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ハンターシリーズ172
『戦国ハンター』

作・Zyuka

 

「いいか!! 織田信長の前に必ず忘れてはならないのが信秀と信貞だ」

 半田いちごの戦国談議は今日も絶好調だった。

 ハンターには、それぞれ専門の知識がある。
 数学知識なら5号、科学知識なら14号、医療知識なら100号、オカルト知識なら97号などなど……

 で、ハンター1号、半田いちごはというと……

「信長の祖父、信貞は交易の中心である港町、堺を手に入れることにより、織田家の基礎を築く事に成功した。信秀はその基礎を受け継いで織田家を強大にしていった。それが後に尾張の守護大名、斯波氏の家来のそのまた家来という立場であった織田家が尾張支配、そして天下布武への足がかりを作っていくんだ」

 周りの人間達は、それをうんざりと聞いている。
 いちごはかわいいし、彼女との会話は楽しいものではあるのだが……
 正直、そんなに詳しく戦国を語らなくてもいいと思う……
 さらに、いちご自身も聞いてくれる人間の張り合いのなさに少々不安を感じていた。
 自分と同じくらい戦国時代に詳しい人間と思いっきり話し合いたいと思っていた。

「ま、信長自身も苦労しなかったわけじゃない。特に、今川義元との決戦、桶狭間の戦いでは少ない兵で大軍の今川軍を打ち破るなんて苦労をしている。まあ、今川義元は馬にも乗れないほどのデブで短足、おしろいやお歯黒をつけ陣中で酒盛りをしていたというから、敗れても仕方がないという見方もある。ただ、これには異説もあって…」

 ダン!!

「え――?」

 ハラリ、といちごの髪の毛が数本落ちた。

「……えっと……これって……」
 いちごの後ろの壁に突き刺さり、いちごの髪を数本落としたのは、クナイだった。
 様々な人間がいるハンター組織の中で、クナイなんて代物を使う人間は限られている。だが、その人間がいちごに危害を加える理由がわからない。

「え、ええっと……安土、さん……?」
 ハンター事務員三人娘の1人で、忍者をやっているという女性、安土桃香……
「義元公の悪口は、許しません」
「え……?」
「いいですか!! 義元公の悪いイメージは裏切り者の松平家……後の徳川家の陰謀です!! 元来の義元公は確かに兄三人を殺すなどの非情な面もありますが、実際は民に親しまれ、駿河、遠江、三河の三カ国を支配下に収め、本拠地駿河をその当時の日本で最も優れた都に発展させた名君なんです!!」
「あの……あ、安土さん?」
「第一、あの下克上の時代に、室町時代から続く武門の名家、今川家が下克上の被害にもあわずに存続していたのは、それだけ優れた人間が多かったからです!! 義元公はその中でも最高に優れた人物といわれているのです!!」
「えっと、詳しいの? その辺?」
「第一、義元公のお歯黒、おしろいという公家のイメージは、義元公の母君、寿桂尼様が大納言中御門宣胤様の娘で公家だからという所から来ているだけで、義元公本人のイメージではありません!! デブで短足というのも後からつけられたイメージです!!」
「くわしいの? そこ?」
「訂正、してください」
「安土、さん……?」
「て・い・せ・い、してください!!」
「…………」



「へ〜〜、それは災難でしたねぇ」
 ハンター7号、七瀬銀河は自室を改造した暗室で、写真の現像をしながら桃香から逃げてきたいちごの話を聞いていた。
「何で今川義元の話題であそこまで怒るんだ?」
「そりゃそうでしょう。桃香の出身である皇賀忍軍は今川家に仕えていた乱破衆がルーツですから。今川義元といえば、桃香の先祖の主君に当たるんです」
「へ?」
「今川は武田、北条と連合を組んでいます。その時、武田信玄に仕えていた武田忍軍や北条氏綱に仕えていた風魔忍軍と交流し、あとは三河を支配した時に松平家(徳川家)に仕えていた服部忍軍などの優れた所を吸収し、皇賀の基礎が作られたそうです。皇賀の女性忍者と三代目風魔小太郎のロマンスはそっちの世界では有名ですよ」
「なんだそりゃ?」
 ちなみに、最も有名な風魔小太郎は四代目である。
「中には、長尾家(上杉家)に仕えていた軒猿とも交流があったとも言われていますが……これは真偽のほどがわかりません。まあ、忍びの史料なんてほとんどが口伝でまったく残ってないのが普通なんですけど」
「……お前も詳しいのか? 戦国時代?」
「いえ、僕は特に……そういう話題なら、御陵さんが詳しいんじゃないですか?」
「御陵……?」



 ハンターガイスト05、御陵慎之介……本来はハンター本部ではなく、関西支部勤務である。
「本当に、戦国時代のことに詳しいのか?」
「まあ、少しはな」
「ちなみに……そうだな……伊達家といえば、誰を思い浮かべる?」
 いちごは、少し試してみようと思い、聞いてみる。
 まあ、普通なら伊達政宗か、その片腕片倉小十郎といった所だろう。
「伊達政宗正妻、愛(めご)姫か……それとも、母の最上義姫とかかな」
「は?」
「鬼姫とまで呼ばれ、戦場に80日間も居座って戦争を止めさせたという男らしい逸話を持つ義姫はやっぱり最高だな。まあ、実の息子正宗に毒をもるなど怖い面もあるけど」
「片倉小十郎とかは?」
「片倉家に有名な姫はいない。……そういえば、正宗には金髪碧眼の側室がいたらしい。これは正宗の遺品の中に金のクルスがあったところからして信憑性が高い」
「……織田家なら誰を思い浮かべる?」
「お市の方とお犬の方の姉妹とか(どちらも織田信長の妹)。蝮の娘、帰蝶姫……濃姫様は実は結構薄いお方だったらしいね。それに、信長は実は結構年増好みだったらしい。正室であるとまで言われた吉乃様をはじめ、信長の子供を生んだ女性は皆、信長よりも年上だったという」
「……ええっと、じゃあ……そうだな、明智って言えば?」
「明智玉かな……後のガラシャ」
「……豊臣家」
「豊臣家は、あまり有名な姫はいないな……でも、明日香姫はどうかなぁ?」
「……」



「どうでした?」
「女の話しかしなかった」
「そりゃ戦国時代にだって女性はいるでしょ」
 要するに、見る視点が違うのだ。
「他に詳しそうな人間は!?」
「さあ、心当たりは……疾風ちゃんなんてどうです?」



「戦国時代で好きな人物? それならやっぱり宮本武蔵とか佐々木小次郎、塚原卜傳、柳生家の皆さんに、鐘巻……」
「それ、武将じゃなくて剣豪の名前だね、全部……」



「他にいないか? 武将趣味の人間……」
「僕に聞かれましても……あ、またクラッシュ!! やはりデジカメは駄目だ、もろすぎる!! 一眼レフ!! どこ行った!?」
「って、何を撮ろうとしていた!?」
「……(愁いをおびたいちご先輩の顔)」
 と、そこへ……
「何の話しとるんや?」
「うん? ハンター40号台トリオか」
 現れたのは、ハンター44号、獅子村 嵐(宍戸 祢子)にハンター47号、暮羽椎名、そしてハンター48号、半田四葉だった。
「ちなみに、ここにハンター46号半田ふみを加えるとカルテットになる」
「銀にぃ、誰に説明してるんや?」
 結構意外な組み合わせではあるが、40号台とくくりがあるため受け入れやすい。
「椎名達の方こそどうした。まあ、椎名が本部にいるのは、学校が夏休みなのと高校野球のせいで甲子園の阪神戦がないから当然かもしれないが」
「あ、猫ちゃん達と一緒に夏コミ本の販売をと思ってな」
「猫じゃない、レオネルだ! まあ、私が売るより椎名が売ってくれると倍近くも売り上げが違うからこうして頼んでるんだが」
「そりゃ、うちは浪花の商人の血を引いてるんや。素人の売込みとは一味も二味も違う。儲けの三割をもらえるんやから、喜んで協力するで」
「……腐女子と守銭奴が手を組んだ、か……」
「なんか言うたか? 銀にぃ?」
「いや、何も。で、四葉はなんでその二人と?」
「あ、僕、猫先輩が書く漫画のモデルと、椎名先輩の売り子のアシスタントってことで……」
「へ、へぇ……」
 どんなモデルなのか、どんな売り子なのか……想像の余地を残すもまた一興。
「椎名……君、武将って、誰が好きだ?」
 突然、いちごが椎名に向かって、口を開いた。
「関西に住む者なら、やっぱり西軍の武将が好きなんだよな?」
「うち? うちが好きな武将? そやったら、やっぱり髭殿やな」
「髭殿?」
「うん、髭殿、関帝、関雲長!! 商売の神様や」
「……」
「ああ、三国志、蜀の武将だね」
「そや、世界で始めて算盤を使ったお人や」
「……」
「完全に当てが外れましたか」
「ちくしょ〜〜!!」
 いちご、猛ダッシュ!!
「な、なんや一体?」
「いちご、相変わらず熱い女……」
「こりゃ久々にひきこもりオチかな?」

 その通りだった。久々にいちごは引きこもった……





 コンコン……

「……」

「いちご〜〜いるんだろ? おいらだよ」
 部屋の外から、ハンター5号、五代秀作ののんきな声が聞こえてきた。

「……」

「あのさ、おいらさ、数学に関しては得意なんだけどさ、歴史って詳しくないからさあ、いちごに習ってみようと思って……来たんだけど……」

「……」

「いちごが好きな所からでいいからさ、おいらにレクチャーしてくれないかな?」

「……」

「なあ、いちご?」

 キィ……

 ドアが、少し開いた。



 この日、7号からいらぬ知恵をつけられた5号が後悔する事になったかは、定かではない…………


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