←前へ 次へ→

ハンターシリーズ176
『ハンター3色しょーと その2』

作・てぃーえむ

 

【成長】
 ある暖かな日の昼下がり。
 ハンター本部内に点在する休憩スペースの一つにて、黒髪の少女と銀髪の少女がベンチに座ってお茶を飲んでいた。黒髪の少女はふりふりワンピースを着込み、さりげなく銃らしき物が見え隠れしているが緑茶だった。銀髪の少女は和服で明らかに刀を持っていたが、紅茶であった。いろいろと対照的な二人だが、そろって座る姿は実に仲良しに見える。
「疾風よ……」
 黒髪の少女こと千景は改まった声で、銀髪の少女に話しかけた。
「なんだ」
「実は胸が大きくなった」
「ぶはっ」
 突然の告白に、銀髪の少女こと疾風は茶を吹いた。
「一センチだ。背も同じだけ伸びたからバランスもあまり変わっていないと思うのだがどうだろうか」
「俺に聞くのか? それを俺に聞くのか!?」
 涙目で詰め寄る疾風を手で制止しつつ千景は続ける。
「私のように背丈の割に胸が大きいと、どうにもバランスが悪く見えるからな。それに今はがんばって垂れないようにしているが、年を取った時のことを考えるとどうにも気が滅入る。ブラも買い換えを考慮せねばならない。正直、これ以上は大きくなってほしくないのだが。むしろ背丈がほしい。10センチくらい」
「……それは自慢なのか? そうなのか?」
 目を三角にして詰め寄る疾風だが、千景はまったく気にせず、   
「おや、そう言えば君もちょっと背が伸びたな。ん? 少しスレンダーになったかな?」
「どういう当てつけだ!」
 確かに疾風も少し背が伸びた。成長期なのだから当たり前だが、残念ながらお胸の方はほとんど変わっていなかった。
「とにかく、着られる服が限られてくるのはあまりよろしくない。何とか自然に胸をしぼませる方法はない物だろうか」
 千景は中学生にしては大きな胸に手をそえて、ため息をついた。
「俺が知るわけ無いだろうが! むしろ大きくする方法が知りたいわ!」
 今にも零れそうなほど涙をためつつ、疾風は叫ぶ。それを見て千景は、ふうむと首をかしげて見せた。
「実はだな、疾風」
「今度はなんだ!?」
「女性の成長のピークは14か5歳あたりらしい。それを過ぎると、身長のアップはほとんど見込めないのだ。ああ、胸の方はがんばれば大きくなる可能性があるから、君、安心したまえ」
「お前は俺をけなしているのか? それとも本気で慰めているつもりなのか?」
 千景の両肩を掴み、尖った目で睨み付ける疾風だったが、当の千景はまったく意に介さない。普段通りの表情で、しかしやや困ったような声色で更に話を進める。
「成長には栄養が不可欠だ。だが私は少し偏食のきらいがある。よくよく考えてみれば食事の半分は和菓子になっている気がする。これでは糖分の摂りすぎだろう。必要な栄養素が摂取できていないのかも知れない」
「ああそうだな何でそれでお前は太らないんだというか何でそれで胸が膨らんでるんだ!?」
「やはりここは、定番ではあるが牛乳と小魚を摂取すべきか。ぶら下がり健康器という手もあるが、あれはどうにも胡散臭い。怪しすぎてつい買ってしまうほどだ」
「買ったのか!?」
「だが困ったことに、牛乳は胸を大きくするアイテムとしては定番なのだ。私はこれ以上胸を大きくする必要を感じていない。実際、効果のほどがいかほどなのかは解らないが、君、知ってるかね?」
「ああ知ってるとも! 見て解れ!」
 やけくそ気味に叫ぶ疾風に、千景は一つ頷いた。
「ふむ。どうやら心配する必要はないらしいな。よし。これからは牛乳と小魚を積極的に食すことにしよう」
「なあ千景」
 疾風は引きつった笑みで問いかける。
「ん? 何かね疾風」
「話はそれだけか?」
「うむ」
「じゃあ、もういいな。いいか? 動くなよ? 10秒だけでいい」
「ふうむ。それは構わないが、君。どうしたのかね。何故刀を構えているんだ?」
 まったく全然解りませんといわんばかりにきょとんとして尋ねてくる千景に、疾風はとうとうぶち切れた。
「貴様解って言ってるんだろうがー!?」
「ん? 君、怒った顔も可愛いな」
「ふざけるなー!?」 
 振り抜かれた刀は、しかし空を切る。刀が振るわれる瞬間、千景が座った姿勢からそのままころりと後ろに転がり落ちたのだ。そしてそのままコロコロ転がって壁にぶつかると、何事もなかったかのように立ち上がり、逃げ出した。
 かくして、いつも通りに追いかけっこが始まったのだった。




【インタビューその1】
 そこそこ広い部屋の中に、デスクがぽつんと一つだけ。棚や機材なども置かれているし、資料らしき物もずらりと揃っているものの、どうにも寂しさを払拭し切れていないその部屋は、広報部の部室であった。
 そこに今は女性が二人。
 文香と空奈である。
「では、お名前をどうぞ」
 こほんと一つ咳をして、文香が尋ねた。
「影鳥空奈」
 ぽつり。と、呟くように空奈は答えた。何処を見ているか解らない瞳で、表情も乏しい。しかしこれが彼女のスタンダートなので、文香は気にせずに質問に入った。
「まずはそうですね、ここに入った切っ掛けなんて教えて貰えますでしょうか」
「……父に言われたから」
「お父さん、ですか?」
「ええ」
 返答自体は端的だったが、その言葉に含まれた重さは半端ではなかった。絶対服従だとその声が語っていたのだ。
「学校へ行かなくても怒られないから、まあ、今の状況は悪くはないわ」
「いや学校は行った方が良いと思いますが……」
「学校で習えることはここでも習えるし」
「さ、さらりと言いますね」 
 確かに学力面では、彼女は極めて優秀だし、ちゃんと仕事を行っている以上は社交の面でも鍛えられていると言えるのだが。同年代の友人もいる。しかし義務教育だから親御さんが叱られるのではないだろうか。
 と、ここで彼女の親について思い出す。
「えっと……お父さんと言えば、あの影鳥家の長さんでしたっけ……オカルト界の重鎮の」
「そうね。もっとも、成り上がりだから風当たりも強いようだけど」
「そうなんですか? 歴史は結構長いはずでしたけど」
 少なくとも、旧家と呼ばれるだけの年月は重ねているはずだった。
「確かに。でも発言力を持つようになったのは近年だから。それまではマイナーだったわ。その反動なのかは知らないけれど、父も祖父も……少々、野心家に過ぎる気がするわね」
 文香は若干頬を引きつらせた。なんとなく、これ以上聞くと気が重くなりそうな気配を感じて、次の質問に移ることにした。
「えーと、空奈ちゃんと言えばタロット占いですね。よく当たると評判ですが、ちゃんとした勉強をしていたのでしょうか?」
「別に。独学よ。ただ、時読みの力を込めてるから」
「時読みですか」
「そう」
 文香の知識に寄れば、時読みとは、影鳥家が遠見の術に対して見いだした答え、極みの一つであり、最秘奥の術式である。時空連続体の記憶に触れ、ほしい記憶を探し出し、それを読みとるという、三つのプロセスからなる術で、理論上は現在過去未来すべてを見通すことが出来るらしい。何年も何十年も鍛練を重ねてようやく習得できるか否かという秘術だ。普通、14歳の子供が出来るものではないのだが。
「いろいろあるのよ」
 文香の思考を読んだらしい、空奈はそう言った。
「そうですか」
 こくりと頷きつつ、この話題もすぐ切り上げようと思う。秘奥に関わる事柄は、深く突っ込むと恐ろしいことになると相場が決まっているのだ。
「歌もお上手ですよね。どんな歌がお好きなんですか?」
 はじめからこの質問にしておけばよかったかなと思いつつ尋ねてみると、空奈は少しだけ表情をゆるめてくれた。
「そうね。童謡は好きよ。童歌は素敵。あとは鎮魂歌」
「…………」
 鎮魂歌。彼女は常に喪服であるので、あまりにも似合いすぎるチョイスであった。  
「私に出来るのはそれくらいだから。あとは見るだけ。それだけなの」
 ものすごく重たい台詞であった。
「そ、そう言えば本もよく読んでいますよね。最近読んで面白かったのは何かありますでしょうか」
「旧約聖書」
「……………………」
 十四歳の女の子が読む本ではないと思う。
「面白いのよ?」
「ははは、なかなか渋い選択ですね。最近は携帯小説なんてのも流行のようですが、読んだことは?」
「一度だけ。文章には特定の人種を眠りに誘う力が秘められているのは知っていたけれど、頭痛を誘う力も持っていたのね。勉強になったわ」
「そうですかー」
 にこやかに笑ったつもりだったが、やっぱり頬は引きつっていた。 
「聞きたいのはそれだけかしら?」
 次の言葉に詰まっていたのを見計らってか、空奈がそんなことを言ってくる。それで文香は、こう尋ねることにした。
「好きな異性について尋ねちゃったりして」
「今のところ興味はないわ」
 しゃべる際には僅かに間が空く彼女には珍しく即答だった。
「そうなんですかー?」
 にやりと笑ってみせると、空奈は目をそらした。
「さて、そろそろ廊下の端の角に話しかける時間だから失礼するわね。彼女、寂しがり屋なの」
「え、彼女? いやそれ貴女が言うとシャレになってない……」
 嘘だろうとは思うのだが、いつも虚空に目をやっている彼女なので、ひょっとしたらと思ってしまう。
「ちなみに北西の2階から3階へ上る階段は気を付けた方が良いわ」 
「ですからシャレに……」
「もちろん冗談よ」
「でしょうね。あはは」
「あら。面白かった? 残念、ちょっと笑えない冗談が言えるようになりたいと思っているのだけど……」
「いや、普通に笑える冗談の方がよいと思いますが」
「もちろん冗談よ」
「…………」
 果たしてこれは、彼女なりの親愛の証なのだろうか。それとも馬鹿にされているのだろうか。悩み始めたところで、空奈がまた口を開く。
「今日は人が少ないから、私達も行かなくてはならないのでしょうね。面倒だわ」
「え?」
「行きましょうか。被害者を助けに」
 彼女が立ち上がり部屋の扉を開いたと同時に、緊急連絡が入った。真城華代が現れたのだ。ああ、これが例の、と文香は思い出す。
「そうですね、行きましょう」
 インタビューの結果はいまいちだったけれど、彼女の力の一端を見ることは出来た。今度はちゃんと占うところを見せて貰おう。
 そう思いつつ、文香は空奈と一緒に部室を出た。 



【インタビューその2】
 そこそこ広い部屋の中に、デスクがぽつんと一つだけ。棚や機材なども置かれているし、資料らしき物もずらりと揃っているものの、どうにも寂しさを払拭し切れていないその部屋は、広報部の部室であった。
 そこに今は女性が二人。
 文香とエミルネーゼである。
「まずはお名前をどうぞっ」
「エミルネーゼ。ネーゼで良いっすよ」
 ネーゼはにこやかに答えた。
「えっと、ネーゼさんは吸血鬼さんだとのことですが」
「そうっすよ」
 にやりと笑って尖った犬歯を覗かして見せてくる。
「証拠を見せて貰えたりはしませんでしょうか」
「んー。じゃあ、これはどうっすかね」
 たちまち体が霧になり、部屋を包み込んだ。話には聞いていたものの、実際に目の当たりにしたのは初めてである文香は、思わず感嘆の声を上げた。その声を合図にしたか、ネーゼは元の姿に戻った。
「いやあ、いるもんなんですねえ……」
「世界は広いっすよ〜」
「確かに。ところで吸血鬼というと、アンデッドってイメージですけど、どうなんでしょう」 
「大半はそうっすよ。ただ、そうでもないのも存在するからややこしいっすけど」
「そうでもない、とは?」
「世間じゃ血を吸う生き物も吸血鬼って呼ばれてるんすよ。そいつらは別の名前付けた方が良い気もするんすけど、きっと面倒なんすね」
「なるほど。それでずばり、ネーゼさんはどちらなんでしょうか」
「あたしは生きてるほうっすよ。食事も睡眠も出来るし、心臓だって、ちゃーんと動いてるっす」
 確かめてみるかと自分の胸を示すネーゼに、文香は丁寧にお断りを入れる。
「じゃあ、お父さんとかいたりするんですか?」
 生き物なら、普通いるよなあと思いつつ尋ねると、彼女は首をかしげた。
「うーん。気付いたら存在してたっすから、解らないっすねえ。ひょっとしたらいるのかも知れないっすけど」
「気付いたらって、随分アバウトですね。それでは、どれくらい生きてらっしゃるのでしょうか。かなりの長生きさんだと聞いていますが」
「長いっすよ〜。キリストさんとだって知り合いっすよ」
 冗談めかして言うネーゼ。
「ははあ。となると、とても強かったりするんですか? 長生きすると力が強くなるってイメージですが。それに最源四姫でしたっけ。そんな肩書きもある訳ですし」
「あはは。肩書きって言っても、他称っすよ。誰かが勝手に名付けて広まったから使ってるだけっす。それにあたしはぶっちゃけ無茶苦茶弱いっすよ」
「よ、弱いんですか……?」
 あまりにもあけらかんと言う。
「あたしは強くなくても良いんすよ。必要ないし。文香ちゃんは強い方が良いんすか?」
「え」
 屈託のない笑顔で問われて、少し悩む。
「えーと、少しは強い方が良いと思いますけど。自分の身を守れるくらいには強いと安心かなって」
「その通り。力がないと、いざという時に敗北は必至っすもんね。でもだからこそ私には必要がない」
「…………?」
 突然雰囲気が変わって、文香は戸惑った。
「私を殺すなんて誰でも出来る。人の子供でも簡単に。でも私を敗北させることは出来ない。誰にも、神でも魔帝でも無理な事。だから力はいらないの。解るかしら?」
「えと……解りません」
 言っている言葉自体はわかる。しかし、その言葉にどれほど深い意味があるのか、それとも無いのかが判らない。だから文香は首を振った。 
「正直でよろしい」
 ネーゼは満面の笑みを浮かべていた。そして唐突に話題を変える。
「そんなことより、あたし、最近料理始めたんすよ〜」
「ほほう。そう言えば食べ歩きが趣味だと聞いた覚えがありますが、ついに自ら?」
 話してくれるのをわざわざ遮るつもりはない。文香はその話題に乗っかった。
「でも包丁使うのは難しいっすねえ。炎も熱いし。この前なんか包丁で指切って危うく灰になるところだったっす」
「指切って灰って、どんだけ弱いんですか!?」
 まさか、彼女はスペランカーレベルなのだろうか。
「だって、おもいっきり切っちゃったんすよ〜。人差し指が飛んでいくくらい」
「切りすぎにもほどがある!?」
 どうやら、彼女は包丁の扱いが下手らしい。いや、それ以前の問題なのか。
「指が飛ぶって、どんだけ力込めたんですか!」
「んー? こう、こんな感じで、とあーって」
 ネーゼは包丁を振り上げ、思いっきり叩きつける仕草をして見せた。どう考えても包丁の使い方ではない。
「包丁はそんな風に使う物ではありません」
「うやー。じゃあ、文香ちゃんは包丁使えるんすか?」
 ぷくーっと頬を膨らませて、ネーゼは問うてきた。
「そりゃあ、一人暮らしですからね。プロみたいには出来ませんけど、人並みには使えますよ」
「へ〜。じゃあ、お料理も?」
「大抵は出来ますよ」
 いつの間にか聞く立場から聞かれる立場になってしまったなと思いつつ答える。
「母が得意でしてね。これからは誰でも家事が出来なきゃ駄目だって、いろいろ教わったんですよ」
 すると、彼女は目を輝かせた。
「じゃあじゃあ、あたしに教えてほしいっす!」
「え?」
「料理人、良いっすよね。あんな美味しい物作れるなんて、人間まじぱねえっすよ」
「はあ……」
「てか今時間あるっすか? あ、もうすぐ夜っすね。ちょうど夕食作るのに都合が良いっすよ」
 席を立ち、ネーゼは文香の手を取った。 
「ちょっと待って、今からですか!?」
「そうっすよ」
「材料もないのに……はっ!?」
 文香は失言に気が付いた。にやりと笑ってネーゼが言う。
「あら。つまり、材料があればいいと?」
 今さっきまでは明るく感情豊かな可愛らしい女の子だったのに、一瞬で魔王みたいになった。凄い切り替わりようである。さすがは吸血鬼。頑張ればそれっぽい雰囲気も出せるようだ。凄い圧力に、文香は思わず頷いてしまう。彼女は結構、押しに弱いタイプであった。
「じゃ、決定ね」
 嬉しそうに窓に駆け寄り開いて、身を乗り出した。だがここは三階。飛び降りるのは遠慮したい高さだ。
「そこはドアじゃなくて窓ですよ!?」
「善は急げと言うことわざを知らないの? さ、貴女も」
「へ? う、うわっ、体が霧になってるー!?」
 なんと、ネーゼの体が変化するのと同時に、文香の体もまた霧になってしまった。どうやら彼女、他人まで霧に出来るらしい。 
「ふふ。先日眷属の血を飲む機会があったおかげで、今の私は少しだけいろいろ出来るのよ」
「これって、少しだけの範囲なんですか!?」
「細かいことはおいといて、行くわよ!」
「どひー!」 
 こうして文香は、霧化という滅多に出来ない体験をした後、お料理教室を開くことになってしまった。
 インタビューはほとんど出来なかったが、なかなかに美味しい料理が出来たおかげかネーゼの好感度がアップしたようだったので、文香はそれで良しとした。





←前へ 作品リストへ戻る 次へ→