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俺は、エージェントだ。


この大宇宙の秩序に重大な障害を与え得る“異変”を早期に捉え、収束させるのが任務だ。
やりがいのある仕事だが、高度に進化した寿命の長い種族じゃなきゃ出来ねぇ。
なんせ宇宙は広いからな――つまり、俺はいわゆる宇宙人というヤツだ。
そして今回、任務を受けてやってきたのがこの星――地球だ。
この星には様々な並行世界があるんだが、今回やってきた世界はこれまた特殊なところなんだな。
何しろ、他者を性転換する能力を持つ人間がいるんだから。
しかもその一部は、とりわけ強大な力を持っている。
それこそ――文字通り“神”と言えるほどに。

俺は組織の命を受け、この世界の事情と、宇宙への影響を調査するために来たってワケだ。

…………だったはずなんだよ、来た時までは。



ハンターシリーズ159
『哀愁の80号/第2話・ヤオ起動せよ』

作・GmaGDW

 

……だが今の俺には、“ハンター80号”という、別の肩書きが付いている。

ついでに言えば、容姿もかなり変わっちまってる。
ぶっちゃけ……“本来の”俺じゃなくなっちまってる。

要するにどーゆーことかと言うとだな。

身長222cm体重144kgの金髪巨人が、
身長180cm体重XZkgの金髪娘になっちまってる――しかも童顔の。

……まぁ、女としちゃでかい方には違いないんだけどな――因みに体重は機密事項だ。
いや、別にバラしても俺的には全然構わないんだが、空気ってモンがあるだろ?

俺がこうなったのはもちろん“あの娘”の影響だ。
今回のリサーチの対象だった、性転換能力者の中の特殊個体“真城華代”。
ほぼ同時に起きたワケの分からんトラブルに便乗するみたいに、俺の姿を変えやがった。
……くそぅ、全くいいタイミングで来やがって。

何、ワケの分からんトラブルって何だって?……第1話参照だ、説明する気にもなれん。

……まぁそういう経緯で、この“ハンター組織”のお世話になることになったってワケだ。
ナンバーは本名のパドルを適当にもじってつけてる……なんでも、この組織の慣習だそうだ。
まぁ何だ、そのナンバーがちょうど空白だったのも事実なんだけどな。
正式なハンター要員ではなく、リサーチが済み元に戻るまでの暫定要員だ。
……ということになってるはずだ、多分。

――――もっとも、いつ戻れるかは俺にも分からんのだが。

☆★☆★☆★☆

俺は今、組織から借りた自室で瞑想している。
自分に出来ることをチェックするためにな……要は一種のイメージトレーニングだ。
あの時、俺なりに精一杯抵抗した結果、いわゆる女子高生とか幼女にはならずに済んだ。

…………まぁ、それでもこのザマなんだが(--;)
をぃそこ、笑うんじゃねぇよ。

瞑想の結果、ひとまず元の能力の10%くらいは使えるらしいことが分かった。
……いや、10%ねぇかもな、出力的に見れば。

しかもだ、本来デフォルトで解放できた力なのに、結構強く意識しないと使えなくなってるみたいだ。
“思念センサー”――要するに一種の感知能力だ――の影響半径も、かなり狭まっている。
前は軽く意識さえすれば、半係数kmの空間を簡単に把握できたモンだが、今は頭が割れるくらい頑張っても、せいぜい1km以内……ま、それでも常人よりは鋭いだろうがね。
体質も弄られた所為だろうか……恐らく、遺伝子構造も本来の俺とは違ってるはずだ。

進化した宇宙種族の体を、本人の抵抗を無視してここまで変えられるわけだから、普通の人間など、文字通り手も足も出んだろうな……組織に被害者が多いわけだよ。
何しろ相手は、“神の力を持った魔女っ娘”なんだから。

あーもーいっそ、俺自身の体験談で報告書仕上げちまおうか。
……と言いたい所なんだが、無理だな、多分。


何せ今の俺は、ちょっとばかり感知能力が突出(普通の人間に比べて)してるだけの長身娘だ。
我ながらほとんど原形留めちゃいねぇ……第一、どうやって本部に帰るんだ?
――あ、この場合の本部ってのは宇宙の方な。
本来の俺なら、転送元の宇宙船をテレパシー波で呼び寄せることもできるんだが、今は出来ない。
何て言ったらいいのか……星の見えない空を見上げてるみたいな気分だ。
突然近眼になった時の戸惑いに似ている――かも知れないかな……ちょっと違うか?まぁ気にするな。

……今悩んだって仕方ないことなんだがね。


――ん?どうやら、招集がかかったらしい。

  :
  :
  :

「あーら、ヤオちゃんじゃないの、この部屋だったのね♪」
自室から出て指令室に向かおうとした俺の肩を、誰かがぽんと叩いた。
触った相手を女性化できる女性ハンター……3号こと藤美珊瑚だ。
もっとも今の俺を触ったところで、別に何も起きないんだが……既に女だからな、体は。

――――それにしても、だ。

「ヤオ……って、俺が?」
「そ♪ ハンター80号だからヤオ、どー見たってパドルって柄じゃないでしょーが」
「ヤオ、ねぇ……」
「あーによ、冷めた顔しちゃって、可愛い顔が台無しよ?」
「……余計なお世話だと思うがね」

こちとら、好きで長身童顔の金髪娘になったんじゃねぇ。

「そうやって突っぱねるところが1号そっくりねぇ、それも可愛いんだけど」

被害者で遊ぶんじゃない、こっちの身にもなってみろ。
ま、彼女がこういう性格ってのは、初めて会った時から何となく分かってたが。
1号だったか……彼女も大変だな、こういうキャラが相手だと。

「あ、早く行かないとボスに怒られますよ?」
「そうね、じゃあ行こっかヤオちゃん♪」

横からひょいと顔を出してきたのは万年能天気男――は失礼か? つまり5号だ。
あのいちごとかいう娘……つまり1号にベタ惚れらしい、平和なヤツだよな。
例の真城華代と何度も遭遇しているそうだが、聞くところによると被害に会ったことは皆無だそうだ。
まったくその強運、俺にも少し分けて欲しいもんだね……まぁ、今更遅いか。

「ヤオちゃんですか、可愛い名前ですね♪」

素で言ってんのかコイツ…………言ってんだろうな、多分。


☆★☆★☆★☆


俺のハンターとしての初任務は、集団性転換現象に巻き込まれた、とある施設の人間の還元措置だった。
俺の他に1号や5号、その他2人ほどがライトバンに便乗し、現場に来ている。
大多数のハンターの大多数の仕事は、まぁ大体こんな感じらしい。

……あ、こんな感じっても、集団性転換が頻繁に起きてるわけじゃねぇから念のため。
多分……頻繁には起きてない……ハズだよな?

因みに……3号もついてくるのかと思いきや、どうも別件の任務だったらしく、ここにはいない。
つーことは何か、俺をおちょくるためにわざわざ部屋の前に来たってーのか?
だとしたら、関心できん趣味だな。


ハンターってのは元々、真城華代みたいな特殊個体を捕捉して“無害化”するのが使命なんだが、最重要ターゲットと遭遇することはそんなには無いらしい――まぁ、そりゃそうか。
それこそ悩みという名の“隙”を見せたり、意図的に誘わん限り、向こうも動くまいなぁ。
……つまり結果として、彼女らがしでかした迷惑な騒動の“後始末”が主な任務になってるワケだ。
まぁ……向こうにしてみりゃ善意なんだろうが、はた迷惑なお節介以外の何モンでもない。
規模次第じゃ、そのお節介は文字通り“災害”として猛威を振るうことになる。

そもそもなんで、依頼の解決策が全部性転換なんだ?

………………考えるだけ野暮か。

俺は元々この星の人間じゃないが、持ってる力をそれなりに応用することで、被害者たちを還元し、元に戻すことは可能だと分かったわけなんだが……
…………自分は戻せないんだよな、これが。

1号をはじめ、被害に巻き込まれたハンターもどうやらそうらしいが……俺とは多分、事情が違う。
単純に性転換されただけだったら、元に戻ることは多分もっと容易だっただろう。
俺の種族は元々、自分の体質を操作する能力を持っていたからだ。
俺が今持ってるハンター能力だって、突き詰めればこの能力の応用と言っていい。
……もっとも、他人に使ったのは昨日が初めてだがな。

種族が変わってなきゃ、それが今もできたはず――だが、遺伝子が変質したとなると話は別だ。
それでいて、他者還元能力だけ残ってるんだから、皮肉としか言えない。
本来の俺はエージェントとして色々な装備も持ってたんだが、変身させられた時点で全部パアだ。

そう……今着てるスーツに入ってるのは、彼女――真城華代の名刺だけ。
因みに今も入ってる……何となく、捨てる気になれなくてね。


現場は大層な混乱だった。

この施設、どうやら硬派な男ばかりが集まる、一種の警備会社だったらしいが。
それが一瞬で、か弱い少女ばかりの女子寮みたいな施設に変えられてしまったようだ。
職員の一人が軽率に「最近ハードだし、たまにはこっちも守られてみたい」なんて言ったらしい。
その気持ちも理解できなくは無いが、言った相手が悪すぎたようだな?

……というか、一般社会にはこの種の問題は認識されてないのか?
こういう事態って、放置も出来ないと思うんだがなぁ。
そもそもお前らなぁ、警備会社の職員だろ?……そんなに無防備でいいのかよ。
つい昨日だって、○○地区で集団性転換事件が起きてるんだぞ?しかも1000人単位で。
事件が起きたことぐらい聞いてるだろうに……まったく、少しは学習して欲しいもんだ。


……まぁ、俺が言えた義理でもないか。


それにしても、いやはや大したもんだよ、まったく。
……どうやら例の“特殊個体”は、その気になれば何でも自在に変えられるらしい。
自分が遭遇した時から、性転換が出来るだけの相手じゃないとは何気に思っていたが……
まさか、建物ごと別個のモンに変えるとは。

いや……その気になれば世界ごと変えることも、可能なのかも知れんな。
常人に毛が生えたようなハンターにそもそも、太刀打ちできるような存在ではないのかも知れん……

ふと――弱気とも言えるそんな感情が、コンパクトになっちまった胸の中を駆け抜ける。


「何も心配することはない……大丈夫、落ち着いて」

状況が理解できずにおろおろしている少女たちを、俺は他のハンターと一緒に一人ずつ“還元”していく。
目の前で、可憐な女子高生が逞しい警備員に戻っていく様は、見ていてなかなか滑稽だ。
……と同時に、自分が同じように戻れない一抹の寂しさもあるのだが。

「……あ、ありがとうございます……お、お嬢さん」

お嬢さん、ねぇ……俺も元に戻ったら、あんたら以上にゴツい大男なんだがな。


少し向こうでは、仕事を終えた1号が、メンバーを乗せてきたライトバンに戻りつつある。
ふと、彼女と目が合った……1号――いちごはにやっ、と笑って口を開いた。

「――ご苦労さん、うちの仕事に問題はなさそうだな?」
「まぁ、ね……この程度なら、特にどうということはないだろう」
「いやいや、初めての仕事でここまでこなせたら十分ですよヤオちゃん、なぁいちご?」
「ま、まぁ、そうだな……帰るぞ?」

すっかり誰かさんが付けた“ヤオちゃん”が定着したらしい……のん気なもんだな全く。


☆★☆★☆★☆


「えーと、シャワールームは……ここか。――おっと、そういや真城華代被害者用の方を使ってくれといわれていたんだったな」

そう言えば、こっちの世界に来てから汗を流すのは初めてだな。
……よもや、こんな姿で汗を流すことになるとは思わなかったが。

今俺が着ている服は、事実上華代から与えられたものだ。
ボディラインにフィットした、青みがかった黒っぽいスーツと、緑がかった黒いシャツ。
ふーむ……スーツの下は白っぽいカッターシャツでもいいかもな。

…………って、何を考えとるんだ俺は(--;)

スーツとシャツを脱ぐと、素の体が姿を現す……いやもちろん、インナーは着ているが。
あ、もちろん、インナーもちゃんと女性用になってるぞ?
まったく、いいセンスをしてるよ、あの娘は……てか、本当に年齢相応の娘か?
理屈を云々しても始まらんのだろうが、ツッコミ所満載ってのはまさにこのことだ。

脱衣室に掛けられた鏡に映るのは、長身だがどこか童顔の金髪少女。
金髪だが顔立ちはアジア系だ……まぁ元々、西洋系の人相じゃなかったが。
……その顔の前に、どういうわけか触覚みたいに、一束の髪が長く飛び出ている。
首を振ると、視界の中でその髪がゆらゆらと、まるで柳の葉のように揺れる。

体の方を観察してみる……いや取り敢えず、この体で生活せんといかんからな。

細くくびれた腰、決して大きくはないが、それなりに形のいい胸。
この少女が、俺――ほんの12時間前まで宇宙人の、それも身長2mを優に超す大男だったんだからなぁ。
元々色白だが、この容姿になってからそいつに拍車が掛けられたようだ。
……紫外線に弱いかも知れんな、この体は。

体のどこを触っても、本来の俺なら絶対あり得なさそうな、ぷにぷにとした柔らかい感触が伝わってくる……
筋肉の線などどこへやら、だ。
長身だが、手足はかなり細くなっている……特に腕は本来の姿の半分もないかも知れん。
――部屋に雑品を運び込んだ際、やけに重く感じたのはこの所為か。
他の性転換ハンターに遅れを取っちゃいかんな、鍛え直した方がいいか……

……考えていても始まらんな、とっとと汗を流してしまおう。
――ん? おっと、先客がいたか。

スマートなシルエット、長い黒髪……髪留めは取っ払っちゃいるが、間違いなく1号だ。
向こうも俺に気付いたようだ。

「……あぁ、あんたか」
「隣、使ってもいいかな?」
「もちろん」

俺は一枚の仕切りを挟んだ、隣のシャワーを使うことにした。
……考えてみれば奇妙な光景だな。
一見、二人の少女がシャワーを浴びているだけだが、実はどっちも元男なんだから。
まぁ俺の場合、男と言っても“宇宙人”だったわけなんだが。
しかも1号も、元はかなり大柄だったと聞いている。
今も小柄な方じゃないが、サイズは完全に女子高生のそれだ……実質、俺より頭ひとつぐらい低い。

「80号は背が高いな」
「もうヤオでいい……これでも元から40cmは縮んだんだがね」
「それでも俺よりは高い――だったら、あんたも俺をいちごと呼べばいい」

お互い、視線を交わすことなく、淡々とした会話が続く。
こういう会話の雰囲気だけを見れば、男共のそれと差はないのだろうが。

「そうか……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ――いちご」
「あぁ……それにしても、ヤオは冷静だな」
「そうでもない……変わった直後は結構動揺した」
「今は動揺していないみたいだが?」
「いつまでも動揺していても仕方がないからな」
「確かにそうだが……いや、そうだな」

1号――いちごが苦笑した。

言いたいことは多分、分かる。
それでも慣れない体に戸惑うのが普通じゃないのかと。
正直戸惑いはあるが……この辺は性格かもな。

元々、多少の体質操作能力を持った種族だったことも、動揺が少ない原因の一つなのかも知れん。
ハンター能力も、この体質操作能力を応用して自分以外に使っているようなもの。
この体になってもその能力はあるのに、自分の体質を弄れないのは皮肉というしかないが。

「ヤオは前向きなんだな」
「後ろ向きで務まるような職業じゃなかった、とだけ言っておくよ」

手の中でボディソープの泡をこねながら、俺はそう言った。
俺が今までやってきたことを詳しく言っても、いちごには十分理解できないだろう。
いや、いちごに限った話じゃないなこれは……地球人には、と言うべきだったか。

宇宙人や怪獣や異次元の魔物を、何度も相手にしてきたような職業だからな。
すぐに後ろ向きになるような性格なら、今頃完全に潰れている。
ハンター組織も超常現象と向き合う裏組織だが、対応すべき要素の数や種類が多分、色々と違うだろう。
もちろん――俺もハンター組織から見れば“初心者”なのだろうが。
再びシャワーで、今度は泡を流す。
もう少し念入りに洗うべきだったのかも知れんが、少女のライフスタイルまではインプットされていないんだから仕方がない。
アドバイスがあれば、ありがたく受けさせて頂きたいが。


――と、その時だった。


気配を感じた……いちごも感じたようだ。

「――このシャワー室は真城華代被害者用だったよな?」
「あぁ、そのはずだ」

脱衣室の端に、二つの気配を感じる。
なって年季の経っているりくや燈子ならこんなにこそこそとは動かないだろうし、着替えを恥しがるような奴らはいまは出払っていた筈……
――つまり“侵入者”だ。
本来のそれに比べ、俺の能力は著しく限定的になっているが、それでも普通の人間に比べれば、はるかに感知能力は高いはずだ。

「思い当たりは?」
「……あるぜ、ちょうど二人だ」

小声でいちごと言葉を交わす。
一人の気配が、微妙に変わった――さては、気付かれたことを察したか。
相変わらず“いい目”だな……もっと有意義なことに使って欲しいもんだが。
もう一人の気配は変わらない――この性格じゃなきゃ、こいつももっと進化できるのに、残念だな。

いちごはバスタオルをしっかりと巻き、既に臨戦態勢だ。
俺は耳を澄ます……感知能力を最大限に高め、二人の会話を傍受する。

「……なんだよ、もう行くのか?」
「気付かれた可能性が高い、殺される前に出る。いたいならいてもいいぞ、命は保証できないが」
「や、やばいじゃないかっ! お、おいらも出るっ!」
「おい押すな、一度に二人が出られる扉じゃ……お、落ち着くんだ、冷静に――」

「そうだよな、ハンターなら冷静でなきゃな?」

その声にぴたっ、と二人の侵入者の動きが止まった。
侵入者の背後、シャワー室の扉が開かれ、指をポキポキと鳴らすバスタオル姿の少女――いちご。
二人の顔に、ダラダラと脂汗が流れ落ちるのが分かった。
その脂汗はシャワーで流すべきだと思うが、すぐには流せそうにないな。

……まずは止血が先のようだ。

5号はいちご目的、7号は売却目的の盗撮といった所か。
まったく、噂通りのいちごマニアに守銭奴だなぁ――5号、7号。


「い、いや違うんです1号、こ、これには海よりも深い壮大な理由が!」
「ふぶっ……い、いちご、おいらはただ、7号が何をしてるのか興味を持っただけで……」


「問・答・無・用♪」

「「ぎゃあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」


シャワー室に轟音と悲鳴が響き渡った。
……もっとも、5号は殴られる前に出血していたようだが。
俺は湯煙で霞む、シャワールームの中から手を合わせた。
色欲というのは恐ろしいな、ご愁傷様だ二人とも……相手を間違えたと思って諦めてくれ。


☆★☆★☆★☆


ハンター本部ビル一階のカフェ。
先日お邪魔した時は本来の姿で、サンドイッチをご馳走になったところだ。
昔は地下にあったそうだが、一般客が増えたのを機に移設したらしい。
あの時、組織の人間で俺に初めて声を掛けたのが7号だったか――今は医務室だが。

窓際の席で、丼のようなでかいパフェを黙々とほおばる少女がいる。
確か彼女も組織の人間――28号だったか……前もこの席でパフェを食べていたな。
彼女も真城華代によって変身した元・男らしいが、女性化は前から望んでいたという変り種だそうだ。
極端な甘党だということだが、俺にとってはそれよりも、あの華奢な体のどこにあの“丼パフェ”が入るのか、そっちの方が興味深い。

……どこかにカロリーが移動するマイクロ・ワームホールでも開いてるとしか思えん。

「あ、えーと80号さんでしたっけ……こんにちわですっ」
「あぁ、こちらこそよろしく28号」
「双葉でいいですよぉ、良かったらどうですかパフェ♪」
「……いや、俺は遠慮しとくよ」

元々俺は甘党じゃない――1号もそうらしいが……いや、味覚が変わったんだっけな?
……というか、それ以前にこのパフェは見ただけで○ップが出る。


見渡してみれば、今日は組織の人間が数多く来店しているようだ。
初めて来た時は外からの客がほとんどだった気がするが。

まだ全員の顔を知っているわけじゃないが……
例えば向こうの席にいる白髪の青年と黒髪の少女は14号と31号。
14号――石川恭介は大財閥の御曹司にして、ハンター組織の頭脳という何でもありなキャラだが……
ま、俺が言えた義理でもないよな。
31号――石川美依は14号の親戚を名乗っているそうだが、実は14号が作ったアンドロイドだと聞く。
テーブルを挟んで14号と談笑している姿は、ただの少女にしか見えないけどな。
人格や自我も備わっているようだ……地球の科学力も中々捨てたモンじゃない。
14号が俺に気付いて手を振った。

「や、君がウワサの宇宙人だね♪ 確かここでの名前はヤオだったか」
「はは……“そっちの名前”ももう広まっているんですね……取り敢えず、よろしく。
 ――5号を待っているようだが、彼はしばらく来ませんよ」
「シャワー室に入った1号を追って、7号共々撃沈されたらしいね♪ まぁ不運だったとしか言えないな」

……情報収集が早いな、まだ数分前の出来事のはずだが。

「はぁー、5号さんもよっぽど1号さんが好きなんですねぇ」
「済まないっすね、あんたのいい話し相手だというのは聞いてたんだが」
「不可抗力だと思うしかないかなこの場合は♪ まぁ5号のことだ、明日には回復してるよ」

確かに殴られても懲りない上に、回復が早いというのは聞いたが……愛の力かはたまた特異体質か。
……いや、医務室には天才的な外科医がいるそうだから、その所為かもな。

「……それで1号は引きこもっているのか……直接裸を見られたわけでもなかろうに」

「あ、燈子さんこんにちわですっ」
「それがねぇ、話だと倒れ掛かった5号が、1号のバスタオルを剥ぎかけたようだよ♪」

横から会話に割り込んできたのは、確か10号――半田燈子だったか。
元熱血教官が華代の力でスパルタ女教師になったそうだが、余り“中身”は変わってないと見た。
男の時の人格が丸々残ってるという意味じゃ、俺や1号と同じだな。

因みに14号が聞いた話は事実だ。
そんな状況で更に興奮した5号がいちごに向かって“噴水のように”出血し、返り血を浴びたいちごが半分パニック状態で5号をコークスクリューで叩き伏せて、茹でダコみたいな顔で脱衣室を飛び出していったんだよな。
5号は華代遭遇に関しちゃ類稀なるラッキーボーイだが、いちごに関しちゃその真逆だと言うしかねぇな、まったく。

……まぁアレだ、運気ってのもバランスを取るようになってるんだろう。

「あんたが80号か……○○地区に出現した怪物を一撃で倒したというのは本当か?」
「初めまして10号……いや残念ながら一撃ではない、結果的に倒すことができたのは事実ですがね。 ……それに、そいつはもう今の俺には余り関係ないかも知れない」
「あぁ、そうか……華代被害に関しては不運だったようだな…… まぁ、私も偉そうに言えた義理ではないが」
「……いい勉強になった、と解釈させてもらいますよ」

「そう言えば10号、今日は子守をしなくていいのかい?」
「……伊奈なら昼寝の最中だ……そうそう、忘れるところだった。14号、いい加減子供にナイフを持たせるな、特に伊奈の場合は危険だろう、組織の戦力低下を招いたらどうする?」
「うーん、面目ない、彼女ならいい使い手になるかもと思ったんだけどねぇ……てか、モデルガンだったら別にいいのかい?」
「……い、いやっ……あ、あの件はこっちの勘違いで……」

伊奈……確か17号のことだったな。
元サイコパスの要注意ハンターが華代に遭遇して身も心も少女化したが、ナイフを持って再び昔の嗜好が蘇ったとか。
誰彼構わず切りかかってくるそうだな……いったい、誰が最初にスカウトしたんだかそんなのを。

と、立ち話ばかりもいかんな、ひとまず空いた席を確保するか。


☆★☆★☆★☆


「そう言えば80号、宇宙の最先端テクノロジーと言うのはどういうものなんだい?」
「んー、そいつは……余りおおっぴらには言えないでしょ、やっぱり…… 突出したテクノロジーは世界を危険に曝しますからね」

特に子供にナイフを貸し出すような科学者が知ると――と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
……というか、何故14号が俺のテーブルにいるのだろう?
科学者の好奇心というヤツか、はたまたただの気まぐれか。
“愛娘”は別のテーブルで談笑中のようだ。

「まぁ確かに、今の地球にとってはオーバーサイエンスになるのかな」
「限定的なことしか言えないが、基本はあんたたちが知ってるものと同じっすよ。違うのは用いる要素と素材だってことです」
「特殊相対論では光速度以上の速度が達成し得ないわけだけど、その辺はどうなの?」
「超光速を実現するために必要なパラメーターを、人類がまだ見つけていないとしたら? 科学は基本的に、想定内の事象しか説明できないでしょう」
「あ、なるほど……まぁ確かにそいつは否定できないかもなぁ」
「それに……この世界では、過去に時空の穴が口を開いたケースが幾つかあるのでしょ? 現在の地球の科学理論では、ワームホールの存在を説明はできても、そのワームホールに質量を持つ物質を通すことは無理だと考えられているはずじゃ?」
「ふむふむ、確かにね……いや、最近じゃ、必ずしも不可能じゃないって説もあるらしいよ」

……どうやら、一応は前者らしい。


「あ、あの、アイスコーヒー、お持ちしました」

二人で“科学談義”していると、ウェイトレスが注文の品を持ってきた。
どことなく応対がぎこちないなと思って顔を見ると、中学生ぐらいの銀髪の少女だった。
この組織が何の理由もなく、年端も行かない少女をウェイトレスに雇うとも思えない。
……多分、彼女も“被害者”なのだろう。

「あ、あぁ……ありがとう」
「大分慣れてきたよねぇ、疾風ちゃんも♪」
「…………そ、それではっ」

疾風と呼ばれた“少女”は一瞬14号を睨むと、そそくさと立ち去った。
ありゃもう間違いないな……14号を睨んだ時など、年頃の少女の目じゃなかった。

昨日寝る前にやった“初期調査”では、ハンターの正規要員ではない“居候”が何人かいることが分かっている。
……そして、その居候の内数人は、性転換した元男や不随意に性転換する特異体質を持つ者達だ。
もっともその他方、事務職専門の女性職員も何人かいるようだが……

うーん、やっぱりこの開放感は秘密組織らしからぬところがあるなぁ。
今更なのかも知れんが……何、初期調査って何の話だって?
資料室を覗いたんだよ、ハンター要員登録と引き換えに閲覧許可をもらってるんでね。
昨日ボスが言った“調査協力”ってのはそういうことだ。

「……へぇ、80号はブラックで飲むのかい?」
「フレッシュは入れるがね、シロップは入れないな……砂糖の取り過ぎは余り良くないだろう?」
「まぁ、女性が甘党っていうのも確かに絶対法則じゃないけどね……」
「といっても別に、苦いのが好きだというわけでもないがね」

フォローしておけば、この嗜好は本来の体だった頃から変わってないつもりだ。
多少、甘いものに関心が沸くようになった気はするが、それも程度もの。
……ついでに言えば、さっき見た“丼パフェ”の余韻も残ってるしな。
そう言えば28号は……いなくなったな。
あの特大パフェをもう平らげたか、恐るべき胃袋だ……やっぱり異空間に穴でも開いてるんだろうか?

――ふむ、いい豆を使っているな、ここのコーヒーは。
フレッシュもコーヒーの風味を消していない……料理人の質も高いようだ。


……あぁそうか、初めて来た時は、満足に味わう前に騒動に巻き込まれたんだったな。
その時だった……にわかにバタバタと、軽い足音が耳元で聞こえた。

「――ねぇねぇ、あんたがウワサの宇宙人?」
「(^^;)……君は?」

ほとんど唐突に、半ば飛び込むように、高校生くらいの少女が俺に話しかけてきた。
よく見れば、その隣にさっきの28号――なるほど、席にいなかったのは友人が来た所為か。
確かこの少女は……11号――飯田あんずだったか。
28号――半田双葉の同級生で、爆発的な潜在能力を秘める非常勤ハンターらしいが。

昨日の事件の際は、ちょうど授業中で現場に急行できなかったらしい……まぁ昼だったしな。
彼女が参戦してたら、俺が娘化することもなかったと思えば、皮肉に感じてくるが。

「凄い超能力あるんだって?UFOはどこに隠してるの?秘密兵器とか持ってるの?」
「あんず……いきなり押しかけたら失礼じゃない?」
「まぁ、好奇心旺盛なのはいいことだが……済まない、今は人間なんだ。 元宇宙人なのは認めるが……そう、華代の影響でね」
「えぇ〜? つまんないのぉ」

……女子高生とかいうヤツのパワーは凄いな。強引な所がある意味、華代に似ている。


気付けば、日が傾いていた。
オレンジ色の西日がカフェの中に長く、深い影を落としつつある。
カラスの鳴き声がかすかに、遠い空から西日に乗るかのように聞こえてきた。
さて……一日というのは、こんなに速く過ぎ去るものだったか。
この体になってから、時差ボケでも生じたかな?

もうちょっとで夕食の時間だな……仕方ない、残りの資料の閲覧は明日に回すか。
そう言えばいちごは料理上手だと聞いたな……よし、あとで激励ついでに覗いてみよう。


☆★☆★☆★☆


「……ボス、1号のことなんですが……」
「何だ、まだ一日目だろう? いつものことだ、初日ぐらいそっとしておいてやれ」
「ボスにしては珍しいですね……あ、いえっ、な、何でもないです」

「……ワンパターンもアレだからな。 ――で、1号がどうかしたか?」
「あ、はい、さっき部屋の横を通ったら、何やら会話しているような声が聞こえたもので」
「引き篭もってる時はひとりごとも言うもんじゃないのか?」
「いえそれが、どうやら80号が部屋に入って行ったようで」
「あの元宇宙人か……1号もよく入れたな」
「7号が言うには、シャワー室でも二人が会話していたそうで」
「ほぉ……なら、今回の引き篭もりは最短記録になるかも知れんな」

「……7号がそこに居合わせたことについては不問なんですね」
「ななちゃんはもう罰を受けたんだろう?さっき医務室から出てきたそうじゃないか」
「5号も一緒にいたらしいんですが、まだ治療中のようですね……」
「そいつもいつものことだ、明日には何事もなくやってるさ」


☆★☆★☆★☆


「……いちご、この子供は?」

1号の部屋で、夕食を馳走になった直後のことだ。
俺はふと、部屋の隅に置いてある、乳幼児用のベッドを覗き込んだ。
ベッドの上には、桃色の服と“ひめ”と書かれたよだれかけが可愛らしい、乳児が一人。
「まさかとは思うが……」
「ち、違うよ、当たり前だろ!?……その、ひ、拾ったんだ、任務の途中で」
「捨て子か……最低の親だな、まったく……あ、いや、いちごのことじゃなくてな?」
「……言わなくてもいい、分かってる」

ベッド脇の会話が五月蠅かったからか、その乳児――ひめが目を覚ました。
途端に、遠慮なく泣き出す……しまったな、もう少し気を使うべきだった。

「ふえぇぇぇぇぇぇ」

「っと、起こしちまったらしい……済まん」
「あぁ、別にいいよ……どーせ飯時だ、ちょうど良かった」
「そうか……と、おいおい泣くな、俺が悪かったよ」

戸惑ってる俺を横目に、いちごは慣れた手つきで哺乳瓶を温め始めた。
見様見真似でひめを抱き起こし、あやしてみるが……案の定、泣き止まない。
仕方ねぇだろ、子育てなんかしたことねぇんだから……どーせ営業スマイルだよ。

その時ふと――ひめが泣き止んだ。
やっと慣れてくれたのかと、俺が思った――その直後。


「ふみゅ」


俺の胸元にぱくり、とピンク色の唇が吸い付いた。


「…………」
「…………」


予想していなかった事態に硬直する……いちごも思わず、沈黙した。

「ふにゅ……ふぇ、ふぇぇ」

ひめはしばらく口をもごもごさせていたが、反応がないと分かるや、またもやぐずり出した。
気を取り直すように、いちごが哺乳瓶を片手に俺に声をかけた。

「……ヤオ、ひめをこっちに……後は俺がやるから」
「お……応、済まんな……ほら、お母さんだぞ」
「…………」
「いやっそのっ……わ、悪い……この子の育ての親って意味だったんだが……」
「分かってる……俺がその言葉に慣れてないだけだ、俺こそ済まない」

複雑な表情でひめを抱き、哺乳瓶を傾けるいちご。
傍目から見れば完全に母親だが……いや言わねぇぞ、さすがにまずいからな。

に、しても……まさか“俺の”に食いつくとは。
そうだよな、俺も今は“肉体的には”女性なワケで……あり得ないわけじゃない、うん。

「あ、俺……もう戻るよ……ご馳走さん、今日はありがとな」
「いや……別に。他の連中にもやってることだし」

第三者が横から眺めてるのは、余り良くないだろう……俺は部屋を出ることにした。


――ん?
なんか気配がするな。


俺が気配に気づき、扉を開けたその直後。

「うわっっ!?」
「ぬぉぉっっ!?」
「あいだっ」

どたどた、と玄関に転がり込んでくる屈強な男たち。
……まさか、こいつら。

「…………」
「…………」
「んぐんぐ?」

俺といちごは沈黙する……ひめがミルクを飲む音だけが静かに響く。
ややあって……

「……い、いちご……お、お母さんって、やっぱり……」
「そ……その態勢は……ま、紛れもなく……」
「うぅぅ、何故なんだぁ……」

――だあぁぁぁぁっっ、やっぱりかっっ!!?

いちごの心が凍ったような気がした……いや、振り向くまでもねぇ。
やっぱり……あのセリフは言うべきじゃなかった!

「あのな……あくまでも育ての親って意味だからな……誤解するなよ」
「そ、そんなこと言って……ほんとは分かってるんじゃないのか80号?」
「……分かってるって、何が?」
「あんた、元宇宙人だろ?……超能力とかでよぉ、いちごの相手の正体を――」


――ゴスッッ


気付いたら、俺はそいつを殴り倒してた。

いや、多分……正当防衛だよな?
直接襲われたわけじゃねぇが、精神衛生上の問題とゆーかなんつーか。


「おい、あんたら……ちょっと付き合え」


せっかく、いちごのわだかまりを解こうとしていたのに余計なことを。
つーかお前らも、同胞の傷を広げるような行為に走ってどーすんだ。

ちょうどいい、この際だ……俺がその根性、叩き直してやる。


☆★☆★☆★☆


再び、ボスの部屋。

「……ところで、どうして医務室の患者が増えとるんだ?」
「いや……80号にやられたらしくて」
「今度はあの80号か……」
「80号が言うには『1号の誤解を押し広げるような行為をした』らしく」
「……今に始まったことじゃないがな……それで結局1号は引き籠ったのか。
 ん?ちょっと待て……ってことは、80号も医務室にいたのか?」
「はぁ……どうやら殴り過ぎて、拳を痛めたようです」
「元々、格闘系だったみたいだからな80号も……まぁ、軽傷なら問題ない。
 自分がボコったエージェントの穴を埋めてもらうとしよう」


≪あとがき≫

ども、隠れいちごファンの(それはもぅえぇ)GmaGDWで御座います。
えぇーと、はっきりしたオチのないダラダラした第2話ですいません(滝汗)
「ヤオってこんなヤツなんだよ」ってな説明を兼ねた日常エピソードにしようと思ったんですが(猛汗)

カメオ出演?の皆様ってこんなキャラで良かったのかしらとか(汗)、
ヤオってば新人ハンターの癖して態度でか過ぎとちゃうやろかとか(爆汗)、
我が子可愛さで生意気な設定になってへんやろかとか(ナイアガラ汗)

もう心配事だらけですがひとまず投下させて頂きます(土下座)
……まずは組織に溶け込めないとアレですので(イグアス汗)
え、いちごちゃんの露出が多い?だって好きなんだもんw

りくちゃん燈子さん疾風ちゃんナオたん等々、俺っ娘同盟組ませたいぐらいで(待てコラ)


最後に、5号と7号を生贄にしてすいません(爆砕)でわ。


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