ハンターシリーズ177
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【インタビューその3】 どうにも寂しげな雰囲気が払拭できない広報部部室。 そこに、二人の女性がいた。 文香とリシェである。 「お名前をどうぞっ」 「リシェリアリエスだが。……っつーか、聞いても良いか? なんでおれなんだ?」 怪訝そうに尋ねられて、文香はこくりと頷きこう答えた。 「カフェにちょくちょく出没する謎の美少女を追え! って感じなのです」 「はあ……まあいいんだが」 自分なんかをインタビューして何が面白いのだろうかと表情が語っていたが、文香は気にせず質問を続けた。 「趣味は食べ歩きとお聞きしましたが」 「ああ、まったく人間って奴はたいしたものだよ。特に日本だ。次から次へと上手い食い物を作りやがる。よその国にあるものでも、改良しまくって別物に変えちまう。確か、魔改造って言うんだっけ? 一体どんな頭の構造をしてるんだか」 半分あきれ顔でリシェは笑った。 「だがおかげで上手い物にありつけるんだから御の字だな」 「ちなみにここら辺りでのお勧めは?」 「遊佐野3丁目の『さな屋』の天丼だな。あと佐々通り1丁目の『喫茶てふてふ』のモーニングランチセット。あれはうまい」 「今度行ってみます」 文香は心のメモ帳にその店の名を刻んだ。 実はこの質問、先日ネーゼにも料理教室中に尋ねたのだが、その時はスイーツのお店の名前が出た。リシェもお菓子は好きなのだろうが、デザートではなく主食が出てくる辺りが、質の違いなのだろう。 「ところでその赤いドレス、素敵ですね。見た感じ縫製も布の質もかなり上等ですけど、ブランド物ですか?」 ここで話を変えてみる。リシェはちゃんとついてきてくれた。 「別に売ってる物じゃない。これはシグリーヌばあさんが作ってくれた服だ」 「シグリーヌさんですか。かなりの腕を持った人のようですね……」 おばあさんの手作りらしいそのドレスは、古さを感じられるデザインではあるものの、派手すぎず、しとやかさが感じられ、100年後でも着る価値がある服として認められそうである。それを作るおばあさんもすごいが、ドレスを着こなすリシェもすごかった。人外の美しさというやつである。 「いつもその、ドレスで活動されてるんですか?」 「ああ」 当然のようにリシェは頷く。まあ、床を引きずるような豪奢なドレスという訳でもないので、外に出ることも可能なのだろうが、この姿で街に出たら注目の的ではないだろうか。そう思って尋ねたのだが。 「確かに目立つ格好ではあるよな。だが気配消しには自信があってね、変にじろじろ見られたりはほとんどしないんだよ」 「気配消し……」 それで文香は、彼女のもう一つの趣味を思い出す。 「体を鍛えるのも趣味でしたっけ」 「ああ」 リシェは大きく頷いた。 「やっぱ強い方がいいだろう」 「まあ、少しは力があった方が非常時に便利だとは思いますが……」 ここで文香は首をかしげた。 「ネーゼさんはいらないって言ってましたね。弱くとも誰にも負けることは無いからって……正直、よく分からないんですけど」 「ん。霧の字か。まあ、あいつはそう言うだろうな」 ネーゼの言うことは一理あると言わんばかりだ。 「あいつは、てか、おれたちは、事実上無敵だからな。敵を簡単にぶっ殺せるって意味じゃねえぞ。おれたちと敵対することが無意味って事だ。天界の神罰騎士団ですら、おれたちを放置してるくらいだし……。まあこれは、太陽結界やら神呪やらでおれらががんじがらめにされてるせいもあるが……。だからまあ、あいつの言うことも解るんだがなあ。でもやっぱりほら、ぶつかり合うことで解ることもあるだろ? 言葉は万能じゃないんだしな」 どうやら彼女、しとやかで気品溢れる容貌からは想像が付かないが、拳で語るのが好きらしい。戦うことで絆を深めるとか。少年漫画的性質を持っているようだ。 彼女とネーゼは姉妹のような関係らしいのだが、この辺りの考え方はまるで違っていた。ネーゼは争いが嫌いだが、リシェは、争いは互いに分かり合う手段だととらえている。すぐに倒されてしまったら理解も何もないので、力を欲しているのだろう。 しかし神罰騎士団とか結界とか神呪ってなんなのか。疑問だったが、なんとなく聞かない方が身のためだと感じたので聞かないでおく。 「ははあ。それで、ぶっちゃけリシェリアリエスさんはその、お強いのでしょうか」 「……それなんだがなあ。どうにもレベルが上がらないんだよな。毎日腕立て20回してるのに」 にわかにスポーツに目覚めた中学生でも、もう少し筋トレするだろう。 「………………。えーと、他には?」 「腹筋とかスクワットとか。ランニングも。ちゃんとサンドバッグだって叩いてるぞ。でもすぐ手が痛くなるんだ」 「…………」 「邪魔者もいる。あいつら、せっかくおれが修行してるのに、やれもう戦わなくて良いとか、ただ座って見ていればいいとか勝手なこと言いやがって。おれだって、体を動かしたいのに」 リシェは口を尖らせ、空中の見えない敵に向かってパンチをくり出し始めた。不満がたまっているらしいが、素人目から見てもそのパンチは弱そうだ。多分、文香でもそのパンチを止められるだろう。 「えっと、体を動かすならスポーツをすればいいんじゃないかと」 「えー?」 あからさまに眉をひそめられて、文香はそれでも笑って見せた。 「スポーツって口実があれば、自然に体を鍛えることが出来るのでは?」 それを聞いて、リシェは表情を改めた。 「む。おまえ、頭良いな。でもスポーツってお天道様の元でやるんだろ? 灰になっちまうじゃないか」 「ああ、そういえば、バンパイアさんでしたっけ」 すっかり人外の存在を受け入れてしまったなと思いつつ、言葉を続ける。 「でも、室内競技とかありますし。曇りなら外出られる訳ですし、いろいろチャレンジしてみては?」 「そうだな……」 一転して、前向きに考慮しているらしい。腕を組んで難しそうな顔をした。何をするか悩んでいるのだろう。 「なんとなく、テニスとかバトミントンが似合いそうですよね。水泳は全身を鍛えるのに向いているっぽいですし、最近は自転車も流行ってるようですけど」 「そうか。じゃあ、それらをやってみるか!」 リシェは勢いよく立ち上がり、拳を固めて宣言した。宣言したポーズのまま、彼女は文香に目を向ける。 「で、どうすればいいんだ?」 「…………ええと、どうしましょ」 文香は、泳ぐことは出来る。自転車だって乗れる。でもテニスは学生時代授業でちょっとかじっただけだ。 「………………」 言い出しっぺなんだから付き合えよと、リシェの目が語っている。これも、墓穴を掘るというのだろうか。逃げ出すのは無理そうだ。実際には文香の足の速さがあれば可能なのだが、先日ネーゼの不思議な力を見せつけられたせいで、到底逃げられるとは思えない。こんな状況になった場合、仕方ない付き合うかと思ってしまうあたり、文香はお人好しであった。 「えーと。と、とりあえず、ラケットと水着と自転車を揃えましょう……か?」 「ラケットと水着と自転車だな。何処で手に入る? 店か? まだ店空いてるのか? ところでラケットってなんだ?」 可愛らしく首をかしげるリシェを見て、文香は。 「まずは外に出ましょう。それからですよ」 そう微笑みかけると、外出の用意を始めた。 【学校へ行こう】 ある夏の日の朝。 朝の鍛錬を追え、一度自室へ戻ろうと廊下を歩いていた疾風は、知り合いの少女と遭遇した。 「ごきげんよう」 その少女、空奈はいつも通りにぼんやりした顔で挨拶してきた。疾風もいつも通り挨拶を返したが、しかし彼女は戸惑っていた。 「その格好は」 ブレザーにスカート。どう見ても制服である。確かに彼女はまだ中学生であるわけで、制服を着込むのは当然であるのだが。 「学校へ行くの」 「今は夏休みではないのか? それに……」 彼女は引きこもりである。学校はおろか、ただ外に出ることでさえ必要がなければ拒むほどだ。 「実はね、先生に呼ばれてしまったの。たまには顔を出しなさいって。私としても同世代の人間とふれ合うのは、今後の人生設計に置いて重要な事と思ったの」 立派な意見である。しかし。 「だが今は夏休みでは?」 「その通りよ。今は学校へ行っても先生と、部活動を行う生徒しかいないわ。だからこそ行くのよ。人少ないし」 「ははあ」 リハビリと言うことだろうか。 「まあ、頑張ってくれ」 「あらあら」 軽い気持ちで言うと、空奈は小首をかしげてかすかに目を細めた。どことなくイタズラっぽい表情だ。そこに何かを感じた疾風は、早くこの場を離れるべきではないかと思った。なにか、とても嫌な予感がする。 「じゃあ俺はこれで失礼」 する、と言おうとして。 「させません」 背後から新たな声がした。 「ごきげんよう」 とっても機嫌が良さげなその声色に、疾風はおそるおそる振り向いた。 はたして、そこにいたのは千景であった。空奈と同じ制服を着込んでいるが、所々、控えめにレースで飾られている。改造でもしているのだろうか。彼女は満面の笑みで手を後ろで組んでいた。何かひらひらした物を持っているようだが。 「貴様も学校へ行くのか」 「ええ。実は私も空奈と同じ学校なんですよ」 ねー。っと二人は小さく首を傾けた。実に仲が良いというか、息が合っているというかさすがはなかよしさんである。 「ずっと行ってませんでしたが、これを気に少しは顔を出そうと思いまして」 「…………」 おいおい。お前は記憶喪失と言ってなかったか、そんなんで大丈夫なのか。と疾風は思ったのだが、それが顔に出ていたらしい。 「まあ、何とかなるでしょう」 気軽にそう答えた。 「そうかそうか。まあ、勝手に行ってくるがいいさ」 「そんな他人事のようなことを」 「他人事じゃないか……。……なんだその笑顔は! 空奈、何故俺の肩を掴んでいるんだ!?」 「落ち着いて。これはそう、もう、決まっていることなのよ」 「なにが!?」 「何って……」 空奈は千景に目配せした。それを合図に、彼女はずっと後ろに隠していた物を疾風につきだした。 はたして、それは制服であった。二人が着ているものと同じもの。しかし、よく見ると小さく白いフリルが飾られている。 「貴女に似合うよう、ちょっと手を加えました」 「はあ!?」 「あと、スカートの丈を詰めています。大丈夫、白いニーソックスも用意してありますよ」 「なんだそれは!?」 疾風は逃げだそうとしたが、無理だった。何時の間にやら、空奈に後ろから優しく抱き留められていたからである。疾風の力を持ってすれば振り払うなど容易いことだったが、空奈に乱暴するのは気が引けた。ちょくちょくお世話になっているし、か弱い女子なのだ。女子供に甘いのが疾風の剣士としての欠点といえる。 「あら、随分と汗をかいたのね。まずはシャワーで汗を流して、それから着替えましょう」 「は、放すんだ空奈。何故俺があんな服を着なければならないんだ」 「何故って。あらあら。でも大丈夫よ。後5秒後に連絡が来るから」 「は?」 きっちり五秒後、疾風の携帯電話が着信を知らせた。 おそるおそる手に取ってみると。 『兄さん。仕事です』 開口一番、電話先の相手はそう言った。 「し、仕事……だと……?」 『はい。護衛です。対象はそちらにいらっしゃる二人です。すでに、すべての用意は調っています。クラスも同じになるようしておきましたので。制服はお二人から受け取ってくださいね』 「ちょっと待てなんだそれは俺に拒否権はないのか!?」 『それなのですが、父から言付けがあります。決定事項だ、逆らうなと』 「ななななな」 『それともう一つ。制服姿の疾風ちゃんを楽しみにしているので、今日そのまま帰ってこいと』 「ふざけるなー!?」 『まあ、その姿になってからまだ一度も帰ってませんしね。良い機会でしょう。それでは兄さん。よろしくお願いしますね』 ぷつん。 あっけなく通信は終わった。理不尽にもほどがある。呆然としながら前を見ると。 千景がにこやかに手招きしていた。 「ぐっ。ううっ」 「ふふふ。大丈夫ですよ疾風。可愛くしてあげますから。ふふふ」 「お、お前、性格変わってないか?」 「まさか。私はただ、貴女がうろたえる姿を見るのが大好きなだけですよ」 「こいつぶっちゃけやがった!」 「さ、部屋に戻りましょうね。迎えが来るまで時間がありますから、それまでたっぷり可愛がってあげます」 「た、助けて空奈!」 「無理よ」 きっぱり断られ、疾風は絶望した。 「ではまいりましょうか」 「ええ。行きましょう」 「うわあああああああ!」 かくして、疾風は制服を着せられることになったのだった。 【にゃーん】 「にゃーん」 空奈がそんな声に振り返ってみると、そこには親友の姿があった。 その姿を見た途端、空奈は驚愕したが、素晴らしい精神力でもって平静を保ち、挨拶を交わした。 それからきっかり2秒間。空奈は親友である千景の姿を観察した。 いつもとは違う服装だ。基本色は黒でフリルは白。普段からゴスロリ風味な彼女ではあるが、今はバリバリのゴス衣装だった。そして、やたらとおっぱいが目立っていた。別に露出している訳ではない。むしろ普段より露出度が低いくらいだ。しかし……。 (くっ。見せつけてるつもりなの?) その存在感に、内心で歯ぎしりするよりほかない。カーマーベルトのせいなのか、下着の効果なのか、やたらと胸が堂々として見える。彼女は胸の割に背が低く、そのせいで全体のバランスが悪く見えたりしそうなのだが、ギリギリのレベルを保っているのだろうか、崩れては見えない。裸になったとしても、若さのおかげか努力しているのか、胸が垂れるということもなく、魅力的なラインを描いていた。 とんでもない破壊力だった。 だが今の彼女には、特筆すべき特徴が別にある。 まず瞳。翡翠のような輝きを持つ瞳だが、今はまるで獣のような瞳孔をしている。コンタクトレンズでも入れているのだろうか。それと、耳としっぽだ。正確には黒猫の耳としっぽが付いているのである。耳はおそらく、カツラにくっついている物なのだろうと推測する。今の彼女は、体を包み込めそうなほどの長髪だったのだ。しっぽも、動かないものの本物みたいだ。そして、何故か武装していた。空奈は武器に関してはあまり詳しくはない。だから解るのは、いろんな銃器を装備しているということだけだ。 まるで現実と空想の世界が混じり合ったかのような猫耳少女。完璧な二,五次元である。 どうしてこの姿になったのかは解らない。しょうもない事件に巻き込まれたのかも知れないし、昨日の深夜にコスプレ番組でも見たせいなのかも知れない。でもおそらくは、自発的にやっていることなのだろう。彼女は時々、おかしな行動を取ることがあった。 なにはともあれ、突っ込みどころが満載なのだが、あえて空奈はこう尋ねた。 「にゃーん?」 「にゃーん!」 千景は嬉しそうに答えた。まるでこっちへおいでよと言わんばかりに、猫招き……ではなく手招きしている。 それだけで彼女の考えを察知した空奈は、何時の間にやら額に浮かんでいた汗をぬぐった。 間違いなく、用意されているだろう。自分のサイズにあった服、それも耳としっぽが付いているふりふり服が。白か。いや、それはおそらく疾風用だろう。三毛か、それともしましまか。ブラウンタビーあたりが有力だが。 「ごめんなさい、これから二階の休憩室の天井を見つめる仕事があるから……」 と言って逃げ出そうとしたが。 「にゃ」 しかし回り込まれてしまった。素早い動きは猫のごとし。 さてどうする。 フル回転する空奈の脳が、起死回生の策を囁いた。 「あ、黄路さんよ」 「にゃ?」 千景が振り向くのと、廊下の向こうから黄路疾風がやって来るのとは全くの同時だった。 「ん? な、なんだその格好は!」 千景の姿に、疾風が驚いた。 「にゃーん」 「に、にゃーん……?」 異常な物を見てか、疾風は混乱している。その隙を付いて空奈はそろそろと動き出した。 「これは一体なんの冗談だ!」 「にゃーん」 「は? こっちへおいでよ? ふざけてるのか貴様……って、なんだそれは!?」 「にゃーん」 「白猫白ロリセットだと? これを着ろと。俺に着ろと言うのか! 馬鹿なことを、おい空奈、君も何か言って……どこへ行くんだー!?」 何故か千景との会話が成立している疾風が話を振ってきた頃には、空奈はすでにその場から五メートルほど離れていた。 「ごめんなさい。私、これからパッキングされた爪楊枝の本数を数える仕事があるの」 「そんな仕事があるか!? うっ、ちょっと待て千景。そうだ、は、話し合おう。まずは落ち着いて……ち、千景?」 「にゃーん。にゃ〜ん」 「正気になれ! それはいくら何でも、ぐはっ! フルオート散弾銃は反則だろ!? うっ、うわーーーーーーー!」 空奈の背中に届く、疾風の叫びと銃撃音。ばらまかれるゴム弾。それでも疾風の体術ならどうにかなりそうなのだが、よほどうろたえているのか、それとも千景の攻撃が猫すぎるのか。あえなく捕まってしまったようだ。振り返らないので解らないが、多分、疾風は更衣室へと引っ張られようとしているのだろう。 「きこえない、きこえない」 両耳を掌で覆いつつ、空奈はそそくさとその場を後にしたのだった。 |
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