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ハンターシリーズ180
『史上最悪のハンター』

作・真城 悠

イラスト:岩澄さん

 

第001回 2009年10月01日(木)
01.問題の新人ハンター

「…と言うわけで、今度のハンターの教育係を任せる」
 部屋にいちごを呼び出したボスがその様に告げる。
「相変わらず適当だな。そろそろ教育専従がいるぞ」
 いちごが軽く悪態をつく。
「いや、そんなことは無い。民間企業だって面接は普通の社員がやるし、OTJだって先輩の仕事だ」
 「OTJ」とは「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」の略で、要するに仕事を実際にしながら教える教育法のことである。

第002回 2009年10月02日(金)
「ふん、まあいい。で?今度のはどんな奴だ?」
「…そこが問題だ」
 ボスが写真を投げてよこした。
 そこには少し陰のある男前が映っている。
 目鼻立ちは整っているのだが…何故かいちごは余り印象が良くなかった。悪い意味でホストくさいのである。
「ふん、ウチに勤めるんじゃなくてモデルでもやってたほうがよさそうだ」
「悪くないカンだ」

第003回 2009年10月03日(土)
「どういうことだよ」
「お前に教育係を頼む理由はその辺もある。見ての通りの男前だ。はっきり言うと素行に問題がある」
「結婚詐欺でも働いたのか?」
 軽い冗談でいちごが言った。
「それも一部だ」
「…なんだと?」
「恐喝に暴行未遂、窃盗に寸借詐欺に結婚詐欺。分かっているだけで前科は20犯にもなる」
 ひゅう、と口笛を鳴らすいちご。
「こりゃウチの仕事かね?再教育施設にでもぶち込んで更正させるのが先だろ」
 ボスが少し考え込んで言う。
「ウチに来るからには“素質”があるってことだ」

第004回 2009年10月04日(日)
 それはつまり、ハンターの体質が生まれもってあると言うことに他ならない。
「…だとしてもこれはいかんぜ。伊奈みたいな訳にはいかん」
 伊奈とは通称ハンター17号のことである。
 冗談みたいな話だが、シリアル・キラーでことあるごとに人をナイフで刺そうとする小娘だ。だが、いい意味でも悪い意味でも「天然」であり、組織内で上手く飼いならすことに成功している。
「ああ。そうだろうな」
 しかし、今回の『新人』は話が別だ。
 言ってみれば「知的犯罪者」である。
 詐欺関係が多い様だが、恐喝や暴行未遂などの「肉体派」犯罪も含まれている。どうせ女子供など、自分よりも明らかに弱いものに対して行われたものだろう。
 分かりやすく言えば社会のダニ、穀潰しの類である。
 頭はいいのだろうが、口八丁手八丁で人を騙すだけ。きっとコンピュータなども使いこなせないに違いない。
 男は寡黙であるべきだと考えるいちごにとっては最も嫌いなタイプの人間だ。

第005回 2009年10月05日(月)
「ウチで飼いならせるかどうかは何ともいえん。だが、貴重なハンター体質の人間だ。可能ならば再教育したい」
「オススメしませんね。こいつは狂犬だよ。目を見れば分かる」
 いちごは写真を見て感じた違和感に気が付いた。
 整った顔立ちのうさんくさい笑顔の奥の目には粗暴さと狂気が潜んでいる。
「オレやとうこさんみたいなタイプばかりじゃあない。女子高生ハンターズやお子様ハンターズたちが毒牙に掛からないとは言い切れない。オレだっていつも本部にいるわけじゃないし」
 とうこさんとはハンター10号のことで、現在は華代被害に遭って女性の姿だがハンター屈指の肉体派である。スケコマシなど物の数ではない。

第006回 2009年10月06日(火)
「それこそウチの男どもはオタクみたいなのも大勢いる。こいつにやられんとも限らん」
 『オタクみたいなの』とは5号や14号のことだろう。酷い言い草だが、実際こいつと直接対峙したならば結果は目に見えている。
「だからお前に頼むんだ。態度によっては少々痛めつけても構わん」
「今までは軽い冗談で流してきたが、今回ばかりは本当に入院させることになるかも知れんぞ」
「それでも構わんと言っているんだ」
「ふむ…」
 いちごは少し考え込んだ。
 今までは子供やら大人しい素人みたいなのばかりだった。
 だがこいつは今までと全く違うタイプの人間だ。
 言ってみれば社会のアウトサイダーである。

第007回 2009年10月07日(水)
 冷静に考えればこういうタイプが今までハンターにいなかったことの方が不思議ではある。
 こいつの頭の中には分かりやすい虚栄やら性欲が渦巻いているだろう。
 分かりやすく言えば大金が手に入ったならば、14号は…最初から金を持って意はいるが…新しいコンピュータを買い、5号なら参考書。女子高生ハンターズならばアクセサリーや新しい服などを買うだろう。
 だがこいつの場合は高級車を買い、風俗に行ったりする。そういうタイプだ。
 そして、女と見れば攻め落とすことしか考えない。それも二股・三股は当たり前で一人の異性と愛をはぐくむタイプでは全く無い。

 もしもこんなのを組織に入れれば一ヶ月も経たない内にあの可愛らしい女子高生ハンターズだちは全員毒牙に掛かりかねない。

第008回 2009年10月08日(木)
「幾つか条件がある」
「言ってみろ」
「まず、『教育訓練』が終わってオレが適正を認めるまでは他のハンターには一切接触させないこと」
「事務員にもか?」
「まあ、男連中は基本的に大丈夫だとは思うがハンターとの接触は認めない。普通の事務員ならばいいだろう。男のな。女の事務員は駄目だ。ガイスト含めてだ。女のハンターでは珊瑚(3号)やとうこさん(10号)みたいに一対一で閉じ込められても平気と思われる人材以外は不可だ」
「そうだな。それが賢明だろう」
「もしも適正を認めない場合はハンターとしての採用は見送ってもらう」
「…その場合はこいつは刑務所に逆戻りし、最終的には社会に復帰することになるがそれでもだな?」
 刑務所からハンター組織に来る…とは聞いていないが、まあ推測は付く。これだけ累犯を重ねれば執行猶予なんぞ付くわけが無い。

第009回 2009年10月09日(金)
「悪質な脅しだ。ウチは教育機関じゃねえ」
 現代社会が抱える問題の一つで、詐欺や暴行未遂は重大な犯罪ではあるが、無期懲役や死刑が課される訳ではないので、必ずいつかは刑務所から社会復帰してしまうのである。
「それこそ、どうしてもこいつを封じ込めたいんならば洗脳でもするしかない」
「そうならんことを願うよ」
「応援を要請する。こんなモヤシみてえなのを押さえ込むのはどうってこたあねえが、万が一と言うこともある」
「そう思って準備した」
 ボスが内線を掛ける。
「入ってもらってくれ」
『はい。ボス』
 水野さんの声である。一応秘書っぽいこともやっている。

第010回 2009年10月10日(土)
「こんにちは!よろしくお願いいたします!」
 元気のいい声でその人物は入るなり敬礼をした。
「普通のハンター職員の佐藤くんだ。会ったことがあるかもな」
「ああ」
 ハンター組織にはハンター体質を持った「エージェント」と、当然ながらごく普通の事務や警備などをこなす「一般職員」がいる。お馴染み水野真澄と沢田愛の二人もその枠で採用された一般職員である。
「佐藤くんは大学で柔道と空手の両方で黒帯を取得し、逮捕術にも長けている。不足は無いと思う」
「はい!よろしくお願いします!佐藤広です!」
「…こちらこそよろしく」
 典型的な体育会系の男である。名前も平凡そのものだ。
 それほど筋肉質と言うわけではなく、十人並みでごく普通の体型をしている。耳も柔道経験者の割にはギョーザの様につぶれてはいない。頭がスポーツ狩りなのが唯一特徴的なところか。
 しかし、こういう人間が格闘の達人という方がある意味効果的だ。

第011回 2009年10月11日(日)
「佐藤くんは当然ハンター関係については熟知している。秘密にするところは無いから遠慮なく会話してもらって構わない」
「ふむ…」
「他にも運転手の遠山に事務員の只野などもいる。後で紹介しよう。今回はこのチームで当たってもらう」
「チームねえ…たかがハンター候補一匹に大袈裟な…」
「おいおい困るぞ。確かに最近は豊作だが、本来ハンター体質は貴重なものなんだ。今でこそ人材は豊富だが、向こう10年に渡って一人も見つからないことだって無いとは限らないんだ。チャンスがあれば最大限活用する」
「…そうだな。じゃあその前に頼みがある」

第012回 2009年10月12日(月)
02.初の現場

 いちごたちは車に乗っていた。
 運転席には運転手の遠山が座っている。時代劇ファンのいちごは「名前は金四郎か?」と尋ねたりしたが、ただの「四郎」だった。
 助手席には事務の只野が座っている。
 今回の顛末を余さず記録して以降に活かすのだそうだ。

 後部座席にはいちごと佐藤が『問題の人物』を挟み込む様に座っている。
 どちらも肉体派なので突如襲い掛かられても大丈夫だし、そういう覚悟もある。
 それにこの車はいざとなったら運転席と後部座席の間にシールドを張って運転手を保護し、後部座席のキーをロックして問題の人物を閉じ込めてしまうことも可能である。
 当然防弾処理が施されており、ハンドガンどころかライフルを食らっても弾丸が貫通することは無い。

第013回 2009年10月13日(火)
 問題の人物からは強い香水の匂いがぷんぷん漂っていて車内は非常に過ごしにくい環境となっていた。
 刑務所も留置所もその手の化粧などは出来ないはずなのだが…こいつは出て来ると同時にまずは身だしなみを整えに走ったらしい。

 問題の人物は「九重俊太郎」(ここのえ・しゅんたろう)という。
 相変わらずの安易な決め方で「9番」が偶然空位だったので「9号」ということになりそうなのだが、今のところは仮ナンバーである。

 身なりは非常に整っており、近くで見ると確かに美男子だ。いや、美男子というよりは「男前」とでも言う方が近い。
 ホスト系の線の細い美形よりも若干ワイルド系に寄った男で、それこそ「ラテン系」とでも言えばいいのか。

第014回 2009年10月14日(水)
「で?オレってこれからどこに連れて行かれるの?」
 いざ喋ってみると物凄く軽い感じの男だ。流行の表現で言うなら「ギャル男」というところか。
「説明は受けたろ」
 素っ気無くいちごが流す。
「ねえねえ。そんなことはいいからさあ」
 さっそく色目を使ってくる。
「オレって恩赦にでもなったの?教えてよおねえちゃ〜ん」
「お前のお姉ちゃんじゃねえよ」
 こいつには社会性とか無いのだろうか。とにかく甘えたところを見せる訳にはいかないのでピシャリと言い切る。

第015回 2009年10月15日(木)
「そんなこと言わないでさあ…」
「私語を慎め。もうすぐ現場だ」
 …と、佐藤が言いかけた瞬間だった。

「うるせえ!オメエに聞いてんじゃねえ!」

 百戦錬磨のいちごすら一瞬ビビって飛び上がりそうになるほどの声だった。
 単に大きいというのではない。喉の奥から重低音で響いてくるドスの聞いた声である。
 …なるほど、こりゃこんな調子でやれば恐喝も一発だろう。女には調子よく愛想を振りまくが、余計なところで男が声を掛けたりすれば…という訳だ。

 怒鳴ってから一瞬のことだった。
 いちごが九重の胸倉を掴んで前方に押し倒し、首元をひねりあげた。
 上半身がねじまげられ、首が絞まる。

第016回 2009年10月16日(金)
「…おい。なんだその態度は」
「…っ!!!…!!」
 余りのことに驚いて目を見開いている九重。
 今日のいちごはいつものジーンズに白いTシャツ…では余りにラフすぎるので、黒いパンツスーツ姿である。髪型はポニーテールのまま。
 大人しくしていれば可愛らしいお姉ちゃんにも見えるその小娘が突如腕力で大人の男を一瞬で組み伏せたのである。
「恩赦だ?生意気ほざくな。二度とそんな態度を取れば向こう20年はぶち込んでやるぞ!」
 まだ手を離さない。
「分かったのか?…どうなんだ!ああ!?」
 首が絞まった状態でぶんぶん首を上下させる九重。
 手を離してやるいちご。
 九重が激しく咳き込んだ。

第017回 2009年10月17日(土)
 この手の奴は犬や猫などのけだものと変わらない。最初にどちらが上なのかをしっかり叩き込んでしまわないといけないのだ。
「返事をしろ。分かったのか?」
 いちごが静かに畳み掛ける。
「…分かったよ…」
「何?」
「わ、分かりました。すいません」
「よし」
 まだにらみを利かせているいちご。
 その向こうで佐藤が視線で「すいません」と言っている。
 本来ならば咄嗟に激高すべきは佐藤の方だったのである。それをいちごにやらせてしまった。
 佐藤はいちごが、元・男性のエージェントである事情まで承知しているが修羅場をくぐった経験が圧倒的に不足している。

 それにしても女には猫なで声を出し、男にはくってかかる…本当に最悪の奴である。

第018回 2009年10月18日(日)

 いちごが要請したのは、今回のチーム全員と飲み会の席を設けることだった。
 一致団結して当たるべきチームが初対面とほぼ変わらず、コミュニケーションがギクシャクしていては仕方がない。
 それにいちごは経験上、こういうチームに女が一人混ざることで「空気がにごる」ことを承知している。
 肉体的に女であることを否定しようがないので、せめて飲みニケーションで少しでも敷居を下げておくべきだと考えたのだ。

 チームメンバーで今回いちごと並んで「いざという時」に九重を押さえつける役割を期待されている肉体派が佐藤広だ。
 空手と柔道のどちらも有段者。経験だけならばボクシングや剣道もたしなんだという。
 ごく普通のスーツだが、いちごのアドバイスで普通のネクタイはしていない。
 格闘になった場合、ネクタイを引っ張られて窒息することがある。
 社会人としては必須のアイテムだが、まるで凶器を自分で身に着けているみたいなものだ。
 なので、首のところでマジックテープで止まっているだけのものだ。
 引っ張ればすぐにとれてしまうので首は絞まらない。

第019回 2009年10月19日(月)
 運転手として同行しているのが遠山四郎。
 運転技術は言うまでもないが、彼も格闘技を学んだ経験はあるという。
 近所にあった合気道道場で護身術を学んでいたらしく、佐藤と同じく実戦経験には乏しいが一対一ならばどうにか相手をやり過ごして逃げるくらいは出来ると酒の席で語っていた。
 戦争ではないのだから、いざ戦いになった時には逃げるのも立派な戦略の一つである。

 助手席に座っているのが、只野克己。
 彼は一貫して経理畑を歩いてきた。格闘経験は無いが、陸上部に所属していたらしい。半ば幽霊部員だったが、短距離も長距離もそこそこにこなした。
 走る事に対する素質があったらしく、ハーフマラソン初参加で見事完走するほどだったという。
 いざその素質に気が付いた時には高校に入ってしまっており、本格的に選手を目指すわけにもいかないので受験勉強に打ち込んだという。

 今のところチームはいちごを含めてこの4人。
 チームリーダーであるいちごには、極端な話、九重の生殺与奪の権利まで与えられており、素行がどうしても直らない場合には叩きのめして刑務所に送りかえることも認められている。

第020回 2009年10月20日(火)
 悪くないチームなのだが、いちごには一点気になるところがあった。
 みんな綺麗な優等生ばかりだ。
 中途半端に体系的に格闘技を学んだ「達人」よりも、素人のケンカ上手の方が「実戦」に於いては強いことが少なくない。
 黒帯も道場稽古も結構だが、それよりも近所をシメていたケンカ百段みたいなのが一人でも欲しかった。
 実は当のいちごがそうなのだった。
 だからこそ実際のドスの利かせ方や、ハッタリのかまし方も堂に入っている。

 問題はこの「天性の詐欺師」みたいなのには「人がいい」だけでは対処出来ないのである。
 時には問答無用で押さえ付けることも必要になる。
 わんわん泣く演技をしながら顔を伏せれば舌を出しているのがこのタイプなのだ。一切の妥協は無用である。

第021回 2009年10月21日(水)
 いちごは遭えてチームに自分以外の女性を入れなかった。
 基本は荒っぽい仕事になるのが目に見えている。
 ここに「放っておいても大丈夫。奴が勝手に自分のことは自分で何とかするさ」と“思わせない”存在が複数いるのはマズいのである。

 国民皆兵である中東の国家イスラエルでは当然女性も兵役に取られる。
 だが、前線で銃を持つことは無く、後方支援のみである。
 これは女性差別でも女性優遇でもない。
 実戦の経験で、女性兵士は一人戦死するに当たって平均二人の男性兵士を道連れにすることが分かってきたのである。

 「種の保存」本能が呼び覚まされるのか、オスは咄嗟に死にそうなメスをかばってしまうのである。
 国民の総数が少ないイスラエルでは貴重な兵士を無駄死にさせる訳にはいかないので、「女は前線に出さない」ことが自然と決まっていったのだという。

第022回 2009年10月22日(木)
 チームを任されたからには自分が外れる訳にはいかない。
 だからこういう編成になった。

 その時、いちごの携帯電話が鳴った。
「もしもし…ああ。分かった」
 華代被害の入電である。幸い犠牲者は一人。現在確保しているという。
「金さん、お台場の国際展示場頼む」
「了解!」

 実は元々華代探知機でお台場辺りが怪しいと睨んで走らせていたのである。
 ちなみに「金さん」というのはニックネーム。
 これは刑事ドラマでお互いにあだ名で呼び合うのと同じである。

第023回 2009年10月22日(金)
 「山さん」「ゴリさん」などと呼び合うのは別にふざけている訳でも、ドラマ上の演出でもない。
 鉄火場で会話をやり取りする場合、本名を相手に知られるとそこから実家を襲撃されたりするため、刑事はお互いの本名を隠蔽する目的であだ名を使うことがある。
 まだ九重の正体が見極められていない以上、本名を曝(さら)すのははばかられた。

 ちなみにいちごは「いちさん」、佐藤広は「せんさん」、只野は「係長」である。深い意味は無い。

第024回 2009年10月23日(土)
 車内での「教育」が続く。
「もう一度聞くが、どこまで聞いてる?」
 ハンターについての説明は余りにも荒唐無稽なので一番苦労するのがある程度年齢を重ねた人間に納得してもらうことである。
「いや、何も聞いてねえ」
「ん!?」
「…聞いてません」
 油断のならない男だ。
「いちさん、やっぱり実際に見せるのが一番ですよ」
「そうだな」
 理屈で説明しても仕方が無い。実際に見てもらうしか無さそうだ。

第025回 2009年10月24日(日)
 国際展示場ではイベントが開かれていた。
 お盆と年末年始にはオタクが集まって同人誌即売イベントなどをやっているが、普段はごく真面目な学術発表なども行われている会場である。
 今日は何やら業界団体の新作発表だったらしい。

 そこに華代が現れて、何だかよくわからない論理で会場の警備員の一人をエレベーターガールに変えてしまったらしい。
 ま、華代に理屈を求めても仕方が無い。

「いいか?何が起こっても黙ってみてるんだ」
「…はい」
 九重は表面上はしおらしくしていたが、その表情の奥には欲求不満が噴出せんばかりである。
 小娘に服従を強いられているからであろう。常に自分が主導権を握っていないと気がすまないのだ。

第026回 2009年10月25日(月)
 車が停車した。
 とりあえず「現場」で被害者を元に戻す場面を見せ、その後説得に掛かる。
 運転手がいるので、車は駐車したままである。

「じゃあ行くぞ」
 いちごが一足先に車から一歩踏み出し、車外に足を着いた瞬間だった。
「ひゃっ!」
 いちごの背筋をおぞましいものが走り抜けた。

 なんと九重がいちごのお尻を背後から撫で上げたのだ!
「貴様!」
 佐藤が叫ぶのと同時だった。

第027回 2009年10月26日(火)
 いちごは取って返して九重の胸倉を掴んだ。
 それを予想していたらしく、その手を取ってねじり上げようとした九重だが、いちごはそこまで読んでいる。
 瞬時にその手の関節を取って力をそらし、一瞬逆間接に入れる。
 この狭い車内で咄嗟にそこまでの動きが出来るのは流石だ。

 いちごは痛みに力が抜けた九重を馬鹿力で引きずり出すと、問答無用で背負い投げをかました。

「ぎゃああっ!」

 目一杯背中から落下した九重は、素人らしくロクな受身も取らなかったため、一瞬肺がつぶれて激しく咳き込んだ。
 いちごはそれを承知で投げ落としたのである。

第027回 2009年10月27日(水)
 背中をモロに打った時の息苦しさは半端なものではない。
 普通は投げた後に空中で少し上向きに持ち上げてやり、落下のショックを軽減するものだ。
 だがそれは、試合において相手を気遣って行うことであり、犯人を制圧する際にはそんな遠慮など全くいらない。
 落ち方によっては骨折することもあるが、構わず硬いアスファルトにたたきつけた。

 みっともないほどの大声を挙げてのた打ち回る九重。
「こいつ…!」

 少し遅れて車から降りた佐藤が見下ろしている。
「気をつけろ!」

第028回 2009年10月28日(木)
 いちごが怒鳴った時には暴れていた九重が佐藤の足を掴んで持ち上げた。
「わああっ!」
「おい!」
 九重がある程度のダメージを追ったのは間違いないが、ここまでのた打ち回るほどではなかったのだ。
 それを暴れまくって油断させ、近くに寄った人間に襲い掛かる。
 正に狂犬だ。いや、この期に及んで冷静な計算をも働かせた狡猾さを発揮するとは、もう形容の仕様が無い。

 佐藤は足を持ち上げられ、同時にもう片方の足を蹴り払われた。
 完全に空中に放り出される形となり、そのまま背中から同じくアスファルトに落下する。
 もう遠慮する必要は無い。
 いちごは九重の背中から飛び掛ると羽交い絞め…ではなく、裸締めに取った。

第029回 2009年10月29日(金)
 プロレスで言う「スリーパー・ホールド」である。
 完全に「首を絞める」体制だ。
 入りどころが悪ければ絞め殺してしまうが、その前に急激に頚動脈が圧迫されて脳への血液供給が不足し、昏倒する。
 柔道用語で「落ちる」という気絶状態となるのだ。

 いちごはもう、絞め殺しても構わないという勢いで目一杯力を入れた。
 流石に先ほどの背負い投げはノーダメージという訳ではなかったらしく、相当暴れているが徐々に力が抜けてくる。

 一瞬「ぎゅっ」と頭を前方に振って、後頭部をこちらの眉間に叩きつける様に振ってくる。
 が、そんなのはお見通しである。いちごは頭を前方に倒し、歯を食いしばって直撃に耐えた。
 顔面に食らったらタダじゃ済まなかっただろうが、覚悟していればそれほどでもない。
 10秒ほどは抵抗しただろうか。遂にこの悪魔は意識を失った。

第030回 2009年10月30日(土)
「せん!拘束具もってこい!」
 いちごが怒鳴った。
「あ、ああ!」
 佐藤がすぐに車の後部からロープを持ち出して伸びている九重をぐるぐる巻きにする。
「あー何でもありません。何でも!」
 只野が人払いをしている。この点の臨機応変さは流石だ。

「大丈夫か?」
「そっちこそ」
 いちごに佐藤が言い返す。
 いちごはおでこに軽いこぶが出来ていた。先ほどの後頭部頭突きで出来たものである。
 佐藤も柔道経験者でなかったら完全に後頭部からアスファルトに落下していた。

第031回 2009年10月31日(日)
 打ち所が悪かったら意識不明以上の重症となっていた可能性すら高い危険な転がし方をしやがったのである。この狂人は。
「油断しすぎだ!」
「…すまん」
 地面で暴れまわる九重に無用心にも近寄ったのは佐藤だった。
 その点では佐藤に落ち度がある。

「駄目だ。こりゃいかんぞ」
 完全に伸びている九重。気道を確保したので、気絶によって落ち込んだ舌が窒息状態を誘発する心配は無い。
 いちごが言っているのは、到底飼いならせる様な殊勝な男ではありえないということだった。
 あれだけ威嚇したいちごの尻を触り、投げつけられても尚周囲の人間を傷つけんと暴れまわる。
 こんなのを本部に入れてお子様ハンターズあたりと会わせたら一体何が起こるか…考えるだけで身震いがする。

第032回 2009年11月01日(月)
 大立ち回りに集まり始めていた人ごみを係長こと只野が捌いていく。
 中には警官の姿もあった。
「お疲れ様です」
 いちごがふところから国家公務員の身分証明書をチラ見せする。
 よく誤解されるが、基本的に「敬礼」は無帽の時には行わない。

 いちごたちは今言ってみれば「私服警官」と同じ状態である。
 この状態で敬礼したのでは自ら身分を周囲に宣伝しているようなもので、折角の偽装が意味が無い。
 帽子まで揃った制服姿であるならば、既に周囲にバレバレなので敬礼しても問題ないというわけだ。
「はあ…何事ですか?」
「もう終わりました。大丈夫です」
 目で「分かれよ」と合図を送る。
 いちごのような特殊な立場の人間に余りあったことの無い警官らしい。
「すぐに帰りますので」
「はあ…」
 納得が行かない様子だったが、警官はその場を離れた。

第033回 2009年11月02日(火)
 いちごは直(すぐ)に携帯でボスに繋いだ。

「…で?何だって?」
 これは佐藤。
 いちごたちは基本的にチーム内ではタメ口で話す。
 上下関係は一応はあるが、敬語は語尾が長くなり、一瞬考える間が開くので特殊チームには向かないのだ。
 「どいてください!」よりも「どけ!」の方が簡単明瞭で意味も伝わりやすいのだ。
「拘束したまんまで構わないから『還元』見せろとよ。いい気なもんだぜ!」
 吐き捨てるかの様にいちごが言った。

「レクター博士みたいなの引きずってこの展示場に入る訳にはいかん。被害者には気の毒だがここまで来てもらう手はずを整えてくれ」
「了解!」
 只野がすぐに連絡を取る為に走り出した。

第035回 2009年11月04日(木)
 すると、只野がいかにも華奢なエレベーターガールを引っ張ってきた。
 この会場にエレベーターは…多分あったとは思うが、エレベーターガールなどという存在はいなかったはずだ。
 相変わらずの華代の勘違いぶりだが、これだけ多くの人間が揃う会場で集団性転換パニックをやらかさなかっただけでも僥倖(ぎょうこう)である。

「あの…ぼく…」
 エレベーターガールはショックの余り泣いていたのか目が赤い。
「ああ、分かるよ。もう少し待ってな」
 身体の感覚がつかめないのか精神的ショックが明けていないのかふらふらと足元がおぼつかない。
 鮮やかな黄色の制服のスカートからすらりと伸びた黒いストッキングが艶(なまめ)かしい。

第036回 2009年11月05日(金)
「ちゃっちゃと済ますぞ」
 普段は被害者への心理的フォローなども行うのだが、場合が場合なのでいちごはさっさとエレベーターガールを元に戻した。
 そこに出現したのはいかにもなオタク…ではなくてごく普通のサラリーマン風の男性だった。
「あ…あ…」
 すっかり元に戻った自らの姿に今度は違和感を感じている風の男性。
「すまんが後は頼む」
「了解した」
 その場に只野を残していちごたち3人と九重は本部に取って返した。

 これが大波乱の幕開けであることはこの時点での想像を遥かに超えていたのだった。

第037回 2009年11月06日(土)
03.
「全く話にならん!」
 部屋に入ってのいちごの第一声がそれだった。
「単なる破廉恥野郎というのならばそれはそれで問題だが、手が付けられんと言うほどではない。しかしあの粗暴さは捨て置けん」
 ここはボスの部屋である。
 先ほどの状況報告にやってきたのだ。
「…どれくらいやばい?もう少し具体的に頼む」
 いちごは“やれやれ”という具合に肩をすくめてからその場の椅子に座った。
「オレが尻を触られたことそのものはいい。こちらにも油断があった。だがその後佐藤をこかしたんだが、あの倒し方は無い。一歩間違えば植物人間になりかねん」
「…そんなにか」
「あの調子で女を殴ってたとなると相当やばいぞこれは。ハンター適正どうこう言うレベルじゃない」

第038回 2009年11月07日(日)
 ボスは考え込んでいる。
「そうか…最悪、縛り上げたまま現場をつれまわすことも考えんといかんな」
「ねーよ。ハンター能力は自分で意識せんことには使えん。あんな狂犬扱えるか」
「しかし、珊瑚(さんご)は更正したぞ?」
「本気か?」
「そうだな」
 結論が出たと思われた。

04.
 九重の口の拘束具が取られた。
「はあ…はあ…おいおい!一体どうなってんだよ!」
「見ての通りだ」
 この場で対応しているのは佐藤広である。
 ここはハンター組織内にある拘置ブロックの独房の中である。
 九重は全身を拘束具によって拘束されている。
「何だよ!勿体ねえなあ!」
「…何だと?」
「どうしてあんないい女を男にするんだよ!何してんだ!」
 どうやら九重は全く状況を理解していないらしい。

第039回 2009年11月08日(月)
「そういうことじゃない。女を男にしてるんじゃないんだ」
「だってそうじゃねえかよ!」
「…お前はもう少し立場をわきまえろ。敬語で話すんだ。それくらい出来るだろ」
「はぁ!?」
 九重の口元が醜く歪んだ。
「あんでテメエなんかにですます言う必要があるんだよあぁ!?」
 脳に響く重い金属音が響き渡った。
 警棒で佐藤が鉄格子を殴ったのである。

第040回 2009年11月09日(火)
「…っ!!!」
 両手を拘束されたままの九重は耳をふさぐことが出来ず、身もだえした。
「いいかよく聞け。これからこの世に起こっていることのメカニズムを説明する」
 どういう心境の変化なのか知らないが、大人しく聞き始める九重。
 佐藤は順を追って分かりやすく解説していった。
 どこからともなく神出鬼没に現れる謎の少女「真城華代」。
 彼女に係わり合いになると、多くの場合男性は女性にされて放り出されてしまう。
 しかし、そんな調子で犠牲者ばかり増えていては社会が大混乱になってしまう。
 それをバランスを取るために元に戻して回っているのが我々「ハンター」組織なのであると。

第041回 2009年11月10日(水)
 ハンターとなれるのは生まれつき素質を持っている人間だけで、彼ら彼女らは華代の被害に遭った人間を元に戻すことが出来る。
 その代わり、普通の男性を女性にしたり、女性を男性にしたりすることが出来るわけではない。あくまでも華代被害者を「元に戻す」ことが出来るだけである。
 その素質は純粋に先天的なもので、後天的な学習などで身に付くことは無い。
 また、何故かハンター体質を持つ人間は華代被害に遭った場合はハンター能力で元に戻ることは出来ない。自分で自分を戻すことも、他のハンターに戻してもらうことも出来ない。
 仮にもしも元に戻れることがあるとしたら、それこそ華代が気まぐれを起こして戻してくれた場合くらいである。

 以上をかいつまんで説明した。
「何か質問があれば受け付ける。何かないか?」
 九重は黙ったままだった。
 余りにも突飛で荒唐無稽も甚(はなは)だしい話である。すぐに信じられないのも無理は無い。

第042回 2009年11月11日(木)
「…じゃあさっきのエレガも、リーマンが元だってのかよ?」
「ん…あ、ああ。そうだ」
 「エレガ」というのは「エレベーターガール」のことで、「リーマン」というのはサラリーマンのことだ。余りにも省略が激しいので一瞬意味が分からなかった。
 普通はこんな無茶な話をしても正気を疑われるだけだろうが、目の前で実演してみせているのだから、「信じるしかない」であろう。
「で?それで何だってんだよ」
「分からんかね」
「何が?」
「だから、お前がその数十万人に一人のハンター体質を持って生まれてきた人間だってことだ」

第043回 2009年11月12日(金)
「ええっ!?そ、そうなのか!?」
 拘束具のまま身を乗り出そうとする九重。
「だからさっきから説明してるだろうに…」
 頭がいいのか悪いのか良く分からない。
「つまり、アレだな?オレにもああいうことをしろってことだな?」
 何かが弾けたのか、突如喋りだす九重。
 その瞬間、佐藤も「あ、こりゃいかん」と思い至った。
「俺は選ばれたエリートってことだな!そうだな!?そうなんだろ!?ところであんたにはその能力ってあるのかい?」
「あ、いや。俺にはない」
 佐藤が正直に明かす。
「あのねえちゃんはどうだ?」
「彼女にはある。一流のエージェントだ」
「つーかあのねーちゃん、もしかして元は男だったんじゃねえの?」
 こういうことだけは本当にカンの働く奴だ。
「お前の知ったことではない」
 これでは答えているのと変わらない。
 九重の目が輝いた。

第044回 2009年11月13日(土)
05.
「どうだった?」
 部屋に入ってきた佐藤に、ボスよりも早くいちごが尋ねた。
「駄目ですね。見込み無しだと思います」
「いいから座りたまえ」
 いちご、ボス、佐藤の三人が低いテーブルを囲んで車座になる。
 沢田さんがホットのコーヒーを入れてくれるが、重い雰囲気に呑まれて何も発言出来ない様だった。
 黒のパンツスーツのいちごを認めて頬を赤くしてウィンクしてくれる。
 …あとでいじられそうだなこりゃ。
 沢田さんが出て行ったのを確認して佐藤が話し始める。
「一応全体像の説明はしました」

第045回 2009年11月14日(日)
「で?本物を見た後だから理解そのものはスムースだったんじゃないのか?」
 これはボス。
「その様ですね。ですが、だからこそいけません」
「というと?」
 今度はいちご。
「女に変えられた男を元に戻す…それが自分に期待された役割だということが分かった瞬間に目が輝きましたよ。ありゃやる気満々ですわ」
「だったらいいじゃないか」
「ちげーよ。そういうことじゃねーんだ」
 いちごが畳み掛けた。
「つまりこういうことだろ?あのスケコマシ野郎は、『女の肉体に閉じ込められた男の精神を持つ女』なんてレア物件を見つけた瞬間に自分の立場を利用してすき放題やる気が満々なんだろ?」
「さすがはいちさん…その通り」

第046回 2009年11月15日(月)
「はっきり言って、考えられる限り最悪の性格の奴だ。社会人としても失格だが、ハンターとしては最も向いてない。あいつは自分の肉体が男でしかも女好きだ。女に変えられた男なんてのを見たらたちまち毒牙に掛ける。賭けてもいい」
 全く最悪の構図だった。
「…それが元・男でもか?」
「奴の性格を考えれば充分ありだな。言ってみればサディストだ。人が嫌がったり恥ずかしがったりするのが何より自分の楽しみってタイプさ。直接手篭めにしなくたって、『戻して欲しければ金を出せ』くらいのことは言いかねん」
「直接華代被害者に手を出すことは無いかも知れないが、寧(むし)ろそっちの方が問題でしょう」
 これは佐藤。
「…確かにそうだな。これまで考えたことも無かった…いや、そうした不届き者を取り締まるためにハンターガイストがいるが、この調子じゃあ持て余すだろう」
「オレだってご免だ。奴と取っ組み合いはもう勘弁だぜ」
「自身が無いのか?」
「自身はある。だが次は本当に手加減せんぞ。次にあいつがオレを組み敷いた時にムザムザやられるとは思えん。光物(刃物)持ち出すか、最初から急所攻撃か…」

第047回 2009年11月16日(火)
「急所ったって…」
 佐藤が言って思わず言いよどむ。男性の急所を喪失しているいちごには酷かと思ったのだ。
「アホか。股間ばかりが急所じゃねえよ。最悪、出会い頭に目玉を突き刺されたりしかねん。あいつは自分の攻撃で相手がどうなるかを全く考えない…というか相手が傷つくことを何の躊躇(ためら)いも無く行える奴だ。行くべきはこんなところじゃなくて軍隊さ。間違いないね」
「ふむ…」

第048回 2009年11月17日(水)
06.
 九重は独房に一人残された。
 それも首から上以外は全く動かない拘束具によって張り付けられたままである。
「おーい!何時(いつ)まで放っておく積もりだー!?漏れちまうぞー!」
 この「漏れる」とか「腹が減った」というのは、拘束具に拘束されるレベルの囚人が脱出を試みる際の定番のひっかけである。
 なので、この拘束具は操作する人間が安全であるようにリモコンで拘束を外すことが出来る様になっている。
 独房から出て、安全を確保した状態で拘束を外すのだ。
 食料は外部の窓から差し入れられる様になっているし、部屋には便器もある。

「おにーちゃん!」

第049回 2009年11月18日(木)
 足元で声がした。
「おにーちゃん、どうしたの?」

 そこには小学校低学年くらいに見える女の子がいた。
「あ…いやその…」
 九重は一瞬混乱した。
 余りにも場違いな闖入者である。
 何しろここは独房の中だ。警戒は厳重だし、何よりも錠前を外さずに物理的にこんなところに進入できるはずがないのである。
 ということは…もう答えは一つしかなかった。

第050回 2009年11月19日(金)
「あの…君が華代ちゃん?」
「あれ?あたしの名前を知ってるの?」
 間違いない、こいつだ。
「ああ。あんたの…君の名前は有名だよ。うん」
「あれま。そうだったんだ。やっぱり地道な営業が効いたのね!」
 何やら嬉しそうである。
 九重は小さな女の子には全く興味は無かった。彼が興味があるのは最低でも女子高生である。女子中学生ともなると子供っぽ過ぎてパスだ。興味の対象にならない。
 だが、このガキ…華代には大いに興味がある。
 もしも飼いならすことが出来るならば、俺の「ハンター能力」とやらでどんなことでもし放題なんじゃないのか?

第051回 2009年11月20日(土)
「華代ちゃん、その…お願いがあるんだ」
 ここで慎重に言葉を選ばないといけない。九重自身が女にされてしまったんでは元も子もない。
 九重は特に男性である特権を最大限に活かすタイプの人間だったので、自分自身が女になってしまうなど、「死んだ方がマシ」と考える方だ。
「まずはこれ、外してくれないかな?」
「いいわよ」
 ふ…と拘束が軽くなった。
「お、外れるぞ…」
 どこをどうやったのか分からないが、すいすい脱ぐことが出来る。
 たちまち自由の身になる九重。
 拘束具の下からはホスト風のスーツが顔を出す。
「はいこれ!」
 名刺を渡してくる少女。

第052回 2009年11月21日(日)
「あ、ああ名刺ね。ありがと」
 正直、ジャリのごっこ遊びのアイテムなんぞどうでも良かったが、こういう小道具を邪険に扱って機嫌を損ねてもつまらない。
「で?困ってることって何?あたしが解決して差し上げます」
 底抜けに明るいガキだ。
 子供が嫌いな九重はイライラしてくる。
 相手が噂の「真城華代」で無ければ蹴り飛ばして財布の中身を失敬するところだ。
「そうだねえ…その…他人の気持ちが分かるようになりたいんだよ」
「他人の気持ち…」
 考え込んでいる華代。
 九重は先ほど華代ちゃんについて聞かされたばかりで、正直緻密な計算など全く練っていなかったので行き当たりばったりでこう言った。
 余り自分の置かれている危機的な状況を理解していないのだが、そこは素人のクソ度胸が功を奏する。

第053回 2009年11月22日(月)
「ああそうだ!華代ちゃんだ!華代ちゃんみたいになりたいんだよ!その…他人を華代ちゃんみたいに助けたいというか…」
 まるで論理が一貫していない。正に口からでまかせのこいつの生き方そのものであった。
「うーん…難しいわねえ…。じゃあ、ちょっと考えさせてよ。結論が出たらまた来るからそれまで待ってくれる」
「ああ!いいとも!待つよ待つ!」
 九重の方としても戦略を練り直したかったので丁度いいきっかけが出来た形である。
「それじゃあ!」
 しゅたっ!と手を挙げて出て行こうとする華代を九重が背後から呼び止めた。
「あ!ちょっと待って」
「何です?」
「ここから出してくれないかな?入り口に鍵が掛かってるもんだから」

第054回 2009年11月23日(火)
「ああ、そんなことならお安い御用よ。それじゃあ、臨時の措置でとりあえず保留ってことでそれじゃあ!」
 今度こそ姿を消す華代。

 まるで嵐の後の様である。
 九重はおそるおそる入り口のところまでやってきて押してみた。
 ギイ…と音を立てて扉が開くではないか。
 やった!これで脱獄完了だ!
 いや、とりあえず外に出てからだが…あの娘…華代を待つ必要は無いんだろうか?

第055回 2009年11月24日(水)
 まだまだ情報が足らない。
 今の俺に出来るのは「華代被害者」とやらを元に戻すことが出来るってことだ。
 それにはここの連中よりも先に「華代被害者」を見つけて接触する必要がある。
 それこそあの「真城華代」とやらを自由に扱えるんならばそれが一番なんだが…。
 まあいい。とにかくこの辛気臭い建物からはおさらばだ。
 連中がどんな権限を持ってるんだか知らないが、一度娑婆に出た下手人捕まえるのは骨だぜ?
 今も都内中に散らばってる女の元を渡り歩いて面白おかしく過ごさせてもらうとするかね。

 そう考えて一歩を踏み出した瞬間だった。

第056回 2009年11月25日(木)
「何だ貴様!何をしているんだ!」
 そこにいたのは運転手役だった遠山四郎だった。
「ちっ!」
 もう見つかったか。
 九重は体系立てて格闘技を習った経験が無い。要は我流のケンカ人間である。
 この細身で信じられないかも知れないが、暴力と精神的な恐怖支配で小学校・中学校ともシメていたのだ。
 当然いじめっ子で、自殺に追い込んだことこそないが、何人も不登校においやった。その後どうなったかは知らないし興味も無い。
 腕力が自慢の体力馬鹿は讒言や離間策などを効果的に使ってその地位を追い落とし、気になる女の子は軒並み手に入れた。

 だから、一対一の戦いで不覚を取ったことは無い。
 さっきいちごに投げ飛ばされたのは人生初の敗北に近いのだ。
 今度こそ手篭めにしてやる…寝こみを襲うなり、スタンガンを使うなり…手段は選ばない。元・男だって?
 嘘かホントか知らないが、面白いじゃないか。そういう変り種も最高だ。その辺りを巧妙に使って精神的に追い詰めてやるぜ…。
 そう考えるとゾクゾクしてくるのだ。

第057回 2009年11月26日(金)
 九重の中では立ち回りのイメージはもう出来ていた。
 不意を衝いて何でもいいからこいつ(遠山)の顔面に一撃入れる。
 そこから後は腕の一本もへし折って逃走の際の人質にでもさせてもらう。

 と、目の前の男は逃げずにその場で構えを取った。
 どうやら合気道らしい。
 ふん…畳水練野郎が…。

 九重はこれまで何度も「自称・空手マスター」やらボクサーと戦ってきたが、どいつもこいつも張り合いが無いことおびただしかった。
 路上のケンカにはルールなど何も無い。
 ボクシングの構えをしている人間を蹴っても審判が止めに入る訳でもなんでもないのだ。

第058回 2009年11月27日(土)
 ふん…それにしても色気のねえ建物だぜ。何だよさっきからむさい男ばかり出てきやがって…。
 九重は脳内で悪態をついていた。
 同時に遠山の顔面にパンチを入れる。

 …が、入らなかった。
 巧みにそのパンチを払いのけてまた構えている。

「へえ…やるじゃねえか」
「どうやって出たんだ!?」

 構えを解かない遠山。
 合気道相手に下手に手を出すと、あっという間に絡め取られて関節を決められてしまうのだが、目の前にいるこいつにはそこまでの腕は無いらしかった。

第059回 2009年11月28日(日)
 全く視線を外さずににらみ合う両者。
 一瞬でも油断すればどうなるか分からない。
 遠山としては応援を呼びたいところなのだが、それも適わない。
 恐らくだが、ここで背中を見せて逃げてもいいことは無いだろう。相手に追いつかれてかなりやばいことになる。

 それにしても…。
 遠山はいぶかしんだ。
 どうやって電子ロックの錠を破ったのか?拘束具もしていたはずなのに…。破ったこと自体も脅威だが、何故警報が鳴らないのか?
 不思議なことだらけだが、今は目の前のことに集中するしかない。
第060回 2009年11月29日(月)
「なあ…見逃してくれよ」
「…」

 そろそろ軽口にも反応してくれなくなっている。
 こいつはちと厄介な相手だ。空手や柔道ならばともかく、返し技主体の合気道となると、力任せにぶん殴ってもこっちの力を逆利用されたりする。
 脳内でこれまでの豊富なケンカ経験が蘇(よみがえ)る。

 そうそう、何人目かの女が合気道の達人って話だったが、あの時は…どうしたっけかな?結局強引に腕力で押し切った様な覚えがある。
 「柔よく剛を制す」という言い方が良くされるが、実はその格言には「後半」がある。
 それが「剛よく柔を絶つ」である。

 どれだけ合気道とやらに精通してもケンカとなれば最後は腕力だ。それに何よりも「ケンカ度胸」である。少なくとも護身術を学ぶような女なぞにその点でこの九重が負けるわけが無かった。

第061回 2009年11月30日(火)
 これが佐藤やいちごの様な武闘派だったらもう少し局面も違っていたかも知れない。そして、もっと腕っ節が弱い人間だったならば、叩きのめされるかこの場から逃走するなりしただろう。
 だが、基本的に格闘が専門ではない遠山がこの場で九重と対峙してしまった為ににらみ合いが発生してしまった。

 けっ!厄介な相手だぜ。
 それにしても男のクセに合気道たあ女々しいこった。
 それこそ中国拳法みたいなのをやればいいのによお…。
 合気道ったら確かあのはかまみたいなのを着るんだよな?
 俺はああいう野暮ったいのよりも露出度が高いのが好きなんだよ。それこそ腰までスリットが入ったチャイナドレスとかさあ…。
 あのちらちら見える脚がたまらねえぜ。

 その時だった。

第062回 2009年12月01日(水)
「…!?」
 遠山が何やら妙な表情をしている。
 構えを崩すまいと必死にこらえているらしいが、それも限界らしい。
「…ん…あ…」

 その余りの異常さに九重もにらみ合いの最中にもかかわらず目をこすった。
 …何だ?おっさんが変形してるみたいに見えるぞ…?

「あ…あ…ああっ!」
 うずくまっていたかと思ったら、びくうっ!と上半身をのけぞらせる遠山。
 それと同時にみどり為す黒髪がぶわりと宙を舞った。

 何の変哲も無い蛍光灯に照らされた廊下に展開する異常な情景だった。
 いつもならば相手がひるんだところに「チャンス!」とばかりに襲い掛かる九重だったが、この時ばかりは呆然と見続けるしかなかった。

第063回 2009年12月02日(木)
 明らかだった。
 目の前のごく普通のサラリーマン風の男はその身体を変形させていた。
 成人男性としてはごく普通の肩幅はぐぐぐ…と狭まっていき、上半身全体が細く細く変わっていく。
「あ…あ…」
 髪は既に腰まで伸びており、ボサボサだったものが綺麗な光沢を持つそれに整っていく。
 細くなる上半身の中で、胸部のみが残り、結果としてそこには豊かな丘陵が出現していた。

 ウェストが細く引き締まっていき、結果としてワイシャツの下の山を押さえつけ、頂点がとがった状態へと皺(しわ)が刻まれていく。
「こ、これは…っ!」

第064回 2009年12月03日(金)
 脚が自然と内側に曲がっていき、膝から上がぴたりとひっつく。
 要は「内股」になっていく。

 臀(でん)部は丸々と大きくなり、身体全体が柔らかな皮下脂肪に覆われて行く。
 節くれだっていた指は白魚のように可憐に細くなり、肌のキメも細かくなる。
 もう、目の前で何が起こっているのかは明らかだった。

「おっさん…あんた…」

 その先を言おうとした瞬間、また目の前の彼…彼女…が身をのけぞらせた。
「あ…駄目…駄目だあっ!」

第065回 2009年12月04日(土)
 両手で胸を抱きしめる様にしている。
 何をしているのかと思ったが九重には分からなかった。

 だが、続いて外見からも分かる変化が遠山…だった女性を襲った。

 白いワイシャツがぐんぐんと朱色に染まっていく。
 同時に無骨なベルトが消滅し、ズボンが上半身のワイシャツと融解して一つになっていく。

「わ…あ…」

 長袖だった腕からはワイシャツが消滅し、肩口まで来て消失が止まった。
 それは所謂(いわゆる)「ノースリーブ」と呼ばれる形態だった。

第066回 2009年12月05日(日)
 両手を離したその胸…いや、既に上半身も下半身も身に着けていた衣類は一体化していた。
 その朱色に鮮やかな模様が刻まれていく。
 どうやら何か植物をあしらったものらしいが、実にあでやかで美しい。

 すとん、という音が聞こえて来そうな変化がそれに止めを刺した。

「…」
 目の前のおっさん…だった存在は、頬を真っ赤に染めて俯いている。

 着ていた衣類が足元まで届く「ワンピース」へと変化してしまったのである。
 ふと見ると、色気も何も無かったはずの革靴は服と同じ朱色のハイヒールへと変化しているではないか。

第067回 2009年12月06日(月)
「お…おいおい…」
 ご多分に漏れず、九重はハイヒールが大好物だった。
 食べるわけではない。彼の興味はそれを履いている女性にあることは説明するまでもないだろう。

 寸胴な形に身体を包んでいたその刺繍をあしらった生地は、きゅっ!とウェストの部分で引き締まって、その大きな乳房の形を露(あらわ)にした。

「あんっ!」

 後でどうやって脱ぐのか心配になるほど形が強調された乳房の下の部分の生地が徐々に身体に密着していき、身体の脇に向かって真横からスリットがせりあがっていく。

第068回 2009年12月07日(火)
「お、おうおう!おう!」

 九重はもうこの「変身ショー」に夢中だった。

「ああんっ!」
 その恥ずかしい姿を少しでも隠そうとしたのか、肩の部分からむき出しの手で身体を押さえ、ひねる。
 だがそれは、脚どころか腰まで入ったスリットのロングスカートを「ぶわり!」と翻(ひるがえ)す効果しかなかった。

 よろよろとハイヒールでよろめくその姿は、まるで自らの脚線美を「見せ付ける」かの様だった。

「うひょー!」

第069回 2009年12月08日(水)
 最初から全部露出しているよりも、中途半端に隠されてちらちらと見せ付けられる生の脚は物凄く色っぽかった。

 腰まであった長い髪は一瞬にしてしゅるしゅるっとまとまっていき、頭の上で二箇所にまとまって「お団子」を形勢した。
 同時にアイラインとルージュの濃い化粧がその顔を彩り、「重そう」なほどのイヤリングが出現してちりちりと音を立てている。

 真紅のマニキュアに彩られたその手にはド派手な扇子が握られている。

 そう、目の前のただのおっさん…遠山四郎…は、一瞬にして艶(なまめ)かしいチャイナドレスに身を包んだ美女に変貌を遂げてしまったのだ!

第070回 2009年12月09日(木)
「おいおい!何だよこりゃあ!どうなってんだ!?!」
 文字面だけ見ると感じられないが、明らかに嬉しくてたまらない風情で九重が怒鳴る。

 一歩近づくと、遠山も後ずさり…しようとしているんだろうが、ハイヒールに転ばない様にするのがやっとである。
 上半身にはぴたりと張り付いてその女性的な身体のラインをくっきりと浮かび上がらせているチャイナドレスがあり、一歩動くごとにちらちらとその脚線美を見せ付けるスカートが揺れる。

 生粋の女たらしで女好きの九重にはメイクもばっちりのチャイナドレス美女と差し向かいのこの構図は最高だった。
 中身が元・男なんて関係ない。
 そもそもこの男にとっては女性なんぞ外見、身体が自分にとって都合がいいことが第一であって、相手が何を考えているかなどどうでもいいのだ。
 それこそ、中身が男だろうと全く構わない。身体さえあればいいのだ。

 本当に最低の男であるが、それが九重の本質だった。

第071回 2009年12月10日(金)
「おいおっさん!どうなってんだよこりゃ!教えてくれや!」
 どこからどうみても男っぽさなど微塵も無いチャイナドレス美女に向かって「おっさん」と呼びかけるのは、倒錯的な感情にまるで理解の無い九重にしてからが背徳的な響きを持っていた。

「…し、知らん」

 “鈴の鳴るような声”とはこの事だろうか。
 少なからず交した会話の先ほどの声…何の変哲も無いおっさんの声…とは似ても似つかない。
 完全に声まで女になってしまっている。

「あんたさっきのおっさんなのか?手品で入れ替わってんじゃねえのか?」

第072回 2009年12月11日(土)
 どうやら、その辺りにまだ疑いを持っているらしい。

「……」

 どう答えるのが一番いいのか遠山は明らかに迷っていた。
 実はこのハンター組織にはついこの間まで、無差別に男性職員を女性に変えては女装させる傍若無人な女の暴君がいた。
 それはハンター3号こと「藤美珊瑚(ふじみ・さんご)」である。

 現在は正反対の体質を持つ29号と結婚し、苗字も変わって「二条珊瑚(にじょう・さんご)」として大人しくなっているが、その毒牙に掛かった男性職員は数多い。
 この遠山は難を逃れていた男性職員の内の一人であった。
 だからこうして女性に性転換することも、女物を着せられることも初体験である。

第073回 2009年12月12日(日)
 こんな極限状態でなければ存分に楽しめるのに…とは思わない。

 だが、胸はブラジャーで圧迫されて苦しいし、乳房が何だか重い。
 下半身は頼りないことこの上ない。
 男性器が消失しているので物凄く不安である上に、覆う面積が極端に少ない女性の下着に加えてスカートだから下半身の接地面積が限りなくゼロに近い。
 スリットも相俟って丸で裸に近い感覚なのである。

 それでいてスカートの生地がちらちらと素脚に接触してなんともくすぐったい。軽く動くとスカートの中でむき出しになった素脚の内側がするりと接触して…何ともいえない感触が背筋を走り抜けるのだ。

 ハイヒールは不安定どころの代物ではない。
 まるで小高い丘の斜面に突っ立っているみたいに前方につんのめりそうだ。
 こんな状態では歩くところか直立姿勢を維持するのが精一杯で、格闘など全く及びも付かない。
 しかも、どうやら簡単にハイヒールが脱げない様にストラップで足の甲や足首を拘束するタイプらしく、咄嗟に脱いで…という訳にはいかないのだ。
 折角ある程度脚が自由になるスリット入りのスカートなのに全く活かせそうにない。

第074回 2009年12月13日(月)
 そんなことを明確に言語化して考えられた訳ではない。
 だが、今の自分が置かれた状況が限りなく危機的なものであるのは誰よりも遠山自身が分かっていた。
 こいつは見た目こそ細く、ホスト風のやさ男に見えるがその実ケンカ自慢のチンピラで、数々の女性をその手に掛けて来た犯罪者なのである。

 珊瑚(さんご)の被害者なんぞ、その場でおっぱい揉まれるとかスカートめくられる程度で済んでいたが、この場合は「貞操の危機」に正に直結する。
 しかも、身体が女に変わっただけでも危険極まりないのに、自分で見下ろしていてすらむしゃぶりつきたくなるセクシーの記号を寄せ集めたみたいなこの格好である。
 背筋に氷の塊(かたまり)を押し付けられた様だった。

第075回 2009年12月14日(火)
「どうなんだよ!ええっ!?」

 どう答えたものか…。
 入れ替わった本物の女だ…と言えばこの貞操の危機が回避出来るとは思えない。
 だが、それならばさっきまで男だったものが変身した姿だ…と言ったところでこいつにとってどういう意味があるのか定かではないのだ。

「どうした!何をしている!」
 背後から声がした。あの声は只野だ!
 チームの一員が拘留している九重の様子を見に来たらしい。

「来るな!すぐに応援を呼ぶんだ係長!」
 反射的に遠山は叫んでいた。

第076回 2009年12月15日(水)
「テメエっ!」
 脱兎のごとく走り出した九重がチャイナドレス姿の遠山を突き飛ばした。
「きゃっ!」
 自然発生的に出てしまった声と共に尻餅をついて倒れる遠山。
 当然、スカートはめくれ上がり、正面に誰かいたならばその純白の下着を見せ付けていただろう。
 嫁には見せられない姿である。

「お前!」

 チームいちごの中で唯一格闘経験の無い只野に九重は止められない。
 一瞬考えた只野は踵を返して入り口に向かって猛ダッシュで引き返した。

 二人の距離はこの段階でまだ10メートルはあった。
 だが、最初から速度に乗って加速している九重と、急激にその場から後ろ向きに走り出した只野では勝負にならなかった。

第078回 2009年12月16日(木)
 只野は咄嗟の判断で、「留置所」全体を緊急閉鎖出来るボタンを殴った。
 危険人物を収容することも多いため、仮に脱獄者が出た場合、建物の区画ごと閉鎖してしまうためのものである。
 ただ、これは押した人間が一緒に閉じ込められてしまう危険性があるため、押してから5秒ほどの猶予があり、押すと同時に飛び出すのがセオリーだった。

 無論、これは押した人間が脱出する場合の操作であり、そうでない場合は二回連続で殴ることで、押した人間ごと閉じ込める「緊急閉鎖」が可能となる。

 只野は咄嗟に二回殴った。
 こいつの危険性は嫌と言うほど見せ付けている。
 外に出す訳にはいかない。

第079回 2009年12月17日(金)
 次の瞬間、不可解なことが起こった。
 頭部全体に猛烈な痛みが走り、背後に引き倒されたのである。
「うわああっ!!」
 何が起こったのか全くわからないまま只野は尻餅をついた。
「おらあっ!」
 廊下の端にある、拘置ブロックからの出口に突進するも、既にそこは閉鎖された後である。
 内側からは基本的に開くことが出来ない。
「おいテメエ!何しやがるんだ!」
 扉を狂った様に殴り、蹴り続けながら怒声を只野の方に浴びせる九重。
「…っ!?」
 だが、只野はそれどころではなかった。
 身体の前に物凄い量の髪の毛が流れ落ちていた。

第080回 2009年12月18日(土)
 その髪の毛は間違いなく只野自身の頭から生えたものである。
 只野はその瞬間、先ほど起こった謎の事態の原因を「理解」した。

 理由は分からないが、走っている只野が後方におおきくなびかせた髪を引っ張られて引き倒されたのだ。
 そうこうしている内にも変化は止まらない。
 たちまちの内に上半身がしぼんで行き、逞(たくま)しい胸板は細い身体に残る豊かな乳房を残す形になる。
 尻餅をついたお尻は丸々と膨らみ、下腹部が消失する。
「こ…これは…!?」
 ハンター組織にいるならば目撃していても不可解(おか)しくない光景ではあった。
 だが、自分の身体が見る見る女性のものに性転換していくなど、出来るものならば見たくは無い。特に自分が望まない状況であればこそ。

第081回 2009年12月19日(日)
「おいおい!またかよ!どうなってんだ!」
 九重が叫んだ。
 どうしていいのかも分からないが、どうにかしなければならない。
 その義務意識だけで只野は立ち上がった。

 だが、立ち上がる途中でその変化は加速し、両足の裏で地面を踏みしめる頃には完了していたのである。

 踵(かかと)は地面から浮き上がり、前方につんのめらんばかりだった。
 豊かな乳房はその服の下でワイヤー入りのブラジャーにしっかりと抱きとめられ、男性器の消失した下腹部には身体の脇の部分がひも状になっているパンティが履かされている。

 そして…。

 ワイシャツとズボンは、ベルトの金属製部分まで含めて一体となって溶解し、ワンピースになっていた。
 それも、大胆なスリットが入ったチャイナドレスである。
 一メートルはありそうだった髪の毛は頭部二箇所にまとまって「お団子」となり、濃いメイクと重そうなイヤリングまでがあしらわれていた。

 そう、只野もまたチャイナドレス姿の美女に変わってしまったのである。

第082回 2009年12月20日(月)
07.
 拘置ブロックが緊急閉鎖されたことで遂にハンター組織館内に警報が鳴り響いた。
 ボスのオフィスにいた三人は館内をくまなく映し出す監視カメラの映像が映る電算室に駆け込んだ。
「何事だ!」
 そこにはいち早く到着していた5号がいた。
「脱獄みたい。でも只野さんと遠山さんが一緒に閉じ込められてるよ」
「何だと!」
 佐藤といちごが顔を見合わせた。
 一番考えられる下手人はあいつ…九重俊太郎しかいない。

 そしてそのディスプレイには意外すぎるものが映っていた。

第083回 2009年12月21日(火)
「こりゃあ…拘置ブロックで中華料理屋でも開いたのか?」
 ボスが軽口を叩く。
 だが、一見すればそう言いたくなる気持ちも分かる。
 そこにはホスト風の男と、二人のチャイナドレスの美女がいたのである。
「…こりゃ、二人はやられたかもしれん」
 長年の経験でいちごはそう判断した。
「ええっ!?じゃあこの二人は只野と遠山か!?」
「その可能性があると言っただけだ!5号!あの二人は今どこにいる!」
「館内の別の場所にはいないよ…多分」
 身分証明書に仕込んだICタグがGPSの機能も果たすので、館内にいればすぐに場所が分かる。
 それこそ華代や珊瑚(さんご)の被害に遭えば身に着けていたものも変貌するので結果的に消滅することは考えられる。

第084回 2009年12月22日(水)
「待て待て!状況が分からんぞ!奴には珊瑚(さんご)みたいな能力があるってのか!?」
 珊瑚(さんご)の能力とは男性に触れるだけでその身体を女性のものに性転換し、身に着けていた服までをも女性のものに変えてしまうというものである。
 ただ、幾つかの制約がある。
 まず、生粋の女性には効き目が無いこと。一旦姿を変えた男性は数時間から一晩で着ている服まで含めて元に戻ること。
 更に、一度変化させた男性は、戻るまでは追加でそれ以上の変化を起こさせるのは基本的に不可であること。
 例えばセーラー服を着せた元・男にもう一度触ってブレザーに着替えさせたりは出来ない。
「よく分からん。映像記録出せるか?」
「やってみる!」
 5号が記録されている少し前からの映像を再生する。
「あった!」

第085回 2009年12月23日(木)
「…何だこりゃ?」
 そこには、見る見る内にチャイナドレス姿の美女に変化していく遠山と只野の映像が記録されていた。
「まるで華代ちゃんだね」
 これは5号。
「…直接接触した形跡が無い…」
 いちごがつぶやいた。
「最初に殴り合ってるぞ?」
 ボスが口を挟む。
「珊瑚(さんご)型の能力ならこの時点で発動してもおかしくない」
「時間差ってことは?」
「それだと只野がやられた理由が説明できない。あの二人は接触もしてない」
『すいません!』
 水野さんから内線が入った。
「どうした!」

第086回 2009年12月24日(金)
『作業ユニットが拘置ブロックを包囲してるんですが…二人を救出ってことでいいんですか!?』
 見ると、確かに拘置ブロックの入り口付近を完全武装した10人程度が取り巻いている。
「ちょっと待て!迂闊(うかつ)に近寄るのはマズい!」
 いちごが叫ぶ。猛烈に嫌な予感がするのだ。
「しかし二人の安全が…奴の素性を考えれば今の状況は最悪だ」
 その通りだった。
 連続婦女暴行魔と可憐な美女2人を閉じ込めているに等しいのだ。
 幾ら中身が男といっても、この状況だと戦闘能力を削がれている可能性が非常に高い。
「スタングレネードでもぶちこんで気絶させるか?二人にも若干危害が及ぶが仕方が無い」
 いちごとボスの額を脂汗が伝った。

第087回 2009年12月25日(土)
08.
「さーて、お二人さんにはこれがどういうことなんだか説明してもらいましょうか?」
 チャイナドレス姿の美女となってしまった遠山と只野は何故か九重の目の前に二人して直立不動の姿をとらされている。
 お互いにちらちらと視線を交す。

 二人とも珊瑚(さんご)被害に遭ったことは無かったので、こんな変わり果てた姿で視線を交すのは何とも複雑な気分である。
 横に並んでいるのでスリットから覗く生脚が直接目に飛び込んでくる。

「おい!何とか言えよ!」
 言うが早いが九重は遠山のスカートをぴらり!とめくりあげた。
「きゃああっ!」

第088回 2009年12月26日(日)
 遠山は思わず嬌声が口を衝いて出てしまい、同時にスカートを押さえる。
 大胆なスリットが両方の脇に入っているワンピースなので、床に付きそうなロングスカートながら簡単にめくれ上がってその脚の大半を視線に晒してしまう。
 今や誰もが振り返るチャイナドレス姿の美女となってしまっている遠山は、すぐに自らの嬌態に恥じ入り、耳まで赤くなって俯いてしまう。さっきまで全身男性だった身には辛い仕打ちである。

「いいねえいいねえ、その悲鳴。たまらんぜ」

 やはり最低の男である。
 人が見ている場面では女性に対して紳士的だが、いざ誰も見ていないとなると女性に対しても容赦の無い仕打ちを浴びせる。

「話そう」

 鈴の鳴る様な声で言うのは後からチャイナにされた只野である。

第089回 2009年12月27日(月)
「そうかい。じゃ、頼むぜ」

「おい!」
 思わず遠山が窘(たしな)める。

「うるせえ!」
 今度は遠山の思いっきり乳房を鷲づかみにする九重。

「きゃあああああっ!」
 必死にその手を振りほどく遠山。
 目尻には涙が溜まっている。
 派手な羽飾りの付いた扇子が床に飛ばされる。

「拾っとけ」
 乱暴に命じると、遠山は歩きにくそうなハイヒールですごすごと扇子のところまで歩み寄り、お尻を九重達に見せ付けるかの様な姿勢で突き出すとそれを拾って戻ってくる。

第090回 2009年12月28日(火)
「それにしてもアレだな。二人ともそそる格好なのはいいんだが、ちと見分けがつきにくいな。後の方が青くなるとかすると分かりやすいってか」
 九重が適当なことを言う。

 その瞬間だった!

 只野の全身を覆うチャイナドレスが朱色から見る見る深いブルーへと変化していくではないか!

「…っ!!」

 服の形が変わった訳ではないので、感触には変化が無いのだが、それにしても余りにも鮮やかな変化に只野が目を見開いて驚いている。
 あっという間に朱色のチャイナドレスは美しい青色へと変化した。
 よく見ると扇子やハイヒール、メイクの傾向やイヤリングまでがその色で統一されている。

 朱色と青色のチャイナさん二人が思わず見詰め合った。

第091回 2009年12月29日(水)
「ひゃー!すげーなあんたら!まるで手品だぜ!」
 この場で全ての状況を理解出来ている人間はまだ誰もいなかった。
 一つだけ確かなのは、九重の言葉通りの変化が今この瞬間に起こったということだけである。

「じゃ、続きを頼むぜおっさん」
「あ…ああ」
 青いほうのチャイナさんである只野が喋り始める。

「別にわれわれにだって全てが分かってるわけじゃない。ただ、3号と呼ばれてる人が似たような能力を持ってたというだけだ」
 可愛らしい声ながらおっさんくさい喋り方をするチャイナドレス姿の美女の情景は実に異様なものであった。

第092回 2009年12月30日(木)
「あーちょっと待って」
 九重がさえぎった。
「何か…」
「いや、いいんだけどさ。折角綺麗になってるのにそんな喋り方じゃ台無しだよ。もっと女っぽい喋り方してくんねーかな」
「いや…そう言われても…」
 思わず広げた扇子を口元に当てる只野。

 その姿は余りにも女性的で、九重がよく理性を保っているものであるとかつての彼を知る人間ならば言ったであろう。
 そして、いきなり女言葉を使えというのも無茶な話だった。

 珊瑚(さんご)被害者がそうであるように、姿かたち、肉体的には女性になってしまっても精神は男性のままなのでそう簡単に意識を切り替えることなど出来はしない。

第093回 2009年12月31日(木)
「なあ、頼むよ」

「あたし…そんなこと出来ません」
 一瞬周囲の空気が凍りついた。

「お前…今…」
 これは朱色のチャイナさん、遠山である。

 青い方のチャイナさんたる只野は余りのことに真っ赤になって扇子で口元どころか顔全体を隠している。

「下げて、それ下げて」
 九重の命令に何故か素直に従ってしまう青チャイナ・只野は扇子を下げて顔を曝(さら)す。
 ここに至って徐々に九重にも状況が飲み込めてきた。

第094回 2010年01月01日(金)
「いいからもっと喋って!ほら!」

 九重が興味津々で煽る。

「いや…そんな…あたし…普通に男言葉で喋ってるのよ!なのに…」

 泣きそうになりながら青チャイナ・只野が言葉をつむぐ。
 どうやら、意思に反して言葉が口をついた瞬間に「女言葉」に勝手に変換されてしまう状態になっているらしいのだ!

「お前…まさか…」
 着ている服は朱色だが、青ざめた遠山が一歩踏み出して言う。
 脚を一歩踏み出したチャイナドレスは、横から見るとスリットが大きく広がって中の交差した脚が見える一番おいしい状態となるのだ。
 そして、遠山が言いたいことは一つだった。

 もしかして、精神まで女性化してしまったんではあるまいな、と。

第095回 2010年01月02日(土)
「あんだもだよ!」
 九重が遠山を睨む。
「わああっ!」
 逃れられるものではないと知りつつも両手で視線を阻む朱色チャイナ・遠山。
 その姿にはワイシャツにズボン姿で颯爽(さっそう)と運転手をこなしていた合気道の達人の面影は無い。

「はい扇子さげてー」
 言われるままに身体が勝手に動いてしまう。

「じゃあ何かしゃべってみようか」
 得意げになった九重が言う。


第096回 2010年01月03日(日)
 誰が!誰がお前なんかの言うなりになんぞなるか!
 大体、この珊瑚(さんご)能力…と思われるものは精神まで操ることは…出来たっけかな?あとで報告書を読み返してみよう。

「へっ!誰がお前なんかの言うなりになるかよ!」

 そういう声が脳内に響きわったった。
 だが、実際に口をついて出た言葉はまるで違っていた。

「なによ!あんたなんかの言いなりになんかならないわよっ!」

 …つ!!
 遠山の脳内でビックリマークが幾つも飛んだ。

第097回 2010年01月04日(月)
「ひゃーははは!こりゃいいや最高だ!可愛いよあんた!ひゃーははは!」
 九重が腹を抱えて笑っている。

 なんて…ことだ。俺まで勝手に言葉まで女に…。

「何よ…これ…どうなってるの?あたしの言葉が…」

 駄目だ!駄目だ!これ以上喋っちゃいけない!
 だが、反射的に出る言葉まで全て女言葉に変換されてしまうのだ。

「いやー最高だよ。あんたさあ、言葉だけじゃなくて態度とかも全部おてんばさんになっちゃいなよ」

 駄目だと分かっていながら遠山が反射的に言い返してしまう。

「あんたなんてことすんのよ!もお!あたしたちを元に戻しなさいっ!!」

 同時に、何とも女性的な“猫みたい”な肢体で「ぷんぷん!」とでも言いたげなポーズまで勝手に身体が取ってしまう。

 九重はは益々腹を抱えて笑い転げる。

「金さん…あなた…そこまで女に…」
 青チャイナ・只野がやはり女言葉で言う。

第098回 2010年01月05日(火)
「あ、忘れてた。あんたの方はおしとやかで気の弱い女性ね。もちろん仕草も」

 青チャイナ・只野の方に注文をつける九重。既に完全に「自分に何が出来るか」が分かってきたらしい。

「いや…そんな…」
 小動物の様におびえる青チャイナ・只野。
 これでも訓練も受けた特殊公務員である。ここまでにされてしまうのは、当然九重の精神的改変が効果を発揮したからだ。

「大体分かってきたよ。お姉ちゃんが何を説明してくれようとしてたのか分からんけど、要するにあれだろ?自分の意思で相手を女にしたり着替えさせたり出来るタイプの人間もいるってことだろ?」

 確かにその通りだった。
 だが、直接手を触れることも無く、相手の言語パターンや仕草まで改変出来る能力となると珊瑚(さんご)すら及びも付かない強力な能力だ。
 それこそこれに匹敵するのは華代本人しかいないのではないか?

第099回 2010年01月06日(水)
「うん。まあ、大体分かったわ」
 九重は二人の美女を置き去りにして閉鎖された入り口に向かって歩き出した。

「あの…これからどうするの?」
 女言葉でしか問いかけられないのがもどかしい只野。
「ん?そりゃ逃げるさ。この能力があれば何でも思いのままだからな」

 これは最悪の展開となった。
 これまで華代被害は二種類報告されている。
 身体を性転換されてしまうオーソドックスなタイプ。これに関しては特に書くべきことはない。
 もう一種類が「何らかの能力を付与されてしまう」場合である。

 珊瑚(さんご)が典型的だ。
 今は理想のパートナーを見つけたからいい様なものの、年頃の女性にとって「触れた男性が全員女性に性転換してしまう」能力など迷惑でしかないだろう。

 だが、この九重俊太郎は、現状を見る限り触れることすらなく相手を思うがままに身体も服も変化させることが出来、言葉遣いや挙動まで自由に操れるのだ。

第100回 2010年01月07日(木)
「そうだ…やっぱチャイナっていえば赤や青もいいけど、黒とか白もよくね?」

 そういい終った瞬間だった。
 朱色だった遠山のチャイナドレスは一瞬にして黒に染まり、同様に青かった只野のチャイナドレスは一瞬にして白くなった。

「あーははは!こりゃいいや!ムチャクチャ便利じゃねえかよ!」

 どうやら、一旦変化させた後の改変も自由自在らしい。この点でも珊瑚(さんご)能力を遥かに超えている。

「あと、短いスカートってのはどうかな?」

 もう言われるがままだった。
 遠山と只野の床に付きそうだったスカートの裾がしゅるしゅると縮んでいき、ふとももの真ん中くらいまでのミニスカートに変化した。

「きゃあああっ」

第101回 2010年01月08日(金)
 「挙動」を「おしとよかな女性」に変えられてしまっている只野はむき出しになった素脚を慌てて隠す。

「む〜ん、やっぱチャイナに関しては長い方がいいわ」

 腕組みなんぞして考え込んでいた九重がそういうと、またすとん!とスカートが長くなる。もう自由自在だ。

「待って!」

 女言葉でしか口に出せないのがもどかしいが、遠山が声を掛ける。

「ん?何だよ」

「あたしたちを元に戻しなさい!」
 九重が意外な表情を見せる。

第102回 2010年01月09日(土)
「ああ?何でそんな勿体無いことする必要があんだよ?」
「いいから戻すのよ!」
 口調こそ強気な女性のそれだが、精神は合気道の達人の男性のものだ。
 相手の操作によって口調が女性的に変えられてしまっている以上仕方が無いのである。

 遠山の脳裏にはある「可能性」が浮かんでいた。
 この能力がどの程度の有効範囲その他を持つのか分からないが、いまのこの会話ややりとりも全てモニターされているはずだ。
 だったら少しでも情報を提供したい。

 「可能性」とは、有効期限の話だった。
 珊瑚(さんご)の能力は強制的に発動してしまって術者には制限出来ないものだった。
 だからこそ「有効期限」が設定されていて、珊瑚(さんご)が「戻したくない」と思っていたとしても勝手に戻ってしまう。

 だが、今こいつ…九重…に発動している能力は完全に任意である。
 つまり、時間の制限が無い…九重自身が戻したいと思わない限りは、変えられた人間は一生その姿のままということが考えられるのだ!

第103回 2010年01月10日(日)
「嫌だね」
「何でよ!」
「だから勿体ねーことすんなって。この世は俺以外は全員女で構わねーんだからさあ。あんたがたはその第一弾だよ」

 朱色…今は黒チャイナの遠山の背筋に冷たいものが走りぬけた。
 こいつ…なんてことを考えるのか!
 本当に最悪の人間に最悪の能力が付与されてしまった!

「あんた!そんなことしたらどうなるか分かってんの!?」
 正に華代どころではない人間災害だ。人類の人口バランスが崩壊してしまう。
「分かってるさ。けどよー、どうせ俺が死んだ後の世界のことなんて知らんよ。俺が楽しければいいのさ」

 黒チャイナの遠山は絶句した。
 一体どうすればここまで自分本位の人間が育つのだろう。
 こいつは、全人類を女性化し、自分の奴隷にしようというのか!

第104回 2010年01月11日(月)
「まーでも、元に戻せるかどうかの実験はやってみたいとは思ってたんだ」
「そう、ならいいわ。実験台になってあげるからさっさとやりなさい!」
 何だか漫画やアニメに出て来る気の強い女の子みたいになっているが、どう喋ってもこんな調子になってしまうのだから仕方が無い。

「ふん…いいけど、何かシャクだな…面白くねえ」
「…これから先は自由にやったらいいじゃない。あたしたち二人くらい元に戻してもどうってことないでしょ?」

 遠山の狙いの一つは「時間を稼ぐ」こともあった。
 間違いなくモニターしているはずの外部に対策を練る時間を与えるのだ。

 といっても、相手を変化させるのに接触することすら必要でないこんな化け物相手にどうすればいいのかもわからない。

第105回 2010年01月12日(火)
「じゃあ、条件がある」
 遠山は唾を飲んだ。
 このドスケベ男が完全に女の肉体となり、セクシーな衣装に身を包んだ自分に対する要求となれば…最も考えられる可能性は一つだ。

「あんた…相方のおっぱいもみな」

 …一瞬沈黙が走った。

「…何ですって?」
 咄嗟の一言すら完全に女言葉だ。情けなくなってくる。
「そのまんまだよ。そこの白いチャイナドレスのねーさんのおっぱいもむんだよ!」
 余りにも意外というか、何と言っていいのか分からない要求だ。

第106回 2010年01月13日(水)
「あんた…そういう趣味があったの?」
 どう挑発していいのかも分からないのでとりあえずそう言う。
「別にぃ…。ただ興味があっただけだよん」

 何と言う適当な男だ…。

「高校とかでクラスの女子とかもやってるだろ?女同士でスカートめくったりちち揉んだりさあ。あんたも念願だったんじゃねえの?いいからやりなよ。ま、元男同士だけども」

 いちいち精神的にいたぶってくる。
 只野の方を見てみた。
 只野は…本人がどう感じているのかはともかく、白いチャイナドレスに身を包んで酷くおびえている。
 こうしてみると大きなお尻の抜群のプロポーションである。

第107回 2010年01月14日(木)
「あんたがたがやらんなら、やらせてやるよ。それっ!」

 九重がそう言った瞬間だった。
 遠山の脚が勝手に動き、つかつかと只野の方に歩み寄る。
「ああっ!」
 只野も同様に遠山に向かってきて、二人は正面衝突してしまった。

「あんっ!いやああっ!」
 二人の乳房がぶつかり合い、つぶれるように押し合った。
 これまで感覚が通っていなかった部分同士がぶつかった二人は何とも言えない感触に脳内が満たされる。

 両脚が勢いで絡み合い、スカートに覆われていた素脚の一部が触れ合った。

第108回 2010年01月15日(金)
 遠山の右手が勝手に動き、少し距離を開けた二人の身体の間に割って入り、そして白いチャイナドレスに包まれた只野の胸を揉みしだいた。
「いやあっ!やめてえっ!」
「違う!違うのよ!身体が…勝手に…!」
 同時に左手は細いウェストを回りこんで豊満なヒップの表面をすりすりとなでていた。
 衣類の表面にほどこされた刺繍の凹凸が白魚のような指先に伝わってくる。

 そしてその両手の動きは全く同じ様に只野も行っていた。
 遠山の胸とお尻に柔らかく、冷たいそれの接触感覚が走り抜ける。

「な、何よ…あんただって…あたしの身体を…」
「いや、いやああああっ!」
 触られている感覚と触っている感覚を同時に味わわされた只野は遂に泣き始めた。
 やっていることはお互いの服の上から胸とお尻をなでているだけなので、女子高生の若干過剰なスキンシップ…それこそ珊瑚(さんご)がやっていた程度…なのではあるが、お互いに変わり果てたセクシーな姿で強要されるその光景は何ともシュールなものだった。

第109回 2010年01月16日(土)
 ふ…と全身の力が抜けた二人はその場に崩れ落ちた。
 どうにか身体が動く。が、肉体的なものは勿論、精神的なダメージが激しく、その場から動けそうに無い。

 スカートに大胆にスリットが入っているため、前後に大きく開いたスカートはその脚を保護する役割を果たしてはくれず、素脚が直接ひんやりとした床に接触させられていた。
 只野に至っては下着が直接床に触れていたのだが、もう気にすることすら出来ていない。

「あははははは!こりゃいい!最高だ!ひゃーっはっは!」
 なんと、九重の能力は他人を完全に操って、ここまでのことをさせることすら出来るのである。
 今回はここまでだったが、恐らくあのままキスをさせたり、それ以上のことも可能ではあっただろう。
 単に気まぐれで停止させたに過ぎないのだ。

第110回 2010年01月17日(日)
「ま、約束だからな。戻してやるぜ。ほれっ!」
 むくむくと身体に変化が認められる。
 嗚呼、遂に元に戻れる…。
 今日は何と言う日だ。いや、悪夢はもう始まっているかも知れない。その序章に過ぎないかも知れないのだ。

 ギギッ!

 ある瞬間から身体に猛烈な痛みが走る。
 な、何だこれは!?

「あああっ!」
 身体を見下ろしてみると、そこには黒いチャイナドレスがそのままあるではないか。
 だがしかし、さっきの野太い声は自分自身のものだ。
第111回 2010年01月18日(月)
「ひゃーはは!こりゃいい!あーたまんねー!もーたまんねー!」

 頭の悪そうな文句で笑い続ける九重。
 下腹部に猛烈な痛みを感じる遠山。全身酷いんだが、特に下腹部が酷い。

「これ…は!?」
 立ち上がろうとする遠山だったが、足首が猛烈に痛い。自由が効かない。

 目の前の只野も殆(ほとん)ど同じ挙動だった。
 白いチャイナドレスはそのままなのだが、何かがおかしい。

 ぱん!と胸の辺りで何かが弾ける音がした。
 胸の上の部分が開いてブラジャーの一部が露出している。
 何だこりゃあ!?

第112回 2010年01月19日(火)
 ハイヒールの感覚と戦いながら立ち上がった遠山は全てを理解した。
「…!!」
 耳にはイヤリングの重い感覚がそのまま残っており、顔中を覆い尽くすメイクの感触がうっとおしい。

 そう、彼らは肉体こそ男性のものに戻してもらったのだが、着ている服はそのままチャイナ・ドレスを着せられたままだったのだ!

 元々、相当タイトに作られている女性物の衣類である。
 男性の肉体にフィットするわけが無い。
 だからあちこちが猛烈に窮屈になり、ホックが飛んでいるのである。
 ハイヒールだって男の足のサイズに合うはずが無いからぎゅうぎゅうで痛いし、何と言っても下着…。
 女性物のままということになれば、当然男性器がはみ出してしまう。
 だからこんなに痛いのである。
 スカートの…男の肉体でこんなことを言うのもアレなのだが…スカートの下の光景を想像もしたくない。
 ふとイヤリングを鳴らしながら見下ろすと、スリットから覗く脚にはぼうぼうたる脛(すね)毛が復活している。

第113回 2010年01月20日(水)
「貴様…なんてことしやがるんだ!」
 口調が元に戻っている。それは助かるんだが、それ以外は全てが最低だ。
「どうだい?女装した気分は?ったってさっきまで着てたんだから変わらんじゃん。違う?」
 確かにそれはそうなんだが、女の肉体で女物を着るのと、男の肉体で女物を着るんじゃ意味が違う。
「だって身体を戻せとは言われたけど、服まで戻せって言われてねーもん」
「こいつ…っ!」

 遠山は怒りに震えながらも、またも恐ろしい予感が的中したことを認めなくてはならなかった。
 珊瑚(さんご)能力は肉体と衣類を同時に変える。
 だから戻る時も同時である。
 服を既存の女物に着替えてしまっていたりした場合は、中身だけが元に戻って「女装した男」状態になってしまうが、それは自業自得だ。

第114回 2010年01月21日(木)
 そう、こいつ(九重)は服だけ変えたり、中身だけ変えたりすることも出来るのである。

 …これは大変なことになる。

 男が女にされ、女装させられるのは大変なことには違いないのだが、そこに出来上がるのは「女物を着た女」であって、本人の精神的にはともかく、社会的には特におかしいことはない。

 だがこいつは、男と見れば、着ている服だけを女物に変えるという芸当すら可能なのである。
 つまり、そこいら中に「女装した変体男」を量産出来るのだ。
 これは、ある意味珊瑚(さんご)能力の方が遥かにマシである。
 というか、着ている服だけ女物に変えられてしまうくらいならば、肉体も一緒に変えられた方がマシではないか…。

第115回 2010年01月22日(金)
「じゃ、おいらはこれで」
「待てよ!この有様どうしてくれるんだ!」
 全く格好良くないスタイルで叫ばざるを得ない遠山。

 そこにいるのは黒のチャイナドレスを着せられているのみならず、ハイヒールにお団子の髪型。イヤリングを付けられ、メイクまでバッチリ決められた中年男である。

「うるさいなあ。一致させればいいんだろ?」

 思えば、ここで放っておいて行かせればよかったのかも知れない。
 そう考えたのは次の瞬間だった。
 着ている服は確かに女物ではあるが、こんなもの脱げば済む話である。

 むくむくっ!と身体が変化し、全身を襲っていた痛みは和らいだ。
 …って肉体!?

「あああっ!」
 そこにはぴたりとチャイナドレスにフィットする女の肉体があった。
 またもや女に性転換されてしまったのだ。
 ご丁寧にチャイナドレスの色はまた変化して今度は黄色になっている。その上、あちこちがほつれたり破けたりしていた部分まで綺麗に修復されているという念の入れようだ。
「じゃーね!」

第116回 2010年01月23日(土)
 時間制限どころか回数制限すらない。
 同じ相手を少なくとも何度でも連続して性転換したり、元に戻したり、再び性転換させたりも自由自在だ。

 ふと見ると、緑色のチャイナドレスに変えられた只野が、やはり女の肉体に逆戻りしていた。

 恐らく九重によるものなのであろう、その場から動くことの出来ない遠山を尻目に、緑色のチャイナドレスを身に着けさせられた只野は入り口まで同行させられ、内側から開くための暗号を入力させられていた。
 そして、その場の扉が開いた。

第117回 2010年01月24日(日)
09.
 全てをモニターしていたいちごたちだったが、有効な手段が全く思い浮かばなかった。
 唯一の希望は、九重の能力に「距離制限」があることを期待することだった。

 触ることすら必要でなく、およそ「変化」に対するあらゆる制限を受けないこの能力だが、恐らくは相手を認識する必要はあると思われる。
 その証拠に、今こうして組織内は平穏無事である。

 もしも華代能力と全く同等なのであれば、建物ごと女子高に変えるくらいのことは朝飯前にやってのける。
 つまり、

* 距離制限がある可能性がある
* 衣類以外の建物などを変化させる能力は無い

 という仮説が成り立つ。
 後は勿論、本人の意識があるか無いかということになる。
 現場に殺到したユニットに的確な指示をすることが出来ない。

第118回 2010年01月25日(月)
 恐らくは「距離制限があるであろう」という希望的観測を盾に、距離を取った状態で警告を行い、問答無用で暴徒鎮圧様のゴム弾を連打して気絶させるしかない。

 幸い、チャイナドレス姿の美女にされた只野を人質にするつもりは無いらしいのが救いだ。
 いちごはいても経ってもいられず、モニター室を飛び出した。
「お前らはここにいろ!」
「あ!いちごちゃん!気をつけて!」
 自分は既に華代被害に遭っていて肉体的には女になっている。
 つまり、珊瑚(さんご)能力がそうであるように、奴の能力が効かない可能性が高い。
 女でいてそれなりの戦闘能力が期待できるとなると、今現在でいうなら自分しかいない。
 いちごが現場にたどり着くまで1分少々掛かった。

第119回 2010年01月26日(火)
10.
『お前は完全に包囲されている!大人しく投降しろ!』
 遠くの方で拡声器で怒鳴っている完全武装の一団がいる。
「やれやれ…無骨な連中だ」
『投降の意思があるならば両手を頭の後ろに回してその場で伏せろ!』

 九重はあきれた。
 そんな程度でこの俺は止まらんよ。そのくらいも分からんかね。
 どういうことなのかさっぱり分からんけども、俺には他人を好き勝手に女にした上に好きな格好までさせ、あまつさえ行動まで自由に操れるんだぜ?

 そうなると次に九重が考えることは一つしかなかった。

『撃てぇ!』
「おっと!」

第120回 2010年01月27日(水)
 掛け声こそ威勢が良かったものの、実際には一発の弾丸も発射されることは無かった。
「…!?何だ!?どうした!」

 暴徒鎮圧用の銃は綺麗さっぱり消え去っていた。
「…どうなってるんだ!?」

 お互いを見合う戦略ユニットたち。

「…ん?…んんんっ!?」

 その内の一人が苦しみ始めた。
 戦略ユニットの中には珊瑚(さんご)被害に遭ったことのある人間も何人か含まれてはいたが、彼らはこれまでの常識である「直接接触しさえしなければ安全」というものに囚われている。

第121回 2010年01月28日(木)
「うおお…あああっ!」
 完全武装状態だったその衣類はぐんぐんと消滅していく。
 周囲の人間があとずさり、苦しんでいる彼を取り囲むかの様になる。

 あっという間に武装をする前の状態になってしまった。迷彩のズボンとシャツである。
 だが、当然ながら変化がそれで終わる訳が無い。

 両手両脚は、まるで外出すら一切しない「深窓の令嬢」であるかのごとく白く透き通って行く。
「あ…あ…」

 それほど大きなものではないが、半分以下の幅となった身体には胸に若干の脂肪の塊(かたまり)を残し、全身が細い筋肉で引き締まった身体へと変貌した。
 髪は肩まで伸び、その顔も髭の剃り残しのあるごつごつしたものからキメの細かい柔らかいものに変わって行った。

 その場にいる人間も一応はハンター組織に所属しているので、こうした現象が何を意味しているのかは承知していた。
 しかし、余りにもこれまでの常識と違うため、戸惑いを隠せない。

第122回 2010年01月29日(金)
「だ、退避!退避を…!」
 隊長が叫ぶが、自分自身含めてその場から動くことが出来ない。九重による操作で動きの自由を奪われているのだ。

「こ…これは…」
 最初に犠牲になった戦略ユニットの隊員が床に転がった華代探知機を目で追う。
 そこには反応は認められなかった。
 近くに華代はいないのだ。にもかかわらずこれは一体何事なのか?

 肉体的変化は既に終了していた。
 恐らく成人女性のそれなのだろうが、とても細く、女性的な身体つきを決定付ける皮下脂肪がとても少ないためにまるで少年のそれだった。

第123回 2010年01月30日(土)
 そのカモフラージュと呼ばれる迷彩柄の服がぐんぐんと白く染まっていく。
 機能美を第一に追求した靴は瞬時にその表面をつるりとした素材に変え、同じくうっすらとピンク色の乗った白に変えていった。

 その脚にぴたりとズボンが張り付いたかと思うと、肌色がうっすらと透けるほどの素材に変化し、脚線美を浮かび上がらせた。

「ああっ!」
 既に身体の自由は効いていなかった。

 なすがままにされるしかない戦略ユニットの犠牲者第一号は、パンティのラインまでが浮き出た。
 上半身のシャツもまたぴたりとそのなだらかな乳房に張り付き、袖がぐんぐんと縮んで行き、「ノースリーブ」の領域すら超えて肩にひもを一本ずつ残して背中と胸から上を露出させた。

第124回 2010年01月31日(日)
 一メートルは伸びていた髪の毛がしゅるしゅるとまとまって行ってそのうなじを露出させる。
 背中側は肩から首筋から丸見えだった。

 迷彩柄の服はその表面を白銀に染め、キラキラと光沢を放つフェイクパールと鳥の羽毛がちりばめられた衣装へと変貌していった。
「ああ…」
 既に何が起こっているのか、その場にいた人間は理解していた。

 当然、その場に残り続けることの危険性もまた、分かってはいた。
 しかし身体が動かないのである。

 腰周りから真横に向かってコーヒーカップのお皿のようなスカートが生えて来る。
 その顔の濃い舞台用のメイクが乗り、頭に羽飾りが舞い降りた。

 戦略ユニットの一人は、瞬く間にため息が出るほど美しいバレリーナになってしまったのである!
第125回 2010年02月01日(月)
 ふと残りのメンバーが気が付くと、九重はすぐそばまで来ていた。
「ひょー、やっぱり出来たか。うん」

 何だか満足げである。
「で?どうよ?おっさん」

 九重がバレリーナに向かって話しかけている。

 バレリーナへと変えられてしまった隊員は、恥ずかしさからか頬を紅く染め、その場で立ち尽くしている。
 動きを封じられているのか、両手を前方に揃え、スカートの形を邪魔しないように押さえる様な姿勢である。


第126回 2010年02月02日(火)
「何か言えよ。喋れるはずだぜ?」

「お前…こんなこと…」
 周囲の人間がドキリとした。
 実に綺麗な女性の声だったからである。

「はいはいはーい。男言葉禁止ね」
 ぱんぱん、と手を叩く。
「喋れってば」

 九重がより近づき、バレリーナの全身を嘗め回すかのように周囲をゆっくりと回しながらじろじろと観察する。
 バレリーナは恥ずかしさに身をよじりたいのだろうが、その姿勢のまま動くことが出来ない。

「やめて…ください…」

第127回 2010年02月03日(水)
 そう言うのが精一杯だった。
 余りにも可憐な口調に周囲の人間も唖然としている。

 その時、九重の人差し指が、バレリーナの背中をつるりと撫で上げた。

「きゃああっ!」

 それまで舞台袖の様な姿勢を保っていたバレリーナが急激に飛び上がってしまう。
 ふわりと舞い上がったユニークな形状のスカートが空気抵抗を受けて揺らぎ、トトン、とトゥシューズの音を立てて着地した。

「はいはい動かなーい」

 九重は更にバレリーナに近づき、今度は飛び上がることすら禁止した状態で、やさしく首筋や肩、背中などの露出した部分を撫でて行く。

「あ…いや…あっ…やめ…ああっ!」

 別に肩や背中をさすっているだけなのだが、慣れぬ女体の感覚に戸惑い、コテコテの女物の舞台衣装であるバレリーナのチュチュに身を包まされた彼には耐え難いものであった様だ。
 頬を真っ赤に染めながら羞恥と苦悶の…そして若干の快感の入り混じった表情で、女言葉を駆使しながら必死に耐えている。
 大きく開かれた口の周囲を彩る真紅のルージュが周囲の隊員の目に焼きついた。

第128回 2010年02月04日(木)
「よせ!こんなことして何になるんだ!」
 隊長が九重に怒鳴った。
 たかが十数人ではあるが、衆人環視の中、この仕打ちは無い。
 珊瑚(さんご)でもここまではやらなかった。

「ん?誰かな無粋なこと言うのは?」
 九重のサディスティックな声が響く。
「お前か?」
 その辺で座っている動けない隊員に声を掛ける。
 当然視線をそらす隊員たち。
「お前か?それともお前?」
 誰一人九重と視線を合わせようとしない。
 それはそうだ。この状況で目立てばどういう目に遭うか分かりきっているのだ。

第129回 2010年02月05日(金)
「俺だ!」
 隊長が大声をあげた。
 そこで一緒に立ち上がれるといいのだが、動くことが出来ない。
 九重の「能力」…未だ全貌は不明…によって金縛りのようにされてしまっているためである。
「ほう…あんたか…中々いい度胸じゃねえか」
 隊員たちを横切ってつかつかと歩み寄る九重。
「だが、俺は男は好かん。そういう奴には…こうだ!」
 と、言いつつ九重は全く関係ない方向の隊員に向かって気合を飛ばす。

「あああっ!」
 ぴょん!と跳ね上がる様に立ち上がった完全武装の戦略ユニットの一人は、瞬く間に先ほどの隊員と同じく白銀のチュチュに身を包んだバレリーナと成り果ててしまう。
「あ…そ…そんな…」

第130回 2010年02月06日(土)
 少し身体の自由が効くらしい彼…今は彼女…が自分の身体を見下ろしている。
 非常識なほど真横方向に広がっているスカートのために、下半身どころか腰から下の床すらも視界がさえぎられて全く見えない。
 これでは足元に十円玉が落ちていても気が付かないだろう。

 首の周りや肩、腕が空気に晒されて涼しい。というか寒い。
 男の服で、ふんどしやビキニパンツなどの半裸でもない限りここまで肌を露出した衣装などありえない。
 激しい違和感が全身を襲う。

 ぎゅ…と足を動かしてみると、つま先の固いトゥシューズに包まれた感触…を未経験の彼が認識出来るはずもなかったが、ともあれ足首や土踏まずの辺りをキツく結ばれているのは分かった。
 これはトゥシューズ独特の履き方に由来するのだが、それを体験することになったのである。

第131回 2010年02月07日(日)
「ふん…どうだい?バレリーナになった気分は?ええ?」

 そんなこと言われても何と答えていいのか分からない。
「ほらほら!踊れよほら!」

 す…とつま先立ちした二人目のバレリーナはそのまま首筋をピンと伸ばし、つつつ…と横滑りしながら何やら踊り始めた。
「うあ…い…や…」
 両手を高く掲げて頭の上に組み、悩ましげな表情で身体を揺らす。
 当然、わきの下は綺麗に処理されており、無駄毛一本すらない。

 周囲で見ている人間の耳に、まるでどこからかバレエの音楽が聞こえて来そうだった。

第132回 2010年02月08日(月)
「あーまーとりあえずいいわ。あんた休んでな」
 九重がそういうと、二人目の踊りは停止し、そのまま視線を伏せて立ち尽くした。
 これはメインの踊りが展開されているときの群舞のバレリーナのポーズなのだが、九重含めて誰もその知識が無い。

「あーもー面倒くせえ!全員なっちゃおうか!」
 そういうと同時だった。
「「う…あ…うあああああっ!」」

 戦略ユニット全員が苦しみ始め、武装が変形し始めた。
 隊長まで含めてその場にいた十二人…既に犠牲になっていた二人除く…が見る見る内にその外見を変化させはじめ、瞬くまに白銀のチュチュに身を包み、その折れそうな腕を、肩を、背中を、首筋を露出させたバレリーナになってしまった。
 同時に濃い舞台用のメイクが施され、髪の毛がまとまる。

第134回 2010年02月09日(火)
「……」
 全員、誰も声を発することが出来なかった。
 既に九重に完全に操られており、その挙動はステージの上の踊り子となっていたのである。

「…こんな具合に同じ様な格好の綺麗なねーちゃんが並ぶと壮観だなぁ?ええ?」
 九重の言う通りだった。
 一列に並ばされたバレリーナの集団は、その非日常的な衣装のきらびやかさと、何とも言えないユーモラスな外見で独特の雰囲気を放っている。
 無論、下着と見紛うほどの露出度の高さに体型の出るレオタード素材によって、存分に女性らしさも演出されている。

 この集団がさっきまで無骨な男どもであったなど想像することも難しいだろう。

第135回 2010年02月10日(水)
 戦略ユニットの中には何人か珊瑚(さんご)被害に遭った経験がある者もいた。その時には事務局の手引きでジャージが渡され、翌日まで自宅待機にしてもらえたのである。
 だが、こんな形で巻き込まれるのは初めてである。
 女の身体にさせられ、きらびやかな舞台衣装、バレリーナのチュチュに身を包まされている。
 それだけならばともかく、十二人もの男が同時にその被害に遭い、身体を自由に操られる形で一人の男に全身を嘗め回すかの様に見られ、品定めされているのである。

 視線の端々に変わり果てた姿の仲間たちの姿が入ってくる。
 横にずらりと並ばされているが、お互いのスカートの幅が広いので余り密着することが出来ず、それなりに感覚がある。

 稀にバレリーナ同士で視線が合い、お互いの「重そう」な付けまつ毛の下の人間が仲間であることを認識する。

第136回 2010年02月11日(木)
 まさかそれこそ漫画みたいに「お前…こうして見ると…綺麗だな…」「お前…こそ…」なんて会話を交している訳ではない。
 目の前には「諸悪の根源」がいるのである。
 だが、お互いに考えていることは似たようなものであった。

 自らの恥ずかしい姿を晒したくはないが、お互い様であるこの状況…。
 誰もがこの場から逃げ出したかったがそれも適わない。

「ふん…じゃあみんなで踊ってみてくれや」

 九重がそういうと、ととととと…と可愛らしい姿でスカートを上下にふわふわ揺らしながらバレリーナ軍団が少し広い廊下まで移動すると、一糸乱れぬ群舞を披露し始めた。
 たった一人の観客のためにである。
「…っ!…っっ!!」

第137回 2010年02月12日(金)
 一人一人のバレリーナが必死に精神では抵抗しているのだが、勝手に動く身体を止めることが出来ない。
 身体が女になってしまっただけならばともかく、こんな恥ずかしい格好をさせられ、女の踊りをさせられているなんて…。
 目に飛び込んでくる仲間たち…であったバレリーナ集団の、見ようによっては扇情的な衣装の舞い…。
 自分自身もその中の一員であるという現実…。

 これは…これは一体何なんだ?夢…悪い夢だよな?
 しかし、勝手に動くとはいえ、この疲労感も何もかも余りにも真に迫っていて夢だとはとても思えない。

 一息ついたのか、膝を曲げて「おじぎ」をするような仕草をするバレリーナたち。
 舞台の上ならばここで観客席から万雷の拍手があるはずだ。

第138回 2010年02月13日(土)
「ひゅーひゅー!何だか分からんけどすげーよ!」

 そこで拍手をしているのはたった一人の男だった。
 芸術を全く解さない野蛮人ではあるが、綺麗な女性には目が無いのだ。
 元々下着が丸見えとも言える露出度の高いクラシック・チュチュは男性観客の目を楽しませる目的もあったので、九重みたいなタイプの欲求をある程度満たすのは歴史的には間違いとは言えない。

「にしても、見てるだけってのはつまらんなあ…俺も参加してえなあ」

 その瞬間だった。
 なんと今度は九重の服が変形し始めたのだ。
「おっ!おっ!何だこれ!」

第139回 2010年02月14日(日)
 その場で立っている程度には身体の自由が回復したバレリーナ達はお互いに顔を見合わせた。
 無骨な男だった「中の人間」達にしてみれば病的な細さの小娘どもである。
 …今は自分たちがその「小娘ども」に成り果てているのであるが。

 だが、「もしかして」というその期待は裏切られた。
 なんと九重は股間の「もっこり」もまぶしい「男性ダンサー」の衣装へと変身していたのである!

「おお!何だよこれ!だせーな!」
 確かに少々滑稽なスタイルではある。
 だが、男性としての外見には全く問題が無い上に、細身の九重には男性ダンサーの衣装はよく似合っていた。

「そっか…これでお前らと踊れってことだな?」

 バレリーナ達は「ぎょっ!」として顔を見合わせた。

第140回 2010年02月15日(月)
「そうだなあ…さっきの隊長いたよな?隊長」
 もう、お互い誰が誰なんだかわからない。
 顔には若干の面影は残っていたが、すっかり女性のものになっているし、何より全員が画一的なメイクに全く同じ衣装、そして…恐らく九重によって調整されているのだろう…身長も体格もコピーした様に殆(ほとん)ど同じなのである。

 お互いに誰が誰なんだかわからない。
 きっと自分の名前を名乗ってもなお認識は困難に違いない。視線を切った途端に分からなくなる。
 本当のバレリーナたちは見分けが付くんだろうか…?と余計なことを考える。

「はい…」
 とてとてと一人のバレリーナが前に歩み出る。
 あれが…あの背中をさらしているバレリーナが隊長なのか…。

 自分たちも全く同じ姿であることを棚に上げてその哀れな運命に思いを馳せる戦略ユニットたちだった。

第141回 2010年02月16日(火)
「一緒に踊ろうぜ?ほら、男と女で踊る奴があるじゃんか」
 バレエには男女ペアの踊りのパート「パ・ド・ドゥ」がある。「パ」とは踊りの名前で、「ドゥ」とはフランス語で「2」を表す。

 この場にいる誰一人専門にバレエを習ったことがある人間などいやしない。九重にしてからがそうだ。
 にもかかわらず、哀れ可憐なバレリーナと成り果てた隊長は見事に「パ・ド・ドゥ」の女性パートを踊り始めた。

 そして、九重もまた、男性パートに合わせて勝手に身体が動いている。何と言う便利な能力であろうか。
 腰に手を回し、両手で軸の芯を固定するかの様にその細いウェストを支える九重。
 その中でしゅるしゅるとチュチュの生地を九重の掌(てのひら)に接触させながらかつて「隊長」だったバレリーナが回転している。

「…っ!…っっ!!!」
 女として踊らされるだけに飽き足らず、男と一対一で「女として」踊らされることになってしまうなんて…。
 隊長は恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

第142回 2010年02月17日(水)
「ほい次!」
 適当なところで「隊長」を放り出すと、次の隊員と続きを踊り始めた。

 全員を相手にしようというのだ!何と言うプレイボーイだろうか。
 中身が男であることなどお構いなし、女は全員おのれのモノにするこの根性である。

 残りの隊員は「次は自分の番だ!」とその細い身体をチュチュに押し込められたスタイルで戦慄したが、逃れることなど出来ない。

 その内の一人、須田は自分の番が来るのをおそるおそる待っていた。
 待つしかないのである。
 目の前の仲間たちは操られているのだろうが、実に見事な踊りを披露している。
 これは中学あたりでやってるフォークダンスとは訳が違うのだ。
 その身体能力で人に金を取って見せるための「プロの踊り」なのである。

第143回 2010年02月18日(木)
 遂に須田の番が来た。

 その小枝の様に細くなってしまった腕を引っ張られ、股間部分もあわせてつかまれ、持ち上げられる。
 いつもの自分の身長並みに高い視線にまで持ち上げられ、また降ろされる。
 バレリーナって高所恐怖症じゃあ勤まらないな…などとどうでもいいことを考える。

 その後も腰を鷲づかみにされ、上半身をのけぞらせて頭が床に付かんばかりになる。
 こうなると、完全に相手…男性ダンサーに体重を預けきらなくてはならない。
 無論、踊っているバレリーナとしての身体が須田の意思が介在する余地など皆無なのではあるが、それにしても完全に男性ダンサーを信用して身も心も預けなくてはやってられないな…と感じた。

 背後から抱きしめられ、ぐしゃりとつぶれた背中側のスカートの硬い部分がちくちくと背中に当たる。
 バレエってこういうパートもあるんだ…とこの期に及んでヘンなことを考える。

第144回 2010年02月19日(金)
 気が付くと、全員がぜーはー息を切らしている。
 バレエは見た目は華麗だが、かなり激しい運動なので、舞台裏では倒れているバレリーナもいるというが、正にその光景を地で行くものだった。

 一人で全員を相手にして平気な顔をしている九重のタフネスはかなりのものである。
「よーし全員終わり!ありがとさーん!」

 漸(ようや)く現場に到着したいちごはその光景を物陰から見ていた。
「もしもし、こちらいちご」
 携帯電話である。
『聞こえてる』
「モニターで見えてるな?」
『ああ、酷いもんだ』
 モニター室にいる5号たちと会話をしている。
「とにかく奴に近づくことが出来ない。恐らく会話でコミュニケーションするのも無理だろう」

第145回 2010年02月20日(土)
『館内放送で呼びかける手はどうだ?』
「何とも言えん。奴の能力の限界が見えないから、会話してるそっちがやられる可能性もある」
 ボスとて珊瑚(さんご)被害の犠牲になって幼女になった経験もある。
 だが、今度の場合は精神から行動まで操られてしまう。
 危険性が段違いなのだ。
『うむ…いいニュースがあるぞ』
「どうした?」
『戦略ユニットは事実上全滅したが、頼もしい味方だ。一つは女性版戦略ユニットとそして二条夫婦だ』
「おお!奴らか!」
『すぐに向かわせる』
「分かった。出入り口を閉鎖して、可能な限りこの建物の中を空にするんだ。これ以上犠牲を増やせない。女子高生ハンターズやらに奴を会わせる訳にはいかんからな」
『了解した。最低限の人員を残して残りは強制退去させる』

第146回 2010年02月21日(日)
 一旦切って応援を待つことにした。
 いちごの耳にはモニタールームからの現場の音が入るイヤホンが嵌められている。
 ここからでは細かい声は拾いにくいのだが、現場の監視カメラが環境音を拾ってくれている。
 その為、先ほどの戦略ユニットを全員バレリーナとし、全員と一対一で男女パートを踊るという暴挙をかましたのだ。

 奴はまだ状況が許さないのでこれ以上のことはしていないが、あの能力を最大限に悪用すればもっと酷いことも出来る。
 考えたくも無いが自殺強要まで出来る可能性がある。
 正に人類史上最悪の化け物である。

 だが、幾つかの能力がまだジョーカーとなっており、そこを衝いて制圧出来る可能性が残っている。

第147回 2010年02月22日(月)
 いちごの肩をとんとん、と叩く者がいた。
「…すいません。今到着しました」
「うん」
 そこにはいちごと同年代の女性がいた。
 筋肉質とは無縁だが、政府要人を警護する女性SP(セキュリティ・ポリス)の辻本美幸(つじもと・みゆき)巡査である。
 かつていちごが知り合った自称「名無しの権兵衛」氏(エピソード 「珊瑚の研究」を参照)に手配してもらい、いざとなったら回してもらう手はずを整えておいたのである。

 この頃女性の要人も増えてきたため、身辺警護のための女性のSPの要請も増えてきたのである。
 彼女は一見すると普通のOLにしか見えないが、その実あらゆる格闘技に精通し、素人相手ならば3人の男を向こうに回しても一歩も引けを取らない。
 いちごほどではないがその戦闘力はかなりのものである。
 また、そうでなくてはSPなど名乗れないのだ。

第148回 2010年02月23日(火)
「状況見えるか?」
「はい…」
 彼女は基本的に外部の人間なので、ハンター事情に精通している訳ではないが、「名無しの権兵衛」氏やあの事件で活躍した「山田」にも直(じか)に薫陶を受けてきたので知識はある。
「…この人たちって…」
「ああ、全員男だ」
「…」
 拘置ブロックという、味も素っ気も無い建物の入り口に繋がる廊下という殺風景な場所に白銀のチュチュをきらめかせるバレリーナが十二人もへたりこんでいる風景はシュールとしか言い様が無い。
 それこそ、彼女たちが全員女だったとしても「何がどうしてこうなったのか」としかいい用が無い光景である。
「奴は武器を持っていない。その点は安心していい」
「はい」

第149回 2010年02月24日(水)
「交渉する必要は無い。基本的に問答無用で制圧してくれ」
「…フラッシュ・グレネードの使用を具申します」
「却下だ。素人同然になってる戦略ユニットを傷つけたくない」
 フラッシュ・グレネードとは強烈な閃光を放って一瞬犯人の行動能力を削ぐための兵器である。
 強力な閃光以外には何も発しないので機材も破損せず、人間も傷つかない。
 だが、余りにも目の近くで炸裂すれば失明の危険性もある。

 使用タイミングを連絡出来ない現状では哀れなバレリーナたちに危害が加わる恐れがある。
「事情は聞いてると思うが、どちらかというとあんたの方が安全だと思う。生まれつきの女だからな」
「…はい」
 辻本巡査はプロなので余計な詮索はしない。

第150回 2010年02月25日(木)
「奴も我流のケンカ殺法を持ってる。調査した限りではどこかの道場に通った経験は無いらしいが、路上でも刑務所でも負け知らずだ。ホスト風のやさおとこではなくて、全身を刃物で武装した狂人を相手にするつもりで頼む」
「了解しました。では行きます」
「うん。頼む」
 言うが早いが辻本巡査は駆け出していた。
 敵の意識をそらすための兵器が使えないので、出会い頭に一撃をかますしかないのだ。

 猛烈な勢いで弾丸のように掛けてくる若い女に九重が気が付くのが一瞬遅れた。
「うおっ!」
 相手に気が付かれた瞬間、辻本巡査はフェイントで相手の注意を揺さぶり、足元を薙ぎ払った。
「いてええええええっ!!」
 間髪入れずにあいての喉元に食らい付く。

第151回 2010年02月26日(金)
 敵は謎の「催眠術」まがいの術を使うという。
 一瞬で気絶させるしかない。

 だが、百戦錬磨のケンカ上手である九重に最初の一撃を急所に入れられなかったのが敗着だった。
 もしも普通に格闘をやっていたのであれば間違いなく辻本が勝利していたであろうが、九重に「動きを止める」ための隙を与えてしまったのである。

「…っ!!」
 辻本巡査は自らの身体が動かなくなっていることに気が付いた。

「…ねえちゃん…どっから出てきたんだよ?ああ?いてえじゃねえか!」
 ツバを飛ばしながらわめく九重。
 流石にいつもの精神的な余裕は無い。

第152回 2010年02月27日(土)
 咄嗟に廊下の影から飛び出すいちご。
「そこまでだ!動くな!」
 手にハンドガンを構えて狙いをつける。
 いちごとて心得はあるが、この距離でしかもハンドガンでは命中させるのは困難であることは分かっている。
 ただ、相手が怯(ひる)むことを狙ったのだ。

「お!昼間の姉ちゃんじゃねえか!」

 次の瞬間だった。
 全身に違和感を感じたいちごは動物的なカンで物陰に飛びすさった。

第153回 2010年02月28日(日)
 奴に見つめられた瞬間に、全身が総毛立つ様な寒気を覚えた。
 これまでと同じく物陰に隠れたいちごは身体の…より正確に言えば衣服の変化を目の当たりにしていた。
「…これは…」
 黒のパンツスーツだったそれは何故か黄色へと染まりつつあった。
 変化はとどまらず、ズボン部分が密着し、スカート状になると、そのままワンピースへと変化する。

「…何だこりゃ?」
 そう言う間にも変化は続き、背中側が大きく露出し、遂には胸の部分しかカバーしていない「パーティドレス」へと変貌を遂げてしまった。

 ふと触ってみると、髪形も大きくロールした「夜会仕様」とでも言うべきものとなっており、イヤリング含めたアクセサリーもあちこちにちりばめられている。
 分厚いスカートで見えないが、足にはハイヒールまで履かされている。
 女にされてそれなりのベテランであるいちごは今さらドレス一枚で動揺するほどではないが、それにしてもこの威力…。
「おい!辻本巡査はどうなってる!」

第154回 2010年03月01日(月)
『いちごちゃん!どうした!』
「そっちから見えてるか!?こちとらシンデレラの気分だ!」
 こんな軽口も飛ばしたくなる。
『そいつはまた豪勢だな』
「いいかよく聞け!推測だが多分間違ってない仮説を言うぞ!」
 お姫様が連邦捜査官よろしく決めセリフを怒鳴っている構図だが、いちごだと堂に入ったものだ。
「九重の能力の効果範囲は奴の『視界』だ!」
『視界!?』
「ああ!多分間違いない。こっちの物陰に入ることに成功したから服が変わるだけで済んでる。もしも見えるところにいたら行動を操られていた!」
 ボスが割り込んできた。
『それじゃあ何か!?奴から見える範囲に入った人間は全員やられる可能性があるってことか!?』
「そういうことだ!それより辻本巡査はどうした!」
『九重に捕縛されてる!』
 廊下から顔を出すことが出来ない。
 既にこちらにいることは認識したろうから、顔でも出せばそこからやられてしまう。

第155回 2010年03月02日(火)
「この廊下を閉鎖してくれ!奴がこっちに来たら防ぎようが無い!」
 それはそうだ。
 「見るだけ」で相手を性転換・異性装させ、あまつさえ行動まで操ってしまう。
 元・男同士で身体を触らせることも出来るし、習ったことも無いバレエを躍らせることも出来る。

 そして…辻本巡査といちごの犠牲によってはっきりしたのは、この能力は男女問わずに有効であるということだ。
 珊瑚(さんご)の能力は女には効果が無い。
 着ている服を変えることも出来ない。だが、九重の能力は辻本巡査のような生まれつきの女性であっても操れるし、いちごのように華代被害者の元・男で、現在の女であっても操れる。
 いちごはぞろっとしたドレスを脱ぎたかったが、とりあえずこらえている。
 せめてハイヒールだけでも脱ぎたいのだが、その隙が無い。

第156回 2010年03月03日(水)
 いちごが観察出来ない状況下で、辻本巡査は大変な危機を迎えていた。
「ふん…どうしてこんなところにねえちゃんが?」

 辻本巡査はそこいら中にへたりこんでいるバレリーナというシュールな光景に戦慄した。
 化粧品の甘い香りと、激しい運動の後の汗のにおいが漂ってくる。

 そして目の前にいる男はなんと男性バレエダンサーの格好をしているのだ。

「思い切り脚を蹴ってくれたよなあ!あーいてえいてえ!」
 大して痛そうでもないのにそういう。

「辻本…先輩…」
 可憐なバレリーナの一人がそうつぶやいた。

第157回 2010年03月04日(木)
 それはすっかり女に成り果て、綺麗なバレリーナとして着飾らされていて、そしてへとへとになって座り込んでいる正に「瀕死の白鳥」といった体の須田であった。
「須田…くん」
 効かぬ自由の中で辻本巡査もつぶやいた。
 変わり果てた姿ではあるが、確かに面影がある。
 今や下着も同然のチュチュに身を包み、濃い化粧を施されたバレリーナとなってはいたが。

「あんだよ?お前ら知り合いか?」
 その瞬間「しまった!」と辻本巡査は思った。
 こいつにそんな事情を知られることがいい結果をもたらすわけが無いのである。

「じゃあさあ…」
 しゅしゅしゅ…と九重の服装が変形して行き、男性バレエダンサーだったものが元のホスト風の服装に戻る。

第158回 2010年03月05日(金)
「お前ら二人で踊れよ。うん。そうしろや」
「え?」
 次の瞬間だった。
 全身に違和感を感じる辻本巡査。
 それは一瞬の出来事だった。
 動きやすいスーツは身体にぴったりと張り付くタイトなものとなり、より柔らかい素材へと変化していく。

 そして下腹部に違和感を感じたと思うと、視線が高くなって行った。
「え…?えええっ!?」

 凛々しい美女だった辻本巡査は精悍な男性バレエダンサーへと変貌を遂げていたのである。

 跳ね上がる様にバレリーナとなっていた須田が立ち上がる。
「ま…まさか…」
 その顔面は蒼白になっていた。

第159回 2010年03月06日(土)
「カンがいいじゃねえか。その『まさか』だよ」

 次になにをさせられるのかは辻本巡査にも予想が付いていた。
 必死に精神的に抵抗する。
「い、いやああっ!」
 その声は野太い男性のものだった。

「あー気色わるいなあ。あんたは女言葉禁止ね」

「お、おい!よせ!やめるんだっ!」
 言うと同時に驚いた表情になるバレエダンサー・辻本巡査。
 口をついて出る言葉が勝手に「男言葉」に変換されてしまうのである。

「せ、先輩…」
 その場で全く動くことの出来ない須田は両手をその細い身体の前に揃えて不安げに上目遣いで見ている。
 ああ…、そんな…そんな仕草…。辻本巡査はその逞(たくま)しい身体の中で嘆いた。

第160回 2010年03月07日(日)
 辻本巡査と須田。身体が勝手に動き続ける二人は、その男女の立場を逆転した状態で「パ・ド・ドゥ」を踊り始めた。

「…っ!…っっ!!!」
 お互いに精神的に抵抗しようとしているのだが、九重の念力が強すぎるのか身体が勝手に動いてしまう。
 折れそうに可憐な女体にひらひらの装飾と、ユーモラスな形状のスカートを翻しながら踊るバレリーナ・須田。

 嗚呼…先輩…辻本先輩…あなたの前で…いや、あなたの手に抱かれてこんな…こんな格好…。

 可憐な女性の身体へと変えられ、バレリーナと成り果てた須田は警察学校で憧れの先輩だった女性にその姿を抱きとめられ、「女として」一緒に踊らされる羞恥に必死に耐えていた。

 す、須田…あんた…まさかこんな…。
 辻本巡査も男性としてみていた精悍な後輩が、「女として」自らの手に抱かれ、身体を預け、上半身をのけぞらせたり、持ち上げられたり、そして手の中でくるくると回転したりするところを見せ付けられていた。
 その悩ましい表情は、決して「演技」ではなくその性根があふれ出していると感じられた。

第161回 2010年03月08日(月)
 最後、辻本巡査と須田はキメのポーズでぴたりと静止した。
 もしも本来の姿で実現するのならば、辻本巡査演じるバレリーナを、後輩の須田がたくましくも抱きとめ、支える形なのであろう。
 だが、今の現実は男性バレエダンサーに変えられた先輩・辻本美幸巡査が、女性の身体にされ、バレリーナのチュチュに身を包んだ須田を支えているのだった。

 ぱちぱちぱち!と拍手をしている九重。
「おら!お前らも拍手!拍手!」
 周囲のバレリーナたち…ついさっきまで戦略ユニットとして完全武装していた男たちのなれの果て…にも拍手を強要する九重だった。

第162回 2010年03月09日(火)
「ふん…それだけじゃ面白くないな」
 九重の目が悪魔的に光った。

「…」
 逆転したカップルの形になっている須田と辻本がお互いに不安そうな目で九重を見ている。
 今や彼がこの場での全ての権限を握る王なのだ。

「じゃあ、こんなんでどうだ?」
 周囲のバレリーナ達が一斉に立ち上がった。
 そして、その着ている服が変形していく。
「あ…あ…」
 その場を走って逃げるほどの自由は与えられていないらしいが、驚いてリアクションする程度の自由ならばあるようだ。
 バレリーナたちは自らの舞台衣装が変形して行く様に動揺する。

 見る間にエキセントリックな「舞台衣装」はごく普通の成人女性がするようなシックなファッションへと変わって行った。
 それは「普段着」というには立派過ぎる。オシャレでありながらフォーマルなものだった。

第163回 2010年03月10日(水)
「こ…これは…!?」
 まるで着せ替え人形だ。
 九重の思うが侭(まま)に服装を操られている。男でありながら女物の。

 須田を除く11人の戦略ユニットの全員がまるでパーティに出席する来場者の女性たちのようなファッションに身を包んでいた。
 もう、お互いの姿は女性にしか見えない。
 舞台衣装に比べれば落ち着いたメイクに全員が膝丈のスカートを基調としたスタイルとなり、その多くがストッキングに脚線美を押し込んでいた。
 九重の意思がどの程度一人一人の服装に影響しているのか知らないが、まるで女性雑誌みたいなセンスのよさである。

 そして、これまでに犠牲になった遠山や只野のチャイナドレス、そして戦略ユニットたちの「バレリーナのチュチュ」ように単一の衣装ではなく、全員がばらばらなのが大したものである。

「でもって、主役のお前らだ」

第164回 2010年03月11日(木)
 九重は遊ぶ気は全く無かった。
 いや、今の所業だって全てが遊戯と言えばそうなのだが、変身仮定を長々とやっていたぶる気だけは無かったと言うべきか。

「…っ!?」
 今や股間の膨らみも逞(たくま)しい男性バレエダンサーとなっていた辻本巡査の服が変わり始める。
 黒を基調としたスーツで、実に凛々しいものだった。

「ま…さか…」
 この場に唯一二段階変身の前の状態で取り残されたバレリーナたる須田が青ざめる。

「へえ、カンがいいじゃねえか。そのまさかだよ」
 次の瞬間、真横にピンと広がってパンツの部分が誰からも見える状態だったスカートがぐんぐんと伸び、重さに耐え切れず地面に向かってカーブを描いてそのままドーム状になった。 
「ああっ!」
 その表面には複雑な刺繍が走りぬけ、フェイクパールがちりばめられていく。
 そういう間にもキャミソールのように胸部分までしかカバーしていなかったチュチュの上半身部分が猛烈な勢いでその生地を拡大し、瞬く間に両腕を長袖状に包み込んでしまった。
「いやっ!」

第165回 2010年03月12日(金)
 何をされているのか反射的に悟った須田が勝手に出てしまう女言葉で抵抗するが、その程度で変化が止まるわけが無い。

 肩の部分がかぼちゃの様に膨れ、同じく表面に刺繍が入り、そして複雑に乱反射する光沢を生む「しわ」が刻まれていく。
 二の腕の部分で「きゅっ!」とひきしまったそれは日常生活ではまず見られない服のパーツだった。

 既に外側から観測することが出来ない分厚いスカートの下でトゥシューズは、全てがトゥシューズに比べれば遥かに硬い素材のハイヒールへと変貌し、須田の踵(かかと)を押し上げた。
 踊る際に不都合となるために付けられていなかったイヤリングがどこからともなく出現して、ちりりと鳴り、胸元と首の後ろの背中だけ露出部分が残る。

 いつの間にかその手には花をあしらった飾りが出現し、頭頂部の羽飾りはティアラという装飾品へと変化し、そしてうっすらと透ける白いヴェールとなって哀れな犠牲者の上半身を覆う。

「う〜んどうだこれで!見事なもんだろうが!」

 周囲の「女性客」達にははっきりと分かった。
 須田はバレリーナから一点、純白のウェディングドレスに身を包んだ…包まされた…花嫁になってしまったのだ!

第166回 2010年03月13日(土)
 そして目の前にはかつて女性として憧れていたその人が「花婿」となって立っている。
 ドレスのスカートは半径一メートルはありそうなほど広がって床を覆い隠していた。
 いつの間に現れたのか腰の部分から繋がるトレーンは背後3メートルはありそうだった。

 ここに至って、かつて戦略ユニットだった女性たち…元は屈強な男たち…にも合点が行った。
 「我々は結婚披露宴に列席した女性客をイメージしている姿に変えられたのだ」と。

「どうだ?ん?元カノの前でお嫁さんになった気分は?」

 「元カノじゃない」と抵抗したかったが、今やそんなことは大した問題ではない。

「どうよ?元彼が女になってウェディングドレス着てる光景は?あ?」

 今度は辻本巡査を言葉でいたぶる九重。
 正に最悪の展開だった。珊瑚(さんご)ですらここまではやらない。というかやれない。
 彼女の能力では男を女にして女装させることは出来ても女を男性化して男装させることは出来ないし、ある程度は相手を操ることは出来ても、ここまで完全に意思に反した行動を取らせることなど出来ないのだ。

第167回 2010年03月14日(日)
 周囲から見ても須田の精神はもう限界だった。
 透き通るように白い肌の花嫁は耳まで赤くなっており、その恥ずかしさにもう耐えられない…という体だ。
 ただ、そのゴージャスでいながら清楚な衣装も相俟って余りにも可憐で、そして美しく可愛らしい状態になってしまっているのが何とも複雑である。

 これで、中身が元・男でさえなければとても心温まる光景なのだが…。

「ま、じゃあ今日はこれくらいで勘弁しといてやる」

 周囲の「結婚式」集団に少し安堵した空気が流れる。
 この有様になってこれからどうなるのかなど全く分からない。
 だが、とりあえずはこの地獄から逃れられるのだ。

 この服どうやって脱ごうか…などどうでもいいことを考え始めている者すらいた。

「最後に誓いのキッスな」

第168回 2010年03月15日(月)
 全員が目を見開いた。

 そこまで…そこまでやらせるのか…!

 確かにそれは男女同士のことではある。だが、方や男に変えられた花婿姿の女性であり、方や女性の身体に変えられ、純白のウェディングドレスを着せられた男である。
 この二人にキスをさせようというのか…!

 九重の行動は素早かった。
 いや、正確には次に動き始めたのは辻本巡査…だった男性ではあるのだが。恐らく九重が素早く脳内にイメージでもしたのだろう。

 花婿が花嫁の正面から向き合う。
 花嫁が必死に精神的に抵抗しているらしいのだが、全くその試みは効いていなかった。

 ゆっくりとウェディングヴェールが持ち上げられる。
「あ…」

 やっと花嫁が一言発することが出来た。

第169回 2010年03月16日(火)
 きっとこちらも精神的に抵抗はしているのであろう、辻本巡査だった花婿だが、目的に向かってまっすぐ身体を動かしていた。
 たくし上げられたウェディングヴェールの中の柔らかな首元に無骨な手が回り、接触した。
 ちりり…とイヤリングが鳴る。
「あ…」
 また須田の声が出た。

 だが、抵抗もそこまでで、目に涙をためながらそのまぶたは閉じられ、全てを受け入れる様に首を前方に突き出し、顔を上げた。

 周囲の「女性列席者」にされた内の一人が、余りにも惨(むご)いその光景に耐えられず思わず視線をそらす。
 大きくその長い髪が揺れ、自らの女体が目に飛び込んでくる。

 二人の抵抗虚しく、その生暖かい唇は接触した。

 精神的な抵抗に疲れたのか、ウェディングドレス姿の花嫁の身体から力が抜ける。
 それを抱きとめる辻本巡査…だった男性。
 期せずして出現した「抱きしめてキスされる花嫁」の構図だった。

第170回 2010年03月17日(水)
「ひゃーははは!最高!最高だぜえ!!」
 優雅でそして残酷な光景に下品な笑い声がかぶさる。

「おら!お前らも拍手!そして写真タイムだろうが!」

 彼ら…今は物理的には彼女ら…も自らの意思で動けている訳ではない。
 拍手が起こり、そしていつの間にか身に着けさせられていた女性物のバッグの中から取り出した携帯電話の写真機能で熱い抱擁を交わす新婚夫婦の写真をバシャバシャと撮影させられた。

 …恐らく本当の結婚披露宴がそうであるかのように。

第171回 2010年03月18日(木)
11.
「許さん!こんなことが許されていいのか!?」
 ダン!と机を殴るボス。
 目の前のディスプレイにはやっと離れることを許された新郎新婦が尚至近距離で見つめ合う光景が展開されている。
「しかし!どうするんです!奴の視界に入ることが全く出来ないんですよ!」
「奴の視界がどの程度なのか分からんが、倍率スコープで狙って狙撃すれば何とかなるかもしれん。すぐに手配だ!」
 佐藤がすぐに問いただす。
「それは…殺すってことですか?」
「とにかく奴の行動の自由を奪う。死ぬかどうかは結果論だ」
「どうするんです?要請しますか?」
 これは5号。

第172回 2010年03月19日(金)
「すぐに要請だ。ただ、ウチの建物から1キロの地点で待機。絶対に近づかない様に厳命してくれ」
「了解しました。水野さんに伝えます」
 5号が外部に繋がっている水野さんに伝えている。
「ボス…奴を殺しても大丈夫なんでしょうか?」
「おい、今さら人道的な心配をしてるんじゃあるまいな?」
「いえ、そうではないです」
 佐藤が心配そうに続ける。
「奴を野放しにすればそのまんまの意味で人類の危機が訪れます。なので排除するのは構わないんですが…もしも奴を殺してしまって、今現在、変身やコントロールされている人間は元に戻るんでしょうか?」
 虚を突かれる質問だった。
 かつてこういう状況に直面した事例が全く無いので判断のしようが無い。

第173回 2010年03月20日(土)
「それは…何とも言えん」
 そう答えるしかなかった。十中八九、元には戻らないだろう。奴自身にそういう意思でもない限り。
「要請通りました!到着まで1時間だそうです!」
「遅い!」
 ボスは怒鳴ったが、それでも目一杯なのは分かっている。
「奴が動き始めました!」

第174回 2010年03月21日(日)
12.
 戦略ユニットを片付けた九重はやっと自分の能力の性能について把握し始めた。
 閉鎖されていたいちご側に来ることは無かったが、遂に一般のブロックにまで進入し始めていた。

 いちごがドレスを引きずって必死にモニター室まで戻るべく動く。

 その間にも3人ほどを「盾」にして走って館内を移動する九重。どうやら新婚カップルはつき合わせていないらしい。

第175回 2010年03月22日(月)
13.
『もしもし!こちらいちご!一般職員の退避は完了したのか!?』
「こちらモニター室。未成年の子たちはエージェントも一般職員も居候も全員退避完了してる」
 5号が答える。
『まだ残ってる奴らがいるのか!?』
「いきなりは無理だよ。優先順位があるんだ」
 ボスが割り込む。
「おい!いちご!」
『どうした!?』
「お前はこっちの指令部に引き返せ」
『…』
「今お前を失う訳にはいかん。狙撃班を要請した」
『…狙撃だと?殺(や)る気か?』
「ああ」
『犠牲者はどうなる?』
 考えることは同じらしい。

第176回 2010年03月23日(火)
「奴の無効化が優先だ」
『…そうだな』
 いちごもその辺は分かっている。
『とにかく着替えてからそっちに行く。いいから建物ごと閉鎖しろって!一秒でも早く全員逃がせ!』
「分かってる!」
 だが、新たな悲劇は目の前に迫りつつあった。

第177回 2010年03月24日(水)
14.
「おうおう!一杯いるじゃねえか!」
 そこは事務室だった。
 間の悪いことに、一般職員が10人ほど来て作業をする日だったのだ。
 一緒に走らされていた「結婚披露宴の列席者」たちも立ち止まる。

「ご苦労さん!お前らはあっちに戻って仲良くお互いのファッションの品評会でもやってな!」
 同時に品のいいOL風の二人の尻をつるりと撫で上げた。

「きゃああっ!」
 思わず女性的な嬌声を上げてしまう。
 瞬間的な反射まで操られているのである。

「お、お前は!」
 中の職員の一人が気が付いた。
 さっきの館内放送にあった奴だ。
 彼らは脱出が間に合わなかったのだ。

第178回 2010年03月25日(木)
「はいはい!じゃあ行ってみようか!」
 九重の行動は素早かった。

 行動を操られた10人は勝手に動く身体で九重の目の前にずらりと横一列に整列させられた。

「…っ!…っ!!」

 言葉を発することすら出来ない恐怖に震えている男たち。
 最年少でも20代の初頭、あとは40代までのベテランが揃っている。
 彼らの半分はハンター所属の職員だが、半分は別の組織からの出向で珊瑚(さんご)被害どころかハンターが何なのかすら分かっていない。

「ふん…まあ、色々あるけどさー。大勢揃ってるんならやっぱ制服系がいいよね」

 ハンターにはこれまでいなかったタイプのホスト系の男前である。
 先ほどの上品な女性たちは別のブロックでの犠牲者なのだろうか?

第179回 2010年03月26日(金)
「むお…っ!が…ああっ!」
 一人が苦しみ始める。

 一番若くて男前の職員…前川が狙われた形だ。

「ふん…あんたこの中じゃ一番若くてイケメンだよな?さぞかしモテるだろ?」
 勝手な決めつけだが、事実付き合っている女性がいた。

「そのあんたが女になったら彼女はなんて言うかねえ?」
「何…を…」

 そういうのと同時に前川の上半身がムクムクっ!と変形した。
「…っ!!」

第180回 2010年03月27日(土)
 髪も一気に腰まで伸び、たくましかった上半身は一回り細くなり、ウェストは縊(くび)れ、肩幅は狭くなった。
 だが、胸に大きく突き出す二つの隆起が認められる。

「でもってこうだ」

 変化が再び前川を襲い、臀(でん)部が丸々と膨らんだかと思うと脚もそれに合わせて柔らかくそして肉感的に変わり、そして内股へと変化する。

「ま、当然これはいらんから消えて…と」

「うわあああっ!」
 反射的に前川は可愛らしくなってしまっている声で下腹部を押さえる。
 だが、そこからは既に男性器は消失していた。

第181回 2010年03月28日(日)
 標本にされた虫が張り付けになったまま動かない様に残りの事務員たちはその恐るべき光景を横目で観察するしかなかった。

「ふん…いい感じの身体じゃん…。ま、俺がそうしたんだけどさ」

 先ほどのバレリーナたちは全員余計な脂肪分が殆(ほとん)ど残っておらず、細いながらも筋肉質で日に焼けていない色白の身体だった。
 どうやら九重は相手の女体の傾向すら用途に合わせて自由自在に操れるらしい。
 確かにこの…今、前川が変えられた女体…、決して太っている訳ではないが豊満で肉感的な身体つきはバレリーナには似合わない。

「き…さま…何…を…」
「あーはいはい。あんたも男言葉禁止ね」
 既に使い慣れている「言語操作」を行う九重。手馴れたものだ。
「何…するのよ…っ!!」
 自ら発した言葉に驚かざるを得ない前川。

第182回 2010年03月29日(月)
「そして…最も女っぽいというか…男に媚びた格好っていやあこれしかないわな」
 九重が独自の解釈を開陳するのと同時に、再び前川の身体に変化が訪れた。

「いや…あああっ!」

 全身を襲うその感覚から逃れようと身体を捻ったりしてみる前川だが、催眠操作のロックが掛かっていて殆(ほとん)ど動くことが出来ない。
 そうこうしている内にも独特の感覚が足元から這い登ってくる。

 靴がその表面を漆黒にして光沢のある素材へと変貌させ、同時につま先がとがり、そして踵(かかと)の下に出現した棒によって押し上げられていく。
 土踏まずの辺りがきゅっと細くなり、独特のプロポーションを形成する。
 それは誰が見てもハイヒールだった。

 灰色のズボンはぴたりとその脚線美に吸い付き、そして真っ黒に染まった後、膨大な量の穴が開いていく。
 その穴はお互いに隣接し合うまで大きくなり、「網タイツ」を形勢した。 

第183回 2010年03月30日(火)
 長袖のスーツだった上半身はそれがしゅるしゅると縮んで行き、既に腕全体が露出している。
 レオタード状に胴回りに吸い付いたかつてのスーツは、メリハリのついた肉体の形状を浮き立たせていく。

「うわ…ああ…っ!」

 胸の形を縁取った形にまで退行したその生地の縁(ふち)には硬い骨組みが通り、その身体を束縛して行く。
 大きく露出した背中側には腰まで伸びる髪の毛がさらさらと当たる。
 身体に僅かに残ったスーツの生地はハイレグ状になり、網タイツに包まれた脚の根元を抱きとめる。
 手首と首元に僅かに白い部分を残すと、首元に蝶ネクタイが出現し、そしてみどりなす黒髪の中からぐんぐんっ!とウサギの耳をあしらったカチューシャが出現する。

「そん…な…」
 客観的に眺めることは出来なくても、前川は自分の身に起こったことがわかっているのだろう。

第184回 2010年03月31日(水)
 かつてイケメンだったその顔には濃い真紅のルージュと、青いアイシャドウそして付けまつ毛に頬紅が乗り、形のいい耳たぶにはイヤリングが垂れ下がる。
「いや…」
 白魚のような指先の爪が真っ赤なマニキュアに彩られ、お尻の上の部分にしっぽをあしらった白い飾りが出現して、全てが完了した。

 そこには数十秒前までスーツ姿のイケメンだった男はどこにもいない。
 豊満でセクシーな肉体を妖艶で挑発的なバニーガールの衣装に押し込めた美女が妖しい魅力を放って立っていたのである。

「ん〜…どうだい?女になった気分は?でもってバニー・ガールの衣装を着た気分は…?」

 九重は「バニー・ガール」の部分をやけに強調して言った。
 言葉で責めている積もりなのだろう。

第185回 2010年04月01日(木)
 これが自宅の自分の部屋で一人でいる時に起きた変化ならばまた別のリアクションもあったのだろうが、明らかに悪意…害意と言ってもいい…を持つ目の前の人間がやったと分かっている場合にはどうしたらいいのだろうか。

「……」

 結果としてバニーガールと成り果ててしまった前川は恐怖の余り声を発することが出来なかった。

「ま、俺はなったこと無いけどな」

 当然のことを言う九重。
 恐らく彼の能力ならば自らの身体を女に変え、着ている服もまた女性物にすることなど造作も無いだろう。
 だが、彼はそうしたことに全く興味が無い人間である。
 ただひたすら他者としての女性、もっと言えば女体にのみ関心があるタイプなのだ。

「おーおー!いい感じの谷間だぜ。もっと効果的に見せろや」

第186回 2010年04月02日(金)
 すると、バニーガールへと変えられていた前川は両手でバストを挟み込むようにして前かがみになり、谷間を強調して九重に突き出す「セクシーポーズ」を取った。
「…っ!!」
 きっと精神的には抵抗しているのだろうが、全く効果なく、その表情は「うっふ〜ん」という声が聞こえてきそうなほど恍惚としたものになっている。

 なんということか、九重は紛れも無く中身が男性である人間に本人の意思を無視して「セクシーポーズ」すら取らせることが出来るのである!

「うひゃひゃひゃひゃはははは〜!!いいねえいいねえ!」

 バンバン手を叩いて九重が喜んでいる。
 周囲の人間も余りのことに絶句して言葉も無い。元々行動の自由は奪われているのだが。

第187回 2010年04月03日(土)
「おっ!何だよその表情は?」
 一番のベテランである高野が目をつけられた。
 彼の外見はいかにも中肉中背のごく普通の中年男性のそれだった。
 この頃はフェミニンな外見やら年齢不詳の四十代…なども増えているが、彼はそのまんま年相応である。
 髪の毛も薄くなり…というか頭頂部には明らかに何も無い状態なのだが、それを強引に頭の脇の方から持ってくる形を取っているために、所謂(いわゆる)「バーコード」状態になっていた。
 それを固定する為のワックスが余計に脂ぎった印象を与え、近寄っただけでクワガタの巣みたいな加齢臭が漂ってきそうだ。

「何を…するんだっ!」
 この状態でよくこれだけ喋れたものだ…とも思うが、恐らく九重が軽くロックを解除したのだろう。
「ふふん…おっさん、あんたも同じ目に遭わせてやるよ」

第188回 2010年04月04日(日)
「…っ!!」
 そういいつつも既に変化は始まっていた。
 禿げ上がっていたその頭頂部から押し出される様に大量の頭髪が噴出し、周囲に垂れ下がった。
 同時にぶくぶくと横方向に広がっていたその身体は細くなり、乳房を残して板の様に薄くなる。
 ぷりんっ!と張りのあるヒップが上向きに残り、ゆるゆるになったズボンの下に見えない脚線美が出現する。

 その身体だけが女性に変えられたのは明らかだった。
 ダブダブでオヤジ臭いスーツの中にくりっとした瞳のアイドルみたいな美少女がいるその構図がいかにもシュールだった。

「一番の年寄りっぽいおっさんをロリにしてやったぜ。ま、あんまり俺好みじゃねーけどな」

 ひたすら女性らしさを求める九重にとって、「子供っぽい」と言う要素はマイナスにしかならないらしい。その点だけは64号に爪の垢をせんじて飲ませたい。

第189回 2010年04月05日(月)
「でもってうらっ!と」
 一瞬の出来事だった。
 革靴はハイヒールとなり、ズボンは網タイツに、そしてスーツはハイレグのレオタード状をしたバニースーツとなった。
 無論、メイクにうさみみ髪飾り、そしてお尻のぽんぽんなども出現する。

「きゃああああっ!」
 半分はみ出ているかのようなバストを覆い隠す様に美少女が自分を乳房を抱きしめる様にするが、全くと言って良いほど効果は無い。
 むしろ、押しつぶされたバストが却(かえ)って強調されてしまっている。
 ハイレグ素材の股間部分が強調されるかの様にいやらしい。

 既に挙動まで女性化が完了していた。
 先の前川は漆黒のバニーだったが、高野は真紅のバニーだった。
 うさみみもハイヒールもバニースーツも全て赤で統一されている。

「ひゃーっはっはっは!いいぞいいぞお!」

第190回 2010年04月06日(火)
 はしゃぐ九重の目の前で10人の男性事務職員達は次々にその身体を女性のものに変えられ、そしてバニーガールの衣装を着せられていった。
 芸が細かいことに、全員の色が違っていたのだ。

 黒、赤、ピンク、緑、青、黄色、白、紫、金色、銀色…。

「知ってたか?黒いバニーってのは一番のベテランでリーダーのみが着ることを許されてるんだぜ?」

 どこから仕入れたのか知れない信憑性の低い豆知識を開陳する九重。

「いや〜それにしてもいいねえ!女天国!もおたまらんぜ!」

 周囲には化粧品の甘い香りが広がり、女性独特の体臭と、そしてバニー素材の匂いとも相俟って何とも言えない雰囲気が漂っている。

 どうやら九重にはぬぐいがたい「ハーレム願望」があるらしい。
 綺麗な女性をずらりとはべらせてちやほやされることに至上の喜びを見出すタイプなのだ。
 …それ自体は妄想で済むうちは害が無いが、される側の意向を無視して強引に実現するのは大いに問題だ。

第191回 2010年04月07日(水)
 恐らく…というか間違いなく…実際の女性であってもこのスタイルで舐める様に全身を見られ、同じようなスタイルの同性とずらりと並べられたら恥ずかしくて目を伏せてしまうだろう。
 ましてやこの場合は、全員が元・男である。
 それが体型がモロに出るこんな挑発的で男に媚びた衣装を着せられていれば恥ずかしさも頂点である。

「ん〜いいねえ」
 目を細めてずらりと勢ぞろいしたバニーたちの前を行ったり来たりする九重。
 まるで本当に女性を品定めしているかのようだ。

「んじゃ〜全員、おっぱいぷるんぷるんだ!」

第192回 2010年04月08日(木)
 知能指数がゼロに近い様なことを言い放つ九重。
 だがしかし、その場にいる全員が逆らえない。
 両手の手首の辺りを乳房の外側に付け、身体を左右に揺らして、そのまんま「おっぱい」が「ぷるんぷるん」と揺れる様を見せ付けさせられる男性たち。

「…っ!!!」
 両方の耳に付けされたイヤリングが激しく鳴り、勿論同時に量胸に付属してしまっているそのパーツが激しく揺れる感触を強制的に味合わされる。

「ひーひー!あははははは!」

 腹を抱えて笑っている九重。自分でやらせたのに。

「あーもーいーや。おっぱいそこまで」

 何と言う趣味だろうか。
「今度はお尻ね」
 バニー達は耳を疑った。

第193回 2010年04月09日(金)
 だが、その指令に逆らえるものはいない。
 バニーたちは一斉にくるりと後ろを向く。

 光沢を放つ色とりどりの素材のバニースーツのお尻が並んでいる。
 脚の裏側には「バックシーム」と呼ばれる「縫い目」がまっすぐふとももから足首まで走っている。
 普通の男ならば目の前にずらりとならんだ丸っこいお尻というだけで表情がニヤニヤすることを止めることは出来ないだろう。

 そのウサギのしっぽをあしらったのであろうお尻の白くて丸い飾りをゆらしながら、セクシーに突き出したお尻が一斉にぷるぷると震え始めた。

 九重はまた腹を抱えて笑っている。

第194回 2010年04月10日(土)
 九重に見えない側で、バニーたちは辛(かろ)うじて横方向に視線を走らせ、変わり果てた仲間達と表情の交換をした。
 だが、そこには羞恥に耐えながらお尻を振ることに必死に耐えている若い女たちの表情があるばかりである。
 中には余りの恥ずかしさに顔を真っ赤にして目尻に涙を貯めている娘…ほんの少し前までは男だった…もいる。

「あ、もーよし!」

 九重の好き勝手な指示により、お尻を振るわせることを止めたバニーたちはまた直立不動に戻った。

「こっち向きな!」
 言われるままにハイヒールの踵(かかと)を鳴らしながら振り返るバニーたち。

第195回 2010年04月11日(日)
 と、九重が全員の目の前を通過しつつ胸やおなか、ふとももなどを触っていくではないか!

「きゃっ!」
「いやん!」
「ああっ!」

 誰一人、元・男だとは感じさせない嬌声と可愛らしい仕草でリアクションしていく。
 網タイツ部分を指で引っ張って「パン!」と戻したり、胸の谷間に指を突っ込んでこちょこちょくすぐったりした。

 端まで行くと、今度は背後側に回り、一人一人のお尻を撫でたり、背中をつるりと触ったり、髪の匂いをかいだり、お尻の飾りを「ぴよんぴよん」と動かしたししながら端から端まで歩いた。
 その都度バニーたちが可愛らしいリアクションをしてしまうのは言うまでも無い。

「やー楽しかった。うん。じゃ、まー君ら一生そのまんまで頑張れや!」
「…ちょ!」

第196回 2010年04月12日(月)
 流石にたまらず前川バニーが声を上げた。
「ん?」
「一生そのまんまってどういう意味よ!」
 口調を女物に変えられているのでこうしか言い様が無い。
「だからそのまんまだよ。女のまんま。でもそんなに綺麗になってんだからむしろむさいおっさんよりマシなんじゃね?」
「何言ってるのよ!今すぐ戻しなさい!」
 女言葉で言い放っても迫力無いこと夥(おびただ)しいのだが、どれほど激高して口汚く怒鳴っている積もりでもこうなってしまうのである。

「やなこった。あ、そーそー面白い実験してやるぜ」

 と、何故か事務室の隅においてあったジャージを手に取る。
 誰かの私物なのか、ぞんざいに放り出してあったものだ。

「うりゃっと!」
 必要も無いのに声を掛けると、なんと前川のバニースーツが消滅し始めた!
「きゃあああああっ!」
 そのまま全裸になってしまうかと思われたが、流石にそれはなく、ブラジャーとパンティ姿にされてしまう前川。

第197回 2010年04月13日(火)
 恐らく全裸にすることも容易なのだろうが、そこまではしなかった九重。何を狙っているのか。
 ふと見ると、下着のみとなった前川は腰まである長い髪の妙齢の美女であったが、メイクやアクセサリーなども取れている。

「ほれ」

 九重が先ほどのジャージを投げてよこす。
 ジャージだから当然長袖のジャケットとズボンだ。男女の区別も無い、汎用性に富んだ庶民の普段着である。

 前川は髪を振り乱して純白の下着美人はジャージに両手両脚を通す。

 まるでファッションモデルみたいな細く長い手足を駆使しての着替え場面は、そうしたものを見慣れていないこの場の全員に複雑な気分を喚起せしめるのに充分ではあった。

「なんてことすんのよ!」

第198回 2010年04月14日(水)
 突如下着姿にしたことを怒っているのだろう。
 バニーガールの衣装はよく「裸よりも恥ずかしい」と形容されたりもするが、はやり裸…ならぬ下着姿というのは恥ずかしいらしい。

「実験だよ実験」
「実験?」
「一生そのまんまって言ったろ?」

 次の瞬間だった。
「あああっ!」

「きゃー!」「いやああっ!!」

 前川のみならず他のバニーたちの悲鳴も交錯した。
 なんと、ジャージがムクムクとその姿かたちを変え、前川の全身に張り付き、一瞬にして変形してしまったのだ。

 そこにはかすかにジャージの模様を連想させるデザインのバニー・スーツに身を包んだバニーガールがいた。
 さきほどは無かったメイクやイヤリングまでしており、靴も履いていなかったのに、きちんとハイヒールまで履いている。

第199回 2010年04月15日(木)
「…何よ…これ…」
 女言葉しか喋れなくなっている前川が自分の服装を見て思わず搾り出した。

「言ったろ?一生そのままでいろって」

「まさか…あたしたちって、何に着替えてもそれが全部バニーになっちゃうって言うの!?」

「ああ、その通りだ」

 前川たち即席バニーの目の前が真っ暗になった。
 な、何だそのムチャクチャな話は!?

 しかし、目のまで実践されてしまった以上それは事実であるとしか言えない。
 女の身体にされ、一時的に服まで女物にされるのはいい。
 いや、全然よくは無いんだが、とりあえず「女装」はその場限りで、脱いでしまえば終わるものだ。
 ところが、この能力によると、何に着替えてもその服はたちどころに「バニーガールの衣装」に変貌を遂げてしまうというのだ!

第200回 2010年04月16日(金)
 女ならば女として、それなりに常識的な格好をしていれば社会生活は何とか送ることが出来る。
 だが、事実上「一生バニーガールの衣装以外を着ることが出来ない」女って何だそれは!

「ど、どうやってお風呂入るのよ!」

 こんな時に間抜けな質問だが、思わず口をついて出てしまった。

「脱ぐのは簡単だよ。風呂に入るのは裸だから問題ないだろ。でも、着るのは全部それだ」

「か、風邪引いちゃうじゃない!」

 見れば分かるが、バニーガールの衣装は露出度が高いので、冬などは暖房の効いている部屋にでもいない限りかなり寒いのである。

「ほれ!」
 そばに掛けてあったハンドタオルを前川バニーに投げる九重。

第201回 2010年04月17日(土)
「きゃっ!」
 思わず頭から被(かぶ)る形になる前川バニー。
 うさみみに邪魔はされたものの、バニーガールの肩にハンドタオルが掛かる。
 その瞬間だった。

 むくむくっと変形したタオルは、上半身の前側を「胸の下辺り」くらいまで辛(かろ)うじて隠す服へと変わっていた。
 それは背中側についてはまるでペンギンみたいな尻尾を垂れさがらさせており、真ん中に入った切れ目からお尻の飾りが見えていた。

 これは「バニー・タキシード」だった。
 妙なところに男性的な記号をちりばめることで逆に女性らしさが強調される衣装の正式な「上着」である。

 無論、この「タキシードの上」の下に見える「網タイツの脚線美」がより強調されるという計算の元に設計された衣装のオプションであることは言うまでもない。

「これで我慢しな」

「そ…そんな…」
 余りにも絶望的な運命に、立つのが精一杯のハイヒールをふらつかせながら目を潤ませているバニーガール。
 だが、無常にもその場から九重は立ち去ったのだった。

第202回 2010年04月18日(日)
15.
「早く!早く脱出するんだ!」
 館内放送のマイクが壊れていた区画があり、ボスが走りながら警告を発していた。事情が飲み込めていないその部屋の9人はぽかんとするばかりだ。
「いいから早く出ろ!」
「ボス…一体何が…」
「細かく説明している暇は無い!緊急事態なんだ!」
「何が緊急事態だって?」
 耳を疑ったその瞬間にはもう身体が動かなくなっていた。
 ボスの全身から血の気が音を立てて下がっていく。

 …しまった…なんてことだ。

「あーはいはい。この部屋のみんなも動かな〜い」
 間の悪いことにこの部屋もまた全員男所帯だった。
 そこに飛び込む形になったボスが巻き込まれてしまったのである。

第203回 2010年04月19日(月)
 くそっ!こいつどんな移動手段をしてやがるんだ!異常に素早いぞ!

「おや?確かあんたって俺を勧誘してくれた人なんじゃなかったっけ?」

「…」
 ボスは答えない。まともに会話を交わしていいことは一つも無い。交さなくてもロクな運命にはならないのだが。

「どうしたの?答えられるはずだけど?」

「…お前に答える必要は無い」

「おや?いいのかな?そういう反抗的な態度取って?」

 九重の表情がサディスティックに歪んだ。

「その辺にしておけ」
「何を?」

第204回 2010年04月21日(火)
「その…傍若無人な態度…だ」
「何を言ってんだよ。こりゃサービスだよサービス。みんな女の子になって楽しそうだったよ?」
「それは…貴様の勝手な理屈だ!」

 実際その通りである。
 中にはそっとしといてやれば喜んでいるのもいるのかも知れないが、基本的には不可逆…一生戻れない上に、九重のあの女性を蔑(ないがし)ろにする扱いでは楽しいわけが無い。

「どれくらいがいい?」
「何の話だ?」

 会話の流れを断ち切って九重が突如尋ねた。

「決まってるじゃない。バストサイズだよ」

第205回 2010年04月22日(水)
「なん…だと!?」

「おっちゃんはこれから女の子になるんだから、せめてプロポーションくらいは希望をかなえてあげようかなと」

 ボスの背中から血の気が引いた。
 ボスも一応はハンター能力を持っている。ということは「華代に性転換されることに耐性が無い」ということになる。
 こいつが操っているのが「華代能力」と言っていいものなのかは分からない。というか何もかも分からないことだらけなのだが、それにしてもリアルに自分の身にいちごこと1号みたいな災厄が降りかかることになるとは…これまで珊瑚(さんご)被害に何度も遭ったことがあったとはいえ…思わなかった。

「断る」

「ん?断れないよ。おいらの思うがままなんだから」

「誰でもお前の思い通りになると思うなよ」

「あっそ。じゃ交渉決裂だね。こっちで勝手に決めるから」

第206回 2010年04月23日(木)
 その瞬間だった。
 上半身がむくむくと小さくなり、胸板が薄くなっていく。
 その小さな身体に大きな乳房がむくむくっと盛り上がり、同時に頭髪がさらさらと流れ落ちる。
「うあ…ああっ!」

 ヒップがまるまると膨れ上がり、下腹部が消失する。

「はい出来上がり。バストサイズは…75のCカップってところかな」

 思わず両手で自らの胸を抱きしめる格好になるボス。

 むにゅり。

「…っ!」

 そこには確かに豊満なバストがあった。

第207回 2010年04月24日(金)
「どうだいおっちゃん?立派なおっぱい持った感想は?」

 楽しむと同時に見下した様な言い方をする九重。こいつはこういう奴なのである。女性への敬意などかけらも持っていない。

「きさま…」

 鈴の鳴る様な声が喉から溢れる。
 これまでボスは珊瑚(さんご)被害には何度も遭ってきた。
 だが、何故か珊瑚(さんご)の能力によってはボスは「幼女」と言ってもいい小学校低学年くらいの女の子に変身させられてしまうことが多く、第二次性徴以上の女性にされたことは無かったのだ。

「年齢で言うとお〜。丁度女子高生くらいかな〜」

 あくまでもチャラい口調で言う九重。

第208回 2010年04月25日(土)
「あ、おっちゃんは男言葉のままでいいや。なんか女言葉の女いたぶってても面白くなくてさあ」

 腐ってやがる。
 と思ったものの金縛りに遭った様に動けない。現状を打破する行動を何も起こすことが出来ない。
 周囲の人間もその場で立ち尽くすのみ。

 「見えている」範囲の人間を全て自分の意のままにする九重の能力はここまで強大かつ万能なのである。

「今までちょっと変わった服ばかりでさ〜。ここいらでスタンダードに行きたいわけよ」

第209回 2010年04月26日(日)
 何を言い出すのか分からない。

「で、頼むわ」

 そのセリフと同時に生まれたばかりの乳房がむぎゅっ!と抱きしめられた。
「…っ!」

 気が付くと下腹部を覆う感覚もタイトになり、下半身に密着する生地の部分も非常に小さくなった。

 これは…。

 ハンター経験の豊富なボスには予想が付いていた。
 これは…服の下に下着が出現したのだ。
 つまり、俺は今ブラジャーにパンティを身に着けさせられているのだ!

「へえ…多分初体験だと思うけど動揺しないんだ?もしかしていつも付けてる?」

 こいつ…相手が動揺することを分かってやってるじゃねえか!

第210回 2010年04月27日(月)
「ま、一気に行くから」
「むおおっ!」

 長袖のスーツは漆黒に染まり、手首の部分にタイトに巻きついたかと思うと真っ白い三本のラインがそこに入った。
 上半身も真っ黒となり、胸元をえぐるワイシャツにネクタイも同じく黒く染まった。そして手首の部分と同じく純白の三本ラインが入っていく。
 紺色のネクタイは真紅に染まり、スカーフとなって襟の下に入り込んで行く、勿論その先端を身体の前に出しておくことを忘れない。

 ボスはゾクリとした。
 胸から下の全身…胴回り…腰…そして脚にも…に纏(まと)わり付くように柔らかくてすべすべの感触が襲ってきたのである。

「…っ!!」

 ま、間違いない。これは…女の下着…スリップとかシュミーズとか呼ばれている肌着の感触に違いない!
 し、下着…まで…っ!

第211回 2010年04月28日(火)
 黒かった靴下は純白に染まって少し長くなり、靴は革靴になっていた。
 そして…。

「仕上げだな」

 緩やかにカヴァーされていた下半身…脚の一本一本の束縛が一気に解放された!

「わああっ!」

 両脚のトンネルが一気につながり、一つの筒になった。
 ズボンのベルトも消滅し、下半身が開放されている。

 思わずボスが自らの身体を見下ろす。
 背中の真ん中くらいまで伸びた髪の一部が耳を覆い隠し、さらさらと顔や上半身のあちこちに当たって鬱陶しい。

 そこには沢山の襞(ひだ)に覆われた一本の筒が身体の下についている図があった。
 これは…プリーツスカート…。

 そう、ボスは一瞬にしてセーラー服に身を包んだ女子高生にされてしまったのである!

第212回 2010年04月29日(水)
「いいよいいよ〜!可愛いよおっちゃん!」
「あああっ!ぼ、ボスぅ!!」

 部下が情けない声を上げている。

「三つ編みとかリボンとかにしてやろうかとも、やっぱ髪は真っ黒でまっすぐ長い方がいいもんなあ?ええ?」

「…」
 その場に鏡が無いので、自らの変わり果てた姿を客観的に眺めることは出来ないのだが、十七歳くらいの女子高生の身体とそして服装に変えられてしまったらしいことが分かる。
 スカートは初体験だ。
 余りにもあっさりしていて落ち着かない。
 …これでは下半身が裸と余り変わらんではないか。しかもスカートの内側の生地がちらちらとたまに素脚に当たってくすぐったい。

「ん?どうだいおっちゃん?女になった感想は?ええ?」

第213回 2010年04月30日(木)
「…」

 無言で答えないボス。ボスはこれからどうするのかを考えるので頭が一杯だ。
 どうにか刺し違えてもこいつを止めなくてはいかん。

「どうしたってんだよ?ええ?女子高生ったらセーラー服だろうが。今風のミニスカートもいいけど、俺はこっちの方が好みなんだよ!」

 誰も聞いていないのに興奮して怒っている九重。

「どうだっつってんだよ…」

 一メートル程度の距離だったが、更に歩いて近寄る九重。
 どうやらボスも成人男性から女子高生になったことで身長が縮んでいるらしく、九重を見上げてしまう。

「じゃ、こんなのはどうだ?」

第214回 2010年05月01日(金)
 ボスの身体が勝手に動き始めた。
 スカートの内で、素脚同士の内側がすりすりとこすりあわされる。

「っ!!…っっ!!!」

 それはズボンしか履いた事の無かった人間が味わったことの無い奇妙な感触だった。
 物凄くイライラする。
 まだズボンを履かずにいる、着替え途中みたいな気分である。

「とりゃっ!」

 次の瞬間だった。
「きゃああああっ!」

 九重が膝下15センチはありそうな長い長いスカートを二箇所で持って思い切り上方向にめくり上げたのである!

第215回 2010年05月02日(土)
 言葉の女性化操作はされていなかったはずなのだが、その身体が為さしめる自然な反応であったのか、思わず甲高い声を上げてめくれ上がるスカートを押さえてしまうボス。

 純白の肌着は勿論のこと、こちらも純白で光沢を放ち、そして小さなリボンまでが装飾された下着までが白日の元に晒された。

 九重は勿論、部屋にいた多くの事務員がいやおう無く女子高生にされたボスのパンティを目撃させられることになる。

「やっぱスカート見たらめくらなきゃ駄目だろ」

 ムチャクチャな理屈を言う九重。

「どうだい?ボスさんよお。女の身体にされて、女子高生の制服…セーラー服を着せられるとことまでは耐えられても、男にスカートめくられる気分はどうかな?ええ?」

 スカートを押さえながら胸を上下させているボス。真っ赤なスカーフが漆黒に白いラインの制服に鮮やかに映えている。
 背中まである長い髪が乱れている。

第216回 2010年05月03日(日)
「ふん。まあいいや。どうせあんたがボスだろうとラスボスだろうと関係ないもんね。こうやって操っちゃった以上はさ」

 確かにそうだった。
 こうなってしまった以上現場の指揮を執ることも出来ない。呼び出した狙撃隊の指揮を執るのは…現状だといちごになるかも知れない。
 奴がこちらの安否を考慮に入れた作戦を取ってくれるのだろうか…。

 それは「場合によっては人質の犠牲も構わない」という自らの命令を少し後悔する瞬間だった。そんな甘いことではいけないのだが。

「じゃーみんな女子高生ってことでよろしく!」

第217回 2010年05月04日(月)
「うわ…」
「きゃああっ!」
「や…めてー!…」

 様々な悲鳴が交錯する中、部屋にいた9人の事務員は一人残らずボスと同じクラシックなセーラー服姿の女子高生にされてしまっていた。
 髪の毛の長さも千差万別で、メガネを特徴としてなのか残したままの人間もいる。
 何より全員がとても可愛らしくなってしまっており、この点九重のセンスのよさだけは褒められるポイントだった。

 そして、いつものように横一列にずらりと並ばされる女子高生たち。

「ふん…ちょっと人数は少ないけど、こうも学生っぽいのが揃うとまるで修学旅行だな」

 だったらお前は引率の教師だとでも言うのか!…とボスがその形のいい胸の下で悪態をつく。

第218回 2010年05月05日(火)
「ま、ここは挨拶代わりに」

 そういうと、全員の目の前に立って一人ずつスカートをめくっていく。

「きゃー!」
「いやー!」

 な、何と言う…何と言うことを…。
 ボスは歯軋りしたが、この現状はどうしようもない。

 再びボスの前に立つ九重。

「おっちゃんはさっきやったからもういいか」

 そういってくるりと踵を返した。

「でもやっぱやる」

 次の瞬間にはそのまんま振り返ってやはり思いっきりボスのスカートをめくり上げた。

「きゃあああっ!」

第219回 2010年05月06日(水)
「ふ〜ん、いいねえその悲鳴…」

 ゾクゾクと快感を感じている風の九重。最悪の変態野郎である。

「ま、このまま俺が相手をし続けてもいいんだけどさあ。折角なんだから女子高生同士の戯れをやんなよ」

「…?」
 何を言い出すのかこの男は。

「これから先はお互いにスカートめくりあったりおっぱい揉み合ったりしときな。じゃあ、おいらはこれで!」

「おい待て!」
 …といおうとした瞬間、足元が一気に涼しくなった。

「わひゃあっ!」
 なんと、隣の女子高生…さっきまで事務員の男だった…が思いっきりボスのスカートをめくってきたのである。

第220回 2010年05月07日(木)
「な、何するんだ!」

 言葉を操作されていないボスは可愛らしい声で怒鳴った。

「ち、違うんです!身体が…勝手に!」

 そう言うと同時に彼…彼女…はボスに抱きついてきた。

「わあああっ!」

 そして女子高生の甘い香りを漂わせながらボスの頬にすりすりとほお擦りをしてくる。
 女子高生同士の余りの気持ちよさに、一瞬呆然となりかけるが、直(すぐ)に意識を取り戻して引き離す。

「しっかりするんだ!」

 その瞬間、今度はお尻側がぶわっ!と涼しくなる。

「きゃあああああっ!!!!!」

 背後からスカートをめくられたのである。もうムチャクチャだった。

第221回 2010年05月08日(金)
 もうこうなったらやられたらやり返すしかない。

「この野郎…止めろって…言ってるだろうが!」
 振り返ってそこにいたセーラー服に飛び掛らんばかりにして思いっきりスカートをめくり上げる。

「きゃああああああっ!!」

 やっぱり悲鳴を上げてスカートを押さえ込んでしまう。
 
「待てえっ!」

 ターンした瞬間にスカートが丸く空中に舞い上がる。ボスの胸のうちに何とも言えない感情がわきあがっていた。
 い、いかんいかん。だ、騙されるな。こんなのは一時的なことだ。

 しかし…もしも奴のことを止められないのだったら俺は一生このままということに…だったら今のうちに慣れていた方がいいんじゃないか…、い、いや違う違う!

 ぶんぶん!と頭を振るボス。
 背中まである美しい黒髪が宙を舞う。その見た目は完全に女子高生だった。

第222回 2010年05月09日(土)
16.
「なんてこった…ボスまで…」
 頑固にモニター室を出ようとしなかった佐藤がその悪夢の様な光景を眺めていた。
 ボスまでが九重の毒牙に掛かって女子高生スタイルに変えられてしまったのだ。
 ドンドンドンドン!と扉を叩く音がした。
「オレだ!開けてくれ!」
 いちごの声だった。
「いちごちゃん!」
 5号が扉を開け、いちごが飛び込んでくる。
 夜会使用のパーティドレスの華麗な姿…かと思いきや、ジャージ姿だった。
 入ると同時に入り口を厳重にロックするいちご。
「いちごちゃん…その格好…」
「ケア室にあったジャージを失敬した。そんなことはいい!現状を!」
 ケア室とは華代被害…ではなくて、珊瑚(さんご)被害に遭った者のための部屋で、大抵はぞろっとした女物を着せられる羽目になるので、着替え用の男女兼用ジャージとスニーカーなどが常備してある部屋のことである。
 この頃は珊瑚(さんご)の人間が丸くなったために余り使われなくなっている。

 よく見るといちごは完全に元に戻ったわけではなく、メイクやアクセサリーなどが一部夜会仕様のままだった。
 乱暴にドレスを引きちぎるように脱いでジャージを引っ掛けてきたらしい。
 恐らく下着もドレス用の拘束のキツいタイプだろう。

第223回 2010年05月10日(日)
「何だよこの有様は…」
 そこにはお互いにスカートをめくりあい、背後から抱きしめておっぱいを揉んだりと「女の子同士のスキンシップ」を演じる狂態集団が映っていた。
「予想してるとは思うが、事務員たちだ」
「馬鹿が!…早く逃げろっつったのに…」
「しかもその内一人…この髪の長いのがボスだよ」
「はぁ!?何だそりゃ!?」
「そのまんまの意味。この区画の館内スピーカーが故障してて直(じか)に注意に行ったら巻き込まれたんだ」
「内線使えよ!何やってんだ!」
「一緒に脱出する目的もあったんだ」
 これは佐藤。
「もう脱出は限りなく困難だ」

第224回 2010年05月11日(月)
17.
 ガンガン、と扉を叩いている九重。
 どうやら閉じ込められたらしい…ということが分かる。

 …流石にやり過ぎたか…いや、やり過ぎたことには全く後悔してないけど、それでぐずぐずして閉じ込められたことには後悔してる。

 まあ、さっきと同じように内部に何人か残ってる連中を洗脳して思い通りに動かしちゃあ外に出るさ。
 この辛気臭い建物ともお別れだ。
 これから俺は世界の王だ!俺に逆らう奴はもう誰もいない!

 世界中の女を俺に従わせてハーレムを作ってやる!
 気に入らん男も全部女にしてハーレムだ!

 うひゃひゃひゃ…笑いが止まらねえぜ。俺ってこんなにすげえ能力を持ってたのか。
 あの空手ねえちゃん、どうやら俺にとっては福の神だったみてえだな。
 その時だった。
「お兄ちゃん!」

第225回 2010年05月12日(火)
 そこには見覚えのある少女がいた。
「ごっめーん。遅くなっちゃって」
 走ってきたのか汗をかいている。
「あ!君はさっきの!」
 そうだ!独房で拘束されていた時に現れた謎の少女だ。こいつに多分能力を貰ったんだった!
「そうそう。華代ね。真城華代。さっきの約束覚えてる?」
「いや〜華代ちゃん!最高だよ!こんな能力バッチリだよ!」
「ん?そう?でもこっちの方がいいから。てゆーか最初にお兄ちゃんが言ってた能力だし」
「え?俺って何か言ってたっけ?」
 九重は自分に興味の無いことはすぐに忘れる都合のいい人間なのである。

第226回 2010年05月13日(水)
「ま、ともかくそういうことだから」
 といって、ポン、と九重の身体に障る。
 何だかよく分からないが、とにかく助かった。このガキを締め上げて利用しようかとも思ってたがもうその必要も無さそうだ。
「これでお兄ちゃんの望みは適ったと思うから。それじゃね!」
「うん!ありがとうよ!最高のプレゼントだったよ!」
「喜んでもらえて嬉しいわ!それじゃね!」
 風のようにどこかに走り去る少女。
 む〜ん、一体何だったんだろう。

 あ、そういえばあの時みたいにこの外に通じる扉を開けてもらえばよかったな…。ま、そこまで頼っても仕方が無い。
 どこか事務員がいる部屋があったはずだ。
 九重はまた歩き始めた。

第227回 2010年05月14日(木)
17.
「まだ脱出の完了していない部屋は?」
「もう殆(ほとん)ど無いけど…事務室がある」
「事務室って…どういうことだよ!事務員の連中は!」
「非番の桃香はいない。けど…沢田さんが残ってる」
「馬鹿な!」
「駄目だいちごちゃん!」
 飛び出そうとするいちごを静止する5号。
「気持ちは分かるけど、今行ってもどうにもならないよ。ここで篭城を続けて外部の狙撃班と連携を取るしかない」
「…くそっ!」
 地面を蹴るいちご。だが、その通りだった。
「内線繋げ!せめて入り口を閉めて、ブラインドも全部下げて立てこもる様に伝えるんだ!」
「了解!沢田さん!沢田さん!聞こえる!」

第228回 2010年05月15日(金)
18.
「…何か呼んでるぜ?」
 机の上に放り出された受話器から5号の間抜けな声が響いている。
 実は時既に遅く、事務室には九重が入り込んだ後だった。

「…警察呼ぶわよ」
「呼べば?」

 沢田さんは本当にただの事務員、OLに過ぎない。
 特殊技能も格闘経験も何も無い。

「あたしに手を出したら…他のみんなが許さないわよ」
「ふーん…そう」

 実際に試したことなどないが、もしも沢田さんに対して乱暴狼藉を働く様な輩がいたとしたらたちまちいちごやとうこさん、イルダさんなどによって袋叩きにあって入院させられることだろう。
 だが、今は緊急事態の真っ只中。みんな非難してしまって誰も来られないのである。

第229回 2010年05月16日(土)
 九重は遂にめぐり合った「生まれつきの」女性を目の前にして、心の中で舌なめずりをしていた。
 この子には動きを封じることなど必要ない。
 というか、今まで使いまくったあらゆる「能力」の発動など何もいらない。

 自分の実力で組み伏せ、モノにするだけだ。
 えへへ…と下品な笑い声が出るのをこらえるのが精一杯だった。

 沢田さんも新しいハンター候補の評判はデータとして知ってはいた。
 婦女暴行、結婚詐欺などあらゆる罪状を働いた犯罪者でホストみたいな外見とは裏腹に武闘派。ケンカでは負け知らずだという。

 自分なんて小学生の男の子とケンカしたって勝てないだろう。ましてやこんなのとなんてマシンガンを持ってても勝てる気がしない。
 自分のバッグにはスタンガンが入っているけど、こんな緊迫した状況で使えるとはとても思えないし、スタンガンを犯人に奪われてより悲惨なことになった事例を聞いたことがある。
 正に絶体絶命の大ピンチだった。

第230回 2010年05月17日(日)
 組織内を中途半端に封鎖したのが良くなかった。
 脱出する寸前だった事務室は入り口が一箇所開いているのみになっていた。
 つまり、九重が押し込んできたことで沢田さんは完全に追い込まれてしまったのである。

 九重もそのことは直(すぐ)に察しがついた。
 そして、じわりじわりと部屋の隅に追い込んで行く。

 十中八九負けるはずの無いケンカである。
 いや、一方的な「狩り」だ。
 これまでは男ばかりだったし、何と言っても一度に10人近くの人間を相手にするシチュエーションが多かったからどうしても催眠術(…と仮に呼んでおく)で動きを封じる必要があったが、今度は密室で女と一対一!
 そんな必要はどこにもない。

 というか、それでは楽しめないではないか。
 九重の表情がにやりと歪んだ。

第231回 2010年05月18日(月)
 沢田さんは武器になりそうなものを探した。
 事務室ともなると、意外に武器になりそうなものはそこいら中にある。
 ボールペンだって尖っているし、大型のホッチキスだって投げて当たれば結構痛そうだ。

「やめとけ。やめときなねえちゃん…」
 唸る様な声で言う九重。
「その辺のものを使って何とかしようってんだろうが、それは止めといた方がいいな」

「…どうしてよ」
 間が抜けたことに理由を尋ねてしまう沢田さん。
「そいつを使って俺に怪我の一つもさせてみな。倍にして返すぞ」

第232回 2010年05月19日(火)
 その凶器を孕んだ目は本物としか思えなかった。
「何か投げつけたりしてみな?お前の顔をそこのカッターで切り刻んでやる。一生傷が残って直らないようにな…」
 沢田さんは泣かずにこらえるのが精一杯だった。

 そんな…何よこれ…。本物の悪人じゃない…。
 あたし…ここで死んじゃうのかな?

「死にゃあしねえよ」
 まるで心理を読んだかのように九重が言った。
「けどよお。ちょっといい思いをさせてもらうぜ…?」

 それが何を意味しているのか、成人女性の沢田さんには嫌と言うほど分かった。
 そんな…まさか…職場でこんな暴漢に襲われるなんて…。

第233回 2010年05月20日(水)
 遂に沢田さんは部屋の隅に追い詰められた。
 ここで水野さんや飯田あんずだったら「窮鼠猫を噛む」とばかりに逆に襲い掛かっただろう。
 だが、沢田さんでは駄目だった。
 最後に脱出を試みるでもなく、完全に追い詰められる前にへなへなと力が抜けてその場に座り込んでしまった。

「お?観念したのか?ねえちゃん?」

 沢田さんの脳内で妄想がぐるぐると渦巻いていた。
 ああ…来週には休みを取って旅行にでも行こうと思ってたのに…。
 何故か以前に行った飛行機旅行の際の思い出が頭の中を去来する。そんなことを考えている場合ではないのにである。

「ふふふ…じゃあ遠慮なく行かせて貰うぜ!」
「きゃああああああああーっ!」

第234回 2010年05月21日(木)
 「本物の」女性の金切り声が響き渡った。

 だが、沢田さんはそのままだった。
 物凄く長く感じたが、実際には二〜三秒だろう。

 沢田さんはゆっくりと頭を覆っていた腕を緩めて九重の方を見た。

「…?」

 と、九重は脂汗を流してその場に立ち尽くしているではないか。

「んだ…?」

 沢田さんはここまで顔色が悪くなった人を見たことが無い。
 正に顔面蒼白となっていた。

「何で…?何で…俺…??」

第235回 2010年05月22日(金)
 言葉にならない言葉を言っている九重。

 その途中にも驚くべきことが起こっていた。

「きゃああああっ!」

 沢田さんが余りの驚きに悲鳴を上げてしまう。
 九重の髪の毛がぐんぐんと伸びて肩にまで達したのだ。
 その姿はさながら落ち武者のようである。

 変化は止まらない。
 ホスト風の細い服の下で柔らかな皮下脂肪の塊(かたまり)…それが胸部分に二つの突起を作る形で盛り上がり、そしてその部分を残して全体が細くなっていく。
 角張り気味だった下半身は丸みを帯びた女性的なフォルムになり、きゅっとウェストが引き締まっていく。

「あ…あ…あああ…」
 九重が情けない表情を浮かべている。

第236回 2010年05月22日(土)
「と、止まれ!止まるんだ!止まれ!俺は…お、俺は女になんかなりたくねえ!!」

 散々人を女にして女装させてきて勝手な言い分である。
 だが、あれほど他人を自由自在に操ってきた九重が、自分の身体の…それも自ら望まない変化を止められないのである。

 沢田さんはよろよろと立ち上がった。
 とにもかくにも今が脱出のチャンスである。

「待て!動くな!動くんじゃねえ!!!」

 必死に怒鳴るが、沢田さんの身体は普通に動く。
 よろめいてもだえる九重が出口をふさいでいるので脱出できないが、ともあれ九重の催眠術(仮称)は全く効果を発揮していなかった。

第237回 2010年05月23日(日)
 事態は更に進展していた。
 既に完全にその身体は女性のものに成り果てていた。

 沢田さんもうっとりするほどすらりと背の高い、凛々しく格好いい女性である。
 元の素材がいいということも関係しているのだろうか。

「そんな…お、俺…女に…」

 明らかに高くなった声で一生懸命低い発音をしようとする九重だった。
 スマートなそのプロポーションから宝塚の男役みたいである。

 しかし、変化は尚止まらない。

「…っ!!?!」

 咄嗟にその細い指先の手で胸を抱きしめる九重…だった女性。



第238回 2010年05月24日(月)
「お、おい!お前!何とかしろ!」

 九重が無茶なことを沢田さんに向かって言う。

「えええっ!?あたしそんなこと言われても」

 そりゃそうだ。一方的な被害者でしかない上に、ハンター能力とも無縁の沢田さんがそんなこと言われても困るに決まっている。

「ああっ!!」

 九重の生まれたばかりの乳房を何かが強力に締め上げたことを感じていた。

 こ…これは…まさか…ぶ、ブラジャー…なの…か?

第239回 2010年05月25日(火)
 九重はさっぱり訳が分からなかった。

 そんなムチャクチャな!一体何がどうなってるんだ!?
 さっきまで他人を好き放題に変えられていたじゃないか!どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!?
 しかも、催眠術も効かないし、何もかも効かなくなってる!

 九重の脳裏にはイソップ童話にありそうな「因果応報」の物語は浮かばなかった。
 ただひたすら「何故!?どうして!?」だった。

 そうこうする内に寂しくなった下腹部にはパンティが当てられ、先ほどボスたちに対してそうした様に胸から下の全身…胴回りから腰、脚の周囲を柔らかくてすべすべした女物の下着が取り巻いた。

 女の身体になっただけじゃなくて、女物の服まで着せられるだと!?しかも、下着まで!?

第240回 2010年05月26日(水)
 沢田さんが立ち上がってぽかんとしている。
 どうやら逃げ出さなくても大丈夫な程度には危機を回避したことは分かったのだが、目の前で何が起こっているのか良く分からない。

 珊瑚(さんご)さんの暴れっぷりを見ているから、男性が女性になり、その上女装させられる場面は何度も見ている。
 だが、ここまで原因不明なのは初めてだ。

 変化は尚続いていた。
 ホスト風だった服は紺色に変わり、縦のピンストライプが入っていく。
 だらりと伸びていた髪はまるで毎日トリートメントしているみたいに綺麗になり、そして頭のてっぺんに綺麗に丸くまとまっていく。
 首元には紫色のスカーフが巻かれ、いつの間にかズボンは膝丈のスカートへと変貌し、そして上着と同じくピンストライプの模様が入って行った。

「…これって…」

 沢田さんが思わずつぶやいた。
 仕上げとばかりにむき出しになっていた膝から下の部分に黒く艶(なまめ)かしいストッキングがかぶさり、その足がパンプスに抱かれる。

「あ…ああ…」
 そこにはまるで時空を飛び越えてきたかの様に場にそぐわない美しいスチュワーデスがいた。

第241回 2010年05月27日(木)
 何故か突如「スチュワーデス」になってしまった九重俊太郎本人は勿論、目の前でそれを見せられた沢田さんもぽかーんとして二の句が告げなかった。

「あの…」

 訳も分からず話しかけてしまう沢田さん。話しかけてもどうにもならない…というか話しかけてどうしようというのか。

「て、テメエ!何しやがんだ!」

 そのエレガントな佇まいとは裏腹に凶悪な声を上げるスチュワーデス。中身が変わらない以上、それは当然だった。

「わああっ!」
 思わず耳をふさぐように頭を抱えてしまう沢田さん。
 もお!こんなスチュワーデスさん嫌だ!もっとやさしい言葉遣いでお客さんに接する様に話してくれないと!

 沢田さんがそう思った時だった。

第242回 2010年05月28日(金)
「あの…すいません」
 突然オクターブが上がって「接客用」発音になったかのような声が振ってきた。

 思わず顔を上げる沢田さん。
 そこには先ほどまでの般若みたいな表情のスチュワーデスさんはおらず、天使みたいな笑顔のお姉さんがいた。

「申し訳ございません。わたくし、突然この様な姿になってしまって大変困っております。事情をご存知ありませんか?」

「…はあ」

 何これ?どうなってるの?

「わたくし、こんな風に話したくは無いのでございますが、何故か喋るとこの様になってしまいます。申し訳ありません」

 といってお辞儀をするスチュワーデスさん。
 沢田さんは頭がくらくらしてきた。

第243回 2010年05月29日(土)
「あの…」
 沢田さんがおずおずと話しかける。
「はい?」
 爽やかな笑顔で返すスチュワーデスさん。
「あたしから質問いいですか?」
「はいどうぞ」
 答えばかりか発音の仕方まで典雅である。本物のスチュワーデスさんと喋っているみたいだ。
「あなたは…誰ですか?」
 馬鹿みたいな質問だが、正直な気持ちである。
「九重俊太郎(ここのえ・しゅんたろう)と申します」
 完全に見た目は女性なんだが、思いっきり男っぽい名前をすらすらと答えてくれる。何だか申し訳ない気になる。
「あの…さっきの方ですよね?」
 先ほど襲われそうになったので、この辺は慎重である。

第244回 2010年05月30日(日)
「はい。申し訳ありません」
 といってまた頭を下げる。
「は、こちらこそ」
 何が『こちらこそ』なんだかさっぱり分からないが、お付き合いで頭を下げる沢田さん。
「その…何がどうなってるんですか?」
「それなんですけど…」
 もじもじするスチュワーデスさん。可愛い。
「あたしが知りたいくらいなんです。さっきまで男性を女性にしてあたしの思うがままにあれこれやってたのに、突然そういう能力が一切使えなくなった上にこんなことになっちゃいまして…」
 そういって両手を広げて制服を示す。うっすらと肌色の透ける黒いストッキングが何とも眼のやり場に困る実に魅力的な制服である。
「はあ…そうなんですか」
 雨が降ってきたのに傘を忘れたとかそういう話ではないのだが、とりあえず相槌を打っておくしかない。
「じゃあその…申し訳ないんですけど、もう一度独房に入って頂いて構いませんか?」
「承りました」

第245回 2010年05月31日(月)
19.
「…という訳なんです」
 一通り顛末を話し終えた沢田さん。
 その部屋には水野さん、安土桃香、そして1号、5号をはじめとしたハンターたちに、チームいちごのメンバーだった佐藤、遠山、只野なども揃い、そしてボスもいた。
 全員元の姿に戻っている。

 現在、独房には厳重に鍵が掛けられ、そのロックは完全に遠隔操作でのみ開閉する形になっている。
 食事の差し入れなども人間の手を介することなく、14号の開発したラジコンによって行われている。

「つまり、今の奴にはさっきまでの能力の一切が無いってことなのか?」
 これはボス。
「みたいですね」
 と、沢田さん。
「にわかには信じられん」
 セーラー服姿の女子高生からすっかり壮年の男性に戻ったボスだったが、先ほどの経験はトラウマになりそうである。

第246回 2010年06月01日(火)
 いちごが話し始める。
「まず、事実として九重の被害に遭った人間は一人残らず元に戻ったことがある」
 全員が顔を見合わせる。
「更に、独房にまで奴は…理屈はよく知らんがスチュワーデスの格好で…自分でつかつか歩いて行って入ったってことがある」
「そこが分からない」
 これは佐藤である。
「あいつが能力を失い、何故かスチュワーデスになった。こりゃ一体なんだ?」
「ちょっといいですか?」
 水野さんが手を挙げる。
「どうぞ」
「追加情報があります」
 流石は事務員だ。言うまでも無いが、彼女は沢田さんを見捨てて逃げたわけではないし、あの場合は見捨てても逃げることも選択肢に入らなくてはならない厳しい局面なのである。

第247回 2010年06月02日(水)
「華代探知機によると、九重俊太郎さんは華代ちゃんに二度会ってます。一度は最初の拘束具を嵌められた状態の独房。二度目は外部に出ようとして外壁を叩いている場面です」
「二度会ってるだって?」
 ボスである。情報の集積前だったようだ。
「はい。あの非常識な能力を発揮したのは一度目の接触と二度目の接触の間のみ、現状は二度目の接触の後です」
「ははあ…分かってきたぞ」
 と、ハンターガイストが言う。
「言ってみろ」
 ボスが促した。
「つまり、最初の接触の際、九重は珊瑚(さんご)みたいに何らかの能力を華代によって付与されたと考えられる。それが「見える範囲の人間に対して華代並みの影響力を行使できる」ものだ」
 全員が興味津々で聞いている。

第248回 2010年06月03日(木)
「ところが、どういう心変わりなのかは知らんが、華代は再び現れてもう一度九重に接触、ここで付与した能力に改変を加えた」
「改変だって?というかあいつは普通に性転換されただけなんじゃないのか?」
 いちごが訊く。
「だから『改変』と言った。単に時間差で性転換されただけなのかもしれないし、付与能力に変更があっただけなのかもしれない」
「そのことなんですが…」
 また水野さんである。
「九重さんの現状なんですが、独房の中で元の姿に戻ってます」
 全員が一斉に振り返る。
「何だって!?」

 あれこれあって、ディスプレイの一つを会議室に引っ張ってくることに成功した。
 そこには不貞腐れて座り込んでいるホスト風の男がいる。
「…確かに戻ってるな」

第249回 2010年06月04日(金)
「何だかさっぱり分からん。奴は今一体どうなってるんだ?」
「恐らくだが…」
 またガイストの推理が始まった。
「今現在の奴に「一期」…これは仮に呼ばせてもらうが…の能力は無いと思われる」
「見える範囲の人間をどうかしちまう能力ってことだな」
「そうだ。もしもそんな能力が健在なら、沢田くんが無事に済むとは思えない」
「にしても、何故スチュワーデスなんだ?あいつはたまにスチュワーデスになる体質でも授かったってのか?」
 いちごが言う。
 この部屋には彼によってバレリーナにされたり花嫁にされたり、バニーガールにされたりしたのが大勢いるのでちっとも笑えない。
「沢田くん、心当たりはあるかね?」
「何で愛ちゃんに聞くんだよ」
「あの…あります」

第250回 2010年06月05日(土)
 意外すぎる答えに周囲がまた一斉に振り返る。
「あたし、九重さんに襲い掛かられる瞬間に飛行機旅行のことを考えたんです」
「飛行機旅行!?」
 のん気な話だ。
「この間の一人旅のこと?」
 水野さんが聞く。
「うんうん!そうなの」
「なんでそんなことを…」
「ああ、もう駄目だ!と思っちゃって…今度の旅行ももう行けないんだ…と思ったの」
「それがどうして…」
 いちごはひらめくことがあった。
「まさか…」
「そのまさかさ」
 どうやらガイストは何か思いついているらしい。それはいちごのひらめきと一致している模様だ。

第251回 2010年06月06日(日)
「ボス、あたしに確かめたいことがあります」
 水野さんが手を挙げた。
「危険すぎる」
「聞く前にですか?」
「ああ。どうせ奴に接触してどうこうするってんだろ?」
「そうですけど…」
「あいつがどれだけの被害をもたらしたか分かってるか?能力は…それこそ「一期」の形で…残っていないであろうことがほぼ確実とはいえ、出す訳にはいかん。それこそ何時(いつ)復活するかも分からん。見える範囲に人間を置かない方針でこのまま独房で一生を過ごしてもらうのが懸命だろう」
「…それって九重さんが『危険』だからですよね?」
「当然だ」
「だったらその危険はもう無いかもしれません。というか最も安全かも知れません」
「どういうことだ?」
「あ、いやもしかしたら彼にとっては外の方が危険かも?」
「何を言ってるんだ?」

第252回 2010年06月07日(月)
「ボス、実験くらいやらせてみよう」
 いちごが水を向けた。
「どんな実験だ」
「ますみん、それは独房の外からでも可能だよな?」
 ますみんとは水野さんのことだ。本名の「水野真澄(みずの・ますみ)」から来ている。
「勿論可能。というかあたしもまだ鉄格子越しでないと嫌だもん」
 ボスは依然渋い顔だった。

第253回 2010年06月08日(火)
20.
「あーもしもし」
 独房の外で女の声がした。
 同時に鉄格子にむしゃぶりつく九重。
「おい!ここから出せ!出すんだ!」
 水野さんは呆れた。
「…えらい威勢だこと。あなた自分の立場が分かってる?」
「うるせえ!いいから出すんだ」
 そういって水野さんを鋭い目つきで睨みつける。
「…催眠術か何か使おうとしてるでしょ?」
「…何だと?」
 見透かされたことが意外…と言う風な反応である。
「多分それってもう使えないよ。あなたはそういう能力は一切失ったの」
「んな訳があるか!俺は王だぞ!これからハーレムを作るんだ!」

第254回 2010年06月09日(水)
「ハーレムねえ…古風な夢だこと」
 水野さんと九重の会話は全てモニターチェックされており、少しでも怪しい雰囲気があったり、洗脳が再開された場合は即座に催眠ガスを吹き込んで二人とも気絶させるということで話し合いがついていた。
「ハーレムったってもうあんたには何の能力も無いわ。…あたしの予想だとたった一つを除いてね」
「何だそれは?男を女にする能力か?」
「やってみれば?」
「ここには男は俺しかいねえだろうが!」
「あたしで試せばいいでしょ?あなた確か女を男にも出来てたわよねえ」
「…」
 実は先ほどから九重はずっとそれを試していた。だが、目の前の事務員風の女はまるっきり何の反応も見せないのである。
「貴方には何の能力もない。ただ、多分ハンター能力…というか体質ならあるわ。だから交渉次第ではここから出してあげてもいいわ」

第255回 2010年06月10日(木)
「そうかよ…いいぜ」
 水野さんは目の前の男が約束を守る気などまるで無いことが分かった。これはもう同情の余地無しね。
「条件ってのは何だ?」
「別に。普通のことよ。貴方は素行をちゃんとして、ハンターエージェントとしてきちんと働くこと。そしてたまにはあたしたち事務員の雑務を手伝ってくれること。それくらいかしら」
「いいぜ。任せとけ。今すぐ出せや」
 笑ってしまうほど表面的な答えである。
「やっぱりやーめた」
 突如水野さんは言った。
「…あんだぁ?」
 じわりと凶暴性が滲(にじ)む声を出す九重。

第256回 2010年06月11日(金)
「そのまんまの意味よ。あたし気まぐれだからさあ。出してもらえる様にボスに頼んでみようと思ってたけど止めるわ」
 その瞬間だった。
「ふざけるなああ!!!」
 耳を劈(つんざ)くほどの大声だった。
 同時に両手両足で独房の鉄格子が破壊されそうなほどの勢いで打ち据えている。
「テメエ!殺す!ぶち殺してやる!おらあ!うがああああああああっ!!!」

 …やはり予想通りだった。
 ちょっと自分の思い通りにならないことがあるとブチ切れまくる。
 この凶暴性はただごとではない。これまでに起こした様々な傷害・暴行事件もこの性格によるものだろう。
 聞いた話ではあのいちごちゃんのお尻を触って投げ飛ばされた上に締め落とされたこともあるという。
 命知らずというか無謀というか…。
 普通に考えればこの性格では到底外に出す訳にはいかない。

第257回 2010年06月12日(土)
 あの能力があっても無くても同じだ。
 事件の大半はこの九重俊太郎が生身で起こしたものである。

 だが…水野のカンが正しければ問題ないはずである。

「落ち着きなさい!落ち着いて!」

 余りにも大声でわめき続けるのでこちらも対抗して大声を出さないと聞こえない。
「てめえ…殺すぞ…殺してやるぞ…」
 低い声になっているのが不気味である。
「いつかここを出たらな…テメエの自宅を突き止めて24時間ストーキングしてやるからな…」
 完全に異常犯罪者になっている。

「まあまあ、そういきり立たないで。あたしが手伝って欲しい雑務ってのはさあ。言ってみれば『OLとして』手伝って欲しいわけよ」
「あぁ!?」
 その時だった。

第258回 2010年06月13日(日)
「…!?な、何だ…これは…また…!?」
 九重の身体に変化が起こり始めていた。
「ウチの制服は紺色だからね。たまにはピンクでよろしく!」
 水野さんがまるで「注文をつける」かの様に言い放つ。

「て…テメエ…何を…」
 見る見るうちに女へと変化して行く身体に苦しみながら必死に抵抗する九重。
 だがそれも虚しい努力であり、あっという間にホスト風の服の下は女性の身体に成り果てていた。
 そして、またもやその服は下着を含めて女性のものに変化して行く。

「うわ…ああ…」

 それは水野さんの注文通り、ピンク色を基調としたこざっぱりしたOLの制服だった。
「テメエ!何しやがったんだ!」
 可愛らしい声が台無しのドスの聞いた声だった。

第259回 2010年06月14日(月)
「やっぱり予想通りね」
「訳のわからねーこと言ってんじゃねえ!今すぐ俺を元に戻せ!」
 可愛らしいOLが髪を振り乱し、唇をまくりあがらせながら喚(わめ)くその光景は全く似合っていない。
「駄目よ女の子がそんな口調じゃ。そうねえ…深窓の令嬢が腰掛けOLやってる感じでないと」
 その瞬間だった。

 九重から触ると火傷(やけど)しそうだった雰囲気が消えうせ、今にも消え入りそうにもじもじし始めたのである。

「あの…すいません。あたし…」
「反省する?反省して大人しく働く?」
「あたし…どうしてこんな…」
 といって両掌(てのひら)を顔に押し付けてさめざめと泣き始めた。
「やれやれ…大人しいのはいいけど、これじゃあ会話も出来ないわね。それじゃあ今流行のタイプで」

第260回 2010年06月15日(火)
 と、また雰囲気が変わる。
「何よあんた!あたしの人間性はおもちゃじゃないのよ!コロコロ変化させて遊ばないでよね!」
 ぷう、と頬を膨らませて起こっている。
 突如お転婆な女の子風になっている。
「ごめんごめん。ちょっと加減が難しくてさあ。で、分かった?ちゃんと大人しくあたしたちのために働いてくれる?」
 と、何故かドキっ!としたリアクションをし、顔を赤らめてそっぽを向きながら言う。
「べ、別にあんたのために働くわけじゃないんだからね!あたしはあたしで自分の意思で働くんだから!勘違いしないでよね!」

 水野さんはにやりと笑った。

第261回 2010年06月16日(水)
21.
「あー…つまりどういうことなのか説明してくれたまえ」
 ボスが水野さんを促した。
「先ほど監視モニターで見ていただいた通り、九重氏の性格は基本的には全く変わっていません。ですが…」
 水野さんが間合いを計るかの様に会場を見渡した。
 妙に話の上手い人である。生徒会長だったという噂もあるが本当なのかも知れない。
「まず第一にこの施設で暴れまわった時の様な能力は全くありません。全て消失しています。そして犠牲者も全て元に戻っています」
「それは分かった」
 と、いちご。
「最大のポイントが彼の体質です」
「やっぱり体質か…」
 ボスが頭を抱えた。
 この組織には触った男を女に変える女やら、触った女を男に帰る男などがいるのに、ここに新たな火種が加わるというのか…。

第262回 2010年06月17日(木)
「皆さん、妖怪の「サトリ」ってご存知ですか?」
 会場が静まり返る。
「サトリというのは、目の前の相手の心が読める妖怪のことです」
 「へえ」という空気が充満する。
「実は世の中には「サトラレ」という人がいます」
「何か漫画かなんかで読んだことがあるな」
「はい、そういう漫画がありましたね。要するに自分が考えていることが全部人に分かっちゃう、つまり「悟られ」ちゃう…という厄介極まりない能力のことです」
 部屋がざわつく。
 とても想像もしたくない体質である。
「で、それが何か関係あるのか?」
 ボスが促した。
「言ってみれば先ほどまでの九重さんは「セイテンカン」だったと思うんです」
「…なんだそりゃ?」
「ま、要するに他人を性転換したり、それに纏(まつ)わることが何でも出来る妖怪みたいなもんです」
 確かにそうとしか言いようの無い暴れ方だった。

第263回 2010年06月18日(金)
「おい…まさか…」
 今度は只野が立ち上がった。すっかりチャイナドレス姿から元に戻っている。
「そうです。無理やり言えば九重さんは「サトリ」に対する「サトラレ」ならぬ、「セイテンカン」に対する「セイテンカンサレ」なんです」
 会場がまたざわめいた。

 せ、「セイテンカンサレ」!?
 …随分また無理やりな用語だ。

 ぱんぱん、と水野さんが手を叩いた。
「ですから、どこのどなたであろうとも、九重さんに向かって「女にな〜れ」と思えば九重さんは女になっちゃいます」

「「「はあああぁぁ!?」」」

第264回 2010年06月19日(土)
「さっき愛ちゃん…沢田さんが九重さんに襲われた時に咄嗟に飛行機旅行のことが頭に浮かんだでしょ?」
「おい…まさかスチュワーデスになっちまったってのは…」
「多分、その時のイメージが九重さんに影響を与えたんですね」

 なんという馬鹿馬鹿しい話だろう。
 だが、元々他人を性転換しまくる幼女を巡っての組織である。その程度の荒唐無稽さは最初からある程度覚悟はしている。

「そして、九重さんが先ほどまでやっていたみたいに、相手の物腰というか態度・仕草も操れます」
「なるほどそうか…」
「性転換しただけだと、姿かたちが変わっただけですが、ちゃんと態度まで大人しく変えようと思えば変えられます」
「それでスチュワーデスの営業スマイルみたいな態度になって大人しく独房まで歩いていったんだな」
「でしょうね」
「じゃあ何か?あいつのそばに行って『バレリーナになれ!』と思えばなるのか?」
 これは須田からの質問である。
「なるでしょうね」

第265回 2010年06月20日(月)
「それじゃあ、『踊れ!』と命じれば踊る様になるのか!?」
「多分命じなくても、イメージするだけで踊っちゃうと思いますよ」
「女の子が彼の女の子状態と一緒にデートしたいと思ったら、命じた女の子の方は男の子に変身したりするのかな?」
「…多分それはないでしょう。それだと自分以外の他人を変身させることになるから。ま、後で確かめて見ますけど」
「ボス?どうです?危険は無いと思いますけど」
 全員がボスの方を向いた。
「お前ら女なら安全だと勘違いしとりゃせんか?それこそあの粗暴な性格の人間が、ウチの人間を背後から襲って怪我を負わせないという保障はどこにあるんだ?」
「それについてもう一点だけ実験させて欲しいんです」

第266回 2010年06月21日(月)
22.
 実験は簡単なものだった。
 今度の被験者に選ばれたのはハンター31号こと石川美衣、通称みぃだった。

 彼女が他のハンターと違うところは生身の人間ではなく、天才ハンター14号によって製造されたアンドロイドであるということである。
 人間ではないので、催眠術の類は当然掛からない。
 また、戦闘能力でもずば抜けているので生身の人間程度では到底太刀打ち出来ないのである。

 最初から彼女を使えばよさそうなものだが、今回は全てがイレギュラーだった。準備するまもなく脱獄されて、後は全て後手後手に回ってしまったのである。

 みぃはピンクの制服のOLだった九重がすっかり元に戻っている独房の鍵を開けてすたすたと入り込んだ。
 万が一にも心配無いのに生みの親である14号こと石川恭介がハラハラしながら見守っている。

第267回 2010年06月22日(火)
 独房の中では手錠などを嵌められることなく内部を自由に移動することが許されている。
「あなたの自由が保障されました。ここからお出しします」
 わざと抑揚の無い声を出してもらっている。
 普段はみぃは人間と全く見分けの付かない可愛らしい挙動なのだ。
「そうか…」
 座り込んだままじっとみぃの背中を見つめている九重。
 余りにも色々なことが起こったので多少は憔悴しているらしい。

 みぃは何故かスムースに作業を進めようとせず、九重に背中を向けたまましゃがみこんで何やらいじっている。
 その状態が5分ほど続いた。

第268回 2010年06月24日(水)
 周囲をきょろきょろと見回していた九重は、ゆっくりと立ち上がると突如みぃに背後から飛び掛った!
「みぃ!」
 モニターのこちら側で14号が立ち上がる。首を絞められたところで全く応えないことなど先刻承知なのだが、そこは親心である。

 だが、次の瞬間、その場にいる人間は意外なものを見た。

「ぐえええっ!!!ああああっ!!!」

 なんと、苦しそうにもんどりうって倒れているのは仕掛けた九重の方だったのだ。
「何だ…!?これは…」
 ボスの台詞だが、その場の全員の疑問でもあった。
「ありがとみぃちゃん。ちゃんと施錠した上で戻ってきて」
 水野さんが淡々と指令を伝える。

第269回 2010年06月25日(木)
「説明してもらうか。水野さん」
「はい」
 何やら手元の資料をめくっている水野さん。
「監視ビデオに写った華代ちゃんと九重さんの会話を解析したところ、華代ちゃんは最初に『他人の気持ちが分かるようになりたい』という「依頼」を受け取っています」
「依頼してたんだ…」
「ええ」
 いちごが意外だ、という反応を見せる。
 華代は相変わらずの行動をすることが大半だが、稀に非常にイレギュラーなことをもしでかすのだ。
 どうせ今回もその一例だと思われたのだが、九重との間にはきちんと依頼−受諾関係が成立していたのである。
「どうも最初は華代ちゃんが咄嗟に解決方法を思いつかずに、そのまま立ち去ります」
「珍しいな」
 これはボスである。
 これまで余り記録されていない行動パターンだ。

第270回 2010年06月26日(金)
「はい。そして二度目の接触で現在の状態になりました。つまり、最初の接触から二回目の接触の間に九重さんが得ていた能力と言うのは対処に困った華代ちゃんが暫定的に付与していたものなのではないか?という推測が成り立ちます」
「迷惑な!」
 誰かが叫んだ。
 全くその通りではあるが、今さら華代ちゃんにそんなことを言っても始まらない。存在自体が災害みたいなものなのだ。
「で?現在の体質ってのはどんなんだ?」
「まず第一に「サトラレ」ならぬ「セイテンカンサレ」ですね。これはまんま最初に付与された能力の反転です。九重さん以外のあらゆる人は、視界に入った九重さんを自由自在に性転換も女装も、もちろんその反対も何でも出来ちゃいます」
 おお〜!というどよめきが広がる。
「だからあたしみたいなごく一般人でも珊瑚(さんご)さん気分が味わえるというわけです。あ、華代ちゃんかも」
 それは先ほど実証されている。
「服装だけじゃなくて、言葉遣い・態度なども操れますし、行動も自由自在です。さっきお話がありましたけど、バレリーナになって踊れ!と思えばそうなります」

第271回 2010年06月27日(土)
 哀れなものである。
 あらゆる仕打ちの中で、彼のような女好きは女にされたり女装させられたり、女として行動させられるのが何より辛かろう。
 ただ、それは自業自得ではある。
「まだ試してませんけど、『女の子になれ!』と思わなくても、愛ちゃん…沢田さんみたいに飛行機を連想しただけでスチュワーデスさんになっちゃうし、それこそ九重さんのそばを通りかかった時にウィンドショッピングのことを思い出していたらその格好になっちゃうと思います」

 …なるほど、正に「セイテンカンサレ」である。

「そしてもう一つ。これが大事なんですけど、彼は今後他人に危害を加えることが出来ないと思われます」
 新たな動揺が広がった。
「それはどういう意味かね?」
 ボスが促した。

第272回 2010年06月28日(日)
「さっきみぃちゃん…31号に実験台になってもらって悪いことをしたんですが、あれは背後から首を絞めようとしてます。そして…実際には自分の首がしまってしまいました」
「おい…まさか…」
「はい、彼…九重さん…は他人に危害を加えようとするとその打撃などが全部自分に返ってきてしまう特異体質になってしまったんですよ」
 ざわ…ざわ…というどよめきが広がる。
「華代ちゃんが最初の依頼を忠実に履行して、『他人の気持ちが分かる』体質にしてあげた結果なのだと思います」
 ここまで来て合点がいった。
 ああ、いかにもあいつらしいオチじゃないか…そういうことか。
「…ということで、九重さんを外に出しても危険は無いと思われます。どうですか?ボス?」

第273回 2010年06月29日(月)
23.
 結果から言うと、九重の処遇が決まるまで3ヶ月間、彼は独房から外に出ることを許されなかった。
 出した被害が余りにも甚大だったためである。

 食事の差し入れ係はみぃとされ、着替えの交換などを行う都度分かり易い「スキ」を作ってみたが、九重はしょーこりもなくみぃへの襲撃と自爆を繰り返した。殆(ほとん)ど学習能力が無い…訳ではなく、余りにも非常識な己(おのれ)の体質を確かめたいという気持ちだったのだろう。

 だが、その結果はいつも決まっていた。
 相手を殴れば、相手にパンチが届く前に自分が吹っ飛び、蹴れば振り下ろした脚は空を切っているのに自分にどこからともなく衝撃が襲う。
 彼は他人を傷つけることが全く出来なくなってしまっていた。これではケンカ自慢も腕の持ち腐れである。
 犯罪行為などもってのほかだった。

第274回 2010年06月30日(火)
 そして、独房越しに事務員らしき女や、自らの手に掛けて女にし、女装させていたぶった連中が入れ替わり立ち代わりやってきては「実験」と称して彼を女体に性転換させ、思い思いの姿に女装させた。
 言葉の操作はしょっちゅうで、先日バレリーナに変えられた際にはその場できっちり踊らされた。
 彼らは必ずペアでやってきて何やら盛んにメモを取っては立ち去っていく。

 複数以上で派遣されていたのは、復讐心がいや増して「やりすぎ」てしまうことを防ぐためだった。

第275回 2010年07月01日(水)
24.
 三ヵ月後、遂に九重は開放された。
 彼には既にハンター組織にしか居場所が無く、その能力をハンターに捧げることを誓って開放されたのである。
 無論、能力…ではなくて体質はそのままである。

「…と言うわけで今日からハンター9号として活躍してもらう。九重俊太郎くんだ」
 ボスが九重を引き連れて事務室にやってきた。
 かつてならば考えられないシチュエーションである。
「どうも。よろしくお願いします。九重です」
 なにやら殊勝になってしまっている九重。
 どことなく猫背になり、おどおどしている。かつての自信に満ち溢れたホスト風の色男は、小心者のサラリーマンになってしまっていた。
 ま、顔の造形はそのままなので相変わらず格好はいいのだが。

 事務室にはいつもの水野真澄、沢田愛、安土桃香と遊びに来ていた1号と5号がいる。
「ま、よろしくな」
 いつもの白いシャツにジーンズといういでたちのいちごが気軽に挨拶をする。

第276回 2010年07月02日(木)
「あ…よろしく…」
「オレのこと覚えてるよな?」
 いちごがかるく挑発してみた。
「そ、そりゃもう!もうあんなことしませんから」

 流石にこの3ヶ月間、あらゆる方法で己(おのれ)の体質への精神的抵抗を試み、そして諦めてしまったのだろう。憑き物が落ちたようだった。

「あの…俺って経験があるんで、詐欺とかの手口だったら任せてくださいっす。犯人の心理を読んで追い詰めるんで」

 相変わらずのチャラい感じだが、不良グループのボスか中堅幹部から下っ端になった感じである。
「まあ、ウチは警察じゃないんで、そういう用途があるか分からんがな」
 ボスである。

「ということでヨロシクっす!ねえさん!」

「…『ねえさん』やめろよ。暴走族じゃねえんだ」

第277回 2010年07月03日(金)
「じゃああねさん!」

「オレはやくざの女親分か盗賊かよ!じゃあいいよねえさんで」

「よろしくっす!ねえさん!」
 …妙な子分みたいなのが出来てしまった。まあ、あの暴れん坊が大人しくなったのでよしとしよう。
「で、お前どうなの?護身術は使えるのか?」
「あ、正当防衛なら大丈夫みたい」
 これは水野さんである。
「はあ…」
 他人を傷つけることが一切出来ない九重は、人に危害を加えない点はいいのだが、いざという時に自分の身を守ることが出来ないのは非常に問題である。まあ、彼のこれまでの人生を考えると自業自得とも言えるが、それにしてもこれから仲間として働くのならばその点は考えなくてはならない。
「つまり、襲われたら相手を退けるくらいは出来るんだな?」
「みたいっす」
「今のところはそういう実験結果が出てるわ」
 …相変わらずご都合主義も極まる有様だが、何度も繰り返す通り、それが華代なのである。

第278回 2010年07月04日(土)
「ところでさあ、この間ボスに着せたセーラー服なんだけどさあ!」
 能天気に沢田さんが声を張り上げる。
「ば、馬鹿っ!」
 ボスが怒鳴った。
 だが、時既に遅しである。
「…っ!ん…あああっ!」
 九重の全身が見る間にムクムクと変形し、一瞬にしてつややかな光沢を放つ美しい黒髪を腰まで伸ばし、漆黒の中に純白の三本ラインと真っ赤なスカーフがあざやかなセーラー服姿の美少女になってしまった。

「あ…あ…」

「…ごめん」
 これは沢田さん。
 正に「セイテンカンサレ」の面目躍如の瞬間だった。

 5号もぽかーんとしている。
 こ、こんな些細なきっかけで変化してしまうのか…。

第279回 2010年07月05日(日)
「…」
 大人しく自分の身体を見下ろしている九重…だった少女。
 そのセーラー服のデザインは正に先日九重自身がボスを含めた男性事務員たちに着せたものであった。無論、下着や革靴、ポケットの中のハンカチなどの小道具まで完備している。
「か…可愛い…」
 沢田さんがぽ〜っと頬を紅く染めていた。

 あちゃあ…こりゃやっちゃったかもしれんなあ…。いちごは他人事ながら同情した。
 自分みたいなにわか女ですら彼女たちの着せ替え人形としてかなり『可愛がられ』たのだ。イメージするどころか「何となく思う」だけで性転換に女装までさせられてしまう体質を持った男がどんな目に遭うか想像に難くない。
 それも、純粋無垢な小学生の男の子が九重みたいな体質を身に着けてしまっていたのならば、彼女たち事務員も同情して追撃の手を緩めるかも知れないが、数々の女性を泣かせてきたプレイボーイの末路ということになると…なんの遠慮もしないだろう。

第280回 2010年07月06日(月)
「こ、九重さん。その場でくるくる回ってみようか」
「愛ちゃん!」
 水野さんは流石に自制が効いているのか、哀れな体質の九重を必要以上にオモチャにする衝動を理性で押し留めているので、咄嗟に沢田さんを注意した。
 だが、これまた時既に遅しである。

「あ…ああっ!」
 哀れストレートロングヘアのセーラー服美少女は両手を広げてその場でくるくると回転し始めた。
 プリーツスカートが「ぶわあ」と広がり、釣鐘状の形になる。

 一瞬スカートの裾から白い肌着がはみ出して見え、いちごまでがドキリとしてしまった。
「あ、もういい!もういいから!」
 水野さんが制止する。
「愛ちゃん!ここまで!」
「は〜い…」
 軽く起こられて沢田さんがシュンとする。
 同時にセーラー服美少女となっていた九重の回転が止まった。

第281回 2010年07月07日(火)
 何故か軽くはあはあと息を切らしているセーラー服美少女となっている九重。
 全く、言われなければ誰もそんなことには気が付かないほど美しい。これでは襲われる危険性はあっても、襲い掛かる危険性など皆無であろう。

「多分ボスが続きの説明をすることになってたんだと思うんですが…」
 哀れな犠牲者を目の前にして水野さんが解説をする。
「この能力の「術者」…掛ける側ですね…は必ず他人です。でもって基本的には他人が「満足する」「気が済む」状態になるまで状態は持続します」

 これまたいちごと5号は呆然と聞いていた。
 逆の意味で何と言う体質か。

「それじゃその…気が済むまでくるくる回ってたりしなきゃならんてことか?」
「…ま、そういうことになります」

 正に「サトラレ」ならぬ「セイテンカンサレ」である。もう哀れとしか言いようの無い体質だ。しかも、この組織にはその辺りの事情を熟知した職員が大勢いる。正に美女がスラム街を裸でうろつきまわっているに等しい。

第282回 2010年07月08日(水)
「ま、実験だと掛けた相手がほんの少しでも『気の毒だな』とか『可愛そうだな』とか同情したりすると解けるみたいってことが分かってるけどね」

「あの…すいません。元に戻してもらっていいすか?」

 口調までは操作されていないらしい美少女がいう。
 ホコリ一つついても目立ちそうな綺麗な漆黒の制服に黒髪の黒尽くめである。
 その口からチャラいにいちゃんみたいな言葉が漏れるのは違和感がある。

「そっか…この場合は愛ちゃんが戻さないといけないんだ」

 ややこしい話だ。
「掛けた本人が忘れちゃってる場合はどうなるの?」
 これは5号。

第283回 2010年07月09日(木)
「関心が無くなった段階で戻るみたいだけど、そこははっきり分かってないわね。無意識を意識的にテストすることは出来ないから」
 そりゃそうだ。
「ボス、いいのか?この間はさんざんこの格好でスカートめくられたろ?」
 その瞬間だった。
 ボスが突如九重のスカートをぶわり!とめくり挙げたのだ。

「きゃあああっ!!」

 黄色い悲鳴を上げてスカートを押さえ、後ずさる九重。
 長い髪が踊り、ほつれて美しい顔に張り付き、宙を舞ったスカートの内側の白い肌着と、美しい素脚が全員の目に焼きつく。

「ボス!えっちぃいいっ!!」

 己(おのれ)は男を女にした上にセーラー服着せてくるくる回していたことを棚に上げて沢田さんが非難する。
「ち、違う!違うんだ!」

第284回 2010年07月10日(金)
 まるでラッキースケベ男の言い訳である。
「あ、言うの忘れてたけど、九重さんの能力って『状況も含めて再現』みたいだから、稀に他人の力を借りることがあるから」
「はぁ!?何だよそりゃ!?」

 いちごが身を乗り出す。
「じゃあ何か?オレがスカートめくられるとか言ったから手近なボスがやらされたってのか!?」
 その瞬間、今度は水野さんの手が勝手に動いて思い切り九重のスカートを背後側からめくり挙げる。

「きゃあああああっ!」
 虚を衝かれた九重は抵抗することもスカートを抑えることも出来ず、スカートは顔の高さよりも高く舞い上がり、お尻の側のパンティが完全に空気に晒されてしまう。
 一瞬遅れてスカートがふぁさりと落下してくる。

第285回 2010年07月11日(土)
「駄目だっていちごちゃん!そうやって口に出したら!」
 思わず痴女にされてしまった水野さんが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「え?まさか今ので!?」
「イメージは勿論口に出すとかも厳禁!」
「え?じゃあ『スカートめくられる』とか言えないじゃねえか」
 と、言った瞬間、今度は沢田さんが突如ダッシュし、すれ違いざまに華麗にスカートをめくり挙げる。

「いやああっ!!」

「だから言っちゃ駄目なんだって!」
 もう部屋の中はパニックだった。
「いいから!もういいから愛ちゃん戻してあげて!」
「あ…うん…」
 といって何やらイメージしている様子の沢田さん。

 だが、事態は更に悪化していた。

第286回 2010年07月12日(日)
 黒尽くめだったセーラー服はむくむくとその形を変え、紺色を基調としたトラッド調のチェックのミニスカートもまぶしい、「今風の女子高生」の制服へと変貌していた。
「何やってんのよ!愛ちゃん!」
「あ、ごめんごめん。戻す積もりだったんだけど、セーラー服見てたら「今風の制服の方が可愛いのに…」とか一瞬思っちゃって」
 完全に予想していた事態に成り果てていた。
 この事務員たちはきっとこいつを着せ替え人形にして遊ぶと思っていたが、「戻そう」としてからがこの有様である。

「あ…あの…」
 哀れな女子高生が救いを求めてよろよろと沢田さんに近づく。

「今度こそ戻すから!戻すから!」
 言い訳がましい状況に追い込まれる沢田さんというのも非常に珍しい光景なのだが、ともあれ一生懸命「雑念を排して」のイメージをしようとする沢田さん。ここで余計なことを考えればまた元の木阿弥になってしまう。

 むくむくっ!ミニスカートの可愛らしい制服は元のスーツに…戻らなかった。

第287回 2010年07月13日(月)
 そこには純白のスコートにリストバンドとヘアバンドをし、長い髪をポニーテールにまとめた健康的な美少女がいた。

「ってこれは!?」

「おい!誰だよ!ヘンなイメージしたの!」
「あ、ごめんボク…」
 5号が手を挙げた。
「何やってるんだ!早く戻してやれ!ってか何だよこの格好!」
「いや、もしもこんな女子高生がいたら何の部活をやってるのかなあ…って一瞬考えたらこんなことに…」

 な、何と言うことだ。同じ部屋にいる奴が少しだけそんなこと考えただけで影響を受けてしまうというのか。

 と、またもや変形する九重の服。

第288回 2010年07月14日(火)
「あ…」

 それは奇妙なコントラストだった。
 紺色のブレザーのジャケットを上半身にかぶっているのだが、下半身は先ほどのテニスウェアのミニスカートにスニーカーのままなのである。

「あ、ごめーん」
 今度は沢田さんである。

「部活終わった後、着替える前の女の子って寒いからちぐはぐな格好してたりするじゃん?」
 何を妙にリアリティのあることを言っているのか。

「もうキリが無いから出て!部屋を出て!」
 水野さんが促した。

「出れば何とかなるのか?」
「思考及び言葉の影響を受けるのは見えている範囲ね。それは最初の九重さんの能力と一緒」
「あ、そうか」

第289回 2010年07月15日(水)
 そんなこんなで女子高生の肉体に、テニスウェア+ブレザーのジャケットというちぐはぐな格好で退散する羽目になった九重だったが、次の部屋に付き合ったボスによって元に戻してもらうことが出来ていた。
 直接影響を与えた人間でないと「解除」はできないが、別の人間が「上書き」することは出来る。
 九重の能力…ではなくて「体質」…は男である九重が女になるばかりではなく、別人の男になったり、服だけ着替えたりする能力も備わっているので、元の姿を知るボスによって「その姿」に上書きしてもらったのである。

 自動発動型なので、必ず時間の制限がある。掛けた人間も必ず飽きるのでいつかは必ず元に戻れるが、それがいつになるのかははっきりしない。

 この調子で全ての部署に「あいさつ回り」を済ませたのだが…言うまでも無く、事情を知る全ての人間に「お返し」をされることになった。

 「やられたからやり返した」という意味合いも勿論あったが、九重の顔を見るだけで花嫁やバレリーナ、バニーガールに女子高生、そしてチャイナドレスなどにさせられた思い出が蘇ってしまうので、勝手に変化してしまっていたことだろう。

第290回 2010年07月16日(木)
25.
 そんなこんなで大波乱の末、「ハンター9号」こと九重俊太郎(ここのえ・しゅんたろう)が加わった。
 彼には華代被害者を元に戻す「ハンター体質」があるので、その点は他のハンターと同じく活動が出来る。

 ただし、他人の何気ない言動やイメージなどの影響をモロに受けてその姿に変身…より具体的に言えばこれまで女性に対して加害者となることが多かった彼はその報いでもあるかのごとく、女性に性転換し、女装させられてしまうことが大半である。
 正に「セイテンカンサレ」である。
 肉体や着ている服のみならず、物腰や仕草、口調も操る…というか「操られる」ことが出来る。
 その内容は、「襲ってこないで」といったネガティブリストでも、「A地点からB地点まで行って」といった単純なものでもよく、「バレエを踊って」といった専門技能を要するものであっても構わない。
 更に、「状況を再現する」場合には周囲を軽く巻き込むことがある。

第291回 2010年07月17日(金)
 もう一つの重大な体質として、「他人の気持ちが分かる様になりたい」というその場の口からでまかせを華代ちゃんがそのまんま実現してしまったため、仮に他人に害を為そうとした場合、同じ結果が自分に「のみ」跳ね返ることになる。
 具体的に言えば他人を殴ろうとしても自分を殴ってしまうし、もしも拳銃を撃てば狙いをそれて兆弾となって自分に跳ね返ってくる。
 ただし、一切他人に危害を加えることが出来ないわけではなく、「正当防衛」「緊急避難」の要件を満たす場合にはその限りではない。

 元は非常に粗暴な性格で、婦女暴行未遂や詐欺、恐喝などの常習犯であったが、自分が他人を傷つけられない体質となってしまったことから観念し、結果としてごく普通の社会性を身に付けることには成功している。

 だが、余りにも「着せ替え人形」に便利な性格ゆえ、今日も面白半分に女性職員たちにおもちゃにされているのだった…。

第292回 2010年07月18日(土)
26.
「きゃ〜っ!いやあああ〜っ!」
 黄色い悲鳴が廊下を駆け抜ける。
 ぞろぞろという衣擦れの音が続き、その後ろに何人もの女性事務員たちが追いかけて行く。
 先頭を駆けるのはもちろん九重だった。
 そのスタイルは可憐なお姫様というところで、全身がデコラティブに装飾され、重そうなドレスのスカートを引きずっている。

「…相変わらずやっとるな」
 事務室から廊下の様子を観察しているいちご。
「ありゃ凄いね。まるで毎日運動会だよ」
「ドレスの着付けだそうですよ」
 この騒動に不参加の桃香が言った。

「完全に便利屋として使われとるな…」
「この数日間は男でいられた時間の方が短いらしいよ」
 これは5号である。
「珊瑚(さんご)被害者にもそんな奴いねえぞ」
「何でも一日で着た衣装の数でこの間売れっ子モデルのカニちゃんの記録を更新したって」
 そりゃそうだろう。奴の着付けには数秒もいらないんだから。

 こうして新たなメンバーを加えてハンターの日常は過ぎて行くのであった。

END

第293回 2010年07月19日(日)

あとがき

 長期間に渡ってお付き合いいただきまして有難うございました。
 前回の「珊瑚の研究」は何だかんだと2年以上掛かる大作連載となってしまい、毎日楽しみに読んでくださっている皆さんには大変ご迷惑をおかけいたしました。

 お陰様で少しは小説を書く要領めいたものが分かってきまして、実際の連載においては細かく分割していますので10ヶ月もの長期連載になっていますが、実質4日ほどで書き上げています。

 相変わらずの駄目社会人ぶりに片肺飛行のワーキングプアの片手間にやるこの生活の状態ながら、かなり満足の行くものに仕上がりました。

第295回 2010年07月21日(水)

 自分の意思では全く変身できないけど、他人の思考・言葉・イメージなどに影響を受けて自分だけ性転換してしまう…という人間というのは余りにも面白すぎます。

 このアイデアをハンターシリーズに落とし込むことにしました。
 それにはまず、「こんな奴、どうなってもいい!」と思わせるほど『悪い』キャラクターである必要があったのです。
 そこでハンターシリーズでは非常に珍しい積極的に悪意を持つ、しかも男性キャラである9号こと九重俊太郎が誕生したのです。

 元々「自由意志で他人を性転換できる」キャラクターとしては二条(旧姓・藤美)珊瑚(さんご)がいます。
 彼女にも随分活躍してもらいましたけど、「被害者の男性を性転換し、助走させる」主体が男性であるか女性であるかというのはかなり大きな違いです。

第296回 2010年07月22日(木)
 去年彗星のように(?)登場したTSコミックの新鋭、「トランス・ヴィーナス」ですが、主人公の少年を好き勝手に性転換して女装させ、性的に奔放に弄(もてあそ)ぶのはヴィナモンドのセルダという女性体です。
 これがもしも男性のアイデンティティを持った宇宙人だったら…と色々想像してみたんですが、どうしても生々しくなってしまうんですね。

 言うまでも無く、性転換・女装『させる』側のアイデンティティが男性の意識を持っている場合、それは「自らの欲望を自己完結させる」ことが出来ることに他なりません。
 これが最大の違い。
 ゲーム界最大の問題必殺技「ミッドナイトブリス」が何とも魅惑的なのはこの辺りに原因があります。これがモリガン(アイデンティティは女性)の必殺技であっても成立はしたと思うのですが、意味が違ってきます。これはこれで見たい気はしますが。

 そして、ある程度の年齢の読者を対象にする以上、「そっち方面」の目配せが無くては嘘です。そこが難しい。

第297回 2010年07月23日(金)
 ある時期から「ハンター」の中に「ある時期を境に、能力(ペナルティ)を付与されてしまう」という設定が目立ち始めました。
 ま、私が3号で始めたことなんですが。

 そうした設定はイレギュラーなものなので、作者としては余り数は増やしたくなかったのですが、「セイテンカンサレ」はれっきとした付与能力です。これはは譲れません。
 最初のうちは「男性を女性化して女装させ、あまつさえ自由自在に操る男性ハンター」という状態で「活躍」させ、最後に逆転する構図にしました。

 今回もボスを含めて数多くの「犠牲者」が出ますが、正直「その描写」をしたかったために間を繋いで行く方針は「珊瑚の研究」の時と同じ構図です。
 ただし、あちらはその辺りがぎこちないのですが、今回はほぼ数時間の出来事に圧縮し、次から次へと事件を連続させることで一気に終わらせました。

 恐らく「セイテンカンサレ」能力は逆の意味で余りにも便利すぎる…つまりは不便すぎる…ので「活躍」するのは難しく、コメディリリーフにしかならないでしょうが、個人的には非常に面白い設定だと思っております。

 ハンターも世界観が複雑になるにつれて、単純な性転換・女装被害に巻き込まれる話が描きにくくなっていますので、彼を有効活用していただければ幸いです。

2009.09.15.Tue.



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