァッ!!
――どうやら箒にはブレーキがないようだ。


「あーってってって……。もう少し上手く操れるようになんなきゃな……。また壊しちまったZE」
パンパンと身体にかかった粉を払い落とし、すっくと立ち上がる麻理奈。
「また」、というところがポイントである。
「さて、と……」
明かりのない博物館の一室を見渡す。
暗い室内で麻理奈に分かったのは、この部屋は目的の物が置かれている場所ではないということだった。
「ちっ……やっぱあてずっぽに突っ込んじゃ駄目ってことか」
悪態をつき、麻理奈は闇夜の博物館を駆け始めた。



「館長、来ました! 魔法使いです!!」
バァン、と荒々しく館長室のドアを開け、鷲宮が叫んだ。
「来たか……。それで、状況はどうなっておる?」
表情を崩すことなく問う館長。
「はっ! 目標は当館三階の『彫刻の間』に突入、甚大な被害をもたらし、その後猛スピードで当館内を移動、まっすぐ古書の間を目指しています!」
「――ふっふっふ、計画通り……!」
妖しげな微笑を浮かべ、館長は右腕を前に突き出した。
「エリートガードに連絡! ただちに非常警備フォーメーションをとれ! 二階の『絵画の間』から警備するんだ!!」
「イ、イエッサー!」
迫力に押されてか、思わず敬礼して立ち去る鷲宮であった。
「何か大げさっすね、エリートガードって」
未だにへらへらしている若い従業員。
というか、ずっと館長室で何をしているのだろうか。
「お前は新人だから知らんだろうがな。わしが別に経営している警備会社があってな、そこの精鋭部隊だ。滅多なことでは出撃はせんが、それだけの働きはする。――さて」
「へ?」
館長はゆっくり振り向き、新人を睨み付け、
「お前も警備に行かんかっ!!!」



「ん?」
麻理奈の足が止まる。
そこは博物館の中央、広く開いたホール。
彼女の視線の先には『絵画の間』と書かれたプレートの書かれた入り口があった。
しかし、瞬時にして『影』がそれを見えなくする。
――いや、ただの影ではない。
「何だお前ら? あたいの邪魔をしようってか?」
目を細め、その『影』をにらみつける麻理奈。
そう、麻理奈の視界に現れたのは、
黒い装甲服に身を包んだ男達だった。
まるで映画のエイリアンみたいだ、そう麻理奈は思った。
「最早お前は包囲されている。無駄な抵抗はやめて我々に投降しろ」
電子がかった無機質な声が、夜の博物館に響く。
気付けば、男達は麻理奈の周囲を取り囲んでいた。 「ふぅん……警備員にしちゃ物騒だなぁ」
愉快そうに麻理奈が言う。
まるでこの状況が予測範囲内だったかのように。
「我々はエリートガード。ただの警備員とはワケが違う。抵抗は無意味だぞ」
人間味のない声で警告をするエリートガード。
抵抗は無意味。
恐らくはその漆黒の特殊服には様々な仕掛けがあるのだろう。
麻理奈に見える範囲では、日本では扱われないようなサイズの銃や、手榴弾らしきものまで装備しているようだった。
そして多分、防火・耐熱性能もばっちりだろう。
「……無意味、ねぇ。くふ、くふふふふふふっ」
不気味な笑い声を上げる麻理奈。
あまりの不気味さにエリートガードは少し怯んだ。
誰が見たとしても圧倒的不利な状況ですら、彼女にはまだまだ余裕があったのである。
「くふふふふ。――甘い、甘いZE。所詮そりゃあ一般の人間に対する装備。魔法使いにゃ通用しねぇZE」
そう言うなり麻理奈は、首から下げていたクリスタルの形をしたペンダントを掴み、何かを呟いた。
――どのエリートガードも理解できないでいた、彼女の行動を。
その次の瞬間まで。
「行くZEっ!! あたいの必殺魔法っ!!」
叫びと共に麻理奈は両掌を突き出した。

「マスタァァァ、ビイィィイィイィィィイムッ!!!」

カッ!!


麻理奈の言葉に反応し、彼女の掌の中で、光が膨らみ――はじけた。
その瞬間、凄まじい閃光が走り、館内を緑色に照らし出す。

ズオオォォオォッ!!

『うどわぁぁぁあぁぁぁあぁあぁ!?』

ちゅどーん!!


巨大な光の奔流に巻き込まれ、四散していくエリートガード達。
ある者は壁を突き破り星になり、またある者は地面深くにめり込んでいく。
その光景たるや、凄まじいまでも滑稽であった。


光がおさまった後。
ホールは凄惨な姿を晒していた。
そこらに倒れ気絶しているエリートガードの死屍累々を除いても、まだ酷い。
存在していたと思われる絵画の間は、綺麗さっぱりこの世から姿を消し、後には瓦礫すら残っていなかった。というかぽっかりとした穴になっていた。
窓は全壊し、とても博物館とは思えない様相になっていた。
「あちゃ、やりすぎたかな……」
ぽりぽりと頬を掻く麻理奈。
「まっ、先を急ぐか」
責任感も何も感じずに、自らが空けた大穴に飛び込んで再び走り出した。



「……何、だと」
「はい……ですから、その、エリートガードは全滅、目標はなおも『古書の間』に接近中です……」
鷲宮の報告を受け、館長は力なく椅子にへたり込んだ。
「わ、わしの……わしのエリートガードが……全、めつめつめつ……」
よほどショックだったのだろう。顔面は蒼白になっていた。
無理もない、自分が絶対の自信を持っていた部隊が一瞬で蹴散らされたというのだ。
絶望した面持ちで途方に暮れる館長。
「最早……止めることは出来んのか! あの大泥棒を……!!」
頭を抱えて落ち込む。
するとそこに、
「どうしたのおじいちゃん、困ってる?」
「――え?」
突然の幼い声に顔を上げる館長。
「こっちだよ〜」
声のする方に顔を向けると、そこには一人の女の子が立っていた。
全身白い洋服に身を纏った可憐な少女である。
「こ、こんな時間に何故?」
驚いたのは鷲宮もだった。
既に時間は深夜に差し掛かっている。
だのに、そんな時間帯に不釣合いな容姿をした少女が、これまた不釣合いな場所にいるのだ。
「私、こういう者です」
そう言って少女は、どこからともなく一枚の紙切れを取り出して館長に手渡す。
しかしそれには目もくれず、館長は言った。
「ええと、何故お嬢さんみたいな小さい子がこんな時間にこんなところにいるのかな。親はどこかね? 鷲宮が連れて行ってあげるから」
「お・じ・い・さ・ん? よぉっくその名刺を見てください!」
子ども扱いされたことに、少女は腹を立てたのかもしれない。
「ん?」
言われたとおりに名刺を確認すると、こう書いてあった。

「ココロとカラダの悩み、お受けいたします。    ――真城 華代」

「しんじょう……かよ?」
「ましろ・かよです、真城華代っ! まったく、何時になってもちゃんと覚えてくれる人いないんだから……」
名前を間違われたからか、途端に不貞腐れる華代と名乗る少女であった。
――毎回作者は思うのだが、いい加減ルビを振ったらどーなのだろう。
そーすりゃいちいち名前で怒ったり、困ったりすることないってもんである。
閑話休題。
「……はぁ。いいかね? 我々は今とっても忙しいのだ。お嬢さんの遊び相手をしてる暇は全くない。いいからお家に帰りなさい」
そう溜息混じりに言うと、館長は鷲宮に華代を連れて行くよう命令を出す。
「そっか、忙しいのね? どうして?」
そんなことはお構いなしな華代であった。
その言葉にいらだったのか、館長は少し怒気の孕んだ声で言う。
「いいからお家に帰りなさい! 今日はここに泥棒が来たからそいつを捕まえねばならんのだ! 警備員を使ってな! だから邪魔になるから――」
「そーなのかー。分かりましたっ! じゃぁその泥棒さんを捕まえればいいのね!」
全部言い終わらないうちに、華代はそんなことを言って館長室入り口に駆け出す。
「けーびいんさんがいるんでしょ? もっと強くしてあげる! そうしたら泥棒さんも捕まえられるよねっ! じゃぁね〜!」
そしてそのまま、廊下の暗がりに華代は消えていった。
「――えっと、その……。何だったんだあれは?」
「さ、さぁ……座敷童子、ですかね」
「そんな馬鹿な……」
まるで風のように去っていった華代に、ただただ呆然とする二人であった。



「ったくうぜぇ〜な、何でオレまでけーびしなきゃなんねーんだよ」
暗い廊下をライトを持って走っていくのは、あの若い従業員だった。
館長によって警備に駆り出された彼は、他の警備員の指示で警備地点に移動している途中であった。
「あー早く帰ってDSしてぇ〜……ん?」
ふと足を止める。
身体に違和感を感じた為である。
「な、何だこの感覚……う、うわあぁぁ!?」
見る見るうちに、若い従業員の姿が変わっていく。
ただのスーツだった衣装は瞬く間に変化し、警備員の制服となる。
そして体が若干縮んでいき、胸と腰が大きく張り出し始める。
手には何時の間にか警棒らしきモノを握らされ、頭には警備員の帽子がついた。
そして、よくSFモノで見るようなモノクル型の通信デバイス、そんな形のものが頭に装着される。 「な、なん――」
言葉すら発する間もなく、今度は足が変わり始めた。
人間のそれではなく、まるでタイヤが足についたロボットのような形状に。
そして最後に顔が細く、やわらかくなっていく。
「こ、れは……」
気付けば若い従業員は、サイボーグ女警備員といったいでたちになっていた。
「何だってんだこれはゆっくりあれしていって頭がね!!!はらほれひれはれ……がく」
急激に従業員の意識が遠のいていく。
そして、ぷしゅうーっと音を立てて首を前へもたれる。
その直後、
「しっかり警備していってね!!! しっかり警備していってね!!! しっかり警備していってね!!!」
奇妙な言葉を吐きながら、サイボーグは、帽子についたパトランプらしきものを回して、足のタイヤで走行を始めた。



同じ頃、残った警備員達にも同じような変化が起きていた!
「な、なんだぁ!?」
一瞬にして変化した警備員達に慌てる麻理奈。
「さ、最近の警備会社は変身すんのかぁ!?」
女性サイボーグ化した警備員の群れに、すっかり取り囲まれてしまう。
『ゆっくりお縄についてね!!! ゆっくりお縄についてね!!! ゆっくりお縄についてね!!!』
ざっしざっしと麻理奈に迫るサイボーグの集団。
その姿はターミネーターを彷彿とさせながらもどこかシュールであった。
「くっそ、目的地を目の前にして……うわっ!?」
後ずさる麻理奈を、何時の間にか後ろに回りこんでいたサイボーグがはがい締めにする。
「しまったっ! くそ、ペンダントに手が届かねぇっ!」
そう、麻理奈はペンダントを介さないと魔法が使えないのだ!
これが彼女の弱点と言える。
もがき、脱出を図ろうとするも、サイボーグと化した警備員の力は凄まじく、がっちりとして抜けることが出来ない。
「ちくしょうっ、一体何がどーして……ん?」
蠢くサイボーグたちの隙間から、誰かがこちらへやってくるのが麻理奈には見えた。
一人……二人……いや、もっと!?
「何だこりゃぁ!? これも真城華代の所為なのかっ!?」
「……そーみたいね。それにしても数が多い……」
「ああ。あんずの出番、だな……みぃ、解析は出来たか?」
「データ解析、完了。真城華代によりサイボーグ兵器と化した人間の模様。パワーは通常の人間をはるかに超えている」
「し、仕事モードのみぃちゃんって若干恐いな……」
様々な声が聞こえてくる。
男から女まで、どうやら様々な年齢の人間がいるようだ。
何故こんな場所に!?
「お、お前ら一体何だ! ここは危ねぇZE!」
思わず叫ぶ麻理奈。
ただでさえわけのわからんことになってるところに謎の集団である。
とりあえず集団の方は人間らしいのだが。
「人!? 真城華代に巻き込まれてないのか!?」
集団の中の、ポニーテールをした少女が叫ぶ。
そんなに以外だったのだろうか、ていうかましろかよって何だろうか。
麻理奈には分からないことだらけだった。
「いちご、どーやら助けなきゃいけないみたいだ」
傍にいた紫の髪の女性が言う。
「ああ分かってる。――けどどうすれば……」
少女達が思案していると、サイボーグの一体が少女達に気付いたらしい、その方向に向かって叫びだした。
「たくさんいるよ!!! たくさんいるよ!!! たくさんいるよ!!!」
その言葉に反応して、殆どのサイボーグが少女達の集団の方へ向く。
「いっ、いちごちゃん! こっち、こっち向いたよっ!!」
ブレザーを着た、別の少女が泣きそうな声で喚く。
見るからにただの女子高生だ。
「くっ……!」
『ゆっくりお縄についてね!!! ゆっくりお縄についてね!!! ゆっくりお縄についてね!!!』
少女達も泥棒とみなしたのか、サイボーグ集団が動き始めた。
「うわあぁあぁぁ!?」
「くっ!?」
「しまったっ!」
次々と捕まる少女達。
「ああぁぁ、何しに来たんだこいつらっ!?」
麻理奈が心の叫びをあげた。
「っ――!!」
緑色の髪をした女性が動こうとする。
しかし、
「やめろみぃ! そいつらは被害者だ! 壊しちゃだめだ!!」
いちごと呼ばれたポニテ少女の言葉に急停止する、みぃなる女性。
「い、いちごちゃぁん、これじゃ仕事どころじゃないよぉっ!!」
「うぐぐぐ……!」


「何なんだあいつら……一体何しに来やがったんだもう……」
なかばボーゼンとしてしまう麻理奈。
「――とにかく、どーにかこのサイボーグを何とかしなきゃ……あああ、でも魔法は使えないし、どーすりゃいーんだZE!?」
考えたところでサイボーグのはがいじめは解けない。
――せめて、せめてこいつだけ元に戻ってくれれば……!
そう麻理奈が考えたとき、それは起きた。
「でええええい、元に戻りやがれえぇぇぇ!!」
そう叫びながら麻理奈がサイボーグを蹴り上げる。
刹那、サイボーグが動きを止めた。そして、
「ゆゆゆゆゆゆゆ……」
奇妙な言葉を発しながら、サイボーグが変化しはじめる。
「な、何だ!?」
見る見るうちにサイボーグは、元の警備員の姿に戻っていった。
「はっ?! ほ、本官は何を……?」
今までの記憶がないらしい。
「てめぇ、いい加減降ろしやがれ!!」
キン☆
警備員の股間を蹴り上げ、麻理奈はやっと開放される。
幸い他のサイボーグの注意は謎の集団の方に向いていた。
「何だ……あたい、ペンダント無しで魔法を使えた……?」
何が起こったのか、麻理奈には分からなかった。
しかし、その光景を見ていた例の集団――ハンター達にはそれが何かわかっていた。
「あれは――ハンター能力!?」
紫の女性が驚きの声を上げる。
「……こんなところにもいたか、仲間が!」
いちごが笑みの混ざった声で言う。
「おい、そこのとんがり帽子!」
「何ィ!?」
いちごの罵声ともとれる呼びかけに、憤怒をもって応える麻理奈。
「あんたのその能力、何か知りたいか?!」
「え……?」
予想外の言葉に、麻理奈は戸惑いの表情を見せる。
「もし教えてほしかったら、こいつらを止めてくれ! 出来るだけ傷つけず!」
「何だと!?」
無理難題をふっかけるいちごだった。
しかし、麻理奈にとっては無理でも難題でもなかったようだ。
「……いいZE、やってやろう。――さっきは驚いてたから使う暇なかったけど、あたいにはまだまだ魔法があるんだZE!」
そう言って、サイボーグの集団の方を向く。
ちなみに元に戻った警備員は気絶したままである。
麻理奈はペンダントを引っつかみ、てっぺんのつまみをいじくる。
そして「星叫」と刻まれた位置に目盛りをあわせた。
「機械専用必殺魔法! 鳴る☆ビィィィィムッ!!」
ピキューン!
若干軽い音を出して、レーザーが麻理奈の指先から放たれる。
「ゆっ!?」
レーザーにあたったサイボーグが、プシューという音とともにパワーが切れたかのごとく動きを止める。
「おお!」
「すご〜い!」
口々に喝采をあげるハンター達。
まるで見世物である。
「でやややややーっ!」
ピキュピキュピキュピキューン!
鳴る☆ビームとやらを連射し、次々と動きを止めていく麻理奈。
ハンター達も一人、二人と自由になっていく。
「とんがり帽子! あのブレザーの子を頼む!」
解放されたいちごが指差す先で、ブレザーの少女が捕まっていた。
「とんがり帽子じゃねえ! あたいは魔法使いだっ! ――鳴る☆ビーム!」
文句を言いつつも少女を解放してあげる麻理奈。
「あー痛かった……」
「大丈夫かあんず? お前の出番だ、やってくれ!!」
「くぅ、ワクワクよりも自分の身よねっ! えーい!!」
いちごの要請に応え気合を入れると、あんずから光が発せられる。
「な、何だ!?」
驚く麻理奈。
「あんたと同じ力さ!」
いちごが軽く説明する。
(同じ力――魔法だって!?)
ちょっと違う。



光が収束する。
全ての光が消え、サイボーグたちは皆もとの姿にもどっていた。
「ううう……何が起きたんだ一体……」
「か、体がだるううぅぅううぅぅ……」
「我々は一体どーしたんだあぁぁあぁ……」
ぐったりと警備員はのびていた。
「ふぅ……一時はどうなるかと思ったよ……」
同じようにぐったりとするハンターの面々+麻理奈。
壮絶だった。
いやもう色んな意味で。
「――で、そこのポニーテール」
いちごといっしょに寝転んでいた麻理奈が言う。
「ん、何だよとんがり帽子」
「だからそう言うなってヴぁ。あんた、さっき言ったよな。あたいのさっきの能力の説明してくれるって」
「あーそうだったな……よっと」
状態を起こし、麻理奈の方を向く。
「あれは一種のハンター能力。俺たちと同じ、『真城華代』に立ち向かう力だ」
「ましろかよって何だ?」
当然の疑問だった。
何も知らない人間には真城華代のことなんてわかるわけがない。
「――ちょっとした困り者さ。そいつのおかげで今回のサイボーグ騒動が起きたわけだ」
「ふぅん……。で、ハンターは?」
同じく状態を起こし、いちごを見る麻理奈。
「俺たち、真城華代に立ち向かうバカヤローの集団さ。俺たちには真城華代の騒動を打ち消す能力と役割がある。――それはどーやら、お前にもあるらしい」
「あたいにも……?」
こくん、とうなずくいちご。
「今回はありがとう。あんたがいなきゃ、俺たちどうなってたか分からない。――もしよかったら、俺たちの仲間にならないか?」
「……」
突然の勧誘。
あまりにも急で、麻理奈の頭の中では整理がつかなかった。
「いや、返事は今じゃなくってもいい。断ったっていいさ。一応名刺渡しとくから、気が向いたら訪ねて来な」
そう言っていちごはズボンのポケットから一枚の名刺を取り出し、麻理奈に手渡した。
「さって、帰るぞみんなー。ごたごたしてると色々面倒だからな」
ぱんぱん、と手を叩き、ハンターメンバーに帰りを促す。
「ういーす」だの「疲れた〜」だの口々に言いながらも帰り支度を始める面々。
「さぁ俺も帰るかな……ん?」
ぐいっとズボンの裾を引っ張られるいちご。
見れば、麻理奈が目を輝かせてそっちを見ていた。
「――ハンターってとこには魔法使いがいっぱいいるんだな? すっげぇあたいワクワクしてきたZE! あたいも混ぜな!」
「ま、魔法使い? いやその」
魔法使いは二人しかいない、そう言い掛けたいちごの言葉を塞ぐように、
「あたいの知らない魔法がまだまだある。きっとハンターってとこはそんな魔法がごろごろしている素敵な場所だZE!!」
すっかり勘違いしていた麻理奈であった。
「……まぁ、入ってくれるってなら歓迎だけどさ」
もはや何も言うまいと呆れるいちごだった。
「じゃぁ行こうぜ。俺たちの基地を紹介してやるよ」
「あ、ちょっと待った」
「ん?」
「忘れ物があったんだZE」



次の日の新聞の一面。
『○○博物館、壊滅! 古書が行方不明に?! 怪盗「魔法使い」の仕業か』/
サブ見出しには『化学実験の結果か? 謎のサイボーグ目撃情報多数』



数日後、ハンター本部。
「あ〜っ、私の八卦鏡がないアル!」
「あれ〜? 僕のマイクロコンピュータもない〜」
「わ、私の愛銃がっ……愛銃が消えてるっ……!」
この所、本部では盗難事件が相次いでいた。
しかし犯人は丸分かりである。
何せ、いつも予告状を残しているのだから。

『麻理奈〜!!』

「盗んだんじゃないZE、死ぬまで借りておくだけだZE☆」

ハンター90号、九麗麻理奈は今日も気ままに空を飛ぶ――。



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