←前へ 次へ→

 真夜中のマンションの屋上に、月明かりに照らされ浮かぶ人影があった。
 その人影は、街の灯を見下ろしていた少女だった。
「ふっ、行くよ」
 少女は飛び上がり、夜の街に消えて行った。

ハンターシリーズ171
『月下の少女』

作・からさぶろう

 

 「ピピピピピピピ……」
 目覚ましのアラーム音が鳴ったので、慌てて時計を見ると7時30分を過ぎていた。
 「やっやばい、遅刻する〜」
 高校編入初日だというのに、いきなり遅刻というのはいくら何でもまずい。
 俺は飛び起き、壁に掛けてあったブラウスとプリーツスカート、ブレザーの制服に着替える。
 髪もツインテールしなけばいけないので、整えるのに一苦労する。
 最後に靴下を穿いて一丁あがり、と。
 ほんと、女の子の身支度というのは大変だ。
 俺は朝食もほどほどに済ませ、急いで靴を履き、通学カバンを手にして家を出た。
 それにしても、何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないのか……

 それは、先日俺が参加したパロディー作品をメインに扱う同人誌即売会でのことだった。
 俺は、本当は柿元翔(しょう)という男子大学生だが、そこで出会った「真城華代」という少女によって16歳の女の子にされてしまった。しかも魔法少女へ、だ。
 「あの時、余計なことを喋らなければ……」と後悔しているが、その時のことは機会があれば紹介しよう。
 ちなみに、女の子にされてしまったその日に鏡で確かめたのだが、変身した俺は人気のアニメ番組、「魔法少女ホーリ・エンジェルサーヤー」の主人公に似ていた。
 年齢とこの姿にされたおかげで、俺は大学に通うことはできなくなってしまった。
 だから、「垣元沙耶」という名前でとある単位制高校へ編入することにした、というわけだ。


 「始業時間に間に合うだろうか?」と焦りながらも、何とかその少し前に学校へ到着。
 上履きに履き替え、まずは職員室へ。
 そろりとドアを開け、近くにいた人に「おはようございます。今日からお世話になる垣元です。」と声を掛けると、「中に入ってちょっと待ってて」と言われたのでそれに従う。
 しばらくすると、校長と担任の先生がやってきたので、お互いの挨拶と自己紹介を行った。
 このあたりは儀礼なので、だいたい分かってもらえるだろう。
 ショートホームルームの時間が迫っていたので、それらが済んだらすぐに担任の先生に連れられ、教室へと向かった。

 教室に入り、担任が生徒に挨拶をしたあと、俺はその前に立たされて自己紹介をさせられた。
 多くの人にじっと見られるだけでも緊張するのに、ましてや今の俺は女の子だから恥ずかしさと相まって余計に緊張する。
 「はじめまして、垣元沙耶です。趣味は、マンガを描くことと甘い物を食べることです。よろしくお願いします。」
 緊張しながらも自己紹介を終え、案内された席に着くが、男共のぎらついた視線を感じる……
 つい先日まで男だった俺が、男共、それも年下の奴らに「同い年の女の子」として見られるなんて、まるで拷問としか言いようがない。

 ショートホームルームが終わり、授業へと進んでいく。
 もともと大学生ということもあって、授業そのものは復習なので比較的楽だったけど、休憩時間には男共が「どこに住んでるの?」「彼氏は?」などとあれこれ尋ねてきた。
 まったく、この上ないぐらい鬱陶しく思っていたが、言い寄られて返答に困っている様子を見るに見かねた何人かの女の子たちが助けてくれ、ホッとすると同時に彼女たちと友達になりたい、と素直に思った。
 授業が終わった後、助けてくれた女の子たちが「今から一緒にアイスクリームショップへ行かない?」と誘ってきたので、俺は快諾し付き合うことにした。
 そこ<では女の子の、また彼女たちの本音が聞けたが、雑誌、テレビ番組、音楽やケータイコンテンツの話題などついていけない内容も多く、その時にはボロを出してしまわないかとずっと冷や汗をかいていた。
 とはいえ、彼女たちは初対面の俺を(元男とも知らずに)純粋に友達として扱ってくれ、素直な喜びを感じた。
 その一方で、彼女たちを騙しているのでは?という罪悪感に苛まれた。
 それにしても、女の子というのはよく喋るし、男には理解できない悩みをいろいろと抱えているんだなぁ……
 えっ、どんな話をしたのかって? それは、「女の子同士の秘密」だ。
 それにしても、今日はいろんなことがあって疲れた……

 ボロが出ないかと冷や汗をかきながらもいろいろな話ができたことに満足し、彼女達と別れて家に帰ると、玄関にミルがいた。
 ミルは、ロシアンブルーという種類の猫だが俺と会話することができ、俺の姿を見ると「お帰り、沙耶」と言ってくれた。
 「ただいま、ミル」
 俺は、ミルを抱きしめ、「いい子、いい子」と言いながらミルの顔に頬ずりした。
 こうやっていると、癒されるというかホッとするのだ。
 しかし、しつこく抱きしめたからミルは嫌がって俺の手から離れ、パソコンのところへ逃げた。
 そして、何を思いついたのかキーボードを前足で器用に操作しながら話しかけてきた。
 「今日はどうだった?」
 「大変だった。男共がうるさいし。」
 「ところで、例のあの子はいた?」
 「まだ、見つからない」
 こんな端的な会話だけど、ミルは今の俺の気持ちを理解してくれているので救われる。
 その後、俺は夕食を食べながらいろいろなことを考えていた。
 「真城華代」のこと、女の子にされたこと、そしてこれから先のこと……
 何がどうにかできて、何がどうすることもできないのか、今は分からない。
 そんなことをずっと考えていても仕方がないので、食事を終えると机に向かい、気分転換に同人誌のマンガを描き始めた。
 好きなことに集中していると、時間の経つのも忘れていたようで、気がつけば5〜6枚を描き終えていた。
 ちなみに、俺が書く物はパロティー物が多い。
 さすがに、マンガを描いてばかりだと疲れてきたので、今日はこれぐらいにしようと思い、気分を変えるためベランダに出た。
 夜空を見上げながら、腰を反らして背を伸ばす。
 明日は学校は休みなので、街を散策する予定だ。
 もしかすると、「真城華代」も見つかるかもしれない。
 何かそんな予感がする。

 次の日、街を歩いていると同人誌即売会で出会ったあの少女、「真城華代」を見かけた。
 俺は、居ても立ってもいられなくなって追いかけた。
 しばらく走って行くと、広場のようなところに出たが、するとそこには女の子ばかりがいた。
ただ、そこにいる人達の表情を見ると、違和感というか何となく妙な雰囲気を感じる。
 「もしかしたら、この人たちの中に俺と同じ目に遭った人がいるのか?」
 直感的にそう感じ、「とにかく何とかしなければ」と思った俺は、変身するために人が見ていないところへ行き、腕を胸に合わせ、呪文を唱えた。
 「大地の精霊、風の精霊、水の精霊、炎の精霊、我に集えし精霊の力、我に与えよ メタモルフォーゼ・チェンジ!」
 光に包まれると、服はドレスへ、靴は白のブーツへ、髪は銀髪へと変わった。
 変身した俺は、赤の宝珠(オーブ)を使い、女の子にされたと思われる人達を戻すことを試みた。
 宝珠(オーブ)は、赤、青、黄、緑、の四つがあり、属性によって、精霊を呼び出すことが出来るのだ。
 「炎の精霊よ、我に力を、与え、不浄な霊浄化 ファイヤーストーム!」
 やはり俺の予想は当たっていて、呪文を唱えると、性転換された人達は元に戻っていた。
 俺は元に戻ったのを確認し、そこから引き揚げようとしたが、上から人が落ちてきてぶつかり、気を失ってしまった。
 次に目を覚ました時、ミルと女性がいた。
 「半田いちご」と名乗ったその人の話によると、他にも「真城華代」によって女の子にされた人達がたくさんいるそうだ。
 そして、いちごさんは俺と同じく「真城華代」によって性転換された人達を元に戻す能力があり、同じ能力を持った人達が集まる組織に所属しているという。
 いちごさんも、性転換された人達を戻すためにここへ駆けつけたらしいが、ちょうどそこへ俺が現れて被害者を戻していたので、隠れてその様子を見ていたそうだ。
 そして、最後まで見届けたところで、俺に声を掛けようかどうしようかと思っていたところ、足を滑らせて俺の上に落ちた、ということだ。
 そのことについては、いちごさんは「済まない、本当に済まない。」と平謝りだった。
 まぁ、ケガもなかったのでよしとしよう。
 俺は、いちごさんの強い勧めもあって、「ハンター」と呼ばれるその組織に加入することにし、ハンター18号として活動することになった。
 余談だけど、その後「いちごさんが『あいつは笑うと八重歯がかわいい』と言っていた」という噂があったとかなかったとか。

 後日、何人かの人に教えてもらったのだが、その噂を証明するかのように事件直後、ボスと部下Aさんという人との間でこのようなやりとりがあったらしい。

「おい、いちごはどうした?」
「また引きこもりです。18号が笑うと八重歯がかわいいらしく、それを見て萌えになってたみたいです。」
「いちごに早く報告書を出すよう言っておけ。」


←前へ 作品リストへ戻る 次へ→