ハンターシリーズ178
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『夢オチ』 街のどこかにあるスタジオにて、女の子達がバンドの練習に励んでいた。 「なかなか良い仕上がりじゃないか」 ドラムを叩いていたポニーテールの女の子、いちごが満足げに頷く。しかし、他の娘達の表情は優れなかった。はて、今の演奏で気に入らないところがあったのだろうか。まあ、向上心があるのは良いことだと思いつつ、いちごは尋ねてみた。すると。 「なんか……違うのよね」 ギターを担いだあんずが言った。 「何かが足りない気がしますぅ」 ボーカルのなずながそれに続く。 「やってて違和感があるのよねえ」 最後に、ベースの双葉がそうぼやいた。 一体何がいけないのか。いちごが首をひねったところで、突然ドアが開き何者かが乱入してきた。 中肉中背の、平凡な容姿の男性。果たしてそれは、二岡であった。 「おい」 「え?」 「本当のベースの弾き方を教えてやる」 「に、二岡くん?」 戸惑う双葉などかまわずに、二岡は彼女の側まで寄ると、 「ベースをよこすのだ」 「う、うん……」 異様な雰囲気に、双葉は言われたとおりベースを渡してしまった。 その途端だった。二岡はベースをかき鳴らし始めた。その様子はすさまじいの一言だ。 「な、なんて激しいベースなの!?」 「この音の羅列……暴力的すぎる!」 驚愕している双葉とあんず。一方、慌てたのがいちごだった。 「お、おい、二岡! どうしちまったんだ……!?」 いちごの呼びかけに答えるように、二岡は叫ぶ。 「あぼおごがおがkごあうぇえいがkさjごいlづあおsjdkんvんgfhbmうえぶぼ」 「す、凄いデスボイスですぅ! もはや何を歌っているのかまったくわかりませぇぇん!」 「そ、そういう問題か!?」 なぜか感激しているなずなに、いちごが突っ込む。そうしている間に二岡は、ベースのネックを両手で持つと、それを振り下ろしてアンプを破壊し始めた。 「め、めちゃくちゃだ……」 アンプはもちろん、ベースもバッキバキに破壊されたところで、またも何者かがやって来た。 「どう? 練習うまくいってる?」 五代だった。何も知らない彼はにこやかに入室すると、たちまち二岡に目を付けられることとなった。 「ふうぅぅぅううん!」 「ぎゃふん!?」 二岡は五代を瞬く間にフルボッコにすると、彼の体をベースに見立てて、ありもしない弦をかき鳴らし始めた。 「ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ〜〜〜〜ん! ぼんぼんぼんぼんぼん!」 「なんなんだ……一体これはどうなってるんだ……」 五代は、一体何が起こっているのか判らず呆然としたまま、ただベースになっていた。 茫然自失となるいちごを尻目に、3名の女の子は嬌声をあげる。 「すごいわ! これが本当の音楽なんだわ!」 「こんな狂った音楽家は見たこと無いですぅ!」 「オゥイエァ! クレイジーガイ二岡!」 こうして、スタジオに破壊的音楽が充ち満ちていく……。 「……と言う感じに、貴方が希代のベーシストになる夢を見たのだけど、正夢かしら」 「それはない。絶対無いよ空奈ちゃん」 『さっぷうけいだから』 文香が部室で広報紙の編集作業を行っていると、訪問者が現れた。 情報部の情報処理課課長である、綾瀬凛であった。 「一つ、お願いがあるのだけど」 開口一番、彼女はそんなことを言ってきた。 「これ、置かせてくれないかしら」 「………………」 文香は、彼女が指差した物に目を向けた。大きなカートだ。そこにいろいろと積み上げられている。今にも崩れそうだ。 「なんですこれ」 「買ったのは良いけど、全然使わなくて。ぶっちゃけると、ザ・いらない物」 「ザがまずいらないでしょう、ザが」 「部室が寂しいって行ってたから、持ってきてあげたの」 「ありがたいようでありがたくありません」 「そうなの? じゃあ入れてね」 「なんていう強引さ」 凛はそうするのが当たり前といった感じの澄まし顔で、カートを部室へと突入させた。そして部室内を見渡して一言。 「まあ。殺風景」 「否定はしませんけどね」 「そこでこれの出番よ」 改めて文香はカートの上に乗っかった物品達に目を向けた。 「何ですこの熊のぬいぐるみ兄弟は」 「トムとジョーンズのワトソン兄弟よ。右が兄で左が弟」 「その名前、今付けたでしょう。で、これは?」 「世界吃驚大図鑑全10冊」 「超・いりませんが。じゃあ、これは」 「たこ焼き焼き機」 「これは」 「招き猫」 「…………。このピンクのは」 「雀卓よ。女性用の」 「女性用なら何でもピンクにすればいいって訳じゃないでしょうに」 「そんなこと言わないで。これは優れものなのよ。リバーシブルで、マットをひっくり返すと緑になるの。それにほら、コンセントを入れると」 凛は断りもなく勝手にコンセントを入れた。そしてボタンを押すとサイコロが廻った。さらにがしょがしょんと音がして、ピンクの牌が整列した状態で上がってきた。 「これは……全自動卓!」 「それだけじゃないの。このボタンを見て」 「?」 「ぽちっ」 『リーチ……』 「うわあ、声がした! 地獄に流されそうな声だ」 「ボタンを押すと鳴いたりしてくれるのよ。参加声優は48名。内訳は男性30人、女性9人、残りはその他よ」 「突っ込んであげませんが、一つだけ。これ、使ったことあるんですか」 「まあ。私にお友達がいないことを知ってのこと。言葉のナイフが私のナイーブハートを8分割にしてしまったわよ。どう責任取ってくれるのかしら」 「それはごめんなさい」 ぺこり。 「まあいいわ。とにかくね、もう私の部屋はいっぱいいっぱいなの。お願いだから、置かせてはもらえないかしら。今なら、耳寄りな情報も付けるわよ」 「ほほう。そういうことなら」 文香は耳を傾けた。 「実はね……剣道の起源はコムドなの」 「もっともらしい顔で大嘘つかないでください」 思わず裏手で突っ込む。 「じゃあこれはどうかしら。日本語のどうもはね、某国語のドモからきているの」 「余計酷くなってますよ」 「じゃあ、とっておき。ボスの本名はね……ごにょごにょ」 「ええっ! ごにょごにょって……ごにょしか言って無いじゃないですか!」 「ふふ。突っ込みいれまくりね。私の天才的勝利よ」 「なんでも天才を付ければ凄くなる訳じゃないって、改めて理解しましたが、そもそも勝負だったんですか」 詰め寄ると、彼女はさりげなく後ろに下がりつつ、腕時計に視線を向けた。 「おっと、あらいけないわ、そろそろ戻る時間が来てしまったわ。それじゃあ、私は失礼するわね。また会いましょう。シーユーネクストタイム」 凛は上機嫌で部室を出て行った。文香はその背中を見送って……、5秒後。 「しまった、押しつけられた!」 『麻雀』 麻雀である。 しかも最終局面である。 この時、二岡の点棒は残り100。 最初のうちは、結構ツモったりしていた二岡だったが、中盤辺りから急にみんなの手が良くなった。 文香は安手ではあるが上がりまくったし、空奈も満貫を決めてくれた。両者とも、二岡に直撃である。文香はともかく、空奈が麻雀出来るのが驚きだったが、聞けば計算はめんどいので覚えていないらしい。満貫以上しか上がらないから問題ないと言っていたが、本気でそのつもりで打っているようで、実際に上がっている。凛だけは二岡に集中攻撃を喰らわせる事はなかったが、2連続で跳満を上がってくれちゃったので、今は凛が一位である。 しかし。 最後の最後で、運命は二岡に味方をした。 二岡は、面子を見て内心ほくそ笑んだ。 親場である。 九連である。 さらに純正であり、この勝負はW役満が認められている。 揃えば大逆転だ。 今回の勝負、敗者は勝者達に夕食を振る舞わなければならないと言うルールが存在していた。だが二岡の財布はイエローゾーンであり、給料日は十日先である。ここはなんとしても勝ちたかった。 いや、勝ちたかった、ではだめだ。 勝つのである。 彼女たちは、気の早いことに今日の夕食を何にしようかと話し合っている。二岡の敗北は確定されたと思っているのだ。 ふふん。 そうはいかないぞ。 二岡は心の中にある勇気だとか小宇宙だとかを燃焼させた。すると、新たな世界を開く力が充ち満ちていく……気がした。 「んー。なかなかこないなあ」 手に取った牌を見て、文香がぼやいた。彼女は、一番多く上がっているが、安い手ばかりだったので、今は3位なのである。空奈は、ほとんど上がっていないのだが、代わりに誰からも直撃を受けていないので、2位である。 続いて、空奈が牌を取る。彼女は小首をかしげて、手にした牌を切って捨てた。そして、二岡に視線を送る。 二岡の番である。 ゆっくり手を伸ばし、牌を取り、手元に戻す際に指の腹でどんな牌が来たかを確かめる。 やった! 勝った! 二岡は確信した。待ち望んだ牌がやって来たのだ。これで財布の平和は守られる。 二岡は万感を込めて宣言しようとして。 「くちっ」 空奈が可愛らしいくしゃみをした。反射的に彼女の両手が口元へと移動しようとして……卓に手がぶつかった。その際、どんな因果が働いたのか、指が彼女の持ち牌の一つに当たって、ひっくり返った。 「あらあら。この場合はどうなるのかしら」 「チョンボですね。満貫払いで、やりなおしです」 「ごめんなさい」 空奈はぺこりと頭を下げて、点棒を手にする。 「って、ちょっと待ってー!? ツモなんだけどー!?」 二岡は激しく主張した。しかし。 「仕方ないよね。例えそれが萬子一色だとしてもね」 文香が優しい微笑みで言った。 「まあ、もう一度あるんだし、次も頑張って、数字を揃えると良いわ」 凛が二岡の肩を叩いた。 「チョンボしてごめんなさい。せっかく一萬引いたのに」 空奈が申し訳なさそうに言う。 それで、二岡は立ち上がった。 「君たち……さてはわざとだな!?」 「わざと? 私、二岡さんが何を言っているのか判らないわ」 「はは、そんなことある訳無いじゃないか二岡くん」 「そんなことより続きしましょう」 女性三人は、何事もなかったかのように牌を倒して次の準備に入っている。なんだか完全に舐めきられてる気がする。 まあ、冷静に考えれば、空奈があんなあからさまな事をするはずが無い。ツモを察知することは出来るだろうが、だからといってそれを邪魔するような性格では無いのだ。 しかし、この時の二岡は少々頭に血が上っていた。ついカッとなって、このままでは駄目だ、と思ったのだ。このままでは、一生うだつの上がらない、下っ端生活の波にに飲み込まれてしまうだろう。戦い、そして勝たねばならない。そう思ったのだ。 そんなわけで、冷静さを欠いた二岡は、 「あ、諦めないぞ! いつもは引いてるけど、男には戦わなくちゃならない時があるんだ! 例え相手が幼なじみだろうと先輩だろうと保護対象だろうと! 俺は立ち向かうぞ! そしてこのパシリっぽい境遇を変えるんだ!」 一と九が三つに残り二〜八の牌を公開しつつ叫ぶと、二岡は男のプライドを賭けて正真正銘最後の勝負に挑んだ。 それから五分後。 そこには、泣きながら特上寿司を注文する二岡の姿が。 「あの時はもう駄目かと思ったよ。彼女たちと麻雀? ははは、もうしないよ。こりごりさ」 後日、彼は泣き笑いの表情でそう語ったとのことだ。 |
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